僕がいて、君がいて
 
第二十三章「君と過ごす冬の日に」
 
 一
 年が明けた。
 各地で行われていたカウントダウンイベントも一段落すると、ようやく正月という気分になってくる。
 高城家でも恒例の初詣に出かけていた。
「ううぅ、寒いぃ」
 琴絵は手をすりあわせ、白い息を吐く。
「寒い寒いと思ってるから、余計に寒いのよ。もっとしゃんとしなさい」
 そんな琴絵を、琴美は軽くたしなめる。
「お母さんは寒くないの?」
「寒いわよ。でも、そんな背中が丸まるほど寒くはないわ」
「あう〜……」
 確かに琴美は背中もしゃんと伸びているし、取り立てて寒そうには見えない。
「ほら、琴絵」
 と、圭太がかぶっていた帽子を琴絵にかぶせた。
「わ、あったかい」
「それで少しはましになるだろ?」
「うん。ありがと、お兄ちゃん」
 途端に笑顔になる琴絵。本当に現金である。
 それを見ていた琴美は、やれやれと肩をすくめていた。
 神社に着くと、初詣客が結構出ていた。
「ねえねえ、お兄ちゃん。今年はなにをお願いするの?」
「そうだな、琴絵が無事一高に合格しますように、かな」
「ホント? お兄ちゃんもそうお願いしてくれるの?」
「ああ」
「じゃあじゃあ、私も同じことをお願いするから、絶対に合格できるよね?」
「それは、ちゃんと勉強してる人のセリフよ。わかってるの?」
「むぅ、わかってるもん。だから、今だってちゃんと勉強してるんだもん」
「そう。それなら、それがちゃんと結果として出てくるように、お願いしなさいね」
「わかってるよ」
 三人の番がまわってきた。
 お賽銭を入れ、作法に則ってお参りする。
 圭太と琴美は普通に願いごとをかけていたが、琴絵はやはりずいぶん熱心にお願いしていた。
 それからおみくじを引く。
「やった、今年も大吉」
「今年は吉ね」
「おっ、中吉だ」
 琴絵だけおみくじを持ち帰ることになった。
「うにゅぅ、ちょっと眠くなってきちゃった……」
 帰り道、琴絵は眠そうに目を擦っている。
「ほら、家まで我慢しなさい」
「でもぉ……」
「しょうがない。いいよ、母さん。僕がおぶってくから」
 そう言って圭太は琴絵の前にしゃがんだ。
「ほら、琴絵」
「ごめんなさいぃ、お兄ちゃん……」
 ろれつのまわらない口で、一応謝る。
「んしょ……」
「しっかりつかまって」
「うん……」
「せーの……」
 圭太は琴絵を背負って立ち上がった。
「ん〜、お兄ちゃ〜ん……」
 圭太の背中で琴絵は気持ちよさそうに目を閉じる。
「まったく、この子は……」
 琴美は呆れ半分、という感じでため息をついた。
 琴絵を背負ったことで少し歩みが遅くなった。
「圭太も、もう少し琴絵に厳しくしないと、いつまで経っても琴絵がお兄ちゃん離れできないわよ?」
「そうだね。でも、高校の間くらいはそれでもいいかなって」
「本当にこの子は……」
「……ん〜、おにいちゃん……好き〜……」
「どうしようもないわね」
「ははっ、そうだね」
 
 元旦はたいてい遅くまで寝ている。
 圭太もその日ばかりは昼近くまで寝ていた。
 起きて着替えて顔を洗おうと下に下りてくると、リビングで琴美が年賀状を分けていた。
「母さん、おはよう」
「あら、おはよう、圭太。もう起きたの?」
「うん。あまり遅くまで寝てると、明日からつらいし」
「そうね。でも、琴絵はまだ寝てるわよ」
「一昨日までがんばって勉強してたから、その疲れもあるんじゃないかな。つかの間の休息じゃないけど、そっとしておけばいいよ」
 そう言って圭太は微笑んだ。
 顔を洗いリビングに戻ると、圭太の分は仕分けされていた。
「今年も多いわね」
 琴美がそう言うくらい圭太の分は多かった。マメな性格なので、未だにきっちり年賀状は出しているのである。そのせいで、来る量も減っていなかった。
 とはいえ、その中身は大半が女の子からである。これはさすがというべきか。
「みんなからは来てるの?」
「うん、来てるね。ほら」
 圭太は、そのうちの何枚かを見せた。
 一枚は柚紀からのだった。すべて手書きで、年賀状というよりは、ラブレターのような感じだった。
「追加で出すところはありそう?」
「う〜ん、今日の分では特にないかな? 一応みんな出してる」
「予備はまだあるから、あったら早めに言うのよ?」
「わかってるよ」
 それから元旦の分厚い新聞を読んだり、正月特番を見たり。
 お昼をまわってだいぶ経った頃、琴絵が起きてきた。
「はう〜、おはようございましゅぅ……」
 とはいえ、まだまだ眠そうだった。
「あらあら、この子は。髪がすごいことになってるわよ?」
「……いいよ。今日はどこにも行かないし」
 琴絵はあくびをかみ殺し、圭太の隣にちょこんと座った。
「お兄ちゃん、ありがとうね」
「ん、ああ、初詣の帰りのことか。別にたいしたことじゃないよ。それに、琴絵は軽いから、運ぶのも楽だし」
「よかった。お兄ちゃんに重いって言われたら、ダイエットしなくちゃいけないから」
「高校生にもなってないのに、ダイエットなんてするものじゃないわよ」
「うん、私だってできればしたくないよ。美味しいものだって食べられなくなっちゃうしね」
 やはり、琴絵にとってはまだまだ色気より食い気のようである。
「ああ、そうそう。ふたりとも、ちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんに新年の挨拶をしておきなさいね。今年も向こうに行けなかったんだから。せめて電話くらいしないと、心配するわ」
「そうだね。じゃあ、ちょっと電話するよ。琴絵」
「うん」
 ふたりは一緒に電話に向かった。
 ふたりが電話をかけている間、琴美はお茶を淹れに立った。
 しばらくしてふたりが戻ってくると、琴美はおもむろにふたりにふたつずつの小さな袋を渡した。
「これは、両方のおじいちゃん、おばあちゃんからよ。大切に使いなさい」
 それは、お年玉だった。
「それと、これは私から。圭太は、あと一年ね。これをもらえるのも」
「そうだね。でも、僕はお年玉はあまり使わないから、どちらでもいいんだけどね」
「えっ、そうなの、お兄ちゃん? 私なんか、春まで残ってないのに」
「それは、計画性がないのよ。もう少し大事に使わないと」
「でも、せっかくもらったのに、使わない方が悪いと思うよ」
「それは人それぞれよ。まあ、琴絵の手に渡った段階でそれはもう琴絵のものだけどね」
「うん、だからいいの」
 臨時収入にほくほく顔の琴絵。
 圭太としてもお年玉が嬉しくないわけではない。実際、それをいろいろなことに使っているのだから。とはいえ、圭太としてはもうお年玉はもらわなくてもいいと思っているのも事実だった。
「さてと、少し早いけど、夕飯の準備でもしようかしら。琴絵、手伝ってちょうだい」
「は〜い」
 こうして今年の元旦は、実に平和に過ぎていった。
 
 二
 一月二日。
 新聞も休刊、郵便局も休み。というわけで、まったりとした正月二日。
 前日と違い、圭太は比較的早めに起きていた。
 別にすることがあったわけではない。ただ単に早起きが習慣になっているだけである。
 軽い朝食を食べ、のんびりくつろいでいると、お昼前に柚紀がやって来た。
「あけましておめでとう、圭太」
 柚紀は、去年と同じように着物を着ていた。今年は朱が基調の着物である。特に帯が綺麗で、なかなか値が張りそうだった。
「その着物、去年のとは違うよね?」
「うん、そうだよ。これ、もともとはお姉ちゃんのなの。でも、お姉ちゃんこれ着ないから、だったら私が着るって言って。それで着てきたの。どう?」
 袖を持ち、ポーズを決める。
「うん、よく似合ってる。とっても艶やかだよ」
「あはっ、ありがと」
 柚紀は嬉しそうに微笑んだ。
 ふたりは揃って初詣に出かけた。
「今日も寒いね」
「うん。でも、寒い方が冬だって気がするから」
「それはそうなんだけどね。私としては、こうやって着物を着てる日くらいは、少しくらい暖かい方がいいよ」
 柚紀はそう言って肩をすくめた。
 神社は、前日よりは空いていた。
 ふたり並んでお参りする。
 柚紀はだいぶ長く、ずいぶん熱心にお願いしていた。
 それからおみくじを引く。
「わ、大吉だ。今年はついてるなぁ」
「僕は、小吉だね。それなりかな」
「去年も言ったけど、圭太の運気は私が上げるからいいの」
 それぞれおみくじを木に結びつけ、神社をあとにした。
「ね、なにお願いしたの?」
「いつまでも柚紀と一緒にいられますように。今年は平和に過ごせますように」
「その『平和』にっていうのがものすご〜く気になるんだけど」
「僕としては、それに関してはノーコメントかな」
「じゃあ、その分私がしっかり目を光らせないとダメだね。圭太に近寄る新たな影は、徹底的に排除して」
「……いくらなんでも、それはやりすぎだと思うけど」
「でも、それくらいしないと、圭太はすぐに『浮気』しちゃうから」
 そう言ってぷうと頬を膨らませる。
「今年は、去年みたいに増えないわよね?」
「そう願いたいけど」
「なんか、あやしいなぁ……」
 柚紀は、ただただため息をつくしかなかった。
 
 ふたりが家に帰ると、今年もお客が待っていた。
「あけましておめでとう、圭太」
「あけましておめでとうございます、圭太先輩」
 リビングで琴絵や琴美と談笑していたのは、ともみと紗絵である。
「ともみ先輩も紗絵ちゃんも、明日があるのに、来たんですか?」
「まあね。ほら、一日でも一時間でも一分でも早く顔を見たいじゃない」
「柚紀先輩も、来てるじゃないですか。それと同じですよ」
 先輩と後輩はそう言って笑った。
「それにしても、柚紀は今年も着物なのね」
「ええ、着られる機会があれば着たいと思ってますから」
「先輩って、着付けできるんですか?」
「まあね。一応、その辺は叩き込まれたから」
 柚紀はちょっとだけ誇らしげに言った。
「それにしても、もう年が明けちゃったわけだから、琴絵ちゃんはいよいよ受験ね」
「はい。あと二ヶ月ちょっとですね」
「調子はどうなの?」
「今のところは悪くないですね。来月の私立の試験までにはもうちょっとがんばれると思います」
「おおっ、実に頼もしい言葉ね」
 ともみは少し大げさに驚く。
「去年の紗絵の時もそうだったけど、琴絵ちゃんもよほどのことがない限り、合格するだろうから、見てる方は安心よね」
「そんなことないですよ。ただ、今からびくびくしてもしょうがないから、逆に落ち着いてるんですよ」
「ん〜、そういうセリフが出てくるところが、大物の証よね。さすがは圭太の妹」
「……それって、なにか関係あるんですか?」
 圭太は首を傾げながら訊ねた。
「だって、圭太が受験した時、ものすごく泰然としてて、緊張の欠片も見えなかったから。ま、最初から誰も心配してなかったっていうのもあるけどね」
「一応僕も緊張してましたよ。実際、入試ではつまらないミスもありましたし」
「そのミスがなければ、トップ合格だったかもね」
「さあ、それはなんとも」
 圭太は軽く肩をすくめた。
「琴絵ちゃんが一高に入って、吹奏楽部に入れば、めでたく五期連続三中出身者が部長をするのは確実ね」
「それはわかりませんよ」
 と、圭太が異を唱えた。
「どうして?」
「今年、というか、来年度入ってくる一年に琴絵以上の逸材がいるかもしれないじゃないですか。そうすると、五期連続というのも微妙だと思います。四期はほぼ確実でしょうけど」
「ま、理論上はそうなんだけどね。でも、琴絵ちゃん以上の逸材なんて、そういるとは思えないわ。ねえ、柚紀、紗絵?」
「そうですね。琴絵ちゃん以上というと、それこそ非の打ちどころがないくらい完璧な子ってことですからね。難しいです」
「個人的には、琴絵には三中と同じように、もし私が次期部長になるなら、副部長をやってほしいですね。ほかの人だと、かってが違いますから」
「というわけよ、圭太」
「まあ、僕としてはどちらでもいいんですけどね。酷な言い方をすれば、琴絵が首脳部に入るのは、僕が部長を辞める時ですから」
「ん〜、それはそうね。でもさ、優しい優しいお兄ちゃんとしては、気にはなるでしょ、そういうの」
「それはそうですけどね」
「だったら、素直に琴絵ちゃんを認めればいいのよ。ね、琴絵ちゃん?」
「えと、どうなんでしょうか?」
 琴絵は、少しだけ困惑した表情を返した。
「私は、部長とかそういうのはあまり気にしていませんから」
「そうなの?」
「部長をやるために部活に入るわけじゃないですからね。部活をするために部活に入ってるつもりです」
「なるほど。それはそうね」
「って、ともみ先輩がそこで納得していいんですか?」
「いいのよ、別に。最後には私が言ったようになるんだから」
 そう言ってともみは笑った。
「そんなことよりも、ゲームでもしましょ」
「ゲーム、ですか?」
「なにをするんですか?」
「ん〜、そうね。圭太を賞品にして、なにかしましょ」
『さんせ〜い』
 三本、手が挙がった。
「ちょ、ちょっと待ってください。なんですかその、僕の人権をまったく無視したゲームの内容は?」
「そう? そんなこと全然ないと思うけど。ねえ?」
「そうですね。圭太が賞品て方が、俄然気合いが入りますからね」
「やるからには、気合いが入る方がいいですよね」
「お兄ちゃんが賞品なら、負けられません」
 ともみを含めて、誰もが圭太の『敵』だった。
「というわけなんだけど、まだ反論ある?」
「……いえ、もういいです」
 圭太はがっくりと肩を落とした。
 
「いや〜、楽しかったね、圭太」
 柚紀は喜色満面という感じである。
「……来年から、正月三が日はどこかに逃亡しようかな……?」
 一方、圭太はすっかり憔悴していた。
「別にそんなにたいしたことされてないでしょ?」
「そりゃ、一回ごとはね。でも、それをあんなに立て続けにされたら、さすがに耐えられないよ」
「まあまあ、そんなに目くじら立てないの。私が膝枕してあげるから」
 そう言って柚紀は、女の子座りした。
「ほら、圭太。ここ」
 自分の膝を指さす。
「ほぉら、圭太」
 圭太は小さくため息をつき、横になった。
「みんな、ホントに圭太のことが好きなんだから。少しくらい我慢しないと」
「それはわかってるんだけどね……」
「それに、みんなにそこまでさせてるのは、圭太でもあるんだからね。男と女の関係になってなければ、ここまで大変じゃなかったかもしれないし」
「……それを言われると、なにも言い返せない」
 圭太は、遠い目でため息をついた。
「ま、まあ、そんなに悲観しないで。ね、圭太?」
 柚紀は優しく圭太の髪を撫でる。
 穏やかな眼差しで圭太を見つめる。
 圭太は、我知らず柚紀の頬に手を伸ばしていた。
「圭太……」
 ゆっくりと近づく、ふたりの顔。
 そして──
「ん……」
 ふたりの唇が重なった。
 たった一度だけのキス。
 唇が離れると、柚紀はほんのりと頬を染め、それでも圭太を見つめていた。
「僕はね、柚紀のその表情が好きなんだ」
「えっ……?」
「ほんのり頬を染めて、でもちゃんと僕を見ている。そんな表情」
「も、もう、そんな恥ずかしいこと、言わないでよ」
 そう言って顔をそらそうとする。しかし、圭太がそれを許さなかった。
「ダメ。目をそらさないで」
 じっと柚紀を見つめる。
 次第に、柚紀の瞳が潤んできた。
 そうしていると、いつも明るく元気で圭太をぐいぐい引っ張っていく柚紀の面影はない。
 そこにいるのは、一途に圭太を想い続けている、けなげな女の子である。
「柚紀」
「や、ダメ、そんな目で見つめないで……いつもの私じゃなくなっちゃうから……」
「いいよ、いつもの柚紀じゃなくても。どんな柚紀でも、僕にとっては柚紀なんだから」
「圭太……」
 ふたりは、もう一度キスをした。
「柚紀、抱いてもいい?」
「うん……抱いて……」
 
 柚紀は、そっと帯を解いた。
 しゅるしゅるという独特の音とともに、帯が解ける。
 上衣を脱ぐ。
 襦袢まで脱ぐと、下着姿になる。
 柚紀は、そのまま下着も脱いでしまった。
 ついでに、結っていた髪も解く。
「綺麗だよ、柚紀」
「うん、ありがと、圭太……」
 抱き合い、キスを交わす。
 そのまま柚紀をベッドに押し倒す。
 覆い被さるように圭太が上になる。
 さらさらな髪を手で梳く。
「ちょっとだけ、くすぐったいかな」
「でも、こうしてると気持ちいいよ。柚紀の髪、好きだな」
「圭太に触れられると、すごく幸せな気持ちになるの」
 何度か髪に触れ、圭太は微笑んだ。
 今度はそのふくよかな胸に触れる。
 軽く、ふにふにと揉む。
 そこから次第に力を込め、さらに敏感な部分も刺激する。
「ん、あ……」
 柚紀も、それに敏感に反応する。
 ゆっくりと揉み続け、凝ってきた突起に舌をはわせる。
「んんっ、あんっ」
 舌先で転がしたり、押したり、歯で甘噛みしたり。
「んくっ、あふっ、気持ちいいの……」
 恍惚とした表情で圭太を見つめる。
 圭太は体を下半身の方にずらす。
 少し開いた柚紀の秘所。そこはすでにしとどに濡れていた。
 圭太はそこにまず一本、指を挿れた。
「ああっ、あん……ん、あ……」
 敏感な部分を刺激する。
「や、ダメっ、そんなにしないでっ」
 柚紀は圭太の頭を押さえる。
 しかし、圭太はそれに応えない。それどころか、指を舌に変えて、さらに刺激する。
 ぴちゃぴちゃと淫靡な音を立て、秘所を舐める。
「やぁ、んん、ダメ、圭太……私、もう……」
 抵抗する気もない。そんな感じで圭太を求める。
「じゃあ、いくよ?」
「うん……」
 圭太は、屹立したモノをゆっくりと柚紀の中に押し込めていった。
「んん、ああ……」
 柚紀は、シーツをつかみ、それに耐える。
「圭太……」
「うん?」
「すごく、優しいね……」
「大事な柚紀だからね。優しくしないと」
「嬉しい……嬉しくて、涙が出ちゃうくらい……」
 そう言って柚紀は微笑んだ。
「僕がいかに柚紀のことを大事に想ってるか、知ってほしいから」
「うん……」
 一度キスを交わし、圭太はゆっくりと腰を引いた。
「ん、あん……」
 うねうねと動く柚紀の中が、圭太のモノを離そうとしない。
 引く時は離さず、挿れる時は招き入れて。
 柚紀も無意識のうちに圭太のモノを締め付ける。
 圭太は射精感に抗いながら、モノを突き立てる。
「んんっ、あんっ、んくっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
 柚紀は、いつも以上に素直にその快感を受け入れていた。
 抗う気など微塵もない。
 圭太にされるがまま、すべてを受け入れる。
「圭太っ、んんっ、圭太っ」
「柚紀っ、柚紀っ」
 次第に圭太も柚紀をむさぼるようになる。
 お互いになにも考えられない、考えない。
 ただ思うままに。
「んっ、あっ、あっ、あっ、圭太っ」
 そして──
「んっ、ああああっ!」
「くっ!」
 ふたりは同時に達した。
「はあ、はあ、圭太……」
「ん、はぁ、はぁ、柚紀……」
 それ以上なにも言わず、ふたりはキスを交わした。
 
「今日の圭太、優しかった……だから、余計に感じちゃったのかも」
 圭太に肩を抱かれながら、柚紀はゆったりと微笑んだ。
「ねえ、圭太。どうして今日はそんなに優しいの……?」
「さっき言ったと思うけど。僕にとって柚紀は、本当に大事な、かけがえのない存在だからね。それに、僕の想いをちゃんと知ってほしかったから」
「圭太がいつも私に真剣なのは、わかってるよ。それに、私、圭太から軽んじられてると思ったこともないし。でも、今日のはすごく嬉しかった。去年、婚約指輪を贈ってくれた時と同じくらい嬉しかった」
「じゃあ、僕の『作戦』は見事に成功だね」
「うん」
 圭太も柚紀も、声に出して笑った。
「圭太の愛情はひとりで背負うにはあまりにも重すぎるけど、でもね、それでも、私はできる限りひとりで背負いたいの。私がいかに圭太のことが好きなのか、いかに大切に想っているのか、いかにかけがえのない存在なのか、知ってほしいから」
「うん」
「ほんの少し前までの私は、そう思ってた。でも、今は違う。圭太はこれだけ私に自分の想いを素直にぶつけてくれるもん。私だけががんばる必要、全然ないから。だから、これからはもっと自然に素直に、圭太を受け止めたい。さっきの、エッチみたいにね」
 悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「だから、圭太もありのままの圭太を私に見せて。そうすれば、私たちはきっと、誰もがうらやむ最高の恋人、ううん、人でいられると思うから」
「そうだね。僕もそう思うよ」
 圭太は、そっと柚紀の髪を撫でた。
「だからというわけじゃないんだけど、柚紀は気づいてるかな」
「なにを?」
「最近、柚紀を抱いた時、全部中で出してるでしょ?」
「ああ、うん、そういえばそうだね。気持ちよすぎて忘れてた」
 冗談混じりに笑う。
「柚紀だけじゃなく、僕もね、柚紀との子供、ほしいかも」
「圭太……」
「それだけでできるかどうかはわからないけどね」
「そうだね。でも、大丈夫。そう思ってくれてるなら、いつかはできるよ。私たちの、想いの結晶がね」
「うん……」
 ふたりは微笑み、もう一度キスをした。
 このふたりには、もう到達すべきゴールが見えている。あとは、そこにどうやって駆け込むかだけである。
 そして、今ふたりは、その方法を手探りで探しているのである。
 それも、近い将来、必ず見つかる。
 ふたりが、同じことを見て、考えているのだから。
 
 三
 一月三日。
 今年の一月三日は、なにかと忙しかった。
 まず、去年と同じように吉沢家の面々がやってくるのである。その準備もしなくてはならない。それ自体は毎年のことなので、取り立てて大変ということはない。
 しかし、圭太はそうはいかなった。
 今年は、みんなで初詣に行くことになっていたからだ。
 昼前にやってきた吉沢家の面々を出迎えると、早速琴絵と朱美と一緒に家を出た。
 この正月は、三日間ともとても天気がよかった。
 三日は比較的気温も高く、過ごしやすい日と言えた。
 初詣は、いつも圭太たちが行っている神社ではなく、この周辺で一番大きな神社に行くことになっていた。
 そこまではとりあえず電車を使う。数駅乗り、その駅から歩いていく。
 それを提案したのは、もちろんともみである。理由としては、普段とは違うところの方が新鮮で面白い。それと、帰省先から帰ってくる鈴奈に配慮してのことだった。
「ねえねえ、圭兄。最初に初詣行った時は、なにをお願いしたの?」
「ん、琴絵が無事、一高に合格できますように、だよ」
「それだけ?」
「あとは、祥子先輩が無事、大学に合格できますように」
「あとは?」
「あとは、いつまでもみんなと一緒にいられますように、かな」
「なんか、すっごく優等生的なお願いだね」
「そう言う朱美は、どんなお願いをしたんだ?」
 朱美は、待ってましたとばかりに微笑んだ。
「えっと、圭兄がもっともっと私のことを好きになってくれますように、圭兄がもっともっと私のことを構ってくれますように、圭兄とずっと一緒にいられますように、あと、できれば圭兄が私に振り向いてくれますように、だよ」
「……予想はできたけど、全部僕絡み?」
「うん、もっちろん♪」
 満面の笑みを浮かべる朱美。
「朱美ちゃんはやっぱり朱美ちゃんだね」
「琴絵ちゃんだって、圭兄とのこと、お願いしたでしょ?」
「えと、それはね」
「なんだ、合格のことだけじゃなかったのか?」
「あ、あはは、うん」
 琴絵は、少しだけばつが悪そうに笑った。
「まあでも、たぶん、というか絶対、みんな同じことをお願いしてると思うよ」
「そうだよね。それがやっぱり一番大切だよね」
 ふたりは、ね〜と言って笑った。
 駅前に着くと、すでに柚紀と祥子、紗絵、詩織がいた。
「圭くん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「先輩、あけましておめでとうございます」
 今年はじめて会うメンバーは、それぞれに新年の挨拶を交わす。
 しばらくすると、ともみと幸江がやってきた。
 圭太たちは切符を買い、ホームに向かった。
 数本電車をやり過ごし、定刻通りに入ってきた電車に乗り込む。
 その車両には、鈴奈が乗っていた。
「鈴奈さん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう、圭くん」
 鈴奈は、変わらぬ笑みで圭太たちを迎えた。
 美女、美少女の集団は、なかなかに目立った。
 とはいえ、他人の視線などあまり気にしない彼女たちでもある。実に和気藹々とその状況を楽しんでいた。
 目的の駅に着くと、まずは鈴奈の荷物をコインロッカーに預けた。さすがに荷物を持ったまま行くのはつらい。
 その駅から神社までは、歩いて二十分ほどだった。
 住宅街の向こう、国道沿いにある神社で、周辺の鎮守として名前が知られていた。
 規模的にもなかなかのもので、大鳥居から拝殿までの参道は、結構な距離があった。
 十人は、わいわいと話をしながら参道を歩く。
 手水屋で手を洗い、お参りする。
 三日ながら、参拝客は結構いた。賽銭箱も大きなものが用意され、元旦の混雑が目に浮かぶようだった。
 二礼二拍一礼。
 それぞれに願掛けする。
 十人全員が終わったところで、やはりおみくじを引いた。
 結果は、大吉が柚紀、祥子、朱美、中吉が鈴奈、琴絵、吉がともみ、詩織、小吉が圭太、紗絵、末吉が幸江だった。
 それから駅前に戻った圭太たちは、だいぶ遅い昼食をとることになった。
 正月三日ということで、飲食店はまだあまり開いていなかった。いろいろ考えた結果、圭太たちは無難にファーストフード店に入った。
 それぞれ好きなものを頼み、二階の一角に陣取った。
 特異な集団はここでも目立ったが、やはり本人たちにはどうでもよかった。
「ねえ、柚紀」
 たまたま柚紀の隣になった祥子が、少しだけ声をひそめて言った。
「なんですか?」
「昨日、圭くんのところ、行ったの?」
「ええ、行きましたよ。もっとも、行ったのは私だけじゃなく、ともみ先輩や紗絵ちゃんもですけどね」
「そっか。やっぱり、私も行けばよかったかな。本当は行こうかとも思ったんだけど、一応受験生ってことだから、自重したんだけどね」
「まあ、今日こうして圭太にも会えたんだから、いいんじゃないですか?」
「それもそうだね」
 だいぶまったりしてきたところで、ともみがある提案をした。
「どう? 今年一年の目標というか、抱負を発表するっていうのは?」
 というわけで、早速目標発表大会となった。
「じゃあ、最初は誰からにする? 我こそはっての、いる?」
 さすがにいきなりだったので、なかなか手が挙がらない。
「しょうがない、公平にジャンケンで決めましょう。あっと、圭太はいいわ。最後に言ってもらうから」
「はあ、そうですか?」
 そして、九人でのジャンケンの末、順番が決まった。
「最初は、私ですね」
 最初は紗絵だった。
「私の今年の目標は、まずは今年も全国大会に出ることです。二年連続で全国金賞を取ったのに、今年は全然ダメだ、なんてことにならないようにしたいです。部活に関しては、副部長として圭太先輩を支えて行きたいと思ってます。それ以外だと──」
 ちらっと朱美と詩織を見た。
「とりあえず、朱美と詩織には負けません。以上です」
 そう言って紗絵は締めくくった。
「次は、私ね」
 二番手はともみ。
「私の目標は、特にこれっていうのはないのよね。強いて言えば、大学で単位がちゃんと取れて、なにも問題がなければって感じ。あとは、そうね……去年と同じように、みんなと仲良くできればいいかな。ああ、もちろん圭太との関係は進めたいわよ。でも、それはなにも今年だけの目標じゃないから」
 そう言ってともみは微笑んだ。
「次は、私です」
 三番手は琴絵。
「私はとにかく、一高に合格することが一番の目標です。それが達成できないと、ほかの目標はみんな達成できませんから」
 琴絵は少しだけ真剣な表情で言った。
「次は、私」
 四番手は幸江。
「目標と言っても、ともみと同じで明確なものがないのが正直なところ。ただ、圭太とのことは後発組としてできるだけみんなに追いつければ、とは思ってるけどね」
「じゃあ、次は私ですね」
 五番手は詩織。
「私の目標は、部活ではやっぱり全国大会に出ることです。去年は見てるだけでしたから、今年は演奏者としてあのステージに立ちたいです。あとは、できるだけ柚紀先輩に負けないようにしたいですね。すべてで負けっぱなしというのは、ちょっと悔しいですから」
 詩織は、そう言って微笑んだ。
「次は、私です」
 六番手は朱美。
「私の今年の目標は、全国大会出場、テストで二十番以内に入る、圭兄の一番になる。以上の三つです」
 朱美は簡潔にまとめた。
「次は、私ね」
 七番手は、祥子。
「私の目標は、やっぱり大学に合格すること。あとは、特にないかな。合格できたら、またなにか新しいのを考えるかもしれないけど」
「次は、私よね」
 八番手は、鈴奈。
「今年の目標は、無事に先生になることかな。まだどこの学校に配属されるかわからないけど、どこに行ってもちゃんと先生でいられれば、とりあえずいいかな」
「じゃあ、次は私です」
 九番手は、柚紀。
「今年は、なんと言っても、この指輪をひとつ上の指輪に変えることです」
 一瞬、柚紀と圭太以外はシンと静まりかえる。
「あとは、全国大会に出て、無事に卒業できるだけの成績を取って。そんな感じですね」
 そう言って柚紀は微笑んだ。
「じゃあ、僕が最後ですね。今年の目標は、アンコンで最低でも関東大会、コンクールは三年連続全国金賞。部活は、部長として後輩に最高の形で引き継げればと思ってます。そのためにはいろいろ実績も残さなくちゃいけないですし、春には新入部員も獲得しないといけないですけどね。そのひとつひとつを確実にこなしたいと思います。学校の方は、進学組じゃないので、最低限のことをこなして卒業できればと思ってます。それ以外のことだと、月並みな言い方しかできないんですけど、今年も何事もなく、平穏無事に過ごせればいいと思います」
 最後は圭太がそう言って締めくくった。
「なんか、私が予想してたのよりずっとまともだったわね、みんな」
「どんなのを予想してたんですか?」
「ほら、圭太を巡って血で血を洗うようなとか」
「……そんなこと、あるわけないじゃないですか」
「まあね」
 ともみは肩をすくめた。
 それから少しして、圭太たちは店を出た。
 
 本来なら『桜亭』でみんなでわいわいやるところなのだが、正月三日、しかも家には吉沢家の面々が来ていることから、地元駅で解散となった。
 圭太は、同じ方面に帰る面々とバスで帰った。
 バスを降りると、家まではすぐである。
「圭くん。琴美さんに挨拶だけしてもいいかな?」
「ええ、それは全然構いませんよ」
 というわけで、鈴奈も一緒に家に帰った。
「ただいま〜」
 琴絵と朱美が先に家に入った。
「おじゃまします」
 そのあとに圭太と鈴奈が続く。
「ちょっと待っててください」
 圭太が琴美を呼びに行く。
「おかえりなさい、圭太」
「ただいま、母さん。ちょっといいかな?」
「どうしたの?」
 琴美をリビングの外に連れ出す。
「あら、鈴奈ちゃん」
「あけましておめでとうございます、琴美さん」
「あけましておめでとう」
「あの、これ、田舎からのおみやげです」
 そう言ってバッグの中から包みを取り出した。
「あら、別にいいのに」
「いえ、お世話になってますから」
「そう? じゃあ、遠慮なくもらっておくわね」
 琴美はすんなりとそれを受け取った。
「そうそう、鈴奈ちゃん。今日の夕飯はどうするの?」
「家で簡単なものを作ろうと思ってますけど」
「よかったら、うちで食べていかない? 今日はたくさん作るから、鈴奈ちゃんひとり分くらいなら、全然問題ないわ。どう?」
「えっと……」
 横目で圭太を見る。
「食べていってください、とは言えないですかね。今日は叔父さんと叔母さんたちが来てますから」
「別に気にすることないのに。まあでも、居づらいってのはあるわね。じゃあ、こうしましょうか。小分けできるようなものを作るから、あとでそれを圭太に持って行かせるわ。それ、食べて」
「ありがとうございます」
 結局、そういうことで決着がついた。
「それじゃあ、私は帰りますね」
「ええ、また五日からお願いね」
「はい」
 
 吉沢家の面々が帰ると、圭太は夕食を持って鈴奈のもとを訪れた。
「こんなにたくさん分けてくれたんだ」
「ええ。料理自体たくさんあったというのもありますけどね。二、三日は保つと思うので、余ったら冷蔵庫にでも入れておいてください」
「うん、そうするね」
 とりあえず食べられそうな分だけさらに小分けにする。
 主食であるご飯も、ちゃんと混ぜご飯があったために、本当になにもしなくても夕食を食べられた。
「じゃあ、圭くんは、お茶でも飲んでゆっくりしてて」
 圭太が帰る、と言い出す前にお茶を出し、機先を制した。
 鈴奈は、圭太と話をしながら美味しそうに夕食を頬張った。
 取り分けた分を全部食べ終え、鈴奈は満足そうに息をついた。
「ふう、とっても美味しかった。琴美さんにお礼言わなくちゃね」
「今日の料理は、叔母さんと一緒に本当に楽しそうに作ってましたから」
「そういえば、琴美さんと妹の──」
「淑美叔母さんです」
「そう、琴美さんと淑美さんて、すごく仲良いよね」
「そうですね。比較的近いところに住んでるというのもあると思いますし、あと、母さんも叔母さんもお互いのことが好きみたいですから」
「いいよね、そういうの。兄弟姉妹、いくつになっても仲良くできるっていうのは」
 鈴奈はほおとため息をついた。
「鈴奈さんは、どうなんですか?」
「ん〜、うちは、つかず離れず、って感じかな。特に私はこっちに出てきてるから。でも、仲は悪くないよ。特に、姉さんとはね」
「なるほど」
「それでも、圭くんと琴絵ちゃんにはかなわないなぁ」
「えっと……」
「ふたりの仲の良さは、もう別次元だからね。まあでも、特に琴絵ちゃんの方が圭くんにべったりだからね」
「琴絵は、人一倍の淋しがり屋でもありますから。父さんが死んで、構ってくれる人が少なくなって、自然と僕にくっついてきました」
 圭太は穏やかな表情でそう言う。
「琴絵ちゃんは、昔から圭くんと一緒だったの?」
「そうですね、家にいる時はそうでした。ただ、うちは喫茶店なんかやってますから、父さんも母さんも家にいるじゃないですか。だから、僕だけということはなかったですね。僕も小学校の頃は友達と外で遊ぶ方が楽しかったですし」
「その頃は、ごくごく普通の兄妹だったんだね」
「僕としては、ずっと普通の兄妹でいたかったんですけどね」
 苦笑する。
「でも、圭くん」
「はい?」
「もし琴絵ちゃんがほかの誰かと一緒になるって言ったら、やっぱり心配でしょ?」
「どうですかね。相手にもよるんじゃないですか。どうしようもない相手なら、無理矢理にでも引き離すかもしれませんけど」
「ふふっ、圭くんらしいね」
 そう言って鈴奈は笑った。
「でも、今の圭くんは琴絵ちゃんだけにそんな感情を持ってるわけじゃないでしょ?」
「さあ、どうですかね。わかりません」
「じゃあ、私ならどうかな?」
 試すような口調で圭太に訊ねる。
「もし、鈴奈さんが本当に幸せになれるなら、僕は反対しません。というか、そんな権利は僕にありませんから」
「やっぱり圭くんはそう思っちゃうよね。うん、わかってはいたんだけどね」
「僕が本当の意味でそういうのを止める相手は、柚紀しかいません。もし柚紀にそういう相手が現れたなら、それこそ奪い取ってやる、くらいには思ってますよ」
「そこまで想われてる柚紀ちゃんが、羨ましいな」
 それは、鈴奈の本音であろう。というより、男でも女でも、そこまで真剣に想われればイヤなはずなどない。
「ただ、今の段階なら、きっと、鈴奈さんも止めるでしょうね」
「ホントに?」
「はい。鈴奈さんは、僕の大切な『お姉ちゃん』ですから」
「圭くん……」
 鈴奈は潤んだ瞳で圭太を見つめた。
 ふたりの顔が自然と近づき──
「わっ!」
 絶妙なタイミングで電話が鳴った。
「んもう……せっかく……」
 鈴奈はぶつくさ文句を言いながら電話に出た。
「はい、もしもし? あっ、お母さん?」
 どうやら、電話は岩手からのようである。
「うん……別に特になにもないよ。うん……わかってるから……大丈夫だって。ちゃんとおみやげも渡したし。お母さんは心配しすぎなの。私だってね、いつまでも子供じゃないんだから。だから……うん……うん……うん……わかった。じゃあ、お母さんも体に気をつけて。お父さんにもそう言っといて。じゃあ、また電話するから……おやすみ」
 ふうと息を吐き、鈴奈は受話器を置いた。
「実家からですか?」
「うん。こっちに着いてから連絡してなかったから、心配でかけてきたみたい」
「そうですか。いいご両親ですね」
「とは思うけど、ちょっと構いすぎかな? 私だって今年で二十三だし、社会人にもなるし。とっくに親離れはしてると思うんだけど、子離れが上手くできてないみたい」
 そう言って苦笑した。
「そういえば、お兄さんとお姉さんはなにをしてるんですか?」
「兄さんは盛岡の方で県庁で働いてるよ。地方公務員ってやつだね。姉さんは入り婿迎えて、家業の手伝い。うちは、代々農家だからね」
「なるほど。そうすると、鈴奈さんは本当に自由にいろいろやれる立場にあるんですね」
「うん。家を継ぐ心配もないし、両親のことは兄さんと姉さんに任せておけばいいし。ちょっとくらい放蕩しても、問題ないの」
 ただね、そう言って続ける。
「私、末っ子で兄さんと姉さんと少し年が離れてるの。だから両親から育ててもらったというよりは、みんなに育ててもらったって感じで。そういうことだから、今になって私のこと、構いたいのかもしれない」
「親は、そういうものなんでしょうね」
「すごくよくわかるんだけど、私としては、もう少し放っておいてくれても全然問題ないんだけどね」
 そう言って圭太に寄り添う。
「その方が、圭くんとずっと一緒にいられるし」
「鈴奈さん……」
 ふたりは、そっとキスを交わした。
「一緒に、気持ちよくなろう……圭くん……」
 
「ん……あ……」
 ベッドの上でふたりは何度もキスを交わす。
「圭くん……」
 潤んだ瞳で圭太を見つめる。
 圭太は鈴奈の髪を優しく手で梳く。
「ん……」
 鈴奈は少しだけくすぐったそうに身をよじる。
「圭くん、私の髪、好き?」
「はい、好きですよ。ずっとこうして触れていたいくらいです」
「そっか。じゃあ、これからも手入れしておかなくちゃいけないね」
 嬉しそうに微笑む鈴奈。
 そんな鈴奈を穏やかな眼差しで見つめる圭太。
 圭太は鈴奈の服を脱がせた。
 鈴奈は、圭太の為すがままである。
「鈴奈さん」
「うん、なぁに?」
「鈴奈さんは、僕にこうされてる時、どんなことを考えてるんですか?」
「ん〜、そうだなぁ、その時によってまちまちだけど。たいていは、今日はどれくらい圭くんが私のこと、可愛がってくれるのかなって、そんなことを考えてるよ」
「今日は、どうですか?」
「今日は……今年最初だから、いっぱいいっぱい可愛がってほしい」
 そう言って鈴奈は圭太にキスをした。
「ね、圭くん?」
「わかりました。お姉ちゃんのお願いですから」
「うん」
 全部脱がせると、圭太はもう一度キスをした。
 ゆっくりと壊れ物を扱うように胸を揉む。
「ん、あん……」
 まだ固くなる前の突起を舌先で転がす。
 固くなってきたところでそれを口に含み、舌と歯でいじる。
「あふっ、んんっ」
 鈴奈はその度にぴくんぴくんと反応する。
「圭くん……」
 上気した表情で圭太を見つめる。
 秘所に手を伸ばすと、すでに秘所は濡れていた。
 秘唇をなぞり、中に指を挿れる。
「あんっ」
 指を動かす度に、湿った淫靡な音が圭太の耳にも届く。
 最初は一本で、少ししてから二本に増やす。
「やっ、ダメっ、そんなに動かしちゃっ」
 中でうねうねと動く指に、鈴奈は敏感に反応する。
 圭太は、ぷっくりとふくらんできた最も敏感な部分に舌をはわせる。
「ひゃんっ」
 それに対して鈴奈は、腰を浮かせるほど敏感に反応した。
 ゆっくりとそこを舐めまわす。
「あんっ、ダメっ、圭くんっ、そんなにされると……んんっ!」
 ピンと体が張り、鈴奈は軽く達してしまった。
「はあ、はあ、圭くん、いぢわるだよぉ……」
「すみません。でも、鈴奈さんがすごく可愛かったので」
「んもう、またそんなこと言う……そんなことばかり言うと、今日、帰さないからね」
「覚悟しておきます」
 そう言って圭太は微笑んだ。
 圭太も服を脱ぎ、鈴奈の上に覆い被さる。
「いきますよ?」
「うん、きて……」
 圭太は屹立したモノをゆっくりと鈴奈の中に挿れる。
「ん……ああ……」
 鈴奈は、圭太をしっかりと抱きしめ、圭太のモノを全身で感じている。
「圭くんので、私の中が満たされてる……すごく、幸せ……」
 圭太はなにも言わず、鈴奈の髪を、頬を優しく撫でる。
 それからゆっくりと動き出す。
「んっ、あん、あふっ、んんっ」
 圭太の動きにあわせ、鈴奈も腰を動かす。
「あっ、んんんっ」
 次第に動きが速くなる。
 圭太は、少しでも鈴奈に感じてもらおうと、鈴奈も同じ想いで腰を動かす。
「圭くんっ、圭くんっ、圭くんっ」
「鈴奈さんっ」
 少しずつ高まるふたりの想い。
「ダメっ、イっちゃうっ、圭くんっ、イっちゃうよぉっ」
「イってくださいっ、僕も、すぐにっ」
「圭くんっ、圭くんっ、ああっ、んあっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
「鈴奈さんっ、鈴奈さんっ」
「んくっ、ああああああっ!」
「くっ!」
 そしてふたりは、ほぼ同時に達した。
「はあ、はあ、圭くん……」
「はぁ、はぁ、鈴奈さん……」
 ふたりは、荒い息のもとでキスを交わした。
 
「ねえ、圭くん」
「なんですか?」
「私たちの関係って、ずっとこのままなのかな?」
 鈴奈は、穏やかな表情で訊ねた。
「……そうですね、僕としてはずっとこのままでいたいですね」
「本当に?」
「はい。今の僕にとって鈴奈さんの存在は、本当に大きいですから。年上というのももちろんあるとは思いますけど、それを抜きにしても僕は鈴奈さんにいろいろ依存してますから」
「圭くんが私に、依存してるの?」
 不思議そうに首を傾げる。
「具体的にこう、というのはすぐには言えませんけど、でも、精神的な支柱とでも言うんでしょうかね。鈴奈さんが側にいてくれるのといてくれないのとでは、大きな差があると思います」
「そっか。でも、圭くんが私のこと、そんな風に思ってくれてたなんて、ちょっと意外だったな」
「そうですか?」
「うん。だって、依存してるのは私の方だとばかり思ってたから。甘えるのだっていつも私の方だし。年上らしいことできてないし」
「そんなことないですよ。鈴奈さんは、やっぱりお姉ちゃんです」
 そう言って圭太は微笑んだ。
「たとえ柚紀と一緒になっても、鈴奈さんにはいつまでも心のよりどころであってほしいんです」
「ふふっ、それは暗に、浮気しましょうって言ってるのかな?」
「さあ、どうでしょうか。堂々と浮気したら、柚紀に殺されますから」
「あはは、そうだね。柚紀ちゃん、結構嫉妬深いからね。でも、圭くんの『愛人』としては、そういうドキドキ感もいいと思うんだよね」
 冗談めかしてそう言う。
「圭くん」
「はい」
「ずっと、側にいてね?」
「はい。ずっと側にいます」
 
 四
 センター試験一週間前。
 その日、県民会館でアンサンブルコンテスト県大会が行われた。
 一高はクラリネット四重奏、金管八重奏、打楽器六重奏の三つが出場した。
 去年も三つが出場したが、関東大会に出られたのはそのうちふたつだけだった。今年は三つとも関東大会出場を目指し、大会前も気合いが入っていた。
 そして本番当日。
 この冬一番の寒さの中行われた県大会で、一高はかつてない活躍を見せた。
 金管八重奏は県大会もダントツで関東大会進出を決めた。もはや他の追随を許さないその完成度の高さは、審査員をも唸らせた。
 去年も関東大会に進出したクラリネット四重奏は、今年は三位で出場を決めた。完成度を見れば、このあたりが例年のレベルなのだが、上がとにかくすごかった。
 そして打楽器六重奏。去年は金賞ながら関東大会進出を逃している。だが、今年は最後の枠で出場を決めた。
 同一高校から三つも地方大会進出を果たすこと自体まれである。もちろん、一高でそういうことははじめてである。
 関東大会は、今年は群馬で行われる。本番は二月十二、十三日。高校の部は、十二日となっていた。
 快挙を成し遂げたことで、今年も全国大会への進出も視野に入ってきた。ちなみに、今年の全国大会は北海道は札幌で行われる。
 そういうわけで部活ではアンコンに向けた練習が行われつつ、次年度に向けた練習が本格化してきた。
 二年は基礎をより確かなものにするため、一年は自分に足りない部分を補うため、パートごとに課題が与えられた。
 さらに、部員には三月までにコンサートの候補曲を決めるよう指示が出された。
 学校の方では、センター試験ということで、実にピリピリしていた。
 特に三年担当の教師は結果が気になる、という感じだった。
 センター試験は、一高でも行われた。
 最近は私立大学もほとんどが利用しているため、就職組、推薦組でもない限り、この日に試験を受けていた。
 さらに、二年はセンター模試を受けるため予備校に足を運んでいた。これは全科目ではなく、国語、英語、数学の三科目のみ行う。問題はその年のセンター試験の問題そのままである。そこで来年のための対策をはじめる、というものだった。
 センター試験が終わると、三年はいよいよ入試本番である。一月末から私立大学の入試がはじまり、二月末には国公立大学の試験もある。約二ヶ月が勝負である。
 しかし、入試があるのはなにも高校生だけではない。中学生も高校入試が本番間近である。
 私立高校はやはり一月末から二月にかけて行われる。
 そして、高城家でもそんな高校受験生が小さな悩みを抱えていた。
 
「ふう……」
 琴絵は問題集を前に、ため息をついていた。
 時間は夜。とはいえ、まだそんなに遅い時間ではない。
 夕食後、部屋に戻って勉強をしていた琴絵だったが、集中力が途切れたのか、まったく進んでいなかった。
「どうしよっかな……」
 ペンをくるくるまわし、時計を見る。
 最近の就寝時間までも、まだ時間はある。
「……よし」
 問題集を閉じ、部屋を出た。
 向かった先は、廊下を挟んだ反対側の部屋。
「お兄ちゃん、ちょっといいかな?」
 もちろん、圭太の部屋である。
「開いてるから、入ってきな」
「うん」
 静かにドアを開ける。
 部屋の中で圭太は、たくさんのCDを出し、ひとつひとつ聴いていた。
「なにしてるの?」
「今年のコンサートの候補曲を考えてるんだよ。今くらいからはじめないと、とても間に合わないからね」
「ふ〜ん、そうなんだ」
 琴絵は感心したように頷いた。
「それで、琴絵はどうしたんだ?」
「あのね、最近、勉強に集中できないの。頭の中ではやらなくちゃいけない、やらなくちゃいけないって思ってるのに、いざ机に向かうと全然できなくて。私立の入試まであと十日くらいしかないのに」
 そう言って琴絵はため息をついた。
「なるほど。多少焦りみたいのがあるのかもしれないな」
「焦り、なのかな?」
「さあ、本当のところはわからないけど。でも、そういうことは誰にでもあると思うよ」
「お兄ちゃんにもあったの?」
「そりゃ、ずっと勉強を続けてれば、イヤになることもあるよ。もちろん、やらなくちゃいけないってわかってはいてもだよ」
「そっか、お兄ちゃんでもあるんだ……」
 なるほどと頷く。
「お兄ちゃんはそんな時、どうしてたの?」
「あえて勉強しなかったよ。そういう時にやっても身に付かないだろうし」
 圭太はあっけらかんと言う。
「それでいいの?」
「僕の場合はそれで問題なかったよ。ただ、それが琴絵にも当てはまるかはどうかは、ちょっとわからない。無理してでも続ける方がいいのかもしれないし、またはまったく別の方法を見つけた方がいいのかもしれない」
「そうだよね、やっぱり。あ〜あ、私はどうしたらいいんだろ?」
 琴絵はころんとベッドに寝転がった。
「適度に息抜きはしてるのか?」
「してるつもりだけど、どこまで効果があるのかはわからないかなぁ」
「なにかちょっとしたきっかけで元に戻るとは思うけど」
 圭太も自分のことのように考え込む。
「じゃあ、ちょっと姑息な手段かもしれないけど、合格したらなにかご褒美をあげる、ということだったら、少しはやる気も戻るかもしれないな」
「ご褒美?」
 途端に琴絵の目が輝いた。
「ねえねえ、どんなご褒美でもいいの?」
「まあ、よほど無茶なものでもなければ、構わないよ」
「じゃあね、私とデートして。あと、エッチもしたい」
「おいおい、ふたつもなのか?」
「……ダメ?」
「ダメか、と訊かれればダメとは言わないけど」
「ホント? じゃあ、いいの?」
「いいよ。ほかならぬ琴絵のお願いだから」
「あはっ、ありがと、お兄ちゃん」
 琴絵は嬉しさのあまり圭太に飛びついた。
「お、おいおい、危ないぞ」
「大丈夫だもん。ちゃんとお兄ちゃんが私のこと、守ってくれるから」
「まったく……」
 圭太は、やれやれと肩をすくめながら、それでもちゃんと琴絵を支えた。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「うん?」
「久しぶりに、抱いてほしいな……」
 琴絵は、圭太の耳元でそうささやいた。
「ね、いいでしょ? 抱いてくれたら、もうワガママも言わないから」
「……ワガママだと自覚してるなら、最初から言わなければいいと思うけど」
「いいの。ね、お兄ちゃん?」
 圭太の首に抱きつき、ねだる琴絵。
「……はあ、これで春から高校生になるっていうんだから……」
「んもう、今日のお兄ちゃん、なんか理屈っぽいよ」
「理屈っぽい僕がイヤなら、やめようか?」
「ああん、ウソウソウソ。お兄ちゃんはいつものお兄ちゃんだから」
 圭太にしてみれば、琴絵のワガママを聞くのは決してイヤなことではなかった。ワガママを言うということは、裏を返せばワガママを言える相手だと琴絵が認めていることになるからである。
 ただ、あまりにもすんなりとそれを聞いてしまうと、さすがに問題があるだろうと判断し、あえて焦らしているだけなのである。
「ね、お兄ちゃん?」
「しょうがない。ほからなぬ琴絵のお願いだから」
 そう言って圭太は琴絵にキスをした。
 それだけで琴絵は夢見心地になる。
「お兄ちゃん……」
 琴絵をベッドに横たわらせる。
 羽織っていたどてらを脱がせ、パジャマも脱がせる。
 ブラをしていない胸が、あらわになる。
「お兄ちゃんに揉んでもらってるから、私の胸、もっともっと大きくなるよね?」
「さあ、それはわからないけど」
「お母さんくらいにはなるよね?」
「さあ」
「むぅ、いいもんいいもん。ないすばでぃになって、お兄ちゃんをのーさつするんだから」
「ははっ、楽しみに待ってるよ」
 額にキスをする。
 それから胸に手を添え、優しく揉む。
「ん、あん……」
 琴絵はそれだけで敏感に反応する。
 少し凝ってきた突起を指で弾く。
「んっ」
 鋭い快感に、より声が出る。
「んん、あん、気持ちいいよぉ……」
 胸をもてあそびつつ、下半身も触れる。
 ショーツの上から秘所に触れると、琴絵はさらに敏感に反応した。
「ああっ、お兄ちゃん……」
 すぐにショーツが湿り気を帯びてくる。
 それ以上はまずいと思い、ショーツを脱がせる。
「ん、お兄ちゃん、私、もう我慢できないよぉ……」
 まだほとんど秘所をいじってないにも関わらず、琴絵はしきりに圭太を求める。やはり久しぶりで気分もずいぶんと高ぶっているようである。
「ね、お兄ちゃん……」
 圭太は小さく頷き、机の引き出しからコンドームを取り出し、モノに装着した。
「いくぞ?」
「うん……」
 圭太はゆっくりと腰を落とす。
「ふわああ……」
 琴絵はそれだけで感じていた。
「ん、お兄ちゃんので、いっぱいだよ……」
 嬉しそうに微笑む琴絵。
 それから圭太は腰を動かした。
 久しぶりな琴絵のために、最初はゆっくりと。あとは速く。
「んっ、あっ、あっ、あっ、あっ、ああっ」
 琴絵は、久しぶりの快感にすべてを忘れてのめり込んでいた。
「おにいちゃん、気持ちいいのっ、すっごくっ、気持ちいいのっ」
 快感に抗おうなど、微塵も思ってない。そんな感じである。
 それでも、ちゃんと圭太にも気持ちよくなってもらおうと、中を締め付ける。
「あんっ、んあっ、お兄ちゃんっ」
 ぎしぎしときしむベッド。
「やっ、んんっ、私っ、イっちゃうっ」
 圭太の体をギュッと抱きしめる。
「んんっ、あああああっ!」
 琴絵は達してしまった。
「はあ、はあ、イっちゃった……」
 荒い息の中、琴絵は微笑んだ。
「はあ、お兄ちゃんも、気持ちよくなって。私なら、大丈夫だから」
「わかった。でも、無理は──」
「しないから大丈夫」
 圭太は、再び腰を動かした。
「んくっ、あっ、あっ、あっ」
 わずかに収まった快感の炎が、再び勢いを増した。
「ダメっ、またイっちゃうよぉっ」
 琴絵は、もはやなにも考えられないという感じであえぐ。
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ」
「琴絵っ」
 圭太は、琴絵の体を抱きしめ、さらに速く動く。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
 そして──
「やっ、んんんんっ!」
「琴絵っ!」
 ふたりは同時に達した。
「はあ、はあ、お兄ちゃん……」
「はぁ、はぁ、琴絵……」
 圭太は、琴絵の乱れた髪を軽く整え、キスをした。
 キスをされた琴絵は、本当に幸せそうだった。
 
「これで、しばらくはがんばれるよ、お兄ちゃん」
 琴絵はそう言って微笑んだ。
「せめて、二月いっぱいくらいはがんばってほしいけど」
「ん〜、たぶん、大丈夫だと思うけど」
「まあ、なんにせよ。受験、がんばってくれよ」
「うん。お兄ちゃんと一緒に学校行きたいから、がんばるよ」
 圭太は、琴絵の頭を撫でた。
「ふわぁ、今日はこのままお兄ちゃんと寝よう、っと……」
「部屋の片づけとかは?」
「……明日の朝するから、大丈夫……」
 圭太は、やれやれと肩をすくめた。
「おやすみなさい、お兄ちゃん……」
「おやすみ、琴絵……」
 圭太がキスをすると、琴絵は幸せそうな笑みを浮かべ、目を閉じた。
 
 五
 暦が変わり、二月になった。
 大学も高校も私立の入試がはじまり、いよいよ慌ただしくなってきた。
 受験生以外も、いろいろと忙しい時期に入ってきた。
 二月の中で特に重要なのは、やはりヴァレンタインである。
 何日も前から準備を進め、今年こそ意中のあの人に、と息巻いているわけである。
 今年は十四日が月曜日になったために、学校で渡せた。
 女子はそれを喜んで、大半の男子もそれを喜んでいた。
 ところが、喜べない男子もいた。
 それが、圭太であった。
 
「はあ……」
 圭太はため息をついていた。
「なぁにため息なんかついてるの?」
「うん、まあ、毎年のことなんだけどね」
 そう言って圭太は弱々しく微笑んだ。
「毎年って……ああ、ヴァレンタインのことか」
 柚紀はなるほどと頷いた。
「去年は日曜日に当たったからよかったけど、今年は月曜日だからね。覚悟しないと」
「まさかそのためだけに休むわけにもいかないし。困ったなぁ……」
「とはいっても、しょうがないじゃない。二月十四日は必ず来るわけだし、圭太にチョコをあげようとしてる子たちの気持ちを今更変えることなんて無理だし。だったら、潔くあきらめて素直に受け取ればいいのよ」
「もちろんそうするつもりではあるけど。なんか、罪悪感みたいなのがあるんだよ」
「罪悪感? どうして? 別に圭太はなにも悪いことしてないんだから、そんなこと思う必要ないじゃない」
「それはそうなんだけどね」
 圭太はまたも深いため息をついた。
「ま、いいじゃない。どうせお返しのホワイトデーの頃には学校も休みに入ってるわけだし。圭太にチョコくれる子だって、お返しがあるとは思ってないわよ。それに、圭太の彼女は私だって、みんな知ってるし」
 柚紀はそう言って圭太の肩を叩く。
「ほらほら、シャキッとする。そんなんじゃ、せっかくの男前が台無しよ?」
「……ホント、柚紀にはかなわないよ」
「当たり前でしょ?」
 柚紀は笑顔で答えた。
 
 吹奏楽部では、直前に迫ったアンコン関東大会に向け、最後の仕上げが行われていた。
 とはいえ、部活に出ているのは参加メンバーのみである。一高はその次の週から学年末試験に入るため、部活が休みになっていた。
 そんな中で参加メンバーだけは特別に練習を行っていたのである。
「うん、そんな感じね」
 金管八重奏の演奏を聴き、菜穂子は大きく頷いた。
「今の感じを忘れないように。最低限今の演奏ができれば、本番でもいい成績を残せると思うわ。ただ、ホルンとボンは遅れがちなところがあるから、注意して」
『はい』
「関東大会は県大会よりもさらに厳しいから、適当な気持ちじゃダメよ。言い方は悪いかもしれないけど、その演奏が終わったらもう死んでもいい、それくらいの気持ちでかかってもいいかもしれないわ。このメンバーの中でアンコンを知り尽くしてるのは圭太しかいないから、言葉だけじゃわからないと思うけど、本番前に焦ることがないよう、今からでも心の準備を怠らないように」
『はい』
「練習は一応明日もできるけど、実質今日が最後みたいなものだから。もし心配なところがあるなら、確実に直しておきなさい」
『はい』
 菜穂子の指導が終わっても、メンバーは誰ひとりとして帰らなかった。
「じゃあ、もう少しだけ練習しようか」
 金管のリーダーはもちろん圭太である。
「その前に」
 と、ホルンの美里がそれを遮った。
「圭太は、今回の会場の群馬県民会館で演奏したことある?」
「えっと、中学の時に関東大会で一度だけ」
「反響とか、どうだった?」
「そうだなぁ、ここの県民会館とそう変わらなかったと思うよ。ただ、その時はアンサンブルじゃなかったから、正確かどうかはわからないけど」
「なるほど」
「そうだったよね、信子?」
 同じ三中出身のユーフォの信子に話を振る。
「ん〜、そんな感じだったと思うけど、よく覚えてないなぁ」
「ま、同じくらいだってんなら、そんなに心配することないだろ」
「だな。県大会と同じ感じでやればいいんだから」
 翔と健太郎が口々に言う。
「そうだね。僕もそう思うよ。いつも通りの演奏ができれば、きっと結果はついてくる」
「去年の全国経験者が言うんだから、間違いないわね」
「そうそう。そして、今年は北海道へ」
「気が早いわよ」
 すっかりリラックスモードのメンバーたち。
「今年も全国へ行けるように、もう少しだけがんばろうか」
 
 二月十二日。
 その日は朝から曇りがちだった。そのせいか多少気温は高めだったが、それでも早朝から集まる彼らにはあまり関係なかった。
 一高吹奏楽部アンコン出場メンバーは、揃って駅前に集合していた。
 今年は楽器が多いため、連盟が車を出してくれることになり、個別に行く必要がなくなったのがその一因だった。
 全員が揃ったところで、電車で前橋へ向かった。
 電車を乗り継ぎ、およそ三時間。
 前橋市内中心部に位置する群馬県民会館に到着した。
 県民会館前には、すでに大勢の参加者、観客がいた。
 圭太はあらかじめ連絡をとっていた菜穂子と合流し、参加受付を済ませた。
 演奏順で打楽器と金管は比較的早い時間に行われる。そのため、息つく間もなく控え室に入った。
 打楽器が係員に呼ばれ、移動を開始したのを見送り、菜穂子は金管のメンバーに最後の言葉をかけた。
「ここまで来たらもはや言うことなんてないわ。ただ、悔いの残らない演奏をして。いいわね?」
『はい』
 刻一刻と迫る時間の中。メンバーたちは次第に緊張感が高まって、口数も減っていた。
 そんな中、圭太はひとり見た目には平然としていた。
「ねえ、圭太」
「うん?」
「圭太は平気なの?」
「なにが?」
「ほら、みんなすごく緊張してるじゃない。私もだけど。でも、圭太はそんな風に見えないから」
 夏子は、不思議そうに首を傾げた。
「僕だって緊張してるよ。ただ、その緊張をいい方向へ変えようとしてるだけ。まったく緊張感がないと、いい演奏はできないし」
「そういうことができるのは、圭太くらいかも」
 そう言って苦笑する夏子。
 それから少しして、金管の番が来た。
 チューニング室に移り、チューニングする。ついでに曲の頭だけ軽くあわせる。
 それが終わると、いよいよ本番。
 観客席は、かなり埋まっていた。
 実は観客の入りも音の反響に大きな影響を及ぼすのである。
 少ない時はより大きく反響し、多い時は反響も小さくなる。
 圭太たちはステージ上に出て、所定の位置に着く。
 そして、五分間がはじまった。
 
 演奏が終わり、圭太たちはひと息ついてからホールに戻った。
 ほかの演奏を聴くのと、同じ一高の面々を探すためである。
 まずは、打楽器の六人と合流した。
「演奏、どうだった?」
「かなりよかったと思うよ」
 演奏の評価を聞き、まずはひと安心という感じである。
 それから普通に聴きに来ていた部員と菜穂子と合流する。
「先生、どうでしたか?」
「そうね。両方ともいい演奏ができていたわ。だから、結果もいいものがついてくるんじゃないかしら」
 演奏が進み、クラリネット四重奏の演奏も終わった。
 一高としてみれば、あとは結果発表のみである。
 演奏は順調に進み、ほぼ予定通りに閉会式がはじまった。
 講評に引き続き、結果発表である。
 プログラム順に結果は発表される。
『──県立第一高等学校、打楽器六重奏、金賞』
『──県立第一高等学校、金管八重奏、金賞』
『──県立第一高等学校、クラリネット四重奏、銀賞』
 結果は、打楽器と金管が金賞、クラが銀賞だった。
『それでは最後に、来月札幌で行われます全国大会へ進出を決めたのは──』
 
 県民会館前に集まった一高吹奏楽部のメンバーたち。
「まずは、金管の八人。全国大会出場、おめでとう」
『ありがとうございます』
「さっき審査結果をもらってきたけど、結果として関東大会一位で通過よ。審査員の評価もかなり高いから」
 金管は、見事二年連続で全国進出を決めた。
「打楽器は全国進出はならなかったけど、それでもいい演奏だったわ。クラは、全体的な演奏のレベルから考えると、どうしても普通の域を脱しなかったのが、今回の結果になったんだと思うわ。それでも、県大会に比べればどちらも格段に進歩してるから、その結果には胸を張っていいわ」
『はい』
「それじゃあ、私からは以上よ」
「みんな、おつかれさま。ミーティングってわけじゃないけど、これからのことを少し話すから。楽器の方は、明日の午前中に学校の方に戻ってくるから、手の空いている人はできれば片づけに来てほしい。もちろん、部活は休みだから、無理をしない程度で構わないけど。それと、テスト明けの部活から、本格的に次年度に向けた練習に入るから。特に、コンサートの曲決めなんかもあるし。テストをおろそかにしない程度に、候補曲も上げておいて。それじゃあ、今日はおつかれさま」
『おつかれさまでした』
 圭太の言葉でその場は締めくくられた。
 
 二月十三日。
 圭太はひとりで学校へ向かっていた。いつもなら朱美も一緒なのだが、テスト前ということと、次の日のことがあり朱美は辞退したのである。
 楽器の到着予定時間より早めに学校に着いた圭太は、職員室に向かった。
 テスト前で職員室自体には入れないが、そこで菜穂子を呼び出した。
「おはようございます」
「おはよう。今日はごくろうさまね」
「いえ、誰かがやらなくちゃいけないことですから」
「果たして何人くらい手伝いに来るかしらね」
「さあ、二、三人来ればいい方じゃないですか。テストも近いですから」
「そうね。でも、できればもう少し来てくれると、楽器も運びやすいんだけどね」
「それは言わないことにしましょう」
 しかして、予想に反して手伝いに来たメンバーは多かった。
 楽器が到着すると、手分けして下ろし、それを音楽室に運ぶ。打楽器に重いものが多く、さすがに男手が必要だった。
 しかし、男手は圭太を含め三人いたため、それも問題なかった。
 片づけは、予定よりかなり早く終わった。
 時間的には、まだ午前中である。
 すぐに解散となり、ようやく休日となった。
 圭太は、手伝いに来ていた柚紀と紗絵と一緒に帰った。
「ねえ、圭太、聞いてよ〜」
「ん、どうしたの?」
「昨日帰ってからアンコンの全国大会に行きたいって言ったのよ。で、場所はどこでやるんだって訊かれて、札幌って言ったら、ダメだって言われちゃった。私がお金出すって言ってもダメだって。もう、ホント、悔しい」
 帰り道、柚紀はそう言って地団駄を踏んだ。
「でも、それはしょうがないんじゃないかな。今回は電車、飛行機、電車と乗り継いで行くわけだし」
「そんなの関係ないよ。だって、私が私のお金で行くって言ってるのに、どこが悪いっていうの?」
「まあ、結局は柚紀自身が出るわけじゃないからだろうね」
「それは、そうだけど……」
「今回は、先生も最少人数にするって言ってるから、どのみち難しかっただろうね」
「ううぅ〜、悔しい」
 悔しがる柚紀に、圭太は苦笑するしかなかった。
「幸いにして、僕が部長だからなにかと都合もいいし」
「去年は、祥子先輩が付き添ってたからね」
「そういうわけだから、柚紀も素直にこっちで応援しててよ」
「はあ、しょうがない。今年は我慢するわ。でも、結果はすぐに連絡してよ」
「それはもちろん」
「ならいいや」
 そう言って柚紀は頷いた。
 いつもならバス停で柚紀とは別れるのだが、その日は家までついてきた。ちなみに、紗絵も一緒である。
「じゃあ、圭太。これからしばらくの間、台所に入っちゃダメだからね」
 柚紀を筆頭に、琴絵、朱美、紗絵の四人は、台所でチョコレート作りに取りかかった。
 やはり、料理上手な柚紀がいた方がいいということらしい。
 圭太はそんな四人を横目に見ながら、お昼過ぎに家を出た。
 向かった先は──
 
 圭太を出迎えた祥子は、ニコニコととても機嫌がよかった。
 やはり、誕生日を一番大好きな人に祝ってもらえるからであろう。
「はい、圭くん」
「すみません」
 温かなお茶が出され、圭太はそれを一口飲んだ。
「そういえば、昨日はアンコンだったんだよね。結果はどうだったの?」
「金管と打楽器が金賞、クラが銀賞でした。あと、金管は今年も全国です」
「ホント? すごいよ、圭くん。また全国大会に出るんだね」
「はい」
「それで、今年はいつ、どこでやるの?」
「来月の十二日に札幌であります」
「札幌かぁ。ちょっと遠いね」
「ええ。そのせいで柚紀は、今年は行くのを断念しましたから」
「そうなんだ。ふ〜ん……」
 祥子は少しだけ考え込む。
「十二日だよね」
「はい、そうですけど」
「私、応援に行こうかな」
「えっ……?」
 思いもかけない言葉に、圭太は間抜けな声を上げた。
「だって、十二日なら合格発表も終わってるし、後期日程でも受けない限りはなにもすることないから」
「でも、いいんですか?」
「うん、私は全然構わないよ。むしろ応援に行けない方がつらいから。とはいえ、本当に行くかどうかはまだわからないよ。入試の結果次第でもあるから」
「そうですね」
 とはいえ、祥子はセンター試験でかなりの点数を取った。このままなら、ほぼ確実に国立大も合格できる。
「まあ、アンコンのことは、また今度にでも話そ」
「じゃあ、早速」
 圭太は、持ってきていた包みを取り出し、祥子に渡した。
「誕生日、おめでとうございます」
「ありがと、圭くん。これ、開けてもいいかな?」
「はい」
 中身は、カワイイ感じのハンドバッグだった。
「うわ〜、カワイイ。ありがと、圭くん。大事にするね」
 祥子はそれを大事そうに抱え、にっこり笑った。
 それからふたりは何気ない話で盛り上がる。
 祥子としても、受験勉強の息抜きとなり、実にリラックスしていた。
 お茶がすっかり冷め、お菓子もなくなった頃。
「圭くん。ちょっとだけ待っててくれるかな?」
 そう言って祥子は部屋を出て行った。
 しばらくすると、祥子は不思議な格好で戻ってきた。
「あの、その格好は……?」
「これ? お父さまが仕事で持ってきたの。なんでも、貸衣装関係の仕事を手伝ってるとかで。それで、いくつかサンプルをもらってきて。とっても可愛かったから、私がもらっちゃった」
 そう言って、ふわふわふりふりのメイド風のドレスを着た祥子は、くるっとまわった。
「どうかな?」
 スカートの裾をつまみ、ポーズを決める。
「えと、すごく似合ってます」
 確かに、祥子にその格好はとても似合っていた。ゴシックロリータ風の格好だが、やはり元がいいせいなのだろうか、半端じゃなく似合っていた。
「ねえ、圭くん。今日は、このまま抱いてほしいな」
 そう言って圭太に抱きつく。
「ね、圭くん?」
「……わかりました」
 圭太は苦笑しつつ、祥子にキスをした。
「ん……圭くん……」
 圭太は祥子の髪を撫でつつ、キスを繰り返す。
 ふくよかな胸をふにふにと揉む。
「ん、あん……」
 少々複雑な造りになっている服の前をはだけさせる。
 あらわになった胸に、今度は直接触れる。
「んん……」
 吸い付くような感覚さえ与える、きめ細かな肌。
 祥子は、快感にわずかに抗いながらも、少しずつ圭太を受け入れていく。
 圭太は、先端の突起を舌先で転がす。
「んあっ」
 鋭い快感に、ひときわ大きな声が上がった。
 おもむろにスカートの中に手を伸ばす。
 ショーツの上から秘所に触れると、そこはしっとりと濡れていた。
 指先に少し力を込め、何度も擦る。
「や、んん、圭くん……」
 ショーツのシミが少しずつ広がってくる。
「ダメ……圭くん……」
 祥子は、弱々しく圭太の腕を押さえるが、それはまったく意味がなかった。
 圭太は、ショーツを脱がせ、足を開かせた。
「祥子のここが、よく見えます」
「やん、そんなこと言わないで……」
「とても、綺麗ですよ」
 圭太は、秘所に舌をはわせた。
「あんっ、んんっ」
 ぴちゃぴちゃと音を立て、舐める。
「んんっ、圭くんっ、気持ちいいっ」
 止めどなくあふれてくる蜜と唾液とで、秘所はすっかり濡れていた。
「やんっ、んあっ、圭くん、もう我慢できないよぉ」
 祥子は潤んだ瞳で圭太をねだった。
「わかりました」
 圭太は、ズボンとトランクスを脱ぎ、限界まで怒張したモノを秘所にあてがった。
「このまま、するんだね」
「イヤですか?」
「ううん、そんなことないよ。圭くんとできるなら、どんな格好でもいいよ」
 そう言って祥子は微笑んだ。
 そんな祥子に、圭太はそっとキスをした。
 そのままゆっくりと腰を落とす。
「んん、あああ……」
 一番奥まで入ると、祥子はなんとも言えない声を上げた。
 半脱ぎの状態で、圭太が祥子を犯しているようにも見える。
「あんっ、んんっ、あっ、あっ、圭くんっ」
 圭太は最初から速く動いた。
「やっ、んんっ、激しいよっ」
 肌と肌がぶつかる乾いた音が部屋に響く。
「圭くんっ、圭くんっ」
「祥子っ」
 途中でキスをむさぼる。
「ああっ、んくっ、あんんっ、ああっ、あっ、あっ」
 祥子も、ここが家で自分の部屋であることを忘れて、嬌声を上げた。
「んあっ、圭くんっ、ダメっ、私っ」
「祥子っ」
「んんっ、圭くんっ、あああああっ!」
「くっ!」
 そして、圭太は祥子の中にすべてを放った。
「はあ、はあ、圭くんので、私の中が満たされてる……」
「はぁ、はぁ……」
「大好き、圭くん……」
 祥子は、圭太の頬にキスをした。
 
「そういえば、圭くん」
「なんですか?」
「明日は、ヴァレンタインだね」
「あ〜、そうですね」
 圭太は、あさっての方を向き、何気ない風を装う。
「今年は学校があるから、大変だね」
 祥子は、その光景を思い浮かべているのか、おかしそうに笑う。
「圭くんは真面目だから、そういうのに対してもちゃんと対応しちゃうんだよね。そういうのは、もう少し楽な気持ちですればいいのに」
「それができれば、なんの苦労もないんですけどね」
 圭太はため息をついた。
「去年は休みで少なかっただろうけど、その前まではどれくらいもらってたの?」
「紙袋にひとつからふたつくらいです」
「そんなにもらってたんだ。それ、全部食べたの?」
「いえ、いくらなんでもそれは無理です。母さんや琴絵に手伝ってもらって、それでも一ヶ月以上残ってましたね」
「う〜ん、それを聞くと、さすがに大変だなぁって思うよ」
「まあ、今年は一昨年までに比べれば、少ないとは思いますけどね」
「どうして?」
「うちの高校なら、僕が柚紀とつきあってるの知ってますから。それで少しはあきらめてくれるんじゃないかって思ってはいるんですけど」
「確かにね。でもね、圭くん。そういうのに関係なく自分の想いを知ってもらおうって思ってる子は、多いと思うよ」
 私も似たようなものだし、と言って笑う。
「いずれにしても、圭くんは圭くんらしく、思う通りにした方がいいよ」
「そうですね」
「あっ、もちろん私もチョコ、渡すからね」
「それは全然構いませんよ」
「うん」
 祥子は、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、僕はそろそろ帰りますね。今日は、柚紀と紗絵がうちに来てるので」
「柚紀と紗絵ちゃんが?」
「ええ、なんでも一緒にチョコ作りをするんだそうで」
「なるほど、そういうことか。じゃあ、帰らないといろいろ言われちゃうね」
「はい」
 圭太は服を着て、帰り支度をする。
「そうだ。忘れてました」
「ん、どうしたの?」
「明日も言うとは思うんですけど、試験、がんばってください。僕も応援してますから」
「うん、ありがと、圭くん」
 祥子は今日一番の笑顔でそれに応えた。
 
 六
 二月十四日。ヴァレンタインデー。
 その日は、世の女性が意中の人に想いを伝えようとがんばる日である。
 朝起きた圭太は、早速ヴァレンタインを実感することになった。
「お兄ちゃん」
「圭兄」
 いつものように店の準備をしていた圭太に、琴絵と朱美が声をかけた。
「ん、ふたりしてどうしたんだ?」
「今日は、ヴァレンタインだから。はい、お兄ちゃん。チョコだよ」
「私からも」
 そう言ってふたりは綺麗な箱を渡した。
「今年は柚紀さんに教わって、いろいろ試した結果だから、去年よりも美味しくできてると思うよ」
「そっか。じゃあ、大事に取っておこうかな」
「ダメ。ちゃんと食べて。じゃないとせっかく作った意味がなくなっちゃうもん」
「私のもだよ、圭兄。ちゃんとあとで確認するからね」
「わかったよ。ちゃんと食べて、感想言うから」
 圭太はやれやれと肩をすくめた。
 それから朝食前に琴美からチョコを受け取った。実は、琴美のチョコも手作りである。夫である祐太が死んでからチョコを渡す相手が圭太しかいないというのが理由なのだが、そのチョコもかなり手がかかっていて、圭太が息子でなければちょっと問題になったかもしれない。
 家で三個のチョコをもらった圭太。
 果たして学校ではどのくらいのチョコをもらうのか。
 
「おっはよ〜、圭太」
 バスから降りてきた柚紀は、ニコニコとそれはこぼれ落ちそうな笑みを浮かべていた。
「おはよう、柚紀」
「おはようございます、柚紀先輩」
「今日もいい天気ね。というわけで」
 よくわからない話の展開だが、柚紀には関係ないようである。
 カバンを探り、ちょっと大きめの箱を渡した。
「はい、圭太。正真正銘、本命チョコだから」
「ありがとう、柚紀」
 圭太はそれを素直に受け取った。
「朱美ちゃんは、もう渡したの?」
「はい。家で渡しました」
「じゃあ、学校でもらう本命チョコは、少しだけ少なくなるのね」
「あまり変わらないけどね」
 そう言って圭太は苦笑した。
 学校に着くと、二年一組の前には何人も女子生徒がいた。
 と、そのうちのひとりが圭太の姿を見つけた。
 すると、女子生徒たちは我先にと圭太の元へやって来る。
「高城先輩」
「圭太先輩」
 一斉に綺麗な包みを圭太に渡してくる。
「えっと……」
「受け取ってください。返事は、別にいいですから」
 次々に圭太にチョコを渡していく。
 あっという間に圭太の腕の中はチョコだらけになった。
「ホント、予想はしてたけど、すごいわね」
 それを側で見ていた柚紀は、呆れ顔でため息をついた。
 とりあえず教室に入ると──
「……あの机、圭太の机よね?」
「うん……」
 机の上にもチョコが置かれていた。
「ねえ、袋持ってきた?」
「持ってきたよ」
 圭太はカバンの中から紙袋を取り出し、チョコを入れた。
「今日中に、どれだけ増えるんだろうね」
 柚紀は、もはや人ごとであった。
 その日は、休み時間の度に圭太の元を女子が訪れていた。
 さすがに三年はいなかったが、一年、二年問わず訪れていた。
 昼休みになると、本命のふたりもやって来た。
「先輩。チョコです」
「受け取ってください」
 紗絵と詩織はそう言ってチョコを渡した。
 それを受け取ると、紙袋とは別に、カバンの中にしまった。やはりそれは別物らしい。
「先輩、これ、全部チョコですか?」
 と、机の脇に置いてある紙袋を見て、紗絵が訊ねた。
「うん、まあね」
「三中の頃より多くないですか?」
「数的にはそんなに差はないと思うけど、ひとつひとつが大きいんだよ」
「はあ、なるほど」
 確かに中学生より高校生の方がひとつひとつにかけるお金も手間も多いだろう。
「これ、どうするんですか?」
「まあ、なんとかがんばるつもりだけどね」
 そう言って圭太は、力なく微笑んだ。
 部活がないため、放課後はさっさと帰った。あまり長居すると、チョコが増えるだけだったので。
 家に帰ると、チョコが増えた。
「はい、圭くん。チョコだよ」
「これは、私からのチョコ」
 鈴奈とともみである。
「それから、あとで祥子と幸江が来るって」
「わかりました」
 圭太は鈴奈とともみのチョコを持って、いったん自分の部屋に戻った。
 そこで改めて見るチョコの多さ。
「……どうしたらいいんだろう……」
 ため息をつくが、食べるしかないのである。
 夕方になり、祥子と幸江がやって来た。
「はい、圭くん。約束のチョコだよ」
「約束?」
「えっと、まあ、昨日も先輩と会ったので。その時に」
「ふ〜ん、なるほどね。相変わらず、圭太は祥子に甘いのね」
 幸江は、呆れ半分でそう言った。
「まあ、いいや。はい、圭太。これ、私の」
「ありがとうございます」
「私たちで最後?」
「ええ、最後ですね」
「全部でどれくらいもらったの?」
「数は数えてませんけど、紙袋ひとつは目一杯入ってます」
「そんなにもらったんだ。やっぱり圭くんだね」
 祥子は、たおやかに微笑む。というか、それで済ませてしまうのもなんである。
「そういえば、祥子はもうすぐ試験よね」
「はい。二十五日です」
「あと十日か。ま、祥子の実力ならよほどのことがない限り大丈夫だとは思うけどね」
「だといいんですけど」
「大丈夫だって。ねえ、圭太?」
「そうですね、僕もそう思います」
「んもう、圭くんまでそんなこと言って。万が一のことがあったら、どうしたらいいの?」
「その時は、圭太のところで一生養ってもらうとか?」
「……それはそれですごく魅力的な提案ですね」
 祥子は悪戯っぽい笑みを浮かべ、そう言った。
「とにかく、あとわずか、悔いの残らないようにがんばってね」
「はい、ありがとうございます」
 そして夜。
「すごいね、お兄ちゃん」
「うん、すごい」
「ふたりも、減らすのに協力してくれないか?」
「いいの?」
「捨てるよりはよっぽどいいと思うから」
「それはそうだね」
 圭太は、家族総出でチョコレートを『処理』することにした。
 とはいえ、基本的には圭太が食べることなっていた。あげた方は、圭太にあげたのだから、それはしょうがない。
 結局、チョコレートは向こう一ヶ月近く残っていた。
 
 学年末試験がはじまると、いよいよ今年一年も終わりという感じになってくる。
 どの生徒たちも進級できるように、春休みに補習を受けないように試験に挑んでいた。
 試験が終わると、今度は卒業式の準備である。
 学校を上げて三年を送り出す準備をする。
 学校でそんなことが行われている頃、三年は最後の関門を迎えていた。
 国公立大学二次試験。
 一日から三日間かけて行われる試験。
 これに合格できれば、春からは晴れて大学生となる。
 本人たちはもちろん、家族や親しい人たちは合格を祈っている。
 そんな二次試験もほとんど終わった二月二十七日。
 その日、圭太は部活を終えると駅前に出ていた。
 日曜日の昼下がりである。買い物客は結構出ていた。
 そんな中、圭太は相手を待った。
 二月も終わりである。だいぶ陽も暖かくなり、過ごしやすくなってきていた。
 それでも吹く風は冷たく、まだまだ冬の気配が残っていた。
「圭太、お待たせ」
 跳ねるような声がかかった。
 コートを着込んではいるが、色は春だった。
「こんにちは、幸江さん」
「んもう、そんな他人行儀な挨拶しなくてもいいのに」
 そう言って幸江は、ちょっとむくれた。
「日向にいると結構あったかいけど、風はまだまだ冷たいわね」
「そうですね。でも、もうすぐ三月ですから、暖かくなりますよ」
 デートを言い出したのは、幸江の方だった。
 学年末試験が終わった日、電話がかかってきた。
 そこで久しぶりのデートをすることを約束させられ、その日に至っていた。
 すっかり春色になっているショーウィンドウを見ながら、なにをするでもなく商店街を歩く。
「あっ、ねえねえ、これなんてどうかな?」
 久しぶりのデートだからなのか、圭太と一緒だからなのかはわからないが、幸江はとにかくハイテンションだった。
「これも似合いそうですよ?」
「どれどれ……あっ、ホントだ。こっちもいいなぁ」
 春物の服を見て、幸江はころころと表情を変えた。
 数軒まわったところで、ようやく満足したのか、ふたりは喫茶店に入った。
「ふう、今日は久しぶりに楽しめたなぁ」
「買い物とか、行かないんですか?」
「行くけど、やっぱりひとりよりも圭太と一緒の方が楽しいし」
 幸江は、レモンティーを飲みながら微笑んだ。
「そういえば、祥子はどうだったのか、聞いてる?」
「いえ、試験が終わってからは会ってませんから」
「そっか。祥子も合格すれば、また後輩になるんだけどなぁ」
「大丈夫ですよ。先輩ならきっと合格します」
「そうね。あの子は私なんかよりもずっと頭いいし。むしろ、なんで東京の大学に行かないんだって感じだし」
「一時期はそれも考えていたみたいですよ」
「でも、圭太の側にいたいから、こっちの国立にした、と」
「そうです」
 圭太は素直に頷いた。
「まあ、どういう理由でも構わないと思うけどね。後悔しない選択ならどれでもいいのよ。よさそうに見えても、後悔する選択だったら、意味ないしね」
「確かにそうですね」
「だから私も、圭太に告白したんだし」
 そう言って幸江は微笑んだ。
「最初は私だってすごく心配だったんだから。圭太に認めてもらえなかったらどうしようって。そればっかり考えてた。でも、やっぱり後悔したくなかったから。結果的には、ちゃんと圭太に受け入れてもらえたし。言うことないよ」
 それに対して圭太は、なにも言わず微笑み返すだけだった。
 喫茶店を出たふたりは、再びなにをするでもなく街を歩いた。
 少しずつ陽が長くなってるとはいえ、まだまだ陽が落ちるのは早い。
「ねえ、圭太」
「なんですか?」
「また、抱いてほしいの……」
 幸江は絡めた腕に、少しだけ力を込めた。
「ダメ、かな?」
「……いいですよ」
 
 ふたりはラブホテルに入った。
 まだまだそういう経験の少ない幸江は、緊張気味だった。
「やっぱり、緊張するね」
 部屋に入っても、幸江の緊張感は解けない。
 圭太はコートを脱ぎ、ベッドに座った。
「幸江さんも座ったらどうですか?」
「う、うん」
 幸江もコートを脱ぎ、ベッドに座る。
「今日も、全部圭太に任せて、いい?」
「ええ、いいですよ」
 圭太は少しでも落ち着かせようと、穏やかに微笑んだ。
 肩に手を置き、そっと抱きしめる。
 髪や背中を優しく撫でる。
「圭太、優しいね……」
「そうですか? そんなことないと思いますけど」
「ううん、優しいよ。だから好きなの」
 ふたりは、キスを交わした。
 一度目は軽く、二度目はしっかりと。
「ん、はあ……」
 幸江は、潤んだ瞳で圭太を見つめる。
 タートルネックのセーターを脱がせ、ジーンズを脱がせる。
 下着姿になった幸江をベッドに横たわらせる。
 薄いブルーのブラジャーを外すと、ボリューム感のある胸があらわになった。
 まだまだ恥ずかしいのか、幸江は圭太から視線をそらせた。
 そんな幸江の様を微笑ましく見ながら、圭太は胸に手を添えた。
「あ、ん……ん……」
 ゆっくりと揉むと、幸江はわずかに甘い声を漏らした。
 マシュマロのように柔らかな胸は、圭太の手にあわせて形を変えた。
「んん、あん……」
 固く凝ってきた突起を指で弾く。
「んあっ」
 敏感に反応する幸江。
 右胸の突起を指でいじりながら、左胸の突起を口に含む。
 舌先で転がすと、立て続けに甘い声が漏れた。
「やん、んんっ、圭太、気持ち、いい」
 途切れ途切れの声で、快感を訴える。
 頃合いを見て、今度は下半身に手を伸ばす。
 ショーツの上から秘所に触れる。
「んっ」
 幸江は、ぴくんと反応した。
 指先で上から擦る。
「ん、ああ、あん……」
 鋭い快感ではないが、微妙な快感が幸江の神経をくすぐった。
 しばらくそうしていると、ショーツがたいぶ濡れてきた。
 そこでショーツを脱がす。
 幸江はボーっとしていたせいで、まったく抵抗しなかった。
「幸江さん?」
「あ、うん、なに?」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ちょっと、気持ちよかっただけだから」
 幸江はそう言って微笑んだ。
 圭太は、まずは指で秘所をいじる。
「ああっ、んんっ」
 すっかり濡れている幸江の中を、さらに指でいじり、濡らす。
 指を出し入れする度に、幸江の体はぴくぴくと反応した。
「あんっ、圭太、もう我慢できない……」
 圭太は小さく頷き、服を脱いだ。
「いきますよ?」
「うん……」
 圭太は、ゆっくりとモノを幸江の中に入れた。
「んっ、あ……」
 まだそれ自体に慣れていないからか、幸江はわずかに顔をゆがめた。
「大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫……でも、もうちょっとこのままでいてくれると、いいかな」
「わかりました」
 圭太は少しの間そのままでいた。
 その間、圭太は幸江の髪を、頬を撫でていた。
「ん、もう大丈夫。ありがと、圭太」
「いえ、気にしないでください」
「あとは、好きにしていいから」
 圭太は微笑み、腰を引いた。
「んっ、あっ」
 ゆっくりと腰を動かし、少しでも慣れてもらおうとする。
 幸江もぎこちないながらも、自ら腰を動かす。
 それが余計に快感を与えた。
「んんっ、あんっ、んくっ、圭太っ」
 幸江も次第に行為を楽しめるようになってくる。
「圭太っ、私っ、ダメっ、圭太っ!」
「幸江さんっ」
「ああっ、あんっ、圭太っ、圭太っ、あああああっ!」
「くっ!」
 幸江が達すると、圭太も幸江の腹部にすべてを放った。
「はあ、はあ、圭太……」
「はぁ、はぁ、幸江さん……」
 そっと髪を撫で、圭太はキスをした。
 
「ホント、圭太に抱かれると、ますます離れられなくなっちゃう」
「それ自体は、複雑な心境ですね」
 そう言って圭太は苦笑した。
「そういえば、幸江さんの誕生日っていつなんですか?」
「私の誕生日? 私は三月十八日だけど」
「あっ、まだなんですね」
「うん。早生まれで、しかも三月生まれ。得したのか損したのかはわからないけどね」
 幸江は、穏やかな表情で微笑んだ。
「じゃあ、誕生日にはお祝いしないといけないですね」
「やってくれるの?」
「ええ。僕の時にも祝ってもらってますからね。お返しという意味も込めて」
「ふふっ、ありがと」
 ふたりは、ゆっくりと街を歩く。
「もうすぐ三月。来年の今頃は、圭太も卒業式を間近に控えてるのよね」
「順調にいけば、ですけどね」
「その頃までには、みんなの身の振り方も、決まってるのかしら」
「身の振り方、ですか?」
「そう。圭太との関係、と置き換えてもいいけどね。それが決まらないと、いろいろ大変なこともありそうだし」
 少しだけ真面目な表情で言う。
「今年中に、柚紀と一緒になるんでしょ?」
「そのつもりではいます。それでも早くて年末だと思いますけど」
「そっか。じゃあ、私もそれまでにこれからの圭太との関わり方を決めないとね」
「幸江さんが決めるんですか?」
「ううん。もちろん決めるのは圭太。でも、自分の中で納得できるかできないかは、やっぱり私にしかわからないでしょ? そういう部分をよく考えておくってこと」
「なるほど」
「私はどんな決定にも従うつもりだけど、できれば少しでも私が望んでいる形に近い形だと嬉しいかな」
「それは、僕もできるだけそうなるように考えます」
「うん、そうしてくれると嬉しい」
 幸江は、笑顔を浮かべた。
「さてと、圭太。今日はありがとね」
「いえ、僕でよければ、えっと、柚紀に言われない程度にならつきあいますから」
「あはは、柚紀、結構怖そうだからね。大丈夫、そこまで引っ張りまわさないから」
「そういうことなら」
「今日みたいにたま〜につきあってくれれば、私は満足だから。私はね、圭太にとって気軽に話せる『友達みたいなお姉さん』でいるのがいいのかなって、そう思うの」
「友達みたいなお姉さん、ですか」
「うん。そういうスタンスが一番私らしいかなって」
 さわやかな笑みを浮かべる幸江。
「じゃあ、圭太。また連絡するから」
「はい」
 笑顔の幸江を見送る圭太。
「身の振り方、か……」
 そう呟き、圭太も家路に就いた。
 
 春は、もうすぐである。
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