僕がいて、君がいて
 
第七章「揺れる心と秋の空」
 
 一
「圭太、少し話があるの」
 体育祭を直前に控えたその日。
 店を終えた琴美は、そう言って圭太を座らせた。琴絵は部屋で宿題と格闘中、鈴奈はすでに帰っていた。
 琴美は、少し硬い表情をしている。
「どうしたの?」
「正直に言いなさい。あなた、鈴奈ちゃんとなにかあったでしょう?」
「…………」
「ここ数日、鈴奈ちゃんの様子がいつもと違うから、よく見ていたら、圭太が店にいる時はいつも目で追っていたわ。確かに以前から少しそういうところはあったけど、そうね、あのお月見の日から変わったわね」
 そこまで言って、琴美はため息をついた。
「自分がどれだけ大変なことをしたか、わかってるの?」
「……わかってるよ」
 圭太はそう呟く。
「あなたには、柚紀さんがいるでしょう?」
「柚紀は、関係ないよ」
「関係ない? 本気でそう言ってるの?」
 その言葉に、さすがの琴美も眉根を寄せた。
「僕は、僕の責任で鈴奈さんに応えたんだ。それでもし、柚紀にも鈴奈さんにも不都合が起きたなら、その責任はすべて僕がとる」
「……責任、ね。言葉だけなら簡単よ。でもね、実際責任をとるのはとても大変なことなのよ。それを、あなたはわかっていないわ。ひょっとしたら、人ひとりの人生を狂わせてしまうかもしれないのよ。あなたに、人の人生の責任まで負えるの?」
 鋭い言葉を浴びせる琴美。
 圭太は、少し俯き加減に押し黙った。
「もう起きてしまったことだから、これ以上言うつもりはないけど。いい、圭太。柚紀さんも鈴奈ちゃんも、泣かせるんじゃないわよ。それだけは、絶対に守りなさい」
「わかってる」
 小さく、でもしっかりと頷いた。
「まったく、人に対して優しすぎるのも考えものね。もう少し厳しくあたれないと、もっともっと苦労するわよ。あなたのことを本気で想ってる人は、まだいるのだから」
 苦笑する琴美に、圭太はなにも言い返せなかった。
「日本が一夫多妻制の国だったら問題ないんでしょうけどね」
 冗談とも思えないことをさらっと言う。
「母さん」
「ん?」
「ごめん……」
「謝る相手が違うでしょ?」
「そう、だね」
「ホントに、罪な子ね、あなたは」
 優しすぎる息子を持った母親の、贅沢な悩みである。
 
 十月十四日。
 その日は、高城家にとって忘れられない一日となっていた。
「おはよう、母さん」
 いつもより少しだけ早めに起き出した圭太は、台所で朝食の準備をしている琴美に声をかけた。
「おはよう、圭太」
 琴美は、いつもと同じように返事をする。
 ただ、その表情はいつもよりほんの少しだけ暗かった。
 琴絵も起きてきて、朝食の時間となった。
「じゃあ、琴絵も授業が終わったらすぐに帰ってくるんだぞ」
「うん、わかってるよ」
 いつもは和気藹々とした朝食の席なのだが、その日は静かだった。
 圭太はいつもに近いが、琴美と琴絵は口数が少ない。
 そんなふたりの様子を見て、圭太は小さくため息をついた。
 
 五年前──
 その日の昼下がり。
 高城家に一本の電話がかかってきた。
 その電話は警察からのものだった。
 そして、高城家の生活は一瞬にして崩壊してしまった。
 
 放課後。
 圭太はホームルームが終わるとすぐに家路に就いた。
 そのことは三中出身者は当然知っており、なおかつ前々から話してあったので誰もなにも言わなかった。いや、正確に言えば、誰もなにも言えなかった。
 柚紀でさえもなにも言えず、ただ見送ることしかできなかった。
 家に帰ると、すでに琴絵が帰っていた。
「早いな」
「うん。ホームルームが終わったらすぐに帰ってきたから」
「そっか」
 琴絵は、先に帰っていたというのに、着替えていなかった。
 圭太もカバンだけ部屋に戻し、制服のままリビングに戻ってきた。
「準備できた?」
「大丈夫だよ」
「そう。それじゃあ、行きましょうか」
 
 三人が向かったのは、郊外だった。
 バスを乗り継ぎ、陽がだいぶ西に傾いた頃に、そこへ到着した。
 そこは、霊園だった。
 郊外型の霊園で、管理事務所と石屋のほかは特になにもない。
 墓石と卒塔婆が立ち並ぶ不気味な雰囲気の中を、三人は歩いていく。
 入り口からしばらく歩き、ようやくたどり着いた。
 そこにあったのは、まわりにある墓石と変わらない墓石。
「さ、まずは掃除しましょう」
 琴美は一瞬目を閉じ、次に目を開けた時にそう言った。
 管理事務所で借りてきた水桶や箒を使い、墓まわりを掃除していく。
 墓石に水をかけ、汚れを落とす。
 すでに枯れているお供えの花を取り除き、新しいのを供える。
 三人で行ったからか、それほど時間もかからず掃除は終わった。
「…………」
 琴美は、バッグの中からロウソクとマッチを取り出し、火を点けた。
 ロウソクを燭台に立て、今度は線香を取り出す。
 それに火を点ける。
「…………」
 線香を置き、三人は墓石の前で手を合わせた。
 
 その日は、十月のとても天気のよい日だった。
 祐太は、昼の忙しい時間を店で過ごし、空き時間を利用して買い出しに出た。
 向かった先は、いつも利用していた大型スーパー。そこは値段もそこそこで、なにより品質と品揃えがよかった。
 必要なものを買い揃え、車に積み込み、家路に就いた。
 国道から県道に入り、しばらく進んだところで、それは起きた。
 警察の話だと、事故は一瞬だったという。
 スピードを出しすぎた対向車がハンドル操作を誤り、対向車線にはみ出してきた。
 ちょうどそこを走っていたのが、祐太の車だった。
 場所が若干カーブしていたのも不幸だった。
 すぐに病院に運ばれたが、すでに息をしていなかった。
 
 霊園からの帰り道。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「私にはね、お兄ちゃんがいてくれて、本当によかった」
「いきなりどうしたんだ?」
 バスの中で、琴絵はそんなことを言った。
「お兄ちゃんがお父さんの代わりだとは思ってないけど、でも、それくらい心強かったから。それに、お兄ちゃんになら、支えてほしいって思えたし」
「別に、僕はなにもしてないさ。父さんの代わりにもなってないし。ただ、琴絵もだけど、母さんのことも放っておけなかったから」
「そういうことをすんなりできるのが、お兄ちゃんのすごいところだよ。だって、お父さんが亡くなった時って、お兄ちゃん、小学五年生だったわけだから。私なんて、お父さんが亡くなったことすらちゃんと理解できてなかったし」
「それが普通だろうな」
 確かに、小学校低学年でそういうことを理解するのは難しい。
 そもそも、死という概念がわからないであろう。
「お兄ちゃんがいなかったら、うちはとっくの昔に壊れてただろうし」
「…………」
「お母さんもそう思うよね?」
 ふたりの前の席に座っている琴美に話を振る。
「そうね。圭太がいてくれなかったら、どうなっていたか、本当にわからなかったわ」
「僕は、僕のできることをやったにすぎないよ」
「それがすごいことなの」
「そういうことは意識したらなかなかできないから。それができた圭太は、確かにすごいのかもしれないわね」
「母さんまでそんなことを……」
「いいじゃない。それ自体はいいことなんだから。それにね、私も本当に感謝しているのよ。もっとも、圭太は祐太さんの息子なんだから、それくらいできて当然なのかもしれないけど」
 そう言って琴美は微笑んだ。
「ただね、圭太」
「ん?」
「圭太は、祐太さんとは違うんだから、そこを目標にしなくてもいいのよ。圭太は圭太なりの目標を見つけて、そこを目指せばいいの。私もそれを望んでいるし、祐太さんもそれを望んでいると思うから」
「……かもね」
 親とはそういうものかもしれない。
 もちろん、同じ道を歩んでくれるのも嬉しい。だけど、それは必ずというわけではない。親子とはいえ、個々の人間である。すべてのことに対して、適性というものがある。それは、親子でも違うことは多い。
 圭太と祐太も、そうである。
「それに、これからは私や琴絵にばかりかまけていられないんだから、なおさらよ」
「それは、まあ……」
 圭太は曖昧に頷いた。
「ようするに、お兄ちゃんはお兄ちゃんらしく、がんばれ、ってことだよ」
「ふふっ、そうね」
「母さんはともかく、琴絵にまで言われるとはな」
「むぅ、お兄ちゃん、私だってね、もう中学二年生なんだから、いろいろ考えてるし、お兄ちゃんにだっていろいろ言うよ」
「じゃあ、もう僕があれこれ言ったりやったりする必要はないのかな?」
「え、えっとそれは……」
「僕はそれでいいんだけど」
「ぶう、お兄ちゃんのいぢわる」
 そう言って琴絵は頬を膨らませた。
 
 その日の夜。
 いつものようにその日の復習と次の日の予習を終えた圭太は、リビングへと下りてきた。
 リビングでは、琴美がお茶を飲みながらテレビを見ていた。
「勉強、終わったの?」
「とりあえずは」
 小さく頷き、圭太はソファに座った。
「母さんにとって、この五年は早かった? 遅かった?」
「……そうね、最初の一年はどうしてこんなに時間があるのかと思うくらい、遅かったわ。でも、それから今までは、あっという間」
「そっか」
「それもこれも、圭太のおかげね」
「そこまで大げさなことはなにもしてないよ。それに、あの頃の母さんを助けてくれた人は、ほかにもたくさんいたし」
「そうね。それでも、私が一番心強かったのは、息子である圭太が私や琴絵のためにいろいろがんばってくれたこと。確かに、祐太さんが亡くなった穴は大きい。その穴は、きっと一生埋まらないと思う。でも、それをすべてではないにしてもある程度埋めてくれたのは、圭太なのよ」
 そう言って琴美は穏やかに微笑んだ。
「親バカだって言われるかもしれないし、子離れできてないって言われるかもしれないけど、あなたは私たちの自慢の息子だから。できることなら、私が死ぬまで側にいて支え続けてほしいくらい」
「母さん……」
「もちろん、それはあくまでも夢だから、かなわなくてもいいわ。ただね、ひとつだけ覚えておいてほしいの」
 カップをテーブルに置く。
「私は、あなたのことを世界で一番愛しているから」
 その言葉には、とても重くて深い意味が込められていた。
 圭太もそれを感じ取り、神妙な面持ちで頷いた。
「祐太さんの代わりではなく、あくまでも圭太は圭太として、愛しているわ」
「……僕にとって誰よりも人に誇れることがあるんだ」
「それは?」
「それは、父さんと母さんの息子である、ということ」
「……それは、言い過ぎよ」
「かもしれないけど、僕はそう思ってるから」
「ありがとう、圭太」
 琴美は、少し瞳を潤ませ、頷いた。
「じゃあ、僕はそろそろ寝るよ」
「ええ、おやすみ」
 圭太がリビングを出て行くと、琴美はカップを持ち、お茶を飲み干した。
「本当に、ありがとう……」
 
 二
 十月も半ばを過ぎ、いよいよ全国大会が近づいてきた。
 合奏では今まで以上に気合いが入り、菜穂子からの注文もかなりレベルの高いものとなっていた。それでもこの時期になると少々レベルの高い注文にも、部員の誰もが応えられるようになっていた。
 それと平行して十一月のアンサンブルコンテストの練習も進んでいた。すでに部内審査が行われ、本大会出場の三組が決まっていた。
 出場するのは、クラリネット四重奏、金管五重奏、打楽器五重奏となった。
 さらに、一高祭に向けての準備も進んでいた。特に重要なのが、音楽喫茶の準備である。音楽の方はCDとアンサンブルを交互にやることですでに話は進んでいるが、一番重要なのが、喫茶そのものである。
 扱うのは、飲み物と軽食。凝ったものは作りはしないが、それでも食べ物を扱うということで、それなりの準備が必要だった。これには二年が中心となり準備を進めていた。
 いずれにしても、部内はいい緊張感があり、一体感もあった。
 
 十月二十三日。
 全国大会本番を明日に備え、一高吹奏楽部は夕方、バスで学校を出発した。
 会場は東京都杉並区にある普門館である。座席数五千の立派なホールで、コンクールの聖地でもある。
 高等学校の部が二十四日、中学校の部が二十五日となっていた。
 一高は午後の早い時間のため、前日入りすることになった。
 今回はバスは一台である。楽器は連盟が運んでくれる。
 圭太の隣は、打ち合わせの関係で祥子が座っていた。
「じゃあ、打ち上げはそういうことでいいかな?」
「いいと思いますよ」
 話は、本番後に行う打ち上げのことだった。とはいっても、それは結果如何で内容が変わるものである。
「でも、いよいよ明日だね、本番」
「そうですね。先輩は、三年ぶりですね」
「去年も圭くんのは見に行ったけどね」
「残念ながら銀賞でしたけどね」
「全国で銀賞なら、すごいよ」
 そう言って祥子は微笑んだ。
 車窓を流れる景色は、少しずつ都会のものへと変わってくる。同時に、夕暮れから夜へと変わってくる。
「先輩……?」
 見ると、祥子は圭太の手に自分の手を重ねていた。
「……圭くん」
 祥子は、なにも言わないでと首を振った。
 それに応え、圭太は、祥子の手を握った。祥子は、少しだけ嬉しそうに笑っていた。
 
 十月二十四日。
 全日本吹奏楽コンクール高等学校の部、本番である。
 その日は朝からとてもいい天気だった。少し気温が低めだったが、天気だけは本当によかった。
 一高吹奏楽部は、午前中の早い時間にホテルを出て普門館へ向かった。
 普門館のまわりには同じような人たちが大勢いた。
 出場者入り口から中に入ると、緊張感も高まってくる。
 その頃には部員の誰もが緊張感で顔が強ばっていた。それは、全国大会を二度経験している圭太ですらそうだった。初出場の部員は、その緊張感たるやすごいもので、顔が青ざめていたり、唇が紫だったり、震えていたりと、様々だった。
 それでも本番まで時間はある。
 控え所に入ると、ほかの高校が準備をしていたり、すでに演奏の終わったところもある。緊張感とその緊張感から解放された部分と、入り交じったなんとも言えない空間となっていた。
 菜穂子は部員ひとりひとりに声をかけていた。この段階になると、もうなにを言っても同じである。
「どう、圭太。行けそう?」
「やることはやりましたから、あとはそれをすべて出せれば」
「そうね。とにかく、悔いの残らない演奏をしないとね」
「はい」
 それから少しして、午後の部がはじまったことを知らせる案内が流れた。
 一高もいよいよ出番である。
 控え所からチューニング室に移り、チューニングする。何人かが緊張で音が震えていたが、それ以外には特に問題はなかった。その場にいないパーカッションのメンバーは、一足早く舞台袖に行っている。そちらの方がより緊張しているだろう。
「ここまで来たら、もう言うことはないわ。全力を出して、そして、演奏を楽しんで。結果は、自ずとついてくるだろうから」
 菜穂子のその言葉でその場は締めくくられた。
 舞台袖に移ると、前の高校の演奏が聞こえてくる。
 その演奏レベルはさすがは全国大会というものだった。それがよりいっそう、部員の緊張感を高めた。
 まともに息もできず、深呼吸している者もいる。
 そして、あっという間に本番の時間を迎えた。
 ステージ上では椅子の位置を直したり、打楽器を設置したりしている。部員もそれぞれの位置に座り、指揮台の見える位置に微調整する。
 時間は、本当に瞬く間になくなった。
 客席の明かりが落ち、ステージの明かりが明度を上げる。
 アナウンスが入り、菜穂子はそれに応えるようにお辞儀をした。
 一度全員を見渡し、微笑む。
 指揮台に立ち、菜穂子も大きく息をつく。
 そして、指揮棒が上がった──
 
「はあ、終わったわねぇ……」
「そうですねぇ……」
 本番を終え、楽器も片づけ、部員はそれぞれに自由時間が与えられていた。
 閉会式まではほかの高校の演奏を聴くもよし、どこかでのんびりするもよし。
 半分くらいは中で演奏を聴いていた。
 残りの半分は、会場の外で余韻に浸っていた。
「これで、私たち三年も引退ね」
 ともみは、清々しい表情でそう言った。
「結果はわからないけど、最後の最後で最高の演奏ができたわ」
「ともみ先輩がいなくなると、淋しくなりますね」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、次のためには古い連中は去らないとね」
「先輩……」
 祥子は、すでに少し涙ぐんでいる。
「もう、祥子はホントに涙腺が緩いんだから」
 よしよしと言ってともみは祥子の頭を撫でる。
「別にもう会えなくなるわけじゃないんだし、それに、卒業するまでは何度も顔を出すから」
「先輩は、どこの大学に行くんですか?」
「ん、一応地元の国立志望だけどね。ただ、もう少し吹奏楽を続けたいって気持ちもあるから、吹奏楽の強いところに行くかもしれないけど」
「そうすると、地元から出るってことになりますね」
「まあね。とはいっても、ちゃんと帰ってくるし。卒業しても、たまには顔も出すわよ。イヤでもね」
 そう言ってともみは笑った。
「ま、私のあとは、優秀な後輩が部長を務めてくれるわけだし。なにも心配してないわ」
「そんなこと、ないですよ」
「それに、その後輩を補佐してくれる後輩もまた、優秀だし」
「そんなに持ち上げても、なにも出ませんよ」
「いいのよ」
 穏やかな表情でそう言う。
「じゃあ、そろそろ中に入りましょ。部長と副部長と次期副部長がここでのんびりしすぎてるのは問題だろうからね」
「そうですね」
 ともみと祥子が先に立ち上がった。
「ほら、圭太も」
「圭くん」
 ともみと祥子が、揃って手を差し出す。
 圭太は、そのふたりの手を取り──
 
 閉会式は、やはり微妙な緊張感の中で行われた。
 演奏全体の講評があり、それぞれの団体への結果が発表された。
 全国大会ともなれば、たとえ銅賞でも、全国の銅賞である。胸を張れる結果で、会場からも大きな拍手が起こる。もちろん金賞を取れればそれはそれでいいだろうが。
 金賞、銀賞、銅賞は参加団体全体で割合が決まっている。基本的には三・四・三の割合である。従って、銀賞を取れる確率が一番高い。
 ただ、それはもちろん基本でしかなく、すべては審査員が決めることである。
 金賞を取った団体には、本当に惜しみない拍手が送られる。
 そして、一高の番が来た。
『──県立第一高等学校、金賞』
 
 ロビーでは、女子部員が抱き合って喜び合っている。
 泣いている部員もひとりやふたりではない。菜穂子ですら涙ぐんでいた。
「みんな、本当におめでとう。この結果は、みんながこれまでがんばってきたその結果よ。本当におめでとう」
 菜穂子は、時折言葉を詰まらせながら、全員の健闘を称えた。
「まだまだ言いたいことはあるけど、とりあえず、ここではここまで。あとは、向こうに戻ってからにするわ」
 興奮の余韻が覚めないうちに、一高吹奏楽部は、普門館をあとにすることになった。さすがに二日連続でホテルに泊まるわけにはいかない。
 会場近くからバスに乗り、地元へ凱旋する。
 バスの中でもそれはもうお祭り騒ぎだった。いつもならそれをたしなめる菜穂子だが、今日だけは特別だった。
 学校に着いたのは、もう十時を回った頃だった。
 特別に校門を開けてもらい、校内で最後の挨拶をする。
「二、三年はこの一年間、本当にがんばってきたわね。時には厳しいことも言ったけど、この結果に免じて許してくれるとありがたいわ。三年はこの大会で部活は引退だけど、あなたたちにはまだまだやることはあるのだから、しっかりとがんばって。残る一、二年は来年も同じ気持ちを味わえるように、全力を尽くすように」
『はいっ』
「じゃあ、部長。挨拶を」
「はい」
 そして、ともみの部長としての最後の挨拶である。
「この三年間、とても充実した部活動ができて、私自身満足してる。でも、これもひとりではどうすることもできなかったことで、今、ここでこうして最高の気分で挨拶できるのも、みんなのおかげ。だけど、ありがとうとは言わない。今ここで必要な言葉は、感謝の言葉ではないと思うから。私たち三年は今日、ここで引退するわけだけど、一、二年はこれからも吹奏楽部をより発展させるように、全力でがんばって。OB、OGはそれを影ながら支えていくから。そして来年、卒業生としてみんなとまた、同じ気持ちを分かち合えれば最高だと思うから。今日は、本当におつかれさま」
『おつかれさまでしたっ!』
 部員一同が、声を揃えて挨拶をする。
 同時に、三年のまわりには、一、二年が集まってくる。
 それぞれのパートの後輩が、先輩との別れを惜しんでいる。
「幸江先輩、大介先輩、本当におつかれさまでした」
 トランペットでも幸江と大介のまわりに、四人の後輩が集まっている。
「幸江先輩〜」
 夏子は、泣きながら幸江に抱きついている。
「徹。これからはおまえがリーダーなんだから、もう少ししっかりしろよ」
「わかってますよ」
「ホントか? 優秀な後輩がいるんだから、負けないように努力しないと、捨てられるぞ」
「確かに」
「それはおまえも一緒だ、広志」
「あれ、そうですか?」
「アホ」
 大介は、そう言って笑った。
「圭太。頼りない先輩ふたりを、頼むな」
「ちょっと大介先輩、それはないですよ」
「なに言ってやがる。演奏技術、人間性、カリスマ性、すべておまえらより上だろうが」
「うぐっ、それを言われると……」
「弱いけど……」
「そんなことないですよ。僕もまだまだ学ぶところは多いですから」
「くぅ、この殊勝な心構えがおまえたちにはあるか?」
 大介は、圭太の首に腕を回し、続ける。
「ま、冗談はそれくらいにして。おい、幸江」
「なぁに?」
 幸江は、夏子をあやしながら応えた。
「おまえもこいつらになにかないか?」
「そうね。徹にはリーダーとしてがんばってもらって、広志はその徹を支えてもらって。圭太はパートの方もだけど、副部長として部全体のこともがんばってもらって」
「おいおい、そんなことわかりきったことだろうが」
「いいのよ、わかりきったことの方が」
 そう言って幸江は笑った。
「とにかく、私や大介が引退しても、なにも心配はないわ。それだけは言える」
「ま、確かにな」
 幸江と大介は、本当に清々しい笑みを浮かべていた。
 少しして、祥子が声をかけた。
「えっと、本来なら今日やるべき打ち上げなんですが、時間とか場所とかの関係で後日改めてやろうと思います。コンサートの打ち上げみたいなことはできませんけど、できる範囲内でやろうと思っています。それで、先輩方には申し訳ないんですけど、一高祭が終わった日、十一月一日に音楽室の方でやりたいと思っています。なので、終わり頃に音楽室へ来てください」
「酒は出るのか〜?」
「出ません」
「なんだ、がっかりだな〜」
 そして、和やかな雰囲気の中、お開きになった。
 名残はいつまでも尽きないが、三年とも今生の別れというわけではないのだから。
 
 十月二十五日。
 全日本吹奏楽コンクール中学校の部、本番の日。
 三中はこの日が本番である。琴絵たちはやはり前日入りしている。
 圭太は琴絵の演奏を聴くため、朝から出かけていた。一緒に行くのは、卒業生九人と柚紀や有志ら、総勢二十人。
 結構な人数ではあるが、チケットは参加校の特権として、確保済みである。
 圭太たちは、九時の一番最初の学校から聴こうと、かなり早めに出ていた。
 電車とバスを乗り継ぎ、普門館へ。
 会場は前日同様かなりの人数で、早めに出ていなかったら席は取れなかっただろう。
 圭太たちは、三列に分かれ、七人、七人、六人で座った。場所は少し前の方。
 圭太の隣は、柚紀とともみ。
「ん〜、三中は結構あとの方ね」
「そうですね」
「まあ、三中は去年も出てるわけだから、うちらよりはましじゃないの」
 そうこうしているうちに、演奏がはじまった。
 どの学校もレベルが高く、とても中学校とは思えない演奏もあった。
 聴いていて明らかに素晴らしい演奏には、会場から割れんばかりの拍手が送られる。
 観客も耳が肥えているため、そういうのはわかるのだ。
 十二分間の演奏時間も、本当にあっという間に感じる。
 そして、昼の休憩時間となった。
「さすがに全国は中学といえども、レベルが高いわね」
 近くの食堂に入った圭太たち。
「どう、三中はどこまで行けると思う?」
「そうですね。関東大会と同じかそれよりもう少しいい演奏ができれば、十分通用すると思いますよ」
 圭太は、冷静に状況を分析する。
「去年は銀賞だったから、今年こそはって想いは強いと思うけど」
「それが逆に気負いに繋がらなければ、いいけどね」
「大丈夫でしょ」
 卒業生は口々にそう言う。
「そういえば、昨日は琴絵ちゃんとは話してないのよね?」
「ええ、そういう時間はなかったですから」
「心配?」
「多少は。でも、琴絵もやることはやってるはずですから」
「厳しいお兄ちゃんね」
 そう言ってともみは笑った。
 それから早めに会場に戻り、席に着く。
 会場内には、演奏の終わった学校の生徒も見られるようになった。
 まもなくして、午後の演奏がはじまった。
 三中まではしばらくある。
 午後に入ってからもその演奏のレベルはやはり高く、全国大会常連校の演奏は、それこそ高校よりも上かもしれない。
 圭太たちも、まわりと同じように真剣にその演奏を聴き、素直に驚いていた。
 午後の演奏ももうそれほど残っていないところで、ようやく三中の番が来た。
 圭太は、それを自分のことのように思い、緊張していた。
 部員がステージ上に出てくる。やはり、客席から見ても多少緊張しているのがわかる。
 それでも時間は待ってくれない。
 全員が席に着き、ステージ上が明るくなる。
 アナウンスが入り、演奏がはじまった。
 
 すべての演奏が終わった。
 圭太たち三中卒業生は、座席を柚紀たちに任せ、現役生を探しに出た。
 人であふれているロビーでその姿を探す。少なくとも客席にはいなかった。
「さて、どこにいるかしら?」
 手分けして探すと圭太たちまではぐれてしまうということで、揃って探している。
「ん、あれじゃない?」
 見ると、確かに見知った集団がいた。
 早速近づく。
「あっ、先輩」
 すると、部員のひとりが圭太たちに気づいた。
「おつかれさま」
 あっという間に圭太たちのまわりに集まってくる。
「お兄ちゃん、聴きに来てくれたんだね」
「まあね」
「演奏、どうだった?」
「ん、まあ、それは結果待ちということで」
 圭太は、笑顔でそう言った。
「圭太先輩」
 そんな圭太に声がかかった。
「わざわざありがとうございます」
 紗絵はそう言って軽く頭を下げた。
 見た目にもまだ緊張しているのがわかる。これから結果が出るのだから、当然といえば当然なのだが。
 さらに言うなら、紗絵は圭太と約束しているということもある。
「あら、来てたのね、あなたたち」
 そこへ佳奈子がやってきた。
「そうそう、昨日は金賞おめでとう」
「ありがとうございます」
「直接は聴けなかったけど、講評を見てどれだけの演奏だったかは、よくわかったわ」
 一高は、金賞の中でも上位に入っていた。単純な順位では全国大会ははかれないが、それだけで言うなら四位だった。
「うちもあなたたちに続ければいいんだけどね」
「大丈夫ですよ」
 それから少しして、閉会式がはじまった。
 三中は、結局圭太たちの席の側にいる。というか、そこしか場所がなかった。
 前日と同じように講評からはじまり、結果発表。
 順番を待つ団体は、祈るように待っている。
 あちこちから歓声が上がり、次第にボルテージが上がってくる。
『──市立第三中学校、金賞』
 
 閉会式後、圭太たちは少しだけ部員たちと喜びを分かち合い、帰路に就いた。さすがに電車とバスで帰るため、のんびりとはしていられない。
「ホント、よかったね」
 電車の中、柚紀は圭太にそう言った。
「うちも金賞、琴絵ちゃんたちも金賞。うん、ホントによかった」
「こんなこと、そうはないよ」
「圭太は相変わらず厳しいね、そういうとこ」
 苦笑する柚紀。
「でも、琴絵ちゃんが帰ってきたら、褒めてあげるんでしょ?」
「ん、まあ、多少はね」
「多少ね。ま、それでも琴絵ちゃんは嬉しいんだろうけど」
「紗絵たち三年は確かに有終の美だけど、琴絵たちはまだ先があるからね。もっともっとがんばらないと」
「それは、私たちにも言えるわね」
「うん、そうだよ。だから、明日から新体制でがんばらないとね」
 あくまでも建設的、現実的な圭太である。
「じゃあ、今はつかの間の休息ということで」
 柚紀は、そう言って圭太に寄り添った。
 そんな柚紀を、圭太は優しい眼差しで見つめていた。
 
 その日の夜遅く。
 高城家に一本の電話がかかってきた。
「圭太、電話よ」
「誰から?」
「紗絵ちゃんから」
 圭太は神妙な面持ちで電話に出た。
「もしもし?」
『夜分遅くにすみません。紗絵です』
「ううん、それは別にいいんだけど。あっ、そうだ。改めて、金賞おめでとう」
『はい、ありがとうございます。でも、それは先輩も同じですよね。おめでとうございます』
「うん、ありがとう」
 そう言ってお互いに笑う。
『あの、それで先輩。約束、覚えてますか?』
「……うん」
『先輩の都合のいい日でいいですから、会ってください。どうするかは、その時に決めましょう』
「わかった。たぶん、来週の文化祭後になると思うけど」
『はい、私はいつでも全然問題ありませんから』
「そっか……」
『あの、先輩』
「うん?」
『……どんなことがあっても、私のこと、嫌いにならないでくださいね。私、どれだけ自分がワガママなことを言ってるかって、わかってます。それで嫌われても仕方がないとも思うんですけど、でも、やっぱり先輩にだけは嫌われたくないです。だから、私のこと、嫌いにならないでください』
 紗絵の声は、少し震えていた。おそらく、涙を堪えているのだろう。
「……大丈夫。紗絵が僕のことを嫌いにならない限り、大丈夫」
『はい……』
 それから少し話をして、電話を切った。
 最後の最後まで、紗絵は圭太のことを気にかけていた。
 圭太は、複雑な表情で、だが、それでも迷いはなかった。
 こうして全国大会は終了した。
 
 三
 一高では、着々と一高祭の準備が進んでいた。伝統ある一高祭は、その盛り上がりもなかなかのもので、近隣の高校や中学、果ては近辺の一般の人まで見物に来る。
 基本的にはクラス単位で出し物をするのだが、それも強制ではない。クラスによっては文化部が多いために、メンバーが残らないところも出るからである。
 文化部では、その部活の活動を知ってもらうために、あの手この手でいろいろ考えていた。特に人数の少ない部では、中学生に向けてアピールできる場でもあった。
 そして、一高祭実行委員会が行う出し物が、最も人気があった。前夜祭ではミスター一高を、後夜祭ではミス一高を決めた。本番になにもやらないのは、あくまでもそれが一高生のための一高祭だからである。
 吹奏楽部でも準備は急ピッチで進められていた。三年が引退した余韻に浸ることなく、慌ただしく準備は進んでいた。
 一高祭では、一日目の午前中、開会式で演奏が予定されていた。そこでの演奏は、はじめての一、二年のみの演奏である。基本的にはコンクール、コンサートでの曲なのだが、そこはまだまだ新体制ということで、曲は比較的簡単なものになっていた。
 音楽喫茶の方は、OBのつてを頼り、機材、材料などを格安で仕入れることになった。
 
 十月三十日。前夜祭。
 授業は午前中だけで、午後からは学校中で準備が行われている。
 音楽室でも準備が行われ、普段はない机が運び込まれていた。机をふたつあわせ、その上にテーブルクロスをかける。椅子をあわせ、それでひとテーブル完成。
 準備室の方では、飲み物や軽食を出せるように場所が確保される。
 ここでは三年が応援に駆けつけ、コツを教えている。
 準備も夕方には終わり、あとは当日を待つだけとなった。
 残りの時間は帰るなり前夜祭に参加するなり、自由である。
 結構な数の部員が、前夜祭の行われる体育館に行った。前夜祭では、ミスター一高を決める投票と有志バンドによる演奏などが行われる。
「おつかれさま、圭くん」
「祥子先輩こそ、おつかれさまです」
 今、音楽室にはふたりしかいなかった。本当はほかにもいたのだが、クラスのこととかいろいろあり、ふたりしか残っていない。
 祥子は作業のために束ねていた髪を解いた。
「こうして圭くんとふたりきりになるのって、久しぶりだね」
「そうですね。しかも、こういう時にっていうのが、結構意外ですよね」
「うん」
 音楽室の外からは、まだ作業が続いているのか、声が聞こえてくる。
「……ねえ、圭くん」
「はい」
「私ね、思うんだ。自分の行動って、自分で決めなくちゃいけないでしょ。でも、それを決める要因ってものもあると思うの。それはどんな些細なことでもそうだと思う。たとえば、お昼になにを食べようとか、今日は何時に寝ようかなとか。そういう時の要因って、たとえば友達がなにを食べようと言ったとか、前の日にテレビでなにかを見たとか、今日は夜に面白いテレビがあるとか、明日難しいテストがあるとかね」
 圭太は、黙って祥子の話に耳を傾けている。
「それでね、それがもっともっと大事なことならなおさらだと思うの。もちろんそれの要因はわからないけどね」
 そう言って祥子は微笑んだ。
「だからね、私も決めたの」
 その時、音楽室に数人の部員が戻ってきた。
「あれ、ふたりだけなの?」
「あ、うん」
「そっか」
 祥子は、残念そうに苦笑した。
 その時祥子がなにを言いたかったのか、圭太には薄々わかっていた。だが、それでも圭太からそれを訊くことはないだろう。
「あっ、そういえば、小耳に挟んだんだけど」
 戻ってきた部員のひとり、裕美がそう言った。
「なんか、圭太の名前も出てるらしいわよ、ミスター一高に」
「本当ですか?」
「うん、なんかそう聞いた。まあでも、一年で一位になることはまずないから。心配することはないと思うけど」
 裕美はそう言って笑った。
「ねえ、祥子。今日は何時までここにいるの?」
「もうすぐ閉めるけど、どうして?」
「ううん、別に深い理由はないんだけど。ここ閉めるなら、体育館にいる連中にも一言言っておいた方がいいかなって思って」
「あ、そうだね」
「じゃあ、私が言っておくよ。祥子はここ、閉めるでしょ?」
「そうしてくれる?」
 そして、裕美たちは体育館へ行った。
 再び音楽室はふたりだけになる。
「じゃあ、圭くん。閉めるから、残ってる荷物、持ち出してくれるかな?」
「わかりました」
 音楽室に荷物を置いたまま出て行った部員も何人かいる。そんな部員の荷物を音楽室の外へ運び出す。
 準備室を確認し、先に鍵をかける。
「……圭くん」
 不意に、祥子が圭太の背中を抱いた。
「さっきの続き」
 そう言って圭太の体に腕をまわす。
「私、後悔したくないから。全力で、圭くんに私の想い、ぶつけるから」
「先輩……」
「だから、圭くん。受け取って、ほしい」
 祥子は、それだけ言うと、圭太から離れた。
「さ、閉めて帰ろ」
 祥子は、笑っていた。
 それは清々しい笑顔だった。
 
 十月三十一日。一高祭一日目。
 その日は少し曇りがちだったが、それでもいい天気だった。ただ、さすがにもうすぐ十一月ということで、それなりに気温が下がっていた。
 午前中は開会式が講堂で行われた。これは完全に形式的なもので、それほど意味はない。生徒たちもそれほど重要視しておらず、早く終わることだけを考えていた。
 そして午後。
 いよいよ一高祭がはじまった。
 とはいえ、最初からお客が来るわけでもない。事実上の本番は、二日目である。
 音楽喫茶は、出だしの一時間くらいは、同じ一高生しか入らなかった。まあ、それも一番遠い場所にあるということも敬遠される理由のひとつではある。
 そこで重要になるのが、宣伝活動。女子部員数人を宣伝員に任命し、早速校舎入り口や校門のあたりに派遣した。なお、この宣伝員、先の合宿での罰ゲームが適応され、フルートとサックスの女子がコスプレして行うことになった。
 それのおかげかどうかはわからないが、次第に人が入るようになってきた。
 一番大変な仕事は、罰ゲームで奴隷決定のサックスが行っていた。
 ただ、男子が前面に出ても面白味に欠けるため、そこは女子がウェイトレスをしていた。
 音楽室に流れているのは、穏やかな曲。午後のひと時を過ごすにはちょうどいい感じのテンポ、曲調だった。
 その合間に、アンサンブルの生演奏が行われた。即席ステージで行われる演奏は、結構好評だった。
 ただ、一日目は時間が短いため、それぞれ一回のみだった。
 そして、午後五時。一日目が終了した。
 その日の売り上げが計算され、同時に足りないものは買い足すことが決まっていた。
 慌ただしく過ぎた一日目。
 各部員は、早々と家に帰り、次の日に備えた。
 
 その日の夜。
 圭太は、鈴奈と一緒にいた。
「はい、圭くん」
「すみません」
 穏やかな時間が流れる。
「明日は、見に行くからね」
「お手柔らかにお願いしますね」
「ふふっ、どうかな」
 一高祭二日目にあわせ、『桜亭』は臨時休業となる。それは、琴美も鈴奈も一高祭を見てみたいということからそうなった。
「圭くんが演奏してるのを見るのは、久しぶりだね」
「そうですね。鈴奈さんのお眼鏡にかなう演奏ができるかどうか、ちょっと心配ですけどね」
「圭くんなら大丈夫よ。うん、大丈夫」
 そう言って鈴奈は微笑んだ。
 と、不意に鈴奈は真面目な表情で言った。
「……圭くん、ごめんね」
「えっ、なにがですか?」
「琴美さんに、いろいろ言われたでしょ?」
「……ええ」
「琴美さんなら、気づいちゃうよね、やっぱり。私もできるだけ意識しないようにしてたんだけど、ちょっと無理だった。気づくと圭くんを目で追って。ダメだね、私も」
「そんなこと、ないですよ」
 圭太は、穏やかに微笑み、そして鈴奈を抱きしめた。
「圭くんにこうして抱きしめられてると……うん、本当に幸せ……」
 そして、ふたりはキスを交わした。
「圭くん、抱いて……」
「はい……」
 圭太は鈴奈を抱きかかえ、ベッドに寝かせた。
「ふふっ、お姫様だっこされちゃった」
 そういう些細なことが嬉しい鈴奈であった。
 もう一度キスをして、服を脱がせる。
 圭太は、あまり焦らさずに服を脱がせた。
「ん、まだ、少し恥ずかしいかな……」
 鈴奈は、頬を赤らめそう言った。
 それには今回は部屋が明るいのもあるだろう。
「今日は、圭くんも一緒に脱いでほしいな」
 それに応え圭太も服を脱ぐ。すでに圭太のモノは、半勃ち状態。
 圭太は、鈴奈の胸に手を添え、軽く揉む。
「ん……」
 少しずつ力を込め、敏感な部分を集中的に攻める。
「ん、はあ、圭くん……」
 二度目ということで鈴奈の方にも多少余裕が出てくる。
 鈴奈は起き上がり、圭太を代わりに横たわらせた。
「一緒に、気持ちよくなろうね……」
 そう言って鈴奈は、乏しい知識を総動員し、圭太の上にまたがった。
 おしりを突き出すようにまたがり、まさに69の形である。
「ん、圭くんの……」
 鈴奈は、圭太のモノを軽くしごき、口に含んだ。
 圭太も頭の下に枕を入れ、頭の位置を高くする。そして、鈴奈の秘所を前にする。
 圭太は、その秘所にふっと息を吹きかけた。
「ひゃんっ」
 突然のことに、鈴奈は声を上げた。
「やっぱり、鈴奈さんは敏感ですね」
「それは、圭くんだからだよ。圭くんに触れられてるって思うだけで、体の奥がカーッと熱くなるの」
「こんな風に?」
 そう言って圭太は、鈴奈の秘所を舐めた。
「あんっ」
 圭太は指で秘所を軽く押し開き、そこに舌を潜り込ませる。
「だ、ダメっ、き、気持ちよすぎっ」
 鈴奈は、もう圭太のモノを舐めるどころの話ではなかった。敏感なところを立て続けに舐められ、それに流されないようにするだけで精一杯だった。
 圭太は、舌と指を使って丁寧に秘所を攻め、もう鈴奈の秘所は蜜でびしょびしょだった。
「はあ、はあ、はあ、圭くん、もう我慢できないよぉ……」
 火照る体。鈴奈は、それをもてあますように甘い声で圭太を求める。
「鈴奈さんは、そのままで」
「うん……」
 圭太はそう言い置いて、自分は膝立ちになった。
 鈴奈の腰を手で支え、後ろからモノで貫いた。
「んあっ」
 一気に体奥を突かれ、さらに今までにない感覚に、鈴奈は一段と甲高い声を上げた。
「ダメっ、すごいっ、ああっ」
 圭太は、以前よりも速い動きで一気に鈴奈を攻め立てる。
「あんっ、圭くんっ、わた、わたしっ」
 シーツをつかみ、鈴奈は快感の波に飲み込まれていく。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
 圭太の腰の動きにあわせ、鈴奈も腰を動かしてくる。それはもう本能のもので、理性で抑えることはできなかった。
「んんっ、けい、くん、わたしっ、おかしくなっちゃうっ」
「鈴奈さんっ」
「ああっ、ダメっ、いくっ」
 達する瞬間、鈴奈の中が圭太のモノをギュッと締め付けた。
 圭太は、それでもかろうじてモノを引き抜き、鈴奈の綺麗な臀部に、大量の精を飛ばした。
 そして、ふたりとも事切れたように倒れ込んだ。
「はあ、はあ、圭くん……」
「はぁ、はぁ、なんですか……?」
「セックスって、気持ちいいんだね」
 そう言って鈴奈は微笑んだ。
「それは、気持ちが通じてるからだと、思いますよ」
「そっか……」
「……僕も、鈴奈さんのこと、好き、ですから」
「うん、私も……」
 自然と顔が近づき、キスを交わす。
「これで、しばらくがんばれるかな。圭くんにいっぱい、がんばれる力をもらったから」
「お役に立てて、光栄です」
「ふふっ」
「ははっ」
 圭太は、柚紀のことをどこかで想いながら、それでも今は目の前にいるかけがえのない大切な『姉』を見ていよう、そう思っていた。
 
 十一月一日。一高祭二日目。
 その日は前日とは違い、朝から雲ひとつない快晴の天気だった。しかも気温も高めで、一高祭にもそれなりの人が予想された。
 圭太たちははじまる一時間前に集合だった。
 前日になくなった分などはすでに届いており、このあとの補充は部員が直接店に買いに行くことになる。
 九時半の開始時間を前に、祥子はみんなに声をかけた。
「事実上今日が一高祭のすべてだから、全力で。あと、今日はみんなの知り合いも結構来ると思うから、来た時に抜けたい時は、必ずまわりに声をかけてね。それをやらないと混乱するから。それと、もうわかってると思うけど、終了後ここでコンクールの打ち上げを行うから、退っ引きならない用事がない限りは、帰らないように。それじゃあ、今日も一日しっかりね」
 祥子はともみに比べるとずっとおとなしい。その言葉にしてもどこか丁寧さがある。それでも祥子はすでに一高吹奏楽部の部長だった。
 開始まであと五分というところで、ともみたち三年がやって来た。
「手伝いという名の冷やかしに来たわよ」
 ともみは冗談とは思えないことをさらっと言った。
「ねえ、圭太は?」
「圭太なら、準備室の方にいるはずですよ」
「そ、ちょっと呼んでくれる?」
 すぐに圭太が呼ばれた。
「おはよ、圭太」
「おはようございます」
「はい、圭太」
 そう言って持っていた紙袋を手渡す。
「これ、なんですか?」
「ん、女性客獲得のための秘密兵器」
 紙袋に入っていたのは、ウェイター向けの黒服だった。タキシードほどしっかりしたものではないが、着る者が着れば、かなり見栄えしそうだった。
「……僕が着るんですか?」
「そうよ。この部の男子で一番外見がいいのは、圭太だし」
 その言葉に、まわりの女子が頷いている。
「じゃ、そういうわけで、さっさと着替えてくる。もうはじまるわよ」
 圭太は半ば強引にウェイターの役目を与えられた。
「しっかし、ともみも強引よね。というより、欲望に忠実なのか」
「ちょっと、それ、ど〜ゆ〜意味よ?」
「だって、ただ単にあんたが見たかったんでしょ、ウェイター姿の圭太を」
「うっ……否定できない……」
「まあ、確かに彼がやればそれ目当てに女性客が来るとは思うけど。でも、それだってちゃんと宣伝しないと意味ないし」
「それは、宣伝部隊に任せるわよ。うちにはメイドとナースと巫女の宣伝員がいるんだから」
 そう言って罰ゲームの面々を見る。
「ほらほら、しっかり宣伝してくるのよ。ここでの売り上げは、そのまま部費の足しになるんだから」
 ともみに追われるように、宣伝部隊は出発した。
 それと入れ替わるように、圭太が着替えて戻ってきた。
「いやあ、これは予想以上」
「圭太に惚れてる連中は、惚れ直すこと間違いなし」
 さとみとのぞみがそんなことを言う。
 圭太の格好は、黒のスラックスに白のワイシャツ、黒の蝶ネクタイという本当にオーソドックスなものだった。本当はこれに上着もあるのだが、今は手に持っている。
「なんか、サイズがぴったりなのが不思議なんですけど……」
「ああ、それはともみが──」
「さとみっ! 余計なことは言わないっ」
「はいはい」
 そんなやりとりを尻目に、圭太は女子部員に囲まれていた。
「ん〜、これならイケメンウェイターとして売り出せるわね」
「柚紀じゃなくても惚れちゃいそう」
 口々に圭太を褒めそやす。
「ほら、もう時間だから、持ち場に戻って」
 そこへ祥子の声がかかる。
 パラパラと持ち場に戻る。
「えっと、じゃあ、圭くんはウェイターになるのかな?」
「そう、みたいです」
「もう、ホントにともみ先輩は……」
 そう言いながらも、祥子も圭太の姿に少し見とれていたのだが。
 それからすぐに二日目がはじまった。
 出だしは相変わらずのんびりだったが、十時半をまわった頃には一般の参加者もだいぶ来るようになってきた。
 音楽喫茶は宣伝の甲斐もあり、なかなか好調な人の入りだった。
 ジュースやコーヒー、紅茶も軽食もどんどん出て行く。
 客の数によって臨機応変に机を動かす顧客本位の姿勢もなかなか好感が持てた。
 十一時をまわった頃、圭太の顔見知りがやってきた。
「や、圭太くん」
「あ、どうもお久しぶりです」
 それは、笹峰家の面々だった。
「まあ、ずいぶんとカッコイイウェイターさんね」
 真紀は、そう言って笑った。
「あの、柚紀、呼んできますか?」
「そうね、お願いしようかしら」
「はい」
 柚紀は、午前中いっぱいは準備室の方で裏方をしている。
「柚紀。お呼びがかかったよ」
「お呼び?」
 柚紀は首を傾げながら、表に出てきた。
「あ、来たんだ」
 柚紀の反応は実に素っ気なかった。
「親に向かって『来たんだ』とは何事だ」
「だって、お父さん、曖昧なことしか言わなかったでしょ?」
「む、それは……」
「まあまあ、いいじゃないの。今日は柚紀を見に来るという目的と同じくらい、彼を見に来るというのが目的なんだから」
 咲紀はそう言って笑う。
「それにしても、これだけのウェイターさんはそうはいないわね」
「うんうん。こんなウェイターのいる店だったら、常連客になるわ」
 真紀と咲紀は、圭太を肴に話が盛り上がる。
 圭太は、それをただ苦笑して見ているしかなかった。
「あ、ほら、圭太。お客が来てるわよ」
 柚紀は、そう言って圭太をその場から逃がした。
「ちっ、やるわね、柚紀」
「お姉ちゃんもお母さんも、圭太で遊んじゃダメ」
「んもう、減るもんでもないのに」
「そうよね」
 柚紀も、この母と姉にはただただため息をつくしかなかった。
 
 お昼前くらいから部員は交代で昼食をとっている。できるだけ迷惑のかからないようにそれは決められ、なるべく早く戻ってくるように言われていた。
 そんなこともあって、圭太は柚紀とは一緒には食べることはできなかった。さらに言えば、休憩時間も違うため、一緒に見てまわることもできなかった。
 柚紀はそれを誰かの陰謀だと嘆いていたが、結局はそれに従うしかなかった。
 お昼をまわると音楽室前に列ができるほどになった。どうやら、いろいろなところから噂が伝わったようである。
 比較的男性客の多かった客層も、女性客が増えてきていた。
 その目当ては当然圭太である。他校の女子生徒の中には、一緒に写真を撮っている者もいた。今は携帯電話にもカメラがついている時代である。写真など当たり前、というわけである。
 それを見る度に柚紀ははらはらしていたのだが。
 そんな時、今度は圭太の顔見知りがやってきた。
「来たわよ、圭太」
「こんにちは、圭くん」
 来たのは、琴美と鈴奈だった。
 圭太はふたりを席に案内した。注文は席に着く前に入り口でとっている。
「ねえ、圭太。その格好は?」
「これ? ともみ先輩にちょっとね」
「なるほど」
 ある程度ともみのことを理解している琴美は、頷きながら笑った。
「よく似合ってるわよ。ねえ、鈴奈ちゃん」
「はい」
「お待たせしました」
 そう言って注文の品を運んできたのは、祥子だった。
「こんにちは、琴美さん、鈴奈さん」
「こんにちは、祥子さん」
「来ていただいて、ありがとうございます」
「たまには息子の姿も見ておかないといけないと思ってね、それで来たのよ」
 たおやかに微笑む。
「琴絵ちゃんは一緒ではないんですね」
「あの子は、午前中は部活で、終わってからそのまま来るみたい」
「そうですか」
 それから一言二言言葉を交わし、祥子は戻っていった。
「祥子さんも、すっかり部長さんね」
「まあ、三中の頃もそうだったからね。案外すんなりとできてるんじゃないかな」
「そういえばそうね。でも、ともみさんのあとだと、いろいろ大変そう」
 それには圭太は応えなかった。
「母さんたちは、これから見てまわるの?」
「ええ。こういうのも久しぶりだから、ゆっくりと見てみるわ」
「うん、わかった」
 琴美と鈴奈は、それから少しして音楽室をあとにした。
 
 音楽喫茶は相変わらずの盛況ぶりで、そろそろ品物がなくなり出してきた。
 副部長の仁は、手の空いている男子部員を買い出しに走らせた。さすがにそれは女子の仕事ではない。
 裏の方ではそんなことがありつつ、表は相変わらずだった。
 二時になろうかという頃、琴絵たちがやってきた。三中吹奏楽部の面々も何人かいる。
「あれ、お兄ちゃん。その格好?」
 やはり、琴絵も圭太のその格好が気になるらしい。
 圭太は、先ほどの琴美たちと同じように説明する。
「なるほどね、ともみ先輩ならやりそうだね」
 やはり同じような反応だった。
「ねえ、お兄ちゃん。紗絵先輩、来た?」
「いや、来てないけど。来るって言ってたのか?」
「うん。金曜日に訊いてみたら、日曜日にでもほかの先輩たちと行ってみるかもって」
「そっか。でも、まだ来てないな」
「おっ、三中メンバー揃ってるじゃない」
 そこへ、圭太をウェイターに変えた張本人がやってきた。
「そういえば、琴絵ちゃん、部長だってね」
「あ、はい。結局そのまま部長になりました」
 三中でも一高と同じように、コンクールを最後に三年は引退。新体制がスタートしていた。そして、副部長だった琴絵が新しい部長になっていた。
「ホント、兄妹揃って部活に貢献してるわね」
 そう言ってともみは笑った。
「圭太。そろそろ時間だぞ」
 そこへ、仁が声をかけた。
「時間? なんの?」
「演奏のですよ」
「ああ、そういえばそうね」
「じゃあ、そういうわけだから」
 圭太は仁とともに演奏のために下がった。
「琴絵ちゃんたちはラッキーね。昨日とあわせても三回しかない演奏の時に、ここにいるんだから」
「そうなんですか?」
「ほら、うちは部員が多いから、それぞれにアンサンブルをやらせて、それでここで演奏するから。だから演奏回数はそれほど多くならないのよ」
「なるほど」
 それから少しして、流されていたCDが止められた。
「それでは、ここで金管五重奏による演奏をお聴きいただきます」
 部長の祥子がそう言って、金管五重奏の五人を招き入れる。
 拍手とともに迎え入れられ、スタンバイする。
 圭太の合図で演奏がはじまる。
「ふわぁ、やっぱりお兄ちゃんはすごい……」
 久々に間近で聴く圭太の演奏に、琴絵も言葉が出なかった。
 金管五重奏の演奏は、すでにアンサンブルコンテストに向けてだいぶ詰めの状況に入っており、なかなかの完成度だった。
 それはたとえ曲名がわからなくとも、いい音だと理解できるほどだった。
 演奏が終わると、はじまる前より大きな拍手が送られた。
「圭太先輩、本当にすごいねぇ」
「うん。どんどん上手になってる」
「琴絵も、先輩みたいな人がお兄さんで、ホントにいいわね」
「えへへ」
 友人たちにそう言われ、妹の琴絵も嬉しそうである。
「演奏は、どうだった?」
 圭太は戻ってくるなり、そう訊ねた。
「最高でした」
「やっぱり先輩はすごいです」
 皆、その演奏を手放しで褒める。
「ありがとう」
 それに応え、圭太も笑顔で返す。
「それじゃあ、ゆっくりしていって」
「はい」
「あ、お兄ちゃん」
「うん?」
「紗絵先輩が来たら、少し話をしてあげてね」
「……わかってるよ」
 妹は、兄のまわりのことを、よく理解していた。
 
 三時半をまわると、次第に一般参加者も数が減ってくる。一高祭は四時までだから、それも当然なのだが。
 音楽喫茶もそれは同じだった。一時の混雑もすっかり緩和され、だいぶ楽になっていた。
 その時間になると、引退した三年が少しずつ集まってきていた。
 そんな頃、圭太に会いに、ひとりの女の子がやってきた。
「あら、紗絵じゃない」
 最初に気づいたのは、たまたま入り口のところにいたともみだった。
「ひとりなの?」
「あ、はい」
 紗絵は、曖昧に微笑んだ。
「圭太、呼んでくる?」
「お願いします」
「うん、わかった」
 ともみはそれ以上なにも訊かず、圭太を呼びに行った。
 圭太はすぐにやって来た。
「こんにちは、先輩」
「あ、うん、こんにちは」
「祥子。圭太、少し出てもいいわよね?」
「先輩?」
「ええ、構いませんよ」
「ほら、圭太。祥子のお許しも出たし、ちょっと紗絵の相手をしてきなさい」
「あ、はい」
 圭太はともみに言われるまま、紗絵と行ってしまった。
「まったく、あんな顔されたら、応援しないわけにはいかないでしょ……」
 
「ひとりで来たの?」
「はい」
 少し落ち着いた廊下を歩きながら、圭太はそう訊ね、紗絵は短くそう答えた。
「琴絵が、紗絵のことを気にしてた」
「琴絵が、ですか?」
「うん。わざわざ僕に、話をしてあげてくれって言ったくらいだから」
「そうですか……」
 紗絵は、曖昧に答え、少し俯いた。
 ふたりは、あまり人のいない一角へとやってきた。
「先輩……」
 紗絵は、せつなそうな眼差しで圭太を見つめている。
「あさって──」
「えっ……?」
「あさってなら、時間があるから。それでいいかな?」
「あっ、はい、もちろんです。先輩の都合のいい日で」
「じゃあ、あさってにもう少しいろいろ、話をしよう。今日はこのあとコンクールの打ち上げとかあって、あまりゆっくりできないから」
「はい」
 紗絵は大きく頷いた。
「あの、先輩」
「うん?」
「私、いろいろ決めました。だから、それも先輩に聞いてほしいんです。先輩にとってはどうでもいいことかもしれませんけど、お願いします」
「どうでもいいなんて、そんなことないよ。紗絵は、僕の後輩以上の存在だからね」
「……ありがとうございます。先輩にそう思ってもらえてるだけで、嬉しいです」
 それでも、その顔はそれほど嬉しそうではない。
「あっ、そうだ。紗絵、これを」
「これは……」
 圭太が紗絵に渡したのは、マウスピースだった。
「紗絵が来るって聞いてね、用意しておいたんだ。お古で申し訳ないんだけど、引退おつかれさまの意味を込めてね」
 そう言って圭太は微笑んだ。
「あの、でも、いいんですか?」
「うん。それは僕が最初に買ったマウスピースだからね。もう僕にはあわないんだ。大きさも深さもね。もちろんそれが紗絵にあってるかどうかわからないけど。でも、お守りくらいにはなるかなって」
 紗絵は、手渡されたマウスピースを見つめ、それを大事そうに両手で包んだ。
「本当にありがとうございます。これ、私の宝物にします」
「はは、それは大げさだよ」
「いえ、そんなことありません。先輩からもらったものは、すべて私の宝物ですから」
 真摯な眼差しの紗絵に、圭太はなにも言えなかった。
「じゃあ、先輩。私、そろそろ帰ります」
「うん」
「あっ、それであさっては、どうしましょうか?」
「そうだね。紗絵は、この時間がってのはある?」
「いえ、特には。三日は、朝から一日空いてます」
「そっか。じゃあ、十一時に三中前でどうかな?」
「はい、十一時に三中前ですね。わかりました」
 紗絵は小声でもう一度だけ確認する。
「それじゃあ、先輩。今日はありがとうございました」
「うん、気をつけて」
 紗絵は、二度だけ振り返り、帰っていった。
 その紗絵を見送る圭太の顔には、やはり複雑な表情が浮かんでいた。
 
 四時に一高祭は終わった。
 それから全校で後片づけに入る。同時に校庭では、後夜祭のキャンプファイヤーの準備が行われる。
 しかし、吹奏楽部はその後夜祭には不参加である。
 音楽室も片づけが進み、今度は打ち上げ用にセッティングする。椅子がすべて出され、テーブルだけ残された。
 そのテーブルの上に、音楽喫茶で出したジュースや軽食を並べていく。
 だいたいのセッティングと部員が集まるのに三十分くらいを要した。
「えっと、それではコンクールの打ち上げをはじめたいと思います」
 菜穂子もやって来て、打ち上げがはじまった。
「最初に、前部長安田ともみ先輩から、挨拶をもらいます」
「まあ、挨拶って言っても、特にはないんだけどね。とにかく、おつかれさま。みんなのおかげで念願の全国大会金賞も取ることができたし。本当に最高の一年だったわ。あとはコンクールの日に言ったから、もうなし」
 そう言ってともみは締めくくった。
「それでは、乾杯の音頭を、前副部長小西寛先輩にお願いしたいと思います」
「僭越ながら、乾杯の音頭をつとめます。それではみなさん、コップを持って」
 言われてそれぞれ紙コップを持つ。
「コンクール金賞と一高祭の成功を祝い、これからの一高吹奏楽部の発展と、俺たち三年の進路が決まることを祈って……乾杯っ!」
『乾杯っ!』
 威勢の良いかけ声で、本格的に打ち上げははじまった。
 タイムリミットは後夜祭が終わるまで。それほど長くはない。
 三年は、一、二年ひとりひとりに声をかけてまわる。四十人と少々数は多いが、それでもだいたいは数人でまとまっているので、意外に苦労はしていなかった。
 あちこちから笑い声が起こり、本当に和やかないい雰囲気だった。
 しかし、そういう楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。
 校庭からの声が、小さくなってきたところで、お開きの時間となる。
「打ち上げはこの辺でお開きとなりますが、個々にこのあとなにかするのは、いっこうに構いませんので」
「羽目は外しすぎないように」
 菜穂子が、一応釘を刺す。
「先輩方とのこういう場は、あと一回は用意しますので、それを楽しみにしていてください」
「おっ、追い出されコンパのことか?」
 笑い声が起こる。
「一、二年は明日、一高祭の後かたづけをするから、一時に集合するように。それじゃあ、今日はおつかれさまでした」
『おつかれさまでしたっ!』
 
 その日、だいたいの部員は、三年と一緒に二次会へと繰り出していた。
 つかの間の休息、というところである。
 
 四
 十一月三日、文化の日。
 その日は、晴天に恵まれたものの、朝から冷え込んでいた。最低気温は、この秋一番の冷え込みで、山沿いでは霜が降りたほどだった。
 そんな日に、圭太は朝から出かける準備をしていた。
 出かける場所がどこになるかはわからないが、その相手は後輩の紗絵である。
 圭太は、タートルネックのセーターにジャケットを着て家を出た。
 向かうは母校、第三中学校。
 一年前までは通い慣れた道を歩いていく。
 道端にも秋を感じられるようになった。落ち葉が、少しずつ増えている。
 見上げれば、空はだいぶ高くなっている。
 吹く風にも、暖かさよりも冷たさを感じるようになった。
 そんな秋の街を、圭太はゆっくりと歩いていた。
 歩いて十五分強で三中に到着した。いつもなら十五分かからないのだが。
 時計を見て時間を確認する。
 十時四十六分。まだ、約束の時間まで時間がある。
 圭太は、祝日の母校を眺めた。
 校庭からは運動部のかけ声が聞こえてくる。
 よく聞いていると、校舎の方からは楽器の音も聞こえてくる。吹奏楽部は、その日も練習だった。
 しばらくそうしていると、紗絵がやって来た。
 落ち着いた茶系のロングスカートのワンピースに、クリーム色のカーディガンという格好だった。
「おはようございます、先輩」
「うん、おはよう」
「あの、だいぶ待ちましたか?」
「ううん、五分くらいかな」
 時計は、十時五十四分を指していた。
「そうですか……」
 紗絵は、よかったと言ってほっと息をついた。
「えっと、ですね、先輩。すごく厚かましいお願いなんですけど、今日は、デートということでもいいですか?」
「それはもちろん。紗絵の好きなようにしていいよ。僕はそれに従うから」
「はい、ありがとうございます。それじゃあ、とりあえず駅前に出ましょう」
 そう言ってふたりは三中をあとにした。
 ゆっくりと、紗絵のペースで歩く圭太。
 ふたりの間には微妙な間があった。
「あの、先輩」
「ん?」
「手を繋いでも、いいですか?」
「うん、いいよ」
「あ、ありがとうございます」
 紗絵は、嬉しそうに圭太の手を握った。
「紗絵。ひとつだけ約束。今日は、ありがとうはできるだけなしにしよう。僕は、そんなに感謝されるようなことはしてないし、できないから」
「……わかりました」
 そして、ふたりは手を繋いだまま、駅前繁華街まで歩いた。
 まだまだ、一日は長い。
 
 駅前繁華街は、祝日ということでだいぶ人出があった。
 紅葉にはまだ少し早い時期だが、山の上の方ならすでに赤く色づいている。そんなところへ行くのか、そういう格好をした人たちも見受けられる。
「紗絵」
「は、はい」
「はは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「で、でも、先輩とデートできるなんて、夢みたいで」
 そう言って少し俯く。
「関東大会のあとに、腕まで組んだと思うけど」
「あ、あれは、あの場限りだと思ったので」
「ふふ、紗絵のそういうところ、カワイイと思うよ」
「か、からかわないでください。本気に、しちゃいますから……」
「ほかの人がどう思ってるかはわからないけど、僕は本当にカワイイと思うよ」
「先輩……」
 少し潤んだ瞳で圭太を見つめる紗絵。
「さてと、とりあえず少し早いけど、お昼でも食べようか。なにか食べたいものとかあるかな?」
「そうですね……」
 本当はなんでもいいと答えたいのだろうが、圭太の手前、なにか考える。
「じゃあ、あそこへ行きませんか?」
 
 ふたりが向かったのは、駅前にあるビジネスホテルの一番上にあるレストラン。ランチタイムはリーズナブルな値段で楽しめると、結構人気のあるレストランである。
 案内された席は、窓際の景色のよく見える席だった。
 それぞれ日替わりランチを頼む。
「そういえば」
「はい?」
「紗絵の私服姿、すごく久しぶりに見たような気がする」
「そうですね。普段、先輩に会う時は制服が多いですからね」
「すごく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます」
 気取らずにそう言われ、紗絵も素直に言葉を返した。
「先輩とこうして向かい合って食事をするなんて、本当に夢のようです」
「紗絵には夢が多いね」
「先輩が卒業する前から、ずっと憧れてましたから」
「どうして紗絵は、そんなに僕のことを想ってくれるのかな?」
「……理由は、いくつかありますけど、でも、やっぱり先輩が先輩だからだと思います。優しくて人のことを思いやれて、でも、そういうことを鼻にかけていなくて。あと、カッコイイですから……」
 頬を赤らめながらそう言った。
「先輩は、私のことを、その、カワイイって言ってくれましたけど、どこがそう見えますか?」
「そうだなぁ、一番はその仕草とかなんだけどね。見ていて思わず微笑んでしまうくらい、カワイイと思うよ。あと見た目だけど、どこがどうとは言えないけど、同年代の女の子と比べても、カワイイと僕は思うよ」
 その言葉に、紗絵はますます赤くなる。
 紗絵の容姿は、まだ中三ということで発展途上だが、美人顔だった。今はあどけなさが残っているが、将来は確実に美人になる。
 そんなタイミングで注文の品が運ばれてきた。
「じゃあ、食べよう」
「は、はい」
 
 レストランを出たふたりは、なにをするでもなく商店街を歩いていた。
 時折面白そうな、楽しそうなものを見つけるとそこを見たり、店に入ったり。
 その姿は、どこをどう見ても『恋人』の姿だった。
 少し歩き疲れてきたところで、喫茶店に入る。
 圭太はブルーマウンテン、紗絵はレモンティを頼んだ。
「疲れた?」
「少しだけ」
 紗絵は、素直にそう言った。
 しばしの沈黙のあと、紗絵はぽつりぽつりと話しはじめた。
「関東大会のあと、桐朋の話があるって言いましたよね?」
「うん」
「あのあと、いろいろ考えました。私にとってなにが最良なのかって。もちろん、桐朋を選ぶことも一高を選ぶことも、どちらにもいい面はあると思います。だから、本当に私が望むのはどういう形なのか、それを考えました」
 紗絵は、少し間を置いた。
「私、一高へ行きます。やっぱり、先輩と離れるのはイヤです。たとえ先輩には彼女がいても、側にいて見ていられるだけで、私は満足できますから」
「そっか」
「どういう状況でも、また先輩と一緒に演奏がしたいです。確かに桐朋へ行けば今よりいろんなことを教えてもらえると思います。でも、そこに先輩はいません。私の目標は、先輩ですから、先輩が側にいないとどれだけ自分が先輩に近づけたか、わかりませんから。だから、一高へ行きます」
「紗絵が考えに考えた末にそう決めたんだから、僕はなにも言わないよ。来年の春に、紗絵が一高へ来るのを楽しみに待ってる」
「はい、必ず合格しますから」
 そこまで言って、ようやく一息つく。
「はあ、言いたいことを言えたので、安心しました」
「紗絵は、強いね」
「強い、ですか?」
「うん。そうやって自分だけでいろいろ考えられるんだから。僕なんて、いつも誰かに頼っちゃって」
「そうなんですか?」
「一高を決めたのは、まあ、だいたいは僕が決めたけど、そこにともみ先輩や祥子先輩の意見が入ってるのは間違いないし。あと、母さんを安心させてあげたかったから」
「…………」
「ずっと女手ひとつで育ててくれた母さんに、息子はこれだけのことができるようになりましたって、そう思わせてあげたくて。仮にも一高は県内では進学率トップだし」
 圭太は、コーヒーを飲み、続けた。
「ほかのことだってそうだよ。いろいろなことを決めるのに、僕は本当にたくさんの人を頼ってきた。もちろんそれが悪いとは思わないけど。でも、肝心な時に自分だけで決められる強さを持っていたい、そう思うよ。紗絵は、それができてる。だから、強いって言ったんだ」
「……私だって、同じですよ。今回のことだって、結局は先輩に意見を求めましたし。確かに最終的には自分で決めたかもしれませんけど、途中までは同じです」
 真剣な眼差しで、自分の想いを圭太に伝える。
 それが、紗絵の強さなのかもしれない。
 圭太よりも年下でありながら、すでにそういうものを持ち合わせている。だからこそ、圭太はこの目の前の女の子を放っておけないのかもしれない。
「もし、私が強いなら、その強さを与えてくれたのは、先輩です」
 紗絵は、そう言って微笑んだ。
 その笑顔は、本当に心からの笑顔だった。
「あっ、すみません、偉そうなこと言っちゃって」
「いや、全然。紗絵のよさを、改めてわかったから」
「私のよさ、ですか?」
「うん。でも、それは秘密」
「えっ、どうしてですか?」
「だって、それを言うと、僕が紗絵のことをどんな風に見てるか、わかっちゃうからね」
 そう言って圭太も笑った。
「さてと、そろそろ行こうか」
「あっ、はい」
 喫茶店を出る頃にはだいぶ暖かさが薄れてきていた。
 もともと朝は気温が低かったが、日中はそれなりに暖かかった。それでも陽が西に傾き出すと秋の肌寒さが戻ってくる。
 ふたりは、音楽ショップでCDを見たり、楽器を見たり、楽譜を見たり、吹奏楽部員ならではのショッピングを楽しんだ。
 それから数軒店を見て、西の空が茜色に染まる頃。
 ふたりは、駅前繁華街をあとにした。
 来る時は手を繋ぎ、帰る時は腕を組んで。
「あったかいですね……」
 紗絵は、ぽつりと呟いた。
「先輩と一緒にいるだけで、心まで温かくなります」
 でも、と。
「もっと、もっともっと、先輩に暖めてほしいです。心だけじゃなくて、体も……」
 
「今日は、みんな出かけてて、夜まで帰ってこないんです」
 そう言って紗絵は、圭太を自分の家へ招待した。
 紗絵の家は、平均的な一戸建てで、木造二階建て、四DKという間取りだった。
 家族構成は、両親と少し年の離れた姉がひとりという四人家族。その年の離れた姉は現在、東京の大学に通っているため、ひとり暮らしをしている。
 紗絵の部屋に通された圭太。
「あまり、見ないでくださいね」
 部屋の中は、グリーンを基調としたとても落ち着いた感じだった。それでもところどころに女の子らしい飾り付けがある。
「先輩……」
 紗絵は、そっと圭太に抱きついた。圭太もそんな紗絵を優しく抱きしめる。
 そして、ふたりはキスを交わした。
「ファーストキス……先輩にもらってもらえました」
 嬉しそうに微笑む。
 もう一度、キスをする。
 圭太はそのまま紗絵をベッドに押し倒した。
 セミロングの髪が、ベッドに広がる。
「ん……はあ……」
 圭太はその髪を撫でながら、何度もキスをする。
「先輩にキスされるだけ、頭の中がボーっとしちゃいます……」
 圭太は、微笑むだけでなにも言わない。
 それからおもむろに紗絵の胸に手を添える。
「ん……」
 紗絵の胸は、少し控えめだった。
 それでも服の上からでもその柔らかさははっきりとわかった。
「服、脱がせてもいいかな?」
「はい……」
 紗絵は起き上がり、後ろのファスナーを下ろした。さすがにワンピースでは圭太だけで脱がせるのは難しい。
 一度ベッドから下り、ワンピースを脱ぐ。ストンとワンピースが落ち、紗絵は、下着姿になる。
 薄いピンクの下着。紗絵は、胸や股間を手で隠している。
 いくら決心したとはいえ、やはりそこは恥ずかしいのだろう。
「あの、先輩……」
「ん?」
「私の体、おかしくないですよね……?」
「うん、おかしくなんかないよ。すごく、魅力的だよ」
 圭太は微笑みながら、紗絵を抱きしめる。それは、紗絵を少しでも安心させるためのもので、紗絵も少しだけ緊張感が和らいだ。
 そのままキスを交わす。
 圭太は、ブラジャー越しに紗絵の胸を揉んだ。
「ん、あ……」
 紗絵の胸は、控えめながら感度は抜群だった。
 ふにふにと揉み続けていると、紗絵の方にも変化が生じてくる。
 甘い吐息が漏れ、それだけで紗絵が感じているいることがわかる。
 圭太は、タイミングを見計らい、ブラジャーを脱がせた。
 あらわになった紗絵の双丘は、大きさはそれほどではないが、形は綺麗だった。
 紗絵は、真っ赤になって、なにも言わない。
 紗絵を再びベッドに横たわらせ、今度は直接その胸を揉む。
「あ……んふ……」
 圭太は、円を描くようにその胸を揉み、指で先端の突起をいじる。
「んあっ、感じ、すぎですっ」
 紗絵は、自分の指を口に入れ、声を抑えようとする。
 それから圭太は、その突起を舌先で転がす。
「あうっ、だ、ダメっ」
 さらに強い刺激に、紗絵は体を跳ねさせる。
「ふふっ、紗絵は敏感だね」
「そ、それは、先輩に触れられてるから、ですよ……」
 熱に浮かされた表情で、そう答える。
 もう少しその胸をもてあそび、圭太はその下腹部に手を伸ばした。紗絵は、無意識のうちにその手を押しとどめようとしたが、力は入らなかった。
 指でそのふくらみを撫でる。
「はあぁ……」
 紗絵の口から、さらに甘い吐息が漏れる。
 何度かそれを繰り返すと、その指先に湿り気を感じた。
 見ると、ショーツにシミができている。
「いい?」
「はい……」
 圭太は、ショーツを脱がせた。
 生まれたままの姿の紗絵は、まだまだ発展途上ながら、とても魅力的な肢体だった。
「……私、胸も小さいですから、先輩もがっかりですよね」
「そんなことないよ」
 やはり紗絵は、自分の胸や体のこと気にしていた。
「……琴絵よりも、小さいんですよ」
「えっ……?」
 その言葉に、さすがの圭太も動きを止めた。
「琴絵の方が、少しだけ大きいんです」
「……琴絵は琴絵、紗絵は紗絵だよ。それに、僕は胸の大きさで人を見ないから」
 そう言って圭太は、キスをした。
 それから、今度は直接紗絵の秘所に触れる。
「あっ……」
 恥毛は薄く、紗絵の秘所は完全に見えていた。見ると、秘所はまだしっかりと閉じられており、とりもなおさず紗絵が処女であることを示していた。
 圭太は、秘所を指で押し広げ、指を少しだけ挿れた。
「んっ、あっ……」
 はじめての異物に、紗絵の体は敏感に反応した。
 圭太は入り口のあたりを丹念にいじり、少しでもこれから先の行為を楽にしようとする。
 それにあわせるように紗絵の秘所も少しずつほぐれ、中からは蜜があふれてくるようになった。
「はあ、はあ、先輩……こんなのはじめて、です……」
 とろんとした眼差しでそう言う。
 入り口がほぐれてきたところで、今度は少しずつ中をほぐしにかかる。
 中は、さらに狭く、固く閉じられていた。
 指一本でもそれはきつく、とても圭太のモノは入りそうにない。
 丹念に中もいじり、ほぐす。
「ふあっ、あんっ、先輩っ、な、なにかきちゃいますっ」
 そうこうしていると、紗絵が快感に耐えられなくなってくる。
「んんっ、ああっ、先輩っ!」
 紗絵は、圭太の指だけで軽く達してしまった。
「はあ、はあ、はあ……」
 圭太は、紗絵をいたわるように一度指を抜き、優しく髪を撫でる。
「先輩は、優しすぎます……そんなに私なんかに気を遣わないでください……」
「紗絵だから、気を遣うんだよ。それに、紗絵の大事なはじめてもらうんだから、それくらいしないと申し訳ないよ」
「そんなこと、言わないでください……先輩に、もらってほしいんですから……」
「うん……」
 もう一度キスをする。
 圭太は再び紗絵の秘所に指を挿れる。
 蜜の出方などで判断するならもう十分なのだろうが、紗絵の中はまだかなりきつかった。
「先輩……お願いします……」
 少し躊躇っている圭太に、紗絵はそう言った。
「わかったよ」
 圭太は、ズボンとトランクスを脱いだ。
「それが、先輩の……」
 限界まで怒張している圭太のモノを見て、紗絵は息を呑んだ。
「先輩、お願いがあります」
「うん?」
「絶対に、最後までやめないでください。お願いします」
「うん」
 圭太は頷き、そして、モノを紗絵の秘所にあてがった。
 一瞬、紗絵が目を閉じた。
 圭太は、グッと腰に力を込め、モノを秘所に突き入れた。
「ひぐっ!」
 それでも圭太のモノは、完全には入りきらなかった。圭太のモノは、紗絵を守っている膜に押しとどめられていた。
「お願い、します……」
 紗絵も、それを感じ取り、もう一度だけそう言った。
 圭太はそれに応え、少しだけ腰を引き、もう一度一気に貫いた。
「ああっ!」
 激痛に、悲鳴が上がった。
 圭太はそんな紗絵を抱きしめる。
「は、入った、んですよね……?」
「うん」
「う、嬉しいです……先輩と、ひとつになれました……」
 紗絵は、涙を流して喜んだ。
 圭太は紗絵を抱きしめながら、ギュウギュウと締め付けてくる紗絵の中で耐えていた。
「あとは、先輩の好きなようにしてください……私は、大丈夫ですから……」
「わかった……」
 圭太は、ゆっくりと腰を引いた。
「んっ、あっ……」
 そしてまた中に沈めていく。
 少しずつ少しずつその動きを、大きく速くしていく。
 紗絵からはまだ痛みの表情、声は消えないが、それでも必死に圭太に応えようと、がんばっている。
 そんな想いのおかげか、少しずつではあるが、紗絵も感じてきていた。
 まだまだ気持ちいいというところまで来ていないが、それでもだいぶ苦痛の色が薄れていた。
 それでも、圭太の方が先に限界を迎えた。
 一瞬、モノが大きくなり、圭太はそれを抜こうとしたが──
「イヤですっ」
 紗絵が、足でがっちりと圭太の腰を固めていた。
 そして、圭太はモノを抜けずに、結局その最奥で大量の白濁液を放った。
「んっ……先輩ので、お腹がいっぱいです……」
 膣内にそれを感じ取り、紗絵はなんともいえない表情を浮かべた。
 紗絵の足から解放され、圭太がモノを抜くと、赤いものが混じった白濁液があふれてきた。
「最後までワガママ言って、すみません……でも、最初くらい、ちゃんとしてもらいたかったんです」
 紗絵は、傍らに横たわる圭太に、笑みを浮かべてそう言った。
「でも、これがセックスなんですね。話を聞くのと、実際にするのとでは、全然違いますね。すごく痛かったですけど、それ以上に幸せな気持ちになれました」
 紗絵は、体を起こそうとする。
「いいよ、紗絵はそのままで。僕がしてあげるから」
 圭太はそれを制し、体を起こした。
 ティッシュを手に取り、それで紗絵の秘所を綺麗にする。
 しかし、拭いても拭いてもなかなか白濁液は取り去れない。それだけ大量に中に放ったことになる。
「あっ、ん……」
 と、敏感なところを立て続けにいじられ、紗絵にまた火が点いた。
「ん、先輩、もう一度だけ、いいですか?」
「いいの?」
「はい。心残りがないように」
「わかったよ」
 圭太は、少し萎えていたモノを自分でしごき、そして再び紗絵の中に挿れた。
「今度は、紗絵にも気持ちよくなってほしいから」
 そう言って紗絵の一番敏感な部分に触れた。
「そこはっ……」
 包皮を剥くと、ぷっくりとした突起が現れる。そこを軽くいじると、紗絵は甲高く啼いた。
 同時に、紗絵の中から大量の蜜があふれてくる。
 圭太は、それを頼りにできるだけ負担にならないように腰を動かす。
「ああっ、先輩っ、すごくっ、気持ち、いいですっ!」
 圭太の下で、紗絵は快感に悶える。
「先輩っ、先輩っ、先輩っ」
 何度も圭太を呼び、快感を全身で受け止める。
「大好きですっ、先輩っ!」
「紗絵っ」
 そして、最後に体奥を突き、二度目の精を放った。
 同時に、紗絵は絶頂を迎えた。
「あああっ!」
 圭太の体にギュッとしがみつき、はじめての快感に、身も心も任せていた。
「ん、はあ、はあ、はあ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 圭太は、乱れた紗絵の髪を、優しく整える。
「圭太、先輩……」
「紗絵……」
 ふたりは、もう一度、お互いの気持ちを確かめ合うようにキスをした。
 紗絵の表情は、本当に幸せそうだった。
 
 圭太と紗絵は、身繕いを終え、落ち着いた、でも、甘いひとときを過ごしていた。
 紗絵は、ぴったりと圭太に寄り添い、テコでも動かない感じである。
「これで、私は先輩のものですね」
「ん……」
「そんな悲しい顔、しないでくださいよ。別に、セックスしたからといって、先輩と彼女の仲を邪魔しようだなんて思ってませんから。それは、先輩にお願いした時から決めていたことなんですから」
 紗絵は、穏やかな表情でそう言う。
「ただ、心のどこかに、先輩のことを死ぬほど好きでいる私のことを、とどめておいてもらえればいいんです。それだけで、私は満足ですから」
 圭太は、なにも言わず、紗絵の肩を抱いた。
「今日のことは、一生忘れません」
 真っ直ぐな眼差しで、圭太を見つめる。
「先輩のことを好きになれて、本当によかったです。そして、先輩に私のはじめてをもらってもらえて、本当に嬉しかったです」
「……紗絵」
「はい」
「もし、どうしても我慢できなくなったら、僕に言うんだ」
「えっ……?」
「紗絵を抱くって決めたのは僕の意志だから、最後まで、その責任は取るよ。だから、ひとりでため込まないで、ちゃんと僕に言ってほしい。いいね?」
「はい……わかりました……」
 幸せそうな、いや、幸せな笑みを浮かべ、紗絵は圭太の胸にその顔を埋めた。
「先輩、大好きです」
inserted by FC2 system