スマイル&キス
 
「あ、あの、これ、読んでください」
 そう言って後輩の女の子は、一通の手紙を渡してきた。今時古風な方法だと思うが、まあ、それは別にいい。
「お返事は、すぐじゃなくていいので。そ、それでは失礼します」
 こっちの話など最初から聞く気はないらしい。やることだけやって、さっさと行ってしまった。
 手元に残った手紙を見つめ、ため息をついた。
 さて、どうやって断ったものか。
 手紙でいったいなにがわかるというのだろうか。ここに書かれていることが真実であっても、それを真実であると見極めるのは、難しい。綺麗な言葉などを書き連ねても、想いなど伝わるはずもないのだ。
 まして、初対面の相手の想いなど。
 それをちゃんとわかっているのだろうか。
 こうやって手紙を出すこと自体に満足感を得ているのではないだろうか。
 ついついそんなことを思ってしまう俺は、やはりひねくれ者だろうか。
 もっとも、たとえそれが知り合いでも今の俺には受けるつもりはない。
 女の子に興味がないわけではない。これでも健康な一男子である。性欲だってある。
 だが、それとこれとは少々違う部分がある。
 それが悪いと、あいつは言うのだが。
「まったく……」
 なんでここであいつのことを思い出すのか。本当に、俺はどうかしてる。
 
 俺の名前は、渡辺修一。高校三年で一応受験生ということになっている。部活には入っていないが、スポーツの類は一通りなんでもこなせる。成績は、まあ、良くもなく悪くもなく、という程度。自分で言うのもなんだが、人より優れているところは、背が高いことと多少は見られる容姿だということだけだと思う。
 性格は、ん〜、ひねくれてるな。そういうわけだから、なぜか見てくれだけで俺のことを好きになる奴が多い。ま、つきあってみればそれが幻想だったとわかるだろうが。
 とはいえ、俺はこれまで特定の誰かとつきあったことなど一度たりともない。
 そこに特に理由があるわけでもない。
 強いて言えば、俺とあう奴がいなかった、ということになるか。
 いや、それもウソだな。
 小学校の頃からずっと一緒にいるのが、ひとりだけいる。
 そして、そいつは俺のことを憎からず思っている。
 いやいや、いくら俺が鈍くても、そいつの俺への見方くらい理解している。
 そう、そいつは俺のことが好きなのだ。
 もちろん、それを直接聞いたことはない。
 そんなこと聞いたら俺たちの関係は崩れてしまいかねない。
 俺もそいつも、それが怖いから無意識のうちに避けているのだ。
「修一」
 そんな俺にあわないことを考えていたら、そいつがやってきた。
「ねえ、なにしてるの?」
 古森美咲が、そいつの名前だ。
 美咲は、なんの悪意もない顔で俺の顔をのぞき込む。長い髪がさらりと流れる。
 俺は、この髪が本当に綺麗で、さわり心地がいいのを知っている。
 そして、なんで今でも髪を伸ばしているのかも知っている。
「いや、別になにも。俺はな、おまえみたいに暇じゃないんだ」
「なによぉ、なにもしてないと言いながら、暇じゃないなんて。それってすっごく矛盾してるじゃない」
 むくれて反論する。いや、今のは俺が明らかに言葉の選択を間違えたわけで、美咲が正しいのだが。どうも、こいつには特にひねくれたことしか言えない。
「ああもう、わかったから。耳元でその高音ボイスでわめくな」
「ふ〜ん、そ〜ゆ〜こと言うわけ? あっそ、それならそれでいいんだけどね」
 美咲は、そう言って不意に俺から離れた。
 わずかに髪からシャンプーの匂いか、それが鼻孔をくすぐった。
「さて、修一くん。これがなにかわかるかな?」
 美咲の手には一冊のノート。
「もちろん、わかるわよね?」
「……数学のノート、だな」
「で、毎回毎回毎回毎回これのお世話になってる人は、どこの誰だったかしらね」
 そう、こいつはとにかく頭がいい。
 入学した頃は俺もそれなりの順位にいたのだが、勉強を放棄してからはかなり劣悪な場所に移っていた。従って、授業も真面目に聞いていない。
 だからこそ、美咲のノートはテストを乗り切るための必須アイテムだった。これを失っていたら俺は、今頃一年とか二年をもう一回繰り返していたかもしれない。
「で、なにか言うことは?」
「へいへい、私が悪うございました」
「なによ、その態度」
「……全面的に私が悪かったです。どうぞ許してください。お願いします」
「まったく、ホントに世話と手間がかかるんだから」
 そう言いながら、美咲の顔には笑みが浮かんでいる。
 こいつの趣味のひとつに、「修一の世話」という項目をつけてもいいと俺は思っている。それくらいこいつは世話焼きなのだ。しかも、俺限定。
「ね、修一。ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」
 と、いきなり話の方向が変わった。
「相談?」
「うん。こんなこと、修一くらいにしか聞けないから」
「で、相談てなんなんだ?」
 俺は、わざとぶっきらぼうに言った。
「あ、うん。実はね、こんなものをもらったの」
 美咲はそう言って俺に一通の封筒を見せた。それは、ついさっき俺がもらったものと同じもの、つまり──
「ラブレター、か」
「うん」
 話は実に簡単だった。呼び出され、それを読んでくれと手渡された。
 相手は後輩くん。
 なんのことはない、俺と本当に同じだ。
「で、なんで俺にそれを聞くんだ?」
「なんでって……それは」
 意地悪な質問だと思う。
 俺は、美咲の想いを理解していながらそんなことを訊いたのだから。
 美咲は、俺に嫉妬してほしくて、俺に動揺してほしくて、俺に心配してほしくて話したのだから。
 だが、俺はそれを素直に受け入れられなかった。
 もちろん、それを受け入れてしまえという部分もある。そうすれば俺たちは晴れて両想いになれる。
 しかし、本当にそれでいいのかという想いもある。
 美咲の俺への想いは半端じゃない。こんなうだつの上がらない俺にずっとつきあっているのだから。世の中には俺以上の男などごまんといる。
 なのに、バカなことを言いつつ、やりつつもずっと一緒にいる。それは美咲の想いのなせる業だ。
 俺には本当にそれに応えるだけの甲斐性はあるのか。ここで安易に応えてしまって、後々その想いに押しつぶされはしないか。
 そんな似合わないことばかり考えてしまう。
 どこぞのガキじゃあるまいし、今更ドキドキモジモジするのもなんだと思うが、自分の気持ちにウソはつけない。
「……あ、うん、修一ならなにか妙案を言ってくれるかな、と思ったんだけど。やっぱり迷惑だよね」
 美咲は、今にも泣き出しそうな顔でそう言った。
 胸の奥が、ズキリと痛んだ。
「やっぱ今の全部忘れて。うん、これは私の問題だし」
「美咲……」
「じゃあ、またあとでね」
 少しだけ淋しそうに美咲は教室を出て行った。
 俺は、動くことも呼び止めることもできなかった。
 本当に、情けない腑抜け野郎だ。
 
 俺はなんとなくなにもする気が起きず、まっすぐ帰ることにした。
 本来なら受験生なのだから勉強をしなければならないのだろうが、今はそんな気分ではない。
 駐輪場から自転車を出し、家路に就く。学校から家までは自転車でだいたい十五分くらい。途中に国道や商店街も通る、結構バリエーション豊かな通学路だと思う。街中はまだ日中ということもあり、行き交う人も主婦や学生なんかが多い。家があるあたりは完全に住宅街で、特に面白味はない。これまで三年間通ってきて近道も熟知している。ただ、今日はそこを通る気はしなかった。ごくごく一般的な通学路を通り、家の近くまでやってきた。そこには少し立派な公園があり、休日には親子連れなんかが大勢やってくる。俺だってガキの頃はよく来ていた。
 なんとなく素通りできず、俺は公園に入った。
 大きな落葉樹の下、芝生に横になる。
 枝と枝、葉と葉の間から陽の光が漏れてくる。目を閉じると、なにもかもがなかったことにできそうな気がした。
 一度時計を確認し、まだ十分時間があることも確認した。
 だから、俺は少しだけ眠りに落ちた。
 
 どのくらい寝ていたかは、時計を見るまではわからなかった。ただ、空の色が青ではなく茜色になっているところからすると、それなりの時間が経っていることがわかった。
 と、俺の脇に人の気配を感じた。まだ惚けている頭を回転させつつ、気配の元を探る。
 するとそこには、美咲がいた。
 まだ俺が起きたことに気づいていない。手元の本に目を落とし、その表情からはなにを考えているのかは読み取れない。
 手が芝生をつかんだ音で、美咲が気づいた。
「あ、起きたんだ」
 そう言って目を細め、微笑む。その仕草がなんとも言えず、俺は視線をそらした。
「なんでおまえがここにいるんだ?」
「ほら、天気も良かったし公園で本でも読もうと思ったら、ここで修一が寝ていたというわけ」
 確かに、美咲はここでよく本を読んでいる。俺も何度か見かけたことがある。
「修一は?」
 一瞬、なんのことを言われたのかわからなかった。
「ん、ああ、時間もあったからここで横になってたら、そのまま寝たんだな」
 普通を装い、俺は答えた。
「ふ〜ん、そっか」
 美咲は本に栞を挟み、閉じた。
「ねえ、修一。ちょっとだけ、私の話を聞いてくれる?」
「話?」
「うん。まあ、話と言うよりは、ひとりごとかもしれないけど」
 そう言って少し、目を伏せた。
「修一はさ、どう思ってるかわからないけど、私ね、ずっとひとつの想いを持ち続けてきたの」
 美咲の声が、俺の耳に心地よく届いた。
 そう、俺は昔からずっとこの声を聞いてきた。それはいつだって俺の側にあった。それが当たり前で、いつの間にかそれがない生活など考えられなくなっていた。
 ああ、そうだ。
 俺は、この目の前にいる、古森美咲が好きなのだ。
 いや、そんなことはもうずっと前に自覚していた。だからこそどんなにカワイイ子に告白されてもそれを受けてこなかったのだ。俺が、少なくとも今のところ唯一受ける告白は、この美咲からのものだけなのだから。
「……いくら修一が鈍くても、気づいてるよね。私が修一のこと、好きなこと」
 たぶん、今日この場所でそれを言われることは、俺たちが出会ったあの時から決まっていたのだと思う。
 いや、そうじゃないとしても、そんな風に思ってしまってもいいと思う。
 いやいやいや、そんなことはどうでもいい。
 俺は、この目の前にいる誰よりもけなげで誰よりも可愛くて誰よりも俺のことを想ってくれているひとりの女の子、いや、女に明確な返事をしなくてはならない。
 それが、今の俺に与えられた、唯一無二の行動だから。それ以外の選択肢など、溶鉱炉にでも捨ててしまえばいい。
「いつからかな、修一のこと好きになったの。きっかけは、うん、いろいろあるんだ。だから、気がついたらいつの間にか好きになってた。なんだかんだ言いながらも側にいられるのが嬉しかった。修一が私を側にいさせてくれるのが嬉しかった。それだから、私、ちょっとだけ期待したの。修一も私のこと、好きなのかもって」
 ああ、そうだ。
 俺はバカなんだ。
 どうしようもないくらい、バカなんだ。
 関係が壊れる?
 誰がそんなこと言ったんだ?
 無意識のうちに避けていた?
 意識して避けていたんだ、この俺が。
「美咲」
 俺が美咲のことをちゃんと『美咲』と言う回数は、あまり多くない。それは俺の小さなプライド、いや、そんなものプライドでもなんでもない。そんなもの、キラウェア火山の火口にでも捨ててしまえばいい。
 俺は、言わなくてはならない。
 俺は、応えなくちゃいけない。
「どうしたの?」
「美咲。俺は、おまえのことが──っ!」
 しかし、俺はそれを最後まで言えなかった。
 いや、正確には言わせてもらえなかった。
 美咲の指が、俺の唇を押さえていたから。
「いいよ、今じゃなくて。今は、その気持ちだけで十分。それに、今それを聞いちゃうときっと自分を抑えられなくなっちゃうから。だから、それはまた今度。ね?」
「すまん……」
「ううん、修一が悪いわけじゃないから」
 美咲はそう言ってけなげに微笑んだ。
 だからかもしれない、俺がそんな行動に出たのは。
「しゅう、いち……?」
 俺は、なにも言わずに美咲を抱きしめていた。
 壊れ物を扱うようにとはいかなかったが、それでも、俺の中ではだいぶましな方だと思う。
「……ありがと、修一。大好き、だよ……」
 耳元の美咲の声が、とても心地よかった。
 
 俺と美咲。
 その関係は、限りなく望んでいた関係に近かった。
 だから、その一歩は見た目は大きいが、感じ的には小さなものだった。
 あの公園での一件以来、俺たちの関係は確実に進んだ。相変わらずバカなことばかりしているが、なんとなくそれ自体を楽しめる雰囲気にあった。
 俺は美咲を心から愛しいと思い、美咲も俺のことを同様に見てくれている。もちろん、俺はあのあとの言葉をまだ言っていないからそういう関係ではない。だが、今はそれでいいのかもしれない。
 その先の言葉を言う時は、もう少し場所や雰囲気を考えて言うべきだろうから。そう、それこそ一世一代の大勝負でも打つつもりじゃないと美咲の想いには応えられない。
「ん〜、修一。ちょっとそれ取ってくれる?」
「これか?」
「うん、それ」
 俺は、手元にあった本を美咲に渡した。
 ここは美咲の部屋。
 今日は日曜で俺たちはここで勉強なんぞをしている。これでも一応受験生なので。
 日曜に美咲に会うのはあれ以前にはほとんどなかった。だから私服姿の美咲は、どこか新鮮だった。今日は少し短めのプリーツスカートにブラウスという感じだった。
 もっとも、美咲はなにを着ても似合う。これは俺だけの意見ではないはずだ。
「ん、どうしたの、じっと見て」
「いや、改めて思ってたんだよ」
「なにを?」
「美咲は、綺麗だなって」
「なっ、なにバカなこと言ってるのよっ。い、いきなりそんなこと言われたら私……」
 照れる美咲がまたなんともカワイイ。
 だから思う。
 美咲を俺だけのものにしてしまいたい、と。
「なあ、美咲」
「な、なに?」
「好きだ」
「えっ……?」
「好きだ。だから、ずっと側にいてくれ。俺だけの美咲でいてくれ」
「しゅ、修一……」
 きっと、それは反則なんだと思う。
 ラブレターをもらったり告白されたことは何度もあるが、誰かとつきあったことはない。
 だから、憶測でしかないが、たぶんそう思う。
「ずるい……修一、ずるいよ。今そんな大事なこと言うなんて。私、全然心の準備ができてなかったのに」
「悪い。だけど、それこそもう我慢の限界だった」
「もう、ホント、しょうがないなぁ」
 美咲は泣き笑いを浮かべ、俺の側に、隣に動いてきた。
「ね、もう一度言って」
「好きだ」
「うん、私も」
 
 ファーストキスは、とても穏やかで優しくて暖かで、そして、気持ちのいいものだった。
 
 なんとなく微妙な雰囲気だった。
 俺も美咲もその先の行為へ進んでもいいみたいな感じはあった。
 だけど、それはまだ半分くらいの想い。残り半分が満たされるまで、それはとっておきたい。その方が俺にとっても美咲にとってもきっといいと思うから。
 今日は、恋人同士になれたことだけで十分。
「修一」
「ん?」
「これから、もっともっといろんなこと、一緒にしようね」
「ああ」
「ずっと、ずっとずっと一緒にいようね」
「ああ」
 今は、それでいい。
 ここからはじまるのだから。
 
「修一、おはよ」
 ゆさゆさと肩を揺らされ、俺は目を覚ました。脳はまだ半覚醒で、現状をきちんと把握できていない。
 まず、ここがどこかを確認する。
 ふむ、この天井は見覚えがある。俺の部屋だ。
 次に、今は朝なのかどうか。
 ふむ、確かに窓から差し込む陽の光は、朝のものだった。
 そして、今俺を起こしたのが誰なのか。
 ふむ、それはもう決まっている。
 朝から俺の部屋に来る、もしくはいる奴などひとりしかいない。
「おはよ、修一。今日も良い天気だよ」
 そう言って美咲は、俺にキスをした。
 それでようやく俺の脳が覚醒した。
「ああ、おはよう、美咲」
 美咲は、なぜか俺のワイシャツを羽織っている。
 いや、なぜか、ではないな。こいつは、俺の部屋に泊まった次の朝は必ずこうしているのだから。詳しい理由は教えてくれないが、どうもそうやっていると落ち着くらしい。
 よくわからんが。
 というか、俺としては裸の上にワイシャツだけというのは、いろんな意味で問題だと常々思っている。まあ、そこで問題を起こしても、今の俺たちには問題にはならないのだが。
 あのファーストキスの日からすでにそれなりの時間が流れていた。
 俺たちは程なくしてその先のことまでやった。お互いはじめてだったから、それはもういろいろ大変だった。
 ま、今となっては笑い話にできるけど。
 で、俺たちはお互いの両親につきあっていることを告げた。そうしたところ、なぜか俺の親も美咲の親もやけに喜んで、今では両家から公認を受けてつきあっている。
 だからこうして美咲も簡単に外泊できるのだ。
 まあ、良く言えば放任主義、悪く言えばバカ親、というところだろうか。
 なにはともあれ、俺たちの関係は順調だった。
 もちろん喧嘩は日常茶飯事で、最近は『夫婦喧嘩』などと言われることも多くなった。もっとも、それを言った野郎どもは片っ端からぶん殴ってやったけど。
 別に俺たちの関係は秘密ではない。だから、それ自体はどうということはない。
 だが、それを変な風に言ってほしくないだけだ。俺は、普通に過ごしたいだけなのだから。
「ねえ、修一」
「ん?」
「このワイシャツ、もらっちゃダメ?」
「いや、ダメかと聞かれれば別にダメとは言わんが」
「ホント? あはっ、ありがと」
 そう言って美咲は俺に抱きついてきた。
 ワイシャツ越しとはいえ、その魅力的な肢体の感触は十分伝わってくる。そうすると、そんな気分になってくる。
「あん、どこ触ってるのよ」
「おまえがそうやって抱きついてくるからだろうが」
「もう、ホントにエッチなんだから」
「いいんだよ、俺は」
「ま、そんな修一も嫌いじゃないけどね」
 そう言ってキスをする。
 あとは、まあ、そのままの流れということで。
 
 俺たちは今、同じ大学へ進学するために勉強をしている。もっとも、美咲はそこへは推薦でも入れるのだが、俺は相当がんばらないと入れない。従って、どちらかといえば、俺のための勉強になっている。
 だが、俺も美咲もそれが楽しかった。共通の目的のために、揃ってなにかをする。それがこれほど楽しいとは。
 何年後になるかわからないが、俺たちは結婚するだろう。少なくとも俺はその相手に美咲以外を選ぶ気はない。美咲も、たぶんそうだと思う。
 あの日から新たなステップがはじまったのと同じように、その時からまた新しいステップがはじまるのだろう。
 今は、その日が来るのを夢見て。
 少しでも後悔しないように。
 がんばっていこうと思う。
 美咲とふたりで。
「美咲」
「ん、なに?」
 その先の言葉は……
 
 あの日、君に出会えたことを、感謝しよう。
 世界中の誰でもなく、君に出会えたことを、感謝しよう。
 いろいろあったけど、今、俺は幸せだから。
 君という、最愛の人とともにいられることが幸せだから。
 これから先、死ぬまで、いや、死んでも一緒にいたいと思う。
 だから、ありがとう。
 俺を、好きでいてくれて。
 俺と、出会ってくれて。
 
「そういえば、修一」
「ん?」
「なんかね、生理、遅れてるの」
「へ……?」
「だから、もしそういうことなら、責任、取ってね?」
「…………」
 
 ま、そういうこともあるかもしれないけど。
 
「なんてウソ。大丈夫だよ。私だって気にしてるから。それに、そういうことはちゃんと合意の上でね」
 
 笑顔の君に。
 愛を誓おう。
 
「永遠に誓う愛、か……」
「えっ……?」
「いや、なんでもない」
 
 俺は、そう言って誤魔化した。
 美咲は、ちょっと不服そうだったが、それでもすぐに機嫌を直してくれた。そして、俺の大好きな笑顔を見せてくれた。
 
「修一」
「ん?」
「だ〜いすき♪」
 
                                   FIN
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