道しるべ
 
「えっと……」
 私は、臨時の掲示板に張り出されているクラス分け表に目を向けた。掲示板の前には私と同じように自分の名前を探す生徒が多数。
「……ん〜……あっ、あった」
 二年三組。それがこれから一年間過ごす予定のクラスだった。
 とりあえずざっとほかの名前も見てみる。うん、それなりに知ってる人もいるし、いいかな。
 それを確認すると、私はさっそく教室へと向かった。
 
 三隅沙由美という名前を聞いて真っ先に思い浮かぶことは、それほど印象に残らない女、ということだろう。別に無理して印象に残りたいとは思わないけど、「ああ、沙由美ね」くらいには思ってほしいとは思ってる。
 だけど、私は人付き合いが苦手だから、しょうがないのかもしれない。正確に言うと、相手に対して一線を画してしまうのだ。だから、深くつきあえない。
 今まではそれは自衛の手段だと言い聞かせてきたけど、ずっとそのままでいいとは思っていない。そろそろなんとかしないといけないと思っている。
 とはいえ、それが実行できていれば、今更こんなこと考えない。
 せめて、新学年になったんだから、隣の生徒とくらいは仲良くなりたいものだ。
 
 校舎三階にある二年三組の教室は、去年まで使っていた一年の教室よりも若干眺めがよかった。
 私の席は、出席番号順もあって窓際になった。だから、それが余計に感じられる。
「さゆさゆ〜」
 と、ちょっとだけ黄昏れていた私に、軽い声がかかった。
「みっく」
 私は振り返りながら、みっくこと木村未来の名前を呼んだ。
「今年も一緒だね〜」
「うん、みっくが一緒でよかったよ」
 みっくは、たぶん現段階ではこの学校でもっとも仲の良い友達。
 去年も同じクラスで、結構一緒にいた。
「いいね、さゆさゆは窓際で。あたしなんて、ど真ん中だもん。やんなっちゃうよぉ」
「しょうがないよ、みっく」
「き」と「み」ではどうしてもしょうがない。
 どっちがいいとは言えないけど、こればかりはしょうがない。
「そういえば、さゆさゆ」
「ん、どうしたの?」
 みっくはショートカットの髪を揺らし、好奇心たっぷりの大きな瞳を私に向けた。
「今年は、カレシとかどうよ?」
「カレシ? ん〜、考えないではないけど、今の私の性格だと、ちょっと無理気味かなぁ?」
 私は本音を漏らした。
「もったいないよねぇ。さゆさゆ、もちっとオシャレに気を遣えば絶対にイケてるのに。わざと野暮ったくして。うん、もったいない」
 みっくはうんうん頷きながら、もったいないもったいないと繰り返す。
「そういうみっくは?」
「あたし? あたしは、もう少しひとりでいるよ。その方が気が楽だし」
「ふ〜ん、そっか。でも、私にしてみればみっくの方がよっぽどもったいない気もするけどね」
「どして?」
「だって、みっくは人付き合いも上手いし、話題も豊富だし、カワイイし」
「あははっ、そんなに持ち上げてもなんにも出ないよ」
「別に持ち上げてるわけじゃないけどね。純粋にそう思ってるの」
「ふ〜ん、な〜るほどねぇ。じゃあ、さゆさゆ。こうしよっか」
「ん?」
「さゆさゆにカレシができたら、あたしもカレシ作る。どう?」
「……まあ、それでもいいけど、それだと、いつまで経ってもみっくにカレシはできないような気もするけど」
「ダイジョブダイジョブ。さゆさゆが本気になれば、男のひとりや十人、簡単に釣れるって」
 みっくは無邪気な笑顔を浮かべ、そんな突拍子もないことを言う。
「そんなわけだから、あたしにカレシができるかどうかは、さゆさゆ次第だから」
 がんばってね、と言って自分の席に戻るみっく。
「カレシ、か……」
 呟き、窓の外に目を向けた。
 外は、春の陽差しがとても穏やかで、とても気持ちのよい日になることは、明らかだった。
 
「三隅さん」
 その日の諸々が終わって帰ろうという時、私に声がかかった。しかも、男子から。
「あぁ、えっと……」
 すぐに名前が出てこなかった。
「森村、森村翼だよ」
 そう言って森村翼くんは人懐っこい笑みを浮かべた。
「えっと、森村くん、なにかな?」
 微妙に顔が強ばっているのが、よくわかる。
「三隅さんとはしばらく隣同士だから、少し話したいと思ってね。迷惑だったかな?」
「そ、そんなことはないけど……」
「そっか、よかった。じゃあ、ちょっと出ない?」
 私は半ば強引に教室から連れ出された。出る直前、みっくが声に出さず「ファイト」と言っていたのが、ちょっと気になったけど。
「三隅さんは、去年は何組だったの?」
「五組」
「そっか。俺、一組だったから、そう接点があったわけじゃないね」
 確かにうちの学校だと、隣あったクラスだと接点もあるけど、離れていると途端にそれも減る。
 知らないとしても、別におかしなところはない。
 昇降口で靴を履き替え、校庭に出る。
 こんな日でも運動部は部活をしている。帰宅部の私には、ちょっと信じられないけど。
「三隅さんは、嫌いなもの、ある?」
 いきなり話が飛び、さすがに思考回路が追いつかなかった。
「えっと、嫌いなもの?」
「ああ、ごめん。食べ物で嫌いなものってこと。どう?」
「少しはあるけど、基本的にはなんでも食べる、かな」
「甘いものでも?」
「えっと、うん」
 なるほどと頷き、森村くんは微笑んだ。
 すごく、不思議な人だ。
 森村翼くん。背は百八十近い。がっしりとはいわないけど、華奢には見えない。どちらかといえば、カッコイイ部類に入るかも。
 そんな森村くんに連れて行かれたのは、学校から少し行ったところにあるファミレスだった。
 とはいえ、そのファミレスはチェーン店ではない。座席数もそう多くない個人経営のファミレスだった。
 女子の間では、ここのユニフォームがカワイイともっぱら話題になっている。
 近代イギリスのメイドを思わせるような黒を主体にしたメイド服っぽいユニフォーム。真っ白なエプロンをつけているから、その色がどちらも際立っている。
「ただいま」
「……えっ?」
 ドアを開けて入った森村くんの第一声に、私は思わず間抜けな声をあげていた。
 ただいま?
「おかえりなさい、翼くん」
 出迎えたのは、ウェイトレスのお姉さん。
「茜さん、悪いんだけど、席を用意してくれるかな?」
「ふふっ、いいわよ」
 茜さん、と呼ばれたそのウェイトレスさんは、私と森村くんを奥の席へと案内した。
「ミックスパフェとココアをお願い」
「了解」
 唖然呆然の私を尻目に、茜さんは厨房へ。
「驚いた?」
 私は無言で頷いた。
「ここ、『ウィンドミル』は俺の家なんだ」
「そ、そうなんだ……」
「去年同じクラスだった連中とか、同じ中学だった連中はみんな知ってるけどね。やっぱり、驚くよね」
「う、うん」
「さっきの人は、江藤茜さん。ここのチーフウェイトレスをしてる人。ああ見えても、大学まで卒業してるんだよ」
 大学卒業、ということは、少なくとも二十二より上? 見えなかったなぁ……
「さてと、三隅さん。本題に入ろうか」
「ほ、本題?」
「ほら、少し話したいって言ったでしょ?」
「ああ、うん」
「お待たせしました」
 ちょうどそこへ、今度は別のウェイトレスさんがやってきた。
「ミックスパフェとココアです」
「ありがとう、久美さん」
 久美さんと呼ばれたウェイトレスさんは、薄く微笑み、下がっていった。
「彼女は、佐伯久美さん。学生のアルバイトだよ。それより、食べて。おごりだから」
「えっ……?」
「いいからいいから」
 確か、ここのミックスパフェって、結構な値段したんじゃ……
「わ、悪いよ、やっぱり」
「いいから。そのまま残すと、こわ〜い『鬼』に怒られるからさ」
「おに?」
「厨房担当の姉貴のこと。ちょっと年が離れてるんだけどね。注文の品が残ってると、途端に『鬼』になるから」
「そ、そうなんだ」
「だから、遠慮せずにガンガン食べて」
「う、うん」
 結局、森村くんの迫力に負けて、私はスプーンをつけることになった。
 でも、森村くんは、どういうつもりで私を連れてきたんだろ。
 
 ミックスパフェは、とっても美味しかった。
 生クリームもアイスもほどよい甘さで、フルーツの甘味と酸味がそれを引き立てる。作った人のセンスが出る一品だった。
「変な奴、だと思ったでしょ?」
「えっ……?」
「ほら、初日にいきなり誘ったりしたから」
「そ、そこまでは思ってないけど。ただ……」
「ただ?」
「どうして私、なのかなって。そう思ったの」
 森村くんはココアを一口含み、あまり表情を変えずに言った。
「そうだなぁ、どう言えば納得してもらえるかなぁ。一目惚れ、じゃあありきたりだし。実は昔から好きだった、じゃウソになるし」
 そういうことは普通は口に出さないで考えると思うんだけど。
「明確な理由はないよ」
 結局、彼の答えはそれだった。
「強いて言えば、隣の席にカワイイ子がいたから、かな?」
「か、カワイイっ!?」
 私は思いもかけない答えに、思わず声をあげていた。
 ううぅ、まわりの視線が痛いよぉ……
「あれ、自覚ない?」
「う、うん」
「三隅さんは、十分カワイイと思うよ。なんなら、うちで働いてもらいたいくらい」
 本気なのか冗談なのか、全然わからなかった。
「理由付けは、そのくらいでいい?」
「う、うん、まあ……」
 これ以上訊いてもあまり意味はないと思う。
「実はね、俺、同年代の女の子に対して免疫がないんだ」
「えっ……?」
 話がいきなり飛んだ。
「うちでウェイトレスしてくれるのは、みんな年上だから。そういう人たちには問題ないんだけど。なんか、同年代の子だとダメなんだ。なんて言うのかな? こう、自分でなにをしてるのかわからなくなるんだ。別に会話が成立しないわけじゃないんだけどね」
「じゃあ、私は、森村くんの『リハビリ』役なの?」
「ううん、違うよ。さすがにそこまで図々しくないから。学校でも言ったけど、純粋に三隅さんと話がしたかったんだ。免疫のない俺がそう思うこと自体がもう珍しいことだから、ちょっと強引に誘ったんだけどね」
「そうなんだ……」
 話は、なんとなくわかった。
 でも、納得できたわけじゃない。まだ利用されてるって感じは残ってるから。
「翼」
 そこへ、エプロン姿の女性がやってきた。
「ん、どうしたの、姉貴?」
 どうやら、この人が森村くんのお姉さんみたいだ。
「手、空いてるなら買い物頼みたいんだけど」
「空いてるように見える?」
「ええ、優雅に女の子とおしゃべりしてるくらいだから、暇、なんでしょ?」
「…………」
「別にそんなたいしたものを頼むわけじゃないし。ちょっと頼むわ」
 そう言ってお姉さんはお金とメモを置いた。
「……姉貴」
「うん?」
「あとで覚えてろよ」
「三歩歩いたら忘れるわ」
 お姉さんはニヤッと笑い、厨房へと戻っていった。
「ごめん、三隅さん」
「ううん、気にしないで。それより、そっちの方が大事だと思うから」
「今度、穴埋めするから」
「いいよ、ホントに気にしないで」
「そういうわけにはいかないよ。こっちから誘ったんだから」
 う〜ん、このままだと平行線だ。
「じゃあ、無理じゃない程度で」
「オーケー」
 それから私たちはお店を出た。
「三隅さん」
「?」
「よかったら、もう少しお近づきになりたいんだけど。ダメかな?」
「お、お近づき……?」
「少し、考えてみて。それじゃあ」
 言うだけ言って、森村くんは行ってしまった。
「お近づき……」
 呟いた時、頬が緩んでいることに気づき、ちょっとだけ驚いた。
 
「ただいまぁ」
 家に帰ったのは、『ウィンドミル』を出てから少ししてからだった。
「おかえり、沙由美」
 私を出迎えたのは、ふたつ上のお兄ちゃん。この春から大学に通いはじめている。
「お母さんは?」
「買い物。そろそろ帰ってくると思うけど」
 そう言ってお兄ちゃんはリビングへ。私もそのあとに続く。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「男の人って、女の子なら、誰にでも声をかけるの?」
「どうしたんだ、いきなり?」
 私の質問に、さすがのお兄ちゃんも面食らっている。
「あのね……」
 私は森村くんの名前は出さずに、できるだけ簡潔にさっきのことを話した。
「……なるほどな」
 それを聞いたお兄ちゃんは、大きく一回頷いた。
「お兄ちゃん、わかるの?」
「まあ、全部じゃないがな」
「どういうこと?」
「その彼の言い分は、確かだよ。ただひとつだけ彼自身も気づいてないことがある」
「気づいてないこと?」
「それは……」
 そこでお兄ちゃんは黙った。
「お兄ちゃん?」
「なあ、沙由美」
「うん?」
「沙由美は、その彼のこと、どう思ってる?」
「えっ?」
「いやまあ、今日同じクラスになったばかりだから、詳しいことはわからないだろうし、言えないとは思うけどな。ただ、ファーストインプレッションとかあるだろ。そういうので」
「えっと……ちょっと、カッコイイと思った、かな」
「ふむ、なるほど。それなら話してもいいか」
「どういうこと?」
「彼は、沙由美のことが、好きなんだろう」
「えっ……?」
「いや、まだそれは自覚できていないだろうけどな。それこそ一目惚れかもしれない」
「…………」
「沙由美」
「な、なに?」
「そういうのは、理屈じゃない。だから、彼のことも、あまり邪険に考えないようにした方がいい。特に、そういう彼は、いろいろなことを自覚するのに時間がかかるだろうから。沙由美はその間にでもよく考えればいい。受けるにしても、断るにしてもな」
 そう言ってお兄ちゃんは、穏やかに微笑んだ。
 
 森村くんに誘われ、お兄ちゃんに相談した日から、私は妙に森村くんを意識するようになった。
 それまでにも意識していた男子はいたけど、今回はちょっと違う。なんとなく、うん、違う。
 森村くんはあれからもよく話しかけてくる。別にそれ自体はイヤじゃないから、私もちゃんと話をする。
 それでわかったのは、あの日の森村くんは、多少猫をかぶっていたということ。実際の森村くんは、悪く言えば粗野な人だった。
 ただ、それはあくまでも程度の問題で、まわりに迷惑をかけていないのだから、あまり関係ないかもしれない。
 ようは、ざっくばらんに話せるというのが大事。
 
「さゆさゆ〜」
 昼休み、授業が終わるのと同時にみっくが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「お昼、一緒しない?」
「いいよ」
「じゃあさじゃあさ、めっちゃいい天気だし、外行こ、外」
 私はみっくに連れられて中庭へと出た。
 うちの学校の中庭は、ベンチが設置されていて、生徒や教職員の憩いの場となっていた。
 夏になれば大きな木の木陰に入り、案外涼しい。冬は葉の落ちた木の間から陽差しが暖かい。
 結構人気スポットながら、その日は運良くベンチが空いていた。
「どうよ、最近は?」
 みっくは、サンドウィッチをほおばりながら言う。
「どうって、なにが?」
「ほら、森村くんと」
「……別に、森村くんとはなんでもないよ。ただ、席が隣っていうだけ」
「ほほぉ、この木村未来相手によくもまあ、そんなウソが言えるわねぇ」
「ウソ、って。別にウソなんかついてないし……」
 とはいえ、言葉尻が小さくなっていた。
「知ってる、さゆさゆ?」
「なにを?」
「彼ね、結構人気高いんだよ? あたしの知ってる女子の中にも、彼はいいねって子、いるから」
「…………」
「それに、もうひとつ。さゆさゆ、彼と話してる時、すっごく『普通』に話せてる。とても人付き合いが苦手なさゆさゆだとは思えない」
「…………」
 前者は知らなかったけど、後者については多少の自覚がある。
「で、実際どうなの?」
 みっくは、少しだけ真面目に聞いてくる。
「……確かに、ほかの男子に比べたら、特別な存在だとは思うけど。まだ、よくわからないんだよね」
「好きなのか、嫌いなのか?」
「うん」
 ことあるごとに考えてはいるけど、でも、答えは出ない。
「でも、彼はさゆさゆのこと、好きなんでしょ?」
「それは、わからないけど」
「だって、言われたんでしょ? お近づきになりたいって」
「それは、そうだけど。でも、それだって単に友人として仲良くなりたいってことかもしれないし」
「ん〜、そうかなぁ?」
 みっくは、ペットボトルのお茶を飲みながら首をひねる。
「あたしは、さゆさゆのお兄さんと同じで、彼はさゆさゆのこと、一目惚れだったんだと思うなぁ」
「……だったら、私はどうすればいいわけ?」
「それは、答えを出すしかないんじゃないの? だって、そんなのまわりがとやかく言ったところでしょうがないんだから。さゆさゆが彼のこと好きなら、そうちゃんと伝えればいいの。その先のことは、彼次第だしね」
 そう言ってみっくは笑った。
 だけど、私はとても笑える気分ではなかった。
「いい、さゆさゆ? そういうことはちゃんと考えなくちゃいけないことだけど、だけど、考えすぎたって意味ないんだよ? 考えが堂々巡りするだけだし。だったら、もうこの際、スパッと決めちゃえばいいの。ね、さゆさゆ?」
「……一応、考えてみる」
「ホント、さゆさゆは真面目だね」
 
「三隅さん。帰るの?」
 放課後、ホームルームが終わると、すぐに森村くんが声をかけてきた。
「うん、特に用事もないからね」
「じゃあ、ちょっとつきあわない?」
「……どこへ?」
「悪くないとこ」
 
 私たちは、校門を出ると、いつもとは反対方向へと歩いていった。
 どこへ行くのかは、教えてくれない。
 しばらく歩くと、小高い山が見える。そう、私もそこはよく知っている。
 そこは、このあたりの鎮守にもなっている神社だった。
 参道入り口にある鳥居をくぐると、階段を上る。
 それほど長くない階段を上りきると、拝殿が見える。
「森村くん」
「ん?」
「どうしてここへ?」
「願掛け、しようと思ったんだ」
「願掛け?」
「ほら、これだけ俺が三隅さんのこといろいろ考えてるのに、なかなか答えがもらえないからね」
「…………」
 本気なのか、冗談なのか、わからない。
「というのは、半分冗談。今日ここへ来たのは、お参りが目的じゃないし」
「そうなの?」
「向こうに、見晴らしのいい場所あるの、知ってる?」
「うん」
「そこが目的地」
 手水で手を洗い、お参りする。
 一応、もう少し成績が上がりますように、と。
 それから本殿脇を抜け、展望台のような場所へと出る。
 そこからは、このあたりがよく見渡せる。
「ここ、結構好きなんだ。ひとりになれるし」
 森村くんは、手すりに手を乗せ、少し身を乗り出す。
「三隅さん。三隅さんは、俺のこと、どう思ってる?」
「どうって……」
「俺はね、三隅さんのこと、本気だよ」
「森村くん……」
 いつもの森村くんじゃなかった。ずっとずっと真剣で、その言葉にも重みがあった。
「最初は、確かに本気じゃなかったかもしれない。言ってみれば、遊び感覚だったかもしれない。でも、今は違う。三隅さんのこと、本気で、好きだと言える」
 真剣な森村くんの表情。
 私はそんな森村くんの顔を、注視できなかった。
「返事を、聞かせてほしい」
 きっと、ここでこうして聞かれることは、あの日、誘われた時から決まっていたのだと思う。
「森村くん。答える前に、ひとつだけ、訊いてもいいかな?」
「ん、それは構わないけど」
「どうして、私なの?」
「……それは、正直に言えば、未だにわからない。ただ、誰かひとりを選べと言われたら、真っ先に三隅さんを上げる。三隅さんの顔が、思い浮かぶんだ」
 その言葉に、ウソ偽りはなさそうだった。
「こう言うと誤解されるかもしれないけど、三隅さんより綺麗な子はいると思うし、勉強だってできる子はいると思う。でも、俺にはそういう子じゃなく、三隅さんが必要なんだ」
「……そっか、そこまで考えてくれたんだね」
 私は、自分でもわかるくらい、笑みを浮かべていた。
「私で、いいの?」
「三隅さんが、いいんだ」
「うん、わかったよ」
「三隅さん……」
 それは、あっという間のことだった。
 私は、森村くんに、しっかりと抱きしめられていた。
 不思議と、イヤじゃなかった。
 たぶん、私も、森村くんのこと、好きだったんだ。
「三隅さん──」
「名前で、呼ぼうよ。それと、呼び捨てで。ね、翼くん」
「沙由美……」
「うん……」
 一度顔を見合わせ、私たちは笑った。
 ちょっとだけ変な感じだけど、でも、心の中が、暖かかった。
「これからも、よろしくね、翼くん」
 
 まさか、この私に「カレシ」ができるとは思いも寄らなかった。この人付き合いの苦手な私に。
 でも、それは紛れもない事実。私には、森村翼くんというカレシがいる。それは同時に、私が翼くんのカノジョだということ。
 なんの取り柄もない私がカノジョで、本当にいいのかと今でも首をひねる。もっともっと魅力的な子はいるはずなのに。
 
「沙由美っ」
「えっ……?」
 焦点が定まり、翼くんの顔が視界に入った。
「ったく、またボーっとして」
「ご、ごめん」
 どうやら私はまた、トリップしていたようだ。ダメだなぁ、こんなことじゃ。
「なに、なんか悩みでもあるの?」
「ううん、悩みとかじゃなくて。いつものことだよ」
「……またそれか。ホントに沙由美は心配性だな」
「でも、それはしょうがないと思うけどなぁ」
 私は空を見上げ、続ける。
「100%の安心なんて、そう簡単に認められないと思うから。どんなことでも必ず不安がつきまとうと思うの。私の場合は、翼くんが私を選んだことがそれに当たるだけ」
「じゃあ、どうすればそれがなくなる、ことはないにしても、薄れる?」
「それは、私にもちょっとわからないかな。可能性としては、不安を大きく上回る安心があればいいのかもしれないけど」
「不安を上回る安心、か」
 翼くんはそう呟き、首を傾げた。
「ねえ、翼くん」
「ん?」
「翼くんは、今の私に不満とかある?」
「特にこれといってないけど」
「ホントに?」
「強いて言えば、すぐにボーっとするところ」
「うぐっ……それは、ね」
 それは私の気持ち次第だから、あまり関係ない。
「……たとえば、だけどね」
「うん」
「その、翼くんも、えっと、え、エッチなこと、してみたい……?」
「…………」
「…………」
 うわぁ、私、なに言ってるんだろ。
「……沙由美は、したいの?」
 だけど、翼くんは、真剣にそう聞き返してきた。
「したいかって訊かれると、ちょっと返答に困るけど……」
「正直に言えば、そういう気持ちがないわけじゃない。これでも健康な一男子だし。でも、俺は沙由美のことをそんな目で見たことはない」
「……それは、私に魅力がないから?」
「違うっ」
「……翼くん」
「前に言ったと思うけど、俺はね、同年代の女の子に免疫がないんだ。だから、どう接したらいいかもわからない。本能のままに行動してもいいのかもわからない。だから……」
 翼くんの握られた拳は、震えていた。
「翼くん、少し、目を閉じてくれるかな?」
「えっ、ああ……」
 翼くんは、目を閉じた。
「ごめんね……それと、これが、私の気持ちだから……」
 そう言って私は、そっと口づけした。
 つきあってから今まで、キスしたことはなかった。だから、これが「ファーストキス」。
「沙由美……」
「焦らないでいいよ。私は、ううん、私も、そういうのよくわからないから。ふたりで、考えようよ。ね?」
 そして、私たちは、もう一度キスをした。
 
 最近、自分でも驚くほど変わったと思う。
 とはいえ、それがすべてに影響を及ぼすわけじゃない。
 基本的には今までと変わらない。だけど、翼くんに対しては、ずいぶんと積極的になったと思う。
 あの「ファーストキス」から、一日一回はキスもするようになった。その先はまだだけど。
 お互いにお互いの胸のうちがわかってるから、なんとなく居心地もいい。
「沙由美」
「どうしたの?」
「いや、なんとなく呼んでみただけなんだけど」
「そう?」
 私はそう言って手元の本に目を落とした。
「沙由美もさ、もう少しオシャレしたらどうだ?」
「オシャレ? う〜ん、どうかなぁ。私、そういうのに無頓着だから」
「もったいない、絶対」
 翼くんはうんうんと頷く。
「じゃあさ、こうしない? 今度、姉貴にいろいろ手ほどき受けるってのは」
「郁美さんに?」
「普段は白衣とかエプロンだけだけど、店が休みの日なんかは、結構めかし込んで出かけるから。どう?」
「……郁美さんが、良いって言えば、ね」
「うっし、じゃあ、さっそく訊いてみるか」
 私たちは公園から『ウィンドミル』に向かった。
『ウィンドミル』は、相変わらず盛況だった。
「いらっしゃいませ、って、翼くん」
「ただいま、茜さん」
「こんにちは」
「あら、今日は沙由美ちゃんも一緒なのね」
 たいてい入り口に一番近いところにいる茜さんが、やっぱり私たちを迎えた。
「今日は?」
「ああ、姉貴にちょっと用があって」
「郁美さんに?」
「そゆこと」
 店内を抜け、厨房へと入る。
 時間帯的に食事よりも飲み物やケーキなどの方がよく出る。だから、厨房はそれほどではなかった。
「はい、紅茶セット出るよ」
 その中で一番気合いが入っているのは、やっぱり郁美さんだった。
「姉貴」
「ん、どうしたの、翼?」
「あとどれくらいで時間できる?」
「そうね、三十分くらいかしら」
「わかった。それくらいにもう一度顔出すから」
 厨房からさらに奥、そこに住居部に続く階段がある。そこを上がれば森村家。階段下には従業員のロッカーもある。
「とりあえず、待ってよう」
 リビングに通される。
 森村家は、両親と翼くんを含めた三人姉弟の合計五人家族だ。店のマネージャーをしているのが、翼くんのお父さん。お母さんは、保険の販売員をしている。厨房担当がお姉さんの郁美さん。あと、もう嫁いでしまったお姉さんがもうひとり。そのお姉さんも、それほど遠くないところに住んでいるらしい。
 そんなわけで、リビングにも誰もいなかった。
「なにか飲む?」
「なんでもいいよ」
「オーケー」
 翼くんはキッチンの冷蔵庫を開け、慣れた手つきで飲み物を入れる。
 飲み物を持ってきた翼くんに、私はささやくように言う。
「翼くん」
「ん?」
「キス、してほしいな」
「ホントに沙由美は……」
 翼くんは苦笑しながらも、ちゃんと私のお願いを聞いてくれる。
「ん……」
 触れるだけのキスじゃなく、しっかりと、お互いの体温まで感じられるくらいのキス。
 ずっと、このままでいたくなる……
「翼くん、好き……」
 そのまま、抱きつく。
 最初、錯覚かもしれないと思っていたこの気持ちも、本物のものだとわかった。
 あとはもう、坂を転がるような感じ。翼くんのことばかり考えてしまう。
「沙由美、俺も好きだ……」
 そう言って私の髪を、背中を優しく撫でてくる。
 それが私は好きだった。
「うおっほん」
「きゃっ!」
 誰かの咳払いで、私たちは離れた。
「あ、姉貴……」
 見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべた郁美さんがいた。
「仲がいいのはいいんだけど、もう少しまわりに気を遣ったら?」
「…………」
 私はなにも言えず、俯くしかなかった。
「で、私になにか用なの?」
 言いながら、ソファに座る。
「ん、ああ、その、沙由美のことなんだけど」
「沙由美ちゃんの?」
 郁美さんは、視線を私に向けた。
 ううぅ、ちょっとだけイヤかも……
「沙由美ちゃんのことって、いったいなに?」
「あのさ、沙由美にオシャレの手ほどきをしてくれないかな?」
「オシャレ? なんでまた?」
 郁美さんは、いぶかしげな表情を見せた。
「別に私は沙由美ちゃん、オシャレじゃないとは思わないけど」
「まあ、それはそうだと思うけど。でもさ、もう少しよくなると思わない?」
「そうねぇ……」
 私の顔を見て、ズーッと視線を下へ。
「翼。あんたちょっと出てなさい」
「は?」
「いいから。女同士でちょっと話があるの」
 郁美さんはそう言って翼くんを強制退場させた。
「あの、郁美さん?」
「ごめんね、沙由美ちゃん」
「えっと……」
 なにに対して謝っているのか、私にはわからなかった。
「翼が言ったんでしょ?」
「あ、はい」
「まったく、あの唐変木は。どうしてこうも女心がわからないのかしら」
「…………」
「でもね、翼の言うこともわかるのよ。自分のカノジョに少しでも綺麗であってほしい、そう思うのはね」
「……私は、どうすればいいと思いますか?」
「そうね……」
 おとがいに指を当て、考える郁美さん。
「私はね、冗談じゃなく、沙由美ちゃんは今のままでも十分カワイイと思うわよ。ただ、もう高二でしょ? そうすると、カワイイというよりは、綺麗という方へシフトしてもいい頃合いだと思うわ。たとえば、着る服を少し大人っぽくしてみたり、ファンデーションは……必要ないかもしれないけど、ルージュを引いてみるとか。方法はいろいろあるし」
 それは、少しだけ考えたことがある。私だって普通の女子高生だし。綺麗になりたい、そう思う。
「教えようか?」
「いいんですか?」
「もちろん。ほら、カワイイ弟のためでもあるし。それにね、あの子はちょっと人とは違うから」
 それはたぶん、例のことを言ってるんだろう。
「ほら、うちって商売やってるでしょ? しかもウェイトレスはみんなそれなりのレベルの子を揃えてるし。それなのによ、あの子はそういうそぶりすら見せなかったから。姉としては少し心配で。それが沙由美ちゃんのようなカノジョができて、喜んでるの。だからそのカノジョが綺麗でいてくれれば、これまた嬉しいしね」
「郁美さん……」
「よし、沙由美ちゃん。今度の休みにうちに来て。そこでいろいろ教えてあげるから」
「はい、ありがとうございます」
 私は、はっきりと頷いた。
「それにしても」
「はい?」
「ふたりって、ホント、仲良いわね」
「あ……」
 そうだった、さっき、見られてたんだ。すっかり忘れてた。
 あうぅ、どうしよう……
「ねえ、ひとつ、訊いてもいい?」
「な、なんですか?」
「ふたりって、もうしたの?」
「え……?」
「だから、H、したの?」
「い、いいい、いえ、してません……」
「なんだ、そうなんだ。私はてっきりもうしたのかと思った」
「…………」
 そういうことをズバッと言われると、なにも言えなくなってしまう。それが郁美さんのいいところだと思うけど。
「沙由美ちゃん」
「は、はい」
「バスト、いくつ?」
「えっ……ば、バストですか?」
「うん」
「……その、えと、84、です」
「ほほぉ、なかなかないすばでいだね」
 そう言ってニヤッと笑う。
 あうぅ……
「いやなに、私の服であうのがあったら、貸してあげようかと思ってね。おあつらえ向きに、私と同じだから」
「郁美さんも、なんですか?」
「そうよぉ。でもさぁ、沙由美ちゃんは、まだこれから大きくなるでしょ?」
「そ、そうですかね……」
「私なんて、これで精一杯だし。はあ」
 な、なんか妙な感じ……
「ま、そういう冗談はさておき。この郁美お姉さんが、沙由美ちゃんのためにしっかりレクチャーしてあげるから」
「はい」
 
「姉貴、なんだったの?」
「あ、うん、今度、いろいろ教えてくれるって」
「ふ〜ん……」
 翼くんは、少しだけ面白くなさそうに言う。
 ひとりだけ仲間はずれにされたのが、面白くなかったのだろう。
 でも、さすがにあれを全部聞かれるの恥ずかしかったし……
「……ねえ、翼くん」
「ん?」
「やっぱり、カノジョは、綺麗な方がいいかな?」
「ん〜、どうだろ? まあ、見てくれはいい方がいいとは思うけど。でも、それが絶対条件じゃないから。それに、見た目だけよくても中身が伴ってないと」
「……なるほど」
「その点、沙由美は大丈夫。中身がしっかりしてるから」
「そ、そうかな?」
 そう言われると、なんだか嬉しい。
「沙由美は、どう?」
「えっ……?」
「俺のこと、どう見てる?」
「……その、カッコイイ、と思うよ」
「ホントに?」
「うん……」
「じゃあ、もっとカッコイイって言われるように努力しないとな」
「どうして?」
「そこで満足してたら、きっとダメになるから。その先を目指さないと、意味がない」
「そっか……」
 確かにそれはそうかもしれない。言われて、なるほどと思ってしまう。
「ま、そんな理屈はどうでもいいんだけどな。ようは、相手にどう見られたいか、どう思われたいか、それがすべてだと思うし」
「うん、そうだね」
 翼くんは、すごい。
 私なんて、そんなこと考えもしなかった。
「翼くん」
「ん?」
「私、翼くんのためだけに、もっと綺麗になりたい」
「ああ、がんばって」
「うんっ」
 
「最近、楽しそうだな」
 私がリビングでテレビを見ていたら、お兄ちゃんがそう言って声をかけてきた。
「えっ、そうかな?」
「ああ、すごく楽しそうだ」
 お兄ちゃんは、感慨深そうに頷く。
「やっぱりあれか? カレシがいるというのは、楽しいか?」
「そうだね、楽しいよ、やっぱり。特に私なんか、今年もまたそういうのとは無縁の生活を送ると思ってたから」
「そうか。沙由美なら、男のひとりや十人くらい、簡単に釣れると思うけどな」
 みっくと同じことを言う。
 まあ、お兄ちゃんは、私のことすっごく可愛がってくれてるし。そういう評価もしょうがないかもしれない。
「お兄ちゃんは、そういうの、どう思う?」
「そうだな。俺の場合は、カノジョとかそういう以前に、自分の気持ちの問題だと思ってるからな」
「そうなの?」
「ああ。もちろんその考え方は独自のものだから、それを沙由美にまで強要するつもりはさらさらない。ただ、相手がどうのこうの言う前に、自分のことをもう一度考えておく必要はあると思う。自分をよく理解できていれば、相手もよく理解できると思うからな。それが、より楽しく過ごすコツかもしれない」
「そっか……」
 お兄ちゃんの言い分はもっともかもしれない。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんは、由霞梨さんのこと、どれくらい理解できてるの?」
 由霞梨さんとは、お兄ちゃんのカノジョさんのこと。お兄ちゃんと同じ大学一年生。
「由霞梨か。そうだな、半分くらいか」
「半分? ホントに?」
「同じ人間でもな、そうそう理解できるわけじゃない。同性ならまだしも、異性は特に難しい。その点で言えば、半分でも理解できているだけましだと思うがな」
「そっか……」
 なんか、そう言われちゃうと、ちょっと考えてしまう。
 私は、翼くんのこと、どれくらい理解できてるんだろう。
「沙由美」
「ん、なぁに?」
「無理に相手を理解しようとするなよ」
「えっ……?」
「焦りは、絶対にいい結果を生み出さない。だから、落ち着いて、少しずつ理解していけばいいんだ。それに、100%理解することも無理なんだからな」
「うん、わかったよ」
 お兄ちゃんの言葉に、私は大きく頷いた。
 
 日曜日。私は森村家を訪れていた。
 とはいえ、お店まで休みではない。ファミレスだけじゃないけど、いわゆる外食産業は休みの日こそかき入れ時だから。
 昼前には店内は家族連れなんかで満席になる。『ウィンドミル』は確かにその制服が話題の店だけど、料理も美味しいと評判の店である。
 そんな中、私は翼くんの部屋で郁美さんを待つことにした。
 何度か翼くんの部屋には入ったことあるけど、その度に緊張してしまう。別に、なにかあるわけでもないのに。
「ん、どうした?」
「う、ううん、どうもしないよ」
 翼くんが、不思議そうな顔で見ている。
「そう?」
「……あの、ね、翼くん」
「ん?」
「えっと、その……」
 ああ、どうしよう。今思ってること、言っちゃおうかな……
「キス、か?」
「あ、うん、それもなんだけど……」
「それも?」
「あ……」
 つい話の流れで言っちゃった。
「沙由美?」
「……翼くん」
 私は、翼くんの隣に寄り、キスをした。
「甘えても、いい?」
「ん、ああ」
 翼くんは、私を優しく抱きしめてくれた。
 大きな胸に抱かれて、私の心のざわめきも落ち着いてくる。
「……このまま、ずっといられたらいいのにね」
「そうかもな」
 髪を撫でられると、ふっと力が抜けていく。
「…………」
「…………」
 お互いなにも言わず、時間だけが緩やかに過ぎていく。
 どれだけそうしていただろうか。
 ノックの音で私たちは現実へと引き戻された。
「お待たせ、沙由美ちゃん」
 
 たぶん、着せ替え人形はこういう気分なのだろう。
 郁美さんはさっきから自分の服を取っ替え引っ替え私に着せている。その姿がとても楽しそうで、私としてもなにも言えなかった。
「なにを着るにしても、着ている本人が『服を着てやってる』という気持ちを持ってないとね。『服に着せられてる』というのが一番ダメ。イニシアチブはこっちが持たないと」
「なるほど」
 確かにそういうのはあるかもしれない。
 私なんて、服なんてどれも同じで、それほど差はないと思っていたから、余計に納得できてしまう。
 ファッションモデルなんかは、前者の典型かもしれない。
「ん〜、髪はもうちょっと軽めの方がいいかな」
 今度は髪に触れてそう言う。
「切るのは、もったいないから、まとめ上げるとか」
 私の髪は、肩より下までくらいの長さ。
 ここまで伸ばしてきてそれをばっさり、というのはやっぱりもったいないかもしれない。
「ファンデーションはいらないかもしれないけど、目元をはっきりさせるアイシャドーとか、ルージュなんかはしてもいいかも」
 今度はお化粧講座。
「こうやって……」
 丁寧に教えてくれる。
「どう? いつもより顔立ちがはっきりしてるでしょ?」
「はい」
 なんか、自分じゃないみたい。
「あとは歩き方なんだけど、これはなにを履いてるかで変わるわ。ヒールの高いのだと、こう足を交差させる感じで歩けばいいし。まあ、それは慣れかもね」
「郁美さんは、本当にいろいろこと、知ってるんですね」
「まあね。これでも沙由美ちゃんより長生きしてるし」
「長生きなだけで、わかりますか?」
「あはは、それは無理。やっぱりちゃんと勉強しないと。まあ、私の場合は、姉さんや母さんから教わったところもあるんだけどね。あとは、少しでも自分をよく見せたいと思ったから」
 そう言った郁美さんの表情は、とても穏やかだった。
「さてと、これで一通りのレクチャーは終わったわけだけど。ここで最後の仕上げ」
「最後の仕上げ、ですか?」
「ちょっと待っててね」
 私を部屋に残し、郁美さんはどこかへ。
「…………」
 カットソーにタイトスカート。
 今までこんな格好、したことなかった。
 ノースリーブは夏には着るけど、ここまで肩が大胆に出てるのはさすがに。
 でも、不思議とイヤじゃなかった。
「お待たせ。ほら、あんたも入る」
 そこへ、郁美さんが戻ってきた。翼くんを連れて。
「どう? 見違えたでしょ?」
「…………」
「…………」
「なになに、見違えすぎて言葉も出ない?」
 郁美さんは笑い、ぽんと翼くんの背中を押した。
「ほら、なにか言ってやりなさいよ。そういうのも、男の甲斐性よ」
「えっと……すごく、大人っぽくなった」
「ぁ……」
 嬉しかった。
 やっぱり、大好きな人に認めてもらうのが、一番嬉しい。
「ふふっ、郁美さんの手にかかれば、こんなものよ。翼も、勢い余って襲わないように」
「襲わないよ」
「ん〜、じゃあ、もうちょっと大人の色気を出した方がよかったかしら?」
「どっちなんだよ?」
「あはは、冗談冗談」
 笑う郁美さん。
 私たちは、気恥ずかしさでまともに見られなかったけど、でも、これがスタートだと思えばいい。
 こういう格好もできるようになったのだから。
 
 春が終わり、夏が来た。
 とはいえ、まだまだ梅雨。蒸し暑い時期で、一年で一番イヤな時期だ。
 特に髪のセットに時間がかかるから。前髪なんか特に決まらない。
 まあ、私もそういうオシャレに気を遣うようになった、ということ。それも、特定の人に見てもらいたいから。
 誰に言われるよりも、その人に言われるのが一番嬉しい。
 
「でもさぁ、さゆさゆも変わったよねぇ」
 みっくは感慨深そうにため息をついた。
「どこが?」
「どこがと聞きますか? ほほぉ、それはそれはまた」
「…………」
「カレシができると、言動まで変わるのね」
 トゲのある言葉に、私は苦笑するしかなかった。
「でも、あたしはいいと思うよ」
「ホントに?」
「だって、結果的にさゆさゆは良い方向に変わったんだから。特に見た目」
 そう言って私の髪に触れる。
「手入れも念入りだし。それまでは前髪なんか顔を隠すためのものだったのが、今じゃオシャレの道具に早変わり、っと。ホント、恋する乙女は強いわ」
「自分でもそれはわかるけどね」
「自覚あり、と」
 笑うみっく。
「ねえ、さゆさゆ」
「うん?」
「ひょっとして、もうあげちゃった?」
「あげちゃった? なにを?」
「そんなに決まってるじゃない。一番大事なもの」
「大事なもの……って、ま、まだよ」
「ほほぉ、まだですか。これは意外」
 口元を押さえ、ほほほと笑う。
「なになに、さゆさゆが拒んでるの? それとも、彼が求めてこないの?」
「い、いいじゃない、そんなの」
「気になるのよね、すっごく。ほら、さゆさゆのをお手本にしようかなって」
「…………」
「ほらほら、そんな顔しない。せっかく綺麗になってきたんだから」
「誰のせいよ、誰の」
「いいじゃないの、ね」
 みっくは、私の肩をぽんぽんと叩いた。
 なんとなく、みっくのおもちゃになってる気がする……
 
「翼くん♪」
「ん、どうかした?」
「ううん、呼んだだけ」
 そう言って私は翼くんに寄り添った。
 学校が終わり、私たちは『ウィンドミル』でお茶を飲み、それから翼くんの部屋にいる。
「沙由美」
「うん?」
 翼くんは、私にキスをした。
「ん、はあ……」
 キスをすると、なにも考えられなくなってしまう。
 一瞬、思考回路が止まる。そんな感じ。
「……翼くん」
「ん?」
「エッチ、しようか……?」
「えっ……?」
「イヤ?」
「それはないけど。でも──」
 私は、渋る翼くんの手を、自分の胸に当てた。
 ちょっとだけ恥ずかしいけど。
「ドキドキしてるでしょ?」
「あ、ああ」
「翼くんと一緒にいるだけでドキドキするけど、今はもっとドキドキしてる」
「……本当に、いいの?」
「うん」
 もう一度キスをする。
「沙由美……」
「翼くん……」
 
 はじめてのセックスは、思っていたよりも痛かった。
 でも、その痛みもふたりのつながりをより強くするものだと思えば、いい想い出になる。
 私自身は、行為自体を楽しむところまではいかなかったけど、翼くんにはちゃんと気持ちよくなってもらったし。
 これで、私たちはそれこそ身も心もひとつになれたわけで。
 ふふっ、なんか嬉しい。
 
 そうこうしているうちに、期末試験も終わり、夏休みになった。
 来年は受験だから、いろんなことができるのは、この夏休みだけ。だからいろいろなことに挑戦しようと思ったわけで。
「おおっ、似合ってるじゃない」
 郁美さんはそう言って満足そうに頷いている。
 ここは『ウィンドミル』のロッカールーム。そこで私は、この店のユニフォームを着ている。
 黒のメイド服。これを着ると、妙なセリフを口走りそうになる。
 で、なんで私がこれを着ているかというと、夏休みのアルバイト。
 基本的には高校生のアルバイトは採らないんだけど、私はちょっと特別に入れてもらった。
 本来なら翼くんにはあまり関係ないんだけど、私もお世話になりっぱなしだとさすがに悪いと思い、今回のことを申し出たわけ。
 まあ、ようは翼くんと一緒にいられればよかった、ということなんだけど。
「よし、とりあえず格好はこれでオーケーと。あとは接客マナーだね。それは、チーフウェイトレスに任せてあるから、みっちりしごかれてね」
「は、はい」
 その日からさっそく研修がはじまった。
 挨拶、案内、注文の取り方、品物の運び方、レジ打ち。とにかくやることはたくさんあった。
 もちろん最初からそれ全部ができるとは思われていない。失敗さえしてくれなければいい、そんな感じもある。
 事実、多少甘めの研修らしいから。
「とにかく、挨拶は元気よく。話す時ははっきりと。極力間違えないようにしてもらいたいけど、もし間違えたらすぐに対処すること。それがわからなければ、誰かを呼ぶこと。それさえ守れれば、とりあえずは大丈夫だと思うわ」
 茜さんはそう言って簡単な研修を締めくくった。
「そうそう。シフトにもよるけど、沙由美ちゃん担当は基本的には久美ちゃんにお願いしてあるから。休みの時とかは、私やマネージャーでもいいし。ああ、そうそう。もうひとり、心強い味方がいわたわね」
「味方、ですか?」
「そう。翼くんよ。彼ならいろいろ知ってるし、きっと手助けしてくれるわ」
 私がアルバイトしたいと言った動機も、ほぼ知られているからなにも言えない。
「まあ、そういうわけだから。明日からの本番も、がんばって」
「はい」
 そして、私の初アルバイトがはじまった。
 
「いらっしゃいませっ!」
 アルバイトは、思いの外大変だった。
 もともと地元でも人気店として有名だった『ウィンドミル』だから、お客はいつも多い。それ自体は来る度に見ていたからわかったけど、でも、それを相手にするとなるとまた話は変わった。
 こうも忙しいとは、さすがに思わなかった。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか? それでは少々お待ちください」
 注文を取り、厨房へ。
「注文入ります。カルボナーラ、シーザーサラダのセットです」
 注文を伝え、一息つく。
「お疲れさま、沙由美ちゃん」
「あっ、お疲れさまです」
 そこへ久美さんが声をかけてきた。
「どう、だいぶ慣れた?」
「はい。まだ戸惑うこともありますけど、だいぶ慣れました」
「そう。でも、沙由美ちゃん」
「はい?」
「お店のことばかりで、翼くんとはどうなの?」
 久美さんは、ちょっとだけいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「えっと、まあ、順調だと」
「そっか。お店のことはあまり関係なかったのね」
「私のシフトの時は翼くん、上にいれくれますから」
「ふふっ、本当に仲がいいわね」
「ほらほら、そこのふたり。話は休憩時間にしな」
 注文の品ができ、郁美さんが私たちを注意した。
「こっちが久美ちゃんの」
「わかりました」
 トレイに載せ、久美さんはお客の元へ。
「沙由美ちゃんのはこっち」
「はい」
「それ運んだら、休憩入っていいわよ」
「わかりました」
 
 休憩時間は、たいてい森村家のリビングにいる。
 そこにいれば、翼くんと一緒にいられるから。
「宿題、やってる?」
「まあ、ぼちぼち」
「そっか。私もぼちぼちかな。でも、今年は少しは楽できるかもね」
「ん、なんでだ?」
 翼くんは、首を傾げた。
「だって、わからないところは翼くんに訊けるし。それに、いざとなれば分担しちゃえばいいし」
「なるほど。そういう方法があったか」
「ね、楽できるでしょ?」
 それ自体は裏技だけど、少しでも夏休みを満喫するためだから、大目に見てほしい。
「そうだ。翼くん」
「ん?」
「今度、うちに来てほしいんだけど、いいかな?」
「沙由美の家に?」
「うん」
「それは別に構わないけど、いったいなんの用?」
「えっとね、それは、内緒」
 そう言って私は笑った。
 
 アルバイトが休みのある日。
 翼くんがうちに来た。翼くんがうちに来るのは、別にはじめてのことではない。ただ、その時はたまたまお兄ちゃんしかいなかっただけ。
 今日は、みんな揃ってる。
「なるほど、君が」
「そう、あなたが」
 お父さんとお母さんは、翼くんを見てしきりに頷いている。
 お兄ちゃんはひとり、あきれ顔。
「確かに、どこか抜けてる沙由美には、ぴったりね」
「お、お母さん」
 言うに事欠いて、なんてことを。それでも親なの?
「ところで、ひとつ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「君は、沙由美のことを、どれくらい大切に想ってくれているのかな?」
「お父さん?」
「親としては、それくらいは知っておきたくてね」
「そうですね」
 翼くんは、少し考え、答えた。
「とりあえず、世界を敵に回す覚悟くらいはできているつもりです」
「なるほど」
「翼くん……」
 まさか、そこまで言ってくれるとは思わなかった。
 だから、すごく嬉しい。
「春昭」
「ん?」
「おまえは前から知っていたのだろう?」
「まあね」
「どう思った?」
「いや、別に俺が改めて言うことなんてないと思うけど。ようは沙由美と彼の問題だし。それに、俺と由霞梨の時だってそうだったと思うし」
「お兄ちゃん……」
 翼くんもお兄ちゃんも、かっこよすぎ。
「翼くん。これからも沙由美のこと、よろしくお願いするよ」
「はい」
 
「しかし、まさかいきなり両親に紹介されるとは思わなかった」
「ごめんね」
 私はぺろっと舌を出し、謝った。
「でもほら、私たちがつきあいだして、もう結構な時間が経つでしょ? なのに私はお父さんにもお母さんにも翼くんを紹介してなかったから。だから、しびれを切らして連れてこいって」
「なるほどね。だけど、それならそうと言ってくれればいいのに」
「ほら、それはそれ。あらかじめ用意された答えを聞くよりは、即興で答える方がいいと思って」
 ちょっと口から出任せ気味だけど。
「でも、これで私たちの関係は、誰にも気兼ねなしの関係になったんだよ」
「確かに」
「だからね、翼くん」
「ん?」
「これからは、もっともっと一緒にいられるよ」
 そう言って私は、翼くんの腕を取った。
「ね、翼くん?」
「そうだな」
 もっともっと、一緒にいたいから。
 大好きな、翼くんと。
 
 涼やかな風で目が覚めた。
 寝ぼけ眼であたりを見回す。
 開け放たれた窓からは明るい陽差しが降り注ぎ、レースのカーテンは風に揺れていた。
 私はここがどこかを認識するのに、数秒要した。
 そうだ。ここは山のペンションだ。
 翼くんとふたりで短い休みを利用してやってきたペンション。
「そうだった……」
 呟きが漏れた。
「ん、起きたか」
 と、ベランダから声が聞こえた。
 翼くんだ。
「おはよ、翼くん」
「ああ、おはよう、沙由美」
 翼くんはベッドの側まで来て、私にキスをしてくれた。おはようのキス。
「よく眠れた?」
「うん。翼くんと一緒だったから」
「そっか」
 少しだけ照れた顔で翼くんは答える。
「まあ、とりあえず沙由美」
「うん?」
「なにか、着てくれ」
「あっ、うん」
 昨日の夜のままだったから、なにも身につけてなかったんだった。いけないいけない。
 私は下着を身につけ、お気に入りのワンピースを着た。
「ベランダで、なにしてたの?」
「ん、特になにも。ただ、ぼんやりと景色を眺めてた」
「そうなんだ」
 私もベランダに出てみる。
 そこから見えるのは、麓の街。反対側の部屋なら、山がよく見えるはずだ。
「翼くん」
「ん?」
「ありがとね」
「なにがだ?」
 私の言葉に、翼くんは首を傾げた。
「ほら、私のワガママ聞いてくれたから」
「いや、ワガママってほどのことでもないだろ。それに、沙由美と同じで俺もふたりだけでどこか行きたいと思ってたから」
「そうなの?」
「まあ、な」
「そっか。じゃあ、ちょうどよかったんだね」
「そういうこと。だからわざわざ礼を言うことなんてないって」
「うん。でも、一応ね。ほら、親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ?」
 理由はどうあれ、翼くんに感謝してるのに代わりはない。
 だから私はお礼を言う。
「ホント、ありがとね」
 
 人と人の関係って、不思議だと思う。
 親子とか親戚とか、そういう近しい関係は別だけど。
 友人、恋人。それだって所詮はもともとは赤の他人。なのに、下手すれば家族以上の関係になる。本当に不思議。
 それは、私と翼くんの間にも言える。
 今の私にとって、翼くんはお父さんやお母さん、お兄ちゃんと同じくらい大事な人だから。
 その間に明確な差はないけど、もしこれから先のことを考えるなら、たぶん、翼くんを選んでしまう。喧嘩もするだろうし、ひょっとしたら別れ話も出るかもしれない。それでも、私は翼くんと一緒にいたい。
 こんな私を好きになってくれた、翼くんと。
 
「いや、ホントにやってたんだね」
 その日、私がバイト中にみっくがやってきた。
「最近、ちょっと噂になってたんだよ」
「噂?」
「うん。うちの学校の生徒がここでバイトしてるって。しかも、その子はなかなかカワイイって」
 そう言ってみっくは、意味深な笑みを浮かべる。
「で、ここでバイトしてるうちの生徒って、さゆさゆしかいないんだよねぇ。つまり、共通見解としてさゆさゆはカワイイってこと。アンダスタン?」
「……別に、みんなにカワイイって思われなくたっていいもん」
「ほほぉ、それは?」
 ううぅ、わかってて言ってる。
「……翼くんにさえ、そう思ってもらえてれば」
「うんうん、人間素直が一番よ。さゆさゆもようやくそれを理解したわね」
「んもう、みっくは冷やかしに来ただけなの?」
「そうよ」
 知れっとそう言う。
「まあ、冗談はいいとして」
「……ホントに冗談?」
「まあまあ。ここへ来たのは、さゆさゆと彼を誘おうと思ったからなの」
「誘う? なにに?」
「ほら、毎年八月の最後に花火大会があるでしょ? 今年はそれにみんなで行こうってことになって。それでこの木村未来さん直々にさゆさゆたちを誘いに来たわけ」
「なるほど」
「どう、行ける?」
「たぶん」
「ま、今はたぶんでいいけどね。詳細は電話で連絡するから」
「うん」
 
 そして、八月最後の日曜日。
 このあたりではなかなか大規模な花火大会の当日。
 河川敷に設けられた打ち上げ場所では、多くの花火職人が念入りに準備を行っている。
 夜七時。花火大会がはじまった。
 三尺玉のような大きなものは場所の関係で上がらないけど、それでも綺麗な花火が二千発上がる。
 私と翼くんは、みっくの誘いに乗り、最初は一緒に花火を見ていた。
 だけど、途中でそこを抜け出した。
「やっぱり、ふたりきりがいいよね」
 そう言って私は翼くんの腕を取った。
 私は、この花火大会のために浴衣を新調した。色合い的にちょっと冒険気味だけど。
「ねえ、翼くん」
「ん?」
 色とりどりの花火が打ち上がる中。
「ずっと、一緒にいたいね」
 私は、翼くんにだけ聞こえるくらいの声で。
「私、本当にずっと、それこそ死ぬまで一緒にいたいよ」
 自分の想いを。
「翼くんは?」
 伝えた。
「俺も、ずっと一緒にいたいよ」
 
 まわりに人がいることなんて、これっぽちも気にならなかった。
 今はただ、翼くんを感じていたかった。
 だから。
「ん……」
 私たちは、キスをした。
 願わくば、このキスが、これからの私たちの道しるべになりますように。
 
                                 FIN
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