僕がいて、君がいて
 
第十七章「雨音と相合い傘」
 
 一
「いくら梅雨だからって、なにもこんなに雨ばっかり降らなくてもいいのに……」
 柚紀は、教室の窓から空を見上げ、不満をぶちまけた。
「圭太もそう思わない?」
「まあ、多少は思うけど」
「多少なの? 私なんかこれでもかってくらい思ってるのに」
 ため息をつき、ぐたーっと机に突っ伏す。
「そりゃ、雨が降らないと水不足になるし、農作物が育たないっていうのはわかるけど。でもさぁ、雨なんてそれ以外にいいことなんてないじゃない」
「そうかな。僕はあると思うけど」
 圭太は、読んでいた本を閉じ、柚紀を見た。
「たとえば?」
「雨って、ずっと同じじゃないでしょ? 雨粒の大きさもそうだし、風が吹いていればまたそれも変わるし」
「そんなのつまらないよぉ」
「あとは、雨上がりに虹が見られるし」
「ん〜、虹は好きだけど」
「あとは、晴耕雨読ってね」
 そう言って圭太は、本を指さす。
「圭太の言いたいことはわかるけどさ、でも、私はそこまで前向きには考えられない。だって、じめじめするし、濡れるし、傘を持たなくちゃいけないし」
 柚紀は、イヤなことを次々に挙げていく。
「あっ、でも」
「ん?」
「ひとつだけいいことがあった」
「なに?」
「相合い傘」
「……なるほど」
「なによぉ、あからさまな顔しないでよぉ」
 さすがの柚紀も、むくれて文句を言う。
「なんか、圭太さぁ、私に冷たいよ」
 よよよ、と言って泣き真似する。
「そうかな? 普通だと思うけど」
 しかし、圭太はまったく取り合わない。
「……むぅ」
 柚紀は、バンと机を叩く。
「圭太。ちょっと来て」
「ゆ、柚紀?」
 柚紀は、有無を言わさず、圭太を教室から連行した。
 ズンズンと歩いていく。
 廊下を歩き、階段を上がり、たどり着いたのは、屋上へ出る踊り場だった。
「あ、あの、柚紀……?」
 柚紀は、なにも答えず、屋上へのドアを開けた。
 外は、相変わらずの雨模様。強くは降っていないが、傘を差さなければ濡れてしまう。
「……バカ」
「柚紀……?」
「バカバカバカバカバカバカバカ」
「柚紀……」
 圭太は、柚紀を抱きしめた。きつく、しっかりと。
「ごめん、圭太……そんなつもりじゃなかったんだけど」
「いいよ。僕もちょっとやりすぎだったかもしれないから」
「圭太……」
 柚紀からキスをする。
「ん、あ……」
 圭太は、そのまま柚紀の胸を揉む。
「ん、ここだと、声が聞こえちゃうから」
 そう言って柚紀は、圭太を外へ連れ出す。
 屋上への出口には、一応申し訳程度にひさしがついている。ドアを閉め、じっとしていればそう濡れることはない。
「これで大丈夫」
 後ろ手にドアを閉める。
「ね、圭太」
「ん?」
「私、さっきみたいにワガママ言っちゃうから、その時は、ガツンと言ってくれていいんだよ?」
「でも……」
「私のことを想ってなにも言わないのもありかもしれないけど、逆に想ってるからこそ、言ってほしいこともあるから」
 真っ直ぐな眼差しで圭太を見つめる。
「柚紀……」
 圭太は、柚紀の頬に手を当てる。
「柚紀に強く言うのは結構難しいけど、でも、言わなくちゃいけないこともあるなら、言うよ」
「うん」
「僕は、柚紀のことが好きだからね」
「私も大好き……」
 ふたりは、もう一度キスをした。
「ん……」
 キスをしながら胸を揉む。
 ブラウスの上から揉んでいても、その弾力には変わりない。
「ん、やん……」
 スカートの中に手を入れ、ショーツ越しに秘所に触れる。
「んく、あん」
 すぐに指先に湿り気を感じるようになる。
「ん、はぁ……圭太ぁ……」
 柚紀は、圭太の耳元で甘い吐息を漏らす。
 圭太は、ショーツを脱がせ、自分もズボンとトランクスを下ろす。
「ん、圭太のも、元気だね」
 嬉しそうに微笑み、圭太のモノに触れる。
「いくよ、柚紀」
「うん、きて」
 圭太は、柚紀の片足を持ち上げ、モノを突き入れる。
「んくっ」
 体奥を突かれ、柚紀の体がびくんと跳ねる。
「圭太、少し、このままでいいかな……?」
「それはいいけど」
 ふたりは、繋がったまま、そうしている。
「こうしてると、んっ、圭太を中で感じられるから、好きなの」
「柚紀は、セックスは好き?」
「どうかな。あんっ、嫌いじゃないと思うけど、でも、それは相手が圭太だからであって。根本的に好きなのかどうかは、んっ、わからないけど」
「そっか」
「でも、圭太とするセックスは、好き」
 そう言って柚紀は微笑む。
「じゃあ、その期待に応えないとね」
「んんっ、あんっ、圭太っ、激しいよぉっ」
 圭太は、柚紀を抱え上げ、一気に腰を動かす。
「んんっ、やんっ、んんくっ、あっ」
「柚紀っ」
「圭太っ、もっとっ、もっとっ突いてっ」
 しとしとと雨が降る中、肌と肌がぶつかる乾いた音と、淫靡な湿った音が混ざっている。
「んあっ、圭太っ、私っ」
「柚紀っ、僕もっ」
「いいっ、いいのっ、ああっ」
 柚紀は、しっかり圭太にしがみつき、快感に身を委ねている。
「圭太っ、圭太っ、圭太っ」
「くっ、柚紀っ!」
「んんっ、ああああっ!」
 圭太が中に白濁液を放つのと同時に、柚紀は達した。
「はあ、はあ、圭太……」
「はぁ、はぁ、柚紀……」
 ふたりは、そのままでキスを交わした。
「圭太ので、私の中がいっぱい……」
 そう言って柚紀は静かに足を下ろした。
「昼休みの学校、しかも雨の屋上でエッチしちゃうなんてね」
「そうだね」
「私は、エッチな圭太が大好きです」
 少しおどけてそう言う。
「圭太は、エッチな私は嫌いですか?」
「ううん、好きだよ」
「ということは、私たちは好き者同士、ということだね」
 柚紀は、後始末を終え、圭太に抱きついた。
「ん、圭太の匂い……」
 胸元に顔を埋め、大きく息を吸い込む。
「こうしてるとね、荒れていた心も、すーっと落ち着くの」
「僕も、柚紀を抱きしめてると、落ち着くよ……」
 優しく抱きしめ、その髪を撫でる。
「ああん、もう、どうして授業なんてあるんだろ。授業がなかったら、ずっと一緒にいられるのに」
「さすがにそれは……」
「私はね、朝起きてから夜寝るまで、ずっと圭太と一緒にいたいの。できることなら片時も離れたくないの」
 ギュッと圭太を抱きしめる。
「圭太も、そう思ってくれる?」
「うん」
「よかった……」
 柚紀は、ふっと微笑み、そして、圭太から離れた。
「よし、圭太。教室に戻ろ」
「柚紀」
「ん、なぁに?」
「さっきはごめん。今度からは、もっと優しくするから」
 圭太は、真剣な表情でそう言った。
 それに対して柚紀は──
「んもう、ホントに圭太は真面目なんだから。さっきのは、私が悪かったんだから、気にしなくていいの」
 笑顔でそう返す。
「それに、謝るのは私の方だし、なにかする必要があるのも私の方。いい?」
「でも……」
「でも、じゃないの」
 柚紀は、圭太の唇に人差し指を当てる。
「それともなに? なにか目に見える形で結果がほしいの? だったら、私が圭太の身の回りの世話、全部やってあげるよ。専属メイドさん。どう?」
「そこまでしてくれなくてもいいけど」
「じゃあ、なにも言わないの。ね?」
「うん、わかったよ」
 圭太は、はっきりと頷いた。
「うんうん、よろしい。じゃ、教室戻ろ」
 柚紀は圭太の腕を取り、屋上をあとにした。
 
「それじゃあ、今日はこれで終わります。あさってからは中間試験なので、しっかり対策を練ってください」
 帰りのホームルームが終わった。
 教育実習がはじまって一週間以上が経ち、実習生にもだいぶ余裕が出てきた。年下の生徒たちを相手に、年上らしいところを見せようと奮闘している。
 そんな中、鈴奈は予想通りというか、生徒からの人気は抜群だった。これは男女問わずで、本当に人気があった。
 男子生徒の気になるところは、鈴奈ほどの美人に恋人はいるのかどうか。まあ、これは別に今にはじまったことではないが、とにかく、ことあるごとに聞き出そうとしている。
 女子生徒の場合は、良き『お姉さん』として頼っている部分がある。
 とはいえ、当の本人はそれどころではなかった。
 毎回の授業の準備、テスト前日に行われる実習の総まとめの授業の準備で忙しくしていた。
「先生」
「ん、どうしたの?」
 教室から出ようとしていた鈴奈を呼び止めたのは、圭太だった。
「少し、時間ありますか?」
「ええ、大丈夫よ」
 鈴奈は時計を見て頷いた。
「じゃあ、少しだけつきあってください」
 圭太は、鈴奈と一緒にできるだけ人のいない場所へと移動した。
「ここならよさそうですね」
 ふたりがやってきたのは、体育館への渡り廊下だった。部活のないこの時期なら、放課後にここへ来る生徒はほとんどいない。
「鈴奈さんの実習も、今週までですね」
「うん。だけど、明日のことを考えると、ちょっとドキドキかな」
「でも、いいじゃないですか。授業するのがうちのクラスなんですから」
「それが救いかな」
 鈴奈は薄く微笑んだ。
「それでですね、鈴奈さん。二十日の日は、空いてますか?」
「二十日っていうと、日曜日? 特に用はないけど」
「じゃあ、うちで教育実習終了おつかされさま会でもやりませんか?」
「おつかれさま会?」
「はい。まあ、大げさなことはできませんけど、二週間の労をねぎらう感じで」
「別に私は構わないけど、圭くんはいいの?」
 鈴奈は、小首を傾げながら訊いた。
「ほら、テスト期間中でしょ?」
「大丈夫ですよ。やるっていっても、一日中やるわけではありませんし。それに、それくらいの時間も割けないようでは、とてもまともな点数なんてとれませんから」
 圭太の答えは、実に優等生な答えだった。さらにいえば、成績優秀な者の意見である。
 普通の生徒にとっては、一分一秒が大事なのだが。
「ん〜、じゃあ、ご招待にあずかろうかな」
「わかりました。楽しみにしててください、とは言えないかもしれませんけど、それなりのことはしますので」
「ううん、その気持ちだけで十分だから」
 微笑む鈴奈に、圭太も微笑みを返した。
 
「先輩」
 圭太と柚紀が昇降口まで来たところで、声がかかった。
「やあ、紗絵。紗絵も帰り?」
「はい」
「じゃあ、一緒に帰る?」
「是非」
 放課後になっても、雨は相変わらず降り続いていた。
 校庭のあちこちには、大きな水たまりができている。これでは体育や部活をするのも一苦労である。
「どう、勉強は進んでる?」
「どうですかね。はじめてのテストなので、わかりません」
「でも、紗絵なら大丈夫じゃないの? 三中の頃も成績はよかったし、入試だって悪くなかったんでしょ?」
「ええ、まあ。ただ、問題の傾向とか全然違いますから、まだ手探り状態です」
「そっか」
 校門を出てからの通学路に、傘の花が咲いている。
 どの部活も休みのため、いつもよりも下校する生徒が多い。
「そういえば、今日は朱美とは一緒じゃないんだね」
「朱美は、ホームルームが終わったらすぐに帰ったそうです。誘う暇もありませんでしたから」
「特に用事があるとは聞いてないけど、なにかあったのかな?」
 圭太は、首をひねっている。
「先輩たちは、一緒に勉強とかするんですか?」
「たまにね。ただ、僕と柚紀の場合は、あまり一緒に勉強するメリットがないんだ」
「どうしてですか?」
「お互いに聞くということがほとんどないから。もちろんまったくないわけじゃないけど、それはわざわざ一緒に勉強して聞くほどのこともなかったりするし」
「私としては、毎日でも一緒に勉強したいんだけどね」
「……はあ」
 最後の柚紀の言葉に、紗絵はため息をついた。
「私にも、柚紀先輩くらいの積極性があったら、もう少し状況は変わってましたかね」
「ん〜、私にはなんとも言えないけど、ただ、今そう考えてできそうだと思っていても、実際はできないことの方が、多いかもしれないけどね」
「どうしてですか?」
「だって、できるならその頃にそうしてただろうし。特に紗絵ちゃんの場合は、圭太絡みのことでしょ? だったらなおさらだよ」
 柚紀の理論に、紗絵はなにも言い返せなかった。
 それは紗絵もうすうすは感じていたことで、だが、それを認めていなかった部分も多少はあった。
 とはいえ、それは紗絵だけではない。ともみや祥子、朱美だって同じである。
「ま、私も人のことは言えないかもしれないけどね」
 そう言って柚紀は笑った。
 それから少しして、大通りのバス停までやって来た。
「じゃあ、圭太、紗絵ちゃん。また明日ね」
「うん」
「さようなら」
 タイミングよく来たバスに乗り込み、柚紀は帰っていった。
「さてと、僕たちも行こうか」
「はい」
 大通りからすぐに『桜亭』が見えてくる。
「あの、圭太さん」
「ん?」
「もし時間があればでいいんですけど、少し、勉強を見てもらえますか?」
「紗絵の?」
「はい。できれば、去年のテストはどんな感じだったのか知りたくて」
「なるほど。そういうことなら僕は全然構わないよ」
「ホントですか? じゃあ、これからおじゃましてもいいですか?」
「うん」
 ふたりは、母屋の方から家に入った。
「あれ、朱美の靴がない」
「どこかに出かけたんですかね?」
「たぶんそうだろうね。まあ、いいや。紗絵は、とりあえず僕の部屋に行っててくれるかな?」
「わかりました」
 圭太は、そのまま台所へと消えた。
 紗絵は、言われるまま、圭太の部屋へ。
 雨のせいで薄暗い部屋。電気は点けるべきだと判断し、電気を点けた。
「……ここにひとりっていうのも」
 紗絵は、カバンを置き、ベッドに座った。
「圭太さん……」
 そう呟き、ベッドに横になる。
「ん、圭太さんの匂い……」
 うっとりとした表情で胸一杯に息を吸い込む。
「ん、はあ……」
 手が自然と胸に伸びていた。
 それをかろうじて押しとどめ、圭太が戻ってくるのを待つ。
「お待たせ」
 少しして圭太が戻ってきた。手には、お茶とお菓子があった。
「圭太さん」
「うん?」
「たまには、私も構ってくださいね」
 そう言って圭太に寄り添う。
「柚紀先輩が大事なのはわかりますけど、私も、淋しいですから」
「ん、そうだね。じゃあ……」
 圭太は、そっとキスをした。
「これでいい?」
「はい」
 紗絵は、ほんのり頬を赤く染め、小さく頷いた。
「それじゃあ、早速はじめようか」
 
 もともと紗絵は成績優秀である。圭太が改めて教えるようなことはほとんどなかった。
 ただ、去年のテストの傾向を見るのには、ちょうどいい機会であった。
 中学の時は三期制だったため、テスト範囲も短かった。しかし、一高は二期制なので、一回ごとのテスト範囲も広い。それでもテストの点数は変わらないのである。
 となれば、それぞれの範囲から厳選された問題が出るのは当然である。
 そのあたりのことは、実際にテストを受けてみないと実感できない。
 そういう部分を先達に聞くのは、なかなか有意義なことであろう。
「まあ、だいたいこんな感じかな」
「結構大変そうですね」
「まあね。でも、テストの回数が減るから、それはいいことだよ」
 圭太は、去年の自分のテストを見せながらそう言った。
「それにね、範囲の広さは慣れちゃうから」
「私も、圭太さんほど頭がよければいいんですけどね」
「紗絵は十分頭がいいよ。僕が教えるようなことはないし」
「ん〜、私としては、圭太さんに教えてほしいですけどね、いろいろと」
 そう言って紗絵は、小悪魔的な笑みを浮かべた。
 と、その時、ドアがノックされた。
「圭兄、いる〜?」
「いるよ」
 圭太が答えると、朱美が入ってきた。
「あれ、紗絵もいたんだ」
「いちゃ悪い?」
「そんなことないけどね」
 微妙にお互い牽制しあう。
「そうそう、そんなことどうでもいいの。圭兄。ちょっと見てもらいものがあるんだけどいいかな?」
「見てもらいたいもの?」
「うん」
 朱美は、圭太を自分の部屋へ連れて行く。当然、紗絵もついていく。
「これなんだけど」
 そう言って朱美が見せたのは、薄いグリーンのワンピースだった。
「そのワンピースが?」
「私に似合うかなと思って」
 朱美は、ワンピースを自分にあてがう。
「どうかな?」
「うん、似合ってるよ」
「ホント? ホントに似合ってる?」
「大丈夫だって」
「はあ、よかったぁ。こういうスカート丈の長いのは、私に似合わないかと思ったけど」
「朱美は心配性だなぁ」
 そう言って圭太は微笑んだ。
「でも、なんでワンピースなの?」
 紗絵が当然の疑問を口にした。
「今日ね、駅前でセールだったんだよ。それで学校からそのまま買いに行って」
「ウソ? 今日だったの?」
「うん」
「あう〜、すっかり忘れてた〜」
「まあ、第二弾セールをやるかもしれないってことだったから、それを期待するしかないでしょ?」
「楽しみにしてたのに〜」
 紗絵は、がっくりと肩を落としている。
「これを着て圭兄と歩けば、少しはらしく見えるかな?」
「らしくって?」
「ん、恋人同士、ってこと」
 朱美は、にぱっと笑う。
「ちょっと朱美。朱美は別に恋人じゃないでしょ?」
「厳密に言えばそうかもしれないけど、似たようなものだし。紗絵だって、そういう風に見られたいでしょ?」
「うっ、それはそうだけど……」
「だったらいいじゃない、ね、圭兄」
「さあ、僕にはちょっと」
 圭太は、曖昧に微笑んだ。
「んもう、そこで、そうだよって頷いてくれればいいのにぃ」
「朱美、それはいくらなんでも無茶な理論だから」
 紗絵は、呆れ顔でたしなめる。
「ねえ、圭兄。これ着た私と、デートしよ」
「デート?」
「うん。どうかな?」
「僕は別にかまわ──」
「構います」
 答えたのは、紗絵だった。
 キッと朱美を見据え、続ける。
「どうして服を買ったくらいでデートしなくちゃいけないの?」
「どうしてって言われても、ちょっと困るけど。強いて言えば、デートしたいから」
「全然理由になってない」
「もう、紗絵。正直に言えばいいじゃない。私もデートしたいって」
「なっ……」
 ズバリなことを言われ、紗絵は言葉に詰まった。
「したいんでしょ?」
「そ、それは……」
「ね、圭兄。紗絵もデートしたいって。前みたいに私たちとデートでもいい?」
「ちょ、ちょっと、朱美……」
「んもう、ホントに紗絵は優柔不断なんだから。そのせいで圭兄を柚紀先輩にもっていかれちゃったの、忘れたの?」
「うぐっ……」
「自分のやりたいこと、ちゃんと言わないと、後悔するよ? 少なくとも私はイヤだからね、それは」
 言い方は軽いが、その想いはかなりのものだった。
 さらに言えば、朱美の想いは、紗絵にも十分理解できた。だからこそ、言いたいこともよく理解できた。
「どうする?」
「……私も、圭太さんとデートしたいです」
「だってさ、圭兄」
 朱美は、笑顔でそう言った。
「で、どうする? 私たちふたりでする? それとも、ひとりずつ?」
「ああ、できれば僕はひとりずつにしてほしいんだけど」
「どうして?」
「いや、前のことを思い出すとね……」
 圭太は、そう言って苦笑した。
 もちろん、そこで思い出されるのは、デート後のエッチのことだろう。ふたりを相手にして、精も根も尽き果てていたのだから。
「あっ、ひょっとして圭兄、私たちとエッチするの、イヤなんでしょ?」
「べ、別にそんなことはないけど……」
「ふ〜ん、なるほど、そっか〜」
 朱美は、おとがいに指を当て、なにやら考えている。
「じゃあ、とりあえずデートは別ってことにして──」
「ちょ、ちょっと、待った。どうして『とりあえず』なわけ?」
「ん? それはほら、今から三人でエッチしたらどうかなって」
「……ああ、僕、ちょっと用があるの思い出したから」
 そう言って圭太は、朱美の部屋を出て行こうとする。
「んっふっふ〜、圭兄、逃がさないんだから〜」
 逃げる圭太を、朱美は逃がすまいと腕を取る。
「ほらほら、紗絵も圭兄押さえて」
「え、えっと、私は……えい」
「さ、紗絵まで……」
 結局、紗絵も一緒になって圭太をベッドに押し倒した。
「ふ、ふたりとも、少し落ち着かない?」
「ダ〜メ」
「すみません」
 朱美は、嬉々とした表情で、圭太のズボンに手をかけた。
 三人とも制服姿なので、その様はなんとも異様な光景だった。
 結局、圭太は抵抗らしい抵抗もせず、その下半身をふたりにさらすことになった。
「紗絵、一緒にね」
「うん」
 先に朱美が圭太のモノに触れた。
 まだ大きくなっていないモノを、軽くしごく。
「んっ……」
 それで完全にとはいかないが、大きくなる。
「ほら、紗絵も」
 朱美は、先にモノに舌をはわせる。
 すぐに紗絵も舌をはわせる。
「ん、は、ん……」
「っ、ん……」
 ふたりは、一心不乱にモノを舐める。
「ん、圭兄、気持ちいい?」
「気持ちいいよ」
 圭太のモノは、限界まで怒張していた。
 ふたりの舌が触れる度に、びくんびくん震える。
「んっ」
 次第に、圭太にも限界が近づいてくる。
「圭太さん、私に……」
「あっ、紗絵……」
 紗絵は、朱美よりも先に、圭太のモノを口に含んだ。
 そして、圭太は紗絵の口内に白濁液を放った。
「んっ、けほっ……」
 紗絵は、それをすべて飲み下した。
「ううぅ〜、紗絵、ずるい〜」
「早い者勝ちだからね」
「じゃあ、私が先にしてもらってもいいよね」
 そう言って朱美は、スカートとショーツを脱いだ。
「圭兄の舐めてたら、もうこんなになっちゃった」
 朱美の秘所は、すでに濡れていた。
 その状態なら、前戯など必要なさそうだった。
「圭兄、そのままでね」
 朱美は、圭太の上にまたがり、そのまま腰を落とした。
「んっ、あんっ」
 圭太のモノは、すんなりを朱美の中に飲み込まれた。
「んんっ、圭兄の、奥まで届いてるよ」
「朱美、ずるい……」
「んっ、だって、早い者勝ちでしょ?」
「紗絵、おいで」
 圭太は、紗絵を自分の方へ呼ぶ。
「圭太さん……?」
 紗絵は、ぺたんと女の子座りする。
 そんな紗絵の内股に、圭太は手を伸ばした。
「んんっ、あんっ」
 圭太は、ショーツの上から、少しきつめに秘所を擦る。
「圭太、さん……」
 すぐにショーツにシミができる。
 紗絵は、自分からショーツを脱いで、さらに圭太が触りやすいように動く。
 紗絵の中も、すでにびしょびしょだった。
「んっ、圭兄、私も」
 朱美は、圭太の空いている手をつかみ、自分の胸にあてがう。
「ああっ、圭兄っ、もっとっ」
「圭太さんっ」
 従妹と後輩の痴態を見て、圭太も少しずつ神経が麻痺してくる。
「んくっ、圭兄、私、もうダメっ」
 朱美は、もう自ら動こうと思わなくとも、体が勝手に動いていた。
 快感をむさぼろうとする、本能が朱美を突き動かす。
「はあんっ、圭兄っ、圭兄っ」
 そして、朱美は圭太の上で絶頂を迎えた。
「はあ、はあ……」
「んんっ、圭太さん、今度は私に」
 力尽きて倒れた朱美をよけ、今度は紗絵が圭太の上にまたがる。
「ああっ、圭太さんっ」
 すでにかなり敏感になっていた紗絵。そこに圭太のモノが入り、その快感も最高潮を迎える。
「んんっ、圭太さんっ」
 圭太は、両手で紗絵の胸を揉む。
「ああっ、あんっ、あっ、あっ、あっ」
 ベッドの上に手をつき、腰を上下させる。
 じゅぷじゅぷと淫靡な音が部屋に響く。
「圭太さんっ、圭太さんっ、圭太さんっ」
「紗絵っ」
 圭太も、下から紗絵を突き上げる。
「ああんっ、圭太さんっ、イっちゃいますっ、んんっ、ああああっ!」
 そして、紗絵も圭太の上で達した。
「はあ、はあ、圭太さん……」
 しかし、圭太はまだだった。
「ん、圭兄、まだイってないね」
 朱美は、紗絵のブラウスを脱がせる。
「私も脱がなくちゃ」
 程なくしてふたりは、ソックスを残して生まれたままの姿となる。
「紗絵、そこに横になって」
「う、うん」
 紗絵は、言われるまま横になる。
「そして私が……」
 朱美は、その紗絵に覆い被さる。
「圭兄、一緒にね」
 圭太は、ふたりの一番敏感な部分を擦るようにモノを挿れる。
「ああっ、圭兄っ」
「んんっ、圭太さんっ」
 達したばかりのふたりにとっては、それはかなりきつい快感だった。
 火照りも静まらないうちに、再び火が点いた。
「やんっ、んんっ、圭兄っ」
「圭太さんっ、私っ、またっ」
 すぐに達してしまいそうになるふたり。
 そこでようやく圭太にも限界が近づいてきた。
 圭太は、少しでもふたりを気持ちよくさせようと、狙いを定めて腰を動かした。
「紗絵っ、朱美っ」
「ああっ、圭兄っ、イっちゃうっ」
「ダメですっ、また私もっ」
 そして──
『ああああっ!』
「くっ」
 三人はほぼ同時に達した。
 圭太の白濁液が、ふたりの腹部を汚す。
「はあ、はあ、圭兄、気持ちよかったよ……」
「はあ、はあ、圭太さん、すごく素敵でした……」
 微笑みながら、圭太はふたりの間に倒れ込んだ。
 少しして、ようやく三人は後始末をはじめる。
「なんだかんだいっても、圭兄ってちゃんと私たちの言うこと聞いてくれるから、大好きなの」
 朱美は、裸のまま圭太に抱きつく。
「ますます圭太さんから離れられなくなっちゃいます……」
 紗絵も、ぴったりと圭太に寄り添っている。
「紗絵、朱美」
「ん?」
「なんですか?」
「そろそろ、服を着た方がいいと思うんだけど」
「どうして?」
「いや、そろそろ琴絵が戻って──」
 と、一階の方で音がした。
「うわっ、ホントに帰ってきた」
「い、急がなくちゃ」
 ふたりは慌てて服を着る。
 そんなふたりを見つつ、圭太も服を着た。
 琴絵が二階に上がってきたところで、先に圭太が部屋を出た。
「おかえり、琴絵」
「ただいま、お兄ちゃん。朱美ちゃんの部屋にいたの?」
「ん、ちょっと呼ばれてね」
「そっか」
 圭太は、曖昧に微笑んだ。
「じゃあ、着替えたら夕飯の準備するね」
 琴絵は、笑顔で自分の部屋へ入った。
 その隙をついて、紗絵が出てくる。
「あの、圭太さん」
「ん?」
「今日はいろいろありがとうございました」
 そう言って紗絵は、圭太にキスをした。
 が、しかし。
「ああーっ、紗絵先輩っ」
「琴絵っ」
 その現場を琴絵に目撃されてしまう。
「むぅ、紗絵先輩。どうしてそこでお兄ちゃんにキスするんですか?」
「い、いや、これはその……」
「あっ、ひょっとしてお兄ちゃん」
「うん?」
「先輩と、したでしょ?」
「……さあ、どうかな」
 圭太は、誤魔化しつつ自分の部屋に入った。
「ああん、もう、お兄ちゃんのバカ〜っ」
 高城家に、琴絵の声が響いた。
 
 二
 六月十八日。
 前期中間テスト二日目。
 その日のテストは二科目だった。そのため前日に比べると若干早めに終わった。
 圭太たちのクラスでは、テスト終了後、実習生である鈴奈の挨拶が行われていた。
 四年制大学からの実習生は、その日までが実習期間なのである。
「二週間という短い期間でしたが、大変貴重な経験ができました。これも、このクラスのみんなや、ほかのクラスのみんな、さらには先生方の協力があったからだと思っています。私個人としては、この一高とは関わりはありませんが、今回実習を行ったことで、私もその関係者に名を連ねられればと思っています。最後になりますが、私のつたない授業を真剣に受けてくれて、本当に感謝しています。二週間、ありがとうございました」
 そう挨拶して、お辞儀をした。
 同時に、拍手がわき起こった。
 鈴奈は、感極まって涙を堪えるのに必死だった。
 本来なら、そのあとにいろいろ話をしたりするのだろうが、如何せんテスト期間中ということもあり、担任の優香もそれにはあまりいい顔しなかった。
 さらに言うなら、鈴奈にはそのあとにもいろいろと予定が入っているからである。
 そんなわけで、名残を惜しむ暇もほとんどないまま、生徒たちは下校と相成った。
 家に帰った圭太は、少し早めに帰っていた朱美とともに昼食をとった。
 それから圭太は店の手伝いである。ともみは大学の講義があるため、昼間はなかなか出られない。
 従って、テスト期間中とはいえ、手伝う必要があった。
「どう、テストの調子は?」
 昼のピークが過ぎ、だいぶ手持ちぶさたになった頃、琴美がそんな風に声をかけた。
「悪くはないよ。とりあえず、今日までの五科目はすべて埋めたし」
「そう。別にいい点数を取れとは言わないけど、悪い点数だけは取らないでほしいわね」
「たぶん大丈夫だと思うけど」
 圭太は、テーブルを拭きながら答えた。
「確かに圭太は琴絵よりも要領がいいから、ほかのことをやっていても点数が取れるのよね。琴絵は、頭のできは圭太にも負けてないと思うけど、どうも要領がよくないのか、集中しないとダメだし」
「まあ、それは僕と琴絵の立場の差だと思うけどね。僕は、否応なくいろいろやらなくちゃいけない立場だったから。だから、自然と要領よくこなす方法が身に付いたんだと思うよ」
「なるほどね」
「母さんはさ」
「うん?」
「僕には大学に行ってほしいの? 正直なところを聞かせてほしいんだ」
 少しだけ真剣な表情で訊ねる。
 琴美は、少し考え、答えた。
「本音を言えば、行ってほしいわ。ただ、大学に行ってもやりたいことがないのなら、無理に行こうとは思わないでほしい。今の世の中、大学なんか出てなくてもいくらでも生きていけるんだから」
「そっか。じゃあ、僕は僕の意志で進路を決めていいんだね?」
「もちろんよ。それに、自分の進路なんだから、自分の意志で決めるのが当たり前」
「そうだね」
 苦笑する圭太。
「僕としてはね、僕が行かない分、琴絵に行ってもらいたいんだ」
「琴絵に?」
「琴絵が将来どうするかはわからないけど、琴絵まで僕と同じ道をたどる必要はないだろうし」
「そうね」
 琴美も、なるほどと頷く。
「だけど、琴絵はほぼ間違いなく圭太と同じ道を進むでしょうね」
「あえて否定はしないけど」
「というよりも、この家から出て行くという選択肢は、すでにないんじゃないかしら。今の夢は、『大好きなお兄ちゃんと一緒にいること』だと思うからね」
「……そうだよね、やっぱり」
 わかっている、そんな感じで頷く。ただ、そこには若干の戸惑いがあった。
「圭太は、琴絵のことをどう思っているの?」
「どうって、それは、妹として?」
「まあ、とりあえずは」
「そうだなぁ、妹としては、文句のつけようがないくらい、完璧な妹だと思うよ」
 そう言う圭太の顔には、優しい兄の顔があった。
「僕や母さんの言うこともちゃんと聞くし、なんでもこなせるし、性格だっていい。人付き合いだってちゃんとできるし。まあ、欠点らしい欠点はないけど、強いて言えば、少し体が弱いことくらいだね」
「なるほどね。じゃあ、それがひとりの『女の子』としてだったら?」
「それは、まあ、僕に柚紀がいなければ、そのまま彼女にしたいくらいではあるよ。これは本音。ただ、今までそういう目で見たことがないから、自分の中でもなかなかイメージがわかないんだよね」
「どうして? だって、あなたたちは『普通』の兄妹じゃないんだから」
「それは、そうだけど。でも、琴絵はどこまで行っても、僕の妹に変わりないからね。それに、逆に言えば妹だからこそ、ずっと一緒にいられるかもしれないし」
「ふ〜ん、そこまで考えてるのね」
 琴美は、感心したように頷いた。
「ということは、圭太の中では、柚紀さんが一番上ではあるけど、そのすぐ下には琴絵がいるということなのね」
「明確な差があるわけじゃないけど、それに近いものはあるかもしれない。琴絵は、やっぱり妹だからね」
 そう言って微笑んだ。
「本当に、今から数年後のことが心配でしょうがないわ」
「数年後?」
「あなたが、柚紀さんと一緒になってからのこと。今、関係を保ってる人たちとのことがどうなってるか、本当に心配だわ」
「……それは、なんとかするよ」
「なんとかできるの?」
「するよ」
 圭太は、はっきりと言い切った。
「でもね、圭太。誰かを想う気持ちって、そう簡単には変えられないわよ。特に、今の圭太に関わってる人たちは、心から圭太に惹かれてるから。冗談なんかじゃ収められないくらいにね」
「だけど、僕にはそうするしかないんだ。それ以外に方法はないし」
「まったく、どうしてあなたはそう物事を難しく考えてしまうのかしらね」
 琴美は、嘆息混じりに言った。
「じゃあ、母さんはどうしろっていうわけ?」
「究極的な考え方かもしれないけど、とりあえず柚紀さんと一緒になるのはいいわ。婚約までしてるわけだから」
「うん」
「そこでほかの人たちのことだけど、言い方は悪いけど、囲ってしまうというのもあると思うわよ」
「囲うって……」
「どうせそれぞれに意見を求めたところで、圭太と離れたくないって言うに決まってるでしょ? だけど、日本は一夫一婦制の国だから、その人たちと一緒になることは不可能。それでもなお一緒にいる方法は、そういうことが一番手っ取り早いと思うけど」
 琴美は、なかなか過激なことを真剣に言う。
「いくらなんでもそれは。せめて、僕がなにかする時に雇うみたいな形で一緒にいるとか。そういう感じくらいしかできないと思うけど」
「だったら、この『桜亭』をもっと大きな喫茶店にして、みんなをウェイトレスとして雇うのはどう?」
「さっきよりはずっと現実的だけど、現状では無理だよ。雇う云々の前に、この『桜亭』をそこまで大きくするのは困難だし」
「そこは、圭太ががんばればいいのよ。もう少し良い場所に大きな店を構えてね」
「……なんか、母さんの中だと、もうそれで決まりって感じだね」
「ええ、かなり、不本意だけどね」
 そう言われては、なにも言い返せない圭太である。
「いずれにしても、私はいっさい口を出すつもりはないから。圭太がいいと思う通りにすればいいわ。それを、相手も望んでるだろうし」
「そうだね……」
 
 夕方、ともみが講義を終え、バイトにやって来た。
「先輩のバイト姿も、だいぶ板についてきましたね」
「そう思う?」
「はい。当初からそんなに違和感ありませんでしたけど、最近はだいぶ板についていますから」
 圭太にそう言われ、ともみは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、この二週間近くは、鈴奈さんがいない分、私がしっかりしなくちゃいけないと思ってたし、余計じゃないかしらね」
「それも、日曜までですね」
「まあね。でも、スタンス的には変えないけどね」
 そこへお客がやって来た。
「いらっしゃいませ」
 ともみの応対も、実に堂に入っていた。
 そんなともみの姿を確認し、圭太は店から家の方へ戻った。
 水を飲んでから、自分の部屋へ戻る。
 テスト期間中なので一応それらしく勉強する。しかし、圭太はもともとそれほど詰め込んでする必要はないため、短時間で効率的に勉強する方に重点が置かれていた。
 教科書やノート、資料集などを見ながら、テスト勉強をする。
 とはいえ、次のテストは月曜日。間に休みを挟む関係上、それほど根を詰める必要はない。
 そんなわけだから、同じくテスト勉強をしていなければならない朱美も、勉強に飽きて圭太の部屋へとやって来ていた。
「ね〜、圭兄〜」
 ベッドの上にちょこんと座り、枕を抱え、体を揺する。
「ちょっとだけ、私の相手してよ〜」
 帰ってきてから、一応、ほとんど勉強していた朱美。
 遊び相手がほかにいないとなれば、そのターゲットは自然と圭太になる。
 だが、圭太の方は勉強ははじめたばかり。さすがにすぐに構ってやることはない。
「三十分したら、相手するから」
「ホント? ホントに三十分? ちゃんとストップウォッチで計るよ?」
「ああ、それでいいよ」
 圭太は、すぐに勉強を再開する。
 一方朱美は、ベッドに寝転がり、時計を見ている。
 部屋に、鉛筆のこすれる音と、教科書やノートを繰る音、そして──
「……すぅ〜……すぅ〜」
 朱美の静かな寝息が聞こえるだけだった。
 時計を見ているだけという単純作業のせいか、朱美はものの数分で眠りに落ちた。
 圭太は、起こさないようにそっとタオルケットをかけてやる。
 そうしてから、結局さらに一時間近く勉強することになった。
「ううぅ〜、圭兄のいぢわるぅ〜」
 朱美は、夕飯の時もずっと文句たらたらだった。
「朱美ちゃん、もう過ぎたことだし」
 一応琴絵がフォローするが、朱美はそれくらいでは収まらない。
「だってだってだって、圭兄とちゃんと約束したんだよ? なのに圭兄は、全然起こしてくれないんだから」
「それは朱美があまりにも気持ちよさそうに寝てたからであって、悪気があったわけじゃない」
 さすがに一方的に悪者になるつもりはないらしく、圭太も反論する。
「でもでもでも、約束したのにぃ〜」
「こぉら、朱美。ご飯の時は、もう少し静かにしなさい」
 ばたばたと足を動かして、琴美にたしなめられる朱美。
「……はい」
「でもさぁ、お兄ちゃん」
「ん?」
「最近のお兄ちゃん、ホントに朱美ちゃんに甘いよね」
「そうかな?」
「うん、甘いよ」
 琴絵は、そう言って朱美を見る。
「柚紀さんや紗絵先輩なんかがいない時は、たいてい朱美ちゃんが一緒になるからしょうがないのかもしれないけど」
「……はあ」
 圭太は、わざとらしくため息をついた。
「ようするに、琴絵も構ってほしい、そういうわけだろ?」
「えっと、まあ、あはは、そうなんだけどね」
 ズバリなことを言われ、琴絵も一瞬言葉に詰まったが、結局は本音を話した。
「本当に、琴絵も『お兄ちゃん』離れができないわね」
「うっ……」
「これで本当にいいのかしら?」
「い、いいんだもん。私は、一生死ぬまでお兄ちゃんの妹なんだし。それに、兄妹が仲良くするのは悪いことじゃないし」
「そうね、『普通』の兄妹ならね」
「…………」
 その言葉に、圭太も琴絵も朱美もなにも言えない。
「琴絵は、もう少し『お兄ちゃん』離れできるようになって、朱美は、もう少し圭太に依存するのをやめないとね」
 夕食は、微妙な雰囲気の中、終わった。
 
「ん、お兄ちゃん……」
 圭太がキスをすると、琴絵はほんのりと頬を染め、とろんと目を細めた。
「お兄ちゃん、好き、大好き……」
 琴絵は、そう言ってしっかと圭太に抱きついた。
「ねえ、お兄ちゃん。今日は、エッチしちゃダメ?」
「ん〜、今日はやめておこう」
「どうして?」
「ほら、母さんにもいろいろ言われたし」
「うっ、そうだね……」
 夕食のことを思い出し、さすがに意気消沈。
 結局、あのあとも微妙な雰囲気が残り、いつの間にか寝る時間となっていた。
 琴美にしてみればそういう雰囲気にさせるのが本意だったわけではないだろうが、それでも『聞き分けのない』琴絵と朱美を黙らせるにはそれが有効だと判断したのだろう。
 だから、あのあとも特にフォローするようなことはなかった。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「私、ワガママだよね」
 琴絵は、ささやくように言う。
「まあ、ワガママじゃないとは言わないけど、でも、それはそれでいいと思うけど」
「どうして? ワガママだと、お兄ちゃんやお母さんにも迷惑でしょ?」
「程度の差だと思うけど。ほら、なんでも言うことを聞いてくれる物わかりのいい妹もいいけど、少しくらい僕や母さんを困らせてくれる方がいいよ」
「……その気持ちは、私にはわからないんだろうなぁ」
「琴絵は、一番下だからね」
「でも、お兄ちゃん。私のワガママ、ホントにいいの?」
「だから、程度の差だって。あまりにも無茶なワガママは僕だってたしなめるよ。それでもカワイイワガママってのもあるし。そういうのなら、応えてあげたいって思う」
 圭太は、そう言って琴絵の髪を優しく撫でた。
「それに、琴絵は昔からほとんどワガママ言ってこなかったから。今は、その分もまとめてってことかな」
「……んもう、やっぱりお兄ちゃんは優しすぎだよ」
「そうかな?」
「うん。だから、大好きなんだけどね」
 圭太の胸元にすりすりと頬を寄せる。
「私ね、ちょっと前までは、なんで私とお兄ちゃんは兄妹なんだろうって思ってたの。兄妹じゃなければもっとエッチもできるし、それに、結婚だってできる。でもね、お兄ちゃんとはやっぱり兄妹でよかったって思ってるの」
「それは?」
「だって、お兄ちゃんが私のお兄ちゃんだったからこそ、こんなに好きになれたんだし。それに、たとえお兄ちゃんが誰かと結婚しても、私は妹だから、誰はばかることなく一緒にいられるからね」
 そう言って琴絵は微笑んだ。
「私、前に柚紀さんに言ったの」
「柚紀に? なにを?」
「私は、姑よりも口うるさいよって」
「ははっ、確かにそうかも」
「だって、私の大好きなお兄ちゃんのことだもん。口も出すし手も出すよ」
「そっか。それはありがたいな」
「だけどね、柚紀さんなら、私の言いたいこと、全部わかっちゃうと思うの。だから、私はなにも言うことないと思う」
 少し淋しそうに言う。
「柚紀さん、ホントにお兄ちゃんのこと理解してるからね。私はお兄ちゃんの妹を、もう十四年もやってるけど、柚紀さんはお兄ちゃんと出逢ってまだ一年なのにね。ちょっとだけ、悔しい」
「琴絵……」
「でもね、それはそれでいいの」
「?」
「だって、お兄ちゃんのこと、ちゃんと理解してくれてるんだよ? これ以上なにを望めばいいの? それに、お兄ちゃんと一緒になる人は、私の『お義姉ちゃん』になるんだよ。そしたら、そういう人の方がいいに決まってるもん」
「琴絵がいいなら、僕はなにも言わないよ」
「うん……」
 圭太は、琴絵の髪にキスをする。
「ねえ、お兄ちゃん。柚紀さんのこと、『お義姉ちゃん』て呼んじゃダメかな?」
「それは、僕じゃなくて柚紀に聞いてみな。ただ、僕としてはまだそれはやめてほしい」
「どうして?」
「僕と柚紀だけならいいんだけどね。ほかに誰かいる時は、ね」
「でも、それは今更でしょ? みんな、お兄ちゃんが柚紀さんと一緒になるって知ってるんだし」
「まあ、それはそうだけど」
 圭太は、柚紀が『お義姉ちゃん』と呼ばれ、それを圭太を想っているみんながどんな顔で聞いているか、想像していた。
 明らかに、その後の雰囲気は最悪である。
「お兄ちゃんが柚紀さんと一緒になったら、私はどうなるんだろ」
「どうって、どうもならないと思うけど」
「ううん、立場って意味じゃないの。私のお兄ちゃんに対する、想いの問題。今はまだお兄ちゃんとエッチもできるけど、一緒になったあとまでそれは無理だろうし。それでも私のお兄ちゃんに対する想いは変わらないし」
「…………」
「ねえ、お兄ちゃん。私、どうしたらいいのかな?」
 妹の切実な想い。
 兄として、ひとりの男として、圭太はそれをどう受け止めるべきか。
「お兄ちゃん……」
 なにも応えない圭太に、琴絵は、せつない声で言う。
「なにも心配することはない。琴絵は、僕の大切な妹で、大切な……」
「大切な?」
「女の子だから」
「お兄ちゃん……」
 一瞬琴絵は泣きそうになり、でも、次の瞬間には笑顔になっていた。
「ん〜、やっぱりお兄ちゃん、大好き」
 そう言って、さらにギュッと抱きつく。
「お兄ちゃん」
「琴絵」
 ふたりは、どちらからともなく顔を寄せ、キスをした。
「ん……お兄ちゃん……」
「琴絵……」
 何度も何度もキスを繰り返す。
「ん、はあ、お兄ちゃん、私、我慢できないよ……」
 潤んだ瞳で圭太を見つめる。
「お兄ちゃんが、ほしいよぉ……」
「わかった……」
 そして、ふたりは兄妹としてではなく、『好きな者同士』として愛し合った。
 
 六月十九日は、梅雨の晴れ間が広がった。
 朝から強い陽差しが照りつけ、急激に湿度が下がっていくのがわかった。
 圭太は、その強い陽差しを感じ取り、目を覚ました。
 カーテン越しにも天気がいいのは一目瞭然だった。
 ふと隣に目をやると、琴絵が静かな寝息を立て、眠っていた。
 一糸まとわぬ格好で、とても穏やかな寝顔だった。
 圭太は、そんな琴絵の髪を優しく撫でてやる。わずかに身をよじったが、眠っているせいもあって、ほとんど反応らしい反応はなかった。
「琴絵……」
 前髪を掻き上げ、額にキスをする。
 それからベッドを出る。
 圭太もなにも身につけていない。とりあえず服を着る。テスト期間中なので、部活もなく制服を着る必要はない。
 長袖のティシャツに、ジーンズというラフな格好になった。
「……ん、お兄ちゃん……」
 ちょうど着替え終わったところで琴絵が目を覚ました。
「おはよ、お兄ちゃん」
「おはよう、琴絵」
 琴絵は、胸元に布団を寄せ、少しだけ恥ずかしそうに言う。
「そろそろ着替えないと、母さんや朱美にいろいろ言われるぞ」
「うん」
 そう言われ、琴絵ものろのろと服を身につける。とはいえ、それはパジャマなのだが。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「うん?」
「お兄ちゃんとのエッチ、やっぱりすごく気持ちいいの」
 そっと圭太に寄り添う。
「私たちが兄妹だってわかってても、やっぱり私、お兄ちゃんと一緒にいたいし、お兄ちゃんとエッチもしたい」
「琴絵……」
「お兄ちゃん、私、それでいいのかな?」
 それでいいのか、と訊かれては圭太も答えに窮する。だが、答えないわけにはいかないのである。
「琴絵の思う通りにすればいいよ。僕は、そんな琴絵の想いに応えるようにするから」
「いいの? 私、お兄ちゃんをまた求めちゃうよ?」
「いいよ。昨日の夜にも言ったけど、僕にとって琴絵は、大切な妹であり、大切な女の子でもあるんだから」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん……」
 琴絵は、穏やかな笑みを浮かべ、圭太はそんな琴絵を優しく抱きしめた。
 
 その日、祥子は朝から台所に立ち、料理にいそしんでいた。
 テスト期間中、ということはこの際関係ない、ということにしておこう。
 材料を見ると、普通の料理には見えない。どうやらお菓子を作っているようである。
 とても楽しそうに作る様は、見ている方にまで楽しさを分け与えるものだった。
 そんな祥子がお菓子作りを終え、家を出たのは、いろいろ準備をしたあとだったので、お昼をまわっていた。
 強い陽差しが照りつけ、気温も鰻登りだった。
 祥子は、半袖のワンピースに日傘を差している。
 足取りがだいぶ軽い理由は、向かう先にあるのだろう。
 少し歩いてやってきたのは、高城家である。
 インターホンを鳴らす。
 出てきたのは、圭太だった。
「おはよ、圭くん」
「おはようございます。今日はどうしたんですか?」
「えっとね、建前は圭くんと一緒に勉強するというの。本音は、圭くんと一緒にいたかったというの」
 そう言って祥子は、照れくさそうに微笑んだ。
「いいかな?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
「おじゃまします」
 圭太は祥子を家に上げた。
「琴絵ちゃんは、部活?」
「はい。今日は午後からで、明日は午前中だそうです」
「そっか。部長さんも大変だね」
「それは、僕や先輩の頃と変わらないと思いますけど」
「そういえばそうだね」
 圭太の部屋は、窓が全部開けられ、換気が行われていた。
「暑いですか? 暑かったらクーラー入れますけど」
「ううん、大丈夫だよ」
 祥子は、テーブルのところにちょこんと座った。
「そうそう、圭くん」
「はい」
「お菓子作ってきたの」
 バッグの中から、タッパーを取り出す。
 そこには、クッキーや小さなケーキが入っていた。
「琴絵ちゃんや朱美ちゃんと一緒に食べてね」
「ありがとうございます」
 圭太は素直にそれを受け取った。
 それから圭太は、お茶を淹れに一度下へ。
 程なくして、テーブルの上にはお茶とケーキが並んだ。
「圭くんとこうしてふたりきりになるのって、すごく久しぶりだよね」
「そういえばそうですね。部活が休みに入って、テストがあって。そういう機会もなかったですからね」
「だから、ちょっと淋しかったんだからね」
 そう言って圭太に寄り添う。
「……圭くんのことを強く想うとね、私、我慢できなくなっちゃうの」
 祥子は、伏し目がちに続ける。
「夜、ベッドに入ってから、体の奥がカーッと熱くなって、気づいたら、ひとりでしちゃうの。それまでそういうのと私は、無関係だと思ってたの。でもね、そういうことをする気持ち、わかっちゃったから。圭くんは、こんな私、軽蔑する?」
「軽蔑なんてしませんよ」
「ホントに?」
「はい、絶対です」
 そう言って圭太は祥子を抱きしめた。
「ひとりでするのは、健康な証拠です。そういうのがまったくない方が、本来はおかしいくらいですから」
「でも、それはあくまでも医学的な話でしょ?」
「それだけの裏付けじゃ、不十分ですか?」
「そんなこと、ないけど」
「だったらいいじゃないですか」
 笑顔を浮かべる圭太を見て、祥子も笑顔を浮かべた。
「圭くん。少しだけ、目を閉じててくれるかな?」
「目を閉じるんですか?」
「うん」
 圭太は、言われるまま目を閉じた。
 祥子は、圭太のベッドに移る。
 膝を立てて座る。そんな格好をすれば、当然下着が見える。
「いいよ、圭くん」
 目を開けると、そこには恥ずかしそうに圭太を見つめる祥子の姿が。
「あの、先輩?」
「今は、『祥子』って呼んで」
「祥子は、なにを?」
「圭くんに、見ててほしいの。私が、するのを」
「えっ……?」
 圭太が聞き返す前に、祥子は自分の秘所に手を伸ばした。
「ん……」
 ショーツ越しになぞる。
 少し盛り上がった恥丘をなぞる度に、祥子の口からは甘い吐息が漏れてくる。
 少しずつショーツにシミが広がってくる。
「圭くん、見てる?」
「見てます。でも、どうしてですか?」
「なにが?」
「どうして、僕の前でするんですか?」
「圭くんには、私のすべてを知ってもらいたいから、かな」
「だったら……」
 圭太は、祥子をベッドに押し倒した。
「圭くん……?」
「僕が、祥子を気持ちよくさせますから」
「……ごめんね、圭くん」
「いえ、いいです。でも、もうこんなこと、しないでください。僕の存在意義がなくなりますから」
「うん」
 ふたりは、キスを交わした。
 ワンピースを脱がせ、ブラジャーを外し、直に胸に触れる。
「ん……あ……」
 多少ひとりでしていたせいか、いつもよりも過敏に反応する。
「圭くん、今日の圭くん、すごく優しい……」
 祥子は、心から嬉しそうに微笑む。
「んっ、あん……」
 軽く舌で突起を舐める。
 ちろちろと舐め、次第にその突起も硬く凝ってくる。
「ん、圭くん、胸ばっかりじゃ、イヤなの」
「わかりました」
 言われて下半身に手を伸ばす。
 祥子の秘所は、すでにかなり濡れていた。そのまま前戯なしでも十分そうなくらいで、いかに感じていたかわかる。
 とりあえずショーツを脱がせ、直接触れる。
「んんっ、あんっ、圭くん」
 圭太が少し指を挿れただけで、祥子の中はその指をギュウギュウに締め付ける。
 指を出し入れする度に、湿った淫靡な音が聞こえる。
「圭くん、私、もう我慢できない……」
 圭太も服を脱ぐ。
「いきますよ?」
「うん……」
 圭太は、限界まで怒張したモノを、祥子の秘所にあてがった。
「んんっ、あんっ」
 そのまま一気に体奥を突く。
「あんっ、圭くんっ、気持ちいいっ」
 祥子はすぐに嬌声を上げる。
 圭太が動く度に、豊かな胸がふるふると揺れる。
「んんっ、圭くんっ、もっとっ、もっと私をめちゃくちゃにっ」
 その言葉にあわせるように、圭太の動きもいっそう速くなる。
「ああっ、あんっ、あっあっ、んくっ、圭くんっ」
 ここがどこで今がどんな時間か、そんなこと考えずに、ふたりはお互いを求め合う。
「圭くんっ、私っ、もうダメっ」
 祥子は、ギュッと圭太を抱きしめた。
「んんっ、ああああっ!」
 同時に祥子は絶頂を迎えた。
 しかし、圭太はまだである。
「んっ、はあ、はあ、圭くん、いいよ、好きにしても……」
「でも……」
「圭くんにも、気持ちよくなってほしいから」
「祥子……」
 圭太は、一度キスをし、それからもう一度動き出した。
「んんっ、ああっ」
 だが、達したばかりの祥子にとっては、それはかなりきついものだった。
 一度火の点いた体に、それがくすぶる前にまた点く。休まる時がまったくないのだ。
「やんっ、圭くんっ、またイっちゃうっ!」
 祥子の中は、ずっと圭太のモノを締め付けている。
 それでも圭太は、少しでも長くその中にいようと、懸命に耐えている。
「圭くんっ、すごすぎっ、私っ、壊れちゃうよっ!」
「祥子っ」
「圭くんっ、圭くんっ、圭くんっ」
 そして、圭太も限界を迎え、その白濁液を祥子の真っ白な腹部にほとばしらせた。
「はあ、はあ、はあ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 息も絶え絶えに、ふたりはキスを交わす。
「ん、圭くん、素敵だったよ。癖になっちゃうかも……」
「祥子……」
 圭太の腕に抱かれ、祥子は、本当に幸せそうだった。
 
「ん〜、圭くん♪」
「あの……」
「ん、なぁに?」
「……いえ、なんでもありません」
 天真爛漫な笑みを向ける祥子に、圭太はなにも言えなかった。
 そう、たとえぴったりとくっついて、まったく身動きがとれなかったとしても。
「圭くんて、ホントに優しいよね」
「そうですか?」
「うん、優しい。優しすぎて、そこが居心地がよすぎて、離れられなくなっちゃうの」
「…………」
 組まれた腕に、少しだけ力がこもる。
「ねえ、圭くん。もし私が、圭くんと一生一緒にいたいって言ったら、どうする?」
「それは……難しい質問ですね」
「わかってるよ。でも、一応聞いておきたいの」
「そうですね……」
 圭太は、少し考え、答えた。
「たぶんですけど」
「うん」
「それ、認めてしまうと思います」
「ホントに? 圭くんには柚紀がいても?」
「はい」
 はっきりと頷く圭太。
「自分勝手だって言われるかもしれませんけど、祥子を誰かほかの男に取られるのが、イヤなんです」
「圭くん……」
「こうして抱きしめるのも、さっきみたいに抱くのも、みんな僕だけ、そう思っていたいんです。ホントに、自分勝手ですけどね」
 少し自嘲気味に言う。
「ただ、これは別に祥子だけではないですよ。僕と関係のあるみんなです。ホントに、自分勝手ですね」
「……そんなことないよ。圭くんがそう思ってくれてるって、それだけで十分。だって、私もそうだけど、みんなもたぶん、圭くん以外を好きになるなんてできないと思うし。それにね、私だって、圭くん以外の人に抱かれるの、イヤだよ。私のことを抱きしめていいのも、抱いていいのも、みんな圭くんだけ」
「……本当に、日本が一夫多妻制じゃないのが悔やまれます」
 その言葉に、どれだけ本心がこめられているかはわからない。ただ、圭太にとっても祥子にとっても、ひいては柚紀以外の圭太を想ってるみんなにとって、それは重要なことには変わりなかった。
「……ねえ、圭くん。私ね、結婚できなくてもいいよ」
「祥子……?」
「ずっと、圭くんの側にいられればいいの。それにね、未婚の母でもいいし。お父さまやお母さまはいろいろ言うかもしれないけど、でも、私の人生だから。無理に好きでもない人と結婚しても私は絶対に幸せにはなれない。それだったら、たとえ結婚できなくても、大好きな圭くんの側にいられる方が、何倍も幸せ」
 真っ直ぐな瞳で、真摯な声で、真剣に自分の想いを伝える。
「だけどね、どうするかは、圭くんが決めて。私は、圭くんの言うことを聞くから」
「……ずるいですね」
「どうして?」
「僕が、祥子のことをほかのみんなとは違う目で見てるのを知っていながら、そういうことを言うんですから」
「……たとえそうだとしても、私にはそうとしか言えないよ」
「じゃあ、祥子には、一生、僕の側にいてほしいです」
「……いいの?」
「はい。というか、本当にいてほしいんです。祥子は、僕にとって必要な存在ですから」
「圭くん……」
 祥子は、感極まって涙を浮かべている。
「嬉しい、すごく嬉しいよ、圭くん」
 圭太は、なにも言わず、祥子を抱きしめた。
「圭くんを好きになれて、本当によかった……」
 
 夕方。圭太と祥子がリビングに顔を出すと、休憩中のともみがいた。
「あら、祥子、来てたんだ」
「あっ、はい。いろいろあって」
 祥子は、ぽっと頬を赤らめた。
 だが、それは鋭いともみには、さすがに気づかれた。
「……なんかさ〜、祥子、ずいぶんと嬉しそうね〜」
「えっ、そ、そうですか……?」
 あからさまな態度に、ともみの視線がますますきつくなる。
「ねえ、圭太。祥子と、なにかあった?」
「あったといえば、あったかもしれません」
「け、圭くん……?」
「ふ〜ん、そっか……」
 素直に言った圭太に、ともみは、少し思案げな顔を見せる。
「ともみ先輩」
「ん?」
「その内容は、いくらともみ先輩でも、教えられませんから」
 しかし、それより先に、圭太が言葉を継いだ。
「別になにがあったか、なんて聞かなくてもわかるからいいし、話の内容には、それほど興味ないし」
「そうなんですか?」
「そうよ。だって、なにをしたかなんて、セックス以外に考えられないし。話の内容は、う〜ん、これはさすがにわからないけど。ま、どんな内容にしても、圭太絡みのことで、祥子が喜ぶこと」
「…………」
 ズバズバと言われ、さすがに祥子もなにも言えない。
「どっか、違った?」
「……いえ、正解です」
「ま、そんなこと私にはどうでもいいのよ。私が考えてるのは、まったく別のこと」
「別のこと、ですか?」
「なんか、圭太がやけにはっきりしてるからさ。それが気になって」
 そう言って圭太を見る。
「なんていうのか、こう、ひとつのことを決めたっていうか、決意したっていうのかな、そんな感じ。戦争にたとえれば、死ぬにしても生きるにしても、自分の方向を決めたって感じ」
「…………」
 またも核心を突かれ、祥子どころか圭太もなにも言えなかった。
「ねえ、圭太。なにが圭太を変えさせたの?」
「それは……」
「柚紀? 祥子? それとも、自分自身?」
 ともみは、いつもの軽いノリはなく、真剣な表情で訊ねている。
 とても冗談で済ませられる雰囲気ではない。
 祥子は、心配そうな眼差しで圭太とともみを交互に見ている。
「きっかけは、柚紀や先輩たちかもしれません。でも、それを最終的に判断したのは、やっぱり僕だと思います」
「なるほどね」
 ともみは、大きく頷き、微笑んだ。
「そっか、圭太も決めたんだ」
「えっ、なにを決めたかわかるんですか?」
 驚きの表情でともみに聞き返す祥子。
「わからいでか。圭太が柚紀以外の私や祥子のことで決めることなんて、ひとつしかないじゃない」
「…………」
「違う、圭太?」
「いえ、違いません」
「そゆこと。ま、それを今ここで、私が言うつもりはないけど。ただ、圭太が少なくとも祥子に対して答えを出したっていうのは、近い将来私たちにも出るってことだから、ちょっとだけ期待しようかなって、そう思ったの」
「そう、ですか」
「ま、急いで出された答えなんていらないからね。じっくり考えて、それで最善だと思った答えを私に言って。たぶん、圭太の中で私の順番は、そこまで高いとは思えないから、あとの方になるかもしれないけど」
「そんなことは──」
「いいのいいの。順番なんて関係ないんだから」
 屈託なく笑うともみに、圭太はそんなともみを直視できなかった。
「さてと、そろそろ休憩終わり。戻らないと。じゃね」
 ともみは、軽く手を挙げて、店の方に戻った。
「……圭くん。私、どうしたらいいのかな?」
「祥子は、どうもする必要はありませんよ。これは、僕とともみ先輩の間の問題ですから。僕と祥子の間の問題にともみ先輩が口を出さないのと同じです」
「そっか、そうだよね……」
 祥子は、圭太の腕を取り、キュッとつかんだ。
「私、浮かれてもいいのかな? 圭くんと一緒にいられること、喜んでいいのかな?」
「ええ、いくらでも」
「うん」
 微笑む祥子を見て、圭太は改めて思った。
 早いうちに、結論を出さなければならないと。
 
 三
 六月二十日。
 その日、夕方から鈴奈の教育実習終了おつかれさま会が催された。
 参加者は、主賓の鈴奈、発案者の圭太、場所提供者の琴美とともみ、それから柚紀、琴絵、朱美というメンバーだった。
 まあ、実際はただ飲んで食べて騒ぐだけなのだが。
「鈴奈さん。改めておつかれさまでした」
「ありがと、圭くん」
 やはり誰に言われるより、圭太に言われるのが嬉しいようで、満面の笑みである。
「どうですか、実際に先生をやってみて?」
「うん、思っていたよりもずっと大変だったけど、でも、楽しかったかな。やりがいもあったし」
「じゃあ、採用試験、受けるんですね?」
「うん。ただ、最近はなかなか新卒を採ってくれないからどうなるかはわからないけど」
「鈴奈さんなら大丈夫ですよ。僕なんか、もっと鈴奈さんに教えてもらいたいと思ってるくらいですから」
「ふふっ、お世辞でも嬉しいね、そういうこと言われると」
 お世辞じゃない、そう言おうとしたが、圭太は言うのをやめた。
「そうだ。圭くん」
「なんですか?」
「これが終わったら、ちょっとだけ私に時間、くれるかな?」
「それは構いませんけど」
「そっか、うん、ありがと」
 会は、和やかな雰囲気のまま終了した。
 後片付けは女性陣がほとんどのため、かなり手早く効率的に行われた。
「柚紀ちゃん。ちょっと、いいかな?」
「はい、なんですか?」
 鈴奈は、後片付けを手伝っていた柚紀を呼び止めた。
「あのね、今日、圭くんを借りてもいいかな?」
「圭太をですか?」
「うん」
「それは構いませんけど。でも、鈴奈さん」
「ん?」
「私に訊く前に、圭太と約束してませんでしたか?」
「あ、あはは、そうだったかも」
 柚紀の鋭い突っ込みに、鈴奈は乾いた笑みを浮かべた。
「あとですね、わざわざ私に断り入れなくてもいいですよ。そりゃ、できれば事前に言ってもらった方がいいですけど。それがあんまり多くなると、私、鈴奈さんを刺したくなっちゃいますから」
「そ、そうだね……」
 柚紀の視線が、若干鋭くなり、鈴奈は思わず視線をそらした。
「柚紀ちゃんは、強いよね」
「そうですか? 私自身はそうは思ってませんけど」
「どうして?」
「これがあるから強く見えるんじゃないですか?」
 そう言って柚紀は、左手を見せた。
 そこにあるのは、鈍く輝く指輪。
「これのおかげで、私は圭太を信じられるんです。どんなに多くの人と一緒にいても、最後には私のところに戻ってきてくれる、そう思えますから」
 微笑む柚紀。
 その笑顔には、真に圭太に想われている『強さ』がある。
「あっ、でも、それは必ずしも、なにをしてもいいってことじゃないですからね。私にだって我慢の限界がありますから」
「うん、それは大丈夫」
 そう言ってふたりは笑った。
 
「圭くん」
「なんですか?」
 鈴奈は、圭太に寄り添いながら、ささやく。
「圭くんは、一高を卒業してもここから動くつもりはないんだよね?」
「ええ、そのつもりですよ」
「じゃあ、私も、ここの採用試験、受けなくちゃね」
「やっぱり、戻らないんですね」
「うん。私はもう、圭くんに一生を捧げる覚悟をしてるから」
「鈴奈さん……」
「そんな顔しないで。別に、自暴自棄になってるわけでも、悲観してるわけでもないんだから。それにね、圭くんのことがなくても、私はここで受けてたと思うよ。だって、ここはもうひとつの『故郷』なんだから」
 そう言って鈴奈は微笑んだ。
 そこに偽りはない。ただ、真実があるだけ。
「私と圭くんの関係って、これからどうなるんだろうね」
「今と、変わらないと思いますよ」
「そうかな?」
「はい。少なくとも僕は、鈴奈さんとの関係を変えたいとは思っていませんから」
「そっか……」
 圭太は、穏やかな微笑みを浮かべ、そう言う。
「それに、『姉』と『弟』が一緒にいるのは、不思議なことじゃないと思いますよ。違いますか?」
「ううん、違わないよ」
 目にうっすらと涙を浮かべ、嬉しそうに微笑む鈴奈。
「圭くん、抱いてほしい……」
「はい……」
 圭太は、優しくキスをした。
 ベッドに鈴奈を横たわらせ、もう一度キスをする。
「ん……ん……」
 キスをしながら、髪を撫でる。
 慣れた手つきで服を脱がせる。
「鈴奈さんの体は、いつ見ても綺麗ですね」
「ん、そんなこと言っても、なにも出ないよ」
「いえ、今、こうしてもらってますから」
「あんっ、んもう、圭くんのいぢわる」
 圭太は、右手で左胸を揉みながら、右胸に舌をはわせる。
「んんっ、あん、圭くん」
 圭太に触られているからか、鈴奈は敏感に反応する。
「んあっ、んくっ」
 直接秘所に触れると、さらに敏感に反応する。
 圭太は、下半身に移動し、今度は秘所に舌をはわせる。
「んんっ、ダメっ、圭くんっ」
 鈴奈は、少し体を起こし、圭太の頭を押さえる。
 だが、それくらいで舐めるをやめたりはしない。
 ぴちゃぴちゃと音を立て、たまに吸う。
「やんっ、圭くん、いぢわるしないでぇ……」
 微妙に最も敏感な部分を外されているせいか、逆に鈴奈の方から求める形になる。
「圭くんのがほしいの……」
 それに応えるように、圭太ズボンとトランクスを脱ぐ。
 モノを軽くしごき、鈴奈の秘所にあてがう。
「いきますよ?」
「うん、きて、圭くん」
 圭太の首に手を回し、圭太を受け入れる。
「んんあっ、圭くんっ」
 一気に体奥を突き、間髪入れずに動く。
「あんっ、ああっ、あっ、あっ」
 鈴奈は、圭太をギュッと抱きしめ、離そうとしない。
 なかなかきつい体勢の中、圭太はしっかりと腰を動かしている。
「今日の、圭くんっ、激しいよっ」
 半開きになった口から、だらしなくヨダレが垂れている。
「んんあっ、圭くんっ、もっとっ、もっと」
 足で圭太の腰をがっちりと挟む。
 これでますます圭太は動きづらくなったのだが、それでもやめない。
「圭くんっ、今日は、中にちょうだいっ」
 鈴奈の中がキュッと締まり、同時に鈴奈は絶頂を迎えた。
「ああああっ!」
 その直後。
「鈴奈さんっ」
 圭太も鈴奈の中に、白濁液を放っていた。
「はあ、はあ、圭くん、素敵……」
 うっとりした表情で、キスをする。
「はぁ、はぁ、鈴奈さん……」
 圭太も、それに応える。
「んっ、圭くんの、まだおっきいままだね」
「それは……」
「今度は、私がしてあげる」
 
「女の悦びっていうのかな、こういうの」
 裸のまま、ふたりは寄り添っている。
「圭くんに抱かれてると、なにもかも忘れられるの。ああ、私は今、圭くんとセックスしてる。ただそれだけ」
 鈴奈は、薄く微笑む。
「私ね、圭くんのすべてが好き。同年代の男の子よりもカッコイイ顔も、その誰にでも優しくできる性格も、それに、圭くんの体も……」
「鈴奈さん……」
「言うなれば、私は圭くんの虜なんだよね。だから、私は一生圭くんの側にいるの。だって、今更ほかの男の人に抱かれたいとは思わないし。仮に好きになれたとしても、結局はその人に悪いことになっちゃうから」
「……鈴奈さんも、そこまで考えてるんですね」
「うん。大好きな圭くんとのことだからね。真剣に考えてるよ」
 臆面もなくそう言う。
「ね、圭くん。私を、圭くんの側にいさせて。お願い」
「そんなこと、いちいち言わなくてもいいですよ。むしろ、僕の方からお願いしたいくらいですから」
「圭くん……」
 圭太は、鈴奈をギュッと抱きしめた。
「愛してるよ、圭くん……」
 
 週が明け、テストも終わった。
 学校内を覆っていた緊張感も一気に払拭された。
 部活も解禁となり、活気が戻ってきた。
 吹奏楽部では、コンサートに向けて急ピッチで仕上げが行われていた。
 テスト期間中のリハビリは一日だけで、あとはもうとにかく全力で。
 一部と三部については菜穂子の指導でかなり仕上がりも早いのだが、二部については少々遅れがちだった。
 それでも時間は無限にあるわけではなく、短い時間をやりくりしてなんとかしていた。
 コンサート一週間前の六月二十六日。
 一週間後に控えたコンサートにために、この土日は両日ともに丸一日部活が行われる。
 基礎的な練習はもはや意味がなく、ここまで来るといかにまとめるかに重点が置かれていた。
「ダメ。もう少し横のラインを気にして」
「遅い。頭の中にイメージができてない証拠よ」
「ほら、今更指を回せなんて言わないから、とにかくあわせる」
「音程があってない。耳を使いなさい、耳を」
「楽譜を目で追わない。指揮を見なさい」
 菜穂子の鋭い声が、合奏の間中、やむことはなかった。
 午前中は菜穂子の合奏で終わった。
「はあ、きついですね」
「うん、きつい」
 圭太は、祥子とともにため息をついていた。
 部長、副部長であるふたりには、やはりそれなりの責任がつきまとう。合奏でのレベルが低ければ、普段の練習を問われるのは当たり前。それを統括しているのは、やはり部長や副部長である。
 今年の一高のレベルは、去年に比べて落ちているわけではない。個々の能力はほぼ同じと言っていいだろう。
 だが、決定的な差があるとすれば、それはまとまりである。基本的にはよくまとまっている部員ではあるが、どこか一線を画しているような部分があった。それを取り払わない限り、コンクールでの上位入賞は難しい。
 コンサートはコンサートだが、あくまでもその先にあるコンクールを見据えての練習である。
 となれば、ふたりがため息をつくのも無理からぬこと。
「ここはあれですかね、一回先生にでもきついお灸でも据えてもらった方がいいですかね。ある程度強制的にやらないと、時間的にも厳しいと思うんですよ」
「圭くんの意見はもっともだと思うよ。でもね、それは本当に最終手段。今はその時じゃないと思うから」
 祥子は、少し硬い表情でそう言う。
「となると、内側からつつくしかないですか?」
「そうだね。午後がはじまる前に、各パーリーに言っておかないとね」
 とりあえずの結論が出て、その話は終わりとなる。
「圭太。話、終わった?」
 そこへ、タイミング良く柚紀がやって来る。
「まあ、とりあえずはね」
「なんか、妙に疲れてるね。大丈夫?」
「大丈夫だよ。それより、お昼にしよう」
「うん、そうだね」
 圭太は、柚紀と祥子とともに音楽室を出た。
 外は相変わらずの梅雨空で、しとしとと雨が降り続いていた。
 廊下も幾分湿っており、下手すると足を取られかねない。
 そんな雨の日ということで、部員は音楽室かどこかの教室で昼食をとっていた。
 音楽室の近くの教室には、すでに複数の机がくっつけられ、ランチの準備が整っていた。
 ちなみにメンバーは、圭太、柚紀、祥子、紗絵、朱美、詩織の六人である。
「はい、圭太。お弁当」
 柚紀は、自分のカバンの中から、圭太の分の弁当を取り出した。
 このメンバーの中では柚紀が一番料理の腕が立つため、これに文句を言う者はいない。
「そういえば、先輩。今年の自由曲は、もう決まってるんですか?」
 そう訊ねたのは、圭太である。
「とりあえず、私と先生の間では、『ファウスト』がいいんじゃないかって。あれはひとつひとつが短いから、時間を考えると切りやすいし」
「確かにそうですね。でも、そうすると、コンクールの練習はかなり厳しくなりそうですね」
「うん。『ファウスト』は難しい曲だからね」
 祥子はサンドウィッチをほおばりながら答える。
「『ファウスト』が自由曲だと、圭太先輩がファーストですね」
 これは紗絵。
「まあ、そうなるね。でも、課題曲はセカンドだから、ちょうどいいんじゃないかな」
「圭兄なら、どっちもファーストでいけそうなのに」
「やるだけならもちろんできるよ。でも、十二分間ずっと集中してやるには、ちょっときついかな」
 朱美の言葉を受け、圭太はそう答えた。
「実際のメンバーとかは、いつ決まるんですか?」
「五十人に絞るのは、コンサート後よ。とりあえず、初心者の一年生を中心に外していくけど。まだ誰がどうなるかはわからないかな」
「今年は、十一人外れるわけか。結構微妙な人数だよね」
「基本的には、先生の意見を重視して決めるから、私情は入らないよ」
 圭太がそう言うのは、もちろんこの場にいる三人に手心を加えることはない、という意味でである。
「まあ、今はコンクールのことよりもコンサートのことを考えないと」
「午後は、二部の練習ですよね?」
「二部の練習かぁ。圭太の指導、厳しいからなぁ」
「そうかな?」
 二部の指導は、時間などのことを考え、圭太が行っていた。
 しかし、圭太はある意味では菜穂子よりも厳しかった。圭太自身のレベルが高いため、それをすべて部員に求めることはさすがにないが、近いレベルを常に要求していた。
 涼しい顔で厳しいことを言われると、さすがになにも言い返せず、結果的には練習は順調だった。
「じゃあ、今日はパーカスを中心にやろうか?」
「い、いいよ、別に。みんな、平等にね」
 圭太にそう言われ、柚紀は慌ててそれを断った。
 圭太は、そんな柚紀を穏やかな笑みを浮かべ、見ていた。
 
 午後の練習は、午前の合奏をしのぐほど厳しいものとなった。
 いっさい容赦なしの圭太の指導は、本気で菜穂子以上に厳しかった。これには圭太ともう何年も部活を一緒にやっている三中出身者も驚いたくらいである。
「全体的に、まとまりが足りないですね。この程度しかできないなら、今からでもプログラム変更すべきですよ」
 歯に衣着せぬ物言いに、祥子以下各パートリーダーも閉口するしかなかった。
「現状では、楽譜に吹かされている、そんな感じですから。せめてもう少し、なんとかなるといいんですけど」
「どうすればそれができると思う?」
「そうですね。もう少し時間があれば、徹底的に練習するという方法もとれるんですけど、現状ではそれは無理ですからね。そうすると、楽譜に手を入れて少し難易度を落とすとか、テクニック的に劣る部員を外すとか」
「そっか」
 祥子は、思案顔で頷いた。
「最終期限は、いつだと思う?」
「火曜日くらいだと思います。それより遅いと、もう調整すらできなくなると思いますから」
「なるほどな。どうする、祥子?」
 リーダーの視線が祥子に集まる。
「とりあえず、月曜日まで様子を見てみた方がいいと思う。練習は明日もあさってもあるわけだし」
「確かに。ここまで来たら、やれることはやっておかないとな」
「でも、今のまま練習しても意味がないから、パーリーには各パートをもっともっとしっかりと指導してほしいの」
「ま、それはしょうがないな」
 頷くリーダーたち。
「それじゃあ、そういうことで、明日からやるから」
 練習前と練習後にミーティングを行い、今後の練習方針を確認した。
「はあ、圭くんも相変わらずだよね」
「そうですか?」
 ほかのリーダーが帰っていく中、祥子は嘆息混じりにそう言う。
「それに、今日の合奏は本当に大変だったし」
「あまりにもいろいろなところに問題があったので、つい」
「これだったら菜穂子先生の合奏の方が、まだ楽だったかもね」
「じゃあ、僕が指導するの、やめますか?」
「ううん、それがダメだってことじゃないの。ただ、圭くんはそういうことでも妥協しないなって、そう思っただけ」
 祥子はそう言って苦笑した。
 それから活動日誌を書き、音楽室を閉める。
 音楽室を出て、昇降口まで来ると、いつものメンバーがふたりを待っていた。
「意外に早かったんだね」
「うん、言うこととやることは決まってるからね。それの再確認くらいだから」
 圭太はそう言って苦笑した。
 外は相変わらず雨が降っていた。
「はあ、こういう日の雨は、余計に気が滅入るなぁ」
 柚紀は、空を見上げ、そう言った。
「どうして?」
「ん、だって、合奏の時には圭太にちくちくと攻撃されたし」
「別にあれは柚紀だけに言ったわけじゃないけど」
「それはそうだけどね」
 圭太の言いたいことはもちろんわかってはいるのだろうが、それでもどこかやりきれない柚紀であった。
「そうそう。明日は今日以上に厳しくなるかもしれないから、みんな、覚悟しておいた方がいいよ」
 そして、それがとどめだった。
 
 その日の夜。
 圭太は、バイトを終えた鈴奈とともみを、それぞれ家まで送っていた。
 結局、雨は夜になってもやまず、一日中降り続いていた。
「それじゃあ、圭くん、ともみちゃん、また明日」
「おやすみなさい」
 先に鈴奈をマンションまで送る。
「ね、圭太」
「なんですか?」
「家に着くまでの間、ん〜、こうしててもいい?」
 そう言ってともみは、圭太の傘の中に入ってきた。
「いいですよ」
 それに対して圭太は、小さく頷いて、少しばかりともみのために場所を空けた。
「部活、どんな感じ?」
「まあ、悪くはないと思いますよ」
「ということは、例年通り、コンサート直前の突貫作業というわけか」
「そうですね。ただ、問題が多いのは基本的には二部の方ですから。一部と三部の方はだいぶ仕上がってきました」
「やっぱり、練習時間が少ないのが痛いわね」
「でも、それはしょうがないと思いますよ。うちは私立じゃないんですから、時間の使い方も工夫しなくちゃいけませんし。その中でどこまでできるか、それが大事なことだと思ってますから」
「なるほどね」
 圭太の言葉を聞いて、ともみは嬉しそうに微笑んだ。
「ホント、圭太って根っからの真面目くんよね」
「そうですか? 僕自身はそこまでだとは思ってないんですけど」
「だとしたら、それは自己分析が足りない証拠。もっと自分を客観視しないと」
 でも、と言ってともみは続ける。
「私は、そんな圭太が好きなんだけどね」
「光栄です」
 圭太は、笑顔で応える。
「そうそう、火曜日か水曜日あたりに、OB、OGで練習見に行くから」
「打ち合わせもかねてですよね?」
「そうよ。ま、本当は圭太や祥子から話を聞くだけでもいいのかもしれないけどね。一応現状どれくらいできているか、知りたいってのもあるし」
「お手柔らかにお願いしますね」
「さあ、どうしようかしら?」
 笑うともみ。
 しとしとと雨が降り続き、たまに傘を強く叩く。
「ん、ふわぁ……」
「おつかれですか?」
「そんなことないと思うけど。講義だって案外大変じゃないし。ただ、知らず知らずのうちに疲れが溜まってるのかもしれないけどね」
 あくびをかみ殺しながら言う。
「ね、圭太。今日、うちに泊まっていかない?」
「えっ、今日ですか?」
「うん。どう?」
「そうですね……」
 圭太は、泊まった時に言われるであろう、高城家の面々の言葉を想像する。
「僕としては、それでもいいんですけど。ただ、うちにはいろいろ言うのがふたりもいますから」
「ん〜、なるほど。それはやっかいね」
 ともみは、おとがいに指を当て、考える。
「じゃあ、今日は、エッチだけで我慢する」
「……やっぱり、そうなりますか?」
「うん、もちろん♪」
 
 ともみの部屋は、いつもより若干雑然としていた。
 特別汚いというわけではないが、どことなく雰囲気が違った。
「ちょっと散らかってるわね」
「珍しいですね」
「最近、ちょっと片づける暇がなくてね。でも、掃除はしてるわよ」
 ともみは、置きっぱなしになっていた雑誌を片づける。
「今日は、全部僕がしますよ」
「なんで?」
「ともみさん、疲れてるみたいですから」
 そう言って圭太は、ともみの頬に手を添えた。
「……バカ、気にしなくてもいいのに。でも、嬉しい……」
 ふたりは抱き合い、キスを交わす。
「ん……ふ……」
 圭太は、ともみをベッドに横たわらせる。
「圭太」
「なんですか?」
「今日は、ゴムなしでね」
「なしですか?」
「うん。ま、そのことは、終わったあとに話してあげるから」
「わかりました……」
 もう一度キスをして、服を脱がせる。
 薄いピンクのブラウスを脱がせ、ジーンズも脱がせる。
「ん、圭太も、ホントにそういうの慣れてるわね」
「まあ、それは……」
 もう軽く二桁の回数、相手を脱がせてきたのだから、それは当たり前なのだが。
「でも、不思議と圭太がそういうのでも許せちゃうのよね。どうしてかしら?」
「それを僕に訊かれても困るんですけど……」
「ふふっ、圭太の困った顔も、なかなか見られないからいいわね」
「からかわないでください」
 そう言って圭太は、ブラジャーをたくし上げ、胸の突起を甘噛みした。
「あんっ!」
 いきなりの快感に、ともみの体がびくんを跳ねた。
「ご、ごめん、圭太」
「許しません」
 今度は、少し乱暴にショーツを脱がせる。
 まだほとんど濡れていない秘所に指を挿れる。
「いっ、くっ……」
 顔をしかめたともみを見て、圭太は一瞬躊躇した。
「圭太、ちょっと乱暴すぎ」
「すみません」
「んもう、ホント、駄々っ子なんだから」
 それでも、ともみは笑みを絶やしていなかった。
 圭太は、今度はゆっくりと秘所をいじる。
 秘唇に沿って指をはわせ、少し濡れてきたところで、舌をはわせた。
「ひゃんっ」
 ぴちゃぴちゃと音を立て、蜜を啜る。
「あんっ、圭太っ、すごくいやらしいの」
 理性ではそんなことはいけないと思い、しかし、本能ではそれを求める。
 ともみは、圭太の頭を押さえ、さらに快感を得ようとする。
「んあっ、あんっ、あっ、あ……」
 と、圭太が不意に顔を上げた。
「どうしたの?」
「いえ、キスしたいな、と思ったので」
 口元をぬぐい、キスをする。
「そろそろ、いきますよ?」
「うん」
 圭太も服を脱ぎ、怒張したモノを取り出す。
「一気に、突いて……」
「はい」
 モノを秘所にあてがい、ともみのリクエスト通り、一気に体奥を突く。
「ああんっ!」
 圭太のモノが、ともみの中深くに埋没する。
 それから少しゆっくり目に動く。
「あっ、あんっ」
 ともみに負担がかからないように気遣いながら、圭太は動く。
「んんっ、もっと激しくても大丈夫だから、あんっ」
「じゃあ……」
 圭太は、ともみの腰の部分をつかみ、一気にその動きを速くした。
「ああっ、いいっ、すごくいいのっ」
 肌と肌がぶつかる乾いた音と、湿った音、さらにふたりの荒い息が部屋を満たす。
「圭太っ、圭太っ」
「ともみさんっ」
 途中、キスを交わしつつ、どん欲に快感を求める。
「あっ、んんっ、あっ、あっ、あっ」
 圭太が動く度に揺れる胸。
 その胸の突起を指でいじる。
「はあんっ、ダメっ、感じすぎちゃうっ」
 うっすらと汗がにじんでくる。
「んあっ、圭太っ、私っ」
 途端にともみの中が、圭太のモノをギュッと締め付けてきた。
「んっ」
 そのせいで急激な射精感に襲われる圭太。
「圭太っ、一緒にっ、私と一緒にっ」
 ともみは圭太を抱き寄せ、離そうとしない。
「あんっ、ああっ、んあっ」
 多少動きづらくとも、圭太はしっかりとともみを感じさせようとがんばっている。
「んくっ、圭太っ、もうっ、あんっ」
「ともみさんっ」
「んんっ、ああっ、んあああっ!」
 そして、ともみは絶頂を迎えた。
 同時に、圭太はともみの中に白濁液をほとばしらせていた。
「ん、はあ、圭太、気持ちよかった……」
「はあ、はあ、はい……」
 もう一度キスを交わし、圭太もともみの隣に倒れ込んだ。
 
「落ち着いて聞いてよ」
「はい」
 ともみは、そう前置きして話し出す。
「私ね、圭太との子供がほしいの」
「えっ……?」
「別に冗談でもなんでもないわよ。これでもいろいろ考えたんだから。それで出した結論がそれだったの」
 真剣な表情で言う。
 圭太は、とりあえずなにも言わないでおくことにした。
「まあ、今日は危険日じゃないけど、これから先ね、たとえ危険日でもゴムなしでいいから」
「……どうしてですか?」
「そうね、なんて言ったらいいのか自分でもよくわからないけど。とりあえず、圭太とのより確かな絆がほしかった、のかもしれない」
「本当に妊娠したら、産むんですか?」
「もちろん。堕胎なんてできないわよ。それこそ、それは『親』のエゴだもの」
「…………」
 圭太は、少しだけ眉をひそめた。
「ただ、ひとつだけ勘違いしないでほしいの」
「なんですか?」
「別に、セックスは子供を作るためだけにするってわけじゃないってこと。私はね、圭太に抱かれることで幸せになれるの。もちろん、気持ちよくもなれるけどね」
 現段階では、柚紀も含めて、全員がそう思っているだろう。
 しかし、ともみはそのひとつ上のことを望んでいる。
「それとね、もし圭太が子供を望まないなら、無理して私とセックスしなくていいから」
「えっ……?」
「だってそうでしょ? そういうのは、両者の合意があってはじめてなされるべきだと思うし」
「ともみさん……」
「だから、少し考えてみて。これからの私とのことを」
「はい……」
 
 四
 週が明けた月曜日。
 その日は曇ってはいたが、雨は降っていなかった。とはいえ、降水確率は高い。予報では夕方頃から降り出すということだった。
「圭太。どうよ最近?」
「ん、いつも通りだよ」
 朝、授業がはじまる前に明典が圭太の教室へとやって来た。
「明典は?」
「まあ、なんとかサブメンバーにはコンスタントに入れるようになったけど。レギュラーまでは、あと一息だな。県大会が終わるまでにはなってみせるけどな」
 明典は真剣に言う。
「そういや、圭太」
「うん?」
「おまえ、いったい何人とつきあってるんだ?」
「……どういうこと?」
「いや、あちこちで目撃証言が出てるからな。先輩、後輩と手当たり次第だと」
「別に、手当たり次第ってわけじゃないけど……」
「つ〜ことは、複数とつきあってるのは、認めるわけだな?」
 明典は、圭太の肩に手を置き、少し声音を落とす。
「おまえって、好き者だったのか」
「…………」
 圭太は、無言で明典の手をどけた。
「明典がどう思ってもいいけど、それを変に吹聴だけはしないで」
「心配するなって。俺はどんな状況でも、おまえの味方だから」
 そう言って明典は圭太の肩を叩いた。
 
「先輩。どこに行くんですか?」
 昼休み。廊下を歩いていた圭太に声がかかった。
 見ると、後輩三人組が期待に満ちた目で、圭太を見ている。
「どこって、音楽室だけど」
 圭太は、普通に答えを返す。
「音楽室? 圭兄、昼休みの音楽室に、なにか用でもあるの?」
「特にこれといって用があるわけじゃないけど。たまに行くんだ」
「もし迷惑じゃなければ、一緒に行ってもいいですか?」
「それは構わないけど」
 圭太と後輩三人は、揃って音楽室へと上がっていった。
 音楽室は、相変わらず静かだった。もともと防音がしっかりしているせいもあるだろうが、校舎の一番隅にあるということもその一因だろう。
 音楽室に入ると、圭太は真っ直ぐにピアノに向かった。
「先輩、ピアノ、弾くんですか?」
 自分もピアノを弾く詩織が、訊ねる。
「小僧の手習い程度にはね」
 そう言って圭太は、ゆっくりと鍵盤を叩いた。
 特に難しい曲でもない。だが、それ自体はとても素人の演奏とは思えない。
 それは、紗絵以外のふたりにとってはかなりの驚きだった。
「圭兄って、ホントになんでもできるんだね」
「これだけ弾けるなんて、すごいです」
「たいしたことないよ。どうせ見よう見まねだし」
 白鍵を叩く。
「ピアノの腕前なら、詩織の方がはるかに上だし」
「私は、子供の頃からやってますから。でも、先輩は習ったことはないんですよね? だとしたら、やっぱりすごいです」
「でも、紗絵は圭兄がピアノ弾けるの、知ってたみたいだね」
「うん。三中の頃に何度か聴いてるから」
 紗絵は、ちょっとだけ優越感に浸りながら言う。
「僕がピアノを弾けるのを知ってるのは、祥子先輩や紗絵、三中の何人かと、あとは柚紀だね」
「柚紀先輩も知ってるの? どうして?」
「去年のコンサートで、僕が編曲したのがあってね。その時に柚紀にも手伝ってもらったんだ。だからだよ、知ってるのは」
「なるほど」
 朱美は、大きく頷いた。
「あの、圭太さん」
 と、紗絵が、あえて圭太のことを『圭太さん』と呼んだ。
「ん、なに?」
「えっとですね、時間があったらでいいんですけど、少しだけ、私につきあってもらえますか?」
「今から?」
「いえ、いつでもいいんですけど」
「まあ、そういうことなら、特に断る理由もないけど」
「じゃあ、都合のいい時に誘ってもいいですか?」
「いいよ」
 と、紗絵に負けじと、朱美も詩織も行動を起こす。
「圭兄。まさか、紗絵だけ特別扱いは、しないよね?」
「私も、圭太さんを誘いたいです」
 しかし、そんなふたりに見せつけるように、紗絵は圭太の腕を取る。
「私が先。ですよね?」
「ん、まあ、そうなるのかな?」
「圭兄〜」
「圭太さ〜ん」
 音楽室に、朱美と詩織の情けない声が響いた。
 
 練習はかなり厳しく行われていた。土曜日には本番を迎えるわけだから、それまでにかなりの部分まで仕上げておく必要がある。コンクールのように順位や評価が下されるわけではないが、それでも自分たちの中にちゃんとできたという部分が出てくるか出てこないかがある。
 特に三年にとってはこれが最後のコンサートである。無様な演奏をすれば、それを悔やむこととなる。
 菜穂子指導の一部、三部はだいぶ仕上がり、残すはやはり二部だった。
 とはいえ、部員ひとりひとりにだいぶ強く言ったことが功を奏したのか、仕上がりもだいぶ早くなってきていた。
 このことに一番胸をなで下ろしているのが、誰あろう圭太だった。仮にも自分の言ったことのせいでこのようなことになったわけである。
 指導を行っていた手前、やはり結果が出なければ意味がない。それが少しずつ出てきたわけであるから、安心もできよう。
 コンサート自体の準備も急ピッチで進んでいた。大道具や小道具の準備もほぼ終了。
 二部で行う様々な出し物の打ち合わせは、まあ、多少遅れ気味だったが、ここはいざとなれば即興でもいいわけである。幾分気が楽である。
 そんな中、圭太も二部では重要な役割を与えられていた。
「まあ、司会といっても、ようは曲紹介するだけだからな。そんなに難しいことはない」
 広志はあっけらかんとそう言う。
「俺といつみは、最初の部分だけ打ち合わせて、あとは適当だったしな」
「そうなんですか?」
「ああ。いくら打ち合わせしても、準備とかいろいろ予想できないこととかあるだろ? そしたら必要な部分だけやって、あとは野となれ山となれって感じだ」
「なるほど」
 圭太は、二部の司会に抜擢された。
 相手は、柚紀ではない。司会を決めるのは基本的には三年の役目である。そこであえて柚紀が外されたのは、想像に難くない。
 ちなみに相手は、クラリネットの北条綾ということになっていた。
「それにさ、圭太」
「なんですか?」
「司会だっておまえひとりでやるわけじゃないし、そんなに難しく考える必要はないって。そうだろ?」
「そうですね」
「そんなわけで、俺にいろいろ訊くよりも、綾と打ち合わせた方がよっぽどいいと思うぞ」
「わかりました」
 圭太はそう言って広志の元を離れた。
 合奏が終わって、部活自体が終わっても、帰っている部員はあまりいない。皆、準備にかり出されているからだ。
 圭太は綾の姿を見つけ、声をかけた。
「綾。ちょっといいかな?」
「ん、あたし? いいわよ」
 圭太は綾を音楽室の外へと連れ出した。
「どしたの?」
 綾は、ショートカットのよく似合う、非常に快活な女の子だった。
「司会のことを少し決めておいた方がいいと思って」
「ん、そういや、それもあったね」
 忘れてた、と笑う綾。
「圭太は、どうしたい? なんか要望ある?」
「特にないけど。綾は?」
「そうね、去年は漫才の掛け合いみたいなことしてたから。今年はまた違った趣向がいいわよね?」
「まあ、去年も来た人にはその方がいいと思うけど」
「ん〜、そうだなぁ……」
 綾は、腕を組み、うんうん唸りながら考える。
「圭太の見てくれを最大限に利用して……」
「…………」
「ねえ、圭太。演技とか得意?」
「演技? 得意ってほどじゃないけど」
「じゃあさ、すっごくキザな男を演じてくれない?」
「僕が?」
「もちろん」
 圭太は思わずこめかみを押さえた。
「ちょっとだけやってみて」
「やってみてって、どんな風に?」
「まず、ポーズ」
「…………」
 言われるまま、自分の想像の範囲内でキザなポーズを決める。
「……ほぉ」
 綾は、なんとも言えない表情で圭太を見つめた。
「やっぱ、圭太はカッコイイね。そういうポーズも、嫌味じゃない」
「そうかな?」
「柚紀がベタ惚れなのも、わかるわ」
 うんうんと頷く。
「とりあえず圭太はあんまりしゃべらなくていいから。基本的にはあたしが進めて、タイミングを見計らって圭太に話題を振るから、そこでキザったらしく答えて。いい?」
「いいけど、上手くできるかどうかはわからないよ?」
「大丈夫だって。圭太目当ての女子なんて、みんな圭太のこと知ってるんだから。少々のことしたって、なんとも思わないって」
 妙な理論を振りかざされ、圭太はなにも言えなかった。
「あとは、どんな格好をするかだけど。ペットはもう決まってるの?」
「一応は。ただ、僕は司会をやるってことで、多少の変更はいいみたい」
「なるほど。となると、それを最大限に活かさないと」
 綾は、なにか考えている。
「ん〜、すぐには思いつかないから、あとでいい?」
「それはいいけど」
「じゃあ、なにか決めてみるわ」
 
 圭太たちが学校を出る段になり、雨が降り出した。といっても強い雨ではなく、霧雨程度の弱い雨だったが。
「はあ、今週はなにかと忙しくて、大変」
「しょうがないよ。それでもコンサートが終わればもう少し普通になるから、それまでは我慢だよ」
「それはわかってるんだけどね」
 そう言って柚紀はため息をついた。
「圭太は、プレッシャーとかないの?」
「あるよ。ただ、それを極力表に出さないようにしてるだけで。ほら、僕は二部の司会もやらなくちゃいけないし」
「司会……」
 途端に柚紀の表情が硬くなる。
「司会に関しては、先輩たちに見事してやられましたからねぇ」
 と言って、祥子の方を見る。
「あれは、私が決めたわけじゃないよ? 私は柚紀でもいいって言ったんだから」
「結果としては、変わりませんでしたけどね」
「まあ、そうだけど」
 祥子はばつが悪そうに俯く。
「でも、綾先輩とのかけあいも、見てみたい気もしますから、いいんじゃないですか?」
 と、そこへ紗絵からフォローが入った。
「そうだね。綾先輩が圭兄をどうやって動かすか、ちょっと興味あるし」
「動かすって、最初から圭太が下みたいな物言いね」
 朱美の言葉に、柚紀も少々顔をしかめる。
「でも、柚紀先輩もそう思いませんか? 綾先輩ですよ、相手は」
「……まあ、その可能性の方が高いか」
 わずかな黙考のあと、柚紀はそれを認めた。
「そういえば、合奏が終わったあと、圭くん、綾と話してたよね。司会のこと?」
「ええ。広志先輩から去年のことを訊いて、それでちょっと話したんです」
「そうなんだ。具体的になにをどうするかとか、決めたの?」
「基本的には綾が考えるって言ってました。僕は、その指示通りにするだけですね」
 そう言って苦笑する圭太。
 その苦笑は、やはり朱美が言っていたことと同じだったことに対してであろう。
「去年は、広志が燕尾服でいつみが紬だったから。今年はまた趣向を凝らすのかな?」
「さあ、僕にもそれはわかりません。僕としては、あまり無茶な格好でなければ、どんな格好でもしますけどね」
「ホント、圭太?」
 と、それに早速乗っかってきたのは、もちろん柚紀である。
「いや、まあ、しろって言われればするけど」
「ふ〜ん、そっか。なるほどね……」
 柚紀はそう言ってニヤッと笑った。
「明日、緊急会議しなくちゃ」
「緊急会議?」
「だって、こんな機会そうあるわけじゃないし、圭太に着せたい服を徹底的にあげて、そこから選ぶの」
 柚紀は、嬉々とした表情でそう言う。
「あっ、それは私も参加したいです」
「私も私も」
「いいわよ。参加者は多い方が楽しいものね」
 とまあ、すっかり盛り上がっている三人を尻目に、圭太は小さくため息をついていた。
 
 そして次の日。
 朝から吹奏楽部女子部員の間にある連絡事項がまわっていた。
『本日部活終了後、司会の衣装を決める会議を行います。それまでに各自似合うと思われる衣装を考えておいてください。ちなみに、あまりにも過激なものは除外です』
 この指令は、もちろん圭太の相手である綾の了承を得ている。
 基本的に面白いことが好きな綾も、これには一も二もなく賛同した。
 女子部員は、それこそ授業そっちのけそれを考えるだろう。
 昼休み。
「はあ……」
 圭太はため息をついた。
 音楽室には圭太しかいない。柚紀は、ほかの女子部員のところで相談中である。
 すっかりおもちゃとなっている圭太ではあるが、それ自体に文句があるわけではなかった。ただなんとなく、そのノリについていけていない自分がイヤなだけだった。
「あれ、圭くん」
 そこへ、祥子がやって来た。
 手には楽譜を入れているファイルがあった。
「どうしたの?」
「いえ、特になにかあったわけではないんですけどね。ただなんとなく、ひとりになりたかったというか」
「そうなんだ」
 祥子は、とりあえず楽譜を準備室に戻し、圭太の側に寄った。
「衣装のこと、三年の間でも話題になってるよ」
「柚紀と綾が、妙に意気投合してましたから、すぐに広まりましたよ」
「圭くんは、そういう風に騒がれるの、イヤ?」
「別にイヤなわけではないんですけど。なんとなく、そのノリについていけていないので、自分の中でイヤなんですよ」
「そっか」
 祥子は、そっと圭太に寄り添った。
「圭くんは、まわりのことを考えすぎだよ」
「そうですか?」
「うん。そんなにまわりのことばかり考えてると、そのうち胃に穴が開いちゃうよ?」
 少しだけ冗談めかして言う。
「先輩は、参加しないんですか?」
「しないよ」
「どうしてですか?」
「だって、圭くんならどんな格好でも似合うし。わざわざそれを言う必要はないと思って。それに、着てほしい服があれば、プライベートの時の方がいいからね」
「……なるほど」
 それを聞き、圭太は苦笑した。
「ねえ、圭くん」
「はい」
「私もね、圭くんが望むなら、どんな格好でもするよ」
 潤んだ瞳で圭太を見つめる。
「せんぱ……祥子……」
 圭太は、祥子の顔を寄せ、キスをした。
 舌を絡め、むさぼるようにキスを交わす。
「ん、圭くん……」
「祥子……」
 圭太が祥子の胸に手を伸ばそうとした瞬間、音楽室のドアが開いた。
 ふたりは慌てて距離を取る。
「あら、どうしたの?」
 入ってきたのは菜穂子だった。
「い、いえ、特にこれといって用はないんですけど」
 祥子は少し早口に言う。
「そう? ひょっとして、私、邪魔だったかしら?」
 そう言って菜穂子は微笑んだ。
「そ、そんなことないですよ。ね、ねえ、圭くん?」
「ええ、そうですね」
 焦っている祥子に比べ、圭太はずいぶんと落ち着いている。
「人の色恋沙汰に口を出す気はまったくないけど、節度は持たないとダメよ。それと、音楽室でそういうことするのも、できればやめてほしいわね。いい?」
「はい」
 圭太と祥子は、すぐに音楽室を出た。
「はあ、びっくりしたね」
「驚きましたけど、たまに先生も昼休みに来ますから」
「そうなんだ」
 圭太のさっきの態度は、知っていたからこそであった。
「圭くん」
「はい」
「続きは、また今度ね」
「はい」
 
 部活終了後、女子部員はほぼ全員、別の教室へと移動していった。参加していないのは、用事がある部員と祥子くらいのものであった。
 当事者である圭太は、その場に出ることをがんとして断った。
 しかし、女子部員がいないと準備はまともに進まず、男子部員は程なくして帰っていった。
「先輩。日誌は書いたんですか?」
「まだだよ」
「じゃあ、ほかは僕がやっておきますから、先に書いてください」
「うん、わかったよ」
 圭太は、準備室の戸締まりを確認し、それから音楽室の方を確認する。
 開いていた窓を閉め、鍵をかける。
「それにしても、まさかこんなことになるとはね」
「そうですね。僕って、そんなに『おもちゃ』になりやすいですか?」
「私はそうは思わないけど。ただ、みんなにしてみれば、制服以外の衣装を着せる絶好の機会だって思ってるのかも。圭くんならなにを着ても似合うわけだし」
「複雑な心境です」
 そう言って圭太は苦笑した。
 それから祥子は慣れた手つきで日誌を書き終える。
「さて、ここを閉めたいんだけど、どうしよっか?」
 祥子は、あちこちに残っているカバンを見てため息をついた。
「声だけでもかけた方がよくないですか?」
「そうだね。じゃあ、ちょっと声かけてくるから」
「よかったら、日誌だけでも先に出してきますか?」
「ん〜、いいよ。鍵と一緒に持っていくから」
「わかりました」
 圭太を音楽室に残し、祥子は教室へ向かった。
 その教室からは、活発な議論の声が聞こえてきた。
 祥子は苦笑しつつ、ドアを開けた。
「どうしたんですか、祥子先輩?」
 どうやら司会をしていた綾が、祥子に声をかけた。
「そろそろ音楽室閉めるから、荷物、移動してほしいなって思って」
「えっ、作業はしてないんですか?」
「みんながいないと、進むものも進まないから、男子はみんな帰っちゃったよ」
 さすがにやりすぎたか、という顔がちらほら見える。
「議論を交わすのはいいけど、とにかく荷物だけ移動して」
 祥子に言われ、女子部員は音楽室へ荷物を取りに行く。
 全員が荷物を持ったことを確認し、祥子は圭太とともに音楽室を閉めた。
「圭くん。帰るの?」
「どうしようかと思ってるんですよ。柚紀たちはいつまでやってるのかもわかりませんし。さすがにいつまでも待つわけにもいきませんから」
「そうだね。じゃあ、今日は私と一緒に帰ろ?」
「そうですね」
 ふたりは一度職員室に寄り、鍵を返し、日誌を菜穂子に渡した。
 昇降口で靴を履き替え、外に出ると、少し強めの雨が降っていた。
 すっかり陽も落ち、雨のせいで余計に暗く見える。
「暗いね」
「そうですね」
「やっぱり、待った方がいいかな?」
「いざとなれば、迎えに行きますからいいですよ」
 ふたりは傘を差し、ゆっくりと帰路に就いた。
 傘に当たる雨粒の音が、耳につく。
「久しぶりだよね、こうしてふたりだけで歩くの」
「そうですね。デートの時以来ですか?」
「かもしれない」
 祥子はちょっとだけ嬉しそうに微笑む。
「ねえ、圭くん。圭くんの傘に入ってもいい?」
「いいですよ」
 圭太が頷くと、祥子は早速圭太の傘に入ってきた。
「相合い傘、か」
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ。ただ、相合い傘が嬉しくてね」
 そう言って微笑む。
「この前、圭くん言ってくれたでしょ?」
「なにをですか?」
 唐突な話の展開にも関わらず、圭太はイヤな顔ひとつ見せず、聞き返す。
「私に、ずっと側にいてほしいって」
「ええ、言いました」
「あれでね、私、急に安心しちゃって。それまではなにかに焦り、なにかにおびえていた気がするんだけど、それがまったくなくなって。だからね、今こうして圭くんとふたりきりでいても、素直にそれを喜べるの」
 祥子は自分の心境の変化を圭太に伝えた。
 その変化は祥子にとってはかなり大きなもので、ある意味では圭太に抱かれた時に匹敵するかもしれない。
「今はまだ言えないけど、そのうち、お父さまにもお母さまにも本当のことを言おうと思うの。もちろん認めてはくれないだろうけど。でも、それでもいいの。だって、お父さまが選んだよく知らない人と一緒になるくらいなら、多少言われても圭くんの側にいた方がはるかにましだし」
 祥子は、少し真剣な表情でそう言う。
 圭太も祥子の心境を察してか、あえてなにも言わない。
「私ね、一高を卒業したら大学へ行くの。そこで英語の勉強をして、将来は翻訳家を目指そうと思って」
「翻訳家ですか」
「うん。それならどこにいても仕事はできるし。なにより、普通の仕事よりも時間にルーズになれるから」
「なるほど」
 圭太は小さく頷いた。
「それとね、大学入ってからか、卒業してからかはわからないけど、家も出ようと思うの。確かにあの家にいればなに不自由なく暮らせるけど、でも、あそこでは学べないこともあるし、なによりも『三ツ谷家』というしがらみから解放されたいから」
 少し小さいながら、それでもはっきりと祥子は言い切った。
「もちろん、圭くんと一緒の時間を増やしたいってこともあるよ」
「やっぱりそうですか?」
「うん」
 圭太は苦笑した。
「圭くんとはこれから先もずっとずっと、同じ関係を続けていきたいな」
「大丈夫ですよ。きっと続けられます」
「そうかな?」
「はい。僕と祥子が、同じことを同じように願い、想い続ければ大丈夫です」
 そう言って圭太は微笑んだ。
「圭くんにそう言われると、本当にそう思うから不思議だよね」
 祥子は、圭太に寄り添った。
「圭くん、本当に、ずっと離さないでね……?」
「はい……」
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