僕がいて、君がいて
 
第二十六章「晩春・初夏『恋物語』」
 
 一
 ゴールデンウィークがはじまった。
 今年は休みさえ取れれば、かなりの連休となる。会社などでは、合間をすべて休みにして十連休などというところもある。
 しかし、一介の高校生ではそれはなかなか難しい。
 最近は私立も無駄な休みは作らない。公立はなおさらだ。
 とはいえ、学校自体は休みの日が多いわけであるから、結果的にはいいのかもしれない。
 そんなゴールデンウィーク最初の日。
「お兄ちゃん、今日は部活が終わったら、すぐに帰るんだからね」
 学校へ向かう途中、琴絵はそう言って念を押していた。
 まあ、琴絵にとってみれば圭太とのことはすべてに優先することなので、致し方ないのかもしれないが。
 部活中もどこか浮かれた感じで、リーダーの綾から注意を受けたほどである。
 GW中の部活は、とにかく基本練習に費やされることになっていた。特に一年は一日でも早く二、三年に追いつくために、特別メニューが用意されたほどである。
 もちろん、コンサートに向けての練習も行う。時間的な余裕はそれほどないのである。
 平行してコンサートの諸々の準備も行われる。
 立て看板や舞台上の看板、パンフレットにチケット、広告、二部の演出など。
 やることはごまんとある。
 そんなわけで、琴絵の望んだような『すぐに』帰るというのは夢のまた夢だった。
 結局、部活が終わり、すべての仕事、打ち合わせから解放されたのは、一時過ぎだった。
 家に帰った圭太と琴絵は、着替えてすぐに出かけた。
 とりあえずどこに行くにしても、駅前に出ることになる。
「それで、今日はどこへ行きたいんだ?」
「ん〜、そうだなぁ、私はお兄ちゃんと一緒ならどこでもいいんだけど」
 琴絵はおとがいに指を当て、考える。
「ホントにどこでもいいんだけど、強いて言うなら、ひとつだけ行きたいところがあるんだけど」
「あまり遠くなければ、どこでも構わないよ」
「じゃあ、そこに行こ」
 琴絵に先導され、圭太たちは電車に乗った。
 買った切符は、値段で言えば安い方から二番目。どこへ行くかは琴絵が教えなかった。
 よく使う方面の電車に乗り、心地良い振動に揺られること約二十分。
 ふたりが降りたのは、なんの変哲もない駅だった。
 そのあたりは、特に変わったものがあるわけではないし、面白いものがあるわけでもない。あるのは、こぢんまりとした駅前商店街と比較的立派なバスターミナルくらいである。
 しかし、圭太にはその駅に見覚えがあった。そして、そこになにがあるかも覚えていた。
「昔、よく来てたよね」
「ああ、そうだな」
 ふたりは、駅から真っ直ぐ伸びる大きな道を歩いていく。
 道路の片側は住宅街。その反対側が農地となっていた。このあたりでは特に珍しい光景ではない。
「あの頃、お父さんにおんぶしてもらったり肩車してもらったり。とっても楽しかったなぁ」
 琴絵は、しみじみとそう言う。
「お兄ちゃんは、お母さんの荷物を持って歩いてたよね」
「まあね。なんとなくそうした方がいいと思って」
「ホント、お兄ちゃんは昔からそういうところ、すごく気が利くよね」
 兄妹水入らずの会話。誰も邪魔はしない。
 駅から歩くこと二十分。ふたりは目的地へと到着した。
 そこは、『月の丘』と呼ばれる丘陵地である。丘陵地、と言えば聞こえはいいが、ようはまわりより少しばかり高い場所、という意味である。
 なぜ『月の丘』と呼ばれているのかは定かではないが、一説によるとはるか昔にその丘の上で月見をしていたから、とも言われている。一番有力なのが、神事を執り行う舞台だったのでは、というものである。その神事に月が関係していたために、現在まで『月の丘』と呼ばれているということである。
 現在の『月の丘』は、綺麗に整備され、公園となっている。
 ふたりは、『月の丘』から一番あたりを見渡せる展望台へと上がった。
 展望台といっても、なにがあるわけでもない。ただ、転落防止用の柵が取り付けてあるだけである。
「ここに来るの、何年ぶりかな?」
 さわやかな春の風を全身に受け止め、琴絵は大きく伸びをした。
「さあ、何年ぶりかな? このところずっと来てなかったから。たぶん、もう五年も六年も来てないと思うけど」
 圭太もそんな琴絵の隣で、伸びをする。
「そっか、もうそんなになるんだね。やっぱり、お父さんが亡くなってから、一度も来てないからかな」
「確かに、ここには父さんとの想い出がたくさんあるからな」
 この場所のことは、もともと地元民でもあった琴美から聞いたのが最初だった。結婚前から祐太と琴美は、何度となくここへ来ていた。
 それは圭太が産まれ、琴絵が産まれてからも変わらなかった。
 たまに『桜亭』を臨時休業にし、家族揃ってここへ遊びに来ていた。
 圭太は祐太とボール遊びしたり、駆け回ったり。琴絵は琴美と一緒に花を摘んだり。
 とにかく、この場所には高城家の想い出が詰まっていた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「うん?」
「もし、お父さんが今でも生きていたら、私たちの関係も変わってたかな?」
「それは、一概には言えないけど、でも、多少は変わっていたかもしれないな」
「たとえば?」
「たとえば、今でも普通の兄妹で居続けた、とか」
「……そうだね」
「あと、僕自身としては柚紀が彼女じゃなかったかもしれない」
「えっ、どうして?」
「三中には、先輩たちや紗絵なんかもいたんだよ?」
「そういえばそうだね」
「父さんのことがあったからそういうことは極力避けて通っていたけど、生きていたらどうなっていたかはわからない。ひょっとしたら、誰かと中学の頃からつきあっていたかもしれないし」
 そう言って圭太は微笑んだ。
「もっとも、それは全部可能性でしかないけど」
「そういう意味で言う可能性なら、凛お姉ちゃんと一緒になってた可能性が一番高いと思うけど。だって、凛お姉ちゃんがあえて手紙や電話だけにしてたのって、お父さんのことがあったからでしょ? それがなかったら、凛お姉ちゃんが引っ越したあとも、お兄ちゃんたちたまにでも会って、それでそのまま、という可能性だってあったろうし」
「確かに」
 圭太もそれには頷いた。
「あの頃のお兄ちゃんと凛お姉ちゃんて、ホントに仲良かったもんね。というか、凛お姉ちゃんがお兄ちゃんにベタ惚れだったからね。まあ、小学生だったから、好きとか嫌いとか、そういう話にはなかなかならなかったけど。でも、私はね、凛お姉ちゃんが本当のお姉ちゃんだったらいいなって、そう思ってたこともあるんだよ」
「そうなのか?」
「うん。だって、あの頃は年上のお姉さんは凛お姉ちゃんくらいだったし。朱美ちゃんはひとつ上だけど、お姉さんて感じじゃないし」
「朱美は、琴絵と一緒になって遊んでたからな。それこそ、姉妹とか双子って感じだったし」
「うん。だから余計だよ。でも、結局はそうはならなかった」
 少し強い風が丘を吹き抜けていく。
「ごめんね、お兄ちゃん。お父さんが生きていたら、なんてあり得ない話をしちゃって。そういう話はしないって約束だったのに」
「いや、いいよ。ここは、特別な場所だから」
 そう言って圭太は、琴絵の頭を撫でた。
「それに、父さんのことをそうやって思い出すのは、悪いことじゃないから」
「うん、そうだね」
「忘れてしまうより、覚えている方がいいんだから」
 人は、死んでしまっても誰かが覚えている限り、本当に存在がなくなることはない。
「さてと、暗いしんみりした話はこれくらいにして、久々に秘密基地にでも行ってみようか?」
「あっ、そうだね。今、あそこどうなったかな?」
「それは、行ってからのお楽しみ」
 ふたりは、展望台を離れ、公園の奥へと入っていった。
 そこは、いわゆる里山のような場所で、豊かな自然が残っている場所だった。
 貴重な動植物も結構確認されており、保護団体などが自然保全の活動をしている場所でもある。
 その里山の一角に、大きなクヌギの木がある。その根元のあたりが、圭太の言っていた秘密基地である。
「さすがにこのあたりはあまり変わらないな」
「でも、背丈の低い木が増えたような気がするよ」
 大きな根っこの間がちょうどくぼみになっていて、そこが基地の中心部だった。
「この時期じゃ、さすがにドングリはないか」
「そうだね。秋頃に来た時はお兄ちゃん、いっぱいドングリ拾ってたもんね。ドングリ爆弾とか言って、お父さんと遊んで」
「ははっ、そういえばそんなこともしてたなぁ」
「私、あれがやりたいって言ってたんだけど、お母さんがダメだって言って、結局やらせてもらえなかったんだから」
「あの頃の琴絵は、無茶な運動をするとすぐに熱を出してたからな」
「それはそうだけど、でも、羨ましかったんだから」
 そう言って琴絵は、足下の落ち葉を軽くよけた。
 何度かそうしていると、偶然、ドングリを見つけた。
「お兄ちゃん、ドングリあったよ」
「珍しいな。たいていはリスとか小動物が、みんな持っていくのに」
「葉っぱの下にあったからかもね」
 琴絵は、嬉しそうに手のひらでドングリを転がした。
「もう少し、探してみようか?」
「ん〜、とりあえずその一個だけでいいんじゃないか。それはそもそも木の実で、上手くいけば新しい木になるんだから」
「まあ、そうだね。じゃあ、とりあえずおみやげはこれだけにしておくよ」
 ドングリを丁寧にティッシュで包み、カバンにしまった。
「ねえ、お兄ちゃん。これからどうするの?」
「どうする、と言われてもここへ来たいと言ったのは琴絵だし」
「そういえばそうだね。ん〜、じゃあ、とりあえず駅まで戻ろうよ。向こうに戻るの、あまり遅くなるのイヤだし」
 
 駅前まで戻ってきた頃には、陽も傾きはじめていた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
 電車の中、琴絵は圭太に寄りかかりながら話をしている。
「今、お兄ちゃんは、柚紀さんと祥子先輩、どっちのことを優先してるの?」
「別にどっちということはないけど。ただ──」
「やっぱり、お腹の赤ちゃんのことを考えると、ってところだよね」
「まあ、それはね」
 圭太は、なんとも言えない表情で頷いた。
「でも、どうして先輩だったんだろうね?」
「ん、なにがだ?」
「先に妊娠したのが。これが柚紀さんだったら、万事丸く収まってたと思うんだ。柚紀さん、お兄ちゃんとつきあい出した頃からずっと言ってたし」
「確かにそうだけど、こればかりは僕にもどうすることはできないよ」
「ホント、お兄ちゃんも意外に肝心なところで思いも寄らない事態に巻き込まれるよね。ああでも、今回はお兄ちゃんも当事者だから、巻き込まれたとは言えないね」
 そう言って琴絵は苦笑した。
「あ〜あ、私、高校生で『叔母さん』になるんだね。なんか、そういうの全然想像できなかったから、すごく不思議な感じ」
「…………」
「赤ちゃんは、先輩の家の方で育てるんだよね? 私も、見に行っていいのかな?」
「それは、まあ」
「でも、先輩も大変だよね。たまにそうやって大学に通ってる人もいるみたいだけど、やっぱり育児をしながらっていうのは、すごく大変だと思う。そうするとやっぱり、お兄ちゃんがちゃんと支えてあげないと」
「それはわかってる。僕だって可能な限り、なんでもするつもりだから」
「だけど、それって結局柚紀さんに対する裏切り、みたいなところもあるんだよね。お兄ちゃんはこの世にたったひとりしかいないわけだから」
「…………」
「結局、私がなにを言いたいのかといえば、がんばってね、お兄ちゃん、ということなんだよ。私がこんなこと言えた義理じゃないってことくらい十二分にわかってるけど、それでも妹として言わせてもらえば、祥子先輩の想いを受け止めたのは、お兄ちゃんなんだから、その責任はちゃんと取らないとダメなんだからね」
 琴絵は、少しだけ真剣に、少しだけ淋しそうに、少しだけ笑ってそう言った。
 
 ふたりが家に帰ってくると、家の方は実に静かだった。もともと静かな家ではあるが、休みの日なら朱美はいるし、店の誰かが休憩していたりする。
 にも関わらず、実に静かだった。
「朱美ちゃんの靴、ないね」
「出かけたんだろう。GW明けには修学旅行もあるから」
「そうだね」
 静かな原因その一は、朱美が出かけていることだった。
「お兄ちゃん、お茶淹れてあげる」
 琴絵は、上着だけ脱ぐとすぐに台所へ。
 圭太も上着を脱ぎ、ソファに座った。
 脱力すると、自然と息が漏れた。
「あら、帰ってたのね」
 と、琴美がリビングにやって来た。
「今帰ってきたところだよ」
「琴絵は?」
「台所。お茶を淹れてるよ」
「そう。じゃあ、私もご相伴にあずかろうかしら。琴絵〜、私も分もお願いね」
「了解〜」
 台所から声が返ってきた。
「それで、今日はどこへ行ってきたの?」
「『月の丘』だよ。琴絵が行きたいって言うから」
「そう、『月の丘』に。どう、変わってた?」
「いや、全然。公園だからね、そうそう変わらないよ。駅前なんかは結構店が増えてた気もするけど」
「そうね」
 琴美は、静かに微笑んだ。
 やはり、祐太との想い出がある場所のことを思い出しているのだろう。
「お待たせ。はい、お母さん。こっちは、お兄ちゃん」
 少しして、琴絵がお茶を持ってきた。
「琴絵は、どうして『月の丘』へ行こうと思ったの?」
「どうしてって聞かれると困るけど、なんとなくかな? ふと行きたくなったの。ずっと行ってなかったし」
 カップを持ちながら琴絵は答えた。
「お母さんは、お父さんのことを思い出すから、行けない?」
「そんなことはないけど……」
「でも、やっぱり多少はつらいでしょ?」
「そういう想いがないと言えば、ウソになるわね。やっぱり、あの場所は祐太さんとの想い出の場所だから」
 琴美は、薄く微笑んだ。
「お母さんは、いろいろ損してるよね」
「損?」
「だって、本当だったら今頃はもう少しいろいろなこと、できていたかもしれないのに」
「そうかもしれないけど、でも、私はそれを後悔したことは一度もないわよ」
「お母さんが後悔してることなんて、ほとんどないでしょ?」
「そうね。あるとすれば、息子と娘の育て方を間違ったことくらいかしらね」
 思わぬ反撃に、琴絵は言葉に詰まった。
「どこでどう間違えたのかわからないけど、それを一番後悔してるわね」
「あ、えっと、その……」
「母さんも、その辺にしたら?」
 圭太は、あきれ顔でそうたしなめた。
「あら、別に冗談で言ったわけじゃないのよ。私は実際そう思ってるんだから。どこの世の中に、実の息子と娘の関係を認める親がいるのよ」
 それを言われると、圭太もなにも言えない。
「でも、お母さん。どうして兄妹というだけで、好きになっちゃいけないのかな? そりゃ、いろいろなことがあるとは思うけど、でも、好きになったのがほかの人じゃなく、お兄ちゃんだった、ただそれだけなのに」
「もちろん、琴絵のそういう気持ちはわかるわよ。でも、好きになると言っても限度はあるわ。なにも必ずしも恋人みたいになる必要はないのよ。ただ単に好きでいることもできるはずだし」
「それは、そうかもしれないけど……でも、私はやっぱり好きになったらとことんまで好きになりたいと思う」
「もうそれは実践してるでしょ?」
「あはは、そうだね」
「まったく……」
 笑う琴絵にため息をつく琴美。
「さてと、もうひと仕事しようかしら」
「夕飯は、私が準備しておくから」
「お願いね」
 琴美が店に戻ると、今度は琴絵がため息をついた。
「今日のお母さん、全然容赦ないんだもん」
「半分は、琴絵のせいだと思うけど」
「むぅ、そんなことないと思うけど。でもさ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お母さん、本当にさっきみたいに思ってるのかな?」
「まあ、全部が本音、というわけでもなかっただろうけど、かなりそう思ってるのは明らかだと思うよ」
「そっか……」
 圭太にそう言われ、さすがの琴絵も少し落ち込む。
「そんな顔しない。琴絵は、そうしたいと思ってやってるんだろ? だったら、もっと自分を信じて行動しないと。母さんに言われたくらいで落ち込むようじゃ、また言われることになるだろうし」
「……うん、そうだね」
 琴絵は、気を取り直し頷いた。
 
 その日の夜。
 琴絵は圭太の部屋のベッドで横になっていた。時間はまだ遅い時間ではない。風呂も入っていないので、まだ部屋着である。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんにとっての一番は、柚紀さんでしょ?」
「ああ、うん、そうだね」
「二番は、誰? 祥子先輩?」
「厳密に順番をつけたことはないし、これからもつけるつもりはないけど、強いて言えばその可能性は高いね」
 圭太はあえて否定しなかった。
「三番は、鈴奈さんか詩織先輩かな?」
「当たらずとも遠からず、という感じだね」
「じゃあ、私は?」
「琴絵か。そうだなぁ、琴絵は、妹だから誰とも比べたことがないよ」
「そうなの?」
「そりゃそうだよ。僕と琴絵が兄妹だってことは、死ぬまで変わらないんだから」
「それでももし、どうしても順番をつけなくちゃいけなかったら、どのあたり?」
 琴絵は少し身を乗り出し、訊ねる。
 圭太は小さくため息をつき、答えた。
「柚紀と、同じくらいかな?」
「ホント? そんなに上なの?」
「比べ方が違うから。だから、あくまでもどうしてもという条件付きだよ」
「そっか……」
 それを聞き、琴絵は嬉しそうに微笑んだ。
 それが微妙な順位のつけ方であっても、大好きな圭太に認めてもらい、なおかつ圭太の一番である柚紀と同じくらいと言われたのである。当然嬉しいだろう。
「そういえば、お兄ちゃん。前から不思議に思ってたんだけど、どうしてうちの部はコンサートを七月にやるの? この連休とか、秋とか、場合によっては春にやるところもあるのに」
「さあ、その詳しい経緯はわからないけど、たぶん、コンクールがあるからじゃないかな。コンクールでやる曲をコンサートでやれば、練習は一石二鳥だし。あとは、うちの学校が二期制だっていうのもひとつの理由かな。三期制だと、七月にテストがあったりするから。そうすると、コンサートどころじゃないし」
「なるほど。言われてみれば、そうかもね」
「あとは、十月までだとコンクールと重なるし、かといってあんまり遅い時期だと三年が参加できなくなるから。そういう点で言えば、この連休か七月くらいがいいと思う。ただ、連休だと、一年がまったくできないから、結果的に二、三年だけという可能性もあるけど。それじゃあ意味がないし」
「そっか、そうだよね。そういう様々な理由から、七月になったんだね。納得」
 琴絵は、うんうんと頷いた。
「まあ、来年も七月にやるかは、あくまでも次の首脳部次第だから。もしその気があるなら、コンサートの時に来年の予約をするし」
「去年は、お兄ちゃんが決めたの?」
「僕だけじゃないよ。先生や先輩に意見を求めたり、次の年にリーダーになりそうな二年にそれとなく聞いてみたり。まあ、みんなコンサートは七月、みたいに思ってるから、独断でそう決めてしまっても、異論はないと思うけどね」
「それもそうだね。来年からいきなり、五月にやります、なんて言われても困るだけだしね」
「そういうわけだから、来年のことは紗絵を中心に決めると思うよ」
「うん、わかった。覚えてたら、今度先輩に聞いてみるから」
 琴絵が実際にそういうことに携わるようになるのは、一年後のことである。とはいえ、側に最高のお手本がいるのだから、迷うことや戸惑うことはないだろうが。
「ふわぁ〜あ……少し、眠くなっちゃった」
「今日は部活してから出かけたからだろ」
「ん〜、そうかも」
「明日も部活はあるんだから、早めに休んだ方がいいんじゃないか?」
「それもいいんだけど、デートの締めくくりはやっぱり、ね?」
 そう言って琴絵は、艶っぽく微笑んだ。
 
「ね、お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃん、今でも私のこと抱いたの、後悔してる?」
「そうだなぁ、少しは後悔してる」
「やっぱりね」
 琴絵は、薄く微笑んだ。
「でも、それよりもなによりも、僕が一番後悔してるのは、琴絵の想いをちゃんと汲み取ってあげられなかったことだよ。琴絵が僕のことをどんな目で見ていたかは、さすがにわかってたからね。見て見ぬふりをしていた、と言ってしまえばそれまでだけど、まさか想いがあれほどまでに強いとは思ってなかったから」
「それは違うよ、お兄ちゃん。私の想い、お兄ちゃんはちゃんと汲み取ってくれてた。それでも私は、お兄ちゃんに柚紀さんという彼女ができて、鈴奈さんや紗絵先輩、祥子先輩、朱美ちゃん、ともみ先輩がお兄ちゃんに告白して、想いを遂げて。それを見て、聞いて、私もそうなりたいって思うようになって。だって、そうしないとお兄ちゃんは、琴絵だけのお兄ちゃんじゃなくなっちゃうような気がしたから。だから……」
「もう、いいよ」
 そう言って圭太は琴絵にキスした。
「確かに少しは後悔してるけど、それ以上に嬉しくも思ってるんだから」
「……どうして?」
「人に好きって言われて、イヤに思うことなんてないだろ?」
「うん」
「だから、琴絵に好きだって言われて、それを実際に行動で示されて、僕の中にも嬉しいと思う部分があったし、琴絵をひとりの女の子として愛おしいと思ったし」
「お兄ちゃん……」
「それに、過去を振り返るのもいいし、後悔したことをもうそうならないように考え直すのもいいけど、でも、やっぱり前を向いて生きていく必要があるから。僕は、琴絵のことが好き。妹としても、女の子としても。それで、いいと思うんだ」
 琴絵の頬に手を伸ばし、そのまま手を添えた。
「違う?」
「ううん、違わない。私も、そう思う」
 その手を自分の手で包み込み、琴絵は愛おしそうに撫でた。
「私、本当にお兄ちゃんの妹でよかった。お兄ちゃんを好きになれてよかった」
 圭太はそれには答えず、もう一度キスをした。
「ん、お兄ちゃん……」
 そのままふたりともベッドに倒れ込む。
 ブカブカの長袖ティシャツをたくし上げ、ブラジャー越しに胸に触れる。
「あ、ん……」
 琴絵は、それに敏感に反応する。
「お兄ちゃん……」
「うん?」
「ちょっと、待ってて」
 そう言って琴絵は、自分から服を脱ぐ。いつもなら、圭太に任せるのだが。
「あのね、私、また胸が大きくなったんだよ」
 脱いだばかりのブラジャーを見せる。
「ほら、カップまでは変わらなかったけど、大きくなったの」
 小さなタグには、『八一』とあった。
「これも、お兄ちゃんが揉んでくれてるからかな?」
「さあ、それはなんとも」
「とりあえず、私の目標はお母さんだから。娘としては、やっぱりお母さんと同じくらいにはなりたいからね」
 必ずしも親と同じになるとは限らないが、そうなる可能性は高い。となれば、やはり琴絵が琴美くらいになるのは、時間の問題かもしれない。
 それを考えると、兄として息子としては、複雑な想いだった。
「もう少し大きくなれば……」
「大きくなれば?」
「ううん、なんでもない。ごめんね、余計なとこで余計なこと言っちゃって」
「いいよ」
 圭太は、琴絵の髪を梳いて、キスをした。
 そのまま胸を揉む。
 円を描くように、壊れ物を扱うように、ゆっくりと優しく。
「や、ん、お兄ちゃん……」
 口元を押さえ、快感に少しだけ抗う。
「んっ、あん」
 固く凝ってきた突起を指で弾く。
「や、ダメ、お兄ちゃん、そんなにしちゃ……」
 弱々しく抵抗する。しかし、それくらいで圭太を抑えることはできない。
 わずかに体をのけぞらせ、身を固くする。
「お兄ちゃん……胸だけじゃ、イヤ……」
 体をよじり、足をすりあわせる。
 ミニスカートをめくり、ショーツに触れる。
「ん……」
 じわっとシミが広がった。
「ううぅ、お兄ちゃん、もう私、我慢できないよぉ」
 琴絵は、涙目で訴える。
 圭太は小さく頷き、スカートもショーツも脱がせた。
 あらわになった琴絵の秘所は、確かにしとどに濡れていた。それでも圭太は、念のために指で愛撫する。
「やっ、んっ、お兄ちゃんっ」
 湿った音が部屋に響く。
「だ、ダメっ、そんなにされると、私っ」
 止めどなくあふれてくる蜜で、圭太の指はすっかり濡れてしまった。
「お兄ちゃん……早くぅ……」
 さすがにそれ以上するのは可哀想に思ったか、圭太も服を脱いだ。
 怒張したモノにコンドームを装着する。
「いくよ?」
「うん……」
 圭太はゆっくりと腰を落とした。
「ん、ああ……」
 モノが収まると、琴絵は、陶酔した表情で圭太にキスを求めた。
「お兄ちゃん、少しだけ、このままでいて……」
 そのままでいても、琴絵の中は圭太のモノを痛いほど締め付けてくる。無意識にしていることだが、それを意識してすれば、そのままでも圭太は保たないかもしれない。
「私がエッチするのは、もう、お兄ちゃん以外には考えられない……」
 真剣な眼差しでささやく。
「大好きだよ、圭太お兄ちゃん……」
「僕もだよ、琴絵」
 想いのこもったキスを交わす。
 それから圭太は、ゆっくりと腰を動かす。
「んっ、お兄ちゃんっ」
 ベッドがきしむ。
 動きが速くなると、圭太も琴絵も息が荒くなってくる。
「あ、あんっ、ああっ、お兄ちゃんっ」
「琴絵っ」
 より速く、より深く。
 その時だけ、ふたりは兄でもなく、妹でもなくなる。
 そこにいるのは、お互いを本当に愛している、男と女である。
「お兄ちゃんっ、ああっ、んっ、わた、私っ、ダメっ」
 圭太にしがみつき、快感に抗う。
「んんっ、ああっ、あんっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
「琴絵っ」
「お兄ちゃんっ、私っ」
 圭太はラストスパートを言わんばかりに、激しく腰を打ち付ける。
「ダメっ、もうっ、イっちゃうっ」
 背中に爪を立ててしまうほどしっかりと圭太に抱きつく。
「んっ、ああっ、んああああっ!」
「くっ!」
 そして、ふたりはほぼ同時に達した。
「はあ、はあ、お兄ちゃん……」
「はぁ、はぁ、琴絵……」
 ふたりは、荒い息のまま、キスを交わした。
 
「お兄ちゃん、はい」
 琴絵は、レモン水を圭太に渡した。
「今日も、お兄ちゃんに可愛がってもらえて、琴絵は幸せ〜」
 そう言って琴絵はにっこり笑った。
「甘えん坊の琴絵は、僕が構ってあげないと、すぐにへそを曲げるからね」
「いいんだもん。それが、妹としての特権なんだから」
 レモン水を飲み干し、コップを置いた。
「ね、お兄ちゃん。明日は、誰と?」
「誰って、なにが?」
「お兄ちゃん、このGWはみんなとの時間を持つんでしょ? それで明日は誰なのかなって思ったの」
「明日は、ともみ先輩と幸江先輩に誘われてるよ」
「先輩たちに? ん〜、珍しい、とも言えないか。先輩たち、同じ学年で結構一緒にいるって話も聞いてるからね。でも、ふたりでどうするんだろ」
 琴絵は首を傾げた。
「さあ、それは僕にはわからないよ。ただ僕は、三十日は空いてるかって聞かれたから、空いてるって答えただけで。なにをするとか、どこへ行くとか、そういうのは全然」
「そっか。あ、じゃあ、明日の午後は、ともみ先輩はバイト、休むんだね」
「そうなるのかな?」
「もともとGWはあんまりお客さん来ないし、お母さんもなにも言わないだろうけど」
「その分は、琴絵と朱美にがんばってもらえばいいわけだし」
「しょうがない、お兄ちゃん想いの妹と従妹が、お兄ちゃんのために一肌脱ぎますか」
「偉そうに」
 圭太は、そう言って琴絵の額を小突いた。
「あうっ」
「でも、ありがとう、琴絵」
「うん」
 琴絵は、大きく頷いた。
「じゃあ、そのご褒美は前払いでもらおうかな」
「ご褒美?」
「うん。今日、一緒に寝るの。いいよね?」
「ま、それくらいなら」
「あはっ、ありがと、お兄ちゃん♪」
 こうして、圭太のGWははじまった。
 
 二
 GW二日目。前半三連休の中日ということで、テレビのニュースなどでも、あまり大きくそれを取り上げていなかった。
 高城家では、いつもと変わらない休日の朝を迎えていた。
 家が家なため、家族でどこかへ行くなどということはほとんどない。だからこそ、こういう全国的に休みの場合でも、変わらないのである。
「圭太。今日、ともみさんが午後、休みたいって言ってたけど、あなた絡みなの?」
「ん〜、たぶんね。僕も、詳しいことは聞いてないから、なんとも言えないよ」
「そうなの? まあ、GWはあまりお客さんも来ないから問題はないけど」
「大丈夫だよ、お母さん。先輩の分は、私と朱美ちゃんとでカバーするから」
「えっ、私も?」
「もっちろん」
「そうね、せっかく働き盛りがふたりもいるのに、それを使わない手はないわね」
 琴美は、少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。
「それにしても、圭太は本当にマメよね。せっかくの休日をみんなのために費やすんだから」
「別に、僕は無理をしてるとも思わないし、損をしてるとも思わないよ。多少、大変なところはあるけど、僕だってイヤだったら断るし。自分でいいと思ってるから、みんなと一緒に過ごすんだよ」
「その心がけはいいとは思うけど、こうなる前にどうにかできなかったのかって、毎回思ってしまうわ」
 そう言って琴美はため息をついた。
「まあいいわ。ここで私が愚痴ったところでなにも変わらないのだから」
 半ばあきらめ気味の琴美であった。
 
 部活は、ほとんど欠席なしではじまった。
 すでに練習はコンサートモードに切り替わっている。どのパートも合奏までにある程度演奏できるようにと、練習を重ねている。
 そんな中、トランペットの練習は、基本的に夏子が見る形になっていた。
 本来はリーダーである圭太がやることなのだが、圭太はあいにくとほかのパートの練習も見なければならなかった。特にこの時期は、一年の練習に力を入れている。経験者しかいないペットは、やはり後回しにされてしまうのだ。
「そこ、もっと音をはっきりと」
 夏子の指導も、圭太のを見ていたせいか、なかなか様になっていて、なかなか厳しいものがあった。
「ダメ。全然ダメ。そんなへろへろな音しか出せないのは、ロングトーン練習を怠っているせいよ。もっと自分の欠点を自覚して、進んで直そうと思わないと」
 普段はあまりうるさく言わない夏子であるが、さすがに練習の時は違う。
「そんなことじゃ、合奏の時に先生に狙われるわよ」
 過去、自分に降りかかってきたことを思い出せば、やはり厳しくなるのだろう。だが、それは確実に力となる。それもわかっているからこそ、厳しくするのだ。
「今日は私だからいいようなものを、これが圭太だったら、もっと厳しいわよ。それに、私はお目こぼししてるところもあるけど、圭太はそれ、ないから。いつ圭太が指導してもいいように、気合い入れてやるように」
 トランペットは、ここ数年合奏でターゲットになることが多い。もちろん、楽器として目立つわけだから、致し方のないことでもある。さらに、ここ数年は優秀な部員が多いということも、それの理由となっていた。打てば響くようなレスポンスがあれば、教える側もやりがいを感じるのは当然である。
「ふう……」
「おつかれさまです、先輩」
 パート練習が終わり、ひと息ついている夏子に、紗絵が声をかけた。
「ホント、毎回毎回イヤになるわ」
「どうしてですか?」
「だって、私自身もまだまだなのに、それを棚に上げてみんなのことを言わなくちゃいけないから。私も、圭太くらいできれば、こんな苦労はないんだろうけどね」
 そう言って夏子はため息をついた。
「でも、先輩は圭太先輩の代役を十分に果たしてるじゃないですか。確かに、自分のことを後回し、というのは気持ち的にいいものではないと思いますけど」
「紗絵は、三中の時、こういうの経験したの?」
「いえ、ないです。やっぱり、私は後輩ですから。そうそう教える側には立ちません。圭太先輩のほかにも、ペットには先輩がいましたから」
「そっか」
「夏子先輩」
 と、そこへ、明雄が声をかけてきた。
「ん、どうかした?」
「ここのところなんですけど、もう少し音は切った方がいいですか?」
「そうね、ここは……」
 後輩にしっかり頼られていて、指導もできる。そんな夏子の姿を見て、紗絵は思った。
 だからこそトランペットはしっかりしてるんだ、と。
 
 部活が終わってもすんなりとは帰れなかった。やはり、コンサートの準備をするためである。特に、次の日は開校記念日で部活がないため、キリのいいところまではやっておきたいというのが本音のようである。
 圭太は、そんな活動の統括責任者である。さらに言えば、部長としてパンフレットに載せるコメントを書いたり、リーダーとしてパートの紹介文を書いたり。やることは多い。
 それでも、あまりダラダラと時間を使わせるわけにもいかないので、基本的には部活終了後、二時間としていた。
 その日は、それでも早めに切り上げようという部員が多く、内容の割には比較的早めに終わった。
 やはり、次の日が休みというのが大きかったようだ。
 すべてを終えて圭太たちが家路に就いたのは、もうすぐ一時半という時間だった。
 柚紀も、いつもならいろいろ言うのだが、さすがに次の日デートの約束をしているだけに、あまり言わなかった。
 そんなこんなで、家に戻ると、リビングではすでにふたりの先輩が待ち構えていた。
「圭太、遅いわよ」
「そうそう。私たちを待たせるだなんて、十年早いわよ」
 ひとりずつでもなかなか手強い相手である。それがふたりいるのだから、さすがの圭太といえども、どう対処したらいいかわからない様子である。
「とまあ、冗談は置いといて。ほら、ちゃっちゃと着替えてくる。時間がもったいないから」
「わかりました」
 圭太は、二階へ駆け上がっていった。
 制服を脱ぎ、ジーパンにジージャンという格好に着替える。
 天気はとてもよく、気温もほどよく上がっているため、上着はなくとも寒くはないが、やはりいつまで拘束されるかわからないわけで、念のためである。
「お待たせしました」
「よし、行きましょ」
「そうね」
 ともみはジャケットを、幸江はスプリングコートを羽織ってリビングを出た。
 外に出ると、まだまだ春の陽差しが明るかった。
「それで、どこへ行くんですか?」
「まあまあ、お姉さんたちに任せておきなさいって。ねえ、幸江」
「そうそう。圭太はなにも心配しなくていいのよ」
「はあ、そうですか?」
 圭太は言われるまま頷いた。
 三人は、とりあえず駅前に出てきた。
 そのまま券売機で切符を買い、電車に乗る。行き先はあくまでも教えなかった。
「そういえば、圭太」
「なんですか?」
「お昼は食べたの?」
「いえ、食べてません。練習が終わってからも、コンサートの準備をしてましたから」
「だったらそう言ってくれればいいのに。おにぎりの十個や二十個、すぐに握ってあげたのに」
「ちょっとちょっと、ともみ。いくらなんでも二十個はすぐに握れないでしょ?」
「そう? 私と幸江が分担してやれば、できるでしょ?」
「そりゃ、それならできるかもしれないけど。でも、そんなに誰が食べるのよ」
 ともみの視線は、当然圭太に向いていた。
「ぼ、僕でも無理ですよ、その数は。ミニおにぎりだったら、いけるかもしれませんけど。普通サイズは、無理です」
「そっか、残念」
「あんたが極端なのよ」
「はいはい、私が悪うございました」
 ともみと幸江は、圭太を挟んでわいのわいの盛り上がる。騒いでいるわけではないが、静かとも言えなかった。
 と、車内アナウンスが流れた。
「おっ、次降りるわよ」
 地元駅から行くことしばし。ようやく目的地に到着した。
 そこは、近辺唯一の遊園地がある駅だった。
 規模はそれほど大きくないが、人気アトラクションを次々投入し、着実に人を集めている遊園地だった。
「というわけで、今日はここで楽しみましょ」
「圭太、生徒手帳は持ってるわよね?」
「ええ、一応」
 幸江は圭太から生徒手帳を受け取る。
「じゃ、ちょっと待ってて」
 そう言ってチケット売り場へ。
「今日は、私と幸江のおごりだから」
「えっ、そんな、さすがにそれは……」
「いいからいいから。普段圭太が私たちに気を遣ってくれてるお礼みたいなものよ。それに、圭太の分は、私と幸江で折半してるから、実際それほどの出費にはならないし」
「でも、悪い気が……」
「いいの。今日の圭太は、私たちのゲストなんだから。いや、むしろ『ご主人様』でもいいかしら?」
「ご、ご主人様ですか?」
「うん。私たちはご主人様に仕える忠実な『メイド』。失敗してはひどいお仕置きをされて。それでもやっぱりご主人様のところで働きたくて」
「あ、あの、ともみさん……?」
 すっかりあちらの世界へ行ってしまったともみ。
「お待たせ、って、どうしたの?」
「いえ、戻ってこなくて……」
「まったく……こら、ともみっ」
「あれ? 幸江? どうしたの?」
「それはこっちのセリフ。なにやってるのよ、こんな往来で」
「い、いやあ、ちょっと妄想が広がっちゃって。ついね」
「ついで済まさないの。ほら、チケット買ってきたから。これは圭太の分」
「すみません」
 それぞれにチケットを渡す。
「それじゃ、行きましょ」
 
 遊園地はGWということで大勢の家族連れなどでにぎわっていた。
 人気のアトラクションは順番待ちの列が作られ、長いものだと一時間近く待たなくてはならなかった。
 そんな中三人は、比較的すぐに乗れるアトラクションを先にまわっていた。
「ん〜、やっぱり結構混んでるわね」
「それはしょうがないでしょ。GWは、かき入れ時だもの。この時期に客がいないようでは、そこは終わりよ」
「まったく、そうやってすぐに真面目に答えるんだから。たまには気の利いたシャレでも言いなさいよ」
「そういうのは、あんたの役目でしょうが」
 並んでいる時も、歩いている時も、ふたりはこんな感じだった。
 喧嘩するほど仲が良い、とは言うが、このふたりはそんな感じである。
 圭太は、ふたりの様子を見て、ただただ苦笑するしかなかった。
「じゃ、次はあれにしましょ」
 いくつ目かのアトラクションは、定番のお化け屋敷だった。お化け屋敷としては比較的規模の小さなものだったが、凝った演出が評判だった。
 中に入ると、おどろおどろしい音が流れてくる。
 向こうからは、悲鳴とも歓声ともつかない声が聞こえてくる。
「こういうところでは、こうしないとね」
 そう言ってともみは、圭太の腕をとった。
「怖くもないのにどうして腕なんかつかんでるのよ」
「いいじゃない、こうしたいんだから。なんだったら、幸江もしたら?」
「うっ……」
 実に魅力的な意見に、幸江は言葉に詰まった。
「えっと、僕は構いませんよ」
「そう? じゃあ……」
 圭太にそう言われれば、もちろん断るはずはない。幸江も、圭太の腕をとった。
「ホントは、そうしたかったんでしょ?」
「まあ、それはね」
「もっと素直になればいいのに。ねえ、圭太?」
「えっと、そうなんですか?」
「ふふっ、そうなのよ」
 お化け屋敷にいるというのに、三人のまわりだけはまったく違う雰囲気だった。
 いつの間にかもうすぐ出口というところまで歩いてきていた。
「もう終わりか。残念残念」
「と、言いながら離す気はないんでしょ?」
「あたり」
 結局、平然と中を通り過ぎ、三人は外へ出た。
「ちょっと休憩しましょ」
 そろそろ陽が傾き出そうかという時間。
 家族連れの姿も、少しずつ減ってきている。
 休憩スペースにも昼時ほどのにぎわいはない。
「どうしてここへ来ようと思ったんですか?」
 ジュースを飲みながら、圭太はふたりに訊ねた。
「ん〜、どうしてだったっけ?」
「忘れたの?」
 幸江は、呆れ顔で言う。
「あんたがあれに乗りたいからって」
 そう言って指さしたのは、遠くからでもわかる、観覧車だった。
「ん、そうそう、思い出した。夕暮れの空を、観覧車の中から見たかったのよ。ああいうのって、ひとりじゃつまらないし、女同士は、まあ悪くはないけど、でも、できれば好きな人と一緒がいいじゃない」
「そういうことだから、ここへ来たのよ」
「なるほど。じゃあ、最後はあれですか?」
「当然」
 しばらくそこで休み、再び移動開始。
 家族連れが少なくなってくると、各アトラクションもだいぶ乗りやすくなってくる。巨大テーマパークと違い、夜も遅くまでやっているわけではない。だから、夕方だけやって来るという人は少ないのである。
 陽が傾き、あたりが茜色に包まれる。
 三人は、観覧車に乗った。
 それほど広くないゴンドラである。とりあえず、圭太がひとりで、ともみと幸江がふたりで座る形となった。
「それにしても、新年度がはじまって、ホントに慌ただしく一ヶ月が過ぎたわね。特に、祥子の妊娠騒動が一番大きい。まさかって感じだったし」
「それは私もそう思う。ま、祥子は圭太のお気に入りだし、そういう可能性が高かったのは事実だろうけど」
「あとは、あれか。幼なじみの登場。まさか圭太にあんな幼なじみがいるとは思わなかったなぁ」
 ともみはしみじみとそう言う。
「私はまだ直接会ったことがないんだけど、そんなに問題になりそうなの?」
「当然じゃない。なんたって、圭太の小学校時代を知る人物よ。共有していた時間的には、私たちと同じくらいだし。それに、そういう時間とかの問題を抜きにしても、十分ライバルと呼ぶにふさわしいわ」
「ふ〜ん、そっか」
「容姿は……鈴奈さんや祥子レベルね。あと、水泳をやってるってことで、見た目からしても引き締まった体してるし」
「それは確かに強力なライバルだわ」
 自分絡みのことを言われているのだが、圭太はひと言も口を挟めなかった。
「ところでさ、圭太」
「なんですか?」
「祥子のことは、これからどうするつもりなの?」
「詳しいことは決めてませんけど、さすがに今までと同じというわけにはいかないと思います。順調にいけば、十月くらいですか。その前くらいからいろいろ気をつけなくちゃいけなくなりますし」
「確か、祥子の家族は協力してくれるってことだったわよね?」
「協力、はそうですね。もっとも、あれは先輩のお母さんが独断で決めていたような気もしますけど」
「ああ、あのお母さんならね」
「知ってるんですか?」
「そりゃね。確かに、あの押しの強さならそういうことも独断で決めるわね」
 ともみも、なるほどと頷く。
「ちょっと残念な気もするけど、でも、圭太と祥子の子供なら、男の子でも女の子でも、将来が楽しみよね」
「ああ、それはね。なんたって、美男美女の子供だから」
 美男美女の子供だからといって、必ずしも子供までそうなるとは限らないが、なる可能性は高い。
「次は、誰かしらね」
「普通に考えれば、柚紀でしょ?」
「まあね。それに、柚紀の方が、問題が少なくて済むだろうし」
「言われたでしょ、柚紀にいろいろ」
「ええ、言われました。ただ、根に持たないところが柚紀のいいところでもありますから」
「それは、単に次は自分だと思ってるからよ。普通考えれば、圭太とセックスする機会、回数が多いのは柚紀だもの」
「そうでしょうか?」
「そうよ。まあでも、それだけはわからないけどね。どれだけしても、子供ができない時は全然できないんだから」
「ともみはほしいと思ってるの?」
「当たり前じゃない。幸江はそう思ってないの?」
「ん〜、私はどうなのかな。まだそういうの考えたことないわ。もちろん、できたらできたで嬉しいんだろうけど」
 幸江は少し考え答えた。
「そんなものかねぇ。私なんて、結構前からほしいのに。ねえ、圭太?」
「え、えっと、それは……」
「んもう、そこで素直に頷いてくれればいいのに」
 そう言ってともみは頬を膨らませた。
 そうこうしているうちに、ゴンドラは頂上へとさしかかった。
「やっぱり、ここからの景色は綺麗ね」
「遮るものがなにもないからね」
「ま、そういう理屈はどうでもいいのよ。ようは、目の前の景色が綺麗かどうかだけなんだから」
 ともみは、そう言って圭太の方へ動いてきた。
「ちょっとだけ、隣にね」
 圭太の隣に座り、そっと寄りかかる。
「やっぱり、こうしてると安心できる」
 圭太は、少しだけ困った顔で幸江を見た。
 それに対して幸江は、小さく頷いただけだった。
「心配しなくても、あとで幸江にも代わるから」
「心配なんかしてないわよ」
「あら、そうだった?」
 ともみはしれっとそう言った。
 少しの間、圭太の隣で圭太を感じ、ともみはとても穏やかな表情を浮かべていた。
 それから幸江に交代。
「私も、ここを定位置にしたいけど、それはなかなか難しいわね」
「倍率が高すぎるわよ」
「だからせめて、こういう時にくらい、圭太を感じていたいの」
 幸江は、圭太の腕をキュッとつかんだ。
 こういう姿を見ていると、ふたりともとても年上には見えない。
「ずっとずっと、これから先もこんな関係を続けていければいいのにね」
 それが、本音だった。
 
 陽が落ちる前に、圭太たちは遊園地をあとにしていた。
「どう、少しは息抜きできた?」
「ええ、十分できました」
「そ、ならよかった」
 ともみはホッとひと息、という感じだった。
「あの、ひとついいですか?」
「ん、なに?」
「今日はこれで終わり、というわけではないですよね?」
 できればそうあってほしい、圭太の顔にはそう書いてあった。
「終わりなわけないじゃない。ねえ、幸江?」
「そうよ。これで終わりなら、詐欺とまでは言わないけど、楽しみが半分かそれ以下しかなかったわけだし」
 口々に真っ向否定。
「……えと、確認なんですけど、これからどうするんですか?」
「知りたい?」
「……知りたいような、知りたくないような……」
「ま、とりあえずは、夕食を食べましょ。そのあとのことは、それからね」
「は、はあ……」
 ここまで言われれば、この先に待っているものがなにか、すぐにわかる。
 圭太は、遠い眼差しで車窓を眺めるしかなかった。
 地元に戻ると、三人は早速夕食をどこで食べるか話をはじめた。
「とりあえず、なに食べたい?」
「私は、中華がいいわ」
「圭太は?」
「僕は、なんでも構いませんよ」
「それが一番困るの。ちゃんと自己主張しなさい」
「そ、それじゃあ、和食で」
「私はイタリア料理がいいと思ったのよ」
「見事に三人で分かれたわね」
「僕の意見は特に聞かなくても──」
「ここは、今日のゲストの意見優先でいいんじゃない?」
「そうね。それでいいかも」
「というわけで、本日の夕食は、和食に決定」
 そんなこんなで、圭太たちは和食料理屋に入った。
 店の中は、GWということで家族連れなどが多かった。
「すみません、この『春の雅セット』を三人分」
「かしこまいりました」
 注文を済ませ、料理が運ばれてくるのを待つ。
「ところで、部活の方はどう? 順調に進んでる?」
「そうですね、今のところは順調です。今年の一年は人数の割に経験者が多かったですから、指導の手間も少ないです」
「そうなんだ」
「そういや、裕美の妹、和美だっけ? ペットに入ったんでしょ?」
「ええ」
「どうなの?」
「先輩の妹だからというわけではないですけど、しっかりしてると思いますよ。うちの部の練習にもついてきていますし」
「本人は、直接の先輩がパート内にふたりもいるから、やりやすいと思ってるんじゃないの。実際、紗絵が教えてたんでしょ、彼女?」
「確かそうだったと」
「じゃ、なおさらね。知ってる人がいるのといないのとでは、全然違うし」
「そうね。それはあるかも。私だって、同じ中学の先輩がいたし。まったく知らない人の中でやっていくのは、大変よ」
「そういう点で言えば、三中は毎年コンスタントに入ってるから、あとから入ってくる連中は楽よね」
「三中はおかしいのよ。ここまで毎年コンスタントに入れられるのは、難しいのに」
「はいはいはい、負け惜しみはやめときなさいって」
 ともみは、手をひらひらとさせ、そう言う。
「ま、個人のこともそうなんだけど、コンサートに向けては、間に合いそう?」
「それは、これから次第ですね。一応このGW中に先生が一年だけで合奏をやるって言ってますから」
「へぇ、今年はそんなことするんだ」
「その結果を含めて、二年が修学旅行から帰ってきてから本格的に練習をはじめます」
「となると、今年もギリギリ?」
「可能性は高いですね。できるだけそうならないようにしたいですけど」
 毎年のことながら、コンサート前はてんてこ舞いになる。曲数が多いのである程度は仕方がないのだが、それでもやりようはあるはずである。
「今年は、早めに僕が指導することで、少しでも余裕を持たせるつもりですけど」
「圭太の指導は、容赦ないから、ほかの部員には不評でしょ?」
「すこぶる不評です。でも、最近は少しずつ慣れてきたみたいですよ」
「ふ〜ん、やっぱり人間、慣れてくるんだ」
「そのうち、圭太くらい厳しくしないと張り合いがなくなるんじゃないの?」
「あるかも」
 しばらくすると、注文した料理が運ばれてきた。
 小皿に分けられた春の幸が、見た目にも美味しそうだった。
「ん〜、美味しい」
「これはこれで、よかったかも」
 三人は、それぞれに舌鼓を打つ。
「圭太は、こういう店、よく来るの?」
「なにかなければ来ませんよ」
「それは、デートとか?」
「そうですね。確か去年、祥子先輩とこんな感じの店に行きました」
「ふ〜ん、祥子とね」
 ともみは、意味ありげに頷いた。
 しばらく食べながら話ながら、三人は食事を続けた。
「ふう、美味しかった」
 食後に梅ゼリーが出てきて、食事は終わり。
「どう、圭太? 満足した?」
「ええ、満足しました。でも、本当によかったんですか?」
「いいわよ。これはこれで本当に美味しかったんだから」
「そうそう。そんなに私たちのこと、気にしなくていいわよ」
 そう言ってふたりの先輩は笑った。
 それから会計を済ませ、三人は店を出た。
 外はすでに陽が落ち、夜の佇まいとなっていた。
「さてと、圭太」
「な、なんですか?」
「むしろ、これからが本番と言っても過言じゃないわよ」
「ま、そうね」
「やっぱり、そうなりますか?」
「当然よ」
 
 当然のこととして、圭太はともみと幸江に連れられ、ラブホテルへとやって来た。
「なんか、ふたりだけじゃないっていうのは、不思議な感じね」
「それはね。でも、言い出したのはともみじゃない」
「まあね。興味あるじゃない、そういうのに。せっかく、圭太とは特異な形でつきあってるわけだから、それを使わなくちゃ」
 あまり理屈になっていないが、ともみはそんな理屈を展開させた。
「ほら、圭太。そんなとこにいないで、こっちに来なさいって」
 ともみは、圭太の手を引っ張り、ベッドに座らせた。
 その両隣にともみと幸江が座る。
「さ、圭太。あとは好きにしていいわよ」
「僕がするんですか?」
「そうよ。なんたって、『経験者』だもの」
 それを言われるとなにも言い返せない圭太。
「……それじゃあ、先にシャワーでも浴びてください」
 圭太は、渋々そう言った。
「そうねぇ、ただ浴びるのも面白くないから、圭太も一緒に浴びましょ」
「えっ……?」
「せっかく大きなバスルームがついてるんだからさ」
 そして、ふたりは圭太に有無を言わせず、バスルームに引っ張り込んだ。
「大きいとはいえ、三人だとさすがに窮屈ね」
「じゃあ、やっぱり僕が──」
「ダ〜メ。往生際が悪いわね」
 ともみは、圭太を逃がさないように背中に張り付く。
 一糸まとわぬ姿でそんなことをされれば、否応なく反応してしまう。
「ふふっ、圭太はなんだかんだ言いながら、ちゃんと期待に応えてくれるから好きなの」
 そう言って圭太のモノに触れる。
「と、ともみさん……」
「ともみばかりずるいわよ。今日の圭太は、ともみだけのものじゃないんだから」
 今度は、幸江が前から圭太に抱きつく。ついでにキスまでする。
「ああっ、私より先にキスしたわね」
「いいじゃない、私が先でも。ね、圭太」
「え、えっと……」
「ほら、圭太も困ってるじゃない。圭太は、私の方がいいのよ」
 圭太を振り向かせ、自分もキスをする。
「それは、ともみが思ってるだけよ。実際はそんなことないんだから」
 一触即発、という感じで張り合うふたり。
「あの、とりあえず、落ち着いてシャワーを浴びませんか?」
 圭太は、そんなふたりにやんわりと声をかける。
「そうね。まずはそうしましょ」
 蛇口を捻り、お湯をちょうどいい温度に調節する。
「ん、こんなところね。ほら」
「きゃっ!」
 ともみは、いきなりお湯を幸江にかけた。
「い、いきなりかけないでよ」
「いいじゃない。どうせ結果は同じなんだから。ほらほら」
「だから、やめなさいって」
 幸江は、ともみからシャワーを奪い取り、反撃する。
「ふっ、甘いわね。これでどう? 圭太の盾」
「卑怯な。正々堂々勝負しなさい」
「あ、あの、ひょっとして、遊んでます?」
「やっぱりわかる?」
「わかりますよ」
 圭太は、やれやれとため息をついた。
「んもう、そんな顔しないの。ちょっとしたスキンシップみたいなものなんだから」
「そうそう。別に本気でやりあってたわけじゃないし」
「でも、私より先にキスしたのは許せないわ」
「さあ、なんのことやら」
 幸江は、しれっとそう言う。
「そんなこと言うと、圭太のコレは、私が先にもらっちゃうからね」
 ともみは、またも圭太のモノに触れた。
 軽くしごき完全に勃たせる。
「ふふっ、大きくなった。じゃあ……」
 ともみは、愛おしそうにモノを見つめ、それを舐めた。
「ん、あ、っむ……」
 舌を使い、モノの先端からエラに沿って舐める。
「んっ」
 圭太は、快感に思わず腰を引く。
「ダメ、逃がさない」
 ともみは、それを許さず、今度はくわえてしまう。
 頭を動かし、モノをしゃぶる。
「ともみ、ずるいわよ。私にも」
 幸江も我慢できなくなり、圭太の前にひざまずいた。
「もう、しょうがないわね」
 ともみは、渋々幸江にも触らせた。
 ふたりの年上の女性が、モノを一心不乱に舐める姿は、現実感に乏しい光景だった。
 ともみも幸江も、圭太に感じてもらおうと、持てる知識、テクニックを駆使する。
 別々に快感が襲ってくる。
 それは時間差だったり、舐められている場所の違いだったり。
 次第に圭太は射精感が高まってくる。
「ん、圭太、いつでもいいわよ」
 さらに敏感な部分を刺激し、射精を促す。
 そして、モノが大きくなり──
「うっ!」
 圭太は、白濁液を放った。
「ん〜、ちゃんとイカせられたわね」
 ともみは、顔についた精液を手ですくい、ペロッと舐めた。
「どう、気持ちよかった?」
「は、はい」
「でも、今度は私たちを気持ちよくしてね」
 シャワーを浴び、三人はベッドへと移動した。
「そうだ。幸江。私たちでしましょ」
「しましょって、なにを?」
「まあまあ、いいからいいから。ほら、横になって」
「ちょ、ちょっと……」
 ともみは、幸江をベッドに横たわらせる。
「なにするの?」
「はいはい、ちょっと足開いて」
「ちょっ、ともみ?」
「で、幸江は、私をね」
 幸江の上にまたがる。
「ここまですれば、なにをするかわかったでしょ?」
「……なんとなく」
「ま、こういうのは雰囲気で押しちゃえばいいのよ」
 そう言ってともみは、幸江の秘所に触れた。
「あんっ」
「敏感ね」
「い、いきなりだったからよ。そんなこと言うともみだって」
 今度は幸江がともみの秘所に触れる。
「んっ」
「ほら、敏感じゃない」
「当たり前でしょ。直接触られてるんだから」
「じゃあ、もっとするわね」
「ひゃんっ」
 秘所の中に、指を挿れる。
「わ、もうこんなに濡れてるじゃない」
「そ、それは、幸江もでしょ。ほら」
「やんっ」
 ともみも負けじと指を挿れる。
 ふたりとも、圭太のモノを舐めていた時から感じていたようである。
「んっ、あんっ」
「あふ、んん……」
 最初こそ戸惑いがちだったふたりだったが、次第にその行為にのめり込んでいく。
「んあっ」
「もう、こんなになってるわよ」
 ともみは、幸江の秘所を指で広げ、舌で舐める。
「ダメっ、そんなにしないでっ」
「イっちゃうから?」
「うっ、そ、それは……」
「ちゃんと、圭太にしてもらいたいから、でしょ?」
「……まあ、ね」
「なら、なおさらイカせちゃおうかしら?」
「だったら、私が先に」
 幸江は、ともみの秘所を、ともみがしたの同じように広げ、舌で舐める。
「やっ、んっ、ああっ」
 敏感な部分を刺激され、ともみは嬌声を上げた。
「んんっ、私だって、そう簡単にイカないわよっ」
 ここまで来ると、我慢比べというか、意地の張り合いという感じである。
 圭太にとっては、ふたりがそうしている間は少なくとも平和なので、あえて口も手も出さなかった。
 だが、このあとのことを考えると、どうしてもため息が出てしまう。
「ん、はあ、そろそろいいんじゃない」
「ん、そうね」
 ふたりは、のろのろと体を起こす。
「圭太。こっち来て」
 圭太は、素直にふたりの側へ。
「あとは、ホントに圭太に任せるわ。私たちを、好きにして構わないから」
「うん、そうね。なんでも言って」
 そこまで言われては、圭太もやらざるを得ない。
「じゃあ、先にともみさんから」
 圭太は、ともみにキスをした。
 舌を絡め、むさぼるようにキスを交わす。
 圭太はそのままともみの胸を揉む。
「ん、あんっ」
 幸江としていたせいで、ともみはかなり敏感になっていた。
「そんなにしなくても、もう大丈夫だから」
 ともみは、圭太をねだる。
「じゃあ、いきますよ?」
「うん……」
 圭太は、屹立したモノをゆっくりとともみの中に収めていく。
「ん、あああ……」
 すっかり収まると、ともみは大きく息を吐き出した。
「やっぱり、圭太のが一番、気持ちいい」
 圭太を抱きしめ、もう一度キスをする。
 それから圭太は、ゆっくりと腰を引く。
「んっ、あっ、あんっ」
 すぐ側に幸江がいることなどすっかり忘れて、ともみは圭太を求める。
「圭太っ、気持ちいいっ、もっとっ」
 圭太もともみの足を持ち、速く、深く腰を打ち付ける。
「ああっ、はあんっ、圭太っ、あっ、あっ、あっ」
「ともみさんっ」
 圭太の下で、ともみが淫らに乱れる。
 その姿を見て、幸江の手は自然と自分の秘所を触れていた。
「圭太っ、もっとっ、もっとっ」
 より激しく、より強く。
「んっ、私っ、もうっ」
 ともみは、シーツを握りしめ、快感に耐えている。
「ああっ、ダメっ、もうっ、イクっ」
 そして──
「んんっ、あああああっ!」
 ピンと体をのけぞらせ、ともみは達した。
「はあ、はあ……」
 ともみはすっかり陶酔しきった表情で、息を整えている。
「今度は、幸江さんです」
「えっ、うん」
 圭太は、幸江を抱きしめ、キスをした。
「ん、圭太……」
 今度は、ベッドに手をつかせ、後ろを向かせる。
「お願い、圭太……」
 すっかり準備の整っている幸江は、早く早くとせがむ。
 圭太は、一度深呼吸し、まだ大きく固いモノを後ろから突き入れた。
「んっ、ああっ」
 モノが収まっただけで、幸江は軽く達してしまった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫。続けて」
 圭太は、腰をつかみ、ゆっくり腰を動かす。
「んっ、あんっ、ああっ」
 圭太の動きにあわせて、胸が揺れ、髪が乱れる。
「あっ、あっ、あっ、いいっ、いいのっ」
 幸江も、ともみがいることなど忘れて、あえぐ。
「んあっ、んんっ、圭太っ」
 少しずつ圭太も動きを速める。
 幸江の嬌声と肌と肌がぶつかる乾いた音が部屋に響く。
「圭太っ、圭太っ、圭太っ」
「幸江さんっ」
 そろそろ圭太も限界に近くなってくる。
「ああっ、んんっ、私っ、ダメっ、イっちゃうっ」
「幸江さんっ!」
「あっ、あっ、あっ、んんっ、あああああっ!」
「くっ!」
 幸江が達し、くずおれるのと同時に、圭太は幸江の背中に白濁液を飛ばした。
「はあ、はあ……」
 幸江は、ベッドに寄りかかり、ボーっとしている。
「これで、よかったですか……?」
 圭太も幾分憔悴した感じでふたりに訊く。
「いつまでもこうしていたいくらいに、満足よ」
「うん、ずっと、こうしていたい」
 お墨付きをもらい、圭太も微笑んだ。
 
「にしても、圭太にかかっちゃうと、私たちなんてホント、なんにもできないわね」
「惚れた者の弱みってところでしょ」
 帰り道。圭太はふたりに腕を組まれ、少々歩きづらそうにしていたが、その表情は穏やかだった。
「でも、幸江って圭太に抱かれてる時、あんな感じなのね」
「それは、ともみもでしょ。あんなしおらしく、『少女』みたいだとは思わなかったわ」
「なによぉ、私の心はいつまでも『少女』のままよ」
 ともみは、頬を膨らませむくれる。
「まあでも、今日はいろいろ楽しかったわ。ありがとね、圭太」
「そうそう。貴重な経験もできたし。ホント、楽しかったわ」
「そう言ってもらえれば、僕としてもよかったです」
「今度は、ふたりきりでデートしましょ」
「それは、私のセリフよ」
「いい、圭太?」
「いいわよね?」
「ええ、いいですよ。僕には、それくらいしかできませんから」
 圭太はそう言って微笑んだ。
「まったく、ホントに圭太は真面目なんだから」
「そんなに真剣にならなくてもいいの。私たちは、自分の立場ってものを理解してるし」
「そうよ。だから、せめて私たちと一緒の時くらい、小難しいことは考えないで楽しむべきよ」
「その方が、私たちも楽しいし嬉しいから」
 ふたりの先輩は、そう言って笑った。
「ともみさん、幸江さん」
「うん?」
「なに?」
「今日は、とても楽しかったです。ありがとうございました」
 圭太は、笑顔でそう言った。
 
 三
 暦が変わり、五月になった。
 GWも三日目。二日も休める人にとっては、まだまだ休みモードである。
 五月最初の日も、とても天気がよかった。
 圭太は、若干眠そうな感じで朝を迎えていた。
「おはよう、母さん」
「おはよう、圭太。眠そうね」
「ん〜、ちょっとだけ」
「昨日も、ともみさんたちに遅くまでつきあってたからじゃないの?」
「それは関係ない、と言いたいけどね」
 圭太は苦笑した。
「今日は、柚紀さんとデートなのよね」
「うん」
「じゃあ、覚悟を決めないと、明日、学校行けなくなるかもしれないわね」
 琴美は冗談めかしてそう言った。
「ところで圭太」
「うん?」
「祥子さんのことは、ちゃんと見ているの?」
「大丈夫だよ。バイトの帰りとかに様子は見てるし」
「それならいいけど。妊娠するといろいろあるから、あなたがちゃんと支えてあげないとダメよ?」
「わかってるよ」
 店の準備を済ませ、朝食となる。
 部活がないため、皆比較的のんびりと起き出していた。そのため、朝食も少し遅めの時間となった。
「うにゅ、眠い……」
「琴絵。食べながら寝るんじゃないの」
「だってぇ、まだ眠いんだもん」
「だったらまだ寝ていればよかったのよ。どうせ今日は部活も休みなんだから」
「ん〜、そうかもぉ……」
 船をこぎながら、琴絵は返事する。
「まったく……」
 琴美はため息をつくしかなかった。
 食事を終えると、圭太は早めに出かける準備をはじめた。
 と、ドアがノックされた。
「圭兄、いいかな?」
「開いてるから、入ってきな」
 入ってきたのは朱美だった。
「どうかしたか?」
「ん、ちょっとね」
 朱美は、曖昧に微笑み、ベッドに座った。
「ね、圭兄」
「うん?」
「少しだけ、私を抱きしめてくれないかな?」
「それは構わないけど、なにかあったのか?」
「特別なにかあったわけじゃないけど、淋しいのかな、私」
「淋しい、ね」
 圭太は小さく頷き、朱美を抱きしめた。
「ん、やっぱり、圭兄に抱きしめられると、落ち着く」
 圭太の胸の中で、朱美は微笑んだ。
「朱美、無理してないか?」
「そんなことないよ。私は、いつも通りだよ」
「それならいいけど」
 圭太は、朱美の髪を優しく撫でる。
「ごめんね、圭兄。出かける前に」
「いや、いいよ」
「今日は、柚紀先輩とデートでしょ? だったら、ちゃんと先輩に尽くしてあげないと、愛想尽かされちゃうからね」
「わかってるよ」
「なら、いいよ」
 圭太から朱美にキスをする。
「ん、圭兄……」
 ふっと朱美から力が抜けた。
「このまま、離したくないな……」
「朱美……」
「でも、それはワガママだよね。大丈夫、私は大丈夫だから」
 そう言って朱美は圭太から離れた。
「じゃあ、先輩とデート、楽しんできてね」
 圭太がなにか言う前に、朱美は部屋を出て行った。
「淋しい、か……」
 その原因が自分にあることは、痛いほどわかる圭太であった。
 
 待ち合わせは、いつもと同じ駅前だった。
 いつもより早めに着いていた柚紀は、改札前で圭太を待っていた。
 珍しくタイトスカートにカットソーという格好だった。
「そろそろ来るかな」
 時計を確認し、そう呟いた。
 圭太が待ち合わせ時間に遅れてきたことは一度もない。それどころか、たいていは圭太の方が早く着いている。それは柚紀がバスを使っているせいもある。
 だからこそ、だいたいこのくらいの時間には、というのがわかるのである。
 時計を確認して数分後、圭太がやって来た。
「お待たせ、柚紀」
「いいよ。先に来てたのは私なんだから。それに、いつもは圭太が待ってるでしょ?」
「そうだね」
「さ、行こ」
 柚紀は、圭太の腕を取る。
 ふたりは切符を買い、電車に乗った。
「今日は、いつもと服、変えてきたんだね」
「たまにはね。ワンピースとかロングスカートもいいんだけど、こういうのも気分を変えるにはいいかなって」
 そう言って柚紀は微笑んだ。
「圭太は、いつもみたいなのがいい? それとも、こういう方がいい?」
「う〜ん、どっちも似合ってるからね。正直迷うよ」
「あえて言うなら、どっち?」
「そうだなぁ、そうすると、イメージ的にいつもの方がいいかな? こう、お嬢さまみたいな格好が柚紀にぴったりだから」
「あくまでも、『みたいな』格好なのよね」
「それは、僕が柚紀のことをよく知ってるからだよ」
「むぅ、それじゃ、知らない人だと見た目にだまされるってこと?」
「さあ、それはどうだったかな?」
 圭太はしれっとそう言った。
「んもう、いぢわるなんだから」
 電車に揺られること一時間あまり。いつもよりだいぶ遠くまでやって来た。
 そこで電車を乗り換え、さらにしばし。
 着いたのは、海にほど近い場所だった。
「ん〜、海が近いから、潮の香りがするね」
 海からの風が柚紀の髪を揺らす。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
 手を繋ぎ、海へと歩いていく。
 泳ぐにはまだまだ時期は早い。そんなこともあって、周辺にはあまり人がいなかった。
 風も穏やかで、波もなく、サーファーの姿もまばらである。
 潮干狩りのできる浜辺ならもう少し人出もあるのだろうが、このあたりではそれはできなかった。
 とはいえ、ゆっくりのんびり過ごすにはちょうどいい。
「私たちって、なんだかんだ言いながら、何度も海に来てるよね」
「そうだね」
「最初は、二年前の夏。あの時のことは、一生忘れない」
「その次は、去年の修学旅行だね」
「うん。まあ、沖縄だったから、それ自体が海って感じだったけど」
「それから、夏にみんなで祥子先輩の別荘に行った」
「そう。あのメンバーでの旅行は、想像以上に楽しくて、また行きたいって思ったくらいだし」
「そして、今日」
「海まで結構ある場所に住んでる割には、もう四回目」
「柚紀は、海は好き?」
「うん、好きよ。波の音も、潮風も、水面に映える陽の光も、みんな好き」
 砂浜に足を踏み入れ、柚紀は大きく手を広げた。
「母なる海、って言うのかな? こう、落ち着くんだよね」
「わかるよ、それ。確かに、海に来ると気分が変わるから」
 ふたりは、五月の陽差しを目一杯体に受け、潮風を感じつつ、浜辺を歩く。
「圭太とGWを過ごすのは、今年で三年目。一年の時は、まだ単なるクラスメイト、同じ部活の仲間というだけだったけど。あの時、デートしたでしょ?」
「うん」
「私ね、前の日からホントに楽しみだったんだ。口ではデートだなんて言わなかったけど、かなり意識してたし。なにを着ようか、どこへ行こうか、どんな話をしようか。そんなことばかり考えてた。私、デートはあれが最初だったから」
「僕にはそうは見えなかったけどね」
「そう見せないように、がんばったんだから」
「そうなんだ」
 ふたりは笑った。
「去年は、婚約したあとだったから、もうのんびりふたりの時間を過ごすことだけ考えてたからね」
「あの場所は、のんびりするにはいい場所だからね」
「ふたりだけの時間を、誰にも邪魔されずに過ごすのって、結構難しいからね。家にいたら、それはまず間違いなく無理だし。特にうちは。なんたって、お父さんとお姉ちゃんがいるから」
「うちだって、店があるから、たいてい誰かいるよ」
「そう。そうなのよね。部活が休みの日だと、琴絵ちゃんも朱美ちゃんもいるし。休みじゃなくても、ともみ先輩や祥子先輩がいるし。場合によっては、さらに増えて。ホント、静かにのんびり、誰にも邪魔されずふたりの時間を過ごせる場所が少ないのよ」
 柚紀は、あきらめ顔で嘆息混じりに言う。
「ねえ、圭太」
「うん?」
「圭太は、私と一緒にいられないのを、どう思ってる?」
「どうって、今は、まだそれほど感慨はないかな?」
「そうなの?」
 柚紀は、意外そうに聞き返す。
「確かに僕と柚紀は恋人同士で婚約までしてる。ずっと一緒にいたいとも思ってる。でも、それって四六時中本当に一緒にいるってことと同義じゃないとも思ってるんだ。結婚したって、ずっと一緒にいられるわけじゃないし。だとしたら、少しくらい一緒にいられないくらいでいろいろ言ってたら、もしなにかでしばらく一緒にいられなくなったら、生きていけなくなるんじゃないかって。大げさだけど、そんな風にも思うから」
「ま、それは確かにね。でも、私はそれでも圭太と一緒にいたい。だから、一緒にいられないことを歯がゆく思ってる。だって、私も圭太も一緒にいたいと思ってるのに、私たちには関係ない理由で一緒にいられないんだから」
「そういうの、柚紀らしいね」
「そうかな? 結構普通だと思うけど」
「普通、ではないと思うけど。でも、僕は柚紀のそういう考え方、好きだよ」
「じゃあ、もっともっと一緒にいる方法を考えなくちゃね」
 柚紀は、笑顔でそう言った。
 
「まだ、冷たいかな」
 柚紀は、靴を脱ぎ、波打ち際に寄った。
 おそるおそる水に手をつける。
「ん〜、まだ冷たいね」
 ぱしゃぱしゃと水を跳ね上げる。
「さすがにまだ五月だからね」
「でも、この冷たさは気持ちのいい冷たさかも」
 冷たい水が熱を奪い、ひんやりと気持ちいい。そんな感じだろう。
「……それっ」
「うわっ」
 と、いきなり柚紀は、圭太に水をかけた。
「あはは、油断大敵よ」
「やったな。反撃だ」
 圭太は、靴と靴下を脱ぎ、ズボンをまくり上げ、海に入った。
「これでどうだっ」
「きゃっ」
 さすがに海側からの方が狙いやすい。
 圭太は容赦なく両手で水をかけた。
「ああん、もう、濡れちゃう」
「そんなこと言って、僕を油断させる気だろ?」
「……ちっ、さすがは私の彼氏。読んでるわね」
 柚紀は舌打ちし、破れかぶれに水をかけた。だが、読まれている攻撃など当たりはしない。
「柚紀が本当に悔しがっている時は、そんなものじゃないからね。それに、僕に攻撃しようという意識が強くて、顔がにやついてたしね」
「不覚だわ。もっともっとポーカーフェイスを勉強しなくちゃ」
 冗談めかしてそう言う。
「でも、圭太もそういうのわかるんだね」
「そりゃ、柚紀と一緒にいるようになってそれなりの時間が経ってるし。ああ、今こんなことを考えてるんだな、ってわかるようになってきたよ」
「そっか」
「特に、僕に甘えるというか、なにかねだったりする時はわかりやすいよ」
「そんなにわかりやすい?」
「うん、わかりやすい」
「う〜ん、そのあたりももう少し考えなくちゃ。それじゃあ、いざという時に女の武器が使えなくなっちゃう」
「女の武器?」
「そ、女の武器。涙でしょ、笑顔でしょ。そういうのに弱い人が多いから」
「……なるほどね」
 圭太自身も思い当たる節があるのか、苦笑している。
「ま、でも、圭太は私がお願いすれば、よほどのことじゃない限りは、ちゃんと応えてくれるから、あまり深く考える必要もないかも」
「それって、いいことなの?」
「私にとってはね」
 そう言って柚紀は笑った。
 それから少しして、ふたりは昼食を食べることにした。
 砂浜にレジャーシートを敷き、そこに座る。
「今日は、ちょっと気合い入れて作ってみたの」
 並べられた弁当は、確かにかなり気合いが入っているのがわかった。
 いつも以上に彩りが豪華で、切り方ひとつを見ても、とても凝っていた。
 ボリュームもなかなかのもので、ふたりでやっとというところか。
「はい、圭太。あ〜ん」
「あ〜ん」
 柚紀は、自分の箸で圭太に食べさせる。
 圭太もその行為自体は恥ずかしいと思っていても、相手は柚紀である。なにを言っても意味がないだろうと、あえてなにも言わないのである。
「どう、美味しい?」
 上目遣いに瞳をキラキラと輝かせながら訊ねる。
 ここで不味いなどと言えば、その場が地獄と化すのは火を見るよりも明らかだ。
 まあ、柚紀に限って不味いものを圭太に食べさせるはずもないのだが。
「美味しいよ。でも、ちょっと変わった味だね」
「わかる? ちょっとね、いろいろ試してみたの。もちろん、失敗作なんか持ってきてないから安心して。そんなの食べさせたら、向こう三日間は自分を呪うわ」
「そ、そうなんだ……」
「どんどん食べてね。いっぱい作ってきたから」
 にっこり笑う柚紀。確かに、笑顔は女の武器だった。
 ゆっくりのんびりと昼食をとり、陽が最も高くなる頃。
 ぽかぽかと暖かな陽差しに誘われ、ちょうど満腹となったところで、眠気が襲ってくる。
「ふわぁ……」
「眠くなってきたね」
「そうだね。これだけ天気がよくて、風が気持ちよくて、おまけにお腹もいっぱい。これで眠くならなかったら、それはそれでおかしいかもね」
「ふふっ、そうだね」
 ふたりは揃ってレジャーシートに横になった。
「ん〜、気持ちいい」
 大きく伸びをすると、余計にその気持ちよさを実感できる。
「柚紀」
「うん?」
「手、貸して」
「手? いいけど」
 柚紀は、言われるままに手を出す。
 圭太はその手の平に、あるものを置いた。
「これは……」
「柚紀に似合いそうだったから」
 圭太が渡したのは、ネックレスだった。星の形をした飾りがついている。
「柚紀はいつも僕のためにいろいろしてくれるから。今日だって弁当を作ってきてくれたし。そういうことの、お礼みたいなものだよ」
 柚紀は、体を起こし、早速それを身につける。
「どうかな?」
「うん、似合ってる。僕の目利きも捨てたものじゃないね」
 圭太はそう言って笑った。
「ありがと、圭太。大切にするね」
 柚紀は、少し目を潤ませそう言った。
 
 風がひんやりとしてきた頃、圭太たちはゆっくりと駅へ向かって歩いていた。
「こうやって、ふたりきりで過ごせる時間て、これからどのくらいあるんだろうね」
「それは、いつまでってこと?」
「ん〜、とりあえず、一高にいる間かな?」
 柚紀は少し考え、そう答えた。
「部活を引退するまでは、微妙だろうね。こういう丸一日の休みは、ほとんどないし」
「だよね」
「ただ、柚紀、言ってたよね」
「なにを?」
「もっと一緒にいる方法を考えなくちゃ、って。時間て、探せばあるし、作ろうと思えば意外に作れるものだから」
「そう、だよね。うん、そうだ」
「大丈夫。僕は、もっと柚紀と一緒にいたいと思ってるから」
 繋いでいた手に少しだけ力を込める。
「ホント、こういう時の圭太にはかなわないなぁ。かっこよすぎ。ますます惚れちゃう」
 柚紀は、嬉しそうに微笑んだ。
「お姫様の期待に添えて、なによりです」
「ふふっ」
「ははっ」
 茜色の空に、ふたりの笑い声が響いた。
 
 地元に戻ってきた頃には、空はすっかり暗くなっていた。
 GW前半の最終日ということで、大きめな荷物を持った家族連れなんかも電車から降りてくる。
「これからどうしようか? 夕飯食べていく?」
「ん〜、それもいいかなぁ。でも、みんなとわいわい食事をするのも捨てがたいし」
 改札前でしばし考える。
「昨日はどうしたの?」
「昨日? 昨日は、外食だよ」
「なるほど。じゃあ、今日は戻ってから食べましょ。なんだったら、私が作ってあげる」
 時間を考え、ふたりはバスで帰ることにした。
 バスは、いつもの休日より混んでいた。旅行に出ていた人だけでなく、休日を繁華街で過ごした人も結構いる。
 それでも、立っている人はほとんどいない。
 いくつかの停留所を過ぎ、ふたりはバスを降りた。
『桜亭』の明かりが見えてくると、ようやく帰ってきたと思える。
 店の方には、何人かのお客がいて、ともみが接客していた。
 その様子を横目に、ふたりは玄関から家に戻った。
「ただいま」
「おじゃまします」
 家の中には、いい匂いが漂っていた。どうやら、夕食の支度をしているらしい。
「どうやら、間に合ったみたいだね」
「うん」
 ふたりはそのままリビングへ。
「あ、おかえり、圭兄、柚紀先輩」
 リビングでは、朱美がテレビを見ていた。
「食べてきたの?」
「いや、食べてない。だから間に合ったかなって」
「それは、琴絵ちゃんの腕次第だね」
 声を聞きつけ、台所から琴絵も顔を出した。
「おかえりさない、お兄ちゃん、柚紀さん」
「ただいま。夕飯の準備は、もう終わったか?」
「ううん、まだ途中。お兄ちゃんたちも、食べる?」
「可能なら」
「大丈夫。今日は、キーマカレーだから。たくさん作ったし」
「そっか。じゃあ、全部琴絵に任せるよ」
「了解〜」
 琴絵は、トンと胸を叩き、台所に戻った。
「さすがは琴絵ちゃんね。もう完全に『主婦』の領域だわ」
 柚紀は、感心したように頷く。
「圭兄。今日はどこ行ってきたの?」
「海だよ。天気がよかったのはたまたまだけど、今日出かけるって決めてから、海に行こうって話してたんだ」
「そうなんだ。で、どうだった?」
「人もあまりいなくて、とてもよかったよ」
「貸し切りって感じじゃなかったけど、でも、すっごくのんびりできたかな」
「そういう話を聞くと、私も行きたくなっちゃいます」
「じゃあ、今度、圭太に連れて行ってもらえばいいよ」
「あっ、そうですね」
 パッと朱美の顔が輝いた。
「圭兄。今度、私も連れて行ってね」
「仰せのままに、お姫様」
 圭太は、芝居がかった口調でそう言った。
 
 琴絵特製のキーマカレーを食べ、食後の団らんを楽しみ、あとはふたりだけの時間である。
 圭太と柚紀は、ベッドに座り、お互いに肩を寄せ合っていた。
「あと半年で──」
「ん?」
「僕も十八になる。そしたら……」
「うん。私たちは、晴れて一緒になれる」
「あと半年なのか、もう半年なのか、それはわからないけど。柚紀にとっては、長かったのかな?」
「ん、そうでもないよ。結婚しちゃうとそこで一度関係にリセットがかかるから。こういう時期のことは、今しか体験できないから。それはそれで大事だと思うし」
「そっか」
「でも、やっぱり早く一緒になりたいな」
 柚紀は、真っ直ぐ圭太を見つめた。
「今の私にとって、圭太と過ごす時間がなによりも大事で、なによりも楽しいから。これから先も、ずっとそうありたいと思うから。だから……」
「柚紀……」
 圭太は、そんな柚紀を抱きしめ、キスをした。
「愛してる、圭太……」
 
 明かりの落ちた部屋の中、薄く月明かりが差し込んでいる。
 ベッドの上には、柚紀の真っ白な裸体が横たわっている。
 もう何度も目にしている圭太ですら、その美しさには息を呑むほどである。
 柚紀は、わずかに頬を染め、圭太を見つめている。
「綺麗だよ、柚紀」
「ありがと、圭太。私は、いつまでも圭太のためだけに、綺麗で居続けるから」
 髪を撫でながら、圭太はキスをした。
 柚紀も圭太の首に腕を回し、何度もキスを交わす。
「ん……はぁ……」
 息を継ぐのも忘れ、唇をむさぼる。
 舌を絡め、お互いの唾液でベタベタになる。
 圭太は、柚紀の胸に手を添える。
 形のいい胸が、圭太の手の動きにあわせ、形を変える。
 強すぎず、弱すぎず。絶妙な加減で揉む。
「ん、あ……」
 柚紀は、せつなげな声を上げる。
 漏れる声が自分の耳にも届き、それがよりいっそう雰囲気を盛り上げる。
「んんっ」
 手のひらが、先端の突起に触れた。
 それだけで柚紀は、ピクンと体を反応させた。
 ぷっくりとふくらんだその突起に、圭太は指をあて、押すように転がす。
「んあっ、あふっ」
 抑えていた声が、一段高くなる。
 両方の胸とも同時にそれを行う。
「あんっ、ん、あ、気持ちいい」
 突起は、ますます固くなる。
 今度は、胸に舌をはわせる。
 丁寧に、壊れ物を扱うように、ゆっくりと舐める。
「んああ……」
 舌のざらっとした感じが、柚紀をさらに感じさせる。
 舌先で、突起を転がし、押し、最後に甘噛みする。
「んんっ」
 鋭い刺激に、柚紀は敏感に反応する。
 右胸の突起を舌で、左胸を手で。
 間断なく押し寄せてくる快感。柚紀は、それにほんの少しだけ抗おうとする。
 だが、快感が理性を上回るのは容易なことである。
「ん、圭太……」
 柚紀は、圭太を先へと促す。とはいえ、それも決して強制ではない。
 圭太のしたいように。それが柚紀のスタンスでもあった。
 ただ、圭太は圭太である。自分よりも相手を優先する。
 体の位置をずらし、下半身に移る。
 柚紀に足を開かせ、秘所を前にする。
 少し開いた秘所からは、蜜があふれていた。
 圭太は、秘唇に指をあて、ツーッとなぞった。
「んあっ」
 さらに鋭い快感に、声が大きくなった。
 何度かそれを繰り返し、おもむろに指を中に入れた。
「んっ……」
 中は熱いほど蜜があふれていて、締め付けもきつかった。
 何度となくセックスをしている柚紀だが、これだけはずっと変わらなかった。
 圭太は、指を出し入れしたり、中を擦ってみたりする。
「ああっ、んっ、んくっ」
 敏感な部分にあたる度に、柚紀は体ごと反応する。
 指を二本に増やしてもそれは変わらない。
 その頃には、もう柚紀に物事を冷静に考えるだけの余裕はない。
 今はただ、目の前の行為に集中するだけ。圭太と一緒に気持ちよくなりたいだけ。
「圭太、もう大丈夫だよ……」
「わかった……」
 圭太は、小さく頷き、限界まで怒張したモノを秘所にあてがう。
「いくよ?」
「うん、きて……」
 ゆっくりと腰を落としていく。
「んっ」
 中のひだが、モノに絡みついてくる。
 圭太は、中に入れただけですさまじい快感に襲われる。
 全部収まると、圭太は一度柚紀を見る。
「大丈夫だから」
 柚紀の瞳、表情は圭太にそう訴えていた。
 それを確認し、圭太は腰を動かす。
「ああっ、んっ」
 抜けきる寸前でまた腰を落とす。
 それを繰り返し、少しずつ速くしていく。
「やっ、んんっ、あっ、あっ」
 動きにあわせて胸が揺れる。
 ベッドがきしむ。
「圭太っ、気持ちいいのっ」
 頭の中には、それしかない。
 行為に没頭し、お互いを求める。
 真摯なまでの行動が、お互いの結びつきをより強固なものにしている。
「圭太っ、もっとっ、もっとっ」
 圭太は少しだけ体勢を変え、さらに深く、速くモノを突き挿れる。
「ああっ、あんっ、んあっ」
 肌と肌がぶつかる乾いた音に混じって、蜜がかき混ぜられる湿った音が聞こえる。
 お互いの荒い息の中で、それは自然と耳に入っていた。
「んくっ、圭太っ、私っ、ダメっ」
 柚紀は、右手でシーツを握りしめ、左手で圭太を求める。
「圭太っ、圭太っ」
「柚紀っ、一緒にっ」
「うんっ、一緒にっ」
 圭太は、よりいっそう速く動く。我慢していたものをすべて解放したかのように。
「ああっ、んんっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
 閉じられなくなった口から、ヨダレが垂れている。
「んあっ、ああっ、んんっ」
「柚紀っ」
「圭太っ、あんっ、ああっ、ああああっ!」
「くっ!」
 そして、ふたりはほぼ同時に達した。
 圭太は、柚紀の最奥に白濁液を放つ。
「はあ、はあ……」
「はぁ、はぁ、柚紀……」
 乱れた髪を優しく整え、圭太はキスをした。
「はあ、はあ、少し休んだら、もう一回しよ」
 柚紀は、笑顔でそう言った。
 
 圭太は、隣で気持ちよさそうに眠っている柚紀を見て、目を細めた。
 今、自分の腕の中にいる女性は、この世の中で自分を一番理解してくれる人である。自分もこの人を理解したいと思い、また、大切にしたいと思っている。
 この顔には、いつまでも笑顔だけを浮かべていてほしい。
 圭太は、心からそう願っていた。
「……ん……」
 と、柚紀が目を覚ました。
「私、寝ちゃったんだ」
「気持ちよさそうだったよ」
「うん、圭太と一緒だから、とっても気持ちよかった」
 柚紀は、圭太の胸に頬を寄せた。
「結局、泊まることになっちゃったね」
「そうだね。でも、明日はどうするの?」
「朝一で家に電話して、お父さんにでも車で持ってきてもらうよ。教科書とかは、たぶん入ってるはずだから。あとは制服があれば大丈夫」
「そっか」
「それに、明日は連休の谷間だし、そんなにしっかりとは授業もやらないと思うよ。いくら受験生でも、たいていの人たちはまだ部活が忙しいからね」
「確かにね。まあ、足りないものとかあったら、僕のがあるから遠慮なく言ってよ」
「うん、そうする」
 不意に顔を上げると、綺麗な月がわずかに見えていた。
「ねえ、圭太。こういう神秘的な雰囲気って、なにか特別なことがありそうって気がしない?」
「月の魔力?」
「それだけじゃないけど、そんな感じ」
「そういうのがあるとしたら、柚紀はどんなことだといい?」
 圭太は、柚紀の髪を撫でながら訊ねる。
「ん〜、そうだなぁ、やっぱり、妊娠、かな。今日のエッチで、妊娠。月の魔力でも月の女神様の力でもなんでもいい。それだったら、私は最高に嬉しいよ」
「そういう傾向はないの?」
「とりあえず、四月はちゃんときたから。今月はわからないけど。だから、そうだといいなって思ったの」
「こればっかりは、やっぱりどうすることもできないんだよね」
「そう聞くけどね。ちまたにはいろいろな話が出回ってるけど、そういうのだって百パーセントじゃないだろうし。となると、まさに子供は天からの授かりものだよね」
 そう言う柚紀は、やはり少しだけ淋しそうだった。
「あとは、考えたくないけど、私の方に問題があるとか。だって、圭太の方は問題ないって証明されちゃったし」
「大丈夫だよ。今までは本当にたまたまそうならなかっただけで、きっと、できるよ」
「私だってそう信じてる。信じてるけど……結果がほしいよ……」
「柚紀……」
 圭太は、柚紀をギュッと抱きしめた。
 祥子が妊娠していなければ、柚紀がここまで思い詰めることはなかった。それがわかるだけに、圭太は本当になにも言えなかった。
「ごめんね、圭太」
「えっ……?」
「圭太だって私が望むようにしてくれてるのに。こんな愚痴ばかり言って。こんなことだから、神様が意地悪してるのかもね」
「そんなことないよ」
 それに対して圭太は、柚紀の顔を自分に向けさせ、ひとつひとつの言葉を確かめるように言った。
「いつとか、そういう具体的なことは僕にも言えないけど、僕も、柚紀との子供はほしいと思ってる。そのために、僕たちはこうしてセックスだってしてるわけだし。だから、柚紀もあまり悲観的なことを言わないでほしい」
「圭太……」
「柚紀に、悲しい顔は似合わないから。ずっと、笑っていてほしいから」
「うん……」
 ふたりは、自然にキスを交わした。
「ん、圭太……」
「柚紀が安心できるように、もう一回しようか?」
「それはいいけど、大丈夫なの?」
「柚紀のためなら」
「んもう、そういう嬉しいこと言わないの」
「柚紀が、本当に大切だからだよ」
「うん、わかってる」
 圭太は、頬に軽くキスをし、柚紀の上に覆い被さった。
「圭太、大好き……」
 
 四
 五月二日は、仕事や学校のある人にとっては、実に恨めしい日となった。
 もちろん、そういう人の方が割合としては多いのだろうが、まわりに休みの人がいれば、否応なく休みではない自分を見てしまうことになる。
 一高は当然休みではない。
 大半はちゃんと来ていたが、中には休んでいる生徒もいた。そういう生徒は、どこかへ行っているのだろう。
 生徒はもちろんだが、教える側である教師たちもあまり気合いは入っていなかった。やはり、教師である前にひとりの人間である。
 そんなこともあって、授業もいつもより軽めで、それほど大変な一日ではなかった。
 やはり、その日が終わればまた三日間休みとなる、というのが大きかったようである。
 そういうわけで、GW後半最初の日。五月三日。
 吹奏楽部は、当然のことながら部活がある。
 練習前、菜穂子からある知らせがあった。
「四月中に言ってたと思うけど、一年を対象に合奏をやるから。それで、合奏はあさって、五日にやるから。合奏は、基本的にみんなの実力を確かめるためのものだから、特に難しいことはしないわ。今考えているのは、ロングトーンとかタンギングとか、まあそんな基本的なことよ。あと、余裕があれば初見で簡単な曲をやるかもしれないけど。とにかく、今日と明日は、基礎練習を中心にしっかりやってちょうだい。いいわね?」
『はい』
 それから練習開始。
 GW中は基本的にパート練習が中心となっている。
 その日は、久々に最初から圭太が指導することになっていた。
「じゃあ、今日は基礎練習だけやろうか」
 圭太は、いきなりそう言って練習をはじめた。
 最初は個人で練習し、時間を見てみんなでということである。
 楽譜を使わず、使うのはチューナーとメトロノームのみ。
 六人は、黙々と練習を続ける。
 基礎がおろそかになると、やはりどんな曲も上手くは演奏できない。一年のことが契機となって、二、三年もいい復習の機会が訪れた、ということである。
 一時間ほど個人練習をし、休憩を挟んでパート練習である。
「先輩。ひとつ、いいですか?」
「なんだい?」
「あさっての合奏は、先生だけが見るんですか?」
「さあ、それは僕にもわからないよ。先生からはなにも聞いてないからね。ただ、合奏中に僕や綾が見て回る、という可能性は否定できないかもね」
 それを聞き、質問した和美はため息をついた。
「まあ、そんなに悲観しないで。先生だって僕だって、最初からそんなにかっちりやろうだなんて思ってないよ。せっかくみんな入ってくれたのに、ここで辞められちゃったら困るしね」
 圭太は冗談混じりにそう言う。
「ただ、和美も明雄もやるからには真剣にやること。多少できないところがあってもなにも言わないけど、真面目にやらないことには、僕も徹底的に厳しくいくからね。それこそ、今月中にコンサートの曲をマスターするとか。そんな無理難題を言うかもしれない」
「だ、大丈夫ですよ。ちゃんと真面目にやりますから」
「だったらいいけど。ほかになにかある? なかったら練習をはじめるよ」
 その脅しが利いたのか、その日の練習はいつもより多少気合いが入っていたとかいないとか。
 練習が終わると、圭太は一度音楽室を抜け出した。音楽室ではやはりコンサートに向けた準備が行われている。
 圭太が向かったのは、体育館である。
 体育館には、それほど立派なものではないが、一応トレーニングルームみたいな場所があり、そこを様々な運動部が利用していた。
 この時期は、水泳部やヨット部、山岳部、スキー部など、すぐに活動のできない部活が優先的に利用していた。
 体育館に入ると、ほとんど人はいなかった。やはり、ちょうどお昼時である。
 それでも、ステージのところで昼食を取っている生徒もいる。
 圭太はそんな生徒たちを横目に、トレーニングルームに顔を出した。
 が、すでにそこはもぬけの殻。誰もいなかった。
「ん〜、もう部室に戻ったのか」
 部室棟は体育館とはまた別にある。ほとんどは一度外に出なければならないのだが、いくつかは上履きのままでも行けた。
 そのひとつが、プール脇にある水泳部の部室である。
 部室に近づくと、中からはかしましい声が聞こえてくる。
 男子と女子の部室は少し離れているため、間違いなく女子水泳部のものである。
 圭太は、どうするか少し悩んだ。いきなりドアをノックするのもどうかということである。圭太がそれをするなら、たいていは許されるだろうが、本人は真面目である。様々な問題が起きないようにするにはどうしたらいいか、そんなことを考えていた。
 と、その時ドアが開いた。
 制服姿の水泳部員が三人ほど出てきたのである。
 制服だけでは学年はわからないが、どうやら相手は圭太のことは知っていたようである。となると二年か三年ということになる。
「高城先輩。こんなところでどうしたんですか?」
 その中のひとりが、圭太に声をかけてきた。
「えっと、三年の河村さんは、いるかな?」
「凛先輩ですか? いますよ。ちょっと待っててください」
 三人は、揃って部室に引っ込んだ。
 同時に、中からは歓声とも黄色い声ともつかない声が上がった。
 そのすぐあとに、慌てた様子で凛が出てきた。
「けーちゃん。ちょっと向こう行こう」
 そう言っていきなり圭太を部室から遠ざけた。
 とりあえず部室が視界に入らない場所まで移動してくる。
「ふう、ここなら大丈夫かな」
「大変だね」
「けーちゃんが有名だからだよ。三年一組の高城圭太といったら、二、三年にはすごい人気があるみたいだから。心当たりあるでしょ?」
「ん、まあいろいろあったからね」
 圭太は苦笑した。
「それで、けーちゃんも部活終わったんだね?」
「うん。もうあとはちょっとした雑用くらいだから、そんなにしないで帰れると思うよ。凛ちゃんは?」
「あたしはいつでも大丈夫。部室ではみんなと話をしてただけだから」
「そっか。じゃあ、どうしようか?」
「う〜ん、三十分後に昇降口ってことでどう?」
「了解。三十分後に昇降口だね」
「遅刻したら、あたしの言うこと、ひとつ聞いてもらうからね」
「覚えておくよ」
 そう言ってふたりはいったん別れた。
 音楽室に戻ると、まだ作業は続いていた。
「綾。ちょっといいかな?」
「ん、なに?」
 圭太は綾に声をかけた。
「あと、二十分くらいで終わらなかったら、ここの戸締まりとか、頼んでもいいかな?」
「それは構わないけど、なにか用事でもあるの?」
「ちょっと、退っ引きならない用事がね」
 圭太は苦笑するしかなかった。
「ま、深くは追求しないであげるわ。それに、あたしもたまには副部長らしいことしないといけないしね」
 そう言って綾は笑った。
 結局、作業は二十分では終わらなかった。とはいえ、残っている作業はそんなにあるわけではなかった。見た感じ、あと三十分もあれば終わるくらいだった。
 ただ、圭太はあえてそれよりも凛との約束を優先した。
 柚紀たちにも断りを入れ、圭太は昇降口へ急いだ。
 昇降口に着いたのは、約束の一分前だった。
「ギリギリセーフ、だね」
「なんとか間に合ってよかったよ」
「あたしとしては、遅れてくれた方がよかったんだけどね」
 凛は、ペロッと舌を出してそう言った。
 靴を履き替え、ふたりは玄関を出る。
「柚紀とかには、言ったの?」
「一応ね。言ってもいろいろ言われるけど、言わないでおくとそれが数倍になるから」
「なるほどね」
 ふたりは校門を出て、いつもの通学路を歩いていく。途中までは圭太の通学路と同じなのである。
「こうして一緒に学校から帰るのって、小学校以来だね」
「そうだね」
「あの頃は、まだあたしとけーちゃん、そんなに背も変わらなかったのに、今じゃ見上げるくらいになっちゃった」
「凛ちゃんだって、背は高い方でしょ?」
「女としてはね。それでも一七〇はないよ」
「そうなんだ」
 すらっと背の高い凛である。姿勢がいいからか、見た目よりもさらに背が高く見える。
「けーちゃんは、背は高い方がいい? 低い方がいい?」
「どっちということはないよ。身長でなにか変わるわけでもないし」
「そっか。よかった」
 凛は、嬉しそうに微笑んだ。
 いつもは曲がらない道で曲がり、さらに歩く。
 そのあたりは、取り立てて新しい地区ではないが、古いアパートなどを壊し、新しいマンションなどが建ちはじめている地区でもあった。
 河村家が入っているマンションは、七階建ての比較的こぢんまりとしたものだった。
 外観はとてもシックな感じで、見た目はいいマンションだった。
「一応、最上階なんだよ」
 オートロックのドアを開け、エントランスに入る。
 上にいるエレベーターを呼び、乗る。
「向こうは、一軒家だったよね?」
「うん。だから、こういうマンションははじめてなの」
 七階に着く。
 最上階は、下の階に比べて部屋数が少ない。その中の一室、703号室が河村家だった。
「ちょっと待ってて」
 インターフォンを鳴らす。
『はい』
「お母さん、あたし」
 すぐに鍵が開く。ドアを開けたのは、凛の母親で、美紀子である。
「おかえりなさい、凛」
「ただいま」
「あら?」
 当然、圭太にも気づく。
「圭太くん?」
「はい。ご無沙汰していました」
「まあまあまあ、すっかり見違えちゃって。元気だった?」
「はい、おかげさまで」
「お母さん。なにも玄関先で話すことないでしょ?」
「そうね。ごめんなさいね、圭太くん。さ、上がってちょうだい」
「おじゃまします」
 間取りは、三LDKというもので、三人で住むには広いくらいであった。
「けーちゃん。荷物は、あたしの部屋に置いておけばいいよ」
 廊下の途中にある凛の部屋。
「凛は、それと一緒に着替えてくる」
「はぁい、わかってますよ」
 圭太の荷物を受け取り、凛は部屋に入った。
「圭太くんは、こっちね」
 美紀子に案内され、リビングへ。
「あなた。圭太くんが来てくれたわよ」
 リビングには、凛の父親、彰の姿があった。
「おう、圭太くん。すっかり大きく立派になって」
「ご無沙汰していました」
「いやいやいや、しっかりやってることは、凛から聞いていたから」
「そうですか」
「あとは、蘭ね。ちょっと待ってね」
 美紀子はそう言って廊下を戻っていく。
「上着は、ここにかけておくといい」
「すみません」
 ハンガーを借り、上着をかける。
「それにしても、本当に立派になったものだ」
「そんなことないですよ」
「男子三日会わざれば、なんて言葉があるが、えっと……」
「七年です」
「七年も会わなかったら、さすがに変わるな」
 彰は、上機嫌でそう言う。
「圭太ちゃんっ」
 そこへ、もうひとり乱入してくる。
「わわっ」
「ん〜、圭太ちゃんだ。すっごく久しぶりね」
 いきなり後ろから圭太を抱きしめたのは、凛の姉、蘭である。
 ショートカットの髪に、すっきりとした目鼻立ち。凛をさらに大人っぽくさせた感じの正真正銘の美人である。
「え、えっと、ら、蘭さん」
「イヤ。昔みたいに呼んで」
「え、えっと、蘭ちゃん、ですか?」
「そうそう。圭太ちゃんは、そうでなくちゃね」
 蘭は、にっこり笑った。
「お姉ちゃん、けーちゃんになにしてるの?」
 と、こめかみをひくつかせている凛が仁王立ちしている。
「なにって、スキンシップよ。そんなこともわからないの、このバカ妹は?」
「ば、バカって……」
「バカじゃなかったら、なに? アホ? マヌケ? それとも……」
「ああ、はいはい。お姉ちゃんの言う通りでいいから。とにかく、けーちゃんから離れて。けーちゃんも嫌がってるから」
「そんなことないわよね? 圭太ちゃんも、あんな妹より私の方がいいわよね?」
「……お姉ちゃん?」
 さすがのことに、凛も怒りを堪えるのに必死である。
「ふっ、凛。まだまだ甘いわね。そんなことくらいでカリカリしてちゃ、いざって時困るわよ」
「いざって、どんな時よ?」
「そりゃ、いざはいざよ」
「まったく……」
 凛は、やれやれとため息をついた。
「圭太くん」
「はい、なんですか?」
「お昼は食べた?」
「いえ、食べてません」
「そう。じゃあ、一緒に食べましょう。蘭、手伝って」
「ええ〜っ、凛にやらせればいいじゃない」
「仕送り、減らすわよ」
「了解であります。河村一等兵、直ちに任務に就きます」
 蘭は、あっという間に台所へ消えた。
「ホント、お姉ちゃんは……」
「変わってなくてよかったよ」
 そう言って圭太は笑った。
 
 昼食は、実ににぎにぎしかった。
 圭太の隣がいいと蘭が言って譲らなかったり、凛を除く全員から質問攻めにあったり。
 それでも圭太はイヤな顔ひとつせずにちゃんとつきあっていた。
 それは、お互いに知っているということもあっただろう。家族ぐるみ、とまではいかなかったが、圭太も何度もこの家族と時を過ごしている。だからこそ、いろいろ聞きたいこともあるし、話したいこともある。
 そういうことを理解しているからこその圭太の行動でもあった。
 とは言いながら、凛としてはあまりいい気分ではなかった。せっかく圭太とゆっくりできると思えば、邪魔ばかり。これでは、機嫌がいいはずなどない。
 だから、やっとの思いで部屋に連れ込んだ時には、ホッとため息をついたくらいである。
「ホントごめん、けーちゃん。うちはみんな限度を知らなくて」
 凛は、そう言って謝った。
「そんなことないよ。小父さんだって小母さんだって、僕のことを知ってるからこそ、あれだけいろいろ聞きたがったんだよ。僕も、そういうのはいいと思うしね」
「まあ、お父さんとお母さんだけならまだましだとは思うけど、問題はやっぱりお姉ちゃんよ。あからさまにあたしの邪魔して。ホント、信じられない」
 凛の言うように、食事中、凛が圭太になにか言おうとすると、蘭がすかさず邪魔に入った。それは見事にあからさまで、見ていて逆に清々しいくらいだった。
「だけど、蘭さんのノリは、昔のままだね」
「あれはもはや病気よ。もう二十歳過ぎだっていうのに、いつまでも子供みたいで。全然治らないんだから」
「でも、昔から本当に無茶なことだけはしなかったよね」
「それはね」
「それが蘭さんなりの表現方法なのかもしれないね。きっと、いろんなことに不器用なんだと思う。だからこそ必要以上にふざけてみたり」
「確かによく捉えればそうなるのかもしれないけど。お姉ちゃんは昔から計算高いところがあったから、一概にそうとは言えないよ」
 あくまでも妹の意見は辛口だった。
「ま、いいか。今はお姉ちゃんもいなし。やっと、けーちゃんとふたりきりになれたし」
 そう言って凛は、圭太の側に寄った。
「昔はどっちかっていうと、あたしの方が背が高くて、けーちゃんを守ってるって感じだったけど、今は違うね。こうやってるだけで、けーちゃんは男の人だってわかるもの。ずっとずっと男らしくなってる」
「そんなことないと思うけどね。僕なんかまだまだだよ」
「けーちゃんがまだまだなら、ほかの人たちはいつになったら男らしくなるんだろ」
 凛は冗談めかして笑った。
「ねえ、凛ちゃん」
「うん?」
「よかったらでいいんだけど、向こうにいた時のこと、いろいろ話してくれないかな」
「それはいいけど……じゃあ、ついでにあれがあるといいかな」
 凛は本棚の一番下から、大きな冊子を取り出した。見ると、それはアルバムのようである。
「これ、向こうにいた頃のアルバム。中学からのだね」
 開くと、確かにそれくらいの頃の凛が写っていた。
「女子校だったから、みんな女の子ばかり。けーちゃんは想像つく?」
「ん〜、ちょっと想像できないかな」
「女子校って結構美化されてるイメージがあるけど、中は結構ひどいんだよ。そりゃ、一部のお嬢さま学校なんかは綺麗かもしれないけど。うちは全然。男子がいないから、もうみんな開けっぴろげで。恥じらいなんてものは、どこかに置いてきた感じだね」
「そうなんだ」
「夏の暑い日なんか、平気でスカートまくってるもん。ま、さすがに男の先生の時はそこまでしないけど。あと、そうだなぁ、やっぱり噂が多かったかな」
「噂?」
「そ。あの子はどこの学校の誰それとつきあってるとか、あの子はもうバージンあげちゃったとか。別にこれは女子校だからってわけじゃないと思うけど、ちょっと過激かも」
「なるほどね」
「文化祭とかで他校の生徒が来る時なんかすごいよ。特に男子。あの人は合格とか、あの人は不合格とか。もう目の色が違ったから」
「凛ちゃんは?」
「あたし? あたしは適当につきあってただけ。だって、あたしの好きな人は、昔からけーちゃんだけだから」
 面と向かってそう言われては、さすがの圭太もなにも言えなかった。
「あとは、あたしは水泳やってたから。そういうのにうつつを抜かしてる余裕がなかったんだ」
 アルバムの中には、確かに水泳部の大会の写真が多い。
「練習は大変だけど、タイムがコンマ一秒でも縮まると嬉しかったし。大会で優勝できればなおさらだね」
「でも、凛ちゃんはすごいよね」
「どうして?」
「だって、水泳をしっかりやりながら勉強だってちゃんとやってたわけだから。私立なら、水泳でいい成績残せば、いろいろ優遇されるでしょ?」
「まあね。でも、あたしはイヤだったの。水泳だけしかできないのって、なんか違うと思ったし。だから勉強もやってた。もっとも、あたしはスポーツ特待生ってわけでもなかったから、ある程度はやっておかないと留年ってこともあったけど」
「それでもすごいと思うよ。僕にはなかなか真似できないよ」
 圭太は手放しで褒める。
「あたしにしてみれば、けーちゃんの方がよっぽどすごいと思うよ」
「僕が? どうして?」
「だって、小父さんが亡くなってから小母さんを支えつつ、琴絵ちゃんもちゃんと見て、学校の勉強だってちゃんとやって、その上部活もがんばって。それこそあたしには真似できない。うちは、両親も揃ってるし、お姉ちゃんは放っておいても死なないし、あたしはあたしのことだけやってればよかった。けーちゃんとは、全然違うよ」
「…………」
「あたしがけーちゃんみたいになれるとは思ってないけど、でも、少しくらいは近づきたいって思う。だから、あたしはあたしのできることを精一杯やってるの」
 凛は、にっこり笑った。
「ただね、こっちに戻ってきてから、その考えはちょっと変えようと思ってるの」
「どうして?」
「ただ単にけーちゃんに近づくだけじゃ、ダメなんだってわかったから。あたしはあたしじゃなくちゃ、意味がないって思い知らされたから」
 そう言う凛は、少しだけ淋しそうだった。
 圭太は、かける言葉が見つからず、アルバムを見るしかなかった。
「けーちゃん」
「ん?」
「あたし、けーちゃんに認めてもらえるかな?」
「認めるって、どういうこと?」
「柚紀みたいに、ってこと」
 その表情は、本当に真剣だった。
「さすがに柚紀と同じだけ認めてもらえるとは思ってないよ。柚紀は、けーちゃんにとっては彼女ってだけじゃなく、婚約者でもあるからね。でもだからこそ、そんな柚紀に少しでも近いくらい認めてほしいの。そしたら、あたしもけーちゃんの側にいていいんだって、自分を納得させられるから。今はまだ、それができてないから」
「凛ちゃん……」
「けーちゃんがそんな顔することないよ。これはあくまでもあたしの中での問題だから。あたしが納得できればそれでいいの。けーちゃんは、今まで通りあたしに接してくれればいいから」
 穏やかな表情で言う凛。
「変に意識されると、あたしもやりにくいからね」
「……わかったよ」
「うんうん、それでこそけーちゃんだよ」
 アルバムをめくると、中学の卒業式の写真があった。
「エスカレーターだったから、卒業式って言っても、あまり感慨はなかったなぁ」
「それはしょうがないんじゃないかな」
「まあね」
「そういえば、向こうの友達は、こっちへ戻ってくること、なにか言ってた?」
「いろいろ言われたけどね。一番言われたのは、やっぱり水泳部でかな。一応これでもレギュラーだったし。一年くらいならこっちに残ってもいいんじゃないかって」
「普通はそう言うだろうね」
「でも、あたしはこっちに戻ってくることを選んだ。やっぱり、ちゃんと仕切直したかったからね」
「そっか」
 女子校だったからか、写真の数は相当数だった。学校での日常や部活、もちろん家族との写真も。
 そのどれもが圭太の知ってる凛が写っていながら、そこにいる凛は圭太の知らない凛なのである。
 七年という時間をともに過ごしてこなかった空白が、そこにはあった。
「ねえ、けーちゃん。あたしね──」
 と、絶妙なタイミングでドアがノックされた。
「凛、ちょっとここ開けて」
 声は、蘭だった。
 凛は、渋々ドアを開けた。
「そろそろおやつの時間だから」
 蘭が持っていたのは、お茶とケーキだった。しかも、三人分。
「……ちょっと、お姉ちゃん。なんで三人分あるの?」
「なんでって、そんなの決まってるじゃない、バカ妹」
「ば、バカって言うなっ」
「そうカリカリ怒りなさんなって」
 蘭は、凛を軽くあしらい、テーブルの上にそれを置いた。
「さ、圭太ちゃん。遠慮なく食べて。足りなかったら、このバカ妹の分を食べてもいいからね」
「……そんなこと言うなら、お姉ちゃんの分をあげればいいのよ」
「あら、このケーキは私が買ってきたのよ。なら、それを誰にあげるかは、私に決定権があると思わない?」
「全然」
「…………」
「…………」
 一触即発。
「え、えっと、ふたりとも、やめません?」
 さすがにそれには圭太が止めに入った。
「私としたことが、こんなバカ妹の言うことに突っかかるだなんて。まだまだ修行が足りないわね」
「……お姉ちゃんは、一言多いのよ」
 凛は、憮然とした表情でお茶を飲んだ。
「にしても、ホントに圭太ちゃん、かっこよくなったわね」
「そんなことないですよ」
「そんなことあるわよ。もちろん、カッコイイだけじゃなく、相変わらずの好青年だけどね」
「……お姉ちゃん、けーちゃんを口説かない」
「失礼なこと言うわね、このバカ妹は。私は思ってることをそのまま言ってるだけよ。そこに下心なんてミクロン単位ほども持ち合わせてないわ」
 蘭は、凛をにらみつけながらそう言う。
「そういうことも、彼氏をころころ変えてなければ効果があったんだろうけどね」
「うっ……」
 はじめて凛の攻撃が蘭に決まった。
「知ってる、けーちゃん? お姉ちゃんね──」
「凛。それ以上ひと言でも言ってみなさい。血を見るわよ」
「はいはいはい。お姉ちゃんのわずかに残った名誉のために言わないでおくわよ」
「まったく、どこでこんな性格になったんだか……」
 それは蘭とやりあってるからだとは、とても言えない圭太だった。
「でも、圭太ちゃん。実際、モテるでしょ?」
「さあ、それは僕にはなんとも」
「彼女は、いるのよね?」
「はい」
「ということは、凛の初恋は見事に終わった、というわけか」
「……なにが言いたいの、お姉ちゃん?」
「別に、なにも」
 蘭は、素知らぬ顔でケーキを頬張った。
「そうそう、圭太ちゃん。凛ね、昨日の夜からずいぶんと念入りに準備してたのよ」
「準備?」
「お、お姉ちゃんっ!」
「なによう、別にいいじゃない。夜中に部屋の片づけして、お風呂上がりに髪や肌の手入れしてただけなんだから」
「ど、どうしてそういうことをペラペラと言っちゃうのよぉ……」
 凛は、半分涙目で抗議する。
「ま、女は自分の好きな人の前では綺麗でいたいからね。そういう心理はわかるわよ。ただ、付け焼き刃は意味がないわ。やるなら、普段からやらないと」
「……お姉ちゃんのバカ」
「はいはい、そんなことくらいで拗ねないの」
 蘭は、やれやれとため息をついた。
 
 圭太は結局、夕食も河村家でごちそうになった。
 外もだいぶ暗くなった頃、圭太は凛と一緒に歩いていた。
「今日は楽しかったよ」
「ホントに?」
「本当だよ。小父さんや小母さん、蘭さんにもちゃんと挨拶できたし」
 圭太は、穏やかな表情で言う。
「それに、向こうでの凛ちゃんのこと、いろいろわかったし。さすがに七年だからね。わからないことが多くて。でも今日のことで少しはわかったよ」
「そっか。だったらいいの」
 それを聞き、凛はホッと胸をなで下ろした。
「ね、けーちゃん。もう少しだけ時間、大丈夫?」
「それは大丈夫だけど」
「じゃあ、ちょっとだけつきあって」
 凛は、圭太を連れてある場所へ向かった。
 帰り道からは少し外れた場所に、そこはあった。
「公園、だね」
 そこは、児童公園というよりはもう少し大きい公園だった。
 遊具などもあるがそれほど多くなく、遊び場というよりは憩いの場という感じだった。
「こっちに戻ってきてから見つけたの。普段からあんまり人がいないんだけどね」
 ふたりは、中程にあるベンチに座った。
 空を見上げると、星がちらほら見えた。
「こうやって、星空の下でふたりきりでいるっていうの、憧れだったなぁ。でも、これが単なる友達じゃなく、『恋人同士』ならもっとよかったんだけどね」
 そう言って凛は微笑んだ。
「けーちゃんは優しいからね。あたしのこと、放っておけないんでしょ?」
「優しいかどうかはわからないけど、放っておくという考えは最初からないよ」
「そうだと思った。でもね、けーちゃん、優しくされると、それだけ期待しちゃうのも事実なんだよ。けーちゃんはまだ、あたしのことを見てくれるかもしれない、って」
 凛は、圭太の手をそっと握った。
「あたし、どうしたらいいのかな? 最近、わからないの。けーちゃんとは今まで通り接したいんだけど、それもなかなか難しくなってきてるし。考えれば考えるほどわからなくなって。今だってね、すごくドキドキしてる。あたしがあたしじゃないみたい」
 そう言って凛は、圭太の手を胸に当てた。
「ほら、ドキドキしてるでしょ?」
「うん……」
「このままけーちゃんに押し倒されても、あたしはいいって思ってる」
「凛ちゃん……?」
「そうされることによって、あたしの中のなにかが変わるなら、むしろそうしてほしいくらい」
 でもね、と言って凛は頭を振った。
「けーちゃんは、そんなことしないっていうのもわかってる。あたしの大好きなけーちゃんは、そんな短慮な人じゃないもの」
「凛ちゃん……」
「それでも……」
 凛が手を離そうとすると、圭太が凛を抱きしめた。
「け、けーちゃん……?」
「僕は、そんなにすごい人じゃないよ。なにもわからない、なにもできない、本当に小さな人間だよ。今だって、凛ちゃんの言ったことを心のどこかで否定してる。僕は、そんな人じゃないって」
 顔を見ないように、抱きしめる。
「僕はね、本当にそんなたいそうな人間じゃないよ。こうしてても、凛ちゃんを感じて僕自身を抑えるのに必死だし」
「けーちゃん……」
「だから、凛ちゃんが引け目を感じたりすることはないんだ」
 圭太は、ゆっくりと凛の戒めを解く。
「僕は、凛ちゃんのこと、本当に大好きだから。だから、凛ちゃんを傷つけたくない」
「あたしだって、けーちゃんのこと大好きだよ。それに、そんなことくらいであたしは傷つかない。そんなに弱くないよ」
「……ありがとう、凛ちゃん。でも、だからこそ余計に僕は凛ちゃんを大切にしたい。それこそ、抱いてしまうだけなら、いくらでもできるだろうけど、それはなんの意味もないから。もう少し、僕は凛ちゃんをちゃんと理解したい。凛ちゃんが僕になにを求めているのか。そして、僕はそれに応えられるのか見極めてね」
 圭太は、そっと凛の頬に手を添えた。
「もう少しだけ、待ってて、凛ちゃん」
「うん……待ってるから……」
 ふたりは、キスを交わした。
「優しいキス……けーちゃんの想いが伝わってくるみたい……」
 凛は、ふっと笑った。
「あたし、待ってるからね」
 そう言い、もう一度キスを交わした。
 
 五
 十連休の人もようやく後半戦に突入した五月四日。
 朝方は少し雲が出ていたが、天気予報では昼前から晴れると言っていた。
 吹奏楽部では、相も変わらずコンサートに向けた練習が行われていた。
 次の日には一年だけの合奏があるため、一年は特に気合いが入っていた。
 その日の練習は、パート練習だけでなく、セクション練習も行うことになっていた。
 二、三年には慣れたものだが、一年にとってはまだ未知の領域でもあった。
 楽器の都合上、金管とパーカッションのセクション練習が音楽室で、木管がほかの教室で行うことになった。
 金管は、当然圭太が指導する。
「それじゃあ、まずは通してみるから」
 いきなりコンサートの曲を通すと言った。もちろん全曲ではない。
「木管がいないからって、手を抜かないこと」
 そして練習がはじまった。
 木管がいないとまったく音がなくなる場所もあったが、それでも続ける。
 ひとりひとりが曲のイメージを持っていれば、そういうことはあまり関係なくなるのである。
 一曲が終わると、圭太は指揮棒を置いた。
「先に言っておくけど、土曜日は先生の合奏があるから。そこで、このGW中の成果を見られるから、忘れないで」
 それを聞いた途端、メンバーは一様に緊張した。
「じゃあ、頭からもう一度。今度は細かくやっていくから」
 どこがいいとか、どこが悪いとか、そういうのを指摘せず、圭太は再開した。
 再開後、演奏は確実によくなっていた。実に現金なものである。
 練習は、圭太にしては比較的厳しくなかった。そこはやはり、一年が一緒だったのもあるだろう。
 とはいえ、練習が終わった時にはみんなへばっていたが。
 部活が終わると、圭太は木管を指導していた綾に状況を確認する。
「ん〜、まだいいとも悪いとも言えないかな。全体のできとしては、そんなに悪くはないけど」
「なるほど。こっちも同じようなものだよ。もっとも、こっちは土曜日に合奏をやるって言った途端によくなったけどね」
「あはは、現金だね、みんな」
「でも、そうやってでもちゃんとできるだけましかもしれないよ」
「かもね。だけど、金管の方は圭太が指導してるってことも大きいんじゃない?」
「そうかな?」
「そうよ。木管だってあたしじゃなく、圭太がやってたらまた少し違ったかもしれない」
「じゃあ、今度は僕が木管をやろうか?」
「いいわよ。ビシビシしごいてやって」
 そう言って綾は笑った。
「でもさ、圭太」
「うん?」
「今の調子で間に合うと思う?」
「どうかな。僕にもちょっとわからないよ。ただ、来月の中間前にはある程度の形にしておかなくちゃならないから」
「まあね」
「先生にも合奏の回数を増やしてもらうけど、できるだけ僕たちでなんとかしなくちゃいけないからね」
「ということは、また部長合奏が増えるわけか。こりゃ、しっかり練習しないと痛い目見るわね」
「綾は大丈夫じゃないの?」
「だといいけど」
 準備などを終え、家路に就いたのはほぼいつもの時間だった。
「はあ、わかってはいるけど、やっぱり練習きつい」
 柚紀は、ぐったりとした様子でそんなことを言った。
「それって、圭兄が指導してるからですか?」
「ま、それもあるけどね。それだけじゃなくて、全体的にやることが多くて、ちょっと大変だなってこと」
「パーカスは人数が多いからね」
「一応私だけじゃなく、武や舞にもやってもらってるけどね」
「慣れないと、大変だと思うよ」
「圭太はもうそういうのに慣れてるからいいわよね」
「じゃあ、今度から柚紀がやる?」
「冗談? そんなことしたら、三日でダウンするわ」
「ははは、そういう柚紀を見てみたい気もするよ」
 家に帰ると、圭太はすぐに着替える。
 昼を過ぎ、すっかりいい天気になり、外はだいぶ気温も高くなっていた。
 圭太は、ティシャツにジーパン、ジャケットという格好で行くことにした。
 時計で時間を確認し、家を出る。
 向かったのは、いつもの駅の方向ではない。住宅街の方である。
 歩くこと五分ほど。
 こぢんまりとしたマンションの三階。
 インターフォンを鳴らす。
「は〜い、どちらさまですか?」
「圭太です」
「圭くん? ちょっと待ってね」
 かちゃかちゃとチェーンが外され、ドアが開いた。
「遅くなりました」
「ううん、気にしなくていいよ。部活なんだから。今、準備しちゃうから、上がって少しだけ待ってて」
「はい」
 鈴奈は圭太を家に上げる。
 部屋の中は、綺麗に片づいていた。
「久しぶりの休みだから、昨日、張り切って掃除したの」
 圭太が部屋を見回していると、鈴奈がそんな風に説明した。
 それから少しして、鈴奈の準備が終わった。
「たまにはこういう格好もいいよね?」
 そう言う鈴奈の格好は、お嬢さま然とした格好だった。髪にはワンポイントの飾りもつけている。
「さ、行こう、圭くん」
 
 ふたりは、歩いて駅前まで向かった。
「そういえば、こうして圭くんとデートするのって、はじめてかな?」
「……かもしれませんね」
「ちょっと意外な感じもするけど、これもしょうがないかな」
「いえ、時間は作ろうと思えばいくらでも作れたはずですから」
「ホント、圭くんてそういうところ真面目だよね。確かにデートははじめてかもしれないけど、その代わり、圭くんは私との時間はたくさん作ってくれてるじゃない。だから、別に圭くんがそれを後ろめたく思うことはないんだよ」
 穏やかに微笑み、圭太の腕を取った。
「もし、どうしてもそう思ってしまうなら、今日、今までの分も私につきあって。それで全部帳消し。どうかな?」
「わかりました。お姉ちゃんの言う通りにします」
 圭太も、そう言って微笑んだ。
 駅前は、GWということでやはり人出があった。
「じゃあ、まずどこへ行こうか?」
「どこでも構いませんよ。今日は、お姉ちゃんの言うことを聞きますから」
「そう? じゃあ、まずは、あそこからにしよう」
 最初に入ったのは、雑貨屋だった。
「最近、こういうところに来る時間もなかなか取れなくて」
「そんなに忙しいんですか?」
「ん〜、取り立てて忙しいわけじゃないけど、単に私が仕事慣れしてないだけ。ほかの先生たちは同じ量をもっと短い時間で処理しちゃうから。その差だよ」
「なるほど、そういうのはあるかもしれませんね」
 鈴奈は、細々としたものをいくつか購入した。
「次は、あそこにしよう」
 次に入ったのは、服飾店だった。
「圭くんに見立ててほしいんだ」
 そのあたりは、ちょうど夏物のコーナーとなっていた。
「これ、どうかな?」
 鈴奈は、ノースリーブのシャツをあてがって見せる。
「夏の学校は暑いからね。こういう方が楽かなって思って」
「いいと思いますよ。外に出る時は上になにか羽織れば、ちょうどいいんじゃないですか?」
「そうだね」
 ほかにもあれやこれやと見ていく。
 鈴奈ほどになれば、どれでも似合うのだが、圭太はそれにひとつひとつ意見を述べていた。そこはやはり圭太というところだろうか。
「鈴奈さん」
「うん?」
「これ、どうですか?」
 そう言って圭太は、鈴奈に帽子をかぶせた。
「わ、びっくりした」
「どうですか?」
 鈴奈は帽子を取り、改めてそれを見た。
 その帽子は、ベレー帽より少し大きめの帽子だった。
「私ってあまり帽子似合わないんだよね」
 言いながら、鈴奈は帽子をかぶる。
「どうかな?」
 鈴奈は、ちょっと居心地悪そうに圭太に訊ねる。
「よく似合ってますよ。似合わないって思ってるから、余計にかぶらないようになってるんじゃないですか?」
「かもしれないね」
 圭太に言われて、自分でも鏡を見てみる。
「よかったら、プレゼントしますよ?」
「そんな、悪いよ。もう私は社会人なんだから」
「そんなの関係ないじゃないですか。僕は、社会人の鈴奈さんを見てるんじゃなく、ひとりの女性としての鈴奈さんを見てるんですから。だから、もし気に入ったのがあるなら、僕にプレゼントさせてください」
「……ホント、圭くんは圭くんだね」
 鈴奈は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、優しい圭くんのお言葉に甘えて、プレゼントしてもらおうかな」
「ええ、いいですよ」
 それからいろいろ見て、鈴奈は結局圭太がかぶせた帽子に決めた。
「次は、どうしようか?」
「少し休みませんか?」
「うん、そうだね」
 ふたりは、駅の反対側に出て、公園に向かった。
 途中でクレープを買い、それを公園で食べることにしたのだ。
「ん〜、いい天気だね」
 空を見上げれば、どこまでも青い五月の空。
 風は穏やかで、心地良い。
「こうやって大好きな人と公園でのんびりゆっくり過ごすのって、夢、だったんだ」
 鈴奈は、穏やかな表情で言う。
「今だから白状するけどね、私、こういうデートって生まれてはじめてなの」
「そうなんですか?」
「うん。デートみたいなことは、少しはしたことあったけど。でも、こういうのははじめて。なによりも、本当に大好きな人とのデートはね」
 そう言って鈴奈は圭太に寄り添う。
「圭くんは、私のはじめてをみんなもらってくれてるね」
「それって、喜んでいいことなんですか?」
「ふふっ、どうなのかな? でも、私はそれが圭くんでよかったって思ってる。ほかの人じゃ、やっぱりこんな気持ちになれなかっただろうし」
「じゃあ、喜んでおきます」
「うん、そうして」
 ふたりは笑った。
 クレープを仲良く食べ、とりとめのない話に花を咲かせる。
 その姿は、どこから見ても、恋人同士のそれだった。
 鈴奈の笑顔は、本当に大好きな、本当に信頼している人の前でしか見せない、特別な笑顔だった。
 圭太はそんな鈴奈を、やはり優しい眼差しで見つめている。
「あっ、そうだ。圭くん」
「なんですか?」
「最近、吹奏楽部の子たちと話す機会があったの」
「二高のですか?」
「うん。それで、私の知り合いが一高で吹奏楽をやってるって言ったら、誰のことかっていろいろ聞かれちゃった」
「僕のこと、言ったんですか?」
「ん〜、どうしようかなって思ったんだけど、とりあえずその場は適当に誤魔化しておいたよ。詳しいことは、また今度ねって」
 鈴奈は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「話しちゃった方がよかったかな?」
「一、二年なら問題ないと思いますけど、三年はできれば勘弁してほしいですね。特に現部長は」
「部長さん? なにかあったの?」
「まあ、いろいろあったんですよ」
 圭太はそう言って苦笑した。
「まあでも、僕のことを話しても、二高と一緒になることはもうほとんどありませんから、いいと言えばいいのかもしれませんけど」
「じゃあ、その部長さんから圭くんのこと、いろいろ聞いてみようかな」
「聞いても、たいしたことは聞けないと思いますよ。僕と彼女は、クリスマスコンサートの練習の時くらいしか直接話してませんから。あとは、三中出身者に話を聞いてる程度ですね」
「そっか。でも、やっぱり圭くんだね」
「どういう意味ですか?」
「だって、そういう他校の子にまで想われちゃうんだから」
「それがいいのか悪いのか、僕にはわかりませんけどね」
「いいことだと、私は思うけどね」
 鈴奈は、笑みを浮かべた。
「さてと、圭くん」
「なんですか?」
「そろそろ行こうか?」
「そうですね」
 先に圭太が立ち、鈴奈に手を差し出す。
 鈴奈は手を取り、立ち上がった。
「次は、どうしようか?」
「もし特に行きたい場所がなければ、僕が行きたいところがあるんですけど、いいですか?」
「うん、いいよ」
 
 圭太は鈴奈を宝飾店に連れて行った。
 ここは、去年、圭太が柚紀に指輪を贈った店でもある。
「えっと、圭くん?」
 ここだけは予想していなかったのか、鈴奈は戸惑っている。
「まあまあ、いいじゃないですか」
 圭太はニコニコと笑みを絶やさない。
「すみません」
「はい、なんでございましょう?」
 女性店員が営業スマイルを浮かべやって来た。
「手頃なファッションリングが見たいんですけど」
「ファッションリングでございますね。それでしたら、このあたりなどいかがでしょうか。お値段的にもお手頃だと思いますが」
 ショーケースの中に、色とりどりの指輪が並んでいる。
 ファッションリングというだけあって、デザインも様々である。
「直接見てもいいですか?」
「少々お待ちください」
 ケースを開け、指輪を取り出す。
「鈴奈さん」
「あ、うん」
 鈴奈も指輪を見る。
「どれでも好きなのを見てください」
 鈴奈は、言われるままひとつを手に取った。
 シルバーのリングで、小さな宝石がついていた。
「つけてみたらどうですか?」
「え、でも……」
 鈴奈は、どの指にその指輪をはめるか迷っている。
 そんな鈴奈に、圭太は迷わず左手の薬指を指さした。
「エンゲージ、とはいきませんけど、プロミス、くらいにはなるはずですから」
「……そうだね」
 鈴奈も圭太の想いを感じ取り、薬指に指輪をはめた。
「どう、かな?」
「いいと思いますよ。でも、ほかに気に入ったのがあれば、それでもいいですから」
 鈴奈は、いくつか手に取り、それぞれ確かめていく。
 選んだのは、最初に手に取った指輪だった。やはり、最初の直感が一番らしい。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ち申し上げております」
 店員に見送られ、ふたりは店を出た。
 鈴奈は、指輪の入った箱を大事そうに持っている。
「んもう、ホントに、圭くんはやることが大胆なんだから」
「そうですか? そんなことはないと思うんですけど」
「でも、どうして私に指輪を贈ろうだなんて思ったの?」
「それは、鈴奈さんを誰にも取られたくないからですよ。ここに──」
 そう言って左手の薬指を指さす。
「指輪があれば、言い寄ってくる人も少なくなるじゃないですか。それに、さっきも言いましたけど、それは僕が鈴奈さんとずっと一緒にいるという、『約束』の指輪なんです。人間て不思議なもので、そういう形あるもので示された方が安心できますからね」
「そっか。確かにそうだね」
「ああ、でも、そういうことを言い出すと、僕はみんなに指輪を贈らなくちゃいけなくなるのかもしれませんね」
「ふふっ、大変だね」
「とりあえず、僕の大事なお姉ちゃんを誰にも取られないように、これで縛っておけますから、少しは安心です」
「こら、そういう嬉しいことは言わないの」
 鈴奈は、圭太の額を小突いた。
「でもね、圭くん。本当に嬉しいよ。これで私は圭くんの側にずっといてもいいんだって、いつでも確認できるから」
「はい」
「よし、指輪のお礼に今日の夕飯はお姉ちゃんがおごってあげる。なんでも好きなものを言っていいからね」
 
 陽がとっぷり暮れた頃、ふたりは鈴奈の部屋へと戻ってきた。
「ん〜、今日は最高の休日になったなぁ」
「そう言ってもらえてなによりです」
 鈴奈が淹れたコーヒーを飲みながら、ふたりはゆったりと時を過ごす。
「鈴奈さん。指輪、貸してもらえますか?」
「うん、いいけど」
 鈴奈は、まだ箱に入ったままの指輪を渡した。
 圭太は指輪を取り出し、鈴奈の手を取った。
「これが、約束の証です」
 そして、鈴奈の薬指に、指輪がきらめいた。
「プロミスリング、とでも言えばいいんですかね」
「そうだね」
 鈴奈は、うっとりした表情で指輪を見つめている。
「圭くん」
「なんですか?」
「愛してる」
 そう言って鈴奈は圭太にキスをした。
「ん……圭くん……」
 何度もキスを交わす。
「続きは、ベッドでね……」
「わかりました」
 圭太は、鈴奈をお姫様抱っこでベッドに運ぶ。
 ベッドの上に、鈴奈の長い髪が広がる。
「圭くん……」
「鈴奈さん……」
 もう一度キスを交わす。
「んっ」
 服の上から胸を揉む。
 ゆっくりと壊れ物を扱うように。
「あ、んふ……」
 少しずつ、鈴奈の吐息が甘いものに変わってくる。
 もどかしそうに体をよじる。
「待って。今、脱いじゃうから」
 鈴奈はそう言って自ら服を脱いだ。
 薄暗い部屋の中に、鈴奈の白い肌がくっきりと浮かび上がる。
「何度も圭くんの前で裸になってるけど、未だに恥ずかしいな」
「そういう気持ちをずっと持ち続けてる方が、僕はいいと思いますよ。恥ずかしさがなくなったら、新鮮味もないですし、ドキドキ感もなくなるじゃないですか」
「そうかもしれないね」
 圭太の言葉に、鈴奈は小さく頷いた。
「でも、私がそう思うのは、もうひとつ理由があるの」
「なんですか?」
「圭くんの前で、私は綺麗な私でいられてるかなって、それが心配なの」
「大丈夫ですよ。鈴奈さんは、綺麗なままです」
「ありがと」
 圭太は、直接胸に触れた。
「あ、ん……」
 まだ刺激が弱いのか、鈴奈の反応も鈍い。
 緩急をつけながら、優しく胸を揉みしだく。
 次第に、先端の突起が固く凝ってくる。
 圭太は、その突起を口に含んだ。
「あんっ」
 ちゅっちゅっと音を立てて吸うと、鈴奈は敏感に反応した。
「け、圭くん、赤ちゃんみたい」
「ん、鈴奈さんみたいな『お母さん』なら、その子供になってみたいですよ」
「それはダメだよ。圭くんは、あくまでも私とは対等の位置にいないと」
 そう言って鈴奈は微笑んだ。
「残念です」
 圭太も、冗談混じりにそう言って微笑んだ。
 圭太は、舌先で突起をもてあそびながら、空いている手を下半身に伸ばした。
「や、んん、あんっ」
 鈴奈の秘所は、すでにしっとりと濡れていた。
 指はなんなく入り、奥から蜜があふれてくる。
 体をずらし、今度は秘所を舐める。
「ひゃんっ、あうっ、んんっ」
 舌先を尖らせつついたり、ゆっくり舐めたり。
「あふっ、んあっ……ああっ」
 ざらついた舌の感触が、鈴奈をさらに感じさせる。
「や、んんっ、圭くん、ダメ、そんなにしちゃ」
 鈴奈は強い快感から逃げようと、圭太の頭を押さえる。
 それでも圭太は舐めるのをやめない。
「ダメっ、それ以上されると、私っ」
 一瞬体が強ばる。
 圭太はそのタイミングで舐めるのをやめた。
「ん、はあ、圭くんの、いぢわる……」
 鈴奈は、もう少しでイケたのにと、頬をふくらませた。
「一緒の方がいいと思ったんですよ」
 圭太も服を脱ぐ。
 圭太のモノは、すっかり硬く大きくなっている。
「いきますよ?」
「うん、きて」
 圭太は、怒張したモノを、鈴奈の秘所にあてがい、そのまま押し入れた。
「んっ、ああ……」
 鈴奈はわずかに体をのけぞらせた。
「圭くんのが、奥まで届いているよ……」
 圭太はそのまま腰を動かした。
「んっ、あんっ」
 最初はゆっくりと。
「あくっ、んあっ、あっ、あっ」
 だんだん速く。
「圭くんっ、気持ちいいっ」
 鈴奈の中は、圭太のモノを執拗に締め付けてくる。
「圭くんも、気持ちいい?」
「すごく気持ちいいです」
「よかった、んっ、あっ」
 少しずつ圭太の動きも大きく、激しくなってくる。
「あんっ、あっ、あっ、あっ、あっ、んんっ」
 圭太が動く度に鈴奈の胸が揺れる。
「圭くんっ、圭くんっ、圭くんっ」
「鈴奈さんっ」
「わた、私っ、もうっ」
 鈴奈は、圭太の首に腕を回し、ギュッと抱きしめる。
「あっ、あんっ、んあっ、ああっ、あっ、あっ、」
 圭太は動きにくい体勢ながら、それでもしっかりと動く。
「ダメっ、私っ、イっちゃうっ」
「鈴奈さんっ、一緒にっ」
「うんっ、一緒にっ、一緒にっ」
 そして──
「んんっ、ああああっ!」
「くっ!」
 ふたりはほぼ同時に達した。
 圭太は、寸前のところでモノを抜き、鈴奈の下腹部に白濁液を放っていた。
「はあ、はあ……」
「はぁ、はぁ……」
「はあ、はあ、圭くん……」
「はぁ、はぁ、鈴奈さん……」
 ふたりは、キスを交わした。
 
 圭太が服を着ていると、鈴奈が裸のまま抱きついてきた。
「鈴奈さん……?」
「このまま帰したくない……」
「鈴奈さん……」
 圭太は、鈴奈の手に自分の手を重ねた。
「帰るな、と言えば帰りませんけど」
「……でも、ダメだよね、そんなの。私だけじゃないもの、圭くんと一緒にいたいの」
 鈴奈は、そう言って微笑んだ。
「大丈夫。今日はこれも贈ってもらったし」
 鈍く光る指輪。
「だから、大丈夫。それに、会いたくなったら私の方から会いに行くから」
「ええ、いつでも来てください。鈴奈さんは、うちの『家族』なんですから」
「うん」
 鈴奈は大きく頷いた。
 着替え終わると、圭太はもう一度鈴奈を抱きしめた。
「また、デートに行きましょう」
「うん」
 穏やかに微笑む鈴奈に、圭太は優しくキスした。
 
 六
 端午の節句、五月五日である。
 GWというくくりでなら、一応最終日ということになる。
 ニュースでは朝からUターンラッシュのことをやっていた。新幹線、高速、飛行機、どれも軒並み混雑するということだった。ただ、長い人は日曜まで休みのため、とんでもない混雑にはならないと予想していた。
 吹奏楽部では、十時半から一年だけでの合奏が行われることになっていた。
 圭太たち首脳部はその補佐を頼まれ、合奏に参加することになった。
 合奏中、二、三年にはまた別のことが言われていた。ひとつには土曜日の合奏までにある程度できるようになっていること。ひとつには、二年は修学旅行に行くためにその前にやれることはやっておくようにとのこと。ひとつには、三年は一年合奏後、一年に指導できるくらいにはなっておくこと。以上の三点だった。
「じゃあ、合奏をはじめるわよ。まずは、ロングトーンから」
 合奏がはじまった。
 かなりの緊張感の中での合奏である。音もへろへろになっていた。
「ダメよ、そんなのじゃ。もっとお腹に力を込めて、そこから空気を送り出す。もう一回」
 早速指示が飛ぶ。
 圭太たちも間をまわり、それぞれに声をかけていく。
 最初こそ緊張した一年も、次第に肩の力が抜けてくる。そうなると、経験者は自分の力を出しはじめる。
 初心者はまだまだおっかなびっくりだが、それでも精一杯やれることをやろうとする。
「次、タンギング。指揮棒にあわせて」
 合奏は次の段階へ進んでいく。
 菜穂子も真剣な表情でひとりひとりの実力を確認していく。
「いい? ロングトーンやタンギングは基礎中の基礎なんだから、練習で手を抜いちゃダメよ。これがまともにできないと、曲はできないから。指がまわらないとか、高音や低音が出ないというのは、その先の話。とにかく、しっかり反復練習して。じゃあ、次。フォルテシモで。音はなんでもいいわ。あなたたちが今一番大きく出せる音を」
 この指示に、圭太はなるほどと頷いた。
 一年は、言われた通り、最大音量で音を出す。
「ダメ。二十人以上いるのに、そんなものなの? もっと鼓膜が震えるくらい大きな音を出して。もう一回」
 しかし、菜穂子はそれでは全然足りないと言った。
 一年は、さらに大きな音を出そうとするが、あまり力み過ぎて音が割れている。
「音は割らない。それで大きな音を出すの。楽器自体がよく鳴れば大きな音は結構簡単に出せるはずなんだけどね。じゃあ、逆にピアニシモで。空気だけ送ればいいってものじゃないわよ。こっちに音が聞こえるように。それと音程も気にして」
 今度は小さな音で。
 確かに音は小さくなったが、音として使える音ではなかった。
「全然ダメ。もっと意識して。プロならね、ピアニシモでもホールの一番後ろにいても聞こえるのよ。そこまでになれとは言わないけど、演奏で使えるくらいにはなって。はい、じゃあもう一回」
 結局、合奏は基礎的なことだけで終わった。曲などやっている余裕はなかったのである。
「今日言ったこと、忘れないで練習するように。今度いつこういう時間がとれるかわからないけど、またやるかもしれないから。その時、今日と同じことを指摘されないように。いいわね?」
『はいっ』
「じゃあ、部長。二、三年を呼んできて」
「わかりました」
 部活が終わった時には、一年は皆ぐったりしていた。
「あう〜……」
 経験者である琴絵も、ご多分に漏れずぐったりしていた。
「そんなに大変だったか?」
「大変だったよぉ」
「やってたことはみんな基本ばかりだったから、そんなことはないと思うけど」
 圭太にしてみれば、その合奏自体はそんなに大変だとは思えなかった。ちゃんと練習していればなんということはないのである。
「まあ、ようするにこれからもっともっと練習しろ、ってことだよ」
「ううぅ、いぢわる〜」
 圭太は、琴絵の頭をポンポンと叩いた。
 コンサートの準備もGW中にだいぶ進み、特に大道具などは進んでいた。それでもまだまだ詰めきれていない部分があるため、これからコンサート直前まで準備に追われる。
 GW最後ということで、その日の準備は早めに切り上げられた。
 圭太は、柚紀、琴絵の三人で帰ることになった。二年トリオは、終わると同時に家に帰ってしまったのだ。
「また明日は学校で、あさっては休み。ホント、今年はついてないわね」
「でも、真ん中にあるおかげで、休みが長く感じられるわけだから」
「そりゃそうかもしれないけど。でもさ、どうせだったら十連休の方がよかったのに」
「それはぜいたくだよ」
「そうかなぁ? 琴絵ちゃんはどう思う?」
「休みは多い方がいいとは思いますけど」
「だよね? ほら、琴絵ちゃんも多い方がいいって」
 柚紀は、琴絵を味方につけ、得意顔で言う。
 圭太はやれやれと肩をすくめた。
 家に帰ると、朱美がバタバタとなにかしていた。
「朱美ちゃん、なにしてるんだろ?」
「さあ、なにしてるのやら」
 二階に上がると、朱美の部屋からまだバタバタと音がする。
「朱美、なにしてるんだ?」
「け、圭兄っ、もう帰ってきたの?」
「そりゃ、部活も終わったし」
「あ、開けちゃダメだからね。開けたら、なにが飛んでいくかわからないよ」
「はいはい、わかったよ。で、僕はどうしてればいい?」
「あ〜、えっと、すぐに用意ができるなら、先に行ってていいよ。紗絵か詩織がいるかもしれないから」
「了解」
 圭太は苦笑しつつ部屋に戻った。
 部屋で着替えている間にも、朱美はまだなにやらしていた。
 結局、圭太の方が先に準備を済ませてしまった。
「朱美、とりあえず下にいるから」
「わ、わかったよ」
 下りてくると、そのまま店の方に顔を出した。
「あら、圭太。帰ってきてたの」
「まあね。でも、すぐに出るよ」
「そうなの? お昼は?」
「どうなるかわからないけど、すぐに食べられそうなのある?」
「サンドウィッチくらいかしら」
「じゃあ、それで」
 圭太は、そこから店の様子を見る。
 店内は何人かのお客が昼下がりののんびりした時間を過ごしていた。
「圭くん。おかえり」
 そこへ、祥子がやって来る。
「今日は、のんびりしてるの?」
「いえ、朱美たちにつきあうことになってます」
「そっか。圭くんも大変だね」
 祥子は、くすくすと笑った。
「あの、祥子。体の方は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっとお腹が出てきたけど、まだまだ大丈夫」
 そう言って祥子は微笑んだ。
「あまり無理はしないでくださいね」
「ありがと、圭くん」
 それからサンドウィッチを食べ、圭太は家を出た。いつの間にか、朱美はすでに出かけていたようで、靴はなかった。
 待ち合わせ場所は駅改札前。
 圭太は、バスで駅に向かった。
 このGW中、圭太は何度も駅前に足を運んだが、いつ来ても人は多かった。
 改札前には、すでに二年トリオが待っていた。
「お待たせ」
「じゃあ、早速行こう。時間がもったいないから」
 四人は、切符を買い電車に乗り込んだ。
「それで、どこへ行こうっていうんだい?」
「それは、内緒です」
「内緒ね。まあ、時間を考えればそんなに遠くに行くとは思えないけど」
 休日の電車は、それほど混んでいなかった。それでも四人並んで座れる場所はなく、結局四人とも立って行くことにした。
「ところで朱美。家ではなにをあんなにバタバタとやってたんだ?」
「あ、あれは、たいしたことじゃないの。だから、圭兄も気にしないでいいから」
「とはいっても、琴絵も気にしてたし」
「ああ、それはたぶん、着ていく服を探してたんですよ」
 と、紗絵がそう言った。
「今日の朱美、かなり気合いが入ってますから」
「さ、紗絵っ」
「まあまあ、朱美もそんなに怒らない怒らない」
 詩織がそう言ってなだめる。
「ううぅ〜……」
「ほらほら、そんな顔しない」
「そうそう」
 わかってはいたが、やはりこの三人とのデートは、にぎやかになりそうだった。
 
 電車に揺られてやってきたのは、なんの変哲もない場所だった。特にデートスポットがあるわけでもなく、単なる住宅街が広がっているだけだった。
 四人、というより二年トリオは、意気揚々と駅から目的地へと歩いていく。
 圭太は頭の中に地図を広げ、なにがあるか思い出そうとするが、なかなか出てこなかった。
 駅から歩くことしばし、ようやく目的地へと到着した。
 そこは、いわゆる園芸場だった。この地域の花や樹、そういう類のものを扱っている場所で、栽培、研究、販売といろいろ行っていた。
 最近では、草花を使ったおみやげ品や、ハーブティを出す喫茶店もなかなか評判で、密かなブームとなっていた。
「よくこんなところを知ってたね」
「私の両親がたまに来てるみたいなんですよ」
 ここを知っていたのは、詩織の両親のようである。
「それで、一度行ってみたらどうだって言われてて。今回いい機会だと思って先輩と一緒に来てみたんです」
「なるほどね」
 中に入ると、なかなか大きな花壇が広がっていた。
 春の色とりどりの花が咲き乱れ、花の香りさえ漂ってきそうだった。
「たまにこういう花々に囲まれるのも悪くないね」
 圭太は花の間を歩きながらそう言った。
「先輩、向こうに藤の花棚があるみたいですよ」
 そう言って圭太を引っ張るのは、紗絵である。
「紗絵、そんなに急がなくても花はなくならないよ」
「ダメです。こうやって積極的に先輩と一緒にいないと、あのふたりに連れていかれちゃいますから」
 紗絵は、少しだけ真剣にそう言った。
 圭太は、苦笑しつつ、紗絵についていった。
 そこは、確かに藤の花棚があった。まさに藤色の小さな可憐な花が、自らを誇るように咲き乱れていた。
 棚の下で見上げれば、そこにあるのは花。
「綺麗ですね……」
「うん、そうだね」
 人間、本当に綺麗なものを前にする、言葉など出てこないものである。
 紗絵は、そっと圭太に寄り添い、圭太はそんな紗絵の肩を抱く。
 しかし、そういう和やかな時間は長くは続かない。
「圭兄。向こうに蘭の花ばかり集めたハウスがあるよ」
 今度は朱美である。
 朱美は、圭太を引っ張って、そのハウスへと向かう。
「別に紗絵といい雰囲気になっちゃダメとは言わないけど、今日は私たちもいることを忘れないでよ、圭兄」
「了解」
 難しい注文だと思いながら、圭太は答えた。
 そのハウスは、すべて蘭の花だった。
 胡蝶蘭のような大きく立派なものから、小さく可憐なものまで。
 むせかえるような花の香りが、ふたりを迎えた。
「圭兄は、蘭は好き?」
「好きだよ。特にこの独特の形がね。胡蝶蘭なんかは気軽に手が出せないけど、綺麗だと思うし」
「そっか」
「朱美はどうだ?」
「私も好きだよ。ただ、蘭の花はちょっと派手かなって思う。もう少しおとなしい花の方が本当はいいかも」
「なるほど、朱美らしい」
 朱美の本来の性格を考えれば、そういう考えも十分わかる。
「じゃあ、今度朱美に花を贈る時は、今の意見を参考にするよ」
「圭兄が贈ってくれるなら、なんでもいいよ。それこそ、道ばたに咲いてるタンポポでもね」
「そう言われると、余計にちゃんとしたのを贈りたくなる」
「あはは、だったら、豪華なの、贈ってね」
 ハウスから出ると、今度は詩織が待っていた。
「先輩。綺麗な薔薇が咲いてますよ」
 詩織が連れて行ったのは、薔薇の花壇だった。
 色とりどりの薔薇が咲き乱れ、見た目にもとても豪華だった。
「美しいものには棘がある、って言いますけど、薔薇を見てるとその意味も納得できますよね」
「そうだね。これだけ綺麗な花を守るために、こんな棘をつけるんだから」
 赤や白、黄色などの薔薇が咲いている。
 幾重にも重なっている花びらが、美しさを際立たせている。
「美しいものには棘がある、っていうのは、人には当てはまるんでしょうかね」
「詩織はどう思う?」
「たぶん、多少は当てはまるんじゃないかと思いますけど」
「かもしれないね。少なくとも僕は、それを実感してるよ」
「どういう意味ですか?」
「あまり多くは言わないけど、柚紀はそんな感じだからね」
「柚紀先輩ですか。確かに、そんな感じですね」
 詩織はくすくす笑った。
「でも、先輩ならその棘を避けて花を愛でることができるじゃないですか」
「だといいけどね。花を愛でるまでに、傷だらけかもしれない」
「そしたら、薔薇の花にはかないませんけど、ほかの花を愛でてもいいんじゃないですか?」
「それは、詩織のこと?」
「さあ、わかりません」
 詩織は、意味深な笑みを浮かべた。
 花壇をひとまわりし、四人は喫茶店に入った。
 中にはハーブティや様々なもので作った紅茶が並んでいた。
「いらっしゃいませ」
 メニューを持ってウェイトレスがやって来た。
「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
 メニューを開くと、実に様々なお茶が載っていた。
「花はたいてい紅茶にできるとは聞いてたけど、こんなに種類があるとはね」
「ん〜、花だけじゃなくて、ハーブや果樹のお茶もあるね」
「これだけあると、迷っちゃいます」
「とりあえず好きなのを選んで、みんなで飲んでみてもいいんじゃないですか?」
「そうだね。それがいいかも」
 それぞれ好きな紅茶をクッキーセットで注文した。
「それにしても、今日はどこへ連れて行かれるのかと思ったけど、まさかこんなところだとは思わなかったよ」
「なるべく普段から行かないようなところにしようって、決めてたんですよ」
「その時にたまたま詩織の話があって、それでここにしたの」
「思っていたよりもずっと楽しめる場所で、ここを推した身としては、ひと安心です」
「まあ、三人と一緒なら、どこに行ってもにぎやかで楽しめるとは思ったけどね」
 圭太は冗談混じりにそう言う。
「それって、褒められてるんですか?」
「さあ、どうかな?」
 少しして、注文していた紅茶などが運ばれてきた。
 圭太がハイビスカス、朱美がサクランボ、紗絵がカモミール、詩織が薔薇の紅茶を頼んだ。
「見た目は、普通の紅茶みたいだけど」
 それぞれまずはなにも入れずに一口。
「ん、すっきり飲みやすい」
「ちょっと甘い感じもする」
「香りがすごい」
 感想はそれぞれに違う。
 圭太も紅茶をテイスティングする。
「なるほど、飲みやすいね。確かにこれだけいろんなお茶が飲めるなら、何度も足を運びたくなるし、流行るだろうね」
 さすがは喫茶店の跡取り、というような感想である。
「クッキーも美味しいですよ。どれもハーブクッキーで、甘さとさわやかさがちょうどいい感じです」
「うんうん、やみつきになるね」
 お茶を飲みながら、クッキーを食べながら、四人はとりとめのない話に花を咲かせる。
「そういえば、もう修学旅行の準備は完璧なのかい?」
「完璧ってわけじゃないけど、ひと通りは済ませたよ」
「どこに行くとか、下調べも結構しましたし」
「あとは、向こうでの天気がよければいいんですけど」
「まだ梅雨入り前だから、大丈夫だと思うよ。去年も大丈夫だったし」
「あ〜あ、やっぱりあと一年早く生まれてればよかったなぁ。そしたら、圭兄と一緒に行けたのに」
「それを言い出したら、キリがないと思うけど」
「でも、紗絵だって詩織だってそう思うでしょ?」
「まあ、少しはね」
「行けるに越したことはないけど」
「ホント、私たちってつくづくついてない気がする」
 朱美は盛大にため息をついた。
「朱美の場合は、あと十日早く生まれてれば、同じ学年だったわけだから、なおさらよね」
「そうそう。十日と言わず、六日早ければよかったのよ。四月一日までが前の学年になるから。たったの六日で、学年が分かれちゃうなんて、すっごく不公平」
「そういうところで不平不満を訴えたところで、どうにもならないと思うけど」
「詩織は八月生まれだからそう言うかもしれないけど、私はホントにあと少しだから、そう思うの」
「そんなものなのかな?」
「でもさ、朱美と先輩が同じ学年だとして、どう見ても同級生には見えないと思うけど」
「それ、ど〜ゆ〜意味よ?」
「そんなの、自分が一番わかってるんじゃないの? それに、柚紀先輩と同級生だと、朱美にはますます勝ち目はないし」
「……ふん、どうせ私はお子様ですよ〜だ」
 朱美は、すっかりむくれてしまった。
 圭太は、そんな三人の姿を、穏やかな表情で見ていた。
 
 結構たっぷりの時間をそこで過ごし、四人は駅へと歩いていた。
 それぞれ、おみやげとして紅茶や飾りなど、いろいろ買っていた。
「今日は、これで終わりかい?」
「そんなわけないよ」
「これからが、メインイベントです」
 つい先日も同じようなセリフを聞いたような気がすると、圭太は苦笑した。
 電車に乗り、地元に戻ってきた頃には、空はすっかり茜色に染まり、東の空は紺から黒へと変わってきていた。
「それで、念のために聞いておきたいんだけど、このあとどうするの?」
「圭兄は、ホテルって使ったことある?」
「ん、まあ、あるけど」
「じゃあ、ちょうどよかった。ホテルに行こ」
 というわけで、それがごく自然という流れで、四人はラブホテルへとやって来た。
 圭太としては、本当は逃げ出したいところだったのだが、さすがに後輩三人を置いて行くわけにはいかず、結局来てしまった。
「わ〜、ホテルの中ってこんな感じなんだ」
「なんか、思ってたのよりもずっと普通」
「うん、もっといろんなものがあったりするのかと思った」
 三人は、はじめてのラブホテルに興味津々の様子である。
「ベッドが大きめなのは、やっぱりそういうためなのかな?」
「それしかないと思うけど」
「それでも、四人ていうのはないかな?」
 三人は思わず顔を見合わせた。
「あのさ、三人とも。ちょっといいかな?」
 部屋に入ってからずっと黙っていた圭太が、声をかけた。
「本当に三人でしなくちゃいけないのかな? わざわざそんなことしなくても、頼まれればしてあげるけど」
「でも、圭兄。GWは今日までなんだよ? たとえ圭兄がそう言ってくれたとしても、やっぱり私は、今、抱いてほしい」
「紗絵も詩織も、そう思ってるわけ?」
 圭太は、ふたりにも訊く。
「私は、正直に言えばどっちでもよかったんです。ただ、もし抱いてもらえるなら、それはそれで嬉しいですけど」
 紗絵は、少し考えそう答えた。
「機会があるなら、それをものにしたいとは思いますけど。無理強いはしたくないです」
 詩織はそう答えた。
「まったく……」
 圭太はあきらめたようにため息をついた。
「ひとりずつしか相手はできないけど、それでもいい?」
「いいの?」
「そんな顔されたら、断れないよ」
 圭太は、朱美の頭を撫でた。
「ん〜っ、だから大好きっ!」
 朱美は、圭太に抱きついた。
「あっ、朱美。ずるい」
「抜け駆けはなしだよ」
「ちょ、ちょっと待った」
 立て続けに抱きつかれ、圭太はベッドに押し倒された。
「やれやれ……」
 自分でまいた種とはいえ、圭太は改めて自分のしたことを考えてしまった。
 とはいえ、この三人のことが本当に可愛くて仕方ないのだが。
「それで、僕はどうすればいい?」
 圭太はひとりしかいない。
 一方、抱いてもらいたいのは、三人いる。
 普通なら、ふたりがあぶれるのだが。
「恨みっこなしで、ジャンケンで決めよ」
「いいわよ」
「最初がいいのか、最後がいいのかはわからないけどね」
 三人は起き上がり──
『ジャンケン……ポンっ!』
 グーがふたり、パーがひとり。
「私の勝ち」
 勝ったのは、朱美だった。
「ん〜、確かに最初がいいのか、最後がいいのかはわからないね。とりあえず、ふたりも順番決めなよ」
 で、残ったふたりでジャンケンし、とりあえず、詩織、紗絵ということになった。
「むぅ、私は残った順番か……」
「それで、朱美はどうするの?」
「最初? いや、やっぱり最後かな?」
「ほらほら、早く決めてよ。ここだってずっといられるわけじゃないんだから」
「え、えっと、じゃあ、最後でいい」
「それじゃあ、私が最初ね」
 というわけで、順番は詩織、紗絵、朱美ということになった。
「最初は詩織でいい?」
「はい」
「じゃあ……」
 圭太は詩織を抱きしめ、キスをした。
「ん……」
 キスをしながら、ブラウスのボタンを外していく。
 詩織も圭太を助けるように、体をよじる。
 ブラウスを脱がせると、クリーム色のブラジャーがあらわになる。
 そのまま詩織を横たえ、ブラジャーをたくし上げ、直接胸に触れる。
「ん、あ……」
 手のひらが突起に触れると、詩織は敏感に反応した。
 圭太は、そのまま包み込むように胸を揉む。
 柔らかな胸が、圭太の手にあわせて形を変える。
「ふわぁ、んんっ」
 ツンと上を向いた突起を指先で弾く。
「んあっ」
 詩織は、さらに敏感な反応を示す。
 指先で突起をこねながら、ロングスカートをまくり上げ、ショーツ越しに秘所に触れる。
 詩織の秘所は、すでにしっとりと濡れており、触れる度にじわっとシミが広がった。
「や、ダメです、そんなにしちゃ」
 詩織は、弱々しく抵抗する。
「じゃあ、脱がせるよ?」
「はい……」
 スカートとショーツを脱がせる。
「やっぱり、詩織って綺麗……」
 脇で見ていた朱美が、感心したように言う。
 傷ひとつないこの体に触れていいのは、圭太だけなのである。
「あんっ、んんっ」
 圭太は、秘唇をなぞり、そのまま秘所に指を入れた。
 少し関節を曲げ、引っかけるようにして出し入れする。
「あっ、あんっ、んんっ、んくっ」
 その度に詩織は嬌声を上げた。
「んんっ、ダメっ」
 湿った音が部屋に響く。
「ん、はあ、はあ、圭太さん、私、もう……」
 トロンとした目で、圭太を求める。
 圭太は頷き、服を脱ぐ。
「いくよ?」
「はい……」
 圭太はモノをあてがい、そのまま腰を落とした。
「んん、ああ……」
 モノが収まると、詩織は大きく息を吐き出した。
「圭太さん」
「うん?」
「このまま、離さないでください」
 そう言って詩織は、圭太を抱きしめた。
「詩織……」
「ワガママだって思われてもいいです。私は、ずっとこうしていたいです」
「そんなのダメ」
 と、外野から声が上がった。
「詩織だけじゃないよ、そう思ってるのは。私だってそう。紗絵だってね」
「みんなそう思ってる。だけど、それがかなわないってこともわかってて、私たちは想いを伝えたはず」
「そうそう。だから、そんなワガママ言わない」
「だそうだよ?」
「……わかってます。ちょっと、言ってみただけです」
 詩織は、少しだけ頬を膨らませ呟いた。
 圭太は微笑み、キスした。
「んっ、あんっ」
 そのまま腰を動かす。
「んんっ、あんっ、あっ、あっ」
 いつの間にか、詩織の腕が外れていた。
 圭太は、最初から速く大きく動く。
「ああっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
 詩織は、その動きにあわせ、自分も腰を動かす。
 あとからあとから襲ってくる快感に、詩織の感覚は次第に麻痺してくる。
「圭太さんっ、わたしっ、もうっ」
 詩織は、シーツをつかみ、つま先までピンと張りつめている。
「んんっ、あんっ、あっ、んあっ」
 圭太は、詩織の腰を持ち、さらに深く腰を打ち付ける。
「ああっ、ダメですっ、そんなにされるとっ、わた、わたしっ」
 そして──
「んんっ、あああああっ!」
 詩織は、達した。
「はあ、はあ……」
 圭太は、そっと詩織からモノを抜く。
「圭太さんを、イカせられませんでした……」
「気にしなくていいよ。詩織は、少し休んでて」
 そう言って圭太はキスをした。
「次は、紗絵だね」
 紗絵はそそくさと圭太の側に寄る。
「圭太さんは、そのままでいてください」
 紗絵はそう言って、まだ大きいままの圭太のモノに触れた。
「ん、む……んちゅ」
 それをそのまま舐める。
 ただ舐めるだけではなく、紗絵自身も自分の手で秘所をまさぐっている。
 圭太と詩織がしているのを見て、だいぶ感じているようである。
「ん、はあ、圭太さんと、詩織がしてるのを見て、私も感じてました」
 そう言ってスカートをまくり上げ、ショーツを脱ぐ。
 ショーツには、くっきりとシミができていた。
「このまま、しますね」
 そのまま圭太にまたがり、腰を落とす。
「んっ、ああっ」
 紗絵は、自重で最奥までモノが収まり、嬌声を上げた。
「はあ、はあ、圭太さん……ん……」
 その格好のまま圭太にキスをする。
 圭太は、そんな紗絵にキスを返しながら髪を撫で、胸を揉む。
「ん、はあ、んんっ」
 紗絵は、上下というよりは前後に動いている。
「中が、んっ、こすれて、気持ちいいですっ」
 圭太は、紗絵を支えつつ、自らも腰を動かす。
 ちょうど座っている形で、圭太は唇や首筋にキスを繰り返す。
「あんっ、んんっ、あっ、あっ」
 動き自体は大きくないが、圭太のモノが紗絵の敏感な場所を刺激し、下手するといつも以上の快感を与えていた。
「やっ、圭太さんっ、んんっ」
 圭太の方も、詩織のあとすぐに紗絵としているために、そろそろ限界に近かった。
「紗絵、ごめん」
 圭太は、紗絵を押し倒し、そのまま腰を動かす。
「んああっ、圭太さんっ、あっ、あっ」
「紗絵っ」
 より動きが大きくなったことで、ふたりとも一気に昇り詰めてしまう。
「んくっ、んあああああっ!」
「くっ!」
 ふたりは、ほぼ同時に達した。
 圭太は、寸前でモノを引き抜き、紗絵の腹部に白濁液を飛ばした。
「はあ、はあ、圭太さん……」
「はぁ、はぁ……」
 さすがの圭太もふたりと立て続けにして、息が上がっている。
「圭兄。大丈夫?」
 最後は朱美である。
「ん、ああ、大丈夫だよ」
「じゃあね、圭兄。私は、こっちで」
 朱美は服を脱ぎ、圭太を引っ張ってバスルームへ。
「ホント、圭兄は真面目だよね」
「ん?」
「だって、本当に私たち三人としちゃうんだから」
「それは、朱美たちが言ったことであって、僕のせいじゃないと思うけど」
「そうかもしれないけど。でもね、私だって半信半疑だったんだよ。さすがに今回のことはやりすぎかなって、そう思ってたし」
 それでも朱美は嬉しそうに笑う。
「そういうのにちゃんと応えてくれる圭兄が、私は大好き」
 圭太に抱きつき、キスをする。
「ねえ、圭兄。私の、触って」
 朱美は圭太の手を自分の秘所に導く。
「んあっ」
 朱美の秘所は、すでにしとどに濡れていた。
「ふたりとあんなにするから、私も感じちゃった」
 圭太が指を動かすと、朱美は嬌声を漏らす。
「んっ、圭兄っ、気持ちいいよぉ」
 圭太にしがみつきながら、圭太の愛撫に身を任す。
「あんっ、ああっ」
 カクッと足から力が抜ける。
「無理なら立ってなくても」
「ん、大丈夫。このまま、しよ」
 それでもさすがに立ってられなくなり、朱美は風呂の縁に手をつき、後ろを向いた。
「いくよ?」
「うん、きて、圭兄……」
 圭太は、後ろからモノを挿れる。
「んんっ」
 入れただけで、朱美は軽く達してしまったようである。
「やっぱり、圭兄にしてもらう方が、気持ちいいね」
 朱美はけなげに微笑んだ。
 圭太はそのままゆっくりと腰を動かす。
「んんっ、ああっ、あんっ、あっ、んくっ」
 部屋よりもバスルームの方が音が反響する。
 肌を打つ乾いた音とモノが秘所を貫く湿った音、そしてふたりの荒い吐息がよりいっそう響く。
「圭兄っ、もっとっ、もっとっ」
 朱美は、髪を振り乱し、あえぐ。
「あっ、あんっ、あああっ」
 圭太は、さらに動きを速くする。
「あっ、あっ、あっ、あっ、」
 圭太が腰を動かす度に、朱美は甘い吐息を漏らす。
「ダメっ、もうっ」
「朱美っ」
 それを合図にし、圭太は深くモノを突き挿れる。
「ああっ、ああっ、あっ、あっ、んんっ」
 手で体を支えるのもつらくなってくる。
「んっ、圭兄っ、んんっ、あああああっ!」
「んっ!」
 朱美が達すると、圭太はモノを抜き、その背中に白濁液を放った。
「はあ、はあ、圭兄、すごくよかったよ……」
「はぁ、はぁ、ワガママなお姫様に喜んでもらえて、なによりだよ」
 ふたりは、キスを交わした。
 
 ホテルを出る頃には、外はすっかり夜のとばりが下りていた。
「今日は、圭兄のおかげで最高の一日になったよ」
「それはなによりだよ」
「でも、大丈夫ですか?」
「ん、まあ大丈夫だよ。体力には自信があるし」
 そう言って圭太は苦笑した。
 結局、三人とは一回ずつで終わった。さすがにもう一回ずつ頼むのは気が引けたようだ。
「そうだ。紗絵」
「なんですか?」
「来週の誕生日、どうしようか? 当日、紗絵は沖縄にいるし」
「別に気にしなくてもいいですよ。祝ってくれるという気持ちだけで十分です」
「そうは言ってもね……」
 圭太はおとがいに手をあて、考える。
「じゃあ、修学旅行から帰ってきてからでいいかな?」
「はい、それで構いません」
 紗絵は、笑顔で頷いた。
「そっか、紗絵は来週誕生日なんだ」
「だから、どっちでもいいって言ったのね」
「そんなことはないけど。そういう想いがなかったわけじゃないけどね」
「そうすると、なんか紗絵だけ得してる気がする」
「朱美だって、先月の誕生日に祝ってもらったんでしょ?」
「ん、まあね」
「だったら、同じよ」
 三人は、圭太の少し前をわいわいと話しながら歩いている。
 その顔には、どれも笑顔があった。
「圭兄」
「うん?」
「今日は、ありがと」
「朱美、そういうこと、ひとりだけで言うのは反則よ。私だって言いたいのに」
「あはは、こういうのはね、早い者勝ちなの」
 そう言って朱美は駆け出した。
「こら、待ちなさい、朱美」
「朱美ばかり抜け駆けして」
 そのあとをふたりが追いかける。
 圭太は、そんな三人を温かく見守りながら、そのあとを追いかけた。
 
 七
 とりあえずGWは終わった。
 とはいえ、世の中はまだまだGW気分が抜けていない。なんと言っても、次の日にはまた休みになるのだから仕方がないのだが。
 そんな五月六日。
 その日は、学校は二日と同じようにあまり緊張感というものがなかった。特に二年は、週明けから修学旅行に出かけるため、余計だった。
 そんなふわふわした雰囲気が漂っている校内では、なかなか真面目に勉強などできなかった。
「ん、ん〜……」
 圭太は、大きく伸びをした。
「今日もいい天気だね」
 そう言って振り返った。
 しかし、後ろからはすぐに返事は返ってこなかった。
「なんで凛がここにいるのよ」
「それはこっちのセリフ。どうして柚紀がここにいるのよ」
 後ろでは、柚紀と凛が相変わらず火花を散らしていた。
 圭太はやれやれと肩をすくめた。
 このふたり、とても似ていて仲も良いのだが、どうもお互いを前にすると素直になりきれないところがあるらしい。
「ホント、どうして凛みたいなのが圭太の幼なじみなのかしら」
「だから、それはこっちのセリフだって。どうして柚紀みたいなのがけーちゃんの彼女なのよ」
「まあまあ、ふたりとも。そんなにいちいち言い争わないで。もう少し穏やかにいこう」
「そもそもが圭太のせいでしょ?」
「けーちゃんのせいにしないでよ」
「あによぉ、私が悪いって言うの?」
「違うの?」
 圭太が止めても、なかなか収まらないふたりであった。
 ただ、それも本気でやっているわけではない。お互いに圭太に対する想いを理解しているからこそ、そんなことを言えるのである。
「で、凛の家に行ったんでしょ?」
「うん。久しぶりに凛ちゃんの家族にも会えたし」
「そういえば、凛にもお姉さんがいるのよね」
「まあね。どうしようもない、もはや病気とも言えるおバカな姉がね」
「そうなの?」
 これは圭太に訊いているのである。
「そんなことはないと思うけど。そうだね、咲紀さんより手強い相手ではあるね」
「お姉ちゃんより? う〜ん、それは確かに問題かも」
「うちのお姉ちゃんは、けーちゃんのことを本当の『弟』みたいに思ってるから。だから、その言動も『姉弟』間のものなのよ」
「なるほどね」
「しかも、あたしがけーちゃんのこと好きだっていうのも知ってるから、わざと邪魔したり」
「それは、お姉さんを応援するわ」
「……ちょっと、柚紀」
「ま、冗談は置いといて」
「ただ、普段はこっちにいないっていうのが唯一の救いね。まだ大学は一年残ってるし。少なくとも向こう一年間は、長期の休み以外は安全よ」
「そういう点は、凛の方がいいわね。うちのお姉ちゃんは、一緒に住んでるから、圭太がうちに来るとあれやこれやちょっかい出してきて大変なんだから。ただでさえ、うちはお父さんで手一杯なのに」
「なに、柚紀のところはお父さんもなの?」
「そうよ。普通に接してくれるのは、お母さんだけ。だからあまり圭太をうちに連れてきたくないの」
「ふ〜ん、そうなんだ」
 いつの間にか、言い争いは収まってしまう。これがふたりでもあった。
「明日、あさってはまた休みなのに、今日は学校で。ホント、面倒」
「まあまあ、そう言わずに」
「今日も休みだったら、もっと圭太と一緒にいられたのに」
「必ずしも柚紀と一緒にいるとは限らないじゃない」
「そんなことないわよ。私は、一緒にいたい時に一緒にいるんだから」
 そう言って柚紀は勝ち誇ったように笑った。
「ま、なにはともあれ、今日が終わればまた休みだから、がんばらなくちゃね」
 
 再び休みになった。
 五月七日は、幾分雲の多い日となった。
 朝のニュースでは、相変わらずUターンラッシュの情報を流している。特に空の混雑はピークで、羽田、成田ともに混雑が予想されていた。
 世間はまだまだGW気分だが、一高吹奏楽部はそれどころではなかった。
 GW中の成果を確かめるべく、合奏が行われるのである。
 合奏は十時から。いつもより若干早い時間にはじまる。向こう二時間、試練の時間となる。
 合奏前の練習では、どの部員も楽譜の読み直しに懸命だった。
 ただ、いざ合奏がはじまってしまえば、もうまな板の上の鯉になるしかないのである。鮒のようにじたばたしてもはじまらない。
 合奏は、かなり厳しいものとなった。菜穂子から出てくる言葉は、とにかく指示ばかり。褒め言葉などひとつもなかった。
 なにも言われない部員はいない、というほどの厳しさだった。
 十二時少し前に合奏は終わった。ただし、部活はまだ終わりではない。
「正直、あまり練習方法までとやかく言いたくはないの。でも、今の調子でダラダラやってるようだと、私も少し考えなくちゃいけないから。ひとりひとりがもっと明確な目標を持って日々の練習をしなさい。二年はあさってから修学旅行で丸一週間練習できないけど、一、三年はその間に今日言われた部分を完璧にしておくこと。二年も、修学旅行から戻ったらきっちりやっておくこと。今月中に一部と三部の曲をある程度までできるようになっておくことが、当面の目標だから」
 菜穂子は、厳しい表情で苦言を呈す。
「部長、副部長には各パートの指導を継続してもらうけど、それよりもなによりも、パートリーダー。あなたたちが本当はもっとしっかりしてなくちゃいけないのよ。パート内で誰かできないところがあったら、それはもう連帯責任なんだから。それに、指摘された箇所は自分だけでなく、ほかの人もそこを指摘される可能性があるんだと思いながら練習しなさい。いいわね?」
『はいっ』
「六月に入ったら二部の練習も本格化するんだろうから、本当にきっちりしておかないと、また例年並みに苦労することになるわよ。私はね、毎年毎年直前まで胃の痛い思いをするのはイヤなの。だから、今年こそは楽させて。それじゃあ、今日の合奏は終わり」
「ありがとうございました」
『ありがとうございました』
 手厳しい言葉を浴びせられ、ようやく部活が終わった。
「明日から一週間、部活は一、三年だけだから。二年は、来週の土曜まで休み。日曜からはいつも通りの練習に戻るから。練習なんかに変更があった場合は、土曜日に連絡するから。それじゃあ、今日はおつかれさま」
『おつかれさまでした』
 圭太の言葉で、正真正銘部活が終わった。
 しかし、どの部員も憔悴しきっている。
 さすがに合奏のダメージはそう簡単には抜けないようである。
 そんな中、圭太は菜穂子に声をかけていた。
「先生。今日はありがとうございました」
「ん、まあ、私もちょっと気になってたから、ちょうどよかったわよ。どうもこの時期は毎年気が抜けるから、こうやって引き締めないとダメなのよね」
「五月病の季節でもありますからね」
 圭太は、冗談めかしてそう言う。
「それで、実際、演奏はどうでしたか?」
「そうね、この時期としては悪くないと思うわ」
「僕や綾の意見も同じです。だから、今月中にもう少しなんとかできれば、今年の六月はもう少し楽できるかもしれません」
「そうなるといいんだけど」
 菜穂子は、期待を込めて苦笑した。
「そうそう、圭太はなかなかいい演奏してたわよ。ただ、『海』のソロは、もう少し情景を思い浮かべるような感じだといいわね。技術的な問題はほとんどないから、あとは、演奏の質だけ」
「いろんなオケの演奏を聴いてはいるんですけど、なかなか難しくて」
「そうね、確かに難しいと思うわ。でも、曲が『風と海との対話』なのだから、風や海の荒々しさ、穏やかさ、優しさ、気紛れな様子、そんな様々なものを少しずつ加えてみるのもひとつの方法だと思うわ」
「そうですね。もう少しいろいろ考えてみます」
「期待してるわよ」
 コンサートの準備でも残ってやることはだいぶなくなり、ほとんどの部員は普通に帰れるようになった。
 それでも圭太は部長として残っていなくてはならない。
 その時間を利用し、圭太は軽く練習していた。
 おそらくコンクールで自由曲になるであろう、『海』のソロ部分の練習である。
「ん、もう少しかな……」
 同じ箇所を、何度も繰り返す。一回ごと少しずつ変えていく。
 圭太自身、なかなか納得できないらしく、練習もなかなか終わらない。
 いつの間にか、その練習を見る輪ができあがっていた。もちろん、中心にいるのはいつものメンバーである。
「ああ、えっと、作業の方はもう終わり?」
 圭太は、苦笑しながら訊ねた。
「もう終わったみたい」
「そっか。じゃあ、音楽室を閉めるから、みんな荷物を持って出て」
 楽器の手入れをしてからしまい、ついでに準備室の戸締まりを済ませる。
 音楽室を閉め、ようやく家路に就く。
「それにしても、圭太の練習は相変わらず妥協なしね」
「あの場所は特に目立つからね。そんなところを妥協しちゃうと、聴いてる人にもそんな印象を与えかねないから」
「なるほどね。でも、今日圭太の練習を見てた連中には、いい薬になったんじゃない?」
「だといいけど。もっとも、今日の合奏でかなり先生に絞られたから、イヤでも練習してくれると思うけどね」
 そう言って圭太は微笑んだ。
 家に帰ると、圭太はとりあえず着替えを済ませた。
 そのまま店の方に顔を出す。
「ただいま、母さん」
「おかえり」
「お昼、なにか用意してある?」
「一応材料だけは揃ってるわよ」
「じゃあ、手分けして作っちゃうよ」
「そうしてくれる?」
 圭太は、琴絵と朱美を呼び、手分けして昼食を作りはじめた。
 材料を見ると、どうも天ぷらうどんを作る予定らしかった。
 それぞれに自分の役割をこなす。このあたりはさすがの連携である。
 天ぷらが揚がったところでうどんが茹で上がるように。
 なかなか微妙なタイミングではあるが、慣れると難しくはない。
「琴絵。母さんたちにできたって言ってきてくれ」
「うん」
 とりあえず五人分用意する。
 程なくして、ともみと祥子が琴絵と一緒に戻ってきた。
「今日は、久々に圭太もここでお昼なのね」
「ええ、すぐには出ませんから」
 五人揃っての昼食。
 ずるずる、ちゅるちゅると麺をすすり、さくさくと天ぷらを食べる。
 そういうところは、実に日本人らしい光景である。
「祥子は、今日はもう上がりなのよね?」
「はい」
「じゃ、午後は琴絵ちゃんたちに手伝ってもらって、お仕事に励みましょうかね」
 食べ終わると、圭太は祥子と一緒に家を出た。
 ふたりは、薄日が差しはじめた街を、ゆっくりと歩く。
 身重、というわけではないが、圭太としては祥子の体を気遣って、どこか行くという選択肢を排除したのである。
 祥子としては、まだそこまですることはないと思っていたが、圭太がせっかく考えてくれたことなので、と素直に一緒にいる。
「練習は大変?」
「そうですね、今日は先生にこってりと絞られました」
「ふふっ、それも圭くんの差し金じゃないの?」
「あれ、わかりますか?」
「うん。だって、毎年この時期に合奏はしてるけど、絞るというほどのことはしてなかったから。ということは、圭くんがそういう風に仕向けたと考えるのが一番自然だと思って」
 祥子は、当然という表情で答える。
「祥子にはかないませんね」
「三中の頃からずっと圭くんを見てきたから、それくらいはわかるよ。でも、そんなになんとかしなくちゃいけないくらいなの?」
「そこまでのことはないですよ。むしろ、この時期としてはいい方だと僕も先生もそう思ってます。ただ、今年は余裕を持ってコンサートを迎えたいので、ちょっとみんなにがんばってもらおうと思ったんです」
「なるほどね。確かに、毎年中間テストが終わってから焦るからね」
 部長だった祥子は、そういう気持ちが一番わかるだろう。
「六月になったら、卒業生にも声をかけないとね」
「先輩たちには期待してますから」
「たぶん、今年も去年くらいの人数は集まると思うけど。でも、今年はともみ先輩が去年の卒業生にも声をかけてみるって言ってるから、人数だけは集まるかもね」
「多い方が準備は楽ですから、こっちとしては歓迎ですよ」
「期待に応えられるようにがんばるよ」
 そう言って祥子は微笑んだ。
 ふたりは、そのまま公園へとやって来た。
 公園は、家族連れなどが出ていて、結構にぎやかだった。
「ねえ、圭くん」
 陽が出てきて暖かくなり、ふたりは日向のベンチに座った。
「私たちも、あんな風に親子で休日を楽しんだりできるのかな?」
 祥子は、親子でボール投げをしている姿を見て、そう言った。
「できますよ。たとえ夫婦になれなくても、今祥子のお腹にいる子は、僕と祥子の子供なんですから。僕は、父親として、ちゃんと接します」
「……うん、そうだね。圭くんなら、そうしてくれるよね」
 無意識のうちにお腹を撫でている祥子。
「最近、いろいろ考えちゃうの。そのどれもがとりとめのないことなんだけどね。たまに不安をかき立てるようなものもあって。だからだね、今みたいなことを訊いちゃうのは」
「それは、ある意味では普通なのかもしれません。母さんも言ってましたけど、妊娠するといろいろあるって。それは、そういう不安感とか焦燥感なんかも含まれてると思いますから」
 圭太は、祥子の肩を抱いた。
「そういうことがあったら、遠慮なく僕に言ってください。不安を紛らわすことくらいはできますから」
「ありがと、圭くん」
 祥子は、圭太にそっと寄りかかった。
 それかしばし、ふたりはなにも言わず、そのままでいた。
 さわやかな風が公園内を吹き抜けていく。
 聞こえてくるのは、子供たちの歓声。
 本当に穏やかな昼下がりである。
「そうだ。圭くん」
「なんですか?」
「すっかり忘れてたんだけど、最近考えてることがもうひとつあったの」
「もうひとつですか?」
「うん。あのね、この子、男の子だと思う? 女の子だと思う?」
「性別ですか。そうですね、僕はどっちでもいいんですけど。祥子は、どっちの方がいいですか?」
「私もどっちでもいいの。男の子なら、圭くんみたいになってくれるだろうし、女の子なら、カワイイ服とかいっぱい着せてあげたいし」
「僕みたいに、っていうのはいいのか悪いのか、わかりませんね」
「ふふっ、いいことだと思うよ。ただ、圭くんより女の子には厳しい方がいいかもね。その方が、私は安心できるし」
「それは、遠回しに批判されてるんですか?」
「さあ、どうかな?」
 祥子は笑った。
「男の子でも女の子でも、元気な子なら、どっちでもいい」
「そうですね」
「ただ、教えてほしいって言えば、病院で教えてくれるよ」
「確か、超音波検査でわかるんですよね?」
「圭くん、よく知ってるね。うん、そうだよ。ただ、それもある程度妊娠期間が経ってからじゃないよダメだけどね。私は、もう少しかな」
「僕としては、産まれてくるまでわからない方がいいような気もしますけど。男の子がほしい、女の子がほしいっていう希望があるなら別ですけど」
「そうだね。でも、わかってた方が名前を考えるのは楽だよ」
「それはそうかもしれませんね。そっか、名前か」
 圭太は、アゴに手を当て、唸った。
「うちも圭くんのところも、基本的に名前は一文字ずつもらってるよね」
「そうですね。僕は父さんから、琴絵は母さんからもらってます」
「そういうのを考えた方がいいと思う?」
「あまりこだわらなくてもいいんじゃないですか? つけたい名前をつける。それでいいと思います」
「ん〜、つけたい名前かぁ。女の子ならね、ひとつ考えてみたの」
「なんですか?」
「『琴子』」
「琴子ですか。それは、母さんや琴絵から一文字取って、あとは祥子と同じように『子』をつけたんですね」
「うん。ホントはね、圭くんの名前からって思ったんだけど、そっちはやっぱり男の子向きかなって」
 祥子は、目を輝かせ、圭太に話している。
「でも、まだ時間はあるし、いろいろ考えてみないとね、ふたりで」
「はい」
 
 しばらくして、ふたりは三ツ谷家へと向かった。
 土曜日ということで、家にいたのは朝子だけだった。
「まあ、圭太さん、いらっしゃい」
 いつもならそのまま祥子の部屋へと行ってしまうのだが、さすがに妊娠発覚後はすぐにということはしなくなった。
「圭太さん、今日は部活の方は?」
「午前中に。GW中はずっとそうでした」
「そうですか。お休みということで、いつもよりしっかりと練習ができたのではないですか?」
「多少は、というところですね」
 圭太の特技とも言えることが、どんな相手とでも話ができる、ということである。普通なら気後れしてしまうような相手にでも、いつも通りでいられる。
 朝子と話している時もそうである。
「それにしても、圭太さんがこうして祥子さんのことを見てくれるおかげで、祥子さんもずいぶんと落ち着いています」
「当たり前のことをしているだけです。ひとりだけの子じゃないですから」
「その当たり前のことを当たり前にできる。素晴らしいことです」
 朝子は圭太のことをかなり買っている。というより、ベタ惚れに近い。
 娘が結婚できなくとも、圭太が側にいれば不幸になることはない。本気でそう思っているくらいである。
「特別なことなど、そうはすることないのです。本当に大切なのは、当たり前のことを当たり前にできることなのですから。圭太さんはそれを本当に自然にやっています。だからこそ、祥子さんも落ち着いていられるのでしょうけど」
 褒められ、圭太も恐縮しきりである。
「お母さま。そろそろ部屋の方へ戻ります」
「そうですか? ああ、そうそう、圭太さん」
「はい」
「今日のお夕飯は、うちで食べていってください。腕によりをかけて作りますから」
「わかりました。ごちそうになります」
 ふたりは、ようやく祥子の部屋でふたりきりとなる。
「ごめんね、圭くん。お母さま、圭くんにプレッシャーをかけるようなことばかり言って」
「いえ、いいですよ。それだけ期待もされてるってことですから」
「過度の期待にならなければいいけど」
 祥子は、少しだけ渋い顔で頷いた。
「でも、あのお母さまがここまで人を褒めることって、ほとんどなかったんだよ」
「そうなんですか?」
「お爺さまとお婆さまがとても厳しい人で、人を見る目とか、人に対する接し方とか、とにかく厳しくしつけられて。そのせいか、お母さまのお眼鏡にかなう人はなかなかいないの。だけど、そんなお母さまをしても圭くんは手放しで褒めてる。だからすごいなって思うよ」
「そう言われて悪い気はしませんけど、僕はそんなたいそうな人間じゃないですよ。できないこと、わからないこと、たくさんありますから」
 圭太は、俯き加減に答える。
「そういう自分の欠点を理解してるからこそ、さらにがんばろうって思える。そういうところが圭くんのいいところだと、私は思うな」
「そうなんでしょうか?」
「うん。あ、でも、できないことやわからないことがあるのは、人間として当然のことだと思うよ。神様みたいに全知全能ってわけじゃないんだから」
「そうですね。すべてができて、すべてをわかっては、それは神様と同じですからね」
「うんうん。そういうわけだから、決して圭くんは自分を卑下することなんてないの。圭くんがそんなことしちゃうと、圭くんのことを好きな私たちの立つ瀬がないもの」
 祥子は、悪戯っぽい笑みを浮かべ、圭太をたしなめた。
「そうそう、圭くん」
「なんですか?」
「もしよかったら、今日、泊まっていかない?」
「えっ……?」
 
 夕食は、かなり豪華だった。というより、ひとつひとつとても手が込んでいた。
 朝子が言った通り、腕によりをかけて作ったらしい。
 その料理を三人で食べる。やはり、三ツ谷家はなかなか家族が揃わない家である。
「どうですか、圭太さん? お口にあいますか?」
「ええ、とても美味しいです。これなら、そこら辺のレストランの料理よりも美味しいです」
「まあ、お上手ですね。圭太さんは、もはやこの家の家族も同然ですから。家族のためにと思えば、このくらいは容易いです」
 朝子は、たおやかに微笑んだ。
「そういえば、圭太さんはお料理もできると聞いてますけど」
「できると言っても、簡単なものくらいです。手の込んだものはやはり僕にはちょっと難しいですね。もっとも、ただやろうとしてないだけかもしれませんが」
「圭太さんほどなんでもこなせる方なら、お料理などすぐにできます。下手をすれば、祥子さんよりも上手になってしまうかもしれませんね」
「お、お母さま」
「祥子さんも、日々の努力を怠らないようにしないと、よい母親にはなれませんよ」
「はい」
 少しだけ真面目に言う朝子に、祥子も思わず真剣に頷いた。
「もっとも、父親の方は申し分ないほど立派ですから、母親の足りない部分を補ってくれるかもしれませんが」
 もちろん、苦言を呈すのも忘れていない朝子であった。
 夕食は、実に和やかな雰囲気のうちに済んだ。それは、朝子が終始上機嫌だったこともあるだろう。
 そういうところから見ても、朝子が圭太のことを買っていることがよくわかる。
 夕食を食べ、しばしのんびりしていると、祥子が朝子に切り出した。
「あの、お母さま」
「なんですか?」
「その、今日は、圭くんに泊まっていってもらおうと思ってるんですが、いいですか?」
「圭太さんに?」
「は、はい」
 朝子は、じっと祥子を見据える。
「圭太さんは、いいのですか?」
「連絡さえすればうちは大丈夫です。知らない家ではないですから」
「そうですか。そういうことなら、私が改めて言うことはありません。祥子さんも子供ではないですからね」
「ありがとうございます、お母さま」
 そういうわけで、まず朝子の了解を得た。
 次の問題は、高城家の方である。
 圭太は電話を借り、家に電話した。
『はい、高城です』
 電話に出たのは、朱美だった。
「朱美か? 圭太だけど」
『圭兄? どうしたの電話なんかして?』
「母さんは電話に出られそう?」
『ん〜、ちょっと待ってて』
 コトッという音がして、音が遠くなった。どうやら受話器をそのままに店の方に様子を見に行ったらしい。
 すぐにパタパタと足音が聞こえる。
『大丈夫。今代わるよ』
『はい、もしもし』
「あ、母さん」
『どうしたの、わざわざ電話なんか。急ぎの用事?』
「あのさ、今日先輩の家に泊まっていこうかと思うんだ」
『祥子さんの家に?』
「うん。先輩が誘ってくれたんだけど、いいかな?」
『ダメとは言えないでしょう?』
「ありがとう、母さん」
『でも、琴絵と朱美にはなんて言っておくの?』
「いいよ、そのまま話して。ふたりともわかってるはずだから」
『まったく、どうしてあなたはそういうところで人の想いがわかるのかしらね。我が息子ながら、実に不思議だわ』
「そりゃ、父さんの子供だから」
『なに生意気言ってるのよ』
「あはは、ごめん」
『外泊はいいけど、ちゃんと日頃できない心のケアをするのよ。そのために、許してあげるんだから』
「わかってるよ。明日は、朝のうちに戻るから」
『そう、わかったわ。それじゃあ、くれぐれも失礼のないようにね』
「うん、じゃあ」
 そう言って受話器を置いた。
「琴美さん、なんだって?」
「了承は得ました。ただ、ひとつだけ注文がつきましたけど」
「注文?」
「祥子の心のケアをするように、と」
「心のケア……」
 祥子は、胸に手を当てた。
「母さんにとっても、祥子はもう家族も同然ですから。だから、いろいろ気にかけてるんですよ」
「そっか。明日バイトに行ったら、お礼言わなくちゃね」
「そうしてください」
 了承を得て、ようやくふたりは落ち着いて夜の時間を過ごすことができた。
 とりあえず部屋でいちゃいちゃする。
「こら、じっとしてなさい」
「はい」
 圭太は、祥子に膝枕してもらい、耳掃除をしてもらっていた。というよりも、祥子がさせろと言ったのだ。
「♪〜、♪〜」
 祥子は実に楽しそうにしている。
「やっぱり、圭くんと一緒にいる時が、一番楽しい」
「僕も、祥子と一緒にいると、気持ちが落ち着きます」
「一番、とは言ってくれないんだね」
「さすがにそれは。でも、柚紀とさえ比べなければ、祥子と一緒にいるのが一番か二番かですよ」
「二番だとしたら、一番は誰?」
 ニコニコと笑みを浮かべながら、だが、目は笑っていなかった。
「え、えっと、その、それは秘密という方向性で……?」
「ダ〜メ。言いなさい」
「……鈴奈さんです」
 圭太は、渋々答えた。
「はあ、やっぱりね。確かに、鈴奈さんは強力なライバルよね。なんたって、圭くんから全幅の信頼を得てるもの」
「それはそうかもしれませんけど、鈴奈さんは僕にとっては『姉』と一緒なんですよ」
「お姉さん?」
「はい。『桜亭』でバイトをはじめてから、ずっとそんな感じでした。特にうちはすぐに家族みたいに扱っちゃいますから、余計ですね。気がついたら、鈴奈さんは僕の『姉』の位置にいました」
 当時のことを思い起こしながら圭太は説明する。
 祥子も今は『桜亭』でアルバイトをしているから、そういうところは理解できた。
「ただ、鈴奈さんは僕のことを『弟』とだけは思ってなかったみたいですけど。だから、告白された時は驚きました。まさか、って感じです」
「でも、ずっと一緒にいれば、圭くんに惹かれるのも無理はないよ。圭くんは誰も特別扱いしないから、余計にね」
「今でも僕と鈴奈さんの関係は『姉弟』みたいですよ。こう言うと祥子や柚紀は怒るかもしれませんど、鈴奈さんは年上ですから。頼るとか、甘えるとか。そういうことをしやすいんです。だから、僕の中で特別なのかもしれません」
「そっか。そうだよね。鈴奈さんは私たちの中で一番年上。圭くんとの関係も、本当にいろいろ考えてた上でのことだろうから。そうすると、私たちには勝てない部分が多々あるのは当然だね」
 祥子も、素直にライバルのことを認めた。
「ただ、誤解してほしくないのは、あくまでも順番はどうしてもつけるなら、ということですから。普段はそんなこと微塵も考えてません」
「うん、それはわかってるよ。圭くんの中では、一番が柚紀で、二番は誰もいない。そうだよね?」
 圭太の言葉に、祥子は頷いた。
「ねえ、圭くん。圭くんは、一高を卒業したらどうするの? 進学はしないんだよね?」
「今のところは、『桜亭』で雇ってもらおうかと思ってます」
「自分の家なのに?」
「やっぱり、働かざる者食うべからずですから」
「そっか」
「ただ、それだけにするつもりは毛頭ないですよ」
「ほかになにかするの?」
「ええ、いくつか考えてます。ただ、それが実現できるかどうかは、まだわかりませんけど」
「聞いてもいい?」
「『桜亭』をもっと収益性のある店に変えたいんです」
「収益性のある店?」
 祥子は首を傾げた。
「今の『桜亭』は、収支で言えばとんとんか、若干赤字くらいなんです」
「そうなの?」
「今は、半分は母さんの趣味みたいな感じでやってますからね。でもずっとそういうわけにはいかないと思うんです。まだ具体的にどうするとか、そういうところまで至ってませんけど、なにかしたいとは思ってます」
「そうなんだ。私も、なにか協力できるかな?」
「それはもちろん。たぶん、みんなの協力があればこそ、だと思いますから」
 圭太は笑顔でそう言った。
「もっとも、それを本気で考えるのは、一高を卒業したあとですけどね」
「そうかもしれないけど、卒業までもう一年もないわけだから、いいと思うけど」
「僕の一存だけでは決められないからですよ。あの店は、父さんと母さんの店ですから。なにかするなら、僕が店を継ぐ必要もありますし」
「そっか、それもあるんだ」
「それに、そういう大事なことは、柚紀や琴絵とも話さないといけないですから。本当に僕だけの考えじゃダメなんです」
「たとえそうだとしても、今の段階でそこまで考えてるんだから、やっぱり圭くんはすごいよ。私なんか、ただ漠然と大学に行くんだ、くらいにしか考えてなかったから」
「それが普通だと思いますよ。将来のビジョンを明確に持ってる高校生は、そんなに多くないですから」
 圭太は、少し勢いをつけて起き上がった。
「ただ、今の僕にはその前にいろいろとやるべきことがありますから。とりあえずはそれをすべて片づけます」
「そのやるべきことの中には、私のことも含まれてるの?」
「さあ、それは秘密です」
 そう言って圭太は笑った。
「むぅ、今日の圭くんは秘密が多いなぁ」
「いろいろ言うと、やぶ蛇になりそうなので」
「あんまりそういうことばかり言うと、今日、寝かさないよ?」
 艶っぽい笑みを浮かべる祥子。
「ほどほどにしてください」
「ん〜、どうしよっかなぁ? 圭くんの態度次第、だと思うんだけどなぁ」
 圭太は、小さくため息をついた。
「お姫様の仰せの通りに致します」
「うむ、よきにはからえ、なんてね」
 
 祥子は、圭太を風呂場へと連れて行った。
 三ツ谷家の風呂場は、やはり家の大きさに比して大きかった。
 脱衣所、洗い場、浴槽、どれも普通の家の大きさではない。
 そんな大きな風呂に、圭太は浸かっていた。というよりは、半ば強制的に浸からされていた。
「はあ……」
 ため息をついてみるが、状況が変わるわけではない。
 圭太としても、わかってはいた。自分が好きになった相手に言われると、それを断りきれないことを。それが祥子なら特にだ。
 やはり、祥子は特別なのである。
「入るよ、圭くん」
 申し訳程度にタオルで前を隠し、祥子が入ってきた。
「圭くんの前で裸になるの、慣れてるはずなのに、ちょっと恥ずかしいね」
 照れながら掛け湯をする。
 白い肌が、お湯で温められ、ほんのりピンク色に染まった。
「ん〜……」
 それからなにか考え、湯船に入った。
 浴槽は大きいので、ふたりが入っても余裕なのだが、なぜか祥子は圭太にぴったりとくっついて入った。
「え、えっと……」
 圭太に背中を預け、お湯に浸かる。
「ねえ、圭くん。こうやって一緒にお風呂に入ってると、特別な関係って感じがするよね。やっぱりお風呂って、家族の特別な場所だし」
「そうですね」
「圭くんにとって私は、特別な存在だと思っていいのかな?」
 祥子は探るような眼差しで訊ねる。
「特別ですよ。決まってるじゃないですか」
 そう言って圭太は祥子を抱きしめた。
「特別すぎて、僕自身も戸惑ってるくらいです」
「戸惑ってる?」
「僕には、柚紀という婚約者がいます。それなのに、同じくらいとは言いませんが、祥子を特別な存在だと認識しています。ずっと、こうしていたいと思っています」
「圭くん……」
 祥子は、まわされた手をキュッと握った。
「そう思ってくれてるだけで、私は幸せだよ。今は、ここに圭くんとの絆がいてくれるからね」
 そう言って、少し大きくなってきたお腹に手を当てる。
「圭くんだけを見つめ続けていける。そう思わせてくれるから」
「祥子……」
 圭太は、祥子を自分の方を向かせ、キスをした。
「ん、は、む……」
 舌を絡ませ、唇をむさぼる。
「ん、はあ……」
 息が苦しくなり唇を離すと、唾液がツーッと糸を引いた。
「もっと、キスしよ……」
 今度は祥子からキスをする。顔だけ向けているのがつらくなってきたのか、体ごと圭太の方を向く。
 浴室に、湿った淫靡な音が響く。
「ちゅっ……んっ、はあ、圭くん……」
 圭太の顔を両手で挟み、愛おしそうに見つめる。
「もっと、もっと、キスして……」
 圭太は、祥子の言うままにキスを繰り返す。
 そのキスも唇にだけでなく、首筋にまで及ぶ。
「圭くん……私……」
 祥子は、しきりに体を圭太に寄せてくる。
「いいんですか?」
「大丈夫だよ。これ以上どうにかなることはないから」
「わかりました」
 圭太は、もう一度軽くキスをした。
 そのまま湯船の中で祥子の胸を揉む。
「ん、は……」
 もともと風呂に浸かっているせいで体が火照っていたところに、さらに刺激によってその火照りが倍加される。
「あ、ふ……ん……」
 搾るように胸を揉み、固くなってきた突起に舌をはわせる。
「や……あ、んん……んふ……」
 いつもより自分の声が耳に届くことで、祥子は自然と声を抑えようとしていた。
 祥子はもともとセックスの時の声を抑えようとしていたので、それは本当に自然なことだろう。
「やんっ」
 しかし、圭太の手が秘所に伸びると、そうはいかなくなる。
 お湯の中で圭太の指が祥子の秘所をいじる。
「あん、お湯まで一緒に……んんっ」
 確かにお湯まで一緒に中に入っているが、中からはちゃんと蜜が出ていた。
 圭太はそれを指先に感じながら、執拗に秘所を攻めた。
「んんっ、圭くんっ、そんなにしちゃっ」
 祥子は、圭太の肩に手を置き、快感に耐えている。
 圭太は、空いている手で、今度は最も敏感な突起をいじる。
「だ、ダメっ、そこをされるとっ、ああんっ」
 いっそう声が高くなった。
 少しぬるっとした蜜が、止めどなくあふれてくる。
「ん、はあ、はあ、圭くん……私、もう我慢できないよ……」
 祥子はどこか焦点のあわない目で、そう懇願した。
「このまま、入れちゃってもいいかな……?」
「祥子がよければ」
「うん……」
 祥子は小さく頷き、圭太の上にまたがった。
 圭太は体を少しだけ滑らせ、祥子がしやすくる。
「んっ……ああっ……」
 圭太のモノが、祥子の中に収まった。
「こうしてると、んっ、圭くんとひとつになれて、すごく嬉しいの」
 祥子は微笑み、少し腰を浮かせた。
「気持ちよく、なってね、圭くん……んっ」
 お湯の中ということで、少し動きが緩慢になっている。
 それでも祥子は動くのやめない。
 お湯が大きくうねり、ぱちゃぱちゃと音を立てる。
「んっ、あんっ、んんっ、圭くんっ」
 圭太は、祥子を支え、なおかつ胸を揉んだりしている。
「圭くんっ、圭くんっ」
 いつも以上に声が響いていることなど、もはや頭にはなかった。
 祥子は、ただひたすらに腰を動かしている。
「んくっ、あふっ、んんっ」
 圭太の上で乱れる祥子。
 この姿を見せているのは、圭太の前でだけである。
「圭くんっ、んんっ、ああっ」
「無理は、しないでください」
「だいじょうぶっ、だよっ」
 だいぶ理性が飛んでいるはずなのに、祥子はけなげに微笑んだ。
「圭くんのっ、ためだからっ、あんっ」
 一瞬、祥子の中が締まった。
 圭太にとってそれはかなりの快感となった。
「ああっ、あっ、んんっ、圭くんっ、私、もうっ」
 止まらない、止められない動きが、だんだんと速くなってくる。
「んんっ、あんっ、んあっ、圭くんっ」
「祥子っ」
 圭太も、いつも以上の快感に、限界が近かった。
「ダメっ、イっちゃうっ、イっちゃうよっ、圭くんっ」
 そして──
「んんっ、ああああっ!」
「くっ!」
 祥子が圭太にしがみついた時、ふたりは達していた。
「ん、はあ、はあ、圭くんのが、いっぱい出てる……」
「はぁ、はぁ……」
 そのままふたりキスを交わす。
「こうやって出されても、もう妊娠することはないから」
「それはそうですけど」
 祥子は名残惜しそうに圭太が離れた。
 と、秘所からわずかに圭太の放った白濁液があふれてきた。
「お湯、汚れちゃったね」
 祥子は、くすっと笑った。
 その笑顔は、とてもいい笑顔だった。
 
 風呂から上がったふたりは、ベッドでもう一度抱き合った。
 圭太も祥子も、それくらいしなければとても想いを抑えることができなかったのである。
「こうやってね、大好きな人に抱かれて眠るの、夢だったの」
 祥子は、圭太の胸の中でそう呟いた。
「いつもは圭くん、帰っちゃうから、そういうことしてもらえなかったでしょ?」
「そうですね」
「柚紀には悪いと思ってるけど、でも、私だって一度くらいはこういうことをしてもいいよね?」
「それは、僕が決めることじゃないかもしれません。僕は、こうして祥子の想いを受け取り、願いをかなえているだけです。そうしてほしいと願ったのは、祥子です」
「かもしれないね。でも、今日はこうやって眠れるから、すごく幸せ」
 圭太は、そんな祥子の髪を優しく撫でる。
「祥子にひとつだけ言っておきたいことがあります」
「ん、なに?」
「これから先、なにかあったとしても、必ず僕に連絡してください。僕が部活だからとか、学校だからとか、そういうのはいっさい気にしなくていいです。僕は、なによりも祥子を優先しますから」
「それは、臨月を迎えた頃の話かな?」
「それもありますけど、それ以外にもありますから。今はこうして祥子は落ち着いていますけど、つわりなんかがひどくなれば、精神的につらくなってくるはずです。そういう時にも僕を頼ってほしいんです。症状をなくすことはできませんけど、一緒にいて気を紛らわすことくらいはできますから」
 圭太は、はっきりとそう言った。
 それに対して祥子は、少しの間考え、それから言葉を発した。
「圭くんがそう言ってくれるのは嬉しいよ。でもね、なによりも私を優先するだなんて、言っちゃダメ。圭くんがホントに優先しなくちゃいけないのは、柚紀なんだよ? 私じゃない。確かに私は柚紀よりも先に妊娠したけど、その関係まで変わったわけじゃないんだから。私だって、そのくらいはわかってるよ」
「でも……」
「だからね、圭くんは今まで通りでいいの。今までも私のこと気にかけてくれてたし。それに、たまにこうやって私の想いを受け止めてくれれば、私は大丈夫。圭くんが思ってるほど私は弱くないよ」
 そう言って祥子は微笑んだ。
「だって、私、母親になるんだから」
 その言葉がすべてを表していた。
 ひとりの女性ではなく、ひとりの母親となる。
 母の強さ。祥子はそれを身につけていく。
「特別なことをしようとしても、そうそう上手くいかないのが世の常だよ。だから、あくまでも今まで通りで。ね?」
「……わかりました。祥子がそれを望んでいるなら、そうします」
「うん、ありがと、圭くん」
 そして祥子は、とびきりの笑顔を圭太に見せた。
 
 次の日。
「おはよ、圭くん」
 圭太が目を覚ますと、隣で祥子が笑みを浮かべていた。
 うっすらと差し込む朝陽が、今日も天気がいいことを示していた。
「圭くんの寝顔、とっても可愛かったよ」
「ずっと見てたんですか?」
「うん。本当に眠ってる時の顔なんて、こういう時でもないと見る機会がないから」
 圭太は、少しだけ照れてくさそうに苦笑した。
 圭太が起きたのは、まだ早朝と言える時間だった。
 二年は部活が休みだが、圭太は部活があるため、一度家に帰らなくてはならない。そのために早く起きたのだ。
「また、こういう機会、あるかな?」
「僕と祥子の都合がつけば、ありますよ」
「そっか。じゃあ、また誘うね」
「はい」
 それから服を着て、圭太は祥子の部屋を出た。当然祥子も一緒である。
 廊下を歩いていると、食堂の方から音が聞こえた。
「お母さま、もう起きてるのかな?」
 顔を出すと、やはり朝子だった。
「お母さま、おはようございます」
「おはよう、祥子さん、圭太さん」
 朝子は、たおやかに微笑んだ。
「圭太さん。よくお休みになれましたか?」
「はい、おかげさまで」
「そうですか。今、朝食の用意をしていますから、食べていってください。そのくらいの時間はありますよね?」
「はい」
 結局、圭太は朝食までごちそうになることになった。
 程なくして朝食の準備が済んだ。
「圭太さん」
 朝食の席、朝子は少しだけ真剣な表情で圭太に声をかけた。
「これからも、祥子さんのこと、よろしくお願いします」
「いえ、そんな改まって言われるまでもありません。僕は、最初からそのつもりですから」
「ふふっ、そうですか。それを聞いて安心しました」
 朝子は相好を崩し、微笑んだ。
 朝食を終えると、圭太は家に帰ることになる。
「それじゃあ、祥子」
「うん」
 玄関外で、ふたりはキスを交わす。
「また『桜亭』でね」
「はい」
 圭太は祥子に見送られ、早朝の街へと足を踏み出した。
 空は、本当に綺麗に澄み渡り、五月晴れとなっていた。
 圭太は、頬が自然に緩むのを感じ、パンパンと頬を張った。
「よしっ!」
 その気合いはなんのための気合いだったのかはわからない。
 それでも、圭太には微塵の迷いもなかった。
 そう、快晴の空のごとくに。
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