僕がいて、君がいて
 
第九章「寒空、星空、雪の空」
 
 一
 十二月十日。
 その日は木枯らしの強い日だった。家々では洗濯物が風で飛ばされないようにしっかり押さえたり、家の中に干しているところもある。
 街を行き交う人も、背中を丸め、足早に過ぎていく。
 髪の長い人はひと苦労である。風が強いだけでなく、冬のこの時期は乾燥している。従って髪もぱさぱさになり、まとまらない。
 制服のある学校では、女子生徒がスカートを気にしながら歩いていた。
 そんな日の昼休み。
 圭太はクラスで用事を頼まれ、昼食もそこそこにそれをこなしていた。
「これは……ここかな」
 そこは一高の資料室。様々な資料が所蔵されている。
 圭太はたまたま風邪で休んでいるクラス委員の代わりに、こうして仕事をしていた。
「ねえ、圭太。これは、ここでいいのかな?」
 ちなみに、柚紀も一緒である。
 本来ならふたりでする量ではないのだが、柚紀は強引に圭太についてきていた。
 数種のファイルとディスクをしまい、仕事は終了。時間にしておよそ五分。
「もう終わっちゃったね」
「ふたりでやったからね。これはもともとひとりの仕事だよ」
 圭太は一応確認しながらそう言った。
「じゃあ、教室に戻ろうか」
「ん〜……」
「どうしたの?」
 柚紀は、腕を組んで考えながら唸っている。
「ねえ、圭太」
「うん?」
「ここの鍵は、圭太が開けたんだよね?」
「そうだよ。ほら」
 そう言って小さな鍵を見せる。どこにでもある普通の鍵である。ピッキング専門の泥棒なら一分もかからずに開けてしまう。
「ということは、だよ」
 柚紀は、悪戯っぽい笑みを浮かべて入り口の鍵をかけた。
「まさかとは思うけど……」
 そこまでして、圭太も柚紀がなにを考えているかわかったらしい。さすがは柚紀の彼氏である。
「これで、密室の完成」
 そう言って柚紀は、圭太を資料室の一番奥に引っ張り込んだ。
 資料室には入り口はひとつしかない。さらに、書棚が大きいため、目隠しにもなる。
 そして、そこに来る生徒はまずいないし、教職員ですらほとんど使わない。
「最近、ちょっとご無沙汰だったから……」
 そう言う否や、キスをする。
「ん、はあ……」
「……なんとなく、こうなるんじゃないかって思ってたよ」
「ふふっ、さすがは圭太。学んでるじゃない」
「こういうことは学ばなくてもいいと思うんだけどね……」
「いいの」
 もう一度キスをする。
「ん、あ、圭太……」
 一度決めてしまうと、圭太も積極的に柚紀を求めた。
 もっとも、心のどこかでは早く終わらせてしまおう、そんなことも考えていたかもしれないが。
 圭太の手が、少し乱暴に柚紀の胸を揉む。
「あっ、んっ」
 次第に柚紀の体から力が抜けていく。
 それでもなんとか立っている間に、圭太は素早くスカートの中、ショーツの中へ手を滑り込ませた。
「んんっ、ダメっ」
 圭太は、秘所を擦るように撫でつける。
 少し指を動かしただけで、中からじゅわっと蜜があふれてくる。
 この頃の柚紀は、前以上に敏感になっていた。
「んっ、汚すと、はいて帰れないから……」
 そう言って柚紀は、ショーツを脱いだ。
 あらわになった秘所に、資料室の少しひんやりとした空気が当たる。
 それでますます敏感になったのか、すぐに立っていられなくなる。
「はあ、圭太、ほしいよぉ……」
 手で圭太の股間をさすり、ねだってくる。
「じゃあ……」
 圭太は柚紀を壁に押しつけ、片足を膝裏のあたりで持つ。
 そして、少し体勢を落とし、モノを突き立てた。
「んあっ!」
 柚紀は、声を抑えるために手で口を押さえた。
「んっ、んっ」
 圭太は、下から下から柚紀を突き上げる。
 口は押さえているものの、声を完全に抑え込めているわけではない。
「んっ、あっ、んんっ」
 次第にその動きも激しくなってくる。
 圭太はもう片方の足も持ち上げ、完全に駅弁スタイルになる。
「んっ、あっ、ダメっ、イっちゃうっ!」
 そして──
「んんっ、あああっ!」
「くっ!」
 ふたりは同時に達した。
 圭太は柚紀の中に大量の白濁液を放った。
「はあ、はあ、はあ……」
「ん、はぁ、はぁ……」
 そのままの格好でキスを交わす。
「ん、圭太ので、お腹いっぱい、だよ……」
 モノを抜き、柚紀を立たせると、太ももに白濁液が垂れてきた。
「圭太も、結構溜まってたんだね」
 柚紀は、どこか嬉しそうに後処理をする。
「圭太って、ひとりでしたりしないの?」
「柚紀がいるのに、しないよ」
「そう言ってくれるのは、すっごく嬉しいんだけど、でも、したくなる時とか、ない?」
「ないことも、ないけど……」
「我慢してるの?」
「まあ……」
 圭太は曖昧に答えた。
 それはそうであろう。たまに、鈴奈や紗絵を抱いているなどと言えるわけがない。さらに、最近では祥子もである。
「私は……たまにだけど、圭太のことを想ってしちゃう、かな。でも、ひとりでしたあとって、すごく虚しくなるの。ふたりでエッチすると幸せな気持ちになれるけど、ひとりじゃダメ。欲求は多少は満たされるけど、心までは満たされないから。だから、どっちもどっちなんだけどね」
 そう言って笑う。
「さてと、圭太に抱いてもらって元気になったから、午後も張り切っていこう」
 
 その日の部活終了後。
 圭太は、いつもと同じように柚紀と祥子と一緒に帰っていた。
 風は多少は収まっていたが、まだ強い部類に入っていた。
「んもう、風、強すぎだよぉ」
 そう言って柚紀は髪をまとめる。
 同じように髪の長い祥子は、あらかじめ髪を結っていた。
「それに、すっごく寒いし」
 手袋をした手を擦りあわせる。
「やっぱり私は寒いのは苦手だなぁ……」
 そう言ってため息をつく。
 と、その時。
「わわっ」
「きゃっ」
 一瞬突風が吹き抜けていった。ふたりのスカートをめくって。
「…………」
「…………」
「…………」
 三人の間に沈黙が訪れた。
「い、今の、すごい風だったね」
「え、ええ、そうですね」
 あからさまにそのことを無視する。乙女心とは複雑である。
 それから大通りに出て、柚紀はバスに乗って帰った。
「……ねえ、圭くん」
「なんですか?」
「さっき、見た、でしょ?」
「……なんのことですか?」
「私の、見たでしょ?」
 祥子は、上目遣いにそう訊ねる。
「す、少しだけ、です」
「はあ、やっぱりね。でも、圭くんでよかった」
「なにがですか?」
「見られた相手が。ほかの人だったら、泣いちゃったかも」
 冗談めかしてそんなことを言う。
「圭くん」
「なんですか?」
「私、圭くんのこと忘れられないから」
「えっ……?」
「……だから、また、慰めてね」
 そう言ってキスをし、そのまま駆け出した。
 でも、少し行ったところで立ち止まる。
「また明日ね、大好きな圭くん」
 ニコッと笑い、今度こそ帰っていった。
「……また、か」
 圭太は、ため息をつきつつ、ゆっくりと家に帰った。
 
 十二月十二日。
 その日は午前中に部活が行われた。次の日に合同練習があるため、それなりに厳しい練習となっていた。
 ただ、すべての練習時間をクリスマス演奏会のために割いているわけではない。一ヶ月後にはアンサンブルコンテストの県大会が行われる。その練習も行われていた。
 三つとも気合いが入っているのだが、特にギリギリで県大会出場を決めたクラリネットは、よりいっそうのレベルアップを目指していた。
 そんな練習でのことである。
「ねえ、祥子」
「なぁに?」
「ちょっと小耳に挟んだんだけど」
「なにを?」
 祥子は楽器を膝の上に置き、話しかけてきた晴美に向き直る。
「この前、祥子が圭太と腕組んで歩いてたって」
「えっ……?」
「まあ、それも又聞きだから真相は定かじゃないけどね。それに、その情報源って子もちらっと見た程度だって言ってたから。で、どうなの、真相のほどは?」
「わ、私が圭くんとそんなこと、するはずないよ」
「確かに、普通ならね。でも、最近の祥子はそうでもないと、あたしも思うわ」
 晴美はアゴに手を当て、まるで探偵にでもなったかのように言う。
「以前からともみ先輩も含めて、三中の部長トリオは仲が良かったけど、最近は特にそう見える」
「うんうん、私もそう思う」
 晴美の意見に美代も賛同する。
「見た目はそう変わらないんだけど、なんか、根本的なとこが変わったっていうのかな。接し方とかも、微妙に違うように見える」
「とりわけ、最近の祥子は綺麗になったって、もっぱらの噂だし」
「同じパートの仲間としては、気になるのよね〜」
 晴美と美代は目をランランと輝かせて真相を迫る。
「はあ、晴美も美代も、その辺にしときなさいって。祥子が困ってるでしょうが」
 それを止めたのは、ゆかりだった。
「なんで? ゆかりは気にならないの?」
「そりゃ、気になるかならないかって訊かれれば、気になるって答えるけど。でもさ、それを気にしたところでどうにもならないでしょ? それが練習に悪影響を及ぼしてるわけでもないし。それにさ、男と女の関係なんて、そんな簡単に言い表せるとは思えないけどね」
 とても大人な意見を述べるゆかり。
「……悔しいけど、ゆかりの意見に反論できない」
「……そうね。やっぱり経験豊富なゆかりには、勝てないわね」
「ちょっと待った。今、何気に不穏当なこと、言わなかった?」
「そう?」
「私は知らないけど」
「まったく、あんたたちは……」
 知れっと誤魔化す晴美と美代に、ゆかりはため息をつくしかなかった。
 そんな三人を、祥子は複雑な表情で見つめていた。
 
「葵先輩」
「ん、どしたの?」
 こちらは打楽器。
 休憩時間に柚紀が葵に声をかけていた。
「ちょっと訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「いいけど、なに?」
「先輩は、徹先輩とつきあって長いんですか?」
「その話か。ん、まあ、長いと言えば長いのかな。中学の頃からだから」
「前に聞いたんですけど、どうして先輩は部活内で公にするのを嫌がったんですか? 別に問題はないと思うんですけど」
 つきあった当初から公になっていた柚紀としては、いまいち理解に苦しむところなのだろう。
「まあ、柚紀の言う通りなんだけどね。でも、考えてもみなさいよ。つきあってるってわかれば、いつもそれを基準に考えられちゃうでしょ? なにをする時だって、葵は徹と一緒の方がいいんじゃないか、とか。変に気を遣われるの、イヤだったから」
 葵は、窓際に立ち、空を見上げながら言う。
「これは私だけの考えかもしれないけどね、いくらつきあってるからって、ちゃんといろんなことと区別できるくらいじゃないと、長続きはしないと思うんだ。それぞれに個別の友達もいるし、家族だっている。四六時中一緒にいられるわけじゃない。それはたとえ、結婚したってそう。家でできる仕事でもしない限り、ずっと家にいることもないし。そういう時にちゃんと割り切れるかどうかって、結構重要だと思う。だからかな、私はあえて言わなかったの。別に隠し通せるとは思ってなかったけどね。だって、私たちがつきあってることなんて、同じ中学の連中に聞けばわかることだし」
「そうですね……」
「柚紀と圭太は、そういう意味で言うと、まだ大丈夫だと思うけど」
「そうなんですか?」
「だって、つきあってから半年ちょっとでしょ? だったら問題ないって。私たちみたいに何年もつきあってるのに、必要なのよ、そういうのは」
 葵はそう言って笑った。
「いいですね、先輩と徹先輩の関係って。ちょっと、憧れちゃいます」
「そう? でも、案外実情を見たら幻滅するかもよ」
「それって、先輩が徹先輩の手綱を握ってるからですか?」
「あはは、かもしれないわね。徹は、一生私には頭が上がらないのよ。いろいろあってね」
「いろいろ、ですか」
 そのいろいろを訊いてみたい柚紀ではあったが、とりあえずは我慢した。
「で、訊きたいことって、それだけ?」
「あ、あとひとつ」
「ん?」
「先輩たちって、その、どれくらいしてますか?」
「してるって、なにを?」
「その、エッチ、です」
「別に回数とかなんか決めてないけどね。なんとなくその場の雰囲気で。それに、私はあんまりしたくないのよ」
「どうしてですか?」
「ん、まあ、柚紀だからいっか。甘えちゃうからよ。普段と性格が逆になっちゃうから。それ自体は別に悪いことじゃないんだけど、たまにそのギャップがイヤになることがあって。あいつは、気にしてないみたいだけどね」
 そう言う葵の表情は、そのことをあまり深くは考えていないような感じである。
「先輩、ホントに徹先輩のことが好きなんですね」
「面と向かってそう言われるのはちょっと恥ずかしいけど、ま、好きよ。だから今でもつきあってるわけだし」
「それは、先輩の話している時の表情を見るとわかります」
「そう?」
「はい」
 即答する柚紀に、葵は穏やかな笑みで応えた。
「さて、話はこんなところでいい?」
「はい、ありがとうございます」
「今度は、柚紀のことを聞かせてもらうから、覚悟しときなさい」
「お手柔らかにお願います」
「ふふっ、考えておくわ」
 
 その日の午後。
 久々にゆったりとした午後を過ごしていた圭太に、一本の電話がかかってきた。
「はい、高城です」
『あ、あの、吉沢と申しますが……』
「ん、その声は、朱美か?」
『あ、圭兄?』
「うん、そうだよ。久しぶりだね。元気にしてた?」
『うん、元気だよ』
 電話の相手は、圭太の従妹、吉沢朱美だった。
「淑美叔母さんは元気?」
『うん、元気すぎるくらい元気だよ。お父さんも相変わらずだし』
「そっか。それで、どうしたの、電話なんて?」
『あのね、圭兄にお願いがあるの』
「お願い?」
 圭太は電話口で首を傾げた。
『圭兄も知ってると思うけど、私、今年受験なの』
「そうだね」
『それでね、志望校に一高を選んでるんだけど』
「朱美も一高志望なんだ。初耳だなぁ」
『うん、最近まで決めかねてたからね。それで、一高の先輩の圭兄にいろいろ聞きたいこととかあって』
「なるほど」
『ホントは電話でもいいと思うんだけど、できれば直接会って聞いてみたいの』
「うん、それは構わないよ。僕がそっちへ行こうか?」
『ううん、頼んでるのは私だから、私がそっちに行くよ。それで、都合のいい日を教えてほしいの』
「わかった。ちょっと待って」
 そう言って圭太はカレンダーを見た。
「そうだなぁ……早ければ、来週の日曜、二十日かな。あとは、冬休み中だね」
『二十日かぁ……』
 電話の向こうで朱美もスケジュールを確認している。
『うん、二十日は大丈夫だよ。模擬試験は明日だから』
「明日って、大丈夫なのか?」
『大丈夫だよ。前日にすることなんてそうそうないし。それより、二十日の日は、何時くらいにそっちに行けばいいかな?』
「午前中は部活だから、午後だね。少し早めに来てうちでお昼を食べてもいいと思うし」
『じゃあ、そのあたりで予定を組んでみるよ。ありがと、圭兄』
「お役に立てるかどうかはわからないけどね」
『大丈夫。なんたって圭兄だし』
 それから少し話をして電話を切った。
「そっか、朱美も一高なのか……」
 
 さらにその日の夜。
「今日ね、朱美から電話があったんだ」
 夕食の時、圭太はそう話を切り出した。
「あら、そうなの? それで用件は?」
「うん、僕に一高のことを聞きたいんだって」
「朱美ちゃんも一高志望なの?」
 琴絵は、そう訊ねる。
「らしいよ」
「私もはじめて聞いたわ。もう、そうならそうと教えてくれればいいのに。あとで淑美に言ってやらないと」
 琴美は、少々憤慨している。さすがに実の妹にそういう大事なことを聞かされていなければ、怒るのも無理はない。しかも、自分の息子と同じ高校に通わせようというのだから、なおのことである。
「それで、来週の日曜日にうちに来ることになったから。その日は部活があるから、朱美には午後からって言っておいたけど、早めに来るかもしれないから、その時は母さんよろしくね」
「わかったわ。ついでだから、淑美も呼びつけようかしら?」
「お母さん、淑美叔母さんを呼ぶのはいいけど、あんまり騒がないでね」
「あら、それはどういう意味かしら、琴絵?」
「だって、お母さんと淑美叔母さんて、お酒が入るといっつも騒ぎ出すんだもん。ね、お兄ちゃん」
「確かに」
「……まあ、大丈夫よ」
 微妙に顔が引きつっているのは、決して気のせいではないだろう。
「それにしても、朱美もやっぱり圭太を追いかけるのね。朱美は昔から圭太ひとすじだからね。圭兄、圭兄って後ろにくっついて」
「あの頃の朱美は、もうひとりの妹だったからね」
「ふふっ、よく圭太を取り合って琴絵と喧嘩してたわよね」
「そ、そんなことあったっけ?」
「ええ、あったわよ。琴絵は、お兄ちゃんは琴絵だけのお兄ちゃんだって譲らなくて。朱美は朱美で、琴絵ちゃんはいつも一緒なんだからいいでしょ、なんて言ってやっぱり譲らなくて」
 琴美は、昔のことを思い出しながらそう言う。
「そんな朱美ももう高校生になるのね。琴絵も来年は受験生だし。私も年を取るはずだわ」
「大げさだなぁ、母さんは」
「あら、女はいつまでも若く、綺麗でいたいものなのよ」
 それからしばらく琴美は、女とはをとつとつと語った。
 
 二
 十二月十六日の朝。
 圭太は、いつも通りの時間に起床した。
 部屋の中はだいぶ寒かったが、それがかえって眠気を覚ました。
 だから、すぐに隣で琴絵が寝ているのにも気づいた。
「なんで琴絵が……」
 圭太は、必死に記憶をたぐり寄せ、状況の判断に努める。
 確かにあの日以来、圭太と琴絵は比較的よく一緒に寝るようになっていた。だが、その日は前日に一緒に寝た記憶はなかった。
 そうすると、結論はひとつしかない。
「琴絵、琴絵、朝だよ」
 圭太は軽く体を揺すり、琴絵を起こす。
「ん……う、ん〜……」
 琴絵は、うっすらと目を開け、圭太の顔をとらえた。
「あはっ、おにいちゃんだぁ」
 そう言うや否や、琴絵は圭太に抱きついた。
 どうやら寝ぼけているようである。
「ん〜、おにいちゃ〜ん♪」
 ネコみたいにすり寄ってくる。
「はあ、琴絵。寝ぼけてないで、ちゃんと目を覚ます」
 ぺしっとおでこを叩く。
「あうっ」
 その一撃で、今度はちゃんと目が覚めたようである。
「あ、あれ、お兄ちゃん?」
「おはよう、寝ぼすけな琴絵ちゃん」
「う、うん、おはよ、お兄ちゃん」
 琴絵は、いまいち状況を理解できていないようである。
「ところで琴絵。どうして琴絵が僕のベッドで寝ているんだ?」
「あ、えっと、それは……その、淋しかったから」
「淋しかった?」
「うん。今でも時々急に淋しくなるの。子供だって言うかもしれないけど、でも、私にだってどうすればいいかわからないし」
「なるほど」
「……お兄ちゃん、怒ってる?」
 琴絵は、今にも泣き出しそうな顔でそう訊ねる。
 圭太は、優しく琴絵の頭を撫でながら言う。
「怒ってないよ」
「ホント?」
「うん」
「よかったぁ……」
 琴絵は、ホッと息をつく。
「でも、これからはできるだけこういうことしないように」
「うん、わかってるよ。一緒に寝たい時は、ちゃんと言うから。それに……」
 そう言って琴絵は圭太にキスをした。
「また、気持ちよくなりたいから……」
「琴絵……」
 ふたりは、あの日お互いに慰めあってからは、それだけはしていなかった。だが、琴絵はそれをまたしたいと言う。
「さてと、もう起きて準備しないとね」
「ん、そうだな」
「お兄ちゃん」
「うん?」
「私たちって、もう普通の兄妹じゃ、ないのかな?」
 その問いかけに、圭太は答えられなかった。
 
 クリスマス演奏会まで一週間となり、だんだんと練習にも熱が入ってきた。二度の合同練習を経て、三校の演奏もだいぶまとまっていた。もちろんそのレベルは決して高いわけではない。だが、ある程度耳の肥えた人にも聴かせられるほどにはなっていた。
 ただ、部活では話題はそれだけではなかった。
 話題の中心は、クリスマスである。今年は誰と過ごすとか、プレゼントはどうしようとか、そんな感じだった。
 街の中も確かにクリスマスムード一色で、ツリーもあちこちに見られた。クリスマスケーキの予約も行われている。
 日本は決してキリスト教国ではないが、この時期はどこもかしこもそういう雰囲気になっていた。
 そして、圭太のまわりでもご多分に漏れず、話題はそれだった。
 ただ、今年のクリスマスはイヴからは圭太は柚紀とふたりだけでクリスマスを過ごすことになっていた。
 というわけで、圭太に想いを寄せている面々のねらい所は、クリスマス当日だった。
「というわけで、圭太」
「な、なにがというわけなんですか?」
 久しぶりに部活に顔を出したともみは、圭太を捕まえて迫った。
「クリスマスに、パーティーやりましょ」
「パーティーですか?」
「そ。どうせイヴは柚紀とふたりきりなんでしょ?」
「ま、まあ、それは……」
「だけど、当日は大丈夫よね?」
「おそらくは」
「よしっ、決まり。二十五日の夕方から、場所は『桜亭』」
 そして、あっという間に決まってしまった。
 
「でも、ともみ先輩も相変わらずだね」
 部活終了後、いつものメンバーでの帰宅。
 柚紀はそう言って苦笑した。
「まあ、それがともみ先輩のともみ先輩たるゆえんだから」
 圭太はやはり苦笑しながらそう言う。
「それを認めちゃう圭くんも圭くんだと思うけどね」
「あ、それは私も思います」
 祥子の言葉に、柚紀も賛同する。
「ともみ先輩も受験勉強でいろいろ忙しいから、たまには息抜きしたいんだと思うよ」
「そうですね」
「そういうわけだから、柚紀も大目に見てね」
「気にしてませんよ。クリスマスにみんなでわいわいやるのも楽しいですから」
「そっか」
 それは、勝者の余裕であろう。
「圭太は、私の圭太でもありますけど、やっぱりみんなの圭太でもありますから」
「ふふっ、それは、余裕なのかな?」
「さあ、どうでしょう? でも、圭太が圭太のことを想っている人たちのことをないがしろにするようなら、私が黙ってませんから。そんなの、圭太じゃないです」
「確かにそうかもね。でも、柚紀」
「はい?」
「油断してると、足下をすくわれるかも」
 そう言って祥子は、圭太を見た。
「大丈夫です。それだけは絶対にあり得ませんから」
 しかし、柚紀はまったく取り合わない。
「その相手が祥子先輩でも、大丈夫です」
「ふふっ」
 祥子は、それには答えなかった。
 その時祥子がどんなことを考えていたかは、わからない。
 ただ、その程度で圭太への想いが変わるとは思えなかった。
 
 十二月二十日。
 圭太は部活が終わると、珍しくすぐに帰った。あらかじめ柚紀にも祥子にも事情は説明してあるので、それ自体は問題なかった。
 もっとも、ふたりともかなりがっかりしていたのだが。
 圭太が家に帰り着いたのは一時少し前だった。家の玄関には、見慣れぬ靴が二足。
 しかし、その持ち主は住居部にはいなかった。
 とりあえず部屋で着替え、それから店の方へ出る。
「ただいま、母さん」
「あら、おかえり。ふたりとも来てるわよ」
 店の奥、一番邪魔にならない席にそのふたりはいた。
「お久しぶりです、淑美叔母さん」
「まあ、圭太くん。久しぶり」
 琴美の妹、吉沢淑美はパッと顔を輝かせた。
「元気だった?」
「はい。叔母さんも元気そうで」
「ええ、それが取り柄だから」
「むぅ、圭兄、私は〜?」
「朱美も久しぶり。元気なのは、電話の時に聞いたか」
「うん」
 ようやく相手にしてもらえたのが嬉しいのか、朱美は満面の笑みを浮かべた。
「圭太くん、聞いてよ」
「なんですか?」
「朱美ったら、もう何日も前から浮かれちゃって、もうそれは大変だったんだから」
「お、お母さんっ」
「本当のことでしょ?」
「うっ、それは、そうなんだけどぉ……」
 淑美の言葉に、朱美は押し黙るしかない。
 圭太はそんなふたりを、穏やかな表情で見ていた。
 それから圭太は昼食をとり、本来の目的のために朱美を部屋に招いた。
「圭兄の部屋も、久しぶりだなぁ」
 そう言って朱美はぐるっと部屋を見回した。
 ちなみに、淑美は店の方で琴美の相手をしている。
「適当に座っていいよ」
「あ、うん」
 朱美は、テーブルのところにちょこんと座った。
「琴絵ちゃんは、部活なんだよね?」
「今日は、合同練習の日だから、少し遅くなると思うよ」
「そっか、もうそんな時期だね。引退しちゃったから忘れてた」
「まあ、去年は僕もそんな感じだったよ」
「圭兄も?」
「うん。うちには琴絵がいるのにね」
 そう言って圭太は笑った。
「じゃあ、早速本題に入ろうか。今の朱美の成績はどのくらいなの?」
「うん、これくらいだよ」
 朱美はカバンの中から模擬試験の結果を取り出し、見せた。
 それによると、一高は毎回B判定以上だった。
「これくらいとれてるなら、受験は大丈夫そうだね」
「先生もそう言ってた。よほど受験でミスをしない限りは大丈夫だろうって」
「僕もそう思うよ」
「ねえ、圭兄。一高ってどんなところ?」
「そうだなぁ、中学校と違って勉強は大変だけど、その分いろいろあるよ」
「いろいろ?」
 小首を傾げる。
「文化祭とか体育祭とか、生徒が中心になっていろいろ行うから。盛り上がり方も違うよ」
「そうなんだ」
「基本的にうちの高校は、生徒の自主性を重んじているからね。だから、生徒の間にもそんなに不満はないみたいだよ」
「圭兄は?」
「僕もそうだよ。少なくともこれまでは、充実した高校生活を送れてる」
 圭太は、模試の結果を朱美に返す。
「部活とかは?」
「楽しいよ。練習は厳しいけど、それでもそれに見合う結果が出てるし」
「そうだよね。今年は全国大会金賞だもんね」
「朱美は、一高に入っても続けるの?」
「そのつもりだけど。でも、私くらいの実力で、大丈夫かな?」
「それは大丈夫だよ。うちの部活には高校からはじめる部員もいるんだから」
 朱美は、吹奏楽部ではフルートを担当していた。学校のレベル的にはそれほど高くなく、地区大会であえなく終わっていた。
「フルートには僕の直接の先輩もいるから、いろいろ教えてもらえばいいよ」
「そっか、それならちょっと安心だね」
 朱美もそれを聞き、少し表情を和らげた。
「ほかに聞きたいこととかあるかな?」
「う〜ん、とりあえずはそんなところかな。本当は先生のこととか聞きたいんだけど、春には異動とかもあるからね」
「確かに。でも、基本的にはみんないい先生だよ。たまに変わった先生もいるけど」
 誰かを思い浮かべ、圭太は笑った。
「あとは、朱美自身ががんばるだけだね」
「それが一番大変なんだけどね」
 そう言ってため息をつく。
 とはいえ、それは受験生にとっては当たり前のことである。朱美だけが大変なわけではない。
 誰もが来春に志望校に合格できるように、がんばっているのである。
「ん〜、今日はもう受験のことは忘れよ」
「ははっ、そんなに大変?」
「まだそれほどでもないかな。本格的になるのは年明けからだから。でも、冬休み中に願書を出すと、少しは気分も変わってくるかも」
「僕もそんな感じだったかな。確かに願書を出して、受験票が手元に来ると、ああ、もう受験なんだって思うよ」
「もう、圭兄。受験の話はやめようよぉ」
「ん、ごめんごめん」
「もう……」
 朱美はぷうと頬を膨らませた。
「じゃあ、いい頃合いだから、お茶でも飲もうか」
「うんっ」
 現金なものである。
 圭太は一度店の方へ。
 部屋にひとりになった朱美。
「……少しくらいなら、いいよね」
 そう言って圭太のベッドに寝ころんだ。
「ん、圭兄の匂いだ……」
 枕に顔を埋め、ぐーっと脱力する。
 しばらくそうしていると、圭太が戻ってきた。
「……朱美、なにしてるの?」
 ため息をつきつつ持ってきたお茶やお菓子をテーブルに置く。
「……ねえ、圭兄」
「ん?」
「圭兄は、私のこと、好き?」
「好きだよ」
 圭太は間髪入れずに答えた。
「でも、それは『妹』としてでしょ?」
 朱美は、ベッドの上に起き上がり、そう言った。
「……まあ、とりあえずお茶にしよう」
 圭太はとりあえずお茶を勧めた。
 朱美もそれには素直に従った。
 ふたりは、なにも話さず、お茶を飲み、お菓子を食べた。
 そして、ちょうどお茶がなくなった頃。
「圭兄。私ね、圭兄に聞いてほしいことがあるの」
 朱美は、真剣な眼差しでそう言った。
「……なんだい?」
 圭太は、落ち着いた声で聞き返した。
「私、圭兄のこと、好き」
「…………」
「『妹』としてじゃなく、吉沢朱美として見てほしい」
 そこまで言って、朱美は圭太の反応を待った。
「……朱美は、僕に彼女がいることは知ってるよね?」
「うん……」
「それでも、そう言うんだね」
「なにも言わないであきらめちゃうの、イヤだから」
「そっか……」
 圭太は、大きく息を吐いた。
 わずかに沈黙が訪れる。
「……なにも、言ってくれないんだね」
 朱美はそう言って淋しそうな笑みを浮かべた。
「ごめんね、圭兄。余計なこと言っちゃって。でも、私、後悔はしてないよ」
「朱美」
「……ん、なに?」
「おいで……」
「あ……」
 朱美は、弾かれるように圭太に抱きついた。
「圭兄……」
 圭太は、そんな朱美を優しく抱きしめる。
「圭兄に抱きしめてもらうの、久しぶり……」
「そうだっけ?」
「うん。昔、私も圭兄も小さかった頃になんとなくそんなことあったの。その頃は抱きしめるとか、そういうのは全然考えてなかったけど。でも今は……すごく嬉しい」
 そう言って朱美は嬉しそうに微笑む。
「圭兄。いとこ同士は、結婚できるんだよ」
「そうだね」
「だから」
「ん……」
 朱美は、不意にキスをした。
「セックスだって、できるんだよ……」
 
「ん……圭兄……」
 ふたりは、ベッドの上でキスを交わす。
「圭兄とのキス、すごく気持ちいい……」
 朱美は、頬を赤らめ、でも嬉しそうに言う。
「圭兄、全部圭兄に任せるから……」
「わかったよ……」
 圭太は小さく頷き、もう一度キスをした。
 タートルネックのセーター越しに胸に手を添える。
「ん……」
 朱美の胸は、かなり慎ましやかだった。
「脱いだ方が、いいかな?」
「うん、そうだね」
 朱美は体を起こし、セーターとその下のカットソーも脱ぐ。
 白のブラジャーに包まれた双丘は、やはり控えめだった。
「……私、胸、小さいから」
 そう言って朱美は顔を背けた。
「カワイイよ、朱美」
「ん、圭兄……」
 圭太は、ブラジャーをたくし上げ、直接その胸に触れた。
「ふわ……」
 小さくても朱美の胸は感度抜群だった。
「圭兄ぃ、気持ちいいよぉ……」
 触れられ揉まれ、朱美は声を上げる。
 ぷっくりと膨らんだ先端を指でつまむ。
「んあっ」
 すぐに敏感な反応を示す。
 くりくりと突起をいじる。
「だ、ダメだよぉ、圭兄ぃ」
 止まらない快感に、朱美の声にも艶っぽさが加わってくる。
「はあ、はあ……」
「大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だよ」
 それを確認し、今度は下半身に手を伸ばす。
 スカートのホックとファスナーを外し、脱がせてしまう。
 やはりブラジャーと揃いのショーツが現れる。
 見ると、ショーツには少しシミができていた。
 圭太は、そこに指を当て、少し押してみる。
「はあんっ」
 朱美は、一段と高い声を上げた。
 擦るように指を動かすと、次第にそのシミが広がってくる。
「けい、にい、ダメ、だよ……」
 麻痺した思考回路の中で、朱美はそう言う。
「私、帰れなく、なっちゃう……」
「ん、そうだね」
 圭太はそれに応え、ショーツを脱がせた。その際、蜜が少し糸を引いていた。
「圭兄に、全部見られちゃった……」
 朱美は、言葉とは裏腹に嬉しそうだった。
 憧れの圭太になら、すべてを見せられる。そんなところだろう。
 圭太は、朱美の秘所に手を伸ばし、指で軽くつついた。
「ひゃんっ」
 途端に朱美は体を跳ねさせ声を上げた。
 朱美の秘所は、まだまだ恥毛が生え揃っておらず、綺麗だった。
 その入り口が、少し口を開けていた。
 圭太はそこに指を挿れる。
「んんっ、圭兄の指が、入ってくるよぉ」
 朱美の秘所は、圭太の指を締め付けて離さなかった。
「ああっ、すごっ」
 圭太は、少し速めに指を出し入れする。
 次第にちゅぷちゅぷという淫靡な音がしてくる。
「はあ、はあ、イっちゃいそう」
 朱美はいやいやしながらも、体はどん欲に快感を求めていた。
「ん、圭兄、もう、大丈夫だよ……早く、圭兄とひとつになりたい……」
「わかったよ」
 圭太はズボンとトランクスを脱ぎ、屹立したモノを取り出す。
「それが、圭兄のなんだ……」
「いくよ?」
「うん……」
 朱美は頷き、圭太はモノを秘所にあてがった。
「んっ……」
 そのまま腰を落とす。
「くっ、ああっ」
 圭太のモノは、一気に朱美の体奥を貫いた。
「い、いたっ……」
 朱美は、涙を流しながらも、必死に圭太を受け止めている。
「はあ、はあ……」
「朱美……」
「ん、大丈夫、だよ、だって、大好きな圭兄の、だもん……」
 そう言って微笑む。
「でも、もう少しだけ、このままでいて……」
 圭太は、優しくキスをし、朱美の髪を撫でる。
「やっぱり、圭兄は優しいね……」
「そうかな?」
「うん、優しいよ。だから、好きなの……」
 今度は朱美からキスをする。
「ん、圭兄、もう大丈夫だよ……ありがと」
 圭太は、ゆっくりと腰を動かす。
「んっ……あっ……」
 朱美は、引く時も入る時も声を上げる。
 まだ多少痛みはありそうだが、それも次第に薄れてくる。
「圭兄に、あんっ、抱いてもらうの、夢、だったのっ」
 圭太の方にも快感の波は来ていた。
 朱美が腰を動かす度に圭太のモノが、キュッと締め付けられていた。
「あっ、あっ、あっ」
 止めどなくあふれてくる蜜で朱美の中はすでにびしょびしょだった。
「んっ、圭兄っ、私っ、イっちゃうよっ」
 朱美は圭太の体をギュッと抱きしめた。
「圭兄っ、圭兄っ、圭兄っ!」
「朱美っ!」
「あああっ!」
 打ち付けられた圭太のモノから、大量の白濁液が朱美の最奥に放たれた。
「ああ、圭兄……」
「朱美……」
 そのままキスを交わす。
「私、イカされちゃった……でも、すごく気持ちよかった。やっぱり相手が圭兄だからだね」
 圭太はなにも言わず、微笑んだ。
「ん、圭兄……」
「なに?」
「また、圭兄のおっきくなってる……」
「朱美がカワイイから」
「嬉しい……」
 朱美はニコッと笑った。
「いいよ、圭兄。私も、もっと圭兄を感じたいから」
 そして、ふたりは抜かずに二回目に突入した。
 
「圭兄って、結構エッチだったんだね。ちょっと意外かな」
 朱美は、そう言って微笑んだ。
「私の中、圭兄の精液でいっぱいだよ」
「朱美が可愛かったから、ついね」
「んもう、圭兄、そんなにカワイイカワイイ言わないの。圭兄は圭兄らしく、黙して語らずじゃないと」
「そうなの?」
「そうなの」
 言い切る朱美に、圭太は苦笑するだけだった。
「……私ね、いつも圭兄のことを考えてた。今圭兄はなにしてるのかなって。そうするとね、だんだん変な気持ちになってくるの。それで、気づくとひとりでしちゃって……」
 少し視線をそらし、続ける。
「自分の指を圭兄のだと思ってね。でも、やっぱり本物の圭兄の方がずっといい。それに、ずっと気持ちよかった。癖になるかも」
「それは、困るな」
「ふふっ、困らせちゃおっかな」
 それは、半分本気半分冗談だろう。
「ねえ、圭兄」
「うん?」
「私が一高に合格したら、ご褒美にまた抱いてほしいな」
「ご褒美?」
「うん。それを約束してくれれば、私もやる気十分だよ。ね、圭兄?」
「しょうがない、カワイイ朱美のためだからね」
「ホント? あはっ、やった」
 朱美は嬉しさのあまり圭太に抱きついた。
「圭兄、大好きだよ」
 
 その日の夜。
 朱美と淑美は夕食もともにした。
 吉沢家は少し離れたところにあるのだが、ここよりも交通の便がいいために、少々遅くなっても帰れた。もっとも、本当に遅くなれば朱美の父親が迎えに来るだろうが。
「ね、圭太くん」
 朱美は琴絵と一緒に琴絵の部屋に行ってしまい、淑美の相手は圭太がしていた。
「朱美は、どうかな?」
「どうって、一高のことですか?」
「まあ、それも含めていろいろかな」
 淑美は、少し曖昧に微笑んだ。
「一高なら、大丈夫ですよ。成績も見せてもらいましたけど、よほどのことがない限り、合格できます」
「そっか、大丈夫か」
 しかし、淑美はそれほど嬉しそうではない。
「どうかしたんですか?」
「圭太くん」
「はい」
「さっきね、私、様子を見に上へ行ったの」
「えっ……?」
「それだけで、わかるわよね?」
「……はい」
 圭太は、小さく頷いた。
「謝らないでね」
 圭太が頭を下げようとすると、それを制するようにそう言った。
「圭太くんなら私もいいと思ってるんだから。ただね、圭太くんには彼女がいるんでしょ?」
「はい」
「だったら、あまりそういうことしない方がいいわ。その彼女さんを悲しませることになるから」
「…………」
「実はね、私も初体験は早いのよ。あの人に会うまでに、何人もと肌を合わせてきたし。だからあまりとやかく言える立場じゃないけどね。琴美姉さんは、そういうところはかなりしっかりしてたんだけどね」
 淑美は、でもね、と言って続ける。
「朱美は、私のカワイイ娘だから。親としては、子供の幸せを願うのよ。でも、このままだと朱美は本当の幸せにはたどり着けない。だからね、圭太くん。あまり朱美を甘やかさないで。今日のことだってどうせ朱美から言い出したことなんだろうから。圭太くんさえしっかりしてくれれば、あの子もわかってくれると思うから」
「叔母さん」
「なに?」
「朱美を悲しませないことだけは、今、ここでお約束します」
 圭太は、真っ直ぐな瞳で、真摯な想いを込めてそう言った。
「うん、ありがとう、圭太くん」
 そんな圭太の想いに触れ、淑美も笑顔で応えた。
「はあ、それにしても朱美と圭太くんがね。あの子も私の娘、ってことね。私のはじめての相手もね、年上のお兄さんだったのよ。ずっと憧れててね。嬉しかったんだけど、それ以外はあまりいい思い出はないの。結局、その恋は実らなかったし。だから、圭太くんには朱美のはじめての人っていう思い出だけじゃなくて、もっともっといい思い出もあげてほしいの」
「はい」
「ふふっ、本当に圭太くんは『いい男』ね。惚れちゃいそう」
 冗談めかしてそう言うが、圭太も淑美の母親としての想いをしっかりと受け取っていた。
「さてと、そろそろ帰らないと、あの人が心配するから」
「そうですね」
 それから朱美を呼び、ふたりは帰ることになった。
 圭太と琴絵がふたりをバス停まで見送る。
「それじゃあ、今日はありがとうね」
「圭兄、琴絵ちゃん、また来るからね」
「うん、待ってるよ、朱美ちゃん」
「圭太くん、お願いね」
「はい」
 そして、ふたりは帰っていった。
「ねえ、お兄ちゃん」
「うん?」
「叔母さん、どうしてお兄ちゃんに『お願いね』って言ったの?」
「さあ、どうしてかな」
 そう言って圭太は先に歩き出した。
「あっ、お兄ちゃん、待ってよぉ」
 慌てて追いかける琴絵。
 とても綺麗な月が出ている、冬の日のことだった。
 
 三
 関東地方でも最低気温で氷点下というのが珍しくなくなってくる。
 十二月二十三日の朝も、山沿いでは氷点下だった。
 世間は完全にクリスマスムード一色で、祝日のその日は情報番組はこぞってそれを特集していた。こうもどこもかしこも同じだと、多少嫌気が差してくる。
 ただ、それもあとわずかである。二十五日を過ぎれば街は一気に年末モード。大掃除用の道具が売られ、学校も冬休みとなり繁華街がにぎわう。
 そんな中の二十三日である。
 クリスマス演奏会は県民会館で行われる。参加団体も結構な数で、朝九時からはじまり、最後は夕方六時くらいの予定である。
 一高、二高、三高の順番は、なんの因果かはわからないが、一番最後の演奏となっていた。これにはさすがの面々も、驚きを隠せなかった。
 そんなわけで、集合時間もだいぶ遅い時間になっていた。
 圭太は楽器を持ち、比較的早い時間に県民会館に向かった。なぜそんなに早い時間に出たかというと、琴絵の演奏を聴くためである。
 琴絵たちの演奏は、午後の真ん中あたりだった。
 圭太と一緒に早く来ている者もいる。琴美と鈴奈である。
『桜亭』はクリスマスはたいてい休みである。場所柄クリスマスに利用する客が少ないというのも理由のひとつだが、やはりクリスマスくらいはゆっくりしたいというのが一番だった。
 ただ、圭太や琴絵が吹奏楽部に入り、行事のひとつに演奏会があるとわかってからは、必ず休んでいた。
 圭太たちは少し後ろ目の席に座り、順番を待った。
「やっぱり、人数が多いと迫力が違うわね。毎年そう思うわ」
「それに、みんな楽しそうですよね。順位とかつかないから、気楽なんでしょうね」
「そうね。そのおかげでいい演奏が聴けるのだから、嬉しい誤算、というところかしら」
 演奏は、とにかく派手で楽しいものだった。
 クラシックばかりでなく、ポップスも演奏され、たまに手拍子なども起こった。
 それぞれの演奏時間は特には決まっておらず、常識的な範囲でやっていた。多いのは、コンクールと同じくらいの時間である。
 そして琴絵たちの順番が来た。
『続きまして、市立第二中学校、市立第三中学校、市立本町中学校、市立東中学校による演奏です』
 全国大会で金賞を取った三中が出るということで、注目度は高かった。
 人数が多いため、椅子や譜面台の入れ替えも大変である。ステージ上に怒号が飛ぶ。
 ようやく準備が終わり、明かりが落ちる。
 指揮をするのは佳奈子だった。
 九十三人による演奏は大迫力だった。曲は、ロサンゼルスオリンピックのファンファーレとグレン・ミラーの『イン・ザ・ムード』、それとディズニーランドのエレクトリカルパレードのテーマだった。
 なかなか異色な取り合わせだったが、観客には好評だった。
「面白い演奏だったわね」
「そうだね。演奏のレベルもそれなりだったし」
「圭くんは相変わらず厳しいね」
「そうなのよね。圭太は身内に対しては厳しいのよね」
 それから少しして、圭太は集合時間となった。
 集合場所は県民会館前。圭太が中から出てくると、すでに何人も集まっていた。
 その中には祥子の顔もあった。
「祥子先輩」
「あ、圭くん、おはよ」
「おはようございます」
「演奏、聴いてたの?」
 歩いてきた方向を見てそう判断したらしい。
「琴絵の演奏が気になったので、ちょっと聴いてました」
「そっか。琴絵ちゃんたち、どうだった?」
「よかったですよ。短い練習期間、練習時間を考えれば上々だと思います」
「ふふっ、相変わらずの辛口だね」
「それ、母さんたちにも言われました」
 そう言って圭太は苦笑した。
「小母さんたちも来てるんだ」
「はい。今日は店も休みなので」
「なるほどね。じゃあ、圭くんもがんばらないと」
「できる範囲内で」
 集合時間になり、全員が揃った。
 控え所はコンクールと違い、さらに大きな場所が割り当てられていた。そこに三つの高校がまとめて荷物を置き、楽器を用意する。
 最後ということもあり、控え所は人数は減るだけの時間帯だった。
 控え所からチューニング室に移る。ここでも人数の関係で木管と金管が分かれて行った。
 ステージ袖に移っても、人数の関係で全員が袖に入れていなかった。
 そんな中、ひとつ前の演奏が終わった。
 この段階ですでに予定時間を二十分ほど超過していた。
 ステージ上では最後の移動が行われていた。
 前の団体が少し人数が少なかったために、椅子も譜面台も運び込まれている。だいたい整ったところで部員が出てくる。
 観客席は、立ち見が出るほどで、いかにこの演奏が注目されているかわかった。
 全員がステージに出て、場所の確認も終わる。
 観客席の明かりが落ち、ステージに明かりが点く。
『本日最後の演奏となりました。続きまして、県立第一高等学校、県立第二高等学校、県立第三高等学校による演奏です。曲は、プリマ作曲『シングシングシング』、レスピーギ作曲、交響詩『ローマの松』よりアッピア街道の松です。指揮は、第二高等学校顧問、長岡憲二先生です』
 長岡がステージに出てくると、どっと拍手が起こった。
 そして、挨拶もそこそこにすぐに演奏に入った。
 ドラムソロからはじまる『シングシングシング』。
 ジャズだけに、金管は大活躍である。さらにクラリネットやサックスにはソロもある。それでも一番目立つのはやはりドラムであろう。
 演奏は大興奮のうちに終わった。
 一曲終わると、トランペットとトロンボーンのファースト四人ずつが立ち上がった。
 観客も何事かと見ている。
 四人は、それぞれ舞台への花道に立った。どうやらそこで演奏するようである。
 そして二曲目『ローマの松』。
 静かな前半。途中でオーボエとファゴットのソロが入る。
 中盤から次第に盛り上がってくる。
 そして、最高潮の場面。
 金管はすべて全開である。特に花道にいる八人は。
 指揮棒が止まり、最後の音も止められる。
 その音が消える前に観客席から割れんばかりの拍手がわき起こった。
 指笛や歓声も聞こえてくる。
 最後に全員立ち上がり、挨拶をする。
『以上をもちまして、本日の演奏はすべて終了です。本日は当演奏会にお越しいただき、ありがとうございました。お帰りの際は、お忘れ物なさいませんようご注意ください』
 
 控え所に戻った面々も興奮していた。
 これだけの演奏はそうそうできない。だからこそ興奮しているのだ。
 楽器を片づけると、最後の特権でその場で最後の挨拶が行われた。
「みんな、今日はいい演奏だった。短い練習期間であれだけの演奏ができたんだ、自分たちの実力を素直に認めていいぞ。二年生はこれがとりあえず最後になるだろうけど、一年生はまた来年、この組み合わせで演奏するかもしれない。その時は、今年以上の演奏ができるようにがんばってくれ」
 そんな長岡の言葉でその場は締めくくられた。
 それから各学校ごとに分かれ、簡単なミーティング。
「今日はおつかれさま。明日からは冬休みの練習になるから。とりあえずしばらくは基礎力アップのメニューを考えてるから。それと、アンコンに出場する三組はその練習も忘れないように」
「えっと、明日の部活は午後からなので、間違えないで。今年は暦の関係で学校は二十六日までしか使えないから、部活もあと三日だけだから。いくらクリスマスだからって、さぼらないで練習に来ること。それじゃあ、おつかれさま」
『おつかれさまでした』
 菜穂子と祥子の言葉で解散となった。
「おつかれさま、圭太」
「柚紀もね」
 県民会館前は、まだ結構な人がいた。もともとクリスマス直前ということで夜まで人が多い。それにこの演奏会の参加者である。
 そんな中、圭太と柚紀は声をかけられた。
「お兄ちゃん、柚紀さん」
 琴絵である。一緒に琴美と鈴奈もいる。
「ふたりともおつかれさま。いい演奏だったわよ」
「うん、あまりのすごさに感動しちゃった」
「確かにそれは言えてたね」
「まあ、迫力で押し切ったっていうところもあるんだけどね」
 あくまでも圭太は厳しかった。
「それにしても、ああいう仕掛けがあるとは思わなかったわ」
「あれは、なんとなく決まったんだよ。その方がより迫力が出るって」
「そうなんだ。でも、確かにすごかったもんね」
 琴絵はまだ少し興奮しているようである。
 そんな五人のところへ、祥子もやってきた。
「こんばんは」
「おつかれさま、祥子さん」
「おつかれさまです、祥子先輩」
「演奏、どうでしたか?」
「ええ、とても素晴らしかったわ。最後なんか鳥肌が立つくらい」
「そうですか。それはよかったです」
 素直に賞賛され、祥子も嬉しそうである。
「じゃあ、いつまでもここにいてもしょうがないし、帰ろう」
 六人は、揃って県民会館をあとにした。
 こうしてクリスマス演奏会は終わった。
 
 十二月二十四日、クリスマスイヴ。
 本来はキリスト教の例祭なのだが、今ではそれにあわせていろいろ行われていた。中でも重要なのが、サンタクロースとプレゼントだった。
 とはいえ、それはあくまでも子供たちにとって。そういうこともなくなった年代にとっては、また違う意味があった。
 そして、今では恋人たちにとって一年で一番か二番くらいに大切な日となっていた。
 それは、圭太と柚紀にとってもそうだった。
 その日は午後から部活があった。練習は前日のこともあり、比較的軽めのものだった。
 彼氏や彼女のいる部員はどことなくそわそわしていて、そういうのがいない部員はいつも通りだった。
 部活は、少し早めに切り上げられた。
 圭太はそんな日でもちゃんと副部長の仕事をこなしていた。まあ、それが圭太の圭太たるゆえんである。
 仕事を終え、学校を出た時には空には雲が出ていた。そのせいか気温も低く、雨でも降れば雪になりそうだった。
「はあ、寒いね」
 柚紀は、白い息を吐きながらそう言う。
 その日はさすがにふたりきりだった。祥子が気を利かせたのである。
 たとえ圭太と男女の仲になっていたとしても、圭太の彼女はあくまでも柚紀である。それをわかった上で、そういう関係になったのだ。
 さらに言えば、圭太とクリスマスを過ごしたいと思っているのは、祥子だけではない。ほかに何人もいるのである。
 そういういろいろな、複雑な事情もあって、祥子は気を利かせる形になった。
「でも、ふふっ」
「どうしたの?」
「ん、だって、こうして圭太とクリスマスを過ごせるんだもん。嬉しくて」
 しっかりと組まれた腕。死んでも離さないぞ、そんな感じである。
 柚紀は、学校を出てからずっと笑顔だった。
「ねえ、圭太」
「うん?」
「今日は、琴美さんしかいないんだよね?」
「そうだよ。琴絵は学校の友達と泊まりでクリスマス会だって言ってたから」
「琴絵ちゃんも本当は今日、圭太とやりたかったんだろうね」
 少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「たぶんそうだろうけど、でも、今日は柚紀とするって約束だから」
「うん、そうだね」
 ふたりは、大通りからバスに乗り、駅前へ出た。
「ん〜、やっぱり人が多いね」
 駅前はかなりの人出だった。
 あちこちからクリスマスらしい曲が聞こえてくる。
 さらに、あちこちの店頭では、サンタの格好をした売り子が、一生懸命ケーキを売っている。たまに買っていく人はいるが、基本的にはあまり売れていない。本当に人気のある店なら、そういうことをしなくても売れるのだが。
 圭太と柚紀は、そんな繁華街をなにをするでもなく歩いた。
「あっ、ねえ、見て。あれ、綺麗だね」
 そう言って柚紀が足を止めたのは、ガラス製品を扱っている店だった。普段なら通り過ぎてしまうのだが、この店もクリスマスということで店頭の飾り付けをそれらしくしていた。
 ガラスはもともと光を反射させるので、置き方ひとつでとても綺麗に見える。
 店の前にはふたりのように足を止めてディスプレイに見入っている者が何人もいた。
 ただ、それが売り上げに繋がらないところが、また淋しかった。
 商店街は、時間帯のせいもあるのだろうが、恋人同士よりも家族連れや友人同士の方が多かった。
 それでも、商店街が設置しているクリスマスツリーの前には、やはりカップルが多かった。
 たいていが待ち合わせに利用しているのだが、中にはその前で抱き合っているカップルもあった。
「こうして好きな人と一緒にクリスマスを過ごせるなんて、本当に夢のよう」
 柚紀は、少しうっとりとした表情でツリーを見上げた。
「圭太に会えなかったら、今年もまた家族だけか、友達だけのクリスマスだったんだろうなぁ。それを考えると、本当に幸せ」
 圭太は、柚紀の肩を抱き、同じようにツリーを見上げた。
「クリスマスツリーにクリスマスソング。傍らには一番大切な人。これであとは雪が降ってくれると言うことないんだけどね」
「さすがにそれは贅沢だと思うよ」
「まあね。でも、もっと寒い地域ならその可能性って高いよね」
「それはそうだと思うけど。でも、そうすると雪の降るクリスマスのありがたみがなくなるんじゃないかな」
「あっ、そっか。必ず降るってわかってたら、だんだんとありがたみも薄くなるね。そうすると、こういう状況が一番いいのかなぁ」
 柚紀は、そんなことを言う。
「でもま、そのうちそういう最高のクリスマスに巡り会えると思うから、今はこれで我慢しよ」
「うん」
 一番近くから流れてくる曲が、少しムーディーな曲に変わった。
 それにつられたどうかはわからないが、カップルの中には公衆の面前にも関わらず、キスをしている者もいた。
 そして、ご多分に漏れず、柚紀はそれを望み、圭太はそれに応えた。
 クリスマスツリーの前での、幸せなひとときであった。
 
 ふたりは高城家へ戻り、そこで夕食をとった。
 夕食は琴美からふたりへのクリスマスプレゼントの形となった。
 和やかな雰囲気の中、三人で夕食をとった。
 後かたづけも終わり、ふたりは圭太の部屋で正真正銘ふたりきりになった。
「琴美さんのおかげで、またひとついいクリスマスになったね」
「うん。まさか母さんがあそこまでやるとは思わなかったよ」
「私たち、祝福されてるのかな?」
「さあ、それはわからないけど、でも、いろいろ期待されてるとは思うよ」
「そっか」
 柚紀は小さく頷いた。
「あっ、そうだ。圭太にクリスマスプレゼントがあるの」
「プレゼント?」
「うん」
 カバンの中から取り出したのは、小さな箱だった。
「はい、メリークリスマス」
「ありがとう、柚紀」
「開けてみて」
 圭太は言われるまま箱を開けた。すると出てきたのは、小さな砂時計だった。
 エメラルドグリーンの綺麗な砂が特徴的だった。
「この砂時計にはね、面白いいわれがあるの」
「面白いいわれ?」
「恋人同士とか夫婦とか、そういうお互いに好きだったり愛してたりする人たちが、一緒にこれを逆さにして、砂が落ちきるまでずっとその上に手を重ねていると、それから先ずっと幸せでいられるんだって。ホントかウソかはわからないけどね」
「じゃあ、やってみようか?」
「そうだね。自分たちで実験してみようか」
 そう言ってふたりは手を重ねた。
 砂時計を持っているのは圭太。手を重ねたまま、逆さにする。
 そしてそのままその上に手を載せる。
 さらさらと砂が流れ落ちていく。
「……なんか、すごく不思議な気分だね」
「……そうだね」
 じっと砂に見入るふたり。
 小さな砂時計だが、その時間はそれなりだった。
 五分後。
 最後のひとつが落ちきり、砂はなくなった。
「これで、私たちは幸せでいられるんだね」
 柚紀は、手を重ねたままそう言う。
「でも、私はそれがわかるまで待てないから、今、それを実感したいな」
 どちらからともなく顔を近づけ、キスを交わした。
「ん、はあ、圭太……」
「柚紀、好きだよ」
「私も」
 そして、もう一度、今度は情熱的なキスを交わした。
 
 薄暗い部屋の中、ふたりは生まれたままの姿で向き合っていた。
「ねえ、圭太」
「うん?」
「今日は、いっぱい愛してほしい」
「もちろんだよ」
「うん……」
 柚紀は嬉しそうに微笑み、そんな柚紀に圭太はキスをする。
 圭太はキスをしながら柚紀の胸を揉む。
 弾力のある胸が、圭太が力を加える度に変形する。それでも手を離せばすぐに元に戻る。
「ん、あん……」
 柚紀の口から、甘い吐息が漏れてくる。
 圭太は右の胸を手で、左の胸を舌でいじる。
 舌先で敏感な突起を転がすと、それに応えて柚紀は吐息を漏らす。
「んんっ、今日は、いつもより感じちゃうよ」
 雰囲気がそうさせるのか、柚紀は確かにいつもより感じていた。
 圭太は体を下半身の方へずらした。
 柚紀の秘所は、すでに濡れていた。
 圭太は、その秘所に顔を近づけ、舐めた。
「ひゃんっ」
 ざらっとした舌の感覚が、柚紀の快感を呼び覚ます。
「んあっ、きもち、いいよっ」
 圭太はぴちゃぴちゃと音を立て、舐め続けた。
 それからその少し上にある一番敏感な突起に触れる。
「ああっ」
 そこに触れただけで柚紀は軽く達してしまった。
「け、圭太、私もう我慢できないよぉ……」
 柚紀の懇願に応え、圭太はモノを秘所に突き立てた。
「あ、はあんっ」
 十分に濡れている柚紀の中は、とても気持ちがよかった。
 何度もこうしてセックスをしている圭太でも、気を抜けば出してしまいそうなくらいだった。
「んっ、あんっ、圭太っ」
 圭太は、少し速い動きで柚紀の中を蹂躙する。
「いいっ、いいのっ、圭太っ、もっとぉっ」
 柚紀は、どん欲に快感を求めた。
 それはもう本能だけだった。
「んんっ、ああっ、圭太っ」
 一度軽く達していたせいか、柚紀は早くも限界が近かった。
「ダメっ、もうっ、イっちゃうっ」
 そして──
「んんっ、ああああっ!」
 柚紀は絶頂を迎えた。
 しかし、圭太はまだだった。
「ん、はあ、はあ、圭太は、まだだね……」
 柚紀は自分から圭太のモノを抜き、今度はそのモノを口に含んだ。
「んっ……」
 柚紀は、一心不乱に圭太のモノを舐めた。
 一番最初のぎこちなさもだいぶ消え、柚紀のその動きには淫靡さが漂っていた。
 裏筋やエラの部分を丹念に舐め上げる。
 すると、圭太にも限界が来た。
「んっ、出るっ」
 一瞬モノが大きくなり、同時に大量の白濁液が柚紀の口内に放たれた。
 柚紀は、それを少しずつ飲んでいく。
「ふふっ、また飲んじゃった」
 微笑む柚紀の顔は、やはりどこか艶めいた色っぽさがあった。
「綺麗にするね」
 そう言って再びモノに舌をはわせる。
 先端ににじみ出ていた白濁液も舐め、綺麗にする。
 しかし、そんなことをされればモノは綺麗にはなるが、収まることはない。
「ん、今度は私が上ね」
 圭太をベッドに寝かせ、柚紀は自分からモノを挿れた。
「んっ、あっ」
 柚紀も達してからそんなに経っているわけではなく、それだけで簡単に火が点いてしまう。
 自分が一番感じるように腰を動かす。
 圭太は胸をもてあそびながら、時々腰を突き上げていた。
「はあっ、んんっ、圭太っ」
 柚紀は、もう自分自身では止められないくらいになっていた。
 長い髪が動く度に乱れる。
「んくっ、また、イっちゃうよぉ」
「ん、僕もだよ」
「じゃ、じゃあ、一緒に、イこうっ」
 柚紀は体を前に倒し、一度キスをした。
 それからラストスパートとばかりに、さらに激しく動く。
「んんっ、あんっ、もう、ダメっ」
「んっ、柚紀っ」
「あふっ、んんんんっ!」
 ふたりは、ほぼ同時に達した。
 圭太は、柚紀の中に白濁液を放っていた。
 柚紀は、糸の切れた操り人形のように、くてんと力尽きた。
「はあ、はあ、はあ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「一緒に、イケたね……」
「うん……」
 そしてキスを交わす。
 夜は、まだまだ長い。
 
 ふたりは裸のままで寄り添っていた。
「セックスって不思議だよね」
「なにが?」
「だって、本来は子孫を残すための行為なのに、それ以外のためにしてるんだもん。お互いに身も心も満足させるために」
 そう言って柚紀は目を閉じた。
「圭太がね、私の中に出してくれる時は、私、本当に幸せな気持ちになれるの。お腹の中が満たされるのと同じように、心まで満たされる感じでね。でも、ホントはそういうのはもう少し考えなくちゃいけないんだよね」
「そうだね」
「ねえ、圭太。今度から、ゴムつけてする?」
「その方が安全だとは思うけどね」
「そうだよね、やっぱり。じゃあ、今度から危ない日は、ゴムつけてしようね。あっ、でも、ゴムないね」
「それは買ってくれば大丈夫だよ」
「ん〜、そうなんだけど……あっ、そうだ」
 と、柚紀はなにか思いついたようである。
「お姉ちゃんから失敬しようっと」
「咲紀さんから?」
「うん。お姉ちゃんてそういうのうるさいから、絶対自分でも持ってるはず。だから、そこから失敬するの」
「なんか、悪い気がするよ」
「いいの。お姉ちゃんもたまには妹の役に立ってもらわないと」
 そう言う柚紀に、圭太は苦笑するしかなかった。
「ん、ねえ、圭太。少し寒くない?」
「そういえばそうだね。エアコンは入ってるけど」
「……もしかして」
 柚紀はなにやら思いついたらしく、ベッドを出た。
 そしてそのまま窓に寄り、カーテンを開けた。
 すると──
「わあ、雪だ……」
 真っ黒な空から、真っ白な雪が降っていた。
「ねえ、圭太、雪だよ。ホワイトクリスマスだよ」
「うん、そうだね」
 圭太も窓際に近づいてくる。
「そのままだと風邪引くから」
 そう言って自分の体ごと、毛布で包む。
「今年は、本当に私の夢がたくさんかなっちゃったなぁ……」
「それでもまだ、あるんだよね?」
「うん、まだまだあるよ」
「かなうといいね」
「かなうよ。圭太と一緒なら」
「そっか……」
 圭太は、柚紀の体をギュッと抱きしめた。
「柚紀。改めて、メリークリスマス」
「メリークリスマス、圭太」
 
 聖なる夜に雪が降り、恋人たちを優しく包む。
 幸せな恋人たちに、メリークリスマス。
 
 四
 十二月二十五日、クリスマス。
 前日の夜に降り出した雪は、朝方まで降り続き、この冬初の積雪を記録した。
 とはいえ、その日は朝からいい天気で、その命も短いことがわかった。
 冬の陽差しが、ようやく部屋の中に入る頃。
「ん……ふわぁ……」
 圭太の部屋。そのベッドの上で、柚紀は目を覚ました。
 眠い目を擦りながら少しずつ意識を覚醒させる。
「この天井も、だんだん見慣れてきたなぁ……」
 見上げる天井は、もちろん柚紀の部屋とは違う。それでも、この天井を何度も見て、その回数分だけ、柚紀は圭太と一緒に過ごしたことになる。
 柚紀は、傍らでまだ眠っている圭太を見た。
「ふふっ、カワイイ寝顔……食べちゃおっと」
 そう言ってキスをする。
「ねえ、圭太。私ね、本当に幸せだよ。たとえ、圭太がほかの人にどれだけ想われていてもね。圭太の想いはちゃんと、私に届いてるから。だから、いつか圭太の口から、本当のことを聞きたいな。それまで私は、知らないふり、してるからね」
 少しだけせつなそうにそう呟き、圭太に抱きついた。
 柚紀は、すべてではないにしても、圭太のことを知っていた。それでもそんなそぶりはいっさい見せず、変わらない態度で接していた。それはとりもなおさず、自分が圭太に一番愛されている、そんな自負があるからだ。
「愛してるよ、圭太……」
 
 その日の部活は、いつも通り午前中からだった。
 圭太と柚紀は、クリスマスの余韻に浸ることなく学校へ向かった。
 積もっていた雪も人や車の通る場所ではすでに解けていた。道路の端や人の入らない場所、屋根の上にはまだうっすらと積もっていた。
 そんな中をふたりは学校へ向かっていた。
「もう少し積もってれば、今日の夜まで保ったのにね」
「そうだね。でも、昨日の夜だけでも降って、本当によかったね」
「うん。おかげで最高のクリスマスになったもん」
 柚紀は、満面の笑顔でそう言う。
「あとは、今日の夜にみんなでパーティーだね。圭太はプレゼントなににしたの?」
「秘密」
「えーっ、教えてくれてもいいじゃない」
「だって、教えちゃったらプレゼント交換する時の楽しみが減っちゃうよ」
「ん〜、それはそうだけどぉ……」
 圭太の意見が普通で、それを柚紀も理解しているのだが、それでも聞きたいらしい。
「じゃあ、ヒントだけ」
「うんうん」
「誰の手に渡っても、それなりに喜んでもらえそうなもの」
「それじゃわからないよぉ」
「これ以上はダメだよ。あとは、交換の時に柚紀に僕のプレゼントが来ることを祈ってて」
「うぅ〜、しょうがないなぁ」
 圭太にぴしゃっと言われ、さすがの柚紀も引き下がった。
「ああ、それと」
「ん、なに?」
「柚紀にはほかにもちゃんとプレゼント、用意してるから」
「ホント?」
「うん」
「あはっ、ありがとっ、圭太」
 それを聞き、もう機嫌が直ってしまった。本当に現金である。
 
 部活が終わると、柚紀は一度家へ帰った。さすがに丸一日以上帰らないわけにはいかないし、なによりも着替えとか諸々の準備とかがあった。
 圭太が家に帰ると、琴美と鈴奈が準備をしていた。
 圭太も着替えてそれに加わる。
 とはいえ、準備といってもそれほどあるわけではない。ケーキやお菓子、料理なんかを作り、店の中に簡単に飾り付けを施す程度。
 だから三人でやると、すぐに終わってしまった。
「はい、ふたりとも」
 琴美は、圭太と鈴奈の前にお茶を置いた。
「雪、すっかり解けちゃったわね」
 午後のその時間帯には、日陰にわずかに残るくらいで、完全に解けていた。
「でも、いろいろなことを考えると、雪は早めに解ける方がいいのよね」
「そうですね。最近は交通機関とか、すぐに麻痺しますから」
 鈴奈はお茶を飲みながらそう言う。
「そうそう、圭太」
「うん?」
「鈴奈ちゃん、三十日から実家の方に帰るから」
「そうなんですか?」
「うん。帰ってくるのは、四日の日になるかな」
「その間は店も休むから、覚えておいて」
「わかったよ」
 圭太は頷いた。
「鈴奈ちゃんの実家のあたりだと、もう雪は積もってるのかしら?」
「この前電話した時は、まだだって言ってました。でも、もうこの時期になると降ったら確実に積もりますね。田舎ですから」
 そう言って鈴奈は笑う。
 鈴奈の実家は、岩手県である。盛岡にほど近い場所で、内陸にあるため雪も積もりやすい。
「最近はこっちに出てきたせいで、向こうに戻ると寒さが身にしみるんですよね。それに、雪道の歩き方も下手になった気がします」
「鈴奈ちゃんもすっかりこっちの人になったのね」
「ふふっ、そうですね」
 それから少しして、琴絵が帰ってきた。
 それを皮切りに参加者が次々にやって来た。
 参加者は、主催者のともみ、場所提供者の琴美と鈴奈、あとは圭太、柚紀、琴絵、祥子、紗絵といういつものメンバーである。
 そして、夕方少し前にパーティーははじまった。
「僭越ながら本日の司会進行をつとめさせていただきます、安田ともみです」
 そう言ってともみはお辞儀した。
「今日は、とにかくみんなで楽しみたいと思います。それでは、乾杯っ!」
『乾杯っ!』
 あとはいつものようにわいわいと騒ぐだけ。
 その場にいる琴美を除く全員が圭太のことを想っているのだが、この女性陣はこういう場ではそういうライバルとしての立場を同じことを目指す同士として見ていた。
 従って、女性陣は誰と誰が話していても笑顔だった。
 それでも圭太のそばには必ず誰かがいた。とはいえ、それが柚紀であっても独り占めはしなかった。
「圭太」
「どうしたの、母さん?」
「どう、楽しんでる?」
「うん、楽しんでるよ」
 圭太は、そう言って微笑んだ。
「こうやってみんなで楽しめるのも、あとどのくらいなのかしらね」
「……そうだね。でも、僕はいつまでも続けたいと思うよ。そう思うことだけは、誰でもできるしね」
「少なくとも圭太が三年生になるまではできるかしらね」
「たぶん」
「みんな、いつまでも一緒にいられればいいんだけど、そうもいかないのよね」
 琴美は、そう言って微笑んだ。
「そういえば、圭太」
「ん?」
「あなた、また自分の首を絞めたのね」
「……どういうこと?」
「朱美のこと」
 大きなため息をつき、続ける。
「淑美がね、ぽろっと口を滑らせたのよ。まあ、今更だからあまりとやかく言うつもりはないけど、でも、もう少し節度を持ちなさいね。誰彼構わず、ってわけじゃないと思うけど、せめてもう少し私が安心して見ていられるようにしてほしいわ」
「……そうだね」
「でも、今一番心配してるのは、琴絵のことよ」
「琴絵の?」
「琴絵もあなたのことを『お兄ちゃん』以上に見ているからね。たとえ倫理的にそういうのが認められなくても、そういうのを無視してでも関係を保ってしまうんじゃないかって、心配してるの」
「……大丈夫だよ。琴絵は、僕の妹だから」
「一応、その言葉は信じてあげるわ。でも、その信用もあまり大きなものじゃないことも、わかるわね?」
「うん……」
「まったくこの子は……」
 琴美は半ばあきらめがちに苦笑した。
 ちょうどいい頃合いで、プレゼント交換が行われた。
 プレゼントはクジを引いて決めた。
 結果、圭太のプレゼントは琴絵の手に渡った。まあ、結果的にはそれが一番納得できるものだったのかもしれない。
 そして、夜のとばりが下り、宵の口にパーティーはお開きとなった。
 その日ばかりは柚紀も家に帰った。
 そんな中、ともみは帰り際、圭太とふたりだけで話をしていた。
「圭太。ちょっと確認したいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「二十八日って、空いてる?」
「二十八日ですか? ええ、部活も休みですから大丈夫ですけど」
「そ。じゃあさ、その日、私とデートしましょ」
「デート、ですか?」
「ほら、その日は私の誕生日だから、それでね」
 ともみはそう言って笑った。
「私も受験勉強で辟易してるから、その息抜きの意味も込めて。どう?」
「そうですね……わかりました。お相手します」
「ホント? ありがと、圭太」
 圭太の同意を取り付け、ともみは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、圭太。二十八日の午前十一時に駅の改札前でね」
「はい」
 
 十二月二十八日。
 官公庁も年末年始の休みに入り、日本中が年末モードに突入した。
 あちこちの店では歳末大売り出しと称してセールを行っている。賢い主婦はそんな店の中からもさらに安い店を選んで買い物をする。
 そんな噂が広まれば、高いとされた店は値段を下げる。また客が動く。また下げる。そんな構図が年末には見られる。
 年末でも『桜亭』は営業している。『桜亭』に定休日はないため、そのあたりは毎年微妙に変わっているが、今年は二十九日までの営業となる。
 圭太は、朝いつものように店の手伝いをしていた。
 この時期は水が冷たく、野菜などを洗うのが結構つらい。それでも圭太は、文句ひとつ言わずにそれを黙々とこなしていた。
 圭太に遅れること五分ほど。琴絵がやって来た。
「お兄ちゃん、おはよ」
「おはよう、琴絵」
 あれ以来、ふたりで準備をする時は、必ずしていることがあった。
「ん……」
 それが、おはようのキスである。
 これも琴絵がねだって圭太がそれに応えるようになったもので、琴絵にとってはこれがないと朝が来たという気がしないらしい。
「お兄ちゃん、今日はなにするの?」
 琴絵たちも部活が休みになっており、あわよくば一緒にいようと、そういう想いがひしひしと伝わってくる。
「今日は、ちょっと出かけてくるよ」
「そうなの? 誰と? 柚紀さん?」
「ううん、今日はともみ先輩」
「ともみ先輩?」
 その言葉に、琴絵はあからさまに難しい顔を見せた。
「……お兄ちゃん。いいの?」
「なにがだ?」
「だって、お兄ちゃん、ともみ先輩とデートするんでしょ? お兄ちゃんには柚紀さんがいるのに」
「まあ、それはそうなんだけど。今日は、ともみ先輩の誕生日なんだよ」
「えっ、そうなの?」
「だから、今日だけ特別。僕がともみ先輩にどれだけお世話になってるかは、柚紀もわかってると思うから」
 少々苦しい言い訳であるが、それでも一応の筋は通っていた。
「ホント、お兄ちゃんは誰に対しても優しいね。でも、それだと柚紀さんが大変だよ」
 琴絵は、嘆息混じりにそう言う。
「お兄ちゃんのいいところは、その優しさなんだけど、たったひとりの人に対しては、なかなか向けられないのが逆に難点だよね」
「じゃあ、琴絵にそうするの、やめようか?」
「えっ……?」
 予想もしなかった切り返しに、琴絵は間抜けな声を上げた。
「琴絵で少し予行演習して、それでほかの人たちに──」
「ああ〜ん、お兄ちゃん、そんなこと言わないでよ〜」
 さすがにそう言われては、琴絵も引くしかない。
 もし圭太が琴絵に優しくしなくなったら、琴絵はきっとダメになってしまうだろう。それは圭太が優しくするというのが、日常茶飯事のことになっているからだ。
 人間は空気がなければ生きていけないのと同じで、琴絵には圭太の優しさが必要なのだ。
「お兄ちゃんが優しくしてくれないと、私、泣いちゃうからね」
 頬をふくらませながら抗議する。
 しかし、結局は圭太のことを認めていることになる。
「まったく、ホントに琴絵は甘えん坊だな」
「ふ〜んだ。いいんだもん、私は。私は、死ぬまでお兄ちゃんの妹なんだから。ずっとお兄ちゃんに甘えるんだもん」
 そう言って琴絵は圭太の腕にしがみついた。
「だから、お兄ちゃん」
「ん?」
「ちゃんと、妹孝行もしてね? それで今日のことはなにも言わないから」
「わかったよ」
 圭太は、苦笑しながらも、どことなく嬉しそうにそう言った。
 
 圭太が駅前に到着したのは、十時半を過ぎた頃だった。
 駅前繁華街はどこもかしこも歳末大安売りで、威勢の良い声があちらこちらから聞こえてきた。
 同時に年末年始の休みを利用し、帰省したり旅行に出かけたり、街を離れる人も多い。
 そんな人たちが大勢利用する駅の改札。大きな荷物を持った人たちが、圭太の横を通り抜けていく。
 圭太はそんな人たちを横目に、ともみを待った。
 空は抜けるような青空で、気温は低いがとても気持ちのいい日だった。
 圭太の格好は、タートルネックのセーターにジーンズ、ダウンジャケット、マフラーという格好だった。
 十一時十分前、ともみがやって来た。
「おはよ、圭太。相変わらず待ち合わせには早いのね」
「おはようございます。まあ、そういう癖がついちゃってますからね」
「遅れるよりはいいんだけど。で、今日は何時に?」
「十時半過ぎですね」
「ん〜、やっぱり私も早く来ればよかったか」
 ともみはちょっとだけ残念そうに言った。
「ま、いいや。それより、今日はホントにありがとね、私のために」
「いえ、全然気にしてませんよ。それに、先輩にはいつもお世話になってますから、今日はそのお礼の意味も込めて、という感じです」
「別に私はなにもしてないけどね」
 笑うともみ。
 やはりともみはご機嫌だった。とても毎日受験勉強に明け暮れているようには見えない。
 そんなともみの格好は、クリーム色のロングスカートのワンピースに、茶色のダッフルコートという格好だった。
「さてと、圭太」
「はい?」
「今日は、デートだから私のことは、ともみと呼ぶこと。いい?」
「あ、えっと、呼び捨て、ですか?」
「まあ、できればそれがいいけど、抵抗あるなら、なんかつけても可」
 圭太は少し考える。
「じゃあ、ともみさん、ということでいいですか?」
「ま、その辺が妥当なのかな。いいわ、それで」
 ともみは頷き、今度は腕を出した。
「あの、腕を組め、という意味ですか?」
 遠慮がちに訊ねる。
「もちろん」
 即答だった。
 圭太は苦笑しつつ、ともみの言う通りにした。
「じゃあ、早速行きましょ」
 腕を組んで、ともみは本当に嬉しそうであった。
 
 最初にふたりが入ったのは、本屋だった。
 本屋に行きたいと言ったのは、もちろんともみである。
「ん〜っと、あった」
 目当ての本は、受験生らしく問題集だった。
「最近、ホントに家から出ないから。こうやって外に出た時じゃないと、なかなか買えないのよ」
 わざわざデートの時にそんなものを買う理由を、そう説明した。
「ねえ、圭太。圭太も、ああいうの、読むの?」
「どれですか?」
「ほら、あのコーナーの」
 そう言ってともみが指を差したのは、成人向けコーナーだった。いわゆる、エロ本である。
「読んだことはありますけど、自分から読もうと思ったことはありませんし、家にもないですよ」
「ふ〜ん、そうなんだ。圭太くらいの男の子って、読んでると思った」
 確かに圭太くらいの年なら、普通はそういうのを読んでいるだろう。だが、圭太にはもうその必要はないのだ。
 わざわざ本で見なくても、実物を見られるのだから。
 それからふたりは、なんとなく年末の繁華街を歩いた。
 活気のある街中を歩くと、こっちまで元気になってくる。そんな感じがあった。
「よし、圭太。お昼にしよう」
 そう言ってともみが張り切って圭太を連れて行ったのは、ラーメン屋だった。
「ここね、先月オープンしたばかりなんだけど、美味しいって評判なの。私も今日がはじめてなんだけど、ちょっと楽しみ」
 確かに外観、内装ともにまだまだ新しいものだった。
 それでもそろそろお昼時ということもあって、店内はなかなか活気があった。
 圭太がみそラーメン、ともみが正統派しょうゆラーメンを頼んだ。
「せっかくのデートなのに、こういう店ってのが、私らしいと思わない?」
「そうですか? 別に僕は、こういうのもいいと思いますけど。それに、寒い日にはあったかいラーメンは最高ですから」
「ふふっ、圭太のそういうとこ、好きだな」
 頬杖をつきながら、ともみは穏やかに微笑んだ。
「みそラーメンとしょうゆラーメン、お待たせしました」
 比較的早く、ラーメンが出てきた。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか? それではごゆっくりどうぞ」
 店員はそう言って注文票をテーブルに置き、違う客のところへ。
「結構早かったですね」
「そうね」
 早かった理由は麺の太さにある。この店では極細のちぢれ麺を使用しているため、ゆで時間が少なくて済むのだ。
「あ、ホントに美味しい」
 ともみはスープを飲んで、そんな感想を漏らした。
「確かに美味しいですね。これなら、評判になるのもわかります」
 味は、とりあえず評判通りだった。
 ふたりは、温かいラーメンを心ゆくまで味わった。
「ふう、満足満足」
 ちょっとおじさん臭いが、ともみがそう言うのもなんとなくはわかる。
「ちょっと、休んでからまわりましょ」
 そう言ってふたりは、商店街の一角に設けられている、休憩場所に立ち寄った。
 そこではたくさんの買い物荷物を抱えた主婦や、人の多さに疲れたのか、お年寄りが休んでいた。
「ん〜……」
 ともみはベンチに座り、大きく伸びをした。
「今日はホントにいい息抜きになってるわ」
「お役に立てて、なによりです」
「でも、今日は私の誕生日ってことでデートしてるのよね」
「そうですね」
「じゃあさ、ひとつ、頼んでもいい?」
「なんですか?」
「あとで……そうね、駅前を離れる時でいいや。その時に、私のお願いを聞いてほしいの。いい?」
「それは別に構いませんけど、なにをするんですか?」
「それは、秘密」
 そう言ってともみは微笑んだ。
 それからもふたりは、あちこちでいろいろと楽しんだ。
 主に楽しんでいたのともみだったが、それでも圭太もともみにつられるように、楽しんでいた。
 そして、そういう充実した時間はあっという間に過ぎてしまう。それは、古今東西そう決まっていた。
「圭太」
 ともみは、傾いた陽を背に受け、真剣な眼差しで圭太を見つめた。
「今日は、本当にありがとう。おかげで楽しい誕生日を送ることができたわ」
「僕は、なにもしてませんよ」
「ううん、圭太は、私と一緒にいてくれた。それだけでいいの」
 そう言って少しだけ俯く。
「ねえ、圭太。さっき、私のお願い、聞いてくれるって言ったわよね?」
「はい」
「私、圭太と単なる先輩後輩の関係じゃなく、男女の関係になりたいの」
「…………」
「たぶん、これが私にとっては最後のチャンスだと思うから。だから、お願い」
 普段は相手をぐいぐい引っ張っていくともみだからこそ、そういうしおらしい姿が余計に心に残る。
「圭太……」
「……わかりました」
「ホント? ホントにいいの? ウソじゃないでしょうね?」
「そんなことでウソなんて言いません」
「そっか……よかった……」
 ふっとともみから力が抜ける。
 よほどそれを言うのに緊張していたようだ。
「じゃあ、圭太。行きましょ」
 
「……私ね、ずっとどこかで遠慮してたんだと思う」
 駅前のからの帰り道。ともみはなんの前触れもなくそんなことを呟いた。
「遠慮、ですか?」
「自分が圭太より年上だっていうのもあったし、それに、圭太のことを想ってた子、本当に多かったから。私が一高に入ってからも、たまに三中に行くとそれをますます感じてた。だからかな、遠慮したのは」
 少しだけ自嘲する。
 だが、それも一瞬で、すぐにいつもの表情に戻る。
「だけどね、圭太のことを好きだって想いは、誰にも負けてないって思ってたのも事実。確かに立場的には私は圭太の『お姉さん』だけどね。それでも私は、圭太の側にいられるだけでよかった。圭太を見守っていられるだけでよかった」
 そこでともみは言葉を切った。
「ねえ、圭太。圭太は、そんな私のこと、どんな風に見てたの?」
「そうですね、最初はちょっと厳しい先輩だと思いました」
「あはは、確かに」
「でも、それは真剣さの裏返しだというのがわかりましたから。そのうちそういう風には思わなくなりました。あとは、頼れる年上の女性、という感じですか」
 圭太は、少しだけ照れくさそうに言う。
「ただ、ともみさんが僕のことを単なる後輩以上に見ていることは、なんとなくはわかってました」
「そうなの?」
「はい。もちろん、僕にはそういう経験がありませんでしたから、確信できるところまでは至ってませんでしたけど」
「そっか。じゃあ、思い切って告白してもよかったってことか。ホント、私はことごとく好機を逸してるわね」
「…………」
「圭太ほどの男を探すのは、並大抵のことじゃ無理よ。ホント、これから先大変だわ」
 それでも、そう言うともみの顔には、笑みが浮かんでいた。
 それは、もうこれから先自分がなにをどうするか、それを決めている、そんな清々しさのある笑みだった。
「そんな私への、餞別だと思って」
「……本当に、それでいいんですか?」
「えっ……?」
「ともみさんは、本当にそれでいいんですか?」
「いいも悪いも、圭太には柚紀がいるでしょ? それなのに、私になにができるって言うのよ。あがけばあがくほど惨めになるんだから」
「僕は……イヤです」
「圭太……」
「そんな自暴自棄的な想いのともみさんは、抱けません」
 圭太は、立ち止まった。
「じゃあ、どうしろって言うのよっ」
「ただ単に、お互いを好きっていうだけじゃダメなんですか? 好きだから、もっと相手を知りたいから、だからセックスするっていうのじゃ、ダメなんですか?」
 珍しい圭太の剣幕に、ともみは一瞬言葉を失った。
「僕は、それでいいと思います」
 そう言ってともみを抱き寄せ──
「ん……」
 キスをした。
「……バカ……そんなことされたら、本気になっちゃうじゃない」
「本気になってください。どこまで受け止められるかわかりませんけど、ともみさんの想い、受け止めますから」
「……バカ、ホントバカなんだから」
 そして、今度はともみからキスをした。
 その顔には、もう迷いはなかった。
 
「なんか、圭太と一緒にいるみたいじゃないみたい」
「どうしてですか?」
「だって、すごく緊張してるから」
 そう言ってともみは、確かに少し引きつった笑みを浮かべた。
 ここはともみの部屋。ともみの部屋は今時珍しく、離れのような感じになっていた。大きさとしては八畳間くらいの大きさ。母屋とは庭を通って行き来する。
 年末ということでともみの家族もいるのだが、ここならば大丈夫というところだろう。
「ねえ、圭太。本当にいいの?」
「ええ」
「……じゃあ、私ももうなにも言わないわ」
 そして、ふたりはキスを交わした。
「ん……ん……」
 唇を離すと、ともみはうっとりとした表情で圭太を見つめていた。
「……圭太」
「なんですか?」
「甘えても、いいかな……?」
「いいですよ」
 圭太は、優しい眼差しで頷いた。
「んんーっ、圭太、好きっ!」
 今まで年上の『お姉さん』を演じていたともみが、ひとりの年相応の女の子に戻った。
 ともみは、ネコのようにじゃれつき、どちらが本当のともみかは、一概には判断できなかった。
 圭太は、そんなともみを優しく抱き上げ、ベッドに横たわらせた。
「するんだね……」
「はい、します」
「なんか、圭太、すっごく経験豊富そう」
「…………」
「むぅ、なんでそこで黙るかな。だって、それはホントのことでしょ? 柚紀としてるんだから」
「まあ、それはそうなんですけど……でも、改めてそう言われると、なんかこう、ちょっと複雑な気持ちです」
「いいじゃない、経験豊富でも。私は、その方が安心できるし。圭太に、全部任せられるから」
「はい」
 圭太は、キスをしてから、胸に手を伸ばした。
「ん……」
 ともみの胸は、見た目に違わずかなりのボリュームがあった。
「胸なんて、大きくてもいいことないと思ってたけど、こうして触れられると、そうでもないって思う」
「そうですか?」
「だって、同じ触れるにしても、小さいより大きい方がよくない?」
「さあ、僕にはなんとも。僕は、相手を胸の大きさで見ていませんから」
「ふふっ、圭太らしい」
 ワンピースを脱がせる。
 ライトイエローの下着で、やはりその胸は迫力があった。さらに言うなら、ともみは非常に安産型だった。
「やっぱり、恥ずかしい……」
 ともみは、恥ずかしそうに腕で隠す。
「すごく、魅力的ですよ」
「んもう、そんなこと言わないでよ。その気になっちゃうから……」
 圭太は、ブラジャー越しにその胸を優しく揉む。
 手のひらに収まりきらないその胸は、圭太が力を込めるごとに形を変えた。
「ん、あ……」
 少しずつともみからも甘い吐息が漏れてくる。
 フロントホックのブラジャーを外す。
「ぁ……」
 綺麗な双丘。その頂点にある突起は、ぷっくりと勃っていた。
「あ、いや……」
 圭太は、その突起に舌をはわせた。
 舌先で転がし、押して、弾く。
「んんっ、あんっ」
 ちゅいと吸うと、ともみはびくんと体を跳ねさせた。
「あうっ」
 ともみの感度はなかなかだった。
 もちろんそこには、相手が圭太であるということ、はじめてであるということなど、いろいろ要素も含まれているだろうが、それでもともみは敏感だった。
「ん、ねえ、圭太」
「なんですか?」
「私ばかり気持ちよくなるのもイヤだから、圭太も気持ちよくなって」
 そう言ってともみは起き上がった。
「じっとしてて」
 そう言い置き、圭太の股間に顔を近づけた。
 ベルトを外し、ズボンを脱がせる。トランクスの中では、圭太のモノが少し大きくなっていた。
 まずはトランクスの上からそれに触れる。
「わ、まだ大きくなるんだ……」
 ともみが触れると、圭太のモノはさらに大きくなった。
「ではでは、ご対面、と」
 トランクスを脱がせると、すでに大きくなったモノが飛び出した。
「……これが、圭太のなんだ」
「あの、あまりまじまじと見られると……」
「いいじゃない、こんな機会、滅多にないんだから。それに、これから私はこれを、こうするんだから」
「んっ」
 ともみは圭太のモノを口に含んだ。
「ん、ん、はむ……」
 舌を上手く使い、圭太のモノを舐める。
 裏筋やエラの部分に舌をはわせ、丹念に舐める。はじめてのはずのともみだが、その攻めるポイントは的確だった。
 舐め続けていると、先端から透明な液がにじみ出てくる。
「ん、は、んん……」
 陶酔した表情で、一心不乱に舐め続ける。
「んっ、ともみさん、もう……」
「ん、いいわよ、出しても……」
 そして、圭太はすべてをともみの口内に放った。
「んっ……」
 ともみは、それをゆっくり飲み下す。
「けほっ、けほっけほっ」
 しかし、はじめてのことに、ともみは少しだけむせた。
「精液って、美味しくないわね」
 ともみは、笑顔でそう言った。
「でも、これが圭太なんだって思うと、自然とできちゃった」
「ともみさん……」
「今度は、圭太の番」
 圭太はもう一度ともみを横たわらせ、今度はその下半身に手を伸ばした。
「んっ」
 ともみのショーツは、すでに濡れていた。
 圭太のモノを舐めている時に、自分も気分が高まり、感じていたのだ。
 圭太はすぐにともみのショーツを脱がせた。
 年相応に恥毛も生えそろい、それでもちゃんと手入れされていた。
 圭太は、わずかに開いた秘所に指を挿れた。
「んくっ」
 同時にともみの中は、圭太の指をキュッと締め付けた。
 何度も出し入れを繰り返し、はじめての痛みを少しでも和らげようとする。
「あんっ、気持ちいいっ」
 ともみは、その快感に素直に身を任せていた。
 十分だと思われる頃、圭太はともみにキスをして言った。
「いきますよ?」
「うん……」
 圭太は、モノをともみの秘所にあてがい、グッと腰を落とした。
「ひぐっ……」
 十分に濡れていても、ともみの秘所はやはり狭かった。
 それでも圭太は止めなかった。
 ゆっくりとだが、ちゃんとすべてをともみの中に挿れた。
「私の中に、圭太を、感じるよ……」
 圭太は、ともみの髪を優しく撫でた。
「ん、もう大丈夫だから、あとは圭太の好きなようにして」
「はい」
 圭太は、ゆっくりと腰を動かしはじめた。
「はっ、んっ……」
 ともみは、圭太にギュッと抱きつき、痛みとも快感ともつかないものに耐えていた。
 それでも、圭太の動きが速くなってくると、ともみにも変化が出てきた。
「んんっ、あんっ、あっ、あっ」
 次第に快感が苦痛を上回り、ともみの口からも甘い吐息しか聞こえなくなってきた。
「圭太っ、圭太っ」
 すべてを圭太に任せ、快感にもあらがわず、ともみはすべてを圭太にさらけ出していた。
「あっあっあっ、んっ、圭太っ!」
 そして、ともみは絶頂を迎えた。
「あああっ!」
 それとともに、ともみの中がギュッと締まり、圭太はそれでともみの中に白濁液を放った。
「ああ……」
 それを感じ取り、ともみはなんとも言えない表情を見せた。
「圭太……」
「ともみさん……」
 キスを交わし、ふたりはもう一度抱き合った。
 
「圭太は、いったい何人に想われてるのかしらね」
「どういう意味ですか?」
 圭太は、ともみの肩を抱きながらそう聞き返した。
「そして、いったい何人にこうして応えてきたのかしらね」
「…………」
「少なくとも、祥子は抱いたでしょ?」
「……ノーコメントです」
「ねえ、私と祥子、どっちがいい女?」
「……ノーコメントです」
「スタイルなら負けないけど、性格は祥子の方がいいしね。なかなか微妙ね」
「あの、なにが言いたいんですか?」
 さすがの圭太も、少しいら立ち気味に訊ねる。
「抱いてもらった私が言うべきことじゃないと思うけど、もう少し柚紀のこと、大事にしてあげた方がいいわよ。そりゃ、普段から圭太は柚紀のことを大事にしてると思うけど、でも、こういうことをしてるっていうのは、ある意味では柚紀の想いに対する裏切りだからね。そのあたりは、もう少ししっかりと考えた方がいいわ。それに──」
「……なんですか?」
「たぶんだけどね、柚紀なら、気づいてると思うわ」
「えっ……?」
「というか、本当に好きな人のことなら、気づくわよ。気づいていてもなお、なにも言わないの。どうしてかわかる?」
「いえ……」
「それはね、圭太の口から聞きたいからよ。柚紀が圭太を問いつめるのは簡単なことだけど、それだと絶対に禍根が残るし。でも、圭太が自分から言えば、そこまでのことにはならないと思う」
「…………」
「もちろん、それは私の憶測でしかないけど、たぶん、間違ってない。なんたって、私も圭太のことが好きなんだから。同じ人を好きになった者同士、そういう部分はよくわかるの」
 そう言ってともみは微笑んだ。
 一方の圭太は、難しい顔でなにやら考えている。
「でもね、圭太。それを柚紀に言った時に、柚紀がどんな反応を示すかも、私はわかるわよ」
「それは、なんですか?」
「きっと、なにも言わない。まあ、文句のひとつやふたつは言うと思うけど、そのこと自体については言わないと思う。自分が好きになった高城圭太という人は、そういう人だから。そんな風に思って」
「……僕は、どうすればいいと思いますか?」
「そうね。とりあえず、私も含めて抱いてしまった人を悲しませないこと。その上でその関係にきっちりとケリをつけて、なおかつそれを包み隠さず柚紀に話すこと。そんなところじゃないかしら」
 さらっと言うが、それはかなり難しい。
 圭太もさすがに眉根を寄せている。
「ま、それはあくまでも理想論だから、そういうのにとらわれず、圭太の思うようにすればいいわ。少なくとも私は圭太と柚紀の関係を承知の上で抱いてもらったんだから。だから、私がとやかく言うことはないわ」
「そうですね……」
「まあ、私の個人的な意見としては、このまま私を捨てないでほしいとは思うけど」
「捨てるなんて、そんなことするわけないじゃないですか」
「そういう意味じゃないわよ。ようするに、これっきりってこと。私としては、圭太とのセックスはやめられそうにないからってこと」
 そう言ってともみは笑った。
「ん〜、そうね。私、このまま圭太の愛人になろうかしら」
「えっ……?」
「人によっては、そういうのは男の甲斐性だって言うし。いいんじゃないかしら」
「と、ともみさん……」
「ふふっ、悩め悩め。悩んで自分が最善と思う答えを見つけなさい。私は、それに従うから。でも、それまでは、私は圭太の愛人だからね。たまに、お忍びで来てよ」
「ぜ、善処します」
「ふふっ、よろしい」
 結局最後はいつもの『お姉さん』に戻ってしまったともみではあるが、それも圭太のためである。
 本当に好きな人のためなら、苦言も呈す、そういうところだろう。
 それが、ともみなりの圭太に対する愛情でもあるのだから。
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