僕がいて、君がいて
転章「まもなく開演」
三月三十日。
圭太たちの住む街でも、非常に日当たりのいいところにある桜が、ちらほらと咲き出した。とはいえ、地元気象台の開花宣言はまだである。
そんな春らしい日に、高城家に新たな住人がやってきた。
「えっと、今日から三年間、お世話になります」
そう言って朱美はぺこっと頭を下げた。
「いらっしゃい、朱美」
「ようこそ、朱美」
「待ってたよ、朱美ちゃん」
高城家の面々に歓迎され、朱美は嬉しそうに頷いた。
朱美の荷物はそれほど多くなかった。いわゆる『単身パック』で十分だった。
もともと物置だった部屋は、すっかり朱美色になっていた。
畳部屋にベッドという日本的な形にはなったが。
「それじゃあ、朱美にこの高城家の掟を教えておくわね」
「はい」
引っ越しも荷物の片づけも整理整頓も終わって。
「まず、基本的には自分のことは自分でやる。これは私がお店の方に出ているから、自然とそうなったんだけどね」
「はい」
「まあ、最初のうちは圭太や琴絵の様子をよく見て、なにをどうすればいいのか覚えればいいわ。それで改めて自分のできそうなことからやってくれればいいから」
「はい」
「次に、朱美にもお店の手伝いをしてもらうことになるから」
「はい」
「今年は琴絵が受験だからね。後半くらいからあまり琴絵は当てにできなくなると思うから、それまでに一通りのことはできるようになっててくれると助かるわ」
「はい」
「まあもっとも、基本的には鈴奈ちゃんもいてくれるから、そんなに心配することはないと思うけど」
「はい」
「あとは……まあ、実際に暮らしていく中でその都度教えていくから」
「はい」
「最後に。一ヶ月に一度は向こうに帰ること。これは亮一さんや淑美にも言われたと思うけど」
「はい」
「居候と言っても、別に通えない距離に家があるわけじゃないんだから、それだけはちゃんとしてね」
「はい」
「まあ、そんなところね。なにか聞いておきたいこと、ある?」
「特には」
「そう。じゃあ、朱美。改めてよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうして朱美は、晴れて高城家の一員となった。
三月三十一日。
その日、一高の校門前に、ひとりの女の子が立っていた。
私服姿なのではっきりとはわからないが、どうやら新入生のようである。
ただ黙って校舎を見つめている。
まだ多少のあどけなさが残っているが、かなりの美少女である。しかも、すらっと背が高く、スタイルもいい。
東京の繁華街などを歩けば、スカウトの声がかかるかもしれない。
その女の子は、一言呟いた。
「やっと、会える……」
それが誰のことを指しているのかは、わからない。ただ、その言葉の真剣さから、とても大事な人であることはわかった。
そして彼女は、髪とスカートを翻し、歩いていった。