僕がいて、君がいて
 
序章「桜の季節の小さな出逢い」
 
 陽差しにも春を十二分に感じられる四月。
 桜咲き誇る校門へ続く道を、真新しい制服に身を包んだ新入生が歩いていく。その顔には一様に希望があった。これからはじまる新しい生活への希望なのか、新しい出逢いへの希望なのか、それは定かではないが。
『平成○○年度県立第一高等学校入学式』
 その名前が示すように、県内で最も伝統のある高校が、この第一高等学校である。伝統とともに進学校としても有名で、国公立大学への現役合格者は二十年間トップを維持している。
 もちろんスポーツや芸術の分野にも力を入れている。硬式野球部は県大会上位の常連、サッカー部はインターハイ出場経験もある。美術部には過去に高校生にして二科展入選を果たした者もいる。吹奏楽部は関東大会への出場は当然で、全国大会へも常に手が届く場所にいた。
 そんな名門高校に、高城圭太は入学した。
 
 門のところで一度立ち止まり、大きく息を吸い込む。そして──一歩──足を踏み出した。
「……よしっ」
 満足そうに頷く。
「ったく、なにやってんだよ」
 そんな圭太にすぐ横から声がかかった。
「今更そんなことしたって意味ないだろ?」
「いいんだよ。ほら、やっぱり今日からはじまるわけだし。第一歩、ってとこかな」
 圭太は笑顔でそう答えた。
 村崎明典は一瞬なにかを続けようとしたが、結局ため息を漏らしただけだった。
 校庭を横切り、昇降口から校舎内に入る。入学式ということもあり、在校生はほとんどいない。そのため、校舎内は微妙に静かだった。
 ふたりは一年の教室がある二階へ階段を上がった。
「何組だっけ?」
「僕は一組だけど、明典は?」
「俺は五組」
 ふたりは揃ってプレートを確認する。
 手前から一年八組、七組、六組……となっていた。
「んじゃ、またあとでな」
「うん」
 五組のところで明典と別れる。
 そのまま廊下を進み、一年一組のプレートを確認し、足を踏み入れた。
 と、一斉に視線が圭太に集まった。その視線には、明らかに好奇心の色が強かった。それはそうである。これから少なくとも一年間は一緒に生活する相手である。どんな奴が来たのか、とりあえず見た目から判断する必要がある。
 圭太はそんなことを頭の片隅で考えつつ、苦笑しながら黒板に目をやった。そこには色とりどりのチョークで『入学おめでとう』とデカデカと記してあった。
 その下に申し訳程度に簡単な諸注意が書いてあった。入学式まで教室で待機すること。座席は自由でよいこと。必要以上に騒がないこと。
 もう一度教室を見回し、空いている席に座った。
 そして、窓の外を見る。
 真っ青な空に、白い雲が浮かぶ。
 少し視線を落とすと、桜色の木々。
 春真っ直中な景色を見て、圭太は改めて実感した。
 今日から高校生になったのだ、と。
 
 無駄に長い入学式が終わった。
 新入生の顔には一様に疲労感が見て取れる。やはり、長話を立て続けに聞かされるのは苦痛である。とはいえ、それは生徒だけではない。父兄や教職員にとっても同じである。
 教室に戻ったところで早速最初のホームルームがはじまった。あまり長い時間をかけられないこともあり、簡単に済ませる先生が多い。だいたいは次の日の連絡事項を告げて解散。
 しかし、一年一組担任、中村優香は違った。
「では、パソコンのランダム機能を使って作ったこの座席表通りに座って」
 いきなりそう言い、黒板に模造紙を貼った。普通は座席は出席番号順で、身長差とか視力などを考慮する程度なのだが。この女性教師は妙に張り切っていた。
 突然のことに戸惑いを隠せない一同だが、とりあえずは言う通りに席に着いた。
「……ん〜、その場所でなにか問題のある人はいる?」
 教室を見回し、確認する。ふたりほど黒板が見にくいということで席の変更を申し出た。
「じゃあ、これから当分の間はその席でね」
 自分の仕事に満足したのか、やけに嬉しそうに頷く。
 圭太は窓際の後ろから二番目の席になった。縦の列はすべて男子。隣の列は女子。つまり、男女交互である。
 圭太は前後の生徒に簡単に声をかけた。それぞれ、正木信平と菅谷明夫と名乗った。
 そして、隣を見る。
「…………」
 そこには、街で擦れ違ったらほぼ間違いなく振り返ってしまうであろう、それくらい整った容姿の美少女がいた。
 圭太が見ていることに気付いたのか、その女生徒は小首を傾げた。
「あ、僕は高城圭太。これからしばらく、よろしく」
 先に声をかけたのは圭太だった。わずかに声が上擦っていたが、それでもましな方だろう。
「えっと、私は笹峰柚紀。よろしくね」
 彼女の声はとても透き通った、まるで鈴の音のようだった。
 その時、圭太は言葉で表現できないなにかを感じた。それがなんなのか、今の圭太にはわからなかった。
 明るい笑顔を向ける柚紀。
 不思議な感覚に戸惑う圭太。
 
 その日、ふたりは出逢った。
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