僕がいて、君がいて
 
第十章「波乱の初春」
 
 一
 大晦日というのは、十二月の最終日のことを言う。普通の月末は、晦日と言う。一年の最後なので、大晦日。
 そう、大晦日である。
 高城家では、二日間をかけて大掃除が行われていた。
 高城家の場合、住居部だけでなく、店舗部もあるため時間がかかった。さらに言うなら作業を行える人数もいない。従って二日間をかけて行っていた。
 前日のうちに『桜亭』の大掃除を終え、その日は住居部の大掃除である。
 とはいえ、住居部の方は琴美はもちろんのこと、圭太や琴絵がこまめに掃除をしているおかげで、大がかりな掃除をする部分はそうない。
 こういう時にしかできないところは、やはり台所である。シンク周りや換気扇など、掃除する場所はたくさんある。
 三人は手分けして次から次へと終わらせていく。
 午前中のうちに最難関である台所を終えると、あとはそれほど大変ではない。
 圭太と琴絵は、とりあえず自分の部屋の掃除。琴美は、リビングやダイニングの掃除。
 三人で掃除をするようになって、何年にもなる。その度に一番最後に行われてきたのが、仏壇の掃除だった。
 これは、必ず三人揃って行ってきた。
 丁寧に水ぶきし、乾いたぞうきんで仕上げる。
 花や水もすべて換え、新しい年を、綺麗な仏壇で過ごしてもらおう。そんな感じがあった。
「祐太さん。今年も一年間、いろいろありました。圭太も無事高校に入学し、学校生活を楽しんでいます。今年はふたり揃ってコンクールで金賞を受賞しました。本当にがんばってとったので、褒めてあげてくださいね。それと、圭太に彼女ができました。とってもいい子で、圭太にはもったいないくらいです。でも、ふたりはとても仲が良くて、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいです。本当にいろいろありましたけど、その全部をここで話せないのが残念でなりません。きっと天国から見ていてくれてるとは思いますけど。また来年も、私たちのことを見守っていてください」
 そう言って琴美は手を合わせた。
「父さん。今年も一年間僕たちのことを見守ってくれてありがとう。今、母さんが言ったけど、僕に彼女ができたんだ。笹峰柚紀って言うんだけど、本当に僕には過ぎた彼女だと思う。でも、彼女と出逢ったおかげで学校生活はすごく充実してる。勉強は少し大変だけど、部活の方では全国大会で金賞もとれたし、百点満点に近いと思うよ。来年も今年以上の年にできるように、最善を尽くすつもりだから。天国にいる父さんに笑われないように、精一杯がんばるから、見守っていてほしい」
 そう言って圭太も手を合わせる。
「お父さん。今年も私たちのことを守ってくれて、本当にありがとう。言いたいことは、お母さんやお兄ちゃんが言っちゃったからあんまりないんだけど。私は、来年受験生だから、そのお願いの方が大きいかな? 私もお兄ちゃんと同じ一高を目指してるから、もっともっと一生懸命勉強しないといけないんだけど、ちょっとお父さんの力も借りたいなって。受験自体は再来年の春だけど、来年一年間、お父さんに見守ってもらいたいな。あと、お母さんとお兄ちゃんのことは、私も見てるから、安心してね」
 そう言って琴絵も手を合わせる。
 これで大掃除はすべて終了である。
 すべてが終わるのが、多少の差はあるが、毎年夕方前くらいである。
 高城家では、『桜亭』をやっているため、年末年始といえどもどこかに旅行するとか、帰省するとかいうのがなかなかできない。旅行はともかくとして、帰省に関しては、それぞれの親の方が来ることの方が多い。
 祖父母は、祐太の方、琴美の方、両方とも健在である。いわゆる高城家の方は、ここより遠いところにあり、そうしょっちゅう来ることはできないが、琴美の実家である吉沢家は、比較的近いところにあり、それなりに遊びに来ていた。
 ただ、琴美は家を出た身であることもあって、基本的には妹夫婦、つまり淑美の方が優先されていた。
 そんなこともあって、三人だけで大晦日を過ごすのは珍しいことではない。
「それにしても──」
 圭太はお茶を飲みながら言った。
「琴絵も言うようになったよね」
「そうね。安心してね、だから」
「あ、あれは、お父さんを安心させようと思って……」
 母と兄の口撃に、琴絵はしどろもどろに反論する。
「来年は、琴絵も見ててくれるから、きっと今年よりもいい年になるわね」
「そうだね」
「ううぅ〜、お母さんもお兄ちゃんもいぢわるだよ〜」
「別に意地悪で言ってるわけじゃないわよ。私も圭太も、琴絵がそんなことを言えるようになったのが、嬉しいんだから。ねえ、圭太」
「そうそう。琴絵も十四歳だし、もう僕や母さんの手を煩わせることも少なくなると思って」
「でもでも、私は──」
「わかってるよ」
 そう言って圭太は、琴絵を自分の方へ抱き寄せた。
「お兄ちゃん……」
「僕も母さんもわかってるから」
「そうよ。琴絵の母親とお兄ちゃんを何年やってると思ってるの?」
「うん、そうだね」
 ようやく、琴絵にも笑みが戻る。
「でも、圭太」
「うん?」
「なにも琴絵を抱かなくてもいいと思うわよ」
「まあ、なんとなく成り行きで」
「えへへ、お兄ちゃん♪」
 琴絵は、嬉しそうに圭太に抱きついている。
「ホントに琴絵は圭太のことが好きなのね」
「うん、大好きだよ」
「私よりも?」
 と、琴美はそんな風に切り返した。
「お母さんとお兄ちゃんは、比べられないよ。お母さんも大好きだし、お兄ちゃんも大好き」
 琴絵は、そんな答えを返す。
「じゃあ、大好きなお母さんの手伝い、してくれるわよね?」
「えっ、あ、うん、いいよ」
 琴美は少しだけ意地悪な笑みを浮かべ、台所へ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「あとで、お話しようね」
 琴絵もそんなことを言って、台所へ消えた。
 大晦日は、まだまだ長い。
 
 陽が暮れて外はすでに暗闇に包まれている。
 テレビでは国民的テレビの代表である、紅白歌合戦がはじまっていた。
 民放各社は、その裏で視聴率アップに躍起になっている。
 軽めの夕食を食べたあと、圭太は一度部屋に戻っていた。
 高城家では祐太が生きていた頃からずっと、除夜の鐘の頃に年越しそばを食べ、それから初詣に出ていた。
 そんなこともあり、夕食は軽めなのである。
 のんびりしていた圭太のもとへ、一本の電話がかかってきた。
「お兄ちゃん、柚紀さんから電話だよ」
「わかった」
 琴絵に呼ばれ、電話のあるリビングに下りていく。
「もしもし」
『もしもし、圭太?』
「うん。どうしたの、電話なんて?」
『どうしたのって、その言い方淋しいよぉ』
「ごめんごめん」
『私は、圭太の声が聞きたかったの。それと、初詣のお誘い』
「初詣? いつ?」
『二日。さすがに明日は家にいないと、お父さんが怒るから。どうかな?』
「うん、たぶん大丈夫だと思うけど」
『ホント? じゃあ、二日の適当な時間にそっちに行くから』
「大変だったら、僕が行くけど?」
『あっ、ううん、いいの。うちに来ると、お父さんとかお姉ちゃんとかうるさいから』
「あ、あはは」
『じゃあ、圭太。二日の日に』
「うん」
『そうそう。ちょっとだけ楽しみにしててね』
「えっ、なにを?」
『会ってからのお楽しみ。じゃあね、圭太。良いお年を』
「あ、うん、良いお年を」
 圭太が電話を切ると、早速追求がはじまる。
「ねえねえ、お兄ちゃん。柚紀さん、なんの用だったの?」
「二日に、初詣に行こうって」
「あら、お正月早々のお誘いなのね」
「わざわざ前もって電話してきたってことは、柚紀さん、なにか企んでるね」
 琴絵は、そう言って微笑んだ。
「そうね。柚紀さんも案外お茶目だから」
 琴美もそう言って微笑む。
「母さんも琴絵も、僕の不安を煽るようなこと言わないでよ」
「あら、それが悪いことだなんて、言ってないわよ」
「うん、そうだよ。ひょっとしたら、いいことかもしれないし」
「……琴絵。ひょっとしたらと言ってる時点で、ウソだってわかるよ」
「あ、あはは、そ、そんなことないよ。うん、柚紀さんのことだから、大丈夫だよ」
「まったく……」
 それから除夜の鐘にあわせ年越しそばを食べる。
 そして年が明ける。
「圭太、琴絵、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう、母さん、琴絵」
「おめでとうございます、お母さん、お兄ちゃん」
 三人揃って新年の挨拶をする。
「それじゃあ、あと少ししたら初詣に出るから、ふたりとも準備しなさい」
 
 一月一日は、とても寒かった。
 時間帯が深夜ということもあったが、空は雲ひとつない快晴で、そのせいで気温が下がっていた。
 圭太たちは、近くの神社まで初詣に出てきた。
 その神社は近隣でも比較的大きな神社で、その時間帯は結構混み合っていた。
 本殿前から参拝客の列ができ、圭太たちもそこに並んだ。
「お兄ちゃんは、なにをお願いするの?」
「そうだな、とりあえずは、今年一年何事もなく過ごせるように、かな。あとは、学校のこととか、部活のこととか。そう言う琴絵は?」
「私は、やっぱり受験のことかな。来年の春に、一高に入れますようにって」
「神様にお願いするのはいいけど、ちゃんと勉強もしないと、入れるものも入れないわよ。わかってるの?」
「わかってるよ。だって、お兄ちゃんと一緒に学校行きたいもん」
 それからしばらくして三人の番がまわってきた。
 お賽銭を入れ、作法に則って願いごとをかける。
 だいたい平均的な時間の圭太と琴美。しかし、琴絵は結構な時間、願いごとをしていた。
 それから揃っておみくじを引く。
「やった、大吉だ」
「まあまあね、中吉よ」
「末吉か。微妙だね」
 そうして恒例の初詣は終わった。
 
 家に戻り、あとは寝るだけという時。
「お兄ちゃん、いいかな?」
 琴絵が部屋にやって来た。
「どうしたんだ?」
「一緒に寝たいなって」
 そう言って琴絵はベッドに座った。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「私、お兄ちゃんのこと好きだよ」
「ん、ああ」
「ずっと、お兄ちゃんと一緒にいたい」
「そう、だな……」
「だからね、お兄ちゃん……」
 琴絵は立ち上がり、着ていたパジャマも下着も脱いでしまう。
「お兄ちゃんに、抱いてほしい……」
「琴絵……」
 さすがのことに、圭太も言葉を失った。
「私、もうお兄ちゃんの妹だけじゃイヤなの。お兄ちゃんに、妹としてじゃなく、ひとりの女の子として見てほしいの。だからね、お願い、お兄ちゃん……」
「……それが、どういうことかわかって言ってるのか?」
「わかってるよ。わかってなかったら、そんなこと言えない」
 琴絵の決意は固いようである。
「もし、僕が拒んだら?」
「その時はその時だよ」
 圭太は、琴絵の顔を見つめ、そして言った。
「僕は、琴絵を妹として見守っていきたい。だから、琴絵を抱くことはできない」
「そっか……」
 そう言われた琴絵は、意外にもそれほどショックを受けていないように見えた。
「やっぱり、お兄ちゃんはお兄ちゃんだね。ちょっと残念だけど、それもしょうがないね。私たち、兄妹だしね」
「琴絵……」
 圭太は、琴絵を抱きしめた。
「でも、やっぱり……ん……」
 琴絵は、涙目で圭太にキスをした。
「今日は、このまま一緒にいよう……」
「うん……」
 圭太は、やはり琴絵の『優しいお兄ちゃん』だった。
 
 夜が明けて、太陽が昇り、少しずつ気温が上がってくる。
 圭太は、深夜まで起きていたこともあり、昼近くまで眠っていた。
 その目覚めは、奇妙な感覚とともにだった。
「ん……」
 圭太は、違和感を覚えていた。
 朝の生理現象として男性器が勃起することはあるが、その日はそれ以上だった。
 意識が覚醒してくると、次第に状況もわかってくる。
 そして、それは急速に圭太の意識をトップギアへ入れさせた。
「こ、琴絵っ」
 なんと、琴絵が圭太のモノを舐めていた。
 すっかり怒張している圭太のモノ。違和感は、それだった。
「お兄ちゃん、ごめんね……私、やっぱり我慢できないの……」
 琴絵は、少しだけ淋しそうに微笑み、そして──
「んっ、あっ!」
 自分から腰を落とし、圭太のモノを飲み込んでいく。
「い、いたっ」
「ば、バカっ、やめろっ」
 圭太は慌ててそれをやめさせようとするが、琴絵は頭を振った。
「イヤ、やめないよ。私、お兄ちゃんとひとつになるの……」
 そして、圭太のモノは、琴絵の体重で完全にその中に入った。
「ん、はあ、はあ、やっと、お兄ちゃんと、んっ、ひとつになれたよ……」
「琴絵……」
 圭太は、琴絵の自分に対する想いの強さに、改めておののいていた。同時に、もう本当に戻れないところまで来てしまったことも理解していた。
 琴絵の中は、十分には濡れておらず、さらにはじめてということで、非常に狭かった。それは琴絵にとっては苦痛でしかないが、圭太にとっては快感だった。
「琴絵」
「な、なぁに……?」
「少し、そのままでいるんだ」
「えっ、うん……」
 そう言って圭太は、琴絵の秘所に手を伸ばした。そこでわずかに見えていた小さな突起をいじる。
「んんあっ!」
 敏感な部分を刺激され、琴絵は声を上げた。
「お、お兄ちゃん……?」
「そのままだと、つらいから、少しでもそれを和らげてみるから」
「う、うん……」
 圭太は、少しずつその突起を攻めていく。
「あんっ、いやっ、お兄ちゃんっ」
 包皮を剥き、中の突起を軽く擦る。
「イヤっ、イヤっ」
 すると、琴絵の中から破瓜の血とは別のものがあふれてくる。
 それを続ける度にそれはあふれ出て、その頃には琴絵には苦痛の色も薄くなっていた。
「ね、ねえ、お兄ちゃん、私、もうダメだよぉ……」
 立て続けの快感で、琴絵はへろへろだった。
 圭太はそのままで体を起こした。
「んっ」
 繋がったままなので、琴絵も少し声を上げた。
 体勢を入れ替え、琴絵を下にする。
「お、にい、ちゃん……」
 圭太は、琴絵にキスをした。
 それからゆっくりと腰を動かした。
「あんっ、んんっ、お兄ちゃんっ」
 敏感な部分を刺激された余韻もあって、琴絵はあまり痛がらず、甘い吐息を漏らした。
「んんっ、お兄ちゃんと、私っ、あんっ、セックスしてるっ」
 血の繋がった兄妹。
 今圭太がモノを突き立てているのは、実の妹。
 そんな背徳感にさいなまれながらも、圭太は本能に従い腰を動かした。
「お、おにいちゃんっ、私、イっちゃうよぉっ」
 そして、ふたりとも限界に近づいた。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんっ」
「んっ、くっ……」
「ああああっ!」
 圭太は、寸前でモノを引き抜き、その白濁液を琴絵の真っ白な腹部に放った。
「はあ、はあ、はあ……」
「ん、はぁ、はぁ、はぁ……」
「おにいちゃん……ごめん、ね……」
「……もうなにも言わなくていいから……」
「うん……」
 琴絵は、圭太の胸で泣いた。
 抱かれて、夢がかなって嬉しいはずなのに……
 
「母さん。話があるんだけど」
 朝食兼昼食を食べ、落ち着いた頃。
 圭太は、琴美に声をかけた。
「あら、なにかしら?」
 琴美は、何気ない風を装い、聞き返した。
「ごめん……母さんの信用、裏切った……」
 圭太は、真っ直ぐに頭を下げた。
「……そう」
 琴美は一言呟き、押し黙った。
 ふたりの間に、イヤな沈黙が訪れる。
「琴絵は?」
「今は、部屋にいるよ」
「そう。じゃあ、一緒に行きましょう」
 琴美は圭太を伴い、琴絵の部屋へ向かった。
 やはりその間、会話はなかった。
「琴絵、入るわよ」
 ノックをし、中に入る。
「どうしたの、お母さん? それに、お兄ちゃんも」
 琴絵は、そう言って小首を傾げた。
「琴絵、そこに座りなさい」
「あっ、はい」
 いつもと雰囲気の違う琴美に、琴絵は素直に従った。
「圭太、あなたも」
 圭太は、琴絵の隣に座った。
「琴絵。あなたに訊きたいことがあるの」
「訊きたいこと?」
「あなた、圭太とセックスしたわね」
「っ!」
 さすがのことに、琴絵は言葉を失った。
 隣の圭太を見るが、圭太は無表情なまま少し俯いていた。
「どうなの?」
 琴美は、少し鋭い口調でもう一度訊ねた。
「……うん、したよ。でもっ──」
「言い訳はいいの。私は、事実が知りたいだけだから」
 琴絵は、二の句が継げなかった。
「それがどういうことか、十四歳のあなたなら、当然わかるわよね?」
「うん……」
「どうしてそんなことをしたの?」
「お兄ちゃんが好きだから」
「好きなら、誰とでもセックスするの?」
「違うっ! お兄ちゃんだったからしたのっ」
「あなたは、圭太の妹なのよ? 血の繋がった、正真正銘の妹。私が自分のお腹を痛めて産んだんだから、間違いないわ」
「……じゃあ、どうして兄妹でセックスしちゃいけないの?」
「兄妹でセックスして子供ができたら、その子供に異常があることが多いからよ。近親相姦という言葉は知っているでしょう? お互いの血が近いと、そうなる可能性が高いから、日本では三親等内の結婚は認められてないの。その結婚には、当然セックスも含まれる」
 琴美は、現在の常識をさらっと説明した。
「それでもなお、そういうわからず屋なこと、言う?」
「だけど、私はお兄ちゃんが──」
「圭太」
「なに?」
「あなた、琴絵を一生守っていける?」
「それはもちろん」
「お母さん……?」
「ふう……」
 琴美は、大きく息を吐いた。
「私は、母親失格ね。自分の息子と娘の関係を認めてしまうのだから」
「いい、の……?」
「よくないわよ。でも、もうしてしまったことを今更言ってもどうにもならないわ。だから、認めてあげるわ。ただし、それには条件があるわ」
「条件……?」
「まず、柚紀さんには絶対に迷惑をかけないこと。これと関連して、圭太が柚紀さんと今の関係以上になったら、すっぱりあきらめること。あと、セックスの時は、必ずコンドームを使うこと。子供ができたらシャレにもならないから。あと、お父さんにふたりで謝ること。いいわね?」
「はい」
「うん」
 圭太と琴絵は、小さくだがしっかりと頷いた。
「まったく、どうしてこんなことになったのかしら……育て方、間違えたのかしらね」
 そう言って琴美は、本当に疲れたようにため息をついた。
「お母さん」
「うん?」
「ごめんなさい」
「謝るくらいなら、最初からしないの」
「うん……」
「琴絵」
「……なぁに?」
「早くお兄ちゃん離れしなさいね」
「はい……」
 新年は、波乱ではじまった。
 
 二
 一富士二鷹三茄子。
 それは、初夢に出てくると縁起がいいとされているものである。
 普通なら一月二日の朝は、初夢のことでいろいろ考えるのだが、圭太はそれどころではなかった。
「……最悪だ……」
 圭太は、額に手を当て、呟いた。
 圭太の初夢は、ある意味では男の夢だった。
 圭太のまわりには見目麗しき女性ばかり。そう、それだけなら単なるハーレムの夢だったのだが。
 その女性たちが問題だった。
 柚紀、琴絵、鈴奈、ともみ、祥子、紗絵、朱美。
 これまで圭太が抱いてきた女性だったのだ。
 それが柚紀だけなら特に問題はなかったのだろうが、それだけの『ラインナップ』では問題ばかりだった。
 しかも、その夢は圭太がその女性陣を片っ端からやってしまうところで終わっていた。
 だからこそ圭太はそんなことを呟いたのだ。
 さらに言うなら、そういう夢を見たせいで、モノが痛いくらいに大きくなっていたのだが。
「僕は……」
 圭太は、モノが収まるまで横になっていた。
 
 つい二日前とは明らかに違う雰囲気が、高城家を覆っていた。
 圭太と琴絵は、まだ微妙な感じを引きずっていたが、琴美はすでに割り切っていた。そこはやはり人生経験豊富な女性、というところだろう。
 そんな中、お昼前に柚紀がやって来た。
「あけましておめでとう、圭太」
 そう言った柚紀は、着物を着ていた。
 橙色が基調の艶やかな振り袖だった。
「えへっ、どうかな、この着物?」
 柚紀は嬉しそうに笑い、くるっとまわった。
「うん、すごくよく似合ってる。一瞬、別人かと思ったくらいだよ」
「あはは、それは言い過ぎ。でも、圭太にそう言ってもらえると、わざわざ着てきたかいがあったかな」
 それからふたりは初詣へ出かけた。
 正月二日も天気はよかった。ただ、元旦より気温が低く、長時間外にいると体の芯から冷えてしまいそうなくらいだった。
「そうそう、年賀状届いたよ」
「うちも来てるよ」
「年末はなかなか時間がとれなくて、間に合うかどうかわからなかったんだけどね」
 圭太のもとへは、実にいろいろな人から年賀状が届いていた。しかも、男女比で言うと圧倒的に女子が多かった。
 その中で、柚紀のだけは別にしまっていた。
 神社は、前日よりは空いていた。それでも短いながら、参拝客の列ができていた。
「圭太は昨日もここへ来たの?」
「うん。この辺だとここしかないからね」
「そっか」
 がらがらと鈴が鳴る。
「今日は、なにをお願いするの?」
「柚紀とのことだよ」
「ホント?」
「うん、本当だよ」
「よかった。私だけ圭太とのことをお願いして、圭太がしてくれなかったら、かなう確率も半減しちゃうからね」
 そうこうしているうちに、順番が来た。
 ふたりは揃って願いごとをかける。
 あまりにも熱心にかけたものだから、後ろの列が延びてしまったくらいである。
 それからおみくじを引く。
「う〜ん、中吉だ。昨日は大吉だったんだけどなぁ。あっ、でも、恋愛運はいい感じ」
「僕は、小吉だ。昨日が末吉だから、あまり変わらないね」
「いいのいいの。圭太の運気は、私が上昇させてあげるから。目指せあげまん」
 と、柚紀は妙にテンションが高かった。
「ねえ、私とのことって、具体的にはどんなことをお願いしたの?」
 帰り道。柚紀はやはりその中身が気になるようである。
「柚紀が僕のことを嫌いになりませんように。柚紀が僕のことをもっと好きになってくれますように。柚紀といつまでも一緒にいられますように。柚紀と僕が、ふたりで幸せになれますように」
 圭太は、少し照れながらそう言った。
「私が圭太のことを嫌いになるなんて、そんなの兆にひとつもないのに」
「でも、一応ね」
「私はね、圭太が私のことをもっともっと愛してくれますように。圭太ともっといちゃいちゃさせてください。圭太ともっとエッチがしたいです。圭太ともっともっと一緒にいられますように。圭太と一緒に住みたいです。圭太の子供がほしいです。あと、早く圭太と一緒になりたいです」
 柚紀も、少し照れながらそう言った。
「一生懸命お願いしたから、いくつかはかなうよね?」
「きっと大丈夫だよ。僕も、それがかなうように努力するから」
「うん、ありがと、圭太」
 柚紀は、屈託のない笑顔を圭太に見せた。
 その笑顔を見て、圭太はますます自分の不甲斐なさを嘆いていた。
 
 ふたりが家に戻ると、お客が待っていた。
「あけましておめでとう、圭太」
「あけましておめでとう、圭くん」
「あけましておめでとうございます、圭太先輩」
 ともみ、祥子、紗絵の三人である。そのうち、祥子は柚紀と同じように着物姿である。
「いつ頃来たんですか?」
「私はついさっき」
「私はともみ先輩の少し前」
「私が最初でした」
 圭太と柚紀は、リビングの適当なところに座った。
「ともみ先輩と紗絵は、受験勉強はさすがに休みですか?」
「まあね。私は明日いっぱいはなんにもしないつもり」
「私もです。せめて正月三が日くらいゆっくりしたいですから」
 受験生のともみと紗絵は、口々にそう言う。
「センター試験て、いつでしたっけ?」
「十六、十七」
「じゃあ、あと二週間ですね」
「そうよ。だから、もう追い込みよ。ホント、毎日毎日マークシート対策で頭がパンク寸前よ」
「た、大変そうですね」
 柚紀は、少し引きつった笑みを浮かべた。
「なに言ってるのよ。祥子は来年受験、圭太と柚紀だって二年後には受験なんだから。明日は我が身よ」
 現役受験生の言葉は、妙に説得力があった。
「って、受験の話はやめやめ。もっと別の話をしましょ」
「お話の前に、甘酒作ったから、飲んでちょうだい」
 そこへ、琴美が人数分の甘酒を持ってきた。
 湯飲みからは温かな湯気が立ち上っている。
「熱いから、気をつけてね」
「はい、いただきます」
 それぞれ、一口口をつける。
「ん、美味しい」
「ホント、こういう寒い日には甘酒が一番ね」
「ともみ先輩。その言い方、まるでアルコールが入った時みたいですよ」
「いいのいいの。細かいことは気にしない気にしない」
 リビングに笑い声が響いた。
 それからとりとめのない話で盛り上がり、途中からは琴絵もその輪に加わっていた。
 話題は、その場の全員の共通項にたどり着いた。
「ともみ先輩は、大学へ行っても吹奏楽を続けるんですよね?」
「まあ、一応そのつもりだけど。ただ、どこの大学に入れるかによって、身の振り方も変えようかとは思ってる」
「そうなんですか?」
「別に音楽家目指してるわけじゃないからね。これから先は、趣味としてやっていければいいと思ってるから」
「市民楽団なんてどうですか?」
「それも選択肢のひとつにはあるんだけどね。ただ、それも善し悪しだから。それのせいで大学へ通えなくなると、本末転倒だし」
「確かにそうですね」
「ま、とにかくどうするかは、私がどこの大学に入れるか次第よ」
 そう言ってともみは苦笑した。
「紗絵ちゃんは、一高志望で、もちろん吹奏楽部希望よね?」
「はい。それしか考えていませんから」
「おおっ、これはすごい。圭太並のすごさね」
「……どういう意味ですか、それ?」
「さあ、どういう意味かしら」
「紗絵ちゃんが入ってくれれば、うちの部はますます強くなるわね」
「祥子。本音を言いなさい。本当は、紗絵が入れば圭太の次の部長をやらせることができる、って思ってるでしょ?」
「ふふっ、さあ、それはどうでしょうかね。ただ、そうなればいいな、とは思ってますけどね」
「まったく……でも、紗絵が一高に入って吹奏楽部に入り、部長になれば、四期連続三中出身者が部長なのよね」
「ええ、そうですね」
「そして、琴絵ちゃん」
「は、はい」
「あなたも一高に入って吹奏楽部に入り、同じ道を歩めば、五期連続。とんでもない確率よ」
「琴絵ちゃんは、一高志望なの?」
「はい、今のところは一高です」
「ということは、もう五期連続は決まったようなものね。三中の覇権は、あと三年は大丈夫ね」
 ともみは、まるで時代劇の悪代官のような笑みを浮かべた。
 その時、電話が鳴った。
 電話に出たのは琴美。
「圭太、電話よ」
「誰から?」
「出ればわかるわ」
 そう言って受話器を渡した。
「もしもし?」
『あ、もしもし、圭くん?』
「鈴奈さん」
『うん、あけましておめでとう』
「あけましておめでとうございます」
『今年もよろしくね』
「こちらこそ」
 電話の相手は鈴奈だった。
 圭太は、後頭部に五対の鋭い視線を受けながら、電話に集中した。
「実家の方はどうですか?」
『うん、おかげさまでのんびりできてるよ。でも、私がこっちに来てから急に雪が降っちゃって、足がないとどこにも行けなくて大変』
「そんなに降ったんですか?」
『もともと私が来る二、三日前に少し積もって、それから急にだから。今のところ、だいたい四十センチくらいかな』
「こっちでそれだけ降ったら、記録的な大雪ですね」
『ふふっ、そうだね』
 鈴奈は、のんびりできているおかげか、とても明るかった。
『ねえ、圭くん』
「なんですか?」
『私ね、初詣で、圭くんのことお願いしたから』
「僕のこと、ですか?」
『うん。正確には、圭くんと私とのことだけどね。ただ、それも柚紀ちゃんに迷惑がかからない程度のことだから、それほどたいしたことじゃないけどね。だけど、それが全部かなったら、私は嬉しいかな』
「かなうと、いいですね」
『圭くんも一緒にね』
「はい」
『ふふっ、やっぱり圭くんは優しいね。だから、大好きなんだよ』
「僕もです」
『んもう、すぐそうやって嬉しいこと言うんだから。今年はもう少し抑えないと、私、抑えられなくなっちゃうからね』
「できるだけがんばってみます」
『うんうん、素直でよろしい』
 それから少し話をして、電話は切れた。
 しかし、圭太は後ろを振り返りたくなかった。そこにあるのは間違いなく五つの般若面か能面だから。
 だが、振り返らないわけにはいかなかった。
 と、その時。再び電話が鳴った。
 圭太はこれ幸いにと、電話に出た。
「はい、高城です」
『あっ、もしもし、圭兄?』
 圭太は、一瞬本気で電話を切ろうと思った。
『圭兄? どうしたの?』
「あ、ううん、どうもしないよ。それより、あけましておめでとう」
『うん、あけましておめでとう、圭兄。今年もよろしくね』
 電話の相手──朱美は、そう言って電話口で笑った。
『そうそう、圭兄からの年賀状、ちゃんと届いたよ。琴絵ちゃんのもね』
「うちにも届いてるよ」
『ホントは、もうちょっといろいろ書きたかったんだけど、それじゃあ年賀状じゃなくなると思って、あれくらいにしたんだ』
「そうか」
 圭太は、引き続き五対の視線を感じながら、しかし、それを努めて無視した。
『あっ、そうそう、圭兄』
「うん?」
『明日って、どこか行くとか、誰か来るとか、そういうのある?』
「いや、特にないけど」
『お母さんがね、明日そっちに行こうかって言うから』
「じゃあ、母さんに確認とってみるよ」
『うん、お願い』
 圭太は通話口を押さえながら琴美に訊いた。
「母さん。明日、淑美叔母さんたちが来たいって言ってるんだけど、どうかな?」
「別にいいわよ。どうせお店は五日からだし」
「じゃあ、いいって伝えるよ?」
「ええ」
 圭太は、再び電話に戻った。
「もしもし?」
『どうだった?』
「いいって」
『ホント? やったっ。圭兄に会えるっ』
「そ、そんなにはしゃがなくても……」
『だって、淋しかったんだもん』
「は、はは……」
『じゃあ、明日のお昼前にはそっちに行くと思うから』
「わかった」
『琴美伯母さんと琴絵ちゃんにもよろしく言っておいてね』
「もちろん」
『圭兄』
「うん?」
『大好き』
「僕もだよ」
『あはっ、うん。ばいばい、圭兄』
 そして、電話は切れた。
「さてと、私は少し部屋でやることがあるから」
 そう言って琴美はさっさとその場を退散した。
「んふふ〜、圭太」
「な、なにかな?」
「今の電話、誰からでなんの用だったのか、きっちり説明してほしいなぁ」
 柚紀は、顔は笑っているが、目は笑っていなかった。
 それは、基本的にはほかの四人も一緒だった。
「え、えっと、それは……」
「ん〜、話せないようなことなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、いいでしょ?」
 結局、柚紀には勝てなかった。
「最初のは、アルバイトの鈴奈さんだよ。新年の挨拶。それと、向こうのこととか、そんな世間話。次のは、従妹の朱美だよ。こっちも新年の挨拶と、それと、明日叔母さんたちがここへ来るって話」
「……うん、とりあえずそれにウソはないみたいね」
 圭太の顔をじっと見て、柚紀はそう言った。
「まあ、今日はお正月ってことで、それ以上の追求はしないであげる」
 圭太は、思わずほっと胸をなで下ろした。
「でも、その代わり、今日は私たちが飽きるまでつきあってもらうからね」
「おっ、柚紀もいいこと言うじゃない」
「うん、ナイスアイデア」
「いい考えですね」
「うんうん、いい考え」
「ちょ、ちょっと、柚紀、さすがにそれは……」
「ダ〜メ。ちゃんと、つきあいなさい」
「はい……」
 結局圭太は、夕食時まで解放されることはなかった。
 
「ねえ、圭太」
「うん?」
 柚紀以外は皆、すでに帰り、圭太の部屋でふたりきりだった。
「エッチ、したいな」
 そう言って柚紀は圭太にしなだれかかった。
「でも、いいの? 着物が」
「あ、うん、大丈夫。私、自分で着付けできるから」
「そうなの? すごいね」
「私もお姉ちゃんも、中学に上がった時にお母さんから徹底的に仕込まれたからね。最初はイヤだったけど、今はそれを感謝してるよ」
 今時着物の着付けができる人など、そう多くない。特に柚紀くらいの年なら、天然記念物的に少ないだろう。
「だから、しよ」
 柚紀は、自分からキスをした。
 圭太は、柚紀の肩を抱き、自分からもキスをする。
「ん、ちょっと待ってね」
 柚紀は、帯を解き、するすると着物を脱いでいく。
 その仕草がとても色っぽく、圭太でなければそのまま襲っていたかもしれない。
 襦袢まで脱ぐと、下着姿になる。
「お待たせ」
「お待たせって、なんか変だね」
「そうかな? まあ、いいじゃない、そんなの」
「それもそうだね」
 圭太は柚紀を抱きしめ、そのままベッドに押し倒す。
 優しく胸を揉みしだき、ブラジャーも外す。
 硬く凝った突起を口に含む。
「あん、圭太、赤ん坊みたい」
 圭太は、突起を舌で転がし、たまにちゅうと吸う。
「んんっ、あんっ」
 それから下腹部に手を伸ばす。
「んっ、いきなりなんて……あうっ」
 圭太は、いきなりショーツの間に手を滑り込ませ、直接秘所に触れた。
 柚紀の秘所は、すでに濡れており、指を動かすのなんの支障もなかった。
「やん、ダメっ、感じすぎちゃうっ」
 指を動かす度にちゅくちゅくと淫靡な音が響く。
「ん、はあ、圭太ぁ、ほしいよぉ」
「うん」
 圭太も服を脱ぎ、屹立したモノを柚紀の秘所にあてがう。
「ねえ、圭太」
「うん?」
「今日は、めちゃくちゃになるくらい、してほしい」
「わかったよ」
 そして、圭太は一気にモノを突き入れた。
「あんっ」
 圭太は、柚紀の頼みに応えるように、いつもより速く強く激しく腰を打ち付けた。
「いいっ、いいのっ、すごくっ、いいっ」
 柚紀もそれにあわせて、いつもより激しく乱れていく。
「あんっ、圭太っ、もっとっ、もっとっ私を突いてっ」
「んっ、柚紀っ」
 激しく動く度に、ベッドがぎしぎしときしむ。
「ねえっ、圭太っ、わたしっ、すごく幸せだよっ」
「僕もだよっ」
「だからっ、一緒にっ、気持ちよくなろっ」
 そして、圭太のモノが一瞬大きくなり──
「んっ、あああっ!」
「柚紀っ!」
 圭太は、柚紀の腹部に白濁液を飛ばした。
「ん、はあ、はあ、圭太、すごく気持ちよかったよ……」
「はぁ、はぁ、うん……」
 幸せそうに微笑む柚紀に、圭太は優しくキスをした。
 
「こういうの、姫はじめって言うんだよね」
「あ、うん、そうだね」
「去年のお正月に、今のこの状況を予想、できた?」
「ううん、全然。だって、彼女を作ろうとすら思ってなかったから」
「私は、ここまでのことは予想してなかったけど、素敵な彼氏ができていればいいな、って思ってた」
 そう言って柚紀は圭太に寄り添った。
「そして、今、私の隣には、これ以上ないくらい素敵な彼氏がいてくれる。だから、私は幸せなの」
「僕もそうだよ。僕にはもったいないくらい、素敵な彼女がいてくれる。だから、幸せな気持ちでいられる」
「ふふっ」
「ははっ」
 どちらからともなく笑いあう。
「……柚紀」
「ん、なぁに?」
「少し、聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな?」
「いいけど、なに?」
 柚紀は、小首を傾げた。
「この前、ともみ先輩に言われたんだ」
「ともみ先輩に? なにを?」
「柚紀は、僕のこと、僕のしてること、気づいてるって」
「……あ、そのことか」
 ふっと、柚紀の表情がかげった。
「言い訳はしたくないから、全部、話すよ」
「うん……」
 そして、圭太は柚紀にこれまでのことを包み隠さず話した。
 柚紀は、なにも言わず、ただじっとそれを聞いていた。
 ただ、圭太にも柚紀にも、自暴自棄のような、そんな表情はなかった。
「はあ、私もある程度は予想してたんだけど、まさかそこまでとはね」
 そう言って柚紀はため息をついた。
「ねえ、圭太」
「うん?」
「圭太にとって、私ってどんな存在?」
「かけがえのない、大事な存在だよ」
「誰よりも?」
「もちろん」
「一番好き?」
「うん」
「一番、愛してくれる?」
「うん」
「じゃあ、許してあげる」
「……いいの?」
「いいも悪いも、しょうがないじゃない、許してあげないと。私は、そんな圭太を好きになったんだから。そういう部分を見抜けなかった私も悪いの。だから、許してあげる」
 柚紀は、淡々とした表情でそう言う。
「圭太のことだから、その人たちに自分から迫ったことはないと思うから、それが唯一の救いかな。あと、やっぱり圭太のことだから、これからもその人たちのこと、気にかけていくんでしょ?」
「それが、僕の責任だと思うから」
「んもう、そんなにはっきり言わなくてもいいのに」
「ごめん……」
「そのことはもういいよ。だけどね、圭太」
「なに?」
「私と一緒にいる時は、絶対に私だけを見ていてね。じゃないと、圭太を殺して私も死ぬから」
「大丈夫、それは絶対に大丈夫」
「あと、必要以上にその人たちを抱かなくてもいいんだからね。圭太の彼女は、あくまでも私なんだから」
「うん、わかってる」
「なら、この話はもう終わり」
「うん……」
 圭太は、柚紀をギュッと抱きしめた。
「……私には、圭太しかいないんだからね……」
「……うん」
「……それに、前に言ったよね。私、ウサギなんだから、淋しくなると、死んじゃうんだから」
「……うん」
「……離さないでね、圭太」
「うん、絶対に離さない」
 ふたりは、キスを交わし、しばしの眠りに落ちていった。
 その表情は、とても幸せそうだった。
 
 三
 正月三が日という言葉がある。これは、元旦から三日間のことを言い、この間はいわゆる正月休みとなる。ただ、そういう言葉も昔のものとなり、最近では元旦から営業している店も多く、初売りも以前ほど派手ではなくなっていた。
 そんな一月三日。
 高城家では朝から吉沢家の面々を迎える準備をしていた。
 琴美と琴絵が料理を作り、圭太は飲み物などを揃える。このあたりの連携はさすがのものだった。
 十一時をまわった頃、吉沢家の面々がやってきた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 とりあえずは新年の挨拶を交わす。
 吉沢家は、家長である吉沢亮一、その妻である淑美、長女の朱美、長男の陽平という四人家族である。
 亮一は大手食品メーカーで研究開発を行っている。
 朱美の弟の陽平は、現在小学校五年生である。
「圭太くん、琴絵ちゃん。お年玉だ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、亮一叔父さん」
「まあ、亮一さん。わざわざすみません」
「いえ、いいんですよ」
「それじゃあ、こっちもあげないといけないわね。はい、朱美、陽平」
「ありがとう、伯母さん」
「ありがとうございます」
 とまあ、子供たちにとっては結構重要なお年玉である。
 それからテーブルを囲んで、食事をしつつ歓談する。
「それにしても、少し見ない間に圭太くんもずいぶんと男らしくなったな」
「そうですか? 自分ではそうは思ってないんですけど」
「いやいやいや、なかなかのものだよ。それに、年々祐太さんに似てくる」
「そうね。そのうち、わからなくなるかも」
 淑美と亮一は、揃ってそんなことを言う。
「姉さんもそう思うでしょ?」
「まだまだよ」
「ずいぶん厳しいわね。もう少し自分のカワイイ息子を褒めてあげればいいのに」
「いいのよ、今はまだ。それに、あの人と圭太とじゃ、その性格に差があるもの」
「それは、確かに。お義兄さんの方がもっと砕けた感じだったものね」
「真面目さとか優しさとかはそれほど変わらないと思いますけどね」
 淑美と亮一は、基本的には圭太を褒めたいらしい。
「ねえ、お姉ちゃん。圭兄ちゃんて、そんなに圭兄ちゃんのお父さんに似てるの?」
「う〜ん、私もあんまりよく覚えてないけど、なんとなく似てたかな」
「そうなの、琴絵姉ちゃん?」
「そうだね。お兄ちゃんは、お父さんによく似てるよ。お母さんに言わせればまだまだみたいだけど」
「そうなんだ」
 陽平は、やはり圭太のことに興味があるらしい。
「そういえば、朱美はどうなの?」
「ふぇ?」
「受験勉強よ。年末だってしっかりやってたんでしょ?」
「まあ、やってたといえば、やってたわね。ねえ、朱美?」
「う、うん」
 朱美は、どこか恥ずかしそうに頷く。
「朱美の原動力は、ただひたすらに圭太くんと一緒の高校に行きたいってことだけだからね。朱美ったら、部屋にね──」
「お、お母さんっ。それは絶対ダメっ!」
「あら、いいじゃない、別に」
「だ、だって……」
「どうしたの?」
「部屋にね、目標を貼ってるのよ」
「ああ、よくあるやつね。『東大合格』とか」
「それで、その目標が一高合格なのは、まあ、いいのよ」
「うん」
「で、その下に書いてあるのが面白いのよ」
 朱美は、すでにあきらめている様子で、半分ふてくされ、ジュースを飲んでいる。
「圭兄と一緒に一高へ」
「ううぅ〜……」
「いいじゃない、それで。どういう理由ででも合格できれば。ねえ、亮一さん」
「そうですね。一高は県内トップの学校ですから、そこに入ってくれれば親としてもひと安心できますよ」
「淑美も、朱美で遊ぶのもほどほどにしないと、そのうち嫌われるわよ」
「姉さん、人聞きの悪いこと言わないで。私はね、カワイイ娘のことを思って言ってるんだから」
「どうだかね……」
「朱美、なにか言った?」
「ううん、別に」
「まあまあ、淑美も朱美もそのくらいにして。せっかくのお正月休みなんだから」
 そう言って琴美は、淑美のコップにビールを注ぐ。
「まあ、今日は姉さんに免じてこのくらいにしてあげるわ」
「んもう、お母さんのいぢわる」
 
「ねえ、圭兄ちゃん」
「うん?」
 大人たちがすっかりできあがり、圭太たちはいったんその場を離れていた。朱美は琴絵と一緒に、陽平は圭太のところにいた。
「圭兄ちゃんは、お姉ちゃんのこと、好きなの?」
「好きだよ。それに、陽平のことだって好きだよ」
「そういう好きってことじゃなくて、もうちょっと違う意味で好きなの?」
「そうだなぁ、そういう意味でも好きだな」
「そっか。じゃあ、お姉ちゃんと一緒だね。お姉ちゃんも圭兄ちゃんのこと、好きだって言ってたし」
 陽平は、自分の姉のことを、自分のことのように喜ぶ。
 この姉弟もなかなかに仲が良い。
「陽平も、僕や琴絵のこと、好きだろ?」
「うん」
「それとは少し違うのはわかってるけど、相手のことは嫌ってるより、好いてる方がいいしね」
「うん、そうだね」
 
「はあ……」
「どうしたの、朱美ちゃん?」
 こちらは琴絵と朱美。
 朱美は、琴絵のクッションを抱きしめ、ため息をついていた。
「圭兄に知られちゃって、ちょっとショックなの」
「ああ、目標のこと」
「うん。そりゃ、わかるように貼ってた私も悪いけど、それをわざわざ言うお母さんはもっと悪いよ」
 朱美は、本当にショックだったようで、何度もため息をついている。
「朱美ちゃんは、お兄ちゃんのこと、好きなんだよね?」
「うん、好きだよ」
「それって、従兄としてだけじゃないよね?」
「うん」
 琴絵の問いかけに、朱美はなんの躊躇いもなく答える。
「じゃあ、それは絶対にかなわない想いだってことも、わかってるんだよね?」
「うん。圭兄には、彼女がいるからね」
「そっか……」
「でも、それは琴絵ちゃんも同じでしょ?」
「私が?」
「うん。だって、圭兄のこと、『お兄ちゃん』以上に見てるでしょ? 琴絵ちゃんが圭兄を見る目、妹の目じゃないから。完全にひとりの女の子の目、だからね」
「…………」
 ズバリなことを言われ、琴絵は押し黙った。
 朱美もそれを言い当てられたのは、さすがというべきだろう。同じ人を好きになって、同じ人をどんな目で見ているか、それもわかってしまう。同じ想いだからこそである。
「ねえ、朱美ちゃん」
「なぁに?」
「朱美ちゃんは、お兄ちゃんにその、抱かれたいとか、思ったりする?」
「思うよ。だって、私はホントに圭兄のことが好きだもん」
「そっか……」
 すでにふたりとも圭太に抱かれているのだが、そこまではお互いにわからないようである。
「……朱美ちゃん」
「……琴絵ちゃん」
 ふたりの声が重なった。
「えっと、朱美ちゃんからでいいよ」
「ううん、琴絵ちゃんからでいいよ」
「…………」
「…………」
 ふたりとも、黙ってしまう。
「じゃあ、私から言うね」
 そう言ったのは、年上の朱美だった。
「琴絵ちゃん、私ね、圭兄と、セックスしたの」
「えっ……?」
「私から迫ったんだから、誤解しないでね。でも、もう『妹』でいるのがイヤになったの。圭兄は確かに私に優しいけど、それはあくまでも『妹』としてだから。私は、ひとりの女の子として見てもらいたかったから。だから、後悔はしてない」
「そっか、朱美ちゃんもなんだ……」
「朱美ちゃん、も?」
 今度は、朱美があっけにとられる番だった。
「じゃ、じゃあ、琴絵ちゃん、ひょっとして、圭兄と、しちゃったの?」
「うん……」
「実の兄妹なのに?」
「うん……」
「あ、あはは、私の想いも結構すごいって思ってたけど、琴絵ちゃんにはかなわないね。そこまで圭兄のこと、想ってたんだ」
「でも、そのせいでお兄ちゃんに迷惑かけちゃったから」
「そうなの?」
「うん。それでもお兄ちゃんは優しいから、なにも言わなかったけど」
「圭兄なら、そうだろうね」
 朱美も、琴絵の言葉に頷いた。
「ねえ、朱美ちゃん。私、このままでいいのかな? 自分の想いにウソつくのはイヤだけど、でも、そのせいでお兄ちゃんに迷惑をかけるのはもっとイヤだから」
「琴絵ちゃんは、どう思ってるの?」
「私は……ずっとお兄ちゃんと一緒にいたいだけなの」
「じゃあ、そうすればいいんだよ。難しいことなんてなにもないよ」
「お兄ちゃんには彼女がいても?」
「うん。だって、結果的に男女の関係になったって、琴絵ちゃんが圭兄の妹だっていうのは一生変わらないんだから」
「そう、だね……」
「だから、圭兄に琴絵ちゃんのすべてをぶつければいいんだよ。それをどう受け止めるかは、圭兄次第だから」
「うん……」
 朱美に励まされ、琴絵も多少は吹っ切れたようだ。
 元の笑顔、とはいかないが、だいぶ今までの笑顔が見られるようになった。
「ねえ、琴絵ちゃん」
「なぁに?」
「私が一高に合格できたら、一緒に圭兄にお願いしようよ」
「お願い? なにを?」
「えっとね……」
 朱美は、琴絵の耳元でお願いの中身を説明する。
「え、ええーっ!」
 と、琴絵が驚きの声を上げた。
「で、でも、朱美ちゃん、それは……」
「私は別にいいけどね。琴絵ちゃんがやらないなら、私だけでするから」
「あうっ、それは……」
「どうする?」
「う、うん、わかったよ。私も一緒にやる」
「じゃあ、約束だよ。って、その前に私が合格しなくちゃいけないね」
 そう言って朱美は笑った。
「よし、琴絵ちゃん」
「ん?」
「圭兄のとこ、行こ」
「えっ、あ、うんっ」
 
「ん〜、圭兄〜」
「お兄ちゃ〜ん」
「はあ……」
 琴絵と朱美は、陽平を追い出し、ふたり揃って圭太に甘えていた。
「ねえ、圭兄。圭兄は、私のこと、好き?」
「好きだよ」
「私は?」
「もちろん好きだよ」
「じゃあ、どっちがより好き?」
 ふたりは、興味津々な眼差しを圭太に向ける。
「どっちも同じくらい好きだよ」
「ん〜、それは都合のいい答えだよぉ」
「うん、そうだね」
「だけど、それ以上、言いようがないし」
「やっぱり、お兄ちゃんの一番は、柚紀さんなんだね」
 ふたりは、少しだけがっかりしたようだ。
 それでもすぐに立ち直るのも、ふたりのいいところである。
「圭兄の一番にはなれないかもしれないけど、私は、ずっと圭兄のこと、好きだからね」
「私だって、お兄ちゃんのこと、ずっとずっと大好きだからね」
「ありがとう、ふたりとも」
 圭太はそう言ってふたりの頭を撫でた。
 琴絵も朱美も、圭太に頭を撫でられ、本当に嬉しそうだった。
 
 夕食をともにし、そろそろ帰ろうという頃。
 朱美は、圭太とふたりだけで話をしていた。
「圭兄。ちょっとだけ、いいかな?」
「うん」
 そう言って朱美は、圭太に抱きついた。
「……今日ね、琴絵ちゃんといろいろ話したの」
「琴絵と?」
「うん。それでね、私が圭兄に抱いてもらったことも、話したの」
「そっか……」
「琴絵ちゃんは、私にとっては従妹というよりは、本当の姉妹とか親友に近いからね。隠し事はしたくなかったんだ。だけど、圭兄」
「ん?」
「琴絵ちゃんも、抱いたんだね」
「ん、まあ、結果的には」
「圭兄って、意外に見境ないのかな?」
 朱美は、冗談めかしてそんなことを言う。
「それでも、私は圭兄のことが好きだから。だから、勉強だってがんばれるんだから」
 圭太はなにも言わず、朱美を抱きしめた。
「圭兄、待っててね。私、圭兄と一緒に一高に行くから」
「待ってるよ」
「絶対合格して、圭兄に約束守ってもらうんだから」
「あ、あはは……」
「でも、そのための力、ちょうだい……」
 ふたりは、キスを交わした。
「圭兄、大好き……」
 
 四
 正月三が日も過ぎ、仕事はじめとなる。官公庁や大多数の会社はこの日から仕事がはじまる。
 今年は暦の関係で休みはきっちりしていた。
 そんな一月四日。
 仕事がはじまったといっても、日本中にはまだまだお正月気分が満ちていた。それは、テレビのスペシャル番組の多さでもわかるし、ちらほらと届く年賀状でもわかる。
 それでも少しずつ生活が戻りはじめ、街の中も次第にいつもに戻っていく。
 高城家でもそれは同じだった。『桜亭』は五日から営業を開始する。そのために必要な食材などを注文し、届けてもらう。
 店舗の方も軽く掃除をして再開に備える。
 あとは、アルバイトの鈴奈が実家から帰ってくれば準備万端である。
 
 圭太も琴絵も部活は五日からで、その日は残っていた冬休みの宿題をしていた。夏休みほどの量はないが、それでもてきぱきとやらないと終わらない。
 もちろんこの兄妹に限ってそのようなことはあり得ないが、それでも冬休みが終わる直前までかかっていた。
 冬休みは五日まで。学校は六日からはじまる。
 部活がはじまれば、圭太はアンサンブルコンテストに向けて追い込みに入る。本番は、センター試験と同じ日である。つまり、もう二週間ないわけである。およそ十日でどこまで仕上がるか。それはメンバーのやる気にかかっていた。
 とはいえ、それは部活がはじまってからのことである。とりあえずは目の前の宿題に全力を傾けていた。
 昼食の時。
「圭太。私と琴絵、午後から買い物に行ってくるから、留守番お願いね」
 琴美にそう言われ、圭太は留守番が決定した。
 ふたりが買い物に出かけ、圭太はひとりで宿題をやっていた。
 そんな時、来客を知らせるチャイムが鳴った。
 圭太は勉強道具をそのままに、すぐに玄関へ。
 するとそこには──
 
「はい、鈴奈さん」
「ありがと、圭くん」
 来客は、実家から帰ってきたばかりの鈴奈だった。一度部屋に戻り、おみやげを携えて訪ねてきたというわけである。
「そっか、琴美さんも琴絵ちゃんも買い物行っちゃったんだ」
「でも、夕方までには帰ってきますよ。買い物は駅前だって言ってましたから」
「じゃあ、それまでゆっくりさせてもらおうかな」
「そうしてください」
 リビングに、なんとも言えないゆったりとした空気が流れる。
 圭太も鈴奈もお互いを意識しながら、できるだけそれを表に出さないようにしている。
 たまに話を交わし、お茶を飲む。
 そんな関係が以前のふたりの関係だった。
 しかし、今はそれだけではない。ふたりは、雇い主の息子とアルバイトの関係から、男女の関係になっているのだから。
「圭くん」
「なんですか?」
「ちょっとだけ、私のために時間、いいかな?」
「……いいですよ」
 鈴奈の表情で、圭太はなにを求められているか理解した。
 ふたりは、寄り添うように圭太の部屋へ。
「圭くんっ」
 部屋に入るのと同時に、鈴奈は圭太に抱きついた。
「すごく、淋しかった。圭くんに会えないのがこんなに淋しかったこと、今までなかったのに」
 圭太は、しっかりと鈴奈を抱きしめる。
「圭くんに、いっぱい愛してほしい」
「鈴奈さん……」
「ん……」
 キスを交わし、ベッドに倒れ込む。
 圭太は、鈴奈の髪を優しく撫でる。
「ん、圭くんに髪を撫でられると、すごく幸せな気持ちになるの……」
 鈴奈は、気持ちよさそうにそう言う。
 それから鈴奈の服を脱がせる。
 岩手から帰ってきたせいか、いつもより少しだけ厚着だった。
「……ねえ、圭くん」
「なんですか?」
「私、太ってないよね?」
「いえ、そんなことないですけど、どうかしたんですか?」
「ん、お正月にちょっと食べ過ぎちゃったかなって」
「大丈夫ですよ。鈴奈さんは、いつもの鈴奈さんです」
 そう言って優しく胸を揉みしだく。
「あん、ん、気持ちいい……」
 鈴奈は、敏感に反応する。
 圭太は少し力を込め、胸を揉み続ける。
「んっ、ね、ねえ、圭くん。圭くんは、私の胸、好き?」
「えっ、あ、はい」
「じゃあ、圭くん。ちょっと横になってくれるかな?」
 圭太は言われるまま横になる。
「そのまま動かないでね」
 鈴奈はそう言って圭太の下半身の方へ移動する。そこで圭太のズボンに手を伸ばし、ズボンもトランクスも脱がせてしまう。
「鈴奈さん、なにを……?」
 鈴奈は圭太の問いかけには応えず、まだ萎縮している圭太のモノに手を添えた。
「んっ……」
 それを少ししごき、大きくする。
 圭太のモノは、それだけですっかり大きくなった。びくんびくんと脈打っている。
「圭くん……気持ちよくなってね……」
 そう言って鈴奈は、圭太のモノを自分の胸で挟んだ。
 そしてそのまま体を上下させる。
 それは、いわゆるパイズリだった。
「んっ、んっ」
 鈴奈は上手に胸をあわせ、圭太のモノを快感へと導く。
 途中からはその先端を舌を使って舐めていた。
「ね、ねえ、気持ちいい?」
「は、はい、気持ちいいです」
「よかった……」
 圭太が感じてくれているのが嬉しいのか、鈴奈は嬉しそうに微笑んだ。
 次第にその動きも速くなり、同時に鈴奈も感じていた。もともと胸は性感帯である。そこに刺激が加えられ続ければ、感じるのは当然である。
「んっ、はっ、んっ」
 それでも今は自分よりも圭太に感じてもらいたい。その一心だった。
「出したくなったら、ん、遠慮しないでね」
 圭太の先端からは、透明な液がさっきからずっとあふれていた。
 その液のおかげで滑りがよくなり、圭太はさらに快感を得ていた。
「鈴奈、さん、もう……」
「うん、いいよ」
 そして、圭太は白濁液を飛ばした。
「きゃっ」
 あまりにも勢いよく出たもので、鈴奈の顔にも少し飛んだ。
「ん、圭くん、気持ちよかった?」
「はい……」
 鈴奈は、自分についた精液をすくい、ぺろっと舐めた。
 その様は、あまりにも淫靡で妖艶で、それだけで圭太のモノは反応してしまった。
「今度は、鈴奈さんに気持ちよくなってもらいたいです」
「うん、気持ちよくして……」
 一度キスをし、鈴奈を押し倒した。
 すぐに下半身に手を伸ばす。デニムのパンツを脱がせる。
 すると、ショーツにはすでにシミができていた。
 それだけ鈴奈が感じていたことになる。
 圭太はそれを確認すると、すぐにショーツも脱がせる。
 そのまま秘所に顔を近づけ、舌で舐めた。
「ひゃんっ」
 ぴちゃぴちゃと音を立て、執拗に攻める。
「んんっ、圭くんっ、気持ちいいよぉっ」
 もともと濡れていたために、すぐにそこは圭太を受け入れるのに支障はなくなった。
「鈴奈さん、いきますよ?」
「うん、きて……」
 圭太は、ゆっくりとモノを鈴奈の中に挿れた。
「はあん、圭くん……」
 圭太はあえてゆっくりと動いた。
「んっ、圭くん、もっと、動いてよぉ」
 しかし、それは鈴奈にとっては生殺しに近いものだった。すぐにねだってくる。
「もう少し、鈴奈さんの中を、感じていたいんです。だから、もう少しだけこのままで」
 そう言って圭太は、ゆっくり動くのをやめなかった。
「あん、いやいやいや、圭くんのいぢわる……」
 感じたいのに感じられない。そんなもどかしさが鈴奈の言動を幼くさせる。
「圭くんが動いてくれないなら、私が動くから」
 そう言って鈴奈は、自分から腰を動かした。
「はんっ、んっ」
 それでも鈴奈が下になっている分、動ける範囲も決まっており、なかなか望む快感は得られない。
「ううぅ〜、圭く〜ん、お願いだから、動いてよぉ」
 さすがにそれ以上焦らすのは可哀想だと思い、圭太は鈴奈の言う通りに動いた。
「ああっ、んんっ、圭くんっ、もっとっ、もっとほしいのっ」
 一気に押し寄せてくる快感に身を任せ、さらにどん欲に快感を得ようとする。
 圭太は、できるだけ速く強く腰を動かす。
「あんっ、圭くんっ、いいっ、いいのっ」
 じゅぷじゅぷと音がするくらい動き、鈴奈にも限界が迫る。
「んんっ、あんっ、あっ、あっ、あっ」
 鈴奈は圭太にしがみつき、離さない。
「圭くんっ、圭くんっ、圭くんっ」
 そして──
「くっ」
「んあああっ!」
 圭太は、鈴奈の中で二度目を放った。
「ん、まだ、出てるね……」
 鈴奈の中は、圭太のモノを締め付け、最後の一滴まで搾り取ろうとする。
「圭くん……」
「鈴奈さん……」
 そのままキスを交わし、ふたりは微笑んだ。
 
「今日の圭くん、すっごくいぢわるだった……」
「すみません。鈴奈さんがあまりにも可愛かったもので」
 圭太は、冗談とも本気ともつかない言い方でそう言う。
「年上の女性に向かってカワイイはないでしょう」
「ははっ、でも、本当にそう思ったんですよ」
「んもう……」
 頬を膨らませながらも、鈴奈もまんざらではなさそうである。
「圭くん」
「なんですか?」
「私ね、学校の先生になろうかと思うの」
「決めたんですね」
「うん。向こうに戻って、両親や向こうの友人とかと話して、別に相談したわけじゃないけど、そうしようって決めたの」
「いろいろ考えたんですね」
「自分のことだからね。それでね、四年生の教育実習、地元枠でやろうかと思って」
「じゃあ、ひょっとしたら一高に来るかもしれませんね」
「うん。もしそうなったら、よろしくね」
「はい」
「あっ、でも、生徒としては圭くんに当たらない方がいいのかな?」
「どうしてですか?」
「だって、圭くん厳しいから」
 鈴奈は、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「まあ、僕を受け持つかどうかは別として、鈴奈さん。僕もできるだけ応援しますから、がんばってくださいね」
「うん、ありがと、圭くん。圭くんに応援してもらったら、百人力だよ」
 嬉しそうに微笑む鈴奈を、圭太も優しい眼差しで見つめていた。
 
 琴美と琴絵が買い物から帰り、鈴奈も本来の目的を果たした。もっとも、今となってはどちらが本来の目的だったのかはわからないが。
「鈴奈ちゃん、向こうはどうだった?」
「田舎ですから、そんなに変わってませんでした。ただ、大きなスーパーができてました」
「雪は?」
「私が向こうに行ってから急に積もりました。見計らってたんでしょうかね」
 そう言って鈴奈は笑う。
「スキーとかもできるのよね?」
「ええ、近くにスキー場がありますから」
「鈴奈さんは、スキーできるの?」
「うん、できるよ。うちの方だと、冬には体育でスキーがあるから」
「そうなんだ。楽しそう」
「でも、琴絵はできないんじゃない?」
「どうして?」
「だって、琴絵は運動神経鈍いし」
「うぐっ……」
 琴美の言葉に、琴絵はなにも言い返せない。
 もともと体の弱かった琴絵は、外ではしゃぎまわるような時期にそれをしていなかった。従って、根本的な運動神経があまりよくなかった。
「大丈夫ですよ。スキーも自転車と同じで、一度覚えればずっと滑れますから」
「だそうよ、琴絵」
「いいもん。そのうち私もスキーするから。その時に上手に滑って、お母さんを見返すんだから」
「はいはい、今から楽しみにしてるわね」
 ムキになる琴絵を、さらっとかわす琴美。
「ふえぇ〜ん、お兄ちゃ〜ん」
 琴絵は泣きそうな顔で圭太に泣きついた。
「お母さんがいぢわるするの〜」
「は、はは……」
 圭太は苦笑しつつ、琴絵の頭を撫でてやる。
「もう、圭太も琴絵を甘やかさないの」
「もう、お母さんは黙ってて」
「まあ、この子は……」
 琴美ももう苦笑するしかなかった。
 
「私も琴絵ちゃんくらい素直になれるといいんだけどね」
 鈴奈はそう言ってため息をついた。
 夕食までともにして、今は圭太が部屋まで送っている。
「でも、鈴奈さんが琴絵みたいになんでもかんでも言うと、いろいろあるんじゃないですか?」
「そうなのよね。年を取れば取るとほど、そういう変なしがらみが出てくるのよ。ホント、イヤになっちゃう」
「それでも、それをちゃんと自覚できているだけ、鈴奈さんはましですよ」
「そうかな?」
「はい」
 圭太にそう言われ、鈴奈も少し考えている。
「まあ、私としては、圭くんの前で素直でいられればいいんだけどね」
「僕の前でですか?」
「うん。抱いてほしいとか、甘えたいとか、そういうのをもう少し素直に言えればね」
「そ、そうですね……」
「ねえ、圭くん」
「は、はい」
「んもう、そんなに身構えないでよ。別に今ここで抱いてほしいなんて言わないから」
 鈴奈はちょっとだけむくれてそう言う。
「これからは、私とのつきあい方、圭くんが決めていいよ」
「どういう意味ですか?」
「ん、なんていうのかな、圭くんにはじめて抱いてもらってから今まで、だいたいは私がこうしてほしい、ああしてほしいって言ってたでしょ? それをこれからは圭くんに任せるから。私は、それに従うだけ」
「でも、鈴奈さんはそれでいいんですか?」
「うん。私もね、少しずつ『弟離れ』していかないと、将来苦労しそうだから」
「鈴奈さん……」
「もっとも、圭くんが哀れな『お姉さん』をずっと面倒見てくれるなら、それはそれでいいけどね」
 笑う鈴奈。
「ね、圭くん。これからは、そういうことでいいかな?」
「わかりました。でも、鈴奈さん」
「うん?」
「僕は、『不出来な弟』ですから、『お姉さん』に無理を言うかもしれませんよ」
「ふふっ、それはそれで望むところよ。『お姉さん』のすごさを見せてあげる」
「はい」
 圭太と鈴奈は笑いあい、そして、最後にキスをした。
「じゃあ、また明日ね、圭くん」
「はい、おやすみなさい、鈴奈さん」
「うん、おやすみ」
 
 五
 冬休みが終わり、学校がはじまった。
 一、二年にとってはいつもと変わらない授業開始なのだが、三年にとっては生やさしいものではない。
 一月六日が授業開始日。センター試験一日目が一月十六日。つまり、十日後には本番を迎えるのである。
 人によってはあと十日もあると思うだろうが、ほとんどの受験生にとっては、あと十日しかないのである。
 そんなこともあり、三年の表情には余裕というものがなくなっていた。
 余裕の表情を見せているのは、すでに推薦で進学を決めている生徒や、スポーツなどで特待生の資格を得ている生徒である。ただ、そのような生徒は本当に一握りだけである。
 一、二年を担当している教師も、口々に三年を刺激しないように言う。さらに、二年には来年はその立場にいることを忘れるなと言う。
 そんなピリピリした雰囲気が学校中に満ちていた。
 
 その日は朝から雨が降っていた。冷たい雨で、夜には雪に変わるかもしれないという予報だった。
 休み明け早々の雨に、生徒の間にはかなりだらけた雰囲気があった。
 そうしていられるのも、年明けからの三ヶ月間は、二月にテストがあるだけで、行事もなく張り合いが少ないからだ。
 とはいえ、それを一高の教師陣がすんなり許すはずもない。適宜抜き打ちテストが行われ、それが直接成績に響くと脅しをかける。
 そんな中、吹奏楽部では相変わらずきっちり練習が行われていた。
 アンサンブルコンテスト県大会に出る三つの組は、それに向けての練習に追われている。
 ほかの部員は、菜穂子による特別基礎メニューを与えられ、それの反復練習に追われていた。
 それもたまに菜穂子自身が抜き打ちで成果をチェックするので、本当に気が抜けない。ただ、それをしっかりこなせれば、確実にレベルアップするので、文句も出ない。
 それと平行して、第四十四回の定期演奏会の曲目を決める作業もはじまった。もちろんこの作業は慎重に行われる。基本的には一、二年が独断で決めるのだが、ある程度は次年度に入ってくる新入部員のことも考えねばならない。あまり難易度が高いと、経験者以外はまったくできない、ということもあり得る。それはさすがに問題で、そのあたりも含めて慎重に行われる。
 とりあえずは、部員全員に候補曲をあげてもらい、それを部員全員で選考するという形になる。
 その先頭に立っているのは、もちろん部長である祥子である。四十三回のコンサートも、ともみが率先して動き、自身もかなりの候補曲をあげていた。しかし、それが逆に祥子にはプレッシャーになっていた。ともみはやっていたのに祥子はできていない、そう思われてしまうのが怖いのだ。
「はあ……」
 祥子は、活動日誌を書きながらため息をついた。
「疲れてますね、先輩」
「ちょっとね」
 いつもなら圭太のその言葉にも、大丈夫だと応えるのだが、その余裕もないらしい。
 今、部室には圭太と祥子のふたりしかいない。
 雨降りということで、ほかの部員はさっさと帰っていた。さらに、柚紀は家の用事で部活も途中で帰っていた。
「ねえ、圭くん。圭くんは、候補曲って、選んでる?」
「少しですけど。でも、まだまだですね。いろいろ曲を聴いて、できそうなのを選ぶつもりです」
「そっか」
「先輩は、どうですか?」
「私もやってはいるんだけどね、どうもいろいろ考えすぎちゃって。それでなかなか選べていないの。ほら、過去何年間かにやった曲は除かないといけないでしょ? それもネックになってて」
 そう言ってまたため息をつく。
「じゃあ、先輩。僕と共同提出ということにしますか?」
「えっ、いいの?」
「ええ、どうせあくまでも候補曲ですから。それに、いい曲なら誰が候補にあげても同じですよ」
 圭太は、当たり前のことを当たり前のように言う。
 もっとも、祥子にしてもそれは十分わかっていたことだった。それでも部長という肩書きを持っているせいで、必要以上のことを考え、悩んでいた。
「先輩は、いろいろ考えすぎです。それに、部長といっても全部を抱え込む必要はないんですよ? 仁先輩や僕もいるんですから」
「わかってはいるんだけどね。ほら、ともみ先輩って本当になんでもできた人だったから、私もやらなくちゃいけないって思って」
「それはわかりますけど。やっぱり、もう少し肩の力を抜いて行きましょう」
「圭くんは、本当に人のことを思いやれる人だよね」
 祥子は、少し潤んだ瞳で圭太を見つめる。
「それが、私に対してだけじゃないから、だから余計に嬉しいんだよね」
「それは、買いかぶりすぎですよ。僕は、そんなにできた人間じゃないです。僕だって相手を選びますから」
「もしそれが本当だとしても、そう見せていないところが圭くんのすごいところ」
「……先輩。もうこの話、やめませんか? このままだとずっと平行線な気がします」
「ふふっ、そうだね」
 それからすぐに活動日誌を書き終える。
「圭くん」
「なんですか?」
「ちょっと、いいかな?」
 そう言って祥子は圭太に抱きついた。
「……私、ちょっとだけ疲れちゃった。ホントは、こんなことじゃダメなのにね」
「そんなことないですよ。それに、疲れたら休めばいいだけです」
「うん、そうだね……」
 圭太は、祥子を優しく抱きしめ、その髪を背中をやはり優しく撫でる。
「圭くん……抱いて、私を……」
 祥子の願いに応えるように、圭太はキスをした。
 音楽室に鍵をかけ、密室にする。
 圭太は祥子を椅子に座らせた。
「ん、圭くん……」
 キスをしながらブラウスのボタンを外す。全部は脱がせないが、胸をはだけさせる。
 つんと勃っている突起を舌で転がし、吸う。
「んんっ、あんっ」
 赤ん坊が母親のおっぱいを吸うように、圭太は祥子の胸を吸う。
「んっ、圭くんっ、気持ちいいのっ」
 頃合いを見て、今度は祥子に足を開かせる。
 その間に顔を近づける。
 祥子のショーツには、すでにシミができていた。
「感じてたんですね」
「だって、圭くんが気持ちいいことするから……」
 祥子は消え入りそうな声で答える。
「もっと、気持ちよくなってください」
 そう言って圭太はショーツを下ろした。完全に脱がせはせず、片足に残っている。
 圭太は祥子の秘所に、まずは指を挿れた。
「んっ……」
 すでに祥子の中は、それなりに濡れていた。
 指を出し入れすると、さらに濡れてくる。中から蜜があふれてくる。
 今度は指ではなく、舌で秘所を舐めた。
「や、やんっ、け、圭くん、そ、そんなところ、汚いよぉ」
 抗議する祥子を無視し、圭太は音を立てて舐めた。
「ふわっ、んっ、あんっ」
 あまりの快感に、祥子は自分で胸をいじっている。
「け、圭くん、私ももう……」
 それに応え、圭太はベルトを外し、ズボンとトランクスを下ろす。
「先輩、僕にしがみついてください」
「ん、こう、かな?」
 祥子は圭太の首に腕をまわした。
 圭太は祥子の秘所の位置を確かめ、そのまま一気にモノを挿れた。
「んあっ」
 同時に祥子を抱え上げる。
「あふっ、け、圭くんのが、奥まで届いてるよ……」
 自分の重さで圭太のモノがより深く入っていた。
 圭太は、ゆっくりとだが確実に動く。
「んんっ、あんっ、すごいっ」
 祥子も次第にその格好に慣れてきて、自分から動くようになる。
 そうすると圭太も動きやすくなる。
 それがよりいっそう祥子に快感をもたらした。
「圭くんっ、圭くんっ、圭くんっ」
 何度も圭太の名前を呼ぶ。
「あっ、あっ、あっ、も、もうっ」
 次第にふたりともに限界が近づいてくる。
「んあっ、圭くんっ、私っ、おかしくなっちゃうっ」
「先輩っ、祥子先輩っ」
「圭くんっ、圭くんっ」
 そして──
「ああっ、圭くんっ!」
「くっ!」
 祥子が絶頂を迎えるのとほぼ同時に、圭太は祥子の中に白濁液を放った。
「はあ、はあ、圭くんのが、まだ出てる……」
 圭太は、最後の一滴まで搾られ、ようやくモノを抜いた。
「ん……」
 ツーッと祥子の内股に白濁液が流れた。
「圭くん……」
「先輩……」
 キスを交わす。
「ん、圭くん……愛してる……」
 
 後始末をして、音楽室を閉め、家路に就いたのはそれからそれなりの時間が経ってからだった。時間がかかったのは、祥子の足腰が立たなかったからだ。
 そして、今はふたりでひとつの傘、つまり相合い傘をして歩いている。これは、祥子たってのお願いだった。
「そういえば、圭くん」
「なんですか?」
「エッチの時、私のこと『祥子』って呼んでくれなかった」
 そう言って祥子はぷうと頬を膨らませた。
「そ、それは……」
「ちゃんと、『祥子』って呼んでくれないと、私、泣いちゃうよ」
「そ、それはいくらなんでも──」
「泣いちゃうよ」
「は、はい、以後気をつけます」
 圭太は、力なく項垂れた。
「でも、圭くんのおかげで、私もがんばれそうな気がするよ」
「それはよかったです」
「うん」
 祥子は嬉しそうに微笑み、圭太の腕をギュッとつかんだ。
「……圭くん。もし、私が圭くんとの子供がほしいって言ったら、困る?」
「それは、困りますよ」
「圭くんに迷惑かけないって言っても?」
「はい」
 圭太は、きっぱりと言い切った。
「そうだよね、やっぱり。うん、ごめんね、圭くん、余計なこと言って」
 祥子は、笑顔でそう言った。
「私ね、本当に圭くんのこと好きだから、これからも時々変なこと言うかもしれない。だから、そういう時は遠慮しないで言ってね」
「……心配ないですよ。僕の好きな先輩なら、そういうことはたとえ口にしても、本当にそこまでのことはしませんから」
「その信用に、応えられればいいんだけどね」
「大丈夫です」
 圭太は、少し強い口調でそう言った。
「圭くん……」
「僕の知っている三ツ谷祥子という女性は、そんなに弱い女性じゃありません。今は、疲れてるせいでそんなことを言ってるだけです。そうですよね?」
「……うん、そうだね」
 少しだけ淋しそうな、悲しそうな顔をする。
「そんな顔しないでください。僕まで悲しくなります」
「圭くん……」
 祥子は圭太に抱きつき、泣いた。
 その涙が祥子のどんな想いを表していたのかは、わからない。
 ただ、圭太だけはその意味を理解していたかもしれない。
 圭太の表情を見ていると、そんな気がしてならない。
 
 雨は、まだまだやみそうになかった。
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