僕がいて、君がいて
第二十章「過ぎゆく夏の想い出」
一
暑さのせいで日中には蝉の声を聞かなくなった。いくら蝉でも酷暑の中ではまともに動けないのだろう。朝方や夕暮れ時、下手をすれば陽が落ちてからその鳴き声を聞くようになった。
旅行の次の日は、そんな酷暑の日だった。
「お兄ちゃん、準備できた?」
琴絵はパフスリーブのライトグリーンのワンピースにひさしの大きな白い帽子をかぶって圭太をせかしていた。
「靴を履けば準備終わりだよ」
左足の靴ひもを結び、圭太は立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「うんっ」
玄関を開けると、むせかえるような熱気が全身をねっとりと包み込んだ。
「うっ、暑い……」
琴絵はくじけてしまいそうになるのをなんとか堪え、外に出た。
「それで、どこか行きたいところとかあるのか?」
「えっとね、見たい映画があるんだけど」
「映画? どんな?」
「ん〜、それは内緒」
琴絵の要望を聞き入れ、ふたりは駅前まで出てきた。
商店街の一角には、二年ほど前に完成したばかりのシネマコンプレックスがあった。話題の最新映画から懐かしの映画まで、常に上映している。
チケット売り場の上部には、現在上映中の映画のタイトルと開始時間、空席情報が電光掲示で示されていた。
十以上あるホールは、人気作品が大きなホールを使い、リバイバル作品などは比較的小さめのホールで上映されている。
「それで、どれなんだ?」
「えっとね、あれ」
そう言って琴絵は、掲示板の一番左を指さした。
そこは基本的に人気作品が示されているところで、現在上映中の作品も興行記録を塗り替えそうな勢いの作品だった。
「『TEAR』か。そういえば、テレビのCMで見た覚えがある」
「次の回は、二十分後だね」
「とりあえず、チケットだけでも買っておくか」
ふたりは空いている窓口へと移動する。
『いらっしゃいませ』
透明アクリル板を通して、係の女性の声がマイクを通して聞こえてくる。
「『TEAR』の十一時の回を高校生一枚、中学生一枚」
『生徒手帳はお持ちでしょうか?』
「はい、お兄ちゃん」
琴絵から生徒手帳を受け取り、自分のと一緒に見せる。
『確認しました。『TEAR』十一時の回、高校生一枚、中学生一枚。二千五百円になります』
圭太は財布から千円札を三枚取り出した。
『五百円のお釣りです。なお、ホールへの入場は上映十五分前より行いますので、お時間になりましたらエントランスの方へお越しください。ありがとうございました』
チケットを受け取り、売り場を離れた。
「まだ少し時間があるけど、どうする?」
「パンフレットと、飲み物、それと映画と言ったらやっぱりあれだよね、お兄ちゃん」
琴絵は嬉しそうに圭太を引っ張って、今度は売店へと向かった。
先にパンフレットを購入。
それからオレンジジュースをふたつと、映画の定番、ポップコーンを買った。
そうこうしているうちに入場時間となった。
「上映ホールは八番となります」
案内に従って指定のホールへと向かう。
八番ホールは座席数二百五十という、大きめのホールだった。
人気作で夏休みとはいえ、お盆も過ぎ平日の日中なので、客入りは五割弱という感じだった。
「お兄ちゃん、ここにしよ」
ふたりが座ったのは、真ん中のやや後ろ寄りの席。スクリーンを一番見渡せる場所である。
「それで、どんな話だったかな?」
「簡単に言うとね、自分を認められない男性と自分を認めてほしい女性が恋に落ちるお話なの」
「恋愛モノか」
「うん。だけど、こてこてのってわけじゃないみたいだよ」
「そっか。それを聞いて少し安心したよ」
そう言って圭太はホッと息をついた。
「お兄ちゃん、恋愛モノはダメなの?」
「そんなことないけど、最近はちょっと思うところがあって、できれば敬遠したいかなって」
「あはは、それは自分のことを重ねちゃうからでしょ?」
「まあ、平たく言えばそうなんだけど」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんに重なるような話じゃないと思うから」
琴絵はそう言って圭太を励ます。
程なくして予告編がはじまった。
『TEAR』は、本編一二五分という長編映画だった。
アカデミー賞にこそノミネートされなかったが、アメリカでもかなり高い評価を受けた作品だった。事実、興行成績を見ればアメリカでも日本でも好記録を収めていた。
内容としては、男性女性それぞれのモノローグが多く、登場人物もそれほど多くないものとなっていた。
モノローグを多用することによって、それぞれの心情を深いところまで描き出したことで、共感する人も多く見受けられた。
よくある恋愛モノとは少し違う内容ではあったが、観客にはやはりカップルが多かった。
カップル、と呼んでいいかはわからないが、圭太と琴絵もその内容に非常に満足していた。
「ん〜、ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんもやっぱり、誰かに自分のことを認めてほしいって思ってるの?」
琴絵は、少し興奮した様子で圭太に訊ねた。
「まあ、少しはそういうところはあるよ。映画でも言ってたけど、人は誰かに認めてもらえてるって思えることで、はじめて自分を見出せる部分があるから」
圭太は、映画の内容に触れつつ、自分の意見を述べた。
とはいえ、圭太としてはそれはあまり重要ではないらしい。
「ただね、僕の場合は認めてほしいというよりは、認めてあげたいって気持ちの方が強いよ」
「認めてあげたい? 相手のことを?」
「そうだね。仮に誰も認めてなくても、僕だけは認めてあげたい。そんな風に思うんだ」
そう言って圭太は笑った。
圭太のような考え方をできる人は、そうそういない。人間は欲深い生き物である。
まずは自分ありき。自分を認めてもらうのが先。そう思っている人の方が多い。
自分を認めてくれたから、その代わりに相手も認めよう。そう思ってる。
「お兄ちゃんらしいね、そういう考え方」
「そうか?」
「うん、そう思うよ」
琴絵は、まるで自分のことのように微笑んだ。
「そう言う琴絵はどうなんだ?」
「私? 私は決まってるよ。私はね、ほかの誰でもなくお兄ちゃんにさえ認めてもらえばいいの。誰も認めてくれなくてもいい。ただ、お兄ちゃんだけでいいの」
「そっか」
圭太は目を細め、琴絵の頭を撫でた。
「じゃあ、少し遅くなったけどお昼でも食べに行くか」
「うんっ」
シネコンを出たふたりは、商店街へと向かった。
すでに昼時を少し過ぎているため、どの店も空いていた。
とはいえ、そこは夏休み。普段よりはその時間でも客が入っていた。
「なにか食べたいものとかあるか?」
「えっとね、私、ピザが食べたい」
「ピザか。とすると……」
圭太は商店街の地図を頭に思い浮かべ、ピザ屋、もしくはイタリアンレストランの場所を探した。
「そういえば、前に柚紀に聞いた店があったっけ。そこに行ってみよう」
その店は商店街の真ん中あたりにあった。ビルの二階にあり、知らなければ通り過ぎてしまうようなところだった。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「ふたりです」
「おタバコはお吸いになりますか?」
「いえ」
「かしこまりました。では、ご案内します」
ウェイターに案内され、ふたりは少し奥目の席に着いた。
「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
メニューを置いて、ウェイターはいったん下がった。
「なんでも好きなものを頼んでいいから」
「ホントにいいの?」
「ああ。たまには妹孝行しないと、へそ曲げられそうだし」
「むぅ、そんなことないもん。でも、お兄ちゃんがそう思ってくれてるっていうのは、嬉しいけどね」
琴絵は嬉しそうにメニューを眺めている。
「さてと」
ふたりが頼んだのは、圭太がアンチョビのピザ、琴絵が香草とサラミのピザだった。
「ふふっ」
「ん、どうした?」
「お兄ちゃんとデートしてるんだなって思ったら、嬉しくて」
言う通り、琴絵は本当に嬉しそうである。
「私はね、お兄ちゃん」
「ん?」
「こうやってデートできなくても、ホントはいいの」
「それは、なんでだ?」
「ほら、私たちって兄妹でしょ? だから、本来ならデートとかってしないと思うし。そうだとするとね、私はお兄ちゃんと一緒にいられるだけでいいの。お兄ちゃんと一緒にいて、お兄ちゃんを側で感じられて。それだけでいいの」
柔らかな笑みを浮かべる琴絵。
それだけでその言葉が本当のことだとわかる。
「で・も、やっぱりこうやってデートできるのは嬉しいよ。それに、お兄ちゃんが私のことを妹としてじゃなく、ひとりの女の子として見てくれてるから、なおさらね」
そう言う琴絵の表情は、確かに妹のそれよりもずっと大人っぽく、色っぽく、魅力的だった。
だからこそ圭太は琴絵をちゃんとひとりの女の子として扱っているのだろう。
「お待たせしました」
そこへ注文したピザが運ばれてきた。
「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか? ごゆっくりどうぞ」
ふたりの前に、熱々のピザが置かれている。
「ん〜、美味しそう、いただきま〜す」
琴絵は、一切れ切り離し、それを食べた。
「ん〜、美味しい」
一口食べた途端、琴絵の顔がパーッと輝いた。
「すっごく美味しいよ。お兄ちゃんも食べてみてよ」
「わかったよ」
琴絵に促され、圭太も一口食べた。
「うん、これは本当に美味しいな」
「でしょ?」
琴絵は自分のことのように喜び、微笑んだ。
遅い昼食をとったふたりは、なにをするでもなく商店街を歩いていた。
お盆の過ぎた商店街は、特になにがあるわけでもなかった。
服飾店の店先には秋物が並び、ワゴンセールでは夏物が破格値で売られていた。
一年通して元気な八百屋や魚屋の店先には、秋の味覚が早くも並んでいた。
「お兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「お兄ちゃんたちは、明日から合宿なんだよね?」
「ん、ああ。土曜日まで合宿だけど。それが?」
「お兄ちゃんとは、二日も顔を合わせないことになるよね」
「そうだな」
「とすると、やっぱり……」
琴絵はそれだけ確認すると、小さく頷いた。
一方圭太は、琴絵がなにを言いたいのかさっぱりの様子である。
「ねえねえ、お兄ちゃん。私、行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
「ん、それは構わないけど。どこに行きたいんだ?」
「内緒だよ」
琴絵が圭太を連れてきたのは、神社だった。
正月にも初詣にやってきた神社だが、この時期では参拝客もほとんどいない。
手水屋で手を洗い、本殿でお参りする。
「…………」
「…………」
ふたりとも、特に琴絵は熱心になにかをお願いしていた。
ふたりはすぐに神社をあとにせず、しばし涼やかな境内にとどまることにした。
「なにを熱心にお願いしてたんだ?」
「知りたい?」
「ん、まあ」
「じゃあ、教えてあげる」
本当は話したくてしょうがないという顔をしていたのだが。
「えっとね、お兄ちゃんとずっと一緒にいられますように。お兄ちゃんがもっともっと私のことを好きになってくれますように。お兄ちゃんと釣り合うような女性になれますように」
「全部、僕絡み?」
「うん。ただね、私とのことだけじゃないんだよ。それ以外だとね、お兄ちゃんと柚紀さんが、いつまでも幸せでありますようにとか、お兄ちゃんのことを大好きな人たちがみんなみんな、幸せでありますようにとか。そういうのもお願いしたよ」
「琴絵……」
圭太は琴絵の想いに触れ、少し目元をにじませた。
「私はね、柚紀さんもともみ先輩も祥子先輩も朱美ちゃんも紗絵先輩も鈴奈さんも詩織先輩も、みんな大好きだから。だから、みんな、幸せでいてほしいんだ」
「大丈夫だよ。琴絵がそう思ってくれてる間は、みんな、幸せでいられるよ」
「うん」
妹である琴絵がそこまで思っている。兄としては、それに答えねばならない。
圭太はそう思い、改めて自分を好きでいてくれる女性たちのことを思った。
陽が暮れる前にふたりは家路に就いていた。
そろそろ夕方という時間でも相変わらずの暑さで、その時間帯になり鳴き出した蝉がその暑さを助長していた。
「よくよく考えてみると、私とお兄ちゃんの関係って、すごい関係だよね」
琴絵は唐突にそう言った。
「すごいって、どういう意味だ?」
「だってさ、私たちって正真正銘、血の繋がった兄妹なんだよ? それなのに、お互いを男性、女性として見ていて、しかもエッチまでしてて」
「……それは、全部琴絵からしたことだと思うけど」
「そ、そうだとしても、やっぱりすごいことだと思うよ」
「まあ、確かにその通りだとは思うけど」
「でもね、お兄ちゃん。倫理とか世間体とかでそういう関係がよくないのはわかるんだけど、どうして好きな人と一緒にいたいって思っちゃいけないのかな? たとえ兄妹だって本気で好きなことだってあると思うのに」
琴絵の疑問は、至極まともなものだった。
今でこそ兄妹間のそういうことは認められていないが、過去にはそういうことは関係なかった。血を守るため、あえてそうしていたこともあったくらいだ。
それに、誰かを好きになることに兄妹だとか、そういうことは関係ないのも事実だ。
「だからね、私はすっごく幸せなの。世界で一番大好きなお兄ちゃんと、たとえ認められない関係であっても、心まで通わせていられるんだから」
そう言って琴絵は、つないでいた手に少しだけ力を込めた。
「お兄ちゃんは、私の夢ってなにかわかる?」
「琴絵の夢? ん〜、そうだなぁ……」
圭太は首を傾げ、考え込む。
「ちょっとわからないな」
「私の夢は、昔も今もずっと変わらないの。お兄ちゃんのお嫁さん」
「…………」
「もちろん、結婚できないことはわかってるよ? それでもね、私の夢はそれなの。ずっとずっとお兄ちゃんと一緒にいたいから。その上でお兄ちゃんと結婚できて、お兄ちゃんとの子供ができれば、もっともっと幸せだけどね」
笑顔でそう言う琴絵。
それに対して圭太は、どんな顔をすればいいかわからなかった。
それでも琴絵の笑顔を曇らせたくないという想いから、あえてなにも言わなかった。
「お兄ちゃんにとって私は、ずっと妹でいいの。その方が一緒にいられるし。でもね、想いまでは変えたくないの。私の想いは、妹としての想いとひとりの女の子としての想いとふたつあるからね。どっちも私の想いだし、どっちも大事だし。お兄ちゃんにはそのことを知っておいてほしくて、こんなこと言ったんだ」
「そっか」
それを聞いた圭太は、穏やかな笑みを浮かべた。
「これからどうなるかは私にもわからないけど、どうなっても後悔だけはしたくない。大好きなお兄ちゃんとのことだから、余計にね。だから、お兄ちゃんにも後悔しないような選択をしてほしいの。ね?」
「わかってるよ」
「うん、それならいいの」
それからふたりは、ほとんど言葉を交わさず家まで歩いた。
言葉は交わさなくとも、お互いの想いは十二分に伝わっていた。
それは、ふたりの顔を見ていればわかったことだった。
その日の夜。
「お兄ちゃん♪」
そろそろ寝ようかという頃、琴絵が部屋にやって来た。
「ん、どうした?」
「今日は、お兄ちゃんと一緒に寝たいなって、そう思ったの」
琴絵は、ニコッと笑いそう言った。
「ね、いいでしょ?」
「言い出したら聞かないのが琴絵だからな。いいよ」
「あはっ、ありがと、お兄ちゃん」
少しして、部屋の電気も落とし、ふたりはベッドに入っていた。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「私ね、今でもドキドキするの」
「なにがだ?」
「こうしてお兄ちゃんと一緒に寝る時。隣にお兄ちゃんがいるんだって思うと、胸がドキドキして、顔が熱くなって。それでもね、恥ずかしいって感じじゃないの。嬉しくて嬉しくて、それが上手く自分の中で処理できなくて。オーバーヒートしてるって感じかな」
そう言って琴絵は、圭太の手を自分の胸に当てた。
「ほら、すごくドキドキしてるでしょ?」
「ああ」
「だからね、もっともっとドキドキして、今のドキドキを掻き消したいの」
琴絵の声に、艶っぽさが加わった。
体を起こし、自分からキスをする。
「ん……」
最初は唇をあわせるだけのつたないキス。一度離し、今度は舌も絡めるほどのディープキス。
「ん、はあ……む……んん……」
息を継ぐのももどかしそうにキスを交わす。
「ん、お兄ちゃん……」
唇を離すと、ツーッと唾液が垂れた。
「今日は、私がしてあげるね」
艶っぽく微笑み、琴絵は圭太のパジャマを脱がせにかかった。
ボタン掛けの上を脱がせる。
「お兄ちゃんの胸って、すごく広いよね」
「そうか……?」
「うん、広いよ」
そう言ってその胸に頬をすり寄せた。
圭太は、その琴絵の髪を優しく撫でる。丁寧に手入れされた髪は、とてもさわり心地がよかった。
「琴絵の髪は綺麗だから好きだな」
「ホント?」
「ああ、ホントだよ」
「そっか、よかった」
「でも、どうして髪を伸ばしてたんだっけ?」
「特別な理由はないよ。長い方が可愛く見えるかなって、そう思っただけ」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「でも、お兄ちゃんて、基本的には髪は長い方が好きなんだよね?」
「ん〜、そんなことないけど」
「だけど、みんな髪長いでしょ?」
「まあ、そうかもしれないけど」
「つまり、お兄ちゃんは無意識のうちに髪の長い人を選んでるんだよ」
そう言われてしまってはなにも言い返せない。琴絵の言っていることは事実なのだから。
もちろん、全員がロングというわけではない。ともみ、紗絵、朱美の三人はセミロングである。
「だから、今は髪を伸ばしてよかったって思ってる」
「そっか」
琴絵がいいと思ってるなら、圭太にはなにも言うことはなかった。
「お兄ちゃんのために可愛くなって、お兄ちゃんのために綺麗になって。私のすべてはお兄ちゃんだけのものなんだからね」
そう言って圭太の胸に舌をはわせた。
「ん……」
軽い刺激に圭太は軽く声をあげた。
「ふふっ、やっぱり男の人でも感じるんだね」
そのまま体を下半身にずらす。
ズボンとトランクスを一緒に脱がす。
すると、半勃ちのモノが飛び出した。
「お兄ちゃんの……」
圭太のモノをいとおしそうに見つめ、軽く舌をはわせた。
「うっ……」
鋭い刺激に、一瞬腰を引きそうになる。
ちろちろと先端を舐める。
完全に膨張しきったのを確認し、今度は裏筋に沿って舐める。
琴絵のその姿は、もはや妹のそれではなかった。ひとりの女性、しかも愛する男性のためならなんでもする、そんな女性のそれだった。
ぴちゃぴちゃと湿った音が部屋に響く。
十分に舐めたところで、今度はそれを口に含む。
琴絵の小さな口が圭太のモノでいっぱいになる。
「ん……はあ、む……」
頭を上下させ、さらに舌を使いながら圭太を悦楽の彼方へと導く。
「ん……ん、気持ちいい?」
「ん、ああ、すごく気持ちいいよ」
「うん。もっともっと気持ちよくしてあげるね」
薄く微笑み、琴絵は再開した。
次第に舐めている琴絵の方も興奮してくる。
息が荒くなり、空いている手が自分の胸をもてあそんでいる。
「はあ、ん……んむ……あむ……」
「んっ、琴絵、そろそろ……」
「いいよ、みんな私が受け止めるから」
琴絵は、ラストスパートと言わんばかりに敏感な部分を攻め立てた。
「うっ、琴絵っ!」
「っ!」
同時に、圭太は琴絵の口内に大量の白濁液を放った。
琴絵はそれを少しずつ飲み下していく。
「ん、はあ、いっぱい出たね、お兄ちゃん」
「ああ……」
射精したばかりで少し放心状態の圭太。
「今度は、私を気持ちよくしてね、お兄ちゃん」
琴絵はそう言って持っていたコンドームを圭太のモノに装着した。
それからのそのそとパジャマと下着を脱ぐ。
「んっ、あっ……」
軽く自分の指で秘所をいじる。
琴絵の秘所はすでに十分濡れていた。やはり、圭太のモノを舐めていて感じていたようである。
「いい、お兄ちゃん?」
「ああ」
圭太の上にまたがり、自分から腰を落とす。
「んっ、あああ……」
圭太のモノが一気に深いところを突く。
「お兄ちゃんので、私の中いっぱいだよぉ」
少しの間その余韻に浸る。
「琴絵」
「んっ、なぁに、お兄ちゃん?」
「ちょっと体を前に倒してごらん」
「えっ、あ、うん」
圭太に言われるまま、モノをそのままに体を前に倒す。
すると、圭太は琴絵の臀部をつかみ、一気に下から突いた。
「やっ、ああっ、んっ、い、いきなりそんなのぉっ」
突然のことに、琴絵の思考回路はなかなかついていけなかった。
それでも圭太が下から突き上げているのだとわかると、今度はそれにあわせようとする。
「す、すごいっ、すごいよっ、お兄ちゃんっ!」
肌と肌がぶつかる音まで聞こえるくらい、激しい動きだった。
「だ、ダメっ、壊れちゃうっ」
あまりの激しさに、琴絵は失神寸前である。
「んんっ、お兄ちゃんっ、私っ、私イっちゃうぅっ!」
無意識のうちに逃げようとするが、圭太がそれを許さなかった。
「お兄ちゃんっ、お兄ちゃんっ、んんっ、んくっ」
琴絵は、さらに無意識のうちに自分の中をキュッと締め付けていた。
それが圭太に快感をもたらす。
「やんっ、もうっ、ダメぇっ!」
「琴絵っ」
「んんっ、あああああっ!」
達した瞬間、琴絵は体を大きくのけぞらした。
同時に圭太も達していた。
「んっ、はあ、はあ……」
息も絶え絶えに、琴絵は圭太の方へと倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……」
そんな琴絵を圭太は優しく抱きしめた。
「今日のお兄ちゃん、すっごく激しかったね……」
琴絵は、まだ少し陶酔した感じが残っていた。
「私、もっともっとお兄ちゃんのこと好きになっちゃった。もちろん、お兄ちゃんとのエッチもね」
圭太はなにも言わず、琴絵の肩を抱いていた。
「そんなお兄ちゃんと二日も顔を合わせられないなんて、悲しくて泣いちゃいそう」
「こらこら、顔を合わせられないから、こうしてるんじゃないのか?」
「あれ? やっぱりわかってる? ふふっ、そうだよね」
「まったく……」
「でもね、お兄ちゃん。いつもいる人がいないと、すごく淋しいんだよ。それが大事な人ならなおさらね。それだけは覚えておいてね」
「わかってるよ」
そう言って頭を撫でる。
「私も、来年になればお兄ちゃんたちと一緒に合宿、行けるかな?」
「一高に入れば、行けるだろ?」
「うん、そうだね。がんばって一高に合格しないとね」
琴絵は笑顔でそう言った。
「さてと、明日は朝早いし、僕はそろそろ寝るよ」
「うん。あっ、じゃあ、私が起こしてあげようか?」
「先に起きられればね」
「大丈夫。お兄ちゃんとのことだもん。大地震が来たって、竜巻が来たって起きられるよ」
「じゃあ、起きるのは琴絵に任そうか」
「うんっ」
そして、ふたりは幸せそうに眠りについた。
二
八月十八日。
お盆休み明けのこの日から、一高吹奏楽部は合宿に入る。
期間は例年通りの四日間。場所は去年と同じ那須だった。
朝七時に学校に集合。皆一様に眠そうだった。
楽器と荷物を積み込み、大型バス二台は那須へと出発した。
バスの中では、やはり寝ている部員が多かった。やはり午後からの練習のことを考えれば、今は少しでも英気を養っておきたいというところだろう。
バスの中、座席は基本的にはパートごとに分かれていた。その中で圭太は、紗絵と一緒の席だった。
「先輩。去年の合宿はどんな感じだったんですか?」
「合宿中は合奏は最終日だけで、それ以外は個人練、パー練、セク練を中心にやったよ。そこで細かな部分を直して、改めて最終日の合奏であわせる。そんな感じだね」
圭太は去年のことを思い出しながら紗絵に説明する。
「じゃあ、今年もそんな感じなんですかね?」
「今年はどうかな。なんたって夏休みが明けたらすぐに関東大会だからね。あまり悠長にやってる暇はないよ」
「そうすると、逆に合奏、合奏、合奏で押すかもしれませんね」
「可能性は大いにあるね。ただ、どちらにしろ僕たちがしっかりやればいいだけの話だから」
「そうですね。私もがんばらないと」
合宿所に到着した部員たちは、早速部屋割りに従って部屋に移動した。
今年は男子が去年よりひとり多いため、五人部屋ができた。基本的には四人でひと部屋なのだが、致し方がない。
圭太は去年と同様にトランペットの先輩後輩と同じ部屋だった。
「ホント、ここの部屋は場所がどこでも代わり映えしないな」
広志は窓から外を眺め、そう言った。
「ま、それはしょうがないだろ。所詮は合宿所レベルの建物なんだからさ」
「もう少し住環境がよければ、練習にだって身が入るって」
「それはあえて否定しないけど」
徹は苦笑で答えた。
「そうそう、満」
「はい、なんですか?」
「ここにいる間は、あんまり遠慮するなよ。言いたいことがあったらちゃんと言わないと、絶対損するから」
「損、ですか。わかりました」
「なにかあったら、遠慮なく俺に言え。ちゃんと便宜を図ってやるから」
広志はそう言って胸を叩いた。
「……泥船だな、こいつに任せると」
と、徹がボソッと呟いた。
「んだと、この野郎」
「まあまあ、先輩。やめましょうよ。ここで争うと、午後からの練習に響きますよ?」
そんなふたりを、圭太が止めた。このあたりは慣れたものである。
「そうだな。こいつと争っても意味ないし」
「そうそう」
なんだかんだ言いながら、このふたりは仲がいいのである。
「そうだ。圭太。ちょっと」
徹はなにかを思い出したらしく、圭太を部屋の外へと連れ出した。
「なんですか?」
「おまえ、去年、俺が葵といるのを見てるよな?」
「えっと、そういえばそんなこともありましたね」
「今年はどうするつもりなんだ?」
「僕としてはどうもするつもりはないんですけど」
「向こう次第だってか?」
「はい」
「……なんだ、俺と同じか」
そう言って徹はため息をついた。
「ま、葵も去年のことがあるから無茶はしないだろうけど。もしなにかあったら、見逃してくれな」
「はい、わかりました」
「おまえになにかあったら、俺も見逃すからさ」
「ならないように気をつけます」
ふたりは顔を見合わせ、笑った。
本来なら午後から練習をはじめるのだが、今年の合宿はその前にやることがあった。
部員たちは食堂に集まっていた。
「もう聞いてる人もいると思うけど、今年は次期首脳部人事をこの合宿中にすることなったから」
祥子はそう言って借りてきたホワイトボードに、『部長』『副部長』と書いていく。
「早くやる理由は、私たち三年はもうコンクールだけしかないから、引退直前までその役に就いてる必要がないからよ。それに、早めに移行できればそれだけ三年引退後もスムーズにこの吹奏楽部を率いていけるはずだからね」
以前圭太に説明したことと同じことを説明する。
「それじゃあ、まずは部長から。例年通りなら、二年副部長がそのまま部長になるんだけど、今年もそれでいい?」
祥子は一応確認をとる。
しかし、案の定誰からも異論は出ない。
「じゃあ、次期部長は、高城圭太でいいね?」
「異議なし」
「大賛成」
賛成の声を受けて、祥子は圭太の名前を『部長』のところに書く。
「次は副部長。これは二年と一年からひとりずつね。ちなみに、立候補以外は認めないから。まずは二年」
「はい」
と、早速手が挙がった。綾である。
「ほかに立候補はいる?」
確認するが、手は挙がらない。
「じゃあ、副部長は北条綾でいいね?」
「問題なし」
「完璧っしょ」
ホワイトボードの『副部長』のところに綾の名前を書く。
「最後に一年の副部長。立候補は?」
「はい、私がやります」
当然のごとく、紗絵が手を挙げた。
「ほかは?」
手は挙がらない。
「じゃあ、もうひとりは真辺紗絵でいいね?」
「了解」
「賛成」
最後に紗絵の名前を書き込む。
「うん。それじゃあ、この合宿からこの三人がこの部を動かしていくから。三人は前に出てきて」
言われるまま三人は前へと出た。
「はい、早速就任の挨拶をどうぞ」
「去年のともみ先輩、今年の祥子先輩。ともに三中出身で、僕もそれに続くことになりました。優秀な先輩たちに負けないように、部のために精一杯がんばります」
そう言って圭太は頭を下げた。
「優秀な部長、副部長が揃ってるのであたしの仕事はほとんどないと思いますが、できることをできる範囲内でしっかりやりたいと思います」
そう言って綾は頭を下げた。
「先輩たちの足を引っ張らないよう、精一杯がんばります」
そう言って紗絵も頭を下げた。
「部は三人だけで動かすわけじゃないから、みんなも三人に協力してあげて。そうすれば必ずいい部活になるから。それじゃあ、ここからの司会は早速新部長にバトンタッチ」
祥子はそう言って微笑み、席に戻った。
代わって圭太が前に立った。
「では、これから早速各パートリーダーもパートごとに選出してもらいます。リーダーは基本的に二年がやってください。話し合いで決めるのが一番ですけど、もし決まらないようなら先輩たちに意見を求めてもいいと思います。決まったら、ホワイトボードの自分のパートのところに名前を書き込んでください」
それから少し時間が与えられ、パート内で話し合いが行われた。
リーダーの選出までは話が伝わっていなかったらしく、去年より多少時間を要していた。
それでもだいたいは暗黙の了解という形で決まっていた。
ひとり、またひとりとリーダーが名前を書いていく。
「えっと、これで全部ですね」
ホワイトボードに、全パートのリーダーの名前が書かれた。
フルートはめぐみ、オーボエは美穂、クラリネットは綾、サックスは美由紀、ローウッドは一年の苑田亜希、ホルンは美里、トランペットは圭太、トロンボーンは翔、ユーフォニウムは信子、チューバは健太郎、コントラバスは引き続き冴子、パーカッションは柚紀ということになった。
「これから向こう一年間、吹奏楽部はこのメンバーを中心に活動します。ただ、あくまでも部活は全員での活動です。部員ひとりひとりが自覚を持って、練習に演奏にがんばってください」
圭太はよどみなくこれからの姿勢を話す。
「それじゃあ、先生。これからの予定をお願いします」
「その前に。今、圭太も言ってくれたけど、部活は部長のものでも副部長のものでもリーダーのものでもないわ。あなたたち部員のものよ。そのあたりことをもっとよく考えて、今日からの合宿も練習して。それと、三年生。いくら後輩に道を譲ったとはいえ、まだコンクールがあるんだから、手を抜かないこと。むしろしっかりやらなければ、私のありがた〜い言葉とオマケがついてくるから、覚悟するように」
菜穂子は、三年にも釘をさす。
「じゃあ、今日の予定だけど、まずこれから合奏を行うわ。そこで個人、パート、セクションに課題を出すから、合奏後からそれの修正に当たって。それと、例年なら最終日だけしか合奏をやらないけど、今年はあさってからみっちり合奏もやるから。気を抜かないで練習すること。いいわね?」
『はいっ』
「それじゃあ、各自楽器を持って練習場に移動。三十分後に合奏をはじめるわ」
合奏はまず、課題曲と自由曲を通して行われた。その際、演奏を録音し、あとからでも問題点を指摘できるようにしていた。
合奏自体は県大会本番から一週間以上の時間が開いたこともあり、お世辞にもいい演奏とは言えなかった。
基本的にそういう部分を排除して様々な指摘が行われた。
合奏が終わると早速個人練習が行われた。初日はとにかく個人で練習を行い、次の日のパート練習までにある程度改善するという目的があった。
部員たちは合宿所内外を使って練習に入っていた。
その中、圭太は菜穂子に呼ばれ菜穂子の部屋にいた。
「あと二週間ちょっとでどこまで行けると思う?」
菜穂子は、早速本題に入った。
「そうですね、県大会までの仕上がりが早かったですから、それほど焦る必要はないと思います」
「なるほど、圭太はそう考えているのね」
「先生は違うんですか?」
「私も基本的にはその考え方よ。ただ、県大会の演奏をさらに越える演奏をするために越えなくちゃいけない壁はそんなに低くはないと思うのよ」
「そうですね」
「だからといって、時間がそんなにあるわけじゃないし、できることは限られてるわ。それに今年は地元開催じゃないから、前日から移動しなくちゃいけないし。あまり有利な条件は揃っていないわ」
そう言って菜穂子は渋い顔を見せた。
「そこで、一高吹奏楽部部長として、この合宿、合宿後、どんな練習をしていったらいいと思う?」
「方法はふたつあると思います」
「ふたつね」
「はい。まずひとつは、とにかくガンガン練習をすることですね。合宿中も合宿後も関係なく、一日中練習漬けにすれば、否応なく上達すると思います」
「確かにね」
「ふたつ目は、あえて今までと同じにすることですね。短い時間できっちりとやり、基本的には個々人の自主性に任せるという。ただ、これだと伸び率が低い可能性があります」
「なるほど。スパルタ路線か堅実路線か」
圭太の意見を聞き、菜穂子は腕組みをし唸った。
「先生はどうするつもりだったんですか?」
「迷ってたのよ。時間がないから、いちいちやっていくわけにもいかないし。かといって細かな部分を修正しないで勝ち抜けるほど関東大会は甘くはないし。それで今日合奏をやってみて、その上で改めて考えようと思って」
「そうだったんですか。だから演奏を録音していたんですね」
「とりあえず、今日一日は演奏を聴いて、方針を決めるわ」
「そうですね。それがいいかもしれません」
「もちろん、さっきの圭太の意見も尊重するわよ」
「いえ、先生が最善だと思う方法でやってください。僕のはあくまでも参考程度で」
そう言って圭太は謙遜した。
「圭太のいいところはどんなことを訊いても必ず意見を言ってくれるところだけど、悪いところはその意見を最後まで推さないことよね。どうしてなの?」
「別にこれといった理由があるわけではないです。ただ僕は、自分の意見、考えを相手に押しつけるやり方は性に合わないんですよ。ただそれだけです」
「圭太はカリスマ性もあって意見も言える。なのに基本的には参謀タイプなのよね。困ったことだわ」
菜穂子は冗談めかしてそんなことを言う。
「まあいいわ。とにかく、練習方針については明日までに決めておくから。圭太は……そうね、個人練習の合間にでもほかの部員たちの様子でも見てちょうだい」
「わかりました」
話も終わり部屋を出ようというところで──
「ああ、そうそう。ひとつだけ言い忘れてたわ」
「なんですか?」
「あまりおおっぴらな『不純異性交遊』は避けなさいね。若いからいろいろあるとは思うけど、あくまでも合宿なんだから。いい?」
「わかりました。肝に銘じておきます」
「よろしい」
午後の練習が終わると夕食である。六十人以上が集まっての食事なので、実ににぎにぎしい。
夕食が済むと今度は夜の練習である。これは楽器を使わない練習で、主に音感やリズム感などの音楽的センスを磨く練習と、腹筋や背筋など楽器を吹くのに必要な体力作りのふたつに分かれていた。
練習は九時までみっちり行われ、終わった頃には皆へとへとである。
あとは風呂に入って寝るだけである。
去年と同じく、男子は全員が示し合わせて一緒に入った。女子の方はだいたい三つの班に分かれて入った。
風呂から上がれば、あとは就寝時間まで自由時間である。
圭太は涼もうとラウンジへやってきた。が、そこで祥子と遭遇。
「圭くん」
「祥子先輩も、もう入ったんですか?」
「うん。今日は三年が一番最初だったから」
「なるほど」
「で、圭くん。今、時間あるよね?」
「ええ、ここで少し涼もうと思っていたくらいですからね」
そう言って圭太は微笑んだ。
「じゃあ、ちょっと私につきあってくれるかな?」
「いいですよ」
圭太は一も二もなく同意した。
祥子が圭太を連れて行ったのは、合宿所内の空き部屋だった。吹奏楽部が使っている部屋からは離れた場所にあり、とてもほかの部員が来るとは思えない場所だった。
「……どうしてここの鍵を持ってるんですか?」
「ふふっ、それは秘密だよ」
祥子はマスターキーらしき鍵を持っていた。どこで入手したかは、謎である。
「さっ、入って」
圭太を中に入れ、一応あたりを確認してドアを閉めた。
「圭くんとこうしてふたりきりのなるの、久しぶりだね」
「そういえばそうですね。ここのところはずっといろいろありましたからね」
「うん、だからね、私も我慢できなくなったの」
そう言って祥子はキスをした。
「お願い、抱いて……」
もう一度キスをした。
圭太は祥子を抱きしめ、今度は自分からキスをした。
「ん……」
祥子はそれだけで夢見心地の表情になる。
「ん、は……」
何度もキスを繰り返し、お互いの唇をむさぼりあう。
それから圭太は祥子を畳の上に横たわらせた。さすがに布団を使うわけにはいかないからである。
「脱がせますよ?」
「うん……」
ティシャツとハーフパンツを脱がせると、下着姿になる。
白のブラジャーをたくし上げ、直接胸に触れる。
「あ、あんっ、すごく感じちゃう」
やはり久しぶりのせいか、祥子の感度はいつも以上だった。
円を描くように胸を揉む。柔らかなマシュマロのような胸が、圭太の手にあわせて形を変えていく。
「んっ、んあっ」
突起を指でいじると、さらに敏感に反応する。
「け、圭くん、胸だけじゃイヤなの……」
瞳を潤ませて、祥子は懇願する。
その姿は、圭太の前以外では絶対に見せないものだ。
世の中の男なら、よほどのことがない限り、その表情を見ただけでコロッといくだろう。
圭太は祥子の願いを聞き入れ、下腹部に手を伸ばした。
ショーツの上から秘所に触れる。すると、指先にしっとりとした湿り気を感じた。
「もうこんなに濡れてますよ」
「ん、だって、久しぶりだから……」
祥子は消え入りそうな声でそう言う。
今度は直接秘所に触れる。
そこはもう前戯の必要がないほどしとどに濡れていた。
ショーツを脱がせ、圭太は秘所を目の前にした。
「圭くん……?」
と、圭太は舌で秘所を舐めた。
「あふっ、んんっ、ダメっ、そんなのっ」
ぴちゃぴちゃと淫靡な音を立て、圭太は舐めた。
蜜はあとからあとから止めどなくあふれ、圭太の口を濡らしていった。
「ダメっ、圭くんっ、そんなにされたら、私っ」
圭太は執拗なまで祥子の秘所を舐め上げた。
「んんっ、ああああっ!」
そして、とどめとばかりに一番敏感な突起を舌先でつつくと、祥子は達してしまった。
「はあ、はあ、圭くん、ひどいよぉ……」
祥子は、涙目で抗議する。
「すみません。でも、久しぶりなので逆にちゃんとした方がいいと思ったんです」
「……ホントに?」
「はい」
「……じゃあ、許してあげる。でもね、これからは私の言うことも聞いてね」
「わかりました」
圭太は口元をぬぐい、キスをした。
圭太も服を脱ぐと、祥子の上に覆い被さった。
「いきますよ?」
「うん、来て……」
モノを秘所にあてがい、そのまま腰を落とす。
「んんっ、あああっ」
久しぶりなのと達したばかりだということで、祥子はかなり敏感に反応した。
「くっ、締め付けが……」
それは圭太も感じていた。祥子の中は圭太のモノを逃すまいとうねうねと動き、締め付けていた。
「圭くんので、私の中がいっぱいになってる……」
「はい」
「こうしてるだけで、すごく幸せな気持ちになれるの」
祥子は圭太の頬に手を添えた。
「愛してるよ、圭くん」
「僕も、愛してます、祥子」
もう一度キスを交わす。
それからゆっくりと動き出す。
「んっ、あっ」
少し動かすだけで祥子は敏感な反応を示す。
「圭くん、気持ちいいのっ」
「もっともっと気持ちよくなってください」
それを合図に、圭太は速く激しく動いた。
「やっ、ああっ、ダメっ、んんっ」
空き部屋に、肌と肌がぶつかる音、湿った淫靡な音、そしてふたりの荒い吐息が響いた。
「圭くんっ、私っ、おかしくなっちゃうっ」
半開きの口からは、ヨダレが垂れている。
「圭くんっ、圭くんっ、圭くんっ」
「祥子っ」
そして、圭太はラストスパートをかける。
「んんくっ、ああっ、ダメっ、イっちゃうぅっ!」
祥子は足でがっちりと圭太の体を離さない。
「ああっ、んんんんんっ!」
「くっ!」
ふたりはほぼ同時に達した。
「はあ、はあ、圭くん……」
「はぁ、はぁ、祥子……」
抱き合い、ふたりはキスを交わした。
「今頃、柚紀たち、圭くんのこと探してるだろうね」
圭太に肩を抱かれながら、祥子は微笑んだ。
「そうですね。明日、いろいろ言われますよ」
「そしたら、本当のこと言うの?」
「言わなくとも、わかりますよ。どこを探してもいないのは僕と祥子だけなんですから」
「そういえばそうだね」
笑う祥子。
「やっぱり、私には圭くんが必要だよ。こうして圭くんに抱かれてるだけで、気持ちも落ち着くし。それに、なんでもできるような気がするから。圭くんが見ていてくれる、圭くんだけはなにがあっても私のことを信じていてくれる。そう思うとね、本当になんでもできる気がするの」
お嬢様の祥子にとって、人の期待に応えるというのは、それこそ日常茶飯事のことだった。しかし、慣れていたとしてもそれができるかどうかは、また別問題である。
心細いことだってあるし、できそうにないことだってある。
そんな時、圭太のような存在が大きくなる。
依存する関係は基本的にはあまりいいことではないが、祥子の場合はその関係が必要だった。
それに、祥子の場合は今までずっとひとりで期待に応えてきたのだから、少しくらい誰かに依存したところで、問題になるようなことはない。
「このままずっと一緒にいられたらいいのにね」
「そんなことしたら、僕、殺されますよ」
「ふふっ、そうだね。じゃあ、そろそろ部屋に戻ろうか」
「はい」
先に圭太が立ち上がり、祥子に手を差し出す。
そういう所作が何気なくできるのが、圭太のいいところでもある。
「行こ、圭くん」
「はい」
嬉しそうな祥子の顔を見て、圭太もまた嬉しそうだった。
合宿中の起床は、午前七時となっていた。これは例年通りで、二、三年にはもはや文句も出ない。
起床時間から八時の朝食までの間、部員にはランニングが義務づけられていた。別に長い時間走る必要はないが、それでも体力作りと眠気解消の意味も込められていた。
圭太は起床時間より早く起き出し、ランニングに出ていた。
早朝の那須はやはり真夏とは思えないほど涼しかった。
去年は二日目の朝はひとりで走っていた圭太であったが、今年はそうならなかった。なぜなら、入り口のところで柚紀が待っていたからだった。
「おはよ、圭太」
「お、おはよう、柚紀」
ぺたっと張り付いた柚紀の笑顔が、微妙に怖かった。
「とりあえず、走ろ」
「う、うん」
柚紀に促され、圭太も走り出した。
本来なら朝の清々しい空気の中を、やはり清々しい気持ちで走れるのだろうが、圭太はそれどころではなかった。
朝靄の中、ふたりは林の中を走る。
少し走ったところで、柚紀は立ち止まった。
「ところで圭太」
「な、なに?」
「私になにか言うこと、あるんじゃないの?」
「え、えっと、それは……」
笑顔の柚紀は、怖かった。
「昨夜は、祥子先輩と一緒だったんでしょ?」
「……うん」
「どこにいたの?」
「えっと、空き部屋に……」
「空き部屋? 鍵は? 確か、どこの部屋も鍵がかかってるはずでしょ?」
「それは、先輩がなぜか鍵を持ってて」
「ふ〜ん、なるほどねぇ……」
それを聞き、柚紀は小さく唸った。
「それで、祥子先輩は喜んでた?」
「ま、まあね……」
「ふ〜ん……」
柚紀の視線が痛い。
「じゃあ、圭太。今、ここで、私を、抱いて」
「えっ……?」
「できないの?」
「そ、それは……」
多少奥まったところとはいえ、いつほかの部員が来るかわからない。
そういうところで果たしてそういうことができるかどうか。
「ね、圭太?」
柚紀は、じりじりと圭太に迫る。
「…………」
圭太は、黙って柚紀を抱きしめた。
「んもう、ホントに圭太は……」
と、柚紀は圭太にキスをした。
「冗談に決まってるでしょ? ここだといつ誰が来るかわからないから。いくら私だってそこまでのことはしないよ」
そう言って柚紀は微笑んだ。
「だけど、圭太。この合宿中に必ず一度は抱いてもらうからね」
「えっと、必ず?」
「そう、必ず」
「……わかりました」
結局圭太は頷くしかない。
「はあ、ホントに圭太は先輩に甘いよね」
「返す言葉もない」
「別にそれがダメだって言ってるわけじゃないの。ただ、最近は先輩がそれを利用してる気がしてね。先輩だってやっぱり女性だし、自分の好きな人と一緒にいたいと思ってるだろうし。そうすると、『彼女』としては一応言っておかなくちゃいけないと思って。わかった?」
「わかったよ」
「ホント、しっかりしてよね」
そう言ってポンと背中を叩いた。
「さてと、ささっと走って、戻ろ」
二日目の練習は、個人練習のあと、パート練習を行うという予定が組まれていた。
前日の個人練習でどこまで指摘された部分を改善できたか、それを菜穂子も交えてパート練習で確認していく。
各パートでは新しいリーダーを中心に練習を行う。まだまだ不慣れな部分は多いが、そのあたりは三年がカバーすることとなった。
トランペットは、合宿所の外でパート練習を行っていた。
日陰に陣取り、音が森の方へ抜けるように座っている。
その中心にいるのはもちろん圭太である。
いつもなら圭太が悪い部分を指摘しながら進めていくのだが、今回は様子が違った。
「まあ、俺はこんな感じかな?」
そう言って徹は自分のパートでできない、できていないと思うところを吹いた。
今回圭太が選んだ方法は、各自の自覚を促す方法だった。言ったことをやらせるのではなく、現状で自分自身がどこまで欠点を理解しているか、それを改善するにはどうしたらいいか、その二点をより深く自覚させるのが目的であった。
そのため圭太は極力なにも言わなかった。
「それじゃあ、次は広志先輩」
ひとりずつ順番にそれを行う。
メンバーは圭太以外この方法に戸惑いを覚えていた。普段から指摘されたところを改善していく方法に慣れているせいもある。ただ、なによりもそう思わせていたのは、二週間しかない関東大会までこんな練習でいいのか、という点である。
それでも明確に反対できないせいもあって、とりあえずはそれに従っていた。
順番が夏子にまわってきたところで菜穂子がやって来た。
「どう、調子は?」
「今、とりあえず自分のできない、できていないところを吹いてもらっています。その上で合奏までに自分ができることはなにかというのも訊いてます」
「なるほど。そういう方法を選んだのね」
圭太の説明を聞き、菜穂子は大きく頷いた。
「先生。圭太の方法のメリットってなんなんですか?」
圭太には訊きたくても訊けなかったことを、菜穂子に訊く徹。
「メリット? そうね、場合によってはメリットはないかもしれないわね」
「えっ、そうなんですか?」
「ただ、メリットがないとすると、それはあなたたち自身に問題があるのよ。この方法はね、個々人に自覚を促す練習方法よ。人から指摘された部分だけじゃなく、合奏中におかしいと思った部分を個人的に直すとか。そういうのは普段から気をつけてないとできないことだし。だから高校レベルではなかなかやらないけどね」
プロの世界では練習時間は限りなく少ない。その中で最高の演奏にしようと思えば、やはり個々人の意識が大切になる。
圭太はそういう練習をこのパート練習に取り入れたのである。
「いい? 圭太はあなたたちのことを信用してこの方法を選んだのよ。合奏までできるかどうかは、すべてあなたたちの努力次第。まかり間違っても圭太のせいになんてしないのよ」
『はいっ』
「じゃあ、ちょっとあわせてみましょう」
それから少しの間、菜穂子の指導で練習が行われた。
昼の休憩時間。
学食より少し豪華な程度の昼食をとりつつ、午後の練習について話があった。
「午後は、無作為に選んだメンバーによる抜き打ち合奏を行うわ」
「無作為?」
「抜き打ち合奏?」
聞き慣れない言葉に、部員たちから声が上がった。
「五十人いるメンバーを半分ずつ選んで、それで合奏を行うの。パートについても考慮しないから、どんな編成での合奏になるかは私にもわからないわ。それぞれの練習時間はいっさいなし。ぶっつけ本番でやってもらうわ。なにか質問ある?」
「最初に合奏に参加しないメンバーはどうしてるんですか?」
「最初の合奏を聴いていてもらうわ。そのメンバープラス参加しない一年全員に、その合奏の感想を言ってもらうから。しっかり聴くのよ」
菜穂子のその話のせいで、くつろげるはずの休憩時間が一転して緊張感に包まれた。
皆、菜穂子の厳しさは知っている。どんな状況下でも最高の演奏をしなければ絶対に認めてはくれない。
そういう点では非常に有効な練習と言えよう。
「ちょいちょい、圭太」
圭太がちょうど食事を終えたところで、綾が声をかけてきた。
「ん、どうかした?」
「午後の練習のことって、聞いてた?」
「ううん、全然。きっと、午前中にパー練を見て回ってる時にでも決めたんだろうね」
圭太は平然と答えた。
「そりゃ、圭太はどんな状況下でも最高の演奏ができるからいいだろうけど、あたしとしてはせめて教えてほしかったかな」
そう言って綾は少し頬をふくらませた。
「綾だってできると思うけど」
「まあ、できないとは言わないわよ。だけどねぇ……」
眉根を寄せる綾に、圭太はため息をついた。
「ああ、そうそう。ひとつだけ言っておくのを忘れたわ」
すでに食べ終えお茶を飲んでいた菜穂子が、なにかを思い出し、言った。
「無様な演奏をしたら、まずは今夜、特別メニューの洗礼が待ってるから。それと、明日からの練習にもそれ相応の負荷がかかると思って」
その一言で、綾の表情がさらに歪んだことは言うまでもあるまい。
午後の練習は、とにかく厳しかった。普段から隣にいる者がいないと、やはり調子が狂うものである。それが合奏ではもろに出ていた。
前半、後半ともに菜穂子の叱責が止むことはなかった。
被害者は、五十人のうち、三十七人という数になった。
あまりのひどさに最後は早めに合奏を切り上げたくらいである。
そして、菜穂子は新旧首脳部を招集した。
ちなみに、首脳部の五人は全員、被害者にはならなかった。
「まさか、ここまでひどいとは正直思わなかったわ」
菜穂子はそう言って目頭を押さえた。
「あなたたちはよかった方だから、あまり意味はないのかもしれないけど。でも、この危機的状況をどう考える?」
最初に意見を述べたのは、祥子だった。
「確かに合奏の内容はよくなかったと思います。でも、それイコールすべてが悪いということにはならないと思います。現に、全員での合奏では県大会以上の演奏ができている部分もありますから」
「まあ、それはそうなんだけど」
「祥子の言う通り、もう少し長い目でも見てもいいと思いますよ。確かに関東大会まで期間がないですから、完成度を上げるにも相当の労力が必要なのはわかります。それと、関東大会で最高の演奏をするという目標もわかります。でも、今この時点でここまでのことが必要なのかは、わかりません」
仁は言葉を選び、菜穂子に異を唱えた。
「あなたたちは?」
まだ発言していない圭太たち三人に話を振る。
「そうですね、あたしは先輩たちとは逆で、ここでしっかりやった方がいいと思います」
「あら、そうなの?」
「もちろん、厳しすぎるのは多少問題もあるとは思いますけど、できないことについては自覚が足りないという自己の問題が大きいわけじゃないですか。だから、今回のことはいい刺激になると思います」
綾は、菜穂子の方法を支持し、今回のことは仕方がないという意見だった。
「私としては、今後どのような練習をするかはわかりませんが、少なくとも今回のことがいい刺激になると思います。ただ、それを引きずらないようにしないといけないのも事実で、そのあたりのケアは必要だと思います」
紗絵は、菜穂子の方法を支持しつつも、一方で修正点というか、これからのことについて意見を付け加えた。
「なるほどね。じゃあ、圭太は?」
「そうですね……」
圭太は、少しもったいつけるように言葉を切った。
「まず、僕個人としてはこの方法は最善に近い方法だと思います。細かな粗を探すには普通の方法ではとうてい無理ですから。そういう点では、いいと思います。実際、合奏でいかに個々人がまわりに頼り切っていたかがわかりましたから。それを改善できれば演奏も格段にレベルアップするでしょうし。ただ──」
「ただ?」
「吹奏楽部部長としては、この方法は採るべきではなかったと思います」
「その根拠は?」
「まず、志気の低下です。時間がありませんから、一度落ちてしまった志気を戻すのも一苦労だと思います。次に、この時期に来ての自信喪失はやはり問題です。もちろんできていない方が悪いわけですけど、やはりアメとムチの使い分けは必要です。ムチばかりではついてくる者とそうでない者が分かれてしまいます」
圭太は、淡々と自分の意見を述べた。
それを聞き、菜穂子はおとがいに指を当て、小さく唸った。
「あなたたちの意見はよくわかったわ。もちろん、賛否両論出るのはわかっていたわ。それでも今年はいっさい妥協したくなかったのよ。例年以上に早い仕上がりを見せていたから、やりたいことももっとできると思ってね。だけど、少し性急過ぎたかしら?」
しかし、その問いかけに答えられる者はいない。
「とはいえ、もう合奏は終わったわけだし、それを取り消すことはできないわ。だから、今後の方針は予定通りでいくわ。ただ、ケアについてはあなたたちに任せるわ。志気の向上と自信の回復。いい?」
「わかりました」
部長である圭太が頷いた。
「ほかも、あなたたちくらいできていれば、なんの問題もないんだけどね」
結局、それが菜穂子の本音であった。
「任せる、と言われてもな」
仁はそう言ってため息をついた。
新旧首脳部は菜穂子がいなくなってからもまだ今後のことについて話していた。
「だけど、やっぱり圭くんはすごいよね」
「なにがですか?」
「だって、私たちはそれぞれ先生の意見に賛成か反対か、どちらかの意見しか言わなかったのに。圭くんはどちらの意見も持ってて、しかもそれの根拠もしっかりしてる。だからすごいって言ったの」
祥子はまるで自分のことのように微笑んだ。
とはいえ、祥子の気持ちもわからないでもない。あの場合は基本的に、祥子たちのような返答が普通である。それはあくまでもどちらがいいか、と訊かれていたのだから当然である。
しかし、圭太はそうしなかった。もちろんそこには、吹奏楽部員という個人としての意見、そして部長としての意見、ふたつがあったのだが。
それを抜きにしても、それを実際できるかどうかは、やはり難しい。
「まあ、すごいかすごくないかはこの際どうでもいいじゃないか。俺たちに与えられたのは、これからのことなんだからさ」
「そうですよねぇ。副部長になっていきなり難題を突きつけられた気がします」
仁の言葉を受け、綾は嘆息混じりにそう言った。
「で、新部長さんとしてはどうすればいいと思ってるんだ?」
「志気については実はそれほど心配していません」
「ほお、それはまたどうしてだ?」
「いくら今回のようなことがあったとしても、コンクールがなくなるわけでも開催が遅くなるわけでもありません。本番が近づけば去年のように全国に行きたいっていう想いがいろんな想いを追い越すと思うんです」
「なるほど。確かにそれはそうかもしれないな。誰だってそこに全国への切符があるのに、それを今更あきらめるわけないし」
圭太の言葉に、仁は大きく頷いた。
「じゃあ、自信回復は?」
「問題はそれです」
そこではじめて圭太にも弱気な言葉が出てきた。
「自信回復はやはり個々人の問題です。もちろん誰かが手を貸すことで回復する場合もあります。でも、人によってはそれを同情としか捉えない人もいるでしょうし。そうなるともうダメですね。どんどん思考の深みにはまってしまって」
「それはそうだと思うけど、どうにかしなくちゃいけない問題だよ?」
「ええ。だからひとつ考えてみました。自信を失った原因はなんですか?」
「それは、合奏で先生に欠点を指摘されたからで……あっ、そっか」
そこまで言って、祥子は合点がいったようである。
「ん、どういうことだ?」
「つまり、同じ方法を採るんですよ。失った原因と同じ方法で自信を与えるんです。というか、それしかないと思います。僕たちは五人しかいません。五人で三十七人を相手にするのは難しいですから。もちろん、できないとは思いませんけど。それよりももっと効率的なのは、やっぱり先生に認めてもらうことだと思うんです」
「そういうことか」
「とはいえ、すべてを先生に任せられるというわけではないですよ」
「だろうな。認めてもらうには、やっぱり欠点を直さなくちゃならん」
「そこを僕たちがやるんです」
いつの間にか、圭太の言葉はいつものものに戻っていた。
「どれだけできるかはわかりませんけど、やらないで後悔するくらいなら、やって後悔する方が数千倍ましだと思いますから」
そして、圭太はそう結論づけた。
「ま、それしか方法はなさそうだし、やるしかないな」
「そうだね。みんなだってあと少しがんばれば、先生に認めてもらえるわけだし」
「その後押しをあたしたちがするわけですね」
「うん、そういうこと」
ようやく五人の間に明るい雰囲気が戻ってきた。
「とにかくこの合宿中に欠点を少しでも直せるよう、みんなにもがんばってもらおうと思います」
「了解。なにも言われなかったほかの連中も巻き込んで、なんとかするって」
「そして、今年もみんなで全国大会へ」
部員の目標はひとつしかない。
だからこそ、やれることもあるのだ。
夜の練習は昼の練習の結果を踏まえたものとなった。とはいえ、圭太たちの意見が反映されたのか、ダメだった者だけでなく、全員がやる練習となっていた。
あまり必要以上の差別をしないことを菜穂子は選んだようである。
それでも全体の雰囲気は沈滞気味で、早急に対策が必要だった。
練習が終わると、とりあえず入浴タイムである。
男子の方はやはり全員一緒であった。
その際、圭太と仁は努めて明るく振る舞っていた。さらに、自信をなくさないように遠回しに励ましてもいた。
一方、女子の方は人数も人数なためにそこまでのことはできなかった。
「はあ……」
風呂上がり、圭太はラウンジでため息をついてた。
自分から言い出した方法ながら、その実効性はわからない。できなければ全国へは行けない。
部長就任早々の難題である。
「圭太先輩」
そんな圭太に声がかかった。
「ん、どうかしたかい、紗絵?」
圭太は笑顔を作り、そう言った。
「やっぱり、気になりますよね?」
「まあ、ならないことはないよ。言い出しっぺは僕だし」
「あの、先輩。少し、歩きませんか?」
外は、少し霧が出ていた。それでも視界が妨げられるほどではなく、むしろ涼しさを助長する程度だった。
「圭太さんは、やっぱりひとりで抱え込んでしまうんですね」
「ん?」
「いつもそうです。三中の時もそうでした。私じゃ頼りないかもしれませんけど、それでも圭太さんの負担を少しくらい肩代わりできるはずです。それに、今は私だけじゃなく、もっともっといるじゃないですか」
紗絵は、真っ直ぐ前を見据え、そう言った。
「僕はね、みんなと楽しく演奏がしたいんだ。確かにコンクールで金賞を取るのも目的のひとつではあるけど。それよりもなによりも、僕は『音楽』をしたいんだ。だから、些細なことでも楽しく演奏できないことは、イヤなんだ」
「だったら、なおさらじゃないですか。誰も好きこのんでイヤな想いをするために演奏してる人なんていませんから。同じ想いを持ってるなら、できます。だからこそ、ひとりで抱え込まないで少しでもそれを私たちにまわしてください」
「紗絵……」
圭太は立ち止まり、空を見上げた。
薄い霧の向こうに、星空が見える。
虫の声しか聞こえない、静寂の空間。
「……私は、圭太さんのために、なんでもしたいんです」
そう言って紗絵は、圭太に抱きついた。
「圭太さん……」
「紗絵……」
視線が絡み、ふたりはキスを交わした。
「好きな人のために、なにかをしたいって思うこと、おかしいですか?」
「ううん、おかしくないよ。紗絵のその気持ちは、すごく嬉しい。それに、僕は前にも言われてるんだ」
「誰にですか?」
「ともみ先輩に。僕はなんでもすぐにひとりで抱え込むって。その時はその監視役に柚紀を指名してたけど。それはいいとしても、それでも僕はずっとそうやってきたから、すぐには抜けないんだよ。だから、今回の紗絵みたいにちゃんと言ってくれると、本当にありがたい」
圭太は、真面目な顔でそう言う。
「ただね、紗絵。もし紗絵が僕のためになにかしたいと思っても、それを義務化しないでほしいんだ。紗絵はあくまでも紗絵なんだから。別に僕の『所有物』でもないし」
「義務化はしてませんけど、なにかを考えるとどうしても圭太さんのことを最初に考えてしまうので」
「そっか。じゃあ、心配はないか」
「はい」
紗絵は、大きく頷いた。
「じゃあ、そろそろ──」
「圭太さん」
続きを言わせず、紗絵は圭太の手を自分の胸へと導いた。
「紗絵?」
「はしたないって思われてもいいです。私は、圭太さんに抱いてほしいです」
うっすらと頬を染める紗絵。
「ダメ、ですか?」
上目遣いにそう言う紗絵。その姿はなんとも可愛らしい。
「……わかったよ」
それは圭太でなくとも首を縦に振ってしまうだろう。
「圭太さん……ん……」
髪を掻き上げ、圭太はそっとキスをした。
「キスが、気持ちいいです……」
弱い月明かりも木々に遮られ、ふたりの元まで届かない。
それでも紗絵の頬が赤く染まっているのがわかった。
「ん、あ……」
ティシャツの上からふにふにと胸を揉む。
指を噛みしめ声を抑える紗絵。
何度も揉んでいるうちに、手のひらに固い突起を感じるようになる。
それを確認し、圭太はティシャツをたくし上げた。
控えめな紗絵の胸が、ふるんと揺れた。
「やっ、あん」
突起を口に含み、舌先で転がす。
ちゅっちゅっと音を立て、舐め立てる。
「んあっ、圭太さん……」
と、紗絵が圭太の頭を抱いた。
「紗絵……?」
「……聞こえますか? 私の胸の鼓動……」
「うん、聞こえるよ……」
圭太は、為されるがまま、紗絵の胸に耳を押し当てた。
「私が圭太さんの鼓動をいつも感じていたいのと同じで、圭太さんにも私の鼓動をいつも感じていてほしいんです。そうすれば、私たちはいつも一緒にいることになりますから」
そう言って紗絵は微笑んだ。
「ほかの人じゃダメなんです。圭太さんじゃなくちゃ、ダメなんです。圭太さんは、本当に私のすべてなんですから……」
紗絵の頬を、ひと筋の涙がつたい落ちた。
その涙が悲しみの涙でないことは確かだった。紗絵の顔には、笑顔があったのだから。
ただ、嬉し涙というわけでもなさそうだった。
本当に様々な想いのこもった涙。
「圭太さん。今だけは、本当に心の底から私のことだけを想って、抱いてください」
「わかったよ」
真剣な眼差しの紗絵に、圭太も真摯な眼差しで応えた。
圭太は下半身に手を伸ばす。
スパッツの上から秘所を撫でる。
「ん……」
途端、紗絵の体からカクッと力が抜けた。
木にもたれかかり、ようやく立っていられるくらいだ。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「無理はしないで」
「無理なんてしてません」
少し強い口調でそう言う紗絵。
「……すみません」
「いや、いいよ」
圭太は、穏やかな表情で言う。
それでもあまり長引かせるとつらいと思い、すぐにスパッツとショーツを脱がせた。
「あっ、んんっ」
少し濡れていた秘所に指を挿れる。
関節を曲げ、少しでも感じるようにと指を動かす。
「んっ、あんっ、ああっ」
紗絵の頭の中から、そこが外であることなど消えかかっていた。
くちゅくちゅと淫靡な音が夜の林に響く。
「け、圭太さん、私、もう……」
とろけそうな表情で圭太に懇願する紗絵。
「いくよ?」
「はい……」
紗絵の左足を抱え、その体勢のままモノを突き挿れる。
「はあ、んんっ」
自分の体重で、いつも以上に圭太のモノが深く入っていた。
「圭太、さん……」
「ん……?」
「壊れるくらい、思い切り、抱いてください」
「ああ……」
圭太は、ゆっくりと動いた。
紗絵は、圭太の首に腕を回し、少しでも圭太が動きやすいようにする。
最初は片足だけだったが、両足とも抱え、動きは遅くともストロークを長くし、挿れる時は思い切り体奥を突いていた。
「ああっ、圭太さんっ、すご、すごいっ、ですっ」
場所が場所ということもあり、紗絵はいつも以上に感じていた。
「私っ、私っ、もうっ」
「紗絵っ」
「圭太さんっ、圭太さんっ、ああああっ!」
達した瞬間、紗絵の中がキュッと締まった。
同時に圭太は紗絵の中に白濁液を放っていた。
「はあ、はあ、どくどくって、出てます……」
「はぁ、はぁ、紗絵の中が、気持ちよかったから」
「はあ、はあ、よかったです……」
紗絵は嬉しそうに微笑み、圭太にキスをした。
「うぅ〜、圭太さ〜ん」
紗絵は、情けない声を上げた。
「おぶって行こうか?」
「で、でも、それだと……」
紗絵はセックスのせいで腰が抜け、まともに歩けない状況だった。これが合宿中でなければそれほど問題はないのだろうが、さすがに今は問題がありすぎた。
「だけど、あまり長い間外にいると、就寝時間になるよ。そうすると、いくら僕でも許してもらえないだろうし」
「そ、そうですよね……」
それを聞き、紗絵はなんとか立ち上がる。
「とりあえず、合宿所までおぶっていくよ」
「す、すみません……」
圭太は紗絵をおぶると、ゆっくりと合宿所へと歩き出した。
「圭太さん……」
「ん?」
「覚えてますか……? 三中の頃、こうしておぶってくれたこと……?」
「……ん、ああ、そういえばあったね、そういうこと」
少し考え、圭太は頷いた。
「あの時は風邪引いてたんだよね」
「はい」
紗絵は、目を閉じ、当時のことを思い起こす。
「あの時からなんですよ、私が圭太さんのことを好きになったのは。いえ、正確には好きだと認識したのは、ですね」
「そうなんだ」
「はい。あの時もこうやって圭太さんの背中を感じて、ああ、ずっとこのままでいられたらいいのにって、そう思ったんです」
「じゃあ、今の紗絵があるのは、みんな僕のせいか」
「そういう言い方はやめてください。私は、それが最善だと思ってるんですから。圭太さんを好きになれて、本当によかったと思ってるんですから」
「ごめん……」
いつになく強く、はっきり言う紗絵に、圭太も立場の逆転を感じ取っていた。
「圭太さん」
「な、なに……?」
「下ろしてください。もう大丈夫ですから」
「わ、わかったよ」
下ろすと、確かに紗絵はしっかりと立った。
「今、目の前にいるのは誰ですか?」
「えっ、それは……」
「真辺紗絵、十六歳、県立第一高等学校一年、吹奏楽部所属。両親と姉がいる四人家族。そんなどこにでもいる普通の女子高校生です。でも、圭太さんへの想いだけはどこにでもあるような想いとは違います。唯一無二、間違いなく私だけのものです。その想いを圭太さんに否定されたら、私はどうすればいいんですか?」
「紗絵……」
「だから、もう悲しくなるようなこと言わないでください」
紗絵は、泣き笑いの顔でそう言った。
「……もう絶対に言わないよ。約束する」
「はい、それならいいです」
「それと、これが約束の証」
「あ……」
そう言って圭太は、キスをした。それも、軽いキスではなく、しっかりと唇をあわせ、お互いの想いが伝わるくらい長いキス。
「圭太さん……」
「さ、戻ろう」
「はいっ」
三
合宿三日目の朝。その日は朝から少し雲が出ていた。
もともと気温は低めなのでそれほど違いはないが、朝のさわやかさという面では少々物足りない朝となっていた。
圭太はやはり前日と同じように早くに起き出した。
「……今日も言われるのかな」
どことなく影を背負いつつ、部屋を出た。
合宿所の入り口には、前日と同じように柚紀が待っていた。
「おはよ、圭太」
「お、おはよう、柚紀」
やはりぺたっと張り付いた笑顔が微妙に怖い。
「言いたいことは電話帳よりも多いけど、とりあえず走ろ」
「う、うん」
柚紀に促され、圭太は走り出した。
早朝の静かな林の中、ふたりは下草を踏みしめながら走る。
少し走ったところで柚紀は立ち止まった。
「それで圭太。言い訳はある?」
「……いえ、ありません」
圭太は、力なく首を振った。
「昨日は紗絵ちゃん?」
「えっと、まあ……」
「合宿所内にはいなかったみたいだけど、どこにいたの?」
「外に……」
「は? 外? じゃあ、外でしちゃったの?」
「……結果的には……」
「はあ、ホント、圭太は……」
柚紀はやれやれと肩をすくめた。
「ねえ、圭太。圭太は考えないの?」
「考えるって、なにを?」
「そりゃ、みんな圭太との関係は薄々気づいてるとは思うけど。それでも前部長と次期部長の両方と、なんてどう思われるかってこと」
「ああ、そのことか」
「そのことかって、考えてるの?」
「ううん、全然」
あっけらかんと言う圭太。
「なんで考えてないの? だって、普通はそういうの気になるでしょ?」
「僕にとってはどういうのが普通かはわからないけど、気にならないかな。それに、事実を今更曲げることなんてできないだろうし」
「…………」
柚紀は、それを聞きため息をついた。
「それが圭太のいいところだと思うけど。でも、もう少し気にした方がいいわよ」
「今度からはそうするよ」
「って、それはいいわ。問題は、ど〜して彼女を放っておくのかってことよ」
「それはたまたまだと思うけど……」
圭太としてみれば別に柚紀を放っているわけではない。ただ単に、夜、先に出逢うのが柚紀ではなかっただけの話である。それが柚紀だったら、逢瀬は柚紀とだったに違いない。
「でも、今日は大丈夫」
「ん、どうして?」
「だって、今日は二年が最初だから。初日は三年、昨日は一年。入浴順で後れを取ったけど、今日は大丈夫」
「……そうかな、僕はそう思わないけど」
「どうして?」
「だって、今日は三日目だよ? 明日は最終日で練習は午前中だけ。午後には向こうに帰る。で、去年、三日目の夜になにをしたか覚えてる?」
「去年って……あっ、パーティー」
「そう」
柚紀の言葉に圭太は頷いた。
「もちろん、今年もやるかどうかはわからないよ。なんたって今年は余裕がないからね。ただ、可能性はあるから、そこまで柚紀の思い通りになるかなって、そう思ったんだよ」
「……確かに、それは考慮しないとね」
柚紀は憮然とした表情でそう言う。
「だけどさ、去年だって結局三日目にどうにかなったわけでしょ? 今年だって大丈夫だと思うけど」
「僕は柚紀に任せるよ」
「……しょうがない、なんとかしよう」
そう言って拳を握りしめる柚紀。
その姿にはなんとなく鬼気迫るものがあった。
その日は予定を変更して午前中から合奏が行われることになった。
当初の予定では合奏は最終日の午前中に行われることになっていた。もちろんその予定自体は変わっていない。
それでも前日に合奏を行うというのだから、菜穂子の真意を探ろうと思っても不思議なことではない。
「合奏をはじめる前に、今日の練習方法を言うわね」
菜穂子は、前日とはうってかわってニコニコと機嫌がよかった。
「今日の合奏は、指揮をみんなにやってもらうわ」
「みんなって、どういうことですか?」
フルートで一番前にいる裕美が訊ねた。
「今まで指揮って私か圭太、もしくは祥子しかしてなかったでしょ? それで、今日はそれぞれのパートからひとりとかふたり選んで指揮をしてもらおうと思ってるの。ここに立って実際に演奏を聴けば、どこに欠点があるとか、そういうのも見えてくると思うし」
菜穂子の理由は理にかなっていた。
自分たちの位置からではわからないことも、指揮台に立つとわかることもある。
菜穂子が口で言ってもわからないことならば、あとはそれを体感してもらうしかない。そういうことで今回の方法を採用したのだ。
「本当は全員にやってもらうのが一番いいんだけど、さすがに五十回も通せないし。常識の範囲内でやってもらうわ。いいわね?」
『はいっ!』
「それじゃあ最初は……」
合奏は、実に不思議な雰囲気の中で進んでいった。
指揮慣れしていない部員が、悪戦苦闘しながら指揮をする。部員たちもその指揮にあわせて演奏する。
滑稽なようでそうでない、なんとも不思議な感じだった。
その間、菜穂子は部員たちの間をまわることもなく、ひとところでじっと演奏を聴いていた。
その意図もわからない部員たちは、やはり困惑していた。今までなら確実に部員の間をまわり、指示を出していた菜穂子である。それがまったくないというのだから、困惑してもおかしくない。
そうこうしているうちに午前中の練習時間が終わった。
昼食はいつも通りだった。
「なんか、いつもより疲れる合奏だったな」
圭太の隣に座った徹がそう言った。
「それは、指揮が演奏にあわせるんじゃなくて、演奏が指揮にあわせていたからですよ。もちろん、指揮とは本来そうあるべきだとは思いますけど。それでも、指揮者が臨機応変に演奏を動かしてくれたら、もっといい演奏ができるはずです。午前中はそれがまったくなかったんですよ」
「なるほどな。そう言われてみると、確かにそういう感じもある」
「そうすると、やっぱ先生の指揮はしっかりしてるってことか?」
広志も会話に加わってくる。
「それはもちろん。でも、先生の目的はそこにあると思うんですよ」
「どういうことだ?」
「つまり、ちゃんとした指揮のできない僕たちに指揮を任せても、ちゃんと演奏ができていればそれは自分たちが考えてしっかり演奏してるってことじゃないですか。プロだともし仮に指揮者がいなくとも演奏が成り立つんですよ。まわりと息を合わせて、それでひとつの演奏にするんです。そこまではできないかもしれませんけど、それに近いことができれば、僕たちの演奏もかなり高いレベルになってるってことですから」
圭太の意見に、徹も広志もただ頷くだけ。
それでも、その意見には賛成のようである。
「まあ、圭太の意見はわかったし、それが正しいとも思う。でも、それが実際できるかどうかは、正直微妙だな」
「それは僕もそう思いますよ。ただ、今回はその意味合いを僕たちに知ってもらえればいいんじゃないですか? 急にいろいろ変えることなんて無理なんですから」
「そうだな」
「しっかし、先生も今年は結構無茶するよな。そりゃ、今年は例年になく早く仕上がってるからいろいろやりたいんだろうけど」
「まあ、そう言うなって。その結果はまだ出てないんだからさ」
「いい方向に転がってくれることを祈ってるよ」
午後に入っても午前中と同じ方法で合奏は進んでいった。
それでも選ばれた部員の数も減ってきて、その合奏自体はそろそろ終わろうとしていた。
「じゃあ、最後は圭太に指揮をしてもらおうかしらね」
最後、という言葉を聞き、部員たちの間に安堵の息が漏れた。
圭太が前に出てくると、菜穂子がその圭太を手招きした。
「なんですか?」
「ちょっと頼みがあるんだけど、いいかしら?」
「それは内容にもよりますけど」
圭太はそう言って苦笑した。
「課題曲でも自由曲でもいいんだけど、テンポを崩してくれない?」
「テンポをですか? それは構いませんけど、ずっとですか?」
「たまにでいいわ。その変化にどれだけついていけるかを見てみたいだけだから」
「わかりました。できるだけやってみます」
「お願いね」
そして合奏がはじまった。
課題曲は最初、何事もなく進んでいった。
圭太の指揮は部員の中でも一番わかりやすく、また演奏もしやすかった。
ところが、その指揮が突如乱れた。
もちろん、それは圭太が故意にやったことである。
それでも部員たちの間には混乱が生じた。
演奏こそ止まらなかったが、立て直すまでには少しかかった。
それは自由曲でも同じだった。さすがに意図に気づいた部員もいるにはいたが、いつテンポが崩されるかわからない。そうなるとどれだけ演奏に集中していてもしすぎることはない。
それが結果的に演奏をまとめることに繋がっていた。
いつもより長めの合奏が終わった。
「みんな、おつかれさま。どうだった? やっぱり、指揮者が違うだけで演奏も全然変わってくるでしょ? でも、本当はそれじゃあダメなのよ。もちろん、表現の面では指揮者ごとに違うのはいいんだけど、基本的な部分まで変わってしまうのは問題よ。そういうことを考えると、今日の合奏はどうだったと思う? 私は、五十点くらいだと思うわ」
菜穂子の採点は実に厳しかった。
「ただ、今回は合奏の意図を理解してもらうのがそもそもの目的だから、演奏そのものにはそれほど期待していなかったわ。まあ、もう少しできてくれれば、言うことはなかったのも事実だけど」
辛口の意見が続く。
「いい? 今日は八月二十日よ。関東大会まではあと二週間しかないわ。今の演奏だとよくて金賞よ。もちろん、全国は無理。それをいかに悪くても金賞に変えるか。それはすべてあなたたちの考え方次第よ。特に三年は最後のコンクールなんだから、悔いの残らない演奏をしたいだろうし。今自分たちになにができるか。それを考えて残りの練習期間を使いなさい。そして、今年もみんなで全国へ行きましょう。私は、あなたたちならできると信じてるわ。信じてるからこそ、ここまでのことをしてるのよ。それを忘れないで」
『はいっ!』
「それじゃあ、少し早めだけど今日の練習は終わるわ。それと、夜に恒例のパーティーをやるつもりだから、その準備もしておいて。って、これは私が言うことじゃないわね」
そう言って笑う。
「じゃあ、おつかれさま」
「ありがとうございました」
『ありがとうございました』
合奏が終わると、緊張感が一気に解けた。
「ちょっと注目」
と、仁が前に立った。
「今先生も言ったけど、今年も恒例の『おつかれさま会』をやるから。で、方法は例年通り、パート対抗戦。今日はもう合奏が終わったから、夕食を挟んで七時までにそれぞれの出し物を考えて練習しといてくれ。例によって例のごとく、順位をつけて賞品とか出るから。以上」
事情の飲み込めていない一年は先輩たちに内容を確認している。
「うっし、ペットもなにするか決めようぜ」
「そうですね。じゃあ、場所を変えましょうか」
圭太たちは練習場から場所を変えた。
「あの、『おつかれさま会』ってどんなことするんですか?」
早速紗絵がそう訊ねた。
「簡単に言えば、隠し芸大会みたいなもんだよ。パートごとにいろんなことやって、それを先生が審査する。順位もつけるから賞品とかもあるし。もちろん罰ゲームもな」
徹が説明する。
「去年はなにをやったんですか?」
「去年は圭太の発案でアカペラをやったんだ。で、結果は一位。おかげで一高祭の時は楽させてもらったけどな」
「なるほど」
「それで、今年はなにをするかなんですけど、先輩たちはなにかありますか?」
一年のふたりがだいたい内容を理解したと見て、圭太は話を進めた。
「そうだなぁ、まさか去年と同じってわけにはいかんだろうし」
「となると、やっぱあれか?」
「ん、なんだ?」
「体を張ったコントとか」
徹の意見に、一同はあからさまにイヤな顔を見せた。
「おいおい、俺だってんなのはイヤに決まってんだろうが。だけど、そうそうこの短時間でできることなんてないし。かといって変なことはできないし」
「そりゃ、おまえの意見はわかる。でもな、コントはやばいって。それで上位に入ったパートはひとつもないんだからさ」
広志が理性的にそれを否定する。
「じゃあ、おまえはなにがいいって言うんだ?」
「ん〜、すぐには思いつかないな」
「だろ?」
「圭太たちはどうだ?」
今度は後輩に意見を求める。
「あの、私にひとつ提案があるんですけど」
そう言ったのは夏子だった。
「なんか妙案でもあるのか?」
「妙案かどうかわかりませんけど、うちには圭太がいるってことを最大限に使える内容だとは思います」
「なるほど。で、それは?」
「それはですね……」
夕食前、各パートは練習に余念がなかった。
それでも形になってきたパートは、早めに休憩時間をとっていた。
トランペットは夏子の提案を全面的に採用し、練習していた。
中身自体はそれほど難しいものではなかったために、早めに終わっていた。
「圭兄〜」
合宿所の廊下を歩いていると、後ろから弾丸のように駆けてくる影。そのまま圭太に抱きついてくる。
「朱美ももう終わったのか?」
「うん。なんか、先輩たちがすっごく気合いが入ってて、私とかおるは半分見てただけなんだけどね」
「気合いが入ってって……ああ、そういえば、去年のフルートはあまりいい成績じゃなかったからな」
「そうなんだ。でも、そのおかげでこうして圭兄と一緒にいられるんだから、私はよかったかな」
そう言って朱美は笑った。
「ね、圭兄。今、時間あるんだよね?」
「ん、まあ、夕食までならあるけど」
「じゃあ、ちょっと私につきあって」
朱美は有無を言わさず、圭太をどこかへ引っ張っていく。
合宿所の中は、微妙に静かだった。
だいたいのパートはほかのパートに知られないように、どこか人気のない場所で練習をしている。部屋でやっていないのは、部屋だとパート以外の者がいつ戻ってくるかわからないからである。
そんな中、朱美はどこかを目指して歩いていた。
「いったいどこへ行こうとしてるんだ?」
「ん〜、誰もいないところ」
ニコッと笑う朱美。
その笑みに圭太は艶っぽいものを見出し、逃げたい衝動に駆られた。
程なくしてやって来たのは、合宿所の一番端、本当に誰もいない場所だった。さすがに初日の祥子のようにマスターキーなどは持っておらず、空き部屋に入るようなことはなかったが。
「あ〜、そういえば先生に呼ばれてたんだっけ」
「んもう、圭兄。逃げなくてもいいでしょ?」
ぷうと頬を膨らませ、朱美は圭太の腕を取った。
「そんなこと言ったって、朱美がここでやろうとしてることを考えると、逃げたくもなるよ」
「……そんなに私とじゃイヤなの?」
瞳を潤ませ、上目遣いに訊ねる朱美。
自分の容姿を活用した上手いおねだり方法である。
「……私、知ってるんだよ」
「なにをだ?」
「おとといは祥子先輩、昨日は紗絵」
「うっ……」
「なのに、私だけダメなの?」
それを言われるともはやぐうの音も出ない。
「ね、圭兄?」
「はあ……」
圭太はため息をつき、頷いた。
「あはっ、やっぱり圭兄大好きっ」
そう言って朱美はキスをした。
「じゃあ、圭兄。圭兄はそのままで」
言うや否や、朱美は圭太のズボンに手をかけた。
「ちょ、ちょっと、朱美」
「ふふっ、ご対面、ってね」
慣れた手つきで圭太のモノをあらわにする。
「ちゅっ」
その先に軽くキスをする。
それから軽く手でしごいてやると、萎縮していたモノが大きくなる。
朱美はそれを口に含んだ。
「ん……は……」
頭を動かし、圭太に少しでも気持ちよくなってもらおうとする。
少しそれを続け、今度は舌を使って舐める。
先端を丹念に舐めていたかと思うと、えらの部分に沿って舐めたり、筋に沿って舐めたりと、朱美のそれも実にそれらしかった。
「気持ちいい、圭兄?」
「ああ、気持ちいいよ」
「ふふっ、よかった」
微笑み、またモノを舐める。
何度も何度も舐めると、次第にモノがより大きくなってくる。
「んむ、は……ん……」
「朱美……」
「いいよ、圭兄……」
朱美はモノを口に含む。
そしてそのままちゅいっと吸い上げる。
「うっ……」
それが呼び水となり、圭太は朱美の口内に白濁液を放った。
「んっ!」
朱美は、それを最後まで受け止める。
「ん……」
少しずつ飲み下すと、嬉しそうに微笑んだ。
「ちゃんと私で感じてくれたんだね。嬉しいよ、圭兄」
「じゃあ、今度は僕が朱美を気持ちよくさせないと」
「うん」
圭太は朱美と体勢を入れ替える。
「ん、圭兄……」
胸に触れただけで声が上がる。
「んっ、やっ、ダメ……」
敏感な部分を中心に触れただけで、朱美から力が抜けていく。
「圭兄の舐めてたら、私も感じちゃった……」
そう言って自ら圭太の手を下半身にあてがう。
「お願い、圭兄。もっともっと気持ちよくして」
圭太は小さく頷くと、スパッツとショーツを下ろした。
朱美の秘所は、確かに濡れていた。
少し指で触れただけで奥から蜜があふれてくる。
「ああっ」
朱美は、びくんと体を震わせる。
「やっ、あん、ダメっ、そんなの」
指を動かす度に嬌声が上がる。
ちゅくちゅくと湿った淫靡な音が響く。
「はあ、はあ、圭兄、もうほしいよぉ……」
「わかったよ」
スパッツとショーツから片足を抜かせ、朱美に後ろを向かせる。
「いくよ?」
「うん……」
腰をつかみ、そのままモノを挿れる。
「んっ、あああ……」
上がりそうになる声を、少し抑える。いくら人のいない場所でも、どこに誰がいるとも限らないからである。
「んっ、あっ、あっ」
圭太は最初から速めに腰を動かす。
「やんっ、圭兄、気持ち、いいよぉっ」
壁に手をつき、なんとか落ちないようにする。
それでも次第に体勢が落ちてくる。
「んんっ、あんっ、んっ、あっ、ああっ」
圭太もさらに動きを速める。
「圭兄っ、ああっ、ダメっ、イっちゃうっ」
圭太はとどめとばかりに激しく腰を打ち付ける。
「んんっ、あああああっ!」
そして、朱美は達した。
その少しあと、圭太も朱美の中に白濁液を放っていた。
「はあ、はあ、圭兄……」
「はぁ、はぁ、なんだい……?」
「すごく、気持ちよかったよ……」
そう言って朱美は微笑んだ。
「ん〜、圭兄好き〜♪」
朱美は、ぴと〜っとくっついて、まったく離れようとしない。
「……あの、朱美。もう少し離れてくれないか?」
「え〜っ、どうして? まだ誰もいないんだから、いいでしょ?」
「いや、まあ、それはそうなんだけど……」
圭太は内心苦笑しつつ、頷いた。
「最近、圭兄全然私のこと構ってくれないから、ホントに淋しかったんだよ?」
「それは、悪かったよ」
「ホントにそう思ってる?」
「思ってるよ」
「じゃあ、許してあげる。でもね、圭兄。私だって我慢できる限界ってのもあるから、できればもう少し構ってほしいよ」
「わかってるよ。もう少し朱美のことも見てるから」
そう言って圭太は朱美の頭を撫でた。
「ねえ、圭兄」
「ん?」
「……もし、私が圭兄との子供がほしいって言ったら、困る?」
朱美は、真摯な眼差しでそう訊ねる。
しかし、その質問は圭太にとってははじめてではない。もう何度かされた質問だ。
「まあ、今のままなら困るよ。僕にも朱美にも、その子供を育てていく余裕はないし」
「うん、まあ、そうだね」
「それと、将来に渡って子供がほしいかほしくないかって訊かれると、正直返答に困るかな」
「どうして?」
「ん〜、なんて言ったらいいのかな。僕の彼女は柚紀で、柚紀との子供なら容易に想像もできるんだけど、朱美とはそこまでじゃないんだ。だけど、だからって完全にできないかって言うと、そうでもない。それは、心のどこかで朱美とそうなってもいいって思ってる証拠だろうね」
「そっか……」
圭太の本音を聞き、朱美は小さく頷いた。
「じゃあ、圭兄」
「ん?」
「私も圭兄ももっと大人になった時、もう一度同じことを訊くから。その時にもし私との子供ができてもいいって思えたら、作ってもいい?」
「ああ、いいよ」
「うん、ありがと、圭兄」
朱美は、穏やかに微笑み、圭太の頬にキスをした。
「さてと、夕食のあとはパーティーだね」
「朱美がどんなことをするのか、楽しみだよ」
「えへへっ、楽しみにしててよ」
夕食後、七時から恒例のパーティーがはじまった。
司会は仁である。
「ルールは去年と同じ。チューバとコンバスをひとつとして全部で十一のパートできっちり順位をつける。上位三チームには賞品が、下位三チームには罰ゲームが、ほか五チームにもなんらかのものを用意してるから、張り切ってやるように。ちなみに、審査員は菜穂子先生にお願いしてる。当然、内輪ネタばかりだと点数は低くなるから。じゃあ、各パートのリーダー、前へ。おっと、これは前のリーダーな」
前パートリーダーが前へと集まる。
あみだくじで順番を決めていく。
「うっし、順番も決まったことだし、早速はじめるか。じゃあ、最初はホルン」
簡易ステージにホルンの六人が出てくる。
「パート、名前、意気込みを」
「ホルン前リーダー、望月久美子。先行逃げ切り」
「同じくホルン、北川和之。今年こそ一位を」
「ホルンリーダー、東美里。目標は優勝〜」
「同じくホルン、篠原のり子。まあ、罰ゲームにはなりたくないです」
「同じくホルン、高田浩章。がんばります」
「同じくホルン、野島真名美。バーンとがんばります」
「で、久美子。ホルンの出し物は?」
「よくぞ訊いてくれました」
「……いや、全員に訊くんだけどな」
「今年のホルンは、タップダンスよ」
「ほほお、タップダンス。ん? の割にはタップシューズなんか用意してないじゃないか」
仁の言うように、誰もタップシューズを履いていない。
「別に、ひとりひとりがタップするとは言ってないでしょ?」
「じゃあ、どうやってやるんだ?」
「まあ、それは見てのお楽しみってね」
そう言ってホルンは早速タップダンスの体勢に入る。
「いくわよ? ワン、ツー、ワン、ツー」
久美子が最初にリズムを取り、それにあわせて和之が足を鳴らす。
が、それはとてもタップと呼べるような軽快なものではなかった。
しかし、それに半拍ずらして美里がタップをあわせる。これで表と裏の拍子が揃った。
さらに、のり子と浩章がそれぞれにリズムを作る。
最後に、真名美がリズムを載せて、確かにタップの完成である。
これには全員が驚いていた。
たとえタップシューズがなくとも、ちゃんとしたタップダンスができなくとも、それらしいものを作り出すことはできたのだから。
「じゃあ、先生。簡単に講評を」
「そうね。発想自体もなかなかよかったし、内容もよかったわ。ホルンは去年に続いて上位が狙えるんじゃないかしら?」
「んじゃ、次。ユーフォ」
意気揚々と引き揚げるホルンに代わり、ユーフォの三人が上がる。
「まずはホルンと同じように」
「ユーフォニウム前リーダー、黒田真琴。無難にいきますよ」
「ユーフォニウムリーダー、渡辺信子。勝てるといいです」
「同じくユーフォニウム、広末留美。勝ちたいです」
「で、なにするんだ?」
「輪唱よ」
「輪唱? あの?」
「ええ」
輪唱というのは、同じメロディ、歌詞の歌を間を置いて追いかけることだ。
「じゃあ、早速」
歌は、一高の校歌だった。
それ自体はいいのだが、実に地味な出し物となった。
「先生。講評を」
「三人だとやっぱり淋しいわね。輪唱ももう少し多いと綺麗だろうし」
「ほい、じゃあ、次。ローウッド」
微妙な感想でどういう顔をしていいかわからない三人に代わって、ローウッドの四人が上がる。
「さくさくといこうか」
「ローウッド前リーダー、ファゴットの水野いつみ。罰ゲームはイヤ」
「ローウッドリーダー、ファゴットの苑田亜希。が、がんばります」
「同じくローウッド、バスクラリネットの藤木陽子。真ん中くらいで」
「同じくローウッド、バリトンサックスの榎本友美。サックスよりは上で」
「それで、なにするんだ?」
「パントマイム」
「は? パントマイム?」
「とりあえず見てよ」
四人は所定の位置につく。
それからそれぞれがパントマイムをはじめた。
たまに失敗はあったが、それはそれでなかなか愛嬌のあるパントマイムとなった。
「では、先生」
「悪くはなかったわ。失敗も愛嬌になってたし」
「次〜。クラ」
ローウッドに代わって、クラが上がる。
「おまえらは多いからさくっとな」
「クラリネット前リーダー、三ツ谷祥子。やれるだけやってみます」
「同じくクラリネット、手塚晴美。ガンガン行くわよ」
「同じくクラリネット、小野美代。まあ、無難にね」
「同じくクラリネット、山本ゆかり。勝つしかないでしょ」
「クラリネットリーダー、北条綾。勝たせてもらいます」
「同じくクラリネット、佐藤ひかる。勝ちたいな〜」
「同じくクラリネット、内海遥。がんばります」
「同じくクラリネット、森内香奈。勝てると嬉しいです」
「同じくクラリネット、弓削美貴子。がんばります」
「それで、なにするんだ?」
「去年はものまねだったから、今年はもっと正統派で。ものまねを」
「……もういい。勝手にやってくれ」
仁は手をひらひらさせて、ステージから下りた。
それから九人が所定の位置につく。
そして──
「人数の多い、ZO○E?」
クラは去年と同じで実に微妙だった。
「……なんか、聞くまでもないと思うけど、一応」
「去年よりは踊りはましになってるけど、今度は歌がね。それと、同じようなネタはやめた方がいいわ」
「じゃあ、次。オーボエ」
クラの九人に代わり、オーボエの三人が上がる。
「さくっとな」
「オーボエ前リーダー、桐生彩子。目指せ優勝」
「オーボエリーダー、木下美穂。いっちょがんばります」
「同じくオーボエ、相原詩織。がんばります」
「で、なにするの?」
「アカペラよ。去年、なかなか優秀な成績収めてるし。それに、今年は切り札がいるからね」
「ずいぶんと気合いも自信もあるようだけど、ま、聞けばわかるか」
早速アカペラがはじまった。
中心は、ピアノをやっている詩織だった。
澄んだ声が食堂に響く。
これにはさすがの菜穂子も感嘆のため息をついた。
「では、講評を」
「素晴らしいわ。現在までなら文句なしで一位よ」
「よっしゃっ」
彩子はガッツポーズを見せた。
「じゃあ、次。パーカスだな」
勝ったも同然のオーボエに代わり、パーカッションの九人が上がる。
「おまえらも多いから、さくっとな」
「パーカッション前リーダー、日野宮純子。オーボエ強いな〜」
「同じくパーカッション、羽田弘美。五位くらいで」
「同じくパーカッション、町田葵。オーボエに勝つのは微妙だけど、その下くらいには」
「パーカッションリーダー、笹峰柚紀。勝ちます」
「同じくパーカッション、森川武。勝てるといいです」
「同じくパーカッション、田中舞。ここまで来たら、やるしかない」
「同じくパーカッション、横川浅子。やれるだけやります」
「同じくパーカッション、加納由梨加。えっと、がんばります」
「同じくパーカッション、西尾雅美。目指せ優勝」
「で、なにを?」
「いろいろ考えたんだけど、やっぱり人数を活かすにはこれしかないと思ったのよ」
と、用意していた音楽が流れた。
「パーカスは、ダンスよ」
歌はないが、音楽にあわせて踊りはじめた。
あまり広くないステージだが、実に上手く踊っていた。
もっとも、ほとんど踊れていないメンバーもいるにはいたが。
「ん〜、微妙に反則臭い気もするけど」
「そうね。でもまあ、内容自体はよかったら、特別に不問にしてあげるわ」
「ほっ、よかった……」
「じゃあ、次は……うちか」
次は、チューバとコントラバスだった。
「チューバ前リーダー、清水仁。目標は三位入賞」
「チューバリーダー、津田健太郎。勝てるといいですね」
「同じくチューバ、向井邦和。やります」
「コントラバスリーダー、戸川冴子。勝ちたいです」
「同じくコントラバス、衛藤早苗。がんばります」
「俺たちは、縄跳びやるから」
そう言って長縄を取り出した。
はじめたのは、いわゆる縄跳びではなく、競技なんかもある高度な縄跳びだった。
それをこの短時間でできるようになったのだから、このパートの運動神経はなかなかである。
「ふう、どうでしたか?」
「がんばったわね。これはまわす方も飛ぶ方も大変だから」
「じゃあ、次。フルート」
仁以外が下り、フルートの五人が上がってくる。
「ほい、いってみよう」
「フルート前リーダー、井上裕美。去年の雪辱晴らします」
「フルートリーダー、相川めぐみ。気合いでがんばります」
「同じくフルート、吉田智子。もうコスプレはイヤ」
「同じくフルート、吉沢朱美。がんばります」
「同じくフルート、渡瀬かおる。先輩たちの足を引っ張らないようにします」
「それで、ずいぶん気合い入ってるみたいだけど、なにするんだ?」
「ミュージカルよ」
「ミュージカル? マジで?」
「もちろん。とはいえ、短いのだけどね」
「まあ、いいや」
早速ミュージカルがはじまった。
とはいえ、音楽を用意しているわけではない。それぞれがセリフを歌にして演技するだけである。
それでも、結構練習したのか、あまりひどいことにはならなかった。
「なかなかだと思うけど」
「去年よりははるかにましね。このままなら、罰ゲームにはならないんじゃないかしら」
「次〜、ボン」
満足げなフルートに代わり、トロンボーンが上がる。
「さくさくっと」
「トロンボーン前リーダー、田村信一郎。去年と同じなら問題なし」
「同じくトロンボーン、長沼健介。やるっしょ」
「トロンボーンリーダー、小久保翔。せめて三位」
「同じくトロンボーン、持田文子。やりますよ」
「同じくトロンボーン、名塚礼子。がんばります」
「同じくトロンボーン、福沢一晴。無難にいきます」
「去年は二位だったわけだけど、今年はなにをするんだ?」
「去年のボディタップに道具をプラスして、よりパワーアップさせたタップを」
「なるほど」
トロンボーンは、去年に引き続きボディタップだった。それにプラスして、ほうきやらモップやらを持ち出し、それも使っている。
実に軽快なリズムで、じっとしているのがもったいないくらいである。
「ん〜、さすが、と言えるかな」
「そうね。確実に去年よりいいわ。オーボエともいい勝負よ」
「よし、次は去年のドベパート」
トロンボーンに代わり、サックスが上がる。
「ほれ、さくっとな」
「サックス前リーダー、三浦功二。奴隷はもうイヤ……」
「同じくサックス、柴田直樹。今年はひと味違う」
「サックスリーダー、市原美由紀。がんばります」
「同じくサックス、片岡治。とにかくがんばります」
「同じくサックス実森麻衣子。やります」
「で、なにするんだ? 今年も寸劇か?」
「違うって。今年は、正統派の歌だよ。しかも、ちゃんと合唱でな」
「なんだ、そうなのか。残念」
サックスは、その男女比を上手く利用し、合唱を選んだ。
とはいえ、五人しかいないので、それほど厚みがあるわけではないが。
それでも、去年の劇に比べればましであった。
「ちゃんとこの短時間でやったというのはわかったわ。まあ、去年ほどひどいことにはならないと思うわ」
それを聞き、サックスの二、三年はホッと一息ついた。
「じゃあ、最後。ディフェンディングチャンピオン、トランペット」
いよいよトランペットである。
「ほら、意気込みを」
「トランペット前リーダー、太田徹。二連覇目指す」
「同じくトランペット、榊原広志。目指せ二連覇」
「トランペットリーダー、高城圭太。二連覇できればいいですね」
「同じくトランペット、有馬夏子。今年もいきますよ」
「同じくトランペット、真辺紗絵。がんばります」
「同じくトランペット、菊池満。がんばります」
「で、今年はなにを?」
「今年は、独唱プラス人間楽器ということで」
「なんだそりゃ?」
「まあまあ、百聞は一見にしかずだって」
ステージの真ん中に圭太が立った。
まず、圭太が歌い出す。
それにあわせ、口笛や指笛、手拍子や足踏みなど、音をあわせてひとつの『演奏』に仕立て上げていく。
これもまた、圭太の指導のたまものだろう。
「ホントに、トランペットは底が知れないわね」
菜穂子ももはやなにも言うことがなかった。
「さて、これですべて終わりだな。先生、順位の方はどうですか?」
「……ん〜、ここはこれで……ええ、いいわ」
菜穂子は、メモ帳を持ち、前に出た。
「今年も四位から八位を先に発表するわね。四位ホルン、五位チューバ&コントラバス、六位パーカス、七位フルート、八位サックス」
「じゃあ、賞品を。四位、音楽室並びに部室清掃向こう三ヶ月間除外権。五位、部室清掃向こう三ヶ月間除外権。六位、明日の朝食&昼食豪華権。七位、明日の朝食豪華権。八位、リポ○タンD獲得権」
今年も賞品は微妙だった。
「次に三位と九位。三位はトロンボーン、九位はローウッド」
「三位は一高祭での仕事除外権。九位は、明日の荷物持ち」
「次は二位と十位ね。二位は、オーボエ。十位はユーフォニウム」
「二位は一位以外の賞品から好きなのをふたつ選んでいい権。十位は、一高祭でのコスプレ」
「じゃあ、最後。まず、最下位は、クラリネット」
「最下位は、一高祭での奴隷」
「そして一位は、二年連続でトランペット」
「よっしゃっ!」
「優勝したトランペットには、罰ゲーム以外のすべての賞品と罰ゲームパートに対する命令権を」
「順位はこんな感じだけど、今年は一位から三位までが僅差だったわ。あと、下位もそうだった。でも、順位をつけなくちゃいけないから、こうなったわ」
菜穂子はそう言って微笑んだ。
「さて、恒例のパーティーはこれで終わりね。合宿も明日の午前中のみだけど、明日は合奏のみだから」
途端に場の雰囲気が引き締まる。
「関東大会までそれほど時間がないけど、やれることをやって、最高の状態で本番を迎えましょう」
『はいっ!』
「それじゃあ、今日はもうなにもないから、ゆっくり休んで」
入浴時、今年は男子全員が罰ゲームを逃れたために、非常に和やかな雰囲気だった。
風呂から上がると圭太は前二日と同じように、ラウンジで涼んでいた。
心地よいけだるさに、気を抜くと眠ってしまいそうになる。
目を閉じ、気持ちを落ち着けていると、パタパタと足音が近づいてきた。
「圭太」
やってきたのはもちろん柚紀である。
風呂上がりなので、頬が上気していて実に色っぽい。
「今日は浮気しなかったわね」
「浮気って、別に僕はそんなつもりないけど」
そう言いつつも、圭太の視線は自然と柚紀からそれていた。
「じゃあ、圭太。場所、変えよっか」
柚紀は圭太の腕をがっちりと取り、ずるずると引っ張っていく。
「……ねえ、圭太」
「ん?」
「私ね、たまにすごく不安になるの」
「不安?」
柚紀らしからぬ言葉に、圭太は思わず立ち止まっていた。
「圭太がね、私じゃないほかの誰かと一緒にどこかへ行ってしまうんじゃないかって。ホントはそんなこと考えること自体おかしいんだけどね」
自嘲する。
「でもね、私がそんな不安を感じるのにも、ちゃんと理由はあるんだよ」
「……それは、僕がほかのみんなと関係を保ってるから、だよね」
「うん」
柚紀は圭太の腕を離し、代わりに抱きついた。
「私、このままみんなのこと認めていていいのかな? それとも、圭太のことすっぱりあきらめてくれるよう言った方がいいのかな?」
「柚紀……」
圭太は、柚紀を優しく抱きしめた。
「……柚紀には酷な言い方かもしれないけど、僕にはどっちにしてくれとは言えないよ。それはあくまでも柚紀が決めてほしい」
「どうして?」
「前にも言ったけど、僕はみんなに対してとらなくちゃいけない責任があるからね。少なくとも僕からそれを放棄するつもりはないから」
「そっか……」
柚紀は、少しだけ淋しそうに微笑んだ。
でも、次の瞬間にはいつも柚紀に戻っていた。
「ごめん。余計なこと言ったね。今の忘れて。単なる戯れ言だから」
「だけど……」
忘れてくれと言われて、はいそうですか、とは言えない。
少なくとも圭太は無理である。
「私、嫉妬してるだけなの」
「嫉妬?」
「圭太がみんなにも優しいから。みんなの嬉しそうな、幸せそうな顔を見てると、あの優しさを私だけに向けてほしい、そう思っちゃうの。ちょっと欲張りすぎだよね」
「そんなことないよ。少なくとも柚紀だけは、そう言う権利はあるよ」
「ホントにそう思ってる?」
「もちろん」
「……でも、いい。私、女々しい女になりたくないもん。そりゃ、言いたいことがあれば言うけど、でもね、私は基本的には圭太を立てていきたいから」
そう言って柚紀は笑った。
「それよりも、今は早くふたりきりになりたいから」
あたりの様子を確認し、さらに合宿所を進んでいく。
やってきたのは、初日に祥子に連れてこられた空き部屋のあたりだった。
「まさかとは思うけど……」
「へっへ〜、これ、なんでしょうか?」
ちゃりんと軽い音がして明かりに鈍く光るのは、祥子が持っていたマスターキーだった。
「……借りてきたの?」
「うん。先輩もね、私にちょっと後ろめたいところがあったみたいで、簡単に貸してくれたよ」
「なるほど……」
確かに『彼女』を差し置いて圭太と情事にふけっていたのだから、さすがに後ろめたいだろう。
「というわけで、早く入って。いくら鍵があったって、誰か来ちゃったら意味ないから」
圭太をせかし、ドアを閉める。もちろん鍵もかける。
「よし、これで密室完成」
柚紀はニコッと笑った。
「圭太はそこに座って」
柚紀が指示したのは部屋の真ん中だった。
言われた通りにそこに座る。
一方柚紀はというと、閉まっていた窓の障子を開け放つ。
今日は前日とは違い、綺麗に晴れ上がっていて月明かりが綺麗だった。
「少しだけ待ってね」
そう言うと柚紀は、着ていた服を脱ぎ出した。
逆光の中、その姿は実に神秘的だった。
それはさらに、裸になると余計だった。
流れる髪。均整の取れた美しい肢体。
神は二物も三物も与えたのかと憤慨したくなるほどである。
「こういう神秘的な中で、抱いてほしかったんだ」
柔らかく微笑み、圭太の前で膝をついた。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
「二度目だね、これを言うの」
「そうだね。一度目は、去年の旅行だよね」
「うん。あの時は、本当にそのまま圭太のお嫁さんになってもいいくらいの勢いだったけどね」
「今は?」
「もう七割くらい、圭太のお嫁さんの気持ちだもん」
「あ、あはは、なるほど」
「あとの三割は、これから卒業までに少しずつ積み重ねていくの」
「そっか」
圭太も穏やかに微笑んだ。
「僕は、本当に幸せ者だね」
「そんなの改めて言わなくてもわかってるじゃない。私を彼女にできたってだけで、圭太は幸せなの。わかる?」
「うん、わかるよ。柚紀は、最高の彼女だからね」
そう言って圭太は柚紀を抱きしめた。
「でも、私はもっともっと幸せになりたい。幸せで幸せで、人に幸せをお裾分けできるくらい幸せになりたい」
「うん」
「だからね、圭太。これからもずっとずっと、私を見続けていてほしい。そして、私を安心させてほしい。圭太に愛されてる、必要とされてるって実感させてほしい」
「うん」
「そしたら、私はずっと幸せだから」
柚紀は、そっと圭太にキスをした。
「愛してるよ、圭太……」
「僕も愛してる、柚紀……」
そっと柚紀を押し倒す。
髪を撫で、頬を撫でる。
その手が、胸に触れる。
「ん……」
わずかに触れただけで、声が上がった。
右手で左胸を優しく触れる。
強すぎず、弱すぎず。マシュマロのように柔らかな胸を、壊れ物を扱うように揉む。
「や、ん……」
少しずつ力がこもってくると、柚紀もさらに声が出てくる。
「ん、あん、気持ち、いいよ……」
頬に赤みが差してくる。
圭太はその変化をとらえ、今度は舌を使う。
右手で左胸を揉みながら、右胸の突起に舌をはわせる。
「んんっ」
同時に両方の胸をいじると、さらに敏感に反応する。
「あふっ、んんっ、あん」
圭太がいじる度に、柚紀は体をくねらせ、快感に耐える。
それでも、決して逃げようとはしない。むしろ、さらに強い快感を得ようとしているようにも見える。
「ん、はあ、圭太、胸だけじゃせつないの……」
とろんとした目で、そう懇願する。
圭太は小さく頷き、体の位置を下半身の方へとずらした。
「少し、足を開いて」
言われるまま、柚紀は足を開いた。
柚紀の秘所は、すでに少し濡れていた。
そこに指を添え、軽く力をこめる。
「んあっ」
びくんと体が跳ねる。
少しずつ指を出し入れし、中をほぐしていく。
「んっ、あんっ、ああっ」
その度に柚紀からは嬌声が上がる。
息も少しずつ荒くなり、汗もにじんでくる。
圭太の指もすっかり柚紀の蜜で濡れている。
指を一本から二本に増やし、さらに深く挿れる。
「やっ、ダメっ、そこはっ」
敏感な部分に当たったらしく、柚紀は無意識のうちに腰を浮かせ、逃げようとした。
「圭太ぁ、お願い、ちょうだい……」
圭太は小さく頷くと、ズボンとトランクスを脱いだ。
しかし、圭太のモノはいつもより少し元気がなかった。もちろん、その理由は夕方に朱美とセックスしたからである。
圭太はそれを知られまいと、自らしごき、復活させる。
「いくよ?」
「うん……」
ようやくいつも通りになったモノを、柚紀の秘所に突き立てる。
「んっ、あああ……」
モノは、なんの抵抗もなく柚紀の中に収まった。
「ん、お腹、いっぱいだよ……」
そう言って柚紀はキスをせがむ。
それから圭太はゆっくりと動き出す。
「あっ、んっ、ああっ、んくっ」
正常位でゆっくりと奥までモノを突き入れ、抜ける間際にまた戻す。
柚紀とセックスして一年になる圭太も、だいぶいろいろなことを学んでいた。
そして、その中でもどうやれば柚紀を満足させられるかもちゃんと学んでいた。
「んんっ、圭太っ、もっとっ、もっと突いてっ」
じれったくなったのか、柚紀は自ら腰を動かす。
圭太もそれにあわせ、少しずつ速く動く。
「ああっ、圭太っ、気持ち、いいよぉっ!」
圭太にがっちりとしがみつき、快感の波に飲み込まれていく。
「ダメっ、圭太っ、イっちゃうぅっ」
ピンと体が張りつめる。
「んあっ、あああああっ!」
同時に柚紀は達していた。
「はあ、はあ、イっちゃった……」
荒い息の下、柚紀は妖艶に微笑んだ。
「でも、圭太はまだだね。どうしよっか? 口でしてあげる?」
「いいよ。僕はこうしてるだけで満足だから」
「んっ、じゃあ、ちょっとだけ待って。そしたら、また動いていいから。今は、ちょっとダメだけど」
「いいの?」
「うん。私だけなのは、不公平だから」
そして、結局ふたりは就寝時間ギリギリまで抱き合うことになった。
合宿最終日。
その日は朝からあいにくの雨模様だった。そのため、朝のランニングはなし。
圭太も仕方なしに部屋でゆっくりしていた。
「ふわぁあ……」
「なんだなんだ、寝不足か、圭太?」
「いえ、そういうわけではないんですけど」
圭太としては確かに寝不足ではない。しかし、その直前に体力を使い切っているだけである。
「圭太はいろいろ気を張ってるからだろ、そうなるのは」
「そうですかね」
「そうだって」
広志は自信満々に頷いた。
「……実際はどうなんだ?」
と、徹が声を潜めて訊いてきた。
「たぶん、先輩の想像通りです」
「やっぱな。俺も微妙に眠いんだよ」
ふたりは揃ってため息をついた。
それから朝食を済ませ、早速最終日の練習となった。
合奏では、この合宿中の総決算ということで、やはり鋭い声が飛んでいた。
ただ、今年の合宿は少し内容を変えていたために、例年ほど厳しいものとはならなかった。
合奏は瞬く間に終わった。
「おつかれさま。これで合宿の全メニューはすべて終了よ。今年は少し変則的に行ってきたけど、それもみんな、さらなるレベルアップを目指してのことだから。関東大会まで二週間しかないから、もうあとは細かなことはあまりできないわ。それも含めてこの合宿では細かくやったつもりだから。毎年言ってるけど、全国常連校は私たちの比じゃない厳しい練習をしてるわ。だけど、私は厳しい練習をすれば必ずいい演奏ができるとは思ってない。短い練習でもどれだけ濃い内容でできるか、それがすべてよ。そして、ここまでの練習であなたたちのレベルは確実に上がってるわ。だから、自信を持って」
そう言って菜穂子は相好を崩した。
「それで、残りの夏休み中の練習は、まだいじれそうな自由曲を中心にいくから。それと、今年は三十一日に休みは設けないから。それまでに宿題は終わらせておくのよ。まかり間違っても部活のせいにしないように。終えてない方が少ないんだから。それと、これはまだあくまでも未定だけど、もし全国へ行ければ期末試験中も毎日じゃないにしろ、練習を行うかもしれないから、覚えておいて」
『はいっ』
「じゃあ、おつかれさま」
『おつかれさまでしたっ』
帰りのバス。
今年は去年と違い、座席は来る時と同じということになっていた。
「……ん、先輩……」
圭太の隣では、紗絵が気持ちよさそうに眠っていた。ほかの座席を見ても起きている部員の方が少ない。やはり合宿の疲れが出てきたのだろう。
「よく寝てる」
圭太はふっと微笑み、紗絵の頭を撫でた。
「次はいよいよ関東大会か……」
目標はあくまでも全国大会だが、それでもそこを越えなければならない。
「今年も絶対に全国へ……」
そう言った圭太の顔には、固い決意が込められていた。
四
合宿も終わり、夏休みも残りわずかとなったある日。
圭太は部活が終わるとさっさと家に帰り、出かける用意をしていた。
「あれぇ、圭兄出かけるの?」
玄関で靴を履いていると、朱美が声をかけてきた。
「ああ、うん、ちょっとね」
「柚紀先輩とデート、ってわけじゃないよね。今日は、ただのお出かけ?」
「ん、まあね」
圭太は曖昧に微笑んだ。
「じゃあ、いってくるから」
「うん、いってらっしゃい」
朱美に見送られ、圭太は家を出た。
家を出た圭太は、バスに乗り駅前を目指した。
八月末とはいっても、まだまだ暑い。外を歩いている女性は、帽子をかぶったり日傘を差したりしている。
空を見上げれば入道雲。
秋まだ遠し、という感じである。
駅前に着くと、早速駅とは反対方向の商店街へと向かう。
商店街の一角に、小洒落た喫茶店がある。そう、流行りのコーヒーショップとかではなく、れっきとした喫茶店である。
『桜亭』ほどこぢんまりした喫茶店ではないが、通好みの店ではあった。
カランカランとドアベルが鳴り、圭太は中に入った。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた雰囲気の店内に、マスターだろうか、男性の渋い声が響いた。
「こんにちは」
「おや、祐太のところの圭太くんじゃないか」
「ご無沙汰しています」
圭太は軽く頭を下げた。
圭太とこの喫茶店『もみの木』のマスターは、圭太の父親、祐太を介しての交流があった。
同じ喫茶店を経営するものとしてお互いに気の知れた仲で、祐太が亡くなってからもなにかと気にかけてくれている存在だった。
「今日はどうしたんだい?」
「ええ、ここを待ち合わせ場所にしていまして」
「ほお、待ち合わせね。それは、彼女とかい?」
「彼女、というわけではないですけど、女性ではありますね」
「なるほど。とりあえず、席に座って。コーヒーでいいかい?」
「はい」
圭太は窓際の少し奥の席に座った。
昼時の店内には、ちらほらと客がいた。とはいえ、この喫茶店では軽食程度しか食べ物は出していないため、食事目当ての客はいなかった。
午後のひとときをのんびり過ごす、そのためにそこにいるような感じだった。
「はい、お待ちどう」
手持ちぶさたになったところで、コーヒーが運ばれてきた。
「最近、店の方はどうだい?」
「そうですね、一進一退という感じですかね。店自体ではほとんどもうけは出てませんから」
「そんなに大変なのかい?」
「というよりは、母さんが気前よすぎるんですよ」
そう言って圭太は苦笑した。
「なるほど、琴美さんならあり得そうだ」
マスターも笑う。
「まあ、とりあえず今は父さんの保険金と事故の賠償金がありますから大丈夫ですけど、もう少ししたら本当に考えないといけないですね」
「考えるとは?」
「店のあり方をです。このまま半分道楽のまま続けるのか、もう少しもうけの出るように変えるのか。そろそろそういう時期に入っているのかもしれません」
「そうか。言われてみるとそうかもしれないね。圭太くんは、高校何年生だったかな?」
「二年です」
「じゃあ、卒業後というわけか」
「はい」
「確かに、そういう転機があるなら考えてもいいかもしれないね」
「その時はまた相談に伺うかもしれませんので、よろしくお願いします」
「ああ、うちはいつでも大歓迎だよ」
それから少し話をしてマスターは戻っていった。
それと入れ替わりに、待ち合わせの相手がやって来た。
「いらっしゃいませ」
相手はきょろきょろと店内を見回し、圭太を見つけた。
「ごめんなさい、待った?」
「いえ、待ってませんよ」
「そう、よかった」
ホッと息をついているのは、幸江である。
タンクトップにジーンズで、髪をポニーテールにまとめている。その姿だけを見ると、いつもの幸江と同一人物とは思えない。
「今日も暑いわね」
額に浮いた汗を拭きながらそう言う。
「そうですね。暑すぎて、練習に支障が出そうですよ」
圭太は冗談めかしてそう言う。
「このお店、圭太の知ってるお店なんでしょ?」
「ええ。父の知り合いの店なんです。以前から懇意にしてもらってて。と言いながら、ここへ来るのは久しぶりなんですけどね」
「そうなんだ」
「失礼します」
そこへ、コーヒーを運んでマスターがやってきた。
「あっ、私、まだ注文を……」
「いえいえ、圭太くんのお知り合いということで、サービスです。今後ともごひいきに、ということで」
微笑み、マスターは戻っていった。
「よかったのかな?」
「いいんですよ。それに、ここのコーヒーは本当に美味しいですよ。飲んでみる価値あります」
「そっか。じゃあ、遠慮なく」
砂糖とミルクを入れ、幸江は一口飲んだ。
「あっ、ホントだ。ずいぶんすっきりしてる」
「いい豆をちゃんと挽いてますからね。香りも味も抜群ですよ」
圭太はまるで自分のことのように言う。
「ふう、ようやく落ち着いたかな。今日はちょっと朝からバタバタしてたから」
「なにかあったんですか?」
「大掃除ってほどのことじゃないんだけど、布団を干したり座布団やクッションを干したり、いろいろやってたから」
「それは確かにバタバタしますね」
「大学に入って一高の時みたいに毎日外に出ないから、うちの親もよく使ってね。一週間に何度も仕事を頼まれてるわ」
そう言ってため息をつく。
「でも、今日はそういうことは全部忘れるの。せっかく圭太とふたりきりなんだから」
「僕でよければいつでも」
「ありがと」
それからコーヒーを飲みながらしばしゆっくりするふたり。
店内の客層が変わって来た頃、ようやく店を出た。
「ううぅ、やっぱり暑い」
空調の効いた店を出ると、やはり暑い。
「これからどこに行きますか?」
「ん〜、私はどこでもいいんだけど、圭太こそどこか行きたいところとかない?」
「僕ですか? そうですね、じゃあ、ひとつだけ行きたいところがあるんですけど、いいですか?」
「それはもちろん」
圭太が向かったのは、駅の反対側だった。とはいえ、いつもの公園ではない。
公園や住宅街のある方向ではなく、比較的商業施設の多い方向だった。
圭太たちのように駅の反対側に住んでいる者にはあまり縁はないが、こちら側の者にはなじみ深い場所である。
商店街の規模的にはどちらもそれほど変わらない。
夏休みじゃなければ、この商店街は夕方になると近くの高校生が多く集まってくる。近くには私立の女子校があるのだ。
そういう立地条件もあってか、商店街には若者向けの店が多かった。
「ここは?」
「妹の琴絵に聞いたんですよ。こっちの商店街にすごく美味しいシュークリームを売ってる店があるって」
「それがここってわけか」
夏休みにも関わらず、店の前には列ができていた。
店からはシュークリームの甘い匂いが漂ってきて、それだけで食欲をそそった。
「実は、機会があったらここのを買ってきてほしいって頼まれてたんですよ。ちょっとついでみたいで先輩には申し訳ないんですけど」
「ううん、それは全然。なるほど、女子高生に人気のお店か」
列の最後尾に並び、待つこと十分。
圭太は全部で五百グラムのシュークリームを買った。高城家は、出入りするメンバーも含めて甘い物好きの女性ばかりなので、余ることは考えられなかった。
「どうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
ひとつ手に取り、幸江は頬張った。
「……ん、美味しい。バニラエッセンスがいい香りだし」
「そうですね、甘過ぎなくてちょうどいい感じですね」
「確かにこれなら人気出るわね。大きさも一口サイズだし。学校帰りにぴったり」
幸江も美味しそうに頬張っている。
シュークリームに満足したふたりは、ウィンドウショッピングをしながらこちら側へと戻ってきた。
ゆっくりのんびりまわっていたせいか、戻ってきた頃には陽は西に傾いていた。
「ん〜、圭太とのデートは時間があっという間に過ぎちゃうわ」
幸江は、腕をグッと伸ばした。
「ねえ、圭太」
「はい」
「この前のこと、覚えてる?」
「覚えてます」
「あれって、まだ有効だよね?」
「無効にした覚えはありませんから」
「じゃあ、一緒に来て」
幸江に連れられて行ったのは──
「えっと、なんか、緊張するわね」
「僕もこういう場所ははじめてですよ」
「えっ、そうなの?」
そこは、いわゆるラブホテルだった。休憩分の料金を払い、あまりかってもわからずその部屋へと入っていた。
「それじゃあ、今までは?」
「部屋とか、まあ、いろいろです」
「そのいろいろが気になるけど」
とはいえ、幸江は相当緊張していた。
部屋に入ってから一度も圭太の顔を真っ直ぐに見ていない。
ベッドの端に座り、手を固く握っている。
「と、とりあえず、シャワー浴びた方がいいよね。け、圭太から先に」
「わかりました」
圭太はすんなり言う通りにした。
「ふう……」
圭太の姿が消えると、幸江は息をついた。
「……ここまで来て、私、なに怖じ気づいてるんだろ……」
軽く頬を叩く。
「私は圭太のことが好き。好きだから抱いてほしい。圭太のことをもっと知るために、私のことをもっと知ってもらうために。それだけなのに……」
緊張感が幸江を襲う。
「ダメダメ。こんなことじゃダメ」
頭を振って弱気な想いを消し去ろうとする。
しかし、それもすぐに崩れた。
圭太が半裸状態で出てきたのだ。
「先輩、いいですよ」
「あっ、う、うん」
幸江は、そそくさと浴室に消えた。
服を脱ぎ、裸になる。
少しぬるめのシャワーを頭から浴びる。
「……私が緊張する必要なんてないのに。全部圭太に任せておけばいいのに……」
不安からか、顔が強ばっている。
それでもここまで来てやめるという選択肢はないらしい。丁寧に体を流し、タオルで体を拭く。
髪も乾かしたいところだったが、そこまでする余裕はなかった。
「…………」
幸江は、バスタオルを体に巻き付けただけの格好で出てきた。
ベッドのところでは、圭太が穏やかな笑みを浮かべていた。
「あっ、えっと……」
「無理になにかを言おうとしなくてもいいですよ」
そう言って圭太は幸江を抱きしめた。
「ん、圭太……」
圭太に抱きしめられ、幸江もようやく我を取り戻したようである。
「好き……大好き……」
幸江はそれだけ言い、圭太にキスをした。
唇を重ねるだけのキスから、次第に舌を絡めるようなキスへ。
ふたりは息を継ぐのも忘れてキスを交わした。
「ん、はあ……」
唇を離すと、幸江はすっかり夢見心地になっていた。
「キスって、こんなに気持ちいいものだったんだね」
圭太はなにも言わず、微笑み返した。
それからかなり大きめのベッドに幸江を横たわらせる。
「緊張してますよね?」
「うん、してる。しかも、かなり」
「ですよね」
圭太は苦笑した。
「でも、圭太に全部任せるから」
「いいんですか?」
「だって、私ははじめてだし、いくら年上だからってなにもできないから。圭太は幸いにして経験豊富だし」
「……微妙にトゲが……」
「ふふっ、冗談だよ。あっ、だけど、ひとつだけ」
「なんですか?」
「私のことは、名前で呼んで。さん付けでもちゃん付けでも呼び捨てでもなんでもいいから。なんだったら、『ゆっきー』とかでもいいけど」
「さ、さすがにそれは……」
「とにかく、先輩じゃなければ、なんでもいいから」
「わかりました」
圭太は小さく頷いた。
圭太は幸江の脇に寄り、もう一度キスをした。
「取りますよ?」
「うん……」
バスタオルを取る。
幸江の体は、とても均整がとれていて、綺麗だった。
横になっていてもその胸はしっかりと自分の主張していた。
「綺麗です、幸江さん」
「ホント? ホントにそう思う?」
「ええ、思います。触れるのがためらわれるくらい綺麗です」
「よかった……」
幸江はホッと息をついた。やはり好きな人には綺麗な自分を見せたい、そういうところだろう。
「じゃあ、触りますよ?」
「うん」
一応確認をとってからその胸に触れた。
「ん……」
指先が触れただけで幸江は敏感に反応した。
外側から内側へ円を描くように揉む。
「ん、あ……」
声が漏れないように指を噛む幸江。
圭太はとりあえずそれをそのままに、胸を揉み続ける。
はじめての幸江のために、あまり刺激の強いことはしない。
それでも感じてくると、胸の突起が固く凝ってくる。
それに指を当て、軽く弾く。
「やっ、あん」
鋭い快感に、声が上がった。
今度は手のひらで触れるか触れないかのギリギリを保つ。
もどかしい快感に、幸江は体をよじった。
「ん、圭太、焦らしすぎ……」
「すみません」
「いくら私がはじめてでも、その、ひとりでしたことだってあるんだから……」
顔を真っ赤にして言う。
「じゃあ……」
圭太は手をどけ、今度は突起を口に含んだ。
「んっ、あっ」
舌先で転がすと、幸江はさらに敏感に反応した。
転がし、押しつけ、甘噛みする。
「ん、ああっ、すごいっ」
未知の快感に幸江はどんどん流されていく。
「あん、ん、く……いや……」
執拗に舐め続ける。
「け、圭太、もう私、我慢できない……」
幸江はとろんとした目でそう懇願する。
圭太は小さく頷き、下半身の方へと体をずらした。
幸江の秘所は、少し濡れていた。
薄めの恥毛の向こう、秘所はぴっちり閉じられていた。
その秘所に指を添える。
「あっ、んっ」
縁に沿ってなぞると、それだけで幸江は敏感に反応する。
少し開いたところで、まず指を一本挿れる。
「んっ」
しかし、指はすんなりとは入らなかった。
入りそうに見えて、やはり処女である。中はかなりきつかった。
幸江自身も幾分きつそうである。
それでも圭太は丁寧に中をほぐしていく。
「んんっ、あんっ、なんか、体の奥が、熱いの……」
わき上がる感覚を持て余してくる。
それでもそれはまだ序の口である。
だいぶ濡れてきたところで、指を一本増やす。
「いっ、くっ……」
やはり、二本はきつかった。
幸江の中はその指をぎゅうぎゅうに締め付けてくる。
少しずつ少しずつほぐし、少しでも苦痛を和らげようとする。
しかし、それより前に幸江の方が根負けした。
「圭太、私、もう……」
「わかりました」
圭太も身につけていたものをすべて外す。
あらわになったモノに、幸江は一瞬息を飲んだ。
「いきますよ?」
「待って」
「?」
さあ、というところで幸江は待ったをかけた。
「私のはじめてをもらってくれる前に、お願いがあるの」
「なんですか?」
「一言、言ってほしいの。愛してるって」
幸江は、熱っぽい視線を圭太に向ける。
「たとえ今だけでもいい。心から思ってなくてもいい。私、単純だから。だから──」
「愛してます、幸江さん」
圭太は、皆まで言わさず、そう言ってキスをした。
「圭太……」
「僕は、幸江さんのことも愛してます。それに思ってもいないことを言えるほど器用でもありませんから」
「……うん、ありがと」
幸江は微笑んだ。
そして、改めて圭太は言う。
「いきますよ?」
「うん、きて……」
圭太はモノを幸江の秘所にあてがい、そのまま腰を落とした。
「いっ、ぐっ……ああっ」
狭い中を、圭太のモノが蹂躙していく。
最後の抵抗虚しく、圭太のモノは完全に幸江の中に収まった。
「はあ、はあ……」
「大丈夫ですか?」
優しく髪を撫でながら、圭太は訊く。
「や、やっぱり、はじめては痛いんだね。さすがにここまでとは、思わなかった」
幸江は脂汗を浮かべながら、それでも笑みを絶やさずそう言った。
「でも、これでわたしは圭太のモノになれたんだよね?」
「はい」
「嬉しい……」
幸江の顔が、くしゃっとなる。
「あとは、圭太の好きなようにしていいよ。私なら大丈夫だから」
「わかりました」
圭太はそれ以上なにも言わなかった。
ゆっくりと腰を引く。
「くっ……」
まだまだ痛みの残る幸江。
それでも圭太は止めない。
引いた腰をまた戻す。
ゆっくり、ゆっくり腰を動かす。
「んっ、あっ……くっ……」
少しずつ少しずつ幸江から苦痛の色が消えてくる。
「やっ、んっ、んんっ」
声も苦痛の声から嬌声へと変わる。
「な、なんか、おかしいのっ、奥が、体の奥が、熱くてっ」
幸江は、圭太にしがみつき、快感に耐える。
「ああっ、圭太っ、私っ」
「幸江さんっ」
圭太も幸江のきつさのせいでそろそを限界だった。
「ダメっ、ああっ、イっちゃうっ」
淫靡な音とふたりの荒い吐息が響く。
「んくっ、あああっ、んんんんんんっ!」
「幸江さんっ!」
そして、ふたりはほぼ同時に達した。
圭太は、白濁液を幸江の中に放っていた。
「はあ、はあ、はあ……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はあ、はあ、圭太……ありがとう……」
笑みを浮かべる幸江に、圭太はもう一度キスをした。
「大丈夫ですか?」
「ん、なんとかね」
幸江はそう言って微笑んだ。
それでも少し歩きづらそうである。
ふたりはホテルをあとにし、家路に就いていた。とはいえ、圭太と幸江の家では方向が違う。
必然的に圭太が幸江を送る形になっていた。
「これで私も、柚紀たちに一歩近づけたのかな」
「さあ、それは僕にはなんとも言えません」
「でも、少なくともほかに圭太のことを想ってる大勢よりは、確実に前進してるから」
「そうですね」
幸江は、圭太と腕を組みながら、幸せそうに言う。
「……私ね、圭太に抱かれて柚紀たちの気持ちが少し、わかったような気がするの」
「柚紀たちの気持ち、ですか?」
「圭太の優しさ、大きさ、強さ、暖かさ。そのすべてに抱かれてるみたいだった。だからみんな、圭太のことが好きでいられるんだって。だって、それらを知ったらもうとてもほかの人のことなんて好きになれないから」
暮れゆく陽の中。伸びる影。
圭太は、黙って話を聞いている。
「私もね、これで本当の決心がついたわ」
「決心?」
「たとえ、最終的に私に振り向いてくれなくとも、私はずっと圭太を好きでい続けようってこと」
「…………」
「私の中にある幸せを圭太の中に見出したいの。それが、これからの生き方」
幸江は、ふっと微笑んだ。
「私、女に生まれてきてよかった。圭太を好きになれてよかった。だから、これからもそう思い続けたいから。圭太。私、これからもずっと圭太のこと、好きでい続けてもいいよね?」
「はい」
圭太は、大きくはっきりと頷いた。
「ありがとう、圭太……」
そして、ふたりはありったけの想いを込め、キスを交わした。
そろそろ夏も終わろうという頃の、出来事だった。